卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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去りし袖にも 情は残り
継ぎたる名に 刃は立つ




120.剣名の継承

 

 

 十一番隊へ入ると、奥から刳屋敷の声がした。

 

「だから、そっちの腕まで動かすなと言ってるだろうが」

 

 返す声は聞き取れなかった。けれど、叱られた方がまた何か言ったらしい。今度は、お前の刀がなくなるわけじゃねえと続いた。

 

 佐伯と顔が合う。

 

 俺たちが出た後、十番隊へ来た子をこちらまで送ってくれたのだろう。廊下には四番隊の子もいる。挨拶をして部屋へ入ると、刳屋敷が寝かされた男の傍から顔を上げた。

 

「戻ったか」

「うん。こっちは?」

「全員、生きてる。こいつは、もう起きる気でいるがな」

 

 男が気まずそうに目を逸らす。その肩には包帯が巻かれていた。俺も傍へ屈み、指を動かしてもらう。握るところまではできたが、腕を上げようとすると顔が歪んだ。

 

「刀は明日にしようか」

「明日なら、いいんですか」

「治り方を見てからだねぇ」

「ほら見ろ。まだ決まっちゃいねえ」

 

 刳屋敷に言われ、男はようやく枕へ頭を戻した。

 

 俺も少し笑って肩へ手を当てる。傷は塞がり始めていた。四番隊の子がちゃんと見てくれている。そこへ無理に霊力を流さず、痛むところを確かめてから手を退けた。

 

 部屋の入口に、一人立っていた。

 

 十一番隊副隊長、錆杜巌介(さびもりがんすけ)。片側の眉を古い傷が割っている。刳屋敷と並んでいるところは何度も見たが、今日は自分の背へ刀を立て掛けず、腰に差したままだった。

 

「烏有隊長。痣城隊長は」

 

 寝ていた男まで、こちらを見る。

 

 俺は立ち上がった。廊下の足音も止まる。部屋へ入れずにいた者が、戸の向こうから顔を向けていた。

 

「止めたよ。流魂街の者には、何もされてない」

 

 誰かが息を吐いた。

 

 けれど、錆杜の目は動かなかった。俺もそちらを見たまま、続ける。

 

「痣城は眠らせた。もう、目を覚ますことはない」

「……死んだのでは、ないんですか」

「うん。先生が引き取ってくれた。ここへ戻ることもないよ」

 

 男の顔から、少しずつ力が抜けていく。

 

 斬られた相手だ。それでも、隊長が戻らないと聞けば、すぐに頷けるものではないのだろう。俺へ何か聞こうとして、結局、枕へ顔を戻した。

 

「流魂街で、何をするつもりだったんです」

 

 錆杜が尋ねる。

 

 俺は紙に書いてあったことを話した。虚圏へ送る兵を作るつもりだったこと。そのために住民の魂魄へ手を加えようとしていたこと。先生が禁じた後も、やめなかったこと。

 

 刳屋敷は隣に立って聞いていた。

 

 話し終えると、入口を塞いでいた者たちへ顔を向ける。

 

「聞こえたな。まだ手当てを受けてねえ奴は、四番隊に診てもらえ」

「刳屋敷隊長」

「話は後でも聞ける。血を流したまま突っ立ってるな」

 

 一人が自分の袖を見る。

 

 手首から先が赤くなっていた。隣の者へ背を押され、ようやく廊下を動き始める。錆杜も顔を向け、ほかに隠している者はいないかと声を掛けた。

 

 俺は寝ている男へ目を戻す。

 

 こいつらを斬らずに、出ていくことはできなかったのかい。

 

 今さら尋ねても、あいつはもう答えない。肩に掛かった布を少し戻すと、男がこちらを見た。

 

「俺たちは、間違ってませんでしたか」

 

 俺の手が止まる。

 

「隊長を、止めようとしたのは」

 

 その先が出ないらしい。

 

 刳屋敷が男の傍へ屈んだ。大きな膝が畳を鳴らし、寝ている顔へ影が差す。

 

「お前、あいつが何をしに行くか聞いて、刀を抜いたんだろう」

「はい」

「じゃあ、間違ってねえよ」

 

 男が唇を結んだ。

 

 刳屋敷はその顔を見てから、布団の端へ載っていた手を、中へ押し戻してやる。

 

「今度は、斬られずに止められるようになれ。治ったら付き合ってやる」

「……はい」

 

 返事を聞き、俺も立ち上がった。

 

 廊下へ出ると、佐伯が四番隊の子へ何か渡していた。足りなくなった布を運んできたらしい。こちらに気づいて頭を下げたが、俺はそのまま続けてもらう。

 

 今は、あいつらへ手を貸してほしい。

 

 錆杜が廊下の先を示した。

 

「こちらで、お話を」

 

 刳屋敷も一緒に歩き出す。

 

 何度も来た廊下だった。昔は向こうの部屋から笑い声がして、まだ門を入ったばかりの俺まで呼ばれたねぇ。

 

 今日は、刳屋敷の足音ばかりがよく聞こえた。

 

        *

 

 錆杜が座ったのは、机の横だった。

 

 正面は空いている。刳屋敷はそこを通り過ぎ、俺と同じ側へ腰を下ろした。錆杜が一度顔を上げたが、何も言わずに膝へ手を置く。

 

 痣城が使っていた部屋なのだろう。

 

 机の上には紙が揃えてあった。あの計画書があるかと思って目を向けたが、ここからでは分からなかった。

 

「明朝、一番隊へ参ります」

 

 錆杜が言った。

 

「痣城隊長が持ち出されたものと、残されたものを確かめます。隊士への聞き取りも」

「うん。先生にも、そう伝えておくよ」

「ありがとうございます」

 

 頭が下がる。

 

 刳屋敷は錆杜の顔を見ていた。俺も黙っていると、男は膝へ置いた両手を少し握る。

 

「刳屋敷隊長」

「何だ」

「……いえ」

 

 そこから先が出ない。

 

 戸の外で足音が重なった。誰かが止めようとする声の後に、失礼しますと襖が開く。入ってきた男は刳屋敷を見ると、すぐに畳へ手をついた。

 

「戻ってきていただけませんか」

 

 錆杜の顔が上がる。

 

 男はそちらを見なかった。後ろにも二人いる。一人は腕を吊っていて、部屋へ入ろうとしたところを、錆杜に座るよう言われていた。

 

「痣城隊長は、もう戻らねえんでしょう。だったら、あんたが」

「俺は負けたんだぞ」

「でも、生きておられます」

 

 刳屋敷は答えず、その男を見た。

 

 俺も目を向ける。知っている顔だった。刳屋敷が隊長をしていた頃、酒を運んできては、自分もそこで飲み始めていた子だ。

 

 あいつの大きな笑い声を、もう一度この部屋で聞きたいのだろう。

 

 俺だって、そう思う。

 

「俺を倒した男がいなくなったからって、また俺が座るわけにはいかんだろう」

「そんなこと、俺たちは」

「お前らがどうでもいいから言ってるんじゃねえよ」

 

 男が顔を上げた。

 

 刳屋敷は少し困ったように頭を掻いた。それから、横に座った錆杜へ目を向ける。

 

「巌介。いつまで、そこへ座ってる」

 

 錆杜の肩が動いた。

 

「……まだ、何も決まっておりません」

「今夜、こいつらに声を掛けるのは誰だ」

「それは、俺が」

「明日、現世へ出す組を決めるのは」

「俺です」

「なら、こっちを見ろ」

 

 錆杜が顔を上げる。

 

 刳屋敷は笑っていなかった。

 

「俺に何を聞こうとした」

 

 部屋が静かになった。

 

 戸の傍へ座った者たちも、錆杜を見ている。男の手が膝から離れ、机の端へ触れた。そこに置かれた紙を、一枚だけ自分の前へ寄せる。

 

「隊を、引き受けたいと思っております」

 

 低い声だった。

 

「ですが、俺はあの方を倒していない。あんたにも、一度も勝てなかった」

 

 俺は錆杜の顔を見た。

 

 名を欲しがる声には聞こえなかった。けれど、いらないとも言わない。正面の空いた場所を見てから、もう一度刳屋敷へ向き直った。

 

「それでも、ほかへ任せるつもりはありません」

 

 刳屋敷の口元が、少し上がる。

 

「なら、最初からそう言え」

「……はい」

「俺の許しが欲しかったのか」

「欲しかったんでしょうな」

 

 錆杜が自分で答えた。

 

 その顔が僅かに歪む。笑ったのだと分かるまで、少し掛かった。

 

「長く、副隊長をしておりましたので」

「知ってる。俺がやらせてたんだからな」

 

 刳屋敷が膝へ手をつく。

 

 錆杜も立とうとしたが、その肩へ大きな手が載った。

 

「総隊長に話してこい。俺に勝てなかった話まで、隠さずにな」

「承知しました」

「その後は、お前が考えろ。俺ならどうするかばかり考えてたら、いつまでも同じところにいるぞ」

 

 錆杜が頷いた。

 

 刳屋敷は手を離し、今度は戸の方へ向く。

 

「聞いたな」

「……はい」

「気に食わねえなら、治ってからこいつに挑め。それまでは、大人しく寝てろ」

 

 腕を吊った男が、錆杜を見る。

 

 錆杜もそちらへ顔を向けた。

 

「逃げん。いつでも来い」

 

 あら。

 

 俺は少し、姿勢を直した。

 

 刳屋敷の後ろへ立っていた頃には、あまり聞かなかった声だねぇ。男は驚いた顔をしていたが、やがて頭を下げ、仲間に支えられながら部屋を出た。

 

 最後に残った子が、襖へ手を掛ける。

 

「刳屋敷隊長。稽古には」

「行くと言っただろう」

「はい」

 

 今度の返事は、さっきより少し大きかった。

 

 襖が閉まると、刳屋敷が長く息を吐く。俺も立ち上がろうとしたが、錆杜が先にこちらへ頭を下げた。

 

「お手数を、お掛けしました」

「俺にはいいよ。今夜は、お前さんの方が大変でしょう」

「いつものことです」

 

 そう返してから、男が刳屋敷を見る。

 

「……今後は、そうも言っておれませんが」

「俺がいた時も、言ってたぞ」

「あんたがおられたからでしょうが」

 

 刳屋敷が声を上げて笑った。

 

 廊下の向こうで、誰かがこちらを見る気配がした。俺まで少し笑ってしまう。今日はもう聞けないかと思っていた声だった。

 

        *

 

 錆杜が羽織を着て来たのは、それからしばらく経ってからだった。

 

 一番隊で先生たちの前へ立った時には、いつもの死覇装だった。刳屋敷を倒してはいないことも、痣城に代わって隊を率いるつもりであることも、自分の口で伝えた。

 

 先生はその場で頷いて済ませなかった。

 

 隊長としての力を確かめること。今回の件について隊の内を調べ、残っている者たちをまとめること。錆杜は一つずつ引き受け、その間も十一番隊へ帰っていった。

 

 俺が顔を出した時には、庭で刀を合わせていた。

 

 見ていた子に聞くと、隊長になりたいなら受けろと言われたらしい。勝ったのと尋ねたら、俺が聞いている間に相手の刀が飛んできた。

 

 そう。お前さんも、待っているだけではなかったんだねぇ。

 

 その男が、今日は十番隊の門を入ってくる。

 

 背には十一の字があった。

 

「おめでとう、錆杜」

 

 声を掛けると、男が深く頭を下げた。

 

「九代目、剣八の名を預かりました」

「うん。似合ってるよ」

「まだ、肩が落ち着きません」

「そのうち、着てない方が変になるよ。俺は、よく忘れるけどねぇ」

 

 隣で佐伯がこちらを見る。

 

 今は着ているでしょう。肩へ手をやって見せると、あいつは何も言わずに錆杜へ向き直った。

 

「刳屋敷殿でしたら、庭に」

「ありがとうございます。……皆さん、お集まりですか」

「はい。本日は四席以下の者が、順にお願いしております」

 

 錆杜が少しだけ目を伏せる。

 

 聞き慣れた話だったのだろう。庭の方から大きな声が来ると、今度は迷わずそちらを向いた。

 

 刳屋敷は榛名の刀を受けていた。

 

 押し込まれた榛名が片足を引き、それでも刀を外さずに踏ん張っている。その横に槇島がいて、後ろでは伏見まで順番を待っていた。

 

「また増えたねぇ」

「隊長がよろしいと仰いましたので」

「うん。言ったよ」

 

 佐伯へ返している間に、榛名の刀が外へ流れた。刳屋敷が肩の前へ刃を止め、今日はそこまでだと言う。

 

 榛名が礼をしたところで、こちらに気づいた。

 

 すぐに場所が空く。刳屋敷も刀を下げ、門から来た男の姿を見た。

 

「よう」

 

 錆杜が足を止める。

 

 一度、羽織の襟へ手をやった。それから手を下ろし、刳屋敷の前で頭を下げる。

 

「九代目を、継ぎました」

「ああ。聞いた」

 

 刳屋敷が近づいた。

 

 男の肩へ手を掛け、少し後ろへ回る。十一の字を見てから、もう一度正面へ戻った。

 

「悪くねえな」

「ありがとうございます」

「で。いつまで頭を下げてる。お前が隊長だろうが」

 

 錆杜が顔を上げる。

 

 刳屋敷は腰の刀を見た。男もそこへ手を添えたので、俺は先に庭の真ん中を指す。

 

「合わせるなら、ここじゃなくてねぇ」

「今日は、そのつもりでは」

「俺は構わんぞ」

「お前さんには、先に言ってるよ」

 

 刳屋敷が笑う。

 

 錆杜の口元も緩んだ。佐伯が槇島たちへ休むよう声を掛け、廊下の方へ茶を頼む。俺はそちらへ行こうとしたが、錆杜はまだ刳屋敷を見ていた。

 

「隊の者にも、申し伝えました」

 

 その声に、刳屋敷の顔が戻る。

 

「あんたへ頼みに来る前に、まず俺へ来いと。稽古も、隊のことも」

「そうか」

「ですが……顔は、出していただければ」

 

 刳屋敷が錆杜を見る。

 

 男はもう、頭を下げなかった。

 

「酒なら、俺が用意します」

 

 少しして、刳屋敷が笑った。

 

「お前の酒は辛えんだよ」

「薄いのは、ほかの者が勝手に買ってきます」

「俺の時と変わらんな」

「変える必要もありませんので」

 

 俺は二人を見ていた。

 

 錆杜の背で、白い袖が揺れる。あの部屋で机の横へ座っていた男が、今日は刳屋敷へ来るように言っている。

 

 今度は、お前さんが迎えるんだねぇ。

 

 刳屋敷がこちらを振り返った。

 

「烏有。今晩、こいつを借りていいか」

「お前さん、うちの隊士へ何を頼んでるの」

 

 言ってから、自分で少し笑う。

 

 刳屋敷も気づいたらしい。錆杜の肩から手を退け、改めてそちらへ顔を向けた。

 

「来るか。うちで飯を食っていけ」

「十一番隊の連中には、戻ると言ってあります」

「なら、また今度だな」

 

 錆杜が頷く。

 

 佐伯が廊下から戻ってきた。茶の用意ができたと伝えると、男は一杯だけいただきますと答えた。

 

 その後ろを、刳屋敷が歩く。

 

 新しい羽織へ何か言っている。袖を引くなと錆杜が返し、前にいた榛名が慌てて道を空けた。

 

 俺も刀を腰へ直し、皆の後へ続く。

 

 茶を飲んだら、あいつは十一番隊へ帰る。ここには、刳屋敷が残る。

 

「烏有。早く来い。お前の分まで飲まれるぞ」

「今行くよ」

 

 呼ばれて顔を上げる。

 

 刳屋敷の隣には、一つ席が空いていた。

 




いつになればチャンイチが出てくるところまですすむのだろうか。。
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