卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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馴染みし声に 袖は変わり
並びし影に 道は伸ぶ




121.新緑の白袖

 

 

 平子が羽織の袖を引っ張っていた。

 

 門を入ってきた時には、ちゃんと両手を下げていたはずだ。榛名に挨拶され、廊下へ上がるところでまた片方を引く。後ろにいた藍染が何か言うと、そちらへ顔を向けた。

 

「分かっとるわ。引っ掛けてへん」

「まだ、何も申し上げていませんが」

「言う顔しとったやろ」

「お似合いだと、申し上げようかと」

「さっきも聞いたわ」

 

 俺は部屋の入口へ寄った。

 

 平子がこちらに気づき、袖から手を離す。そこで笑ってしまったので、あいつは挨拶をする前に眉を寄せた。

 

「何ですの」

「似合ってるねぇ」

「笑いながら言わんといてください。こっちはまだ慣れてへんのです」

 

 背へ回ろうとすると、先に身体をずらされる。

 

 見せてくれてもいいでしょう。昨日、先生の前で着せてもらったところも見たけれど、十番隊の廊下を歩いていると、また違って見えるんだよ。

 

「五の字、ついてる?」

「ついてます。見ましたやん」

「うん。もう一度見たくなっちゃって」

「俺の背中に用があるんやったら、先に言うてください」

 

 平子が横を向く。

 

 白い羽織に五の字があった。俺が頷くと、あいつはすぐに戻ってしまう。その後ろで藍染が笑っていた。

 

 こちらの腕にも、副隊長の章がある。

 

「お前さんも、おめでとう」

「ありがとうございます。改めまして、よろしくお願いいたします」

 

 藍染が頭を下げた。

 

 俺も頷き、二人を部屋へ入れる。佐伯はもう座布団を出してくれていた。平子が礼を言って座ると、藍染もその隣へ腰を下ろす。

 

 錆杜が剣八を継いでから、五年が過ぎた。

 

 十一番隊の子が十番隊へ来ることは、今もある。けれど、錆杜に言ってから来たかと聞けば、最近は皆、ちゃんと頷くようになった。刳屋敷も向こうへ出掛け、帰ってくると巌介の奴が、と話している。

 

 今日は、五番隊だ。

 

 掃討戦で屋根の向こうから怒鳴ってきた男が、先生と同じ羽織を着て、俺の前へ座っている。

 

「嬉しいねぇ」

「何がです」

「今度から、隊首会でもお前さんと喋れるでしょう」

「喋るために行くんちゃいますよ」

「始まる前ならいいじゃないか」

「終わった後にしてください。俺まで一緒に叱られるん、嫌ですから」

 

 佐伯が茶を置いた。

 

 そちらを見ると、あいつは俺へ何も言わず、平子へ湯呑を寄せている。今の返事には、佐伯も賛成らしいねぇ。

 

「平子隊長。藍染副隊長。今後とも、よろしくお願いいたします」

「こっちこそ。うちからも頼むこと、増える思いますわ」

「私でよろしければ」

「隊長を連れて帰る方法とか」

「そちらは、まだ確実なものが」

「お前さんたち、俺の前で相談するんだねぇ」

 

 平子が茶を取った。

 

 藍染も口元を緩めている。副隊長になったからといって、あいつまで急に喋り方が変わるわけではない。けれど佐伯と向かい合うと、前より少し長く目を合わせ、これから御相談させていただければと続けた。

 

「平子が選んだの?」

 

 俺が尋ねると、二人の顔が向いた。

 

「副隊長?」

「うん」

「ほかに誰が選ぶんです。総隊長に一から頼んでたら、いつまで経っても決まりませんわ」

 

 そう返してから、平子が藍染を見る。

 

「こいつは、隊の中もよう知っとる。俺が口出す前に済んでることも多いですし」

「口を出す必要がございましたら、仰ってください」

「ある時は言うとるやろ」

「ええ。ですので、言われないうちは進めてよいものと」

 

 平子の湯呑が止まった。

 

 俺は少し笑ってしまう。そういうところまで、選ぶ前にちゃんと知っていたんだろうねぇ。

 

「頼もしいじゃないか」

「頼もしいのは認めてますよ。せやから頼んだんです」

 

 藍染が平子へ顔を向ける。

 

 あいつはもう茶を飲んでいた。改めて礼を言われるのが面倒だったのかもしれない。俺も菓子を一つ取り、二人の方へ皿を寄せた。

 

 平子が、今度は俺を見る。

 

「ところで、夜一さんには、ここに来る言うてあります?」

「会ってないよ。何か用?」

「昨日から、俺の羽織を一回引っ張らな気が済まんらしいです」

「もう引っ張られたの?」

「避けました」

「じゃあ、まだ来るねぇ」

 

 平子が嫌そうな顔をしたところで、庭から声がした。

 

「おるではないか」

 

 あら。

 

 俺が振り返るより早く、平子は湯呑を机へ戻していた。

 

        *

 

 夜一は縁側へ腰を掛け、平子の顔を覗き込んだ。

 

 喜助は庭へ残っている。抱えていた箱を置くところを探していたので、俺が手を伸ばすと、先に佐伯が受け取った。

 

「お主、儂を避けておったな」

「避けてません。挨拶に回ってただけです」

「なら、昨日はなぜ逃げた」

「袖に手ぇ伸ばしてきたからでしょうが!」

 

 夜一が笑った。

 

 平子も立とうとはしない。座ったまま、羽織の袖だけを自分の膝へ寄せていた。

 

「ちゃんと着ておるか、確かめようと思うただけじゃ」

「目ぇで確かめてください」

「ほれ。烏有も見たかろう」

「俺はさっき見せてもらったよ」

「裏切り者みたいな顔で言わんといてください」

 

 俺も何か言われてしまった。

 

 喜助が縁側へ上がる。その腕にも二番隊の装束がある。夜一の後を歩きながら箱を運んでくるところは、初めて会った頃とあまり変わらないねぇ。

 

「喜助。今日は何を持ってきたの?」

「後で、お時間があれば。先に平子隊長のお祝いをと思いまして」

「箱、祝いの品やないんか」

「お渡しした後に壊れたら、申し訳ないじゃないスか」

「壊れるもん持ってくるなや」

 

 平子が箱を見る。

 

 喜助は蓋へ片手を置いたまま、いやぁと笑った。

 

「ですから、こちらへ持ってきたんです」

「うちなら、壊してもいいの?」

「烏有隊長なら、壊れる前に分かってくださることもございますから」

「分からなかったら?」

「その時は、直すところが見つかりますね」

 

 藍染が小さく笑った。

 

 喜助がそちらへ頭を下げる。副隊長になったことを祝われ、藍染も礼を返した。初めて顔を合わせるわけではないらしい。箱の方へ目を向け、今日は何を試されるんですかと尋ねている。

 

 平子が夜一へ顔を戻す。

 

「そっちは、仕事ええんですか」

「済ませてきた」

「ほんまに?」

「疑うな。お主と違って、儂はもう慣れておる」

 

 夜一の手が伸びた。

 

 平子は袖を引かず、湯呑をそちらへ持ち上げる。夜一の指がその手前で止まり、二人の目が合った。

 

「茶、こぼれますよ」

「こぼさぬよう持っておれ」

「そういう問題ちゃうでしょう」

 

 佐伯がもう一つ湯呑を置いた。

 

 夜一はそれを受け取り、ようやく平子の袖から目を離す。俺は隣へ座ってもらおうとしたが、縁側がよいと言われた。そこからだと、逃げる相手が庭へ下りるところまで見えるらしい。

 

 今日は、逃がす用事もないでしょう。

 

「平子」

 

 声を掛けると、あいつがこちらを見る。

 

「五番隊にも、遊びに行っていい?」

「今まで来てはったでしょう」

「お前さんが隊長になってからも」

「構いませんけど、来る前に言うてくださいね。部屋におるとは限りませんから」

「うん。皆にも会いたいしねぇ」

「そっちは、もう来る話になってますよ」

 

 俺の横で佐伯が顔を上げた。

 

 平子はそちらへ頷き、来月の合同稽古のことですと続ける。前の隊長の頃から相談していたらしい。俺も聞いていたはずだったが、日までは覚えていなかった。

 

「今度は、平子も来る?」

「俺が頼みに行かせたんです。行きますよ」

「それなら、刳屋敷にも言っておこうか」

「何で増やすんです」

「来たがるでしょう」

「うちの連中が、稽古終わっても帰らんようになりますやん」

 

 藍染が佐伯へ日程を尋ねていた。

 

 佐伯もすぐ答える。喜助が箱を脇へ退けてくれたので、二人の前へ紙が広がった。そんなに長くかからない相談なのだろう。俺が覗こうとすると、夜一に袖を摘ままれた。

 

「そちらは任せておけ」

「俺も聞いていいでしょう」

「聞くだけで済まぬから言うておる」

「お前さん、今日は皆の袖を引くねぇ」

 

 夜一が手を離した。

 

 平子はそこを見て笑っていた。お前さんの代わりになったわけじゃないよと思ったが、言う前に藍染から声が掛かる。

 

「烏有隊長。当日は、御指導もお願いできますか」

「いいよ。どのくらい来るの?」

「初めて参加する者もおりますので、まずは席官から」

 

「藍染」

 

 平子が呼ぶ。

 

「先に、何してもらうか決めとけ。任せます言うたら、この人、思いついた分だけ付き合うてくれはるから」

「ありがたいことではありませんか」

「帰る時には立てへんようになってても、同じこと言えるか」

 

 俺は佐伯を見る。

 

 あいつは紙へ目を落としたまま、まずは歩法からがよろしいかと答えた。

 

 ちゃんと返事をしてくれるんだねぇ。

 

「佐伯さんも、そうして教わったんですか」

 

 喜助が尋ねた。

 

 佐伯の筆が止まる。俺も先に言っておこうと口を開きかけたが、あいつの方が早かった。

 

「一つ覚えますと、次をお願いしておりましたので」

「ほら。俺が全部決めたわけじゃないよ」

「ええ。ですが、何をお願いしても、できるまで続きました」

 

 夜一が笑う。

 

 平子まで頷いた。藍染は佐伯を見ている。こちらへ何か聞かれるかと思ったが、そのまま御指導の際に拝見できればと言った。

 

「私の方も、確かめられると助かります」

 

 佐伯が答える。

 

 俺は二人の間へ置かれた紙を眺めた。教わったことを皆へ見せてほしいと頼んでから、随分経ったねぇ。あいつはもう、自分の言葉で次に来る者を迎えてくれる。

 

 平子も、そちらを見ていた。

 

 今度は袖を触っていない。その顔へ目を向けると、あいつは俺に気づき、何ですかと小さく返した。

 

「ううん」

 

 俺も茶を取る。

 

 お前さんも、そうやって見るんだねぇ。

 

        *

 

 庭へ出たのは、平子が帰ろうと言ってからだった。

 

 喜助が箱を開けてしまったのだ。

 

 俺が頼んだわけではないよ。藍染に中身を聞かれ、ほんの少しだけと蓋を外した。出てきた金具へ夜一が手を伸ばすと、部屋ではおやめくださいと言う。

 

 それなら外で。

 

 そうなってしまった。

 

「帰る言うたところやろ」

「見てからでもよかろう」

「夜一さんまで、何でそっち側やねん」

 

 言いながら、平子も庭へ下りる。

 

 喜助が持ってきたのは、以前から試している捕縛の仕掛けだった。金具は小さくなっている。掌へ収まったものを見て、俺は最初に曳舟へ持っていった箱を思い出した。

 

 今日は、紙が焦げていないねぇ。

 

「片手を空けたまま、使えるようになった?」

「そこは、何とか。ただ、捕まえる方が動きますと」

「動くじゃろう。捕まるのを待ってくれる者などおらぬ」

「ええ。ですから、夜一さんにお願いするのは、もう少し後にしたいんスけど」

 

 夜一はもう、袖を上げていた。

 

 喜助がこちらを見るので、俺は少し笑って首を振る。今日は俺から頼んでも待ってくれないと思うよ。あいつは金具を佐伯へ渡し、地面へ杭を打ってもらった。

 

「まずは、逃げるだけにしてくださいね」

「分かっておる」

「壊すのは、次でお願いします」

「壊れたら、お主の作りが悪い」

 

 白い糸が夜一の手首へ掛かった。

 

 喜助が金具へ指を当てる。杭の傍からもう一本が伸び、夜一の足へ向かった。あいつは先に踵を浮かせ、横へ抜ける。腕の糸が張ると、今度は手首を返した。

 

 金具が鳴る。

 

 佐伯の掌から、小さな光が散った。

 

「……あ」

 

 喜助が声を出す。

 

 夜一は抜けた手を見てから、何もしておらぬぞと言った。俺たち全員が見ていたのだから、そこは分かってるよ。

 

「今、引かれる前に緩んだねぇ」

「ええ。締め直す方が、追いつきませんでしたか」

 

 喜助が金具を受け取る。

 

 すぐに帳面を探そうとしたが、藍染が先に、箱の横へ置いてありますと教えた。あいつは礼を言いながら取りに行き、屈んだまま筆を動かし始める。

 

 平子がその背を見る。

 

「一回で終わりそうか」

「直すところが見つかったんじゃないかな」

「ほな、終わらんな」

 

 こちらへ向き直り、今度こそ帰りますと言う。

 

 俺も頷いて門へ向かった。藍染が箱の蓋を脇へ寄せ、庭の真ん中を空ける。喜助へ挨拶してから追いついてきた。

 

「お付き合いいただき、ありがとうございました」

「こちらこそ。次は五番隊へ行くよ」

「お待ちしております」

 

 平子がその隣で振り返る。

 

「稽古の日までに、勝手に組増やさんといてくださいね」

「増えたら、知らせるよ」

「増やす前に知らせてください」

 

 佐伯が横で頷いた。

 

 それなら、まずあいつへ言えばいいねぇ。俺がそう返すと、平子はもう一度佐伯へ頭を下げた。今日は随分と、そちらへ頼み事が多い。

 

 門の前まで来たところで、庭から夜一の声がした。

 

「平子!」

 

 あいつが足を止める。

 

 俺も振り返った。夜一は金具を覗いていた顔を上げ、こちらへ手を振っている。

 

「そのうち、隊長同士で手合わせをしようぞ」

「袖引っ張らん約束が先です」

「その時は刀を持て」

「聞いとらんな」

 

 平子が溜息をつく。

 

 けれど、すぐに片手を上げた。

 

「ええですよ。日ぃ決めたら、言うてください」

 

 夜一が笑った。

 

 俺は門の脇へ寄り、二人を見送る。藍染が一礼し、平子もこちらへ顔を向けた。

 

「ほな、また」

「うん。またねぇ」

 

 歩き始めた羽織が、風で少し膨らむ。

 

 平子の手が袖へ向かい、途中で止まった。隣で藍染が何か言う。聞こえなかったが、平子が振り向いて言い返したので、また似合うと言われたのかもしれない。

 

 俺は二人が角を曲がるまで見ていた。

 

「隊長。お戻りになりますか」

 

 佐伯に呼ばれ、そちらへ顔を向ける。

 

 庭では、喜助がまた杭へ糸を掛けていた。夜一は今度こそ待つつもりらしく、縁側へ座っている。あいつがこちらへ目を向け、早く来いと片手を上げた。

 

「佐伯。次の隊首会、いつだった?」

「明後日です」

「そっか」

 

 俺は門を離れた。

 

 明後日は、五の字の羽織を探そう。声を掛けるのは終わってからにして、今日は何を言われたか、あいつに聞かせてもらおうか。

 

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