卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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返りし景に 刃は迷い
交わしし太刀に 笑みは咲く




122.逆風の剣舞

 

 

「隊長。そっちは見てるだけでお願いしますよ」

 

 五番隊へ入って、まだ刀も抜いていない。

 

 平子は俺の隣を歩きながら、庭へ顔を向けた。十番隊の子たちは先に着いている。榛名が相手の子へ礼をし、その横で槇島が二人分の刀を預かっていた。

 

 刳屋敷は、今日は来ていない。

 

 来るかと尋ねたら、俺まで行ったらお前が遊べんだろうと言われた。そんなことはないよと返したけれど、あいつは十一番隊の連中と約束があるらしい。

 

「ちゃんと聞いてます?」

「うん。歩法からだったねぇ」

「そうです。斬り合い始めるんは、もうちょい後ですから」

「分かってるよ」

 

 あいつの目が俺の腰へ落ちる。

 

 刀は、差したままだよ。

 

 少し見せるように手を離すと、平子はようやく庭へ下りた。五番隊の子がすぐ顔を上げ、こちらへ礼をする。平子が片手を上げて返すところを見て、俺も隣へ並んだ。

 

 うちの子だけではない。

 

 あいつが声を掛ければ、ここにいる皆が聞く。いつからそうなったのかと思ったけれど、掃討戦でも同じだったねぇ。俺と喋っている間に、屋根の上へ二人残すよう言っていた。

 

「ほな、始めよか。まずは、普段組んどらん相手と二人ずつ」

 

 声を聞きながら、俺は縁側へ座った。

 

 佐伯と藍染が庭の反対側へ回る。人数を揃えてしまえば、後は皆、自分で相手を見つけていた。最初に榛名と向かい合った子が、一歩前へ出る。

 

 次には、その背へ回っていた。

 

 榛名もすぐ振り返る。肩へ伸ばされた手を外し、相手の脇へ入った。五番隊の子が慌てて離れると、その背後で平子が笑う。

 

「相手が振り向くまで、待っとったらあかんやろ」

「はい!」

「もう一回。今度は、あっち向かせんようにやってみ」

 

 榛名が頷き、元の位置へ戻る。

 

 俺も膝へ肘を置いた。あの子は踏み出す前に、榛名の顔を見るねぇ。見られていると分かるから、榛名も待てる。

 

 次には言ってやろうか。

 

 そう思ったところで、平子が先にそちらへ歩いていった。

 

        *

 

 藍染が眼鏡を外した。

 

 畳んで縁側へ置き、その前へ刀を抜く。佐伯も向かいへ立っていた。皆の稽古が一巡したところで、二人が手合わせをすることになったのだ。

 

「解放と鬼道はなし。斬術と歩法だけで、まず一本な」

 

 平子が言う。

 

 二人が頷いた。佐伯も眼鏡の置かれた方へ一度目を向け、それから藍染へ礼をする。

 

「お願いいたします」

「こちらこそ。お手柔らかに」

 

 俺は座り直した。

 

 お前さんの刀も、ちゃんと見せてもらうのは初めてだねぇ。

 

 藍染が構える。肩に力が入っていない。佐伯が足を動かすと、その刃の先が僅かに上がった。

 

「始め」

 

 佐伯が踏み込んだ。

 

 肩へ落とした刀を、藍染が斜めに受ける。刃が滑り、佐伯の刀が外へ抜けた。そのまま懐へ入ろうとした藍染へ、佐伯の左手が伸びる。

 

 藍染は触れさせなかった。

 

 半歩退き、手の下から刀を返す。佐伯の袖が揺れ、その脇へ来た刃を嵐天が止めた。今度は佐伯が押し込み、藍染がそれに合わせて足を引く。

 

 綺麗に受けるねぇ。

 

 こちらの刀へ、長く付き合わない。押される前に刃を離し、佐伯が次を出すところへ自分の先端を置いていた。

 

「はっ!」

 

 佐伯が短く息を吐く。

 

 顔へ向けた切っ先を藍染が払った。その瞬間、佐伯の姿が消える。右へ出た時には、もう腰の高さで刀を振っていた。

 

 藍染が刃を下げる。

 

 音が鳴った。

 

 受けた刀を押し返さず、藍染はその場で身体を回した。佐伯の刃が前へ流れる。その肩へ返した刀を、佐伯が柄の近くで受け止めた。

 

 近い。

 

 俺が膝から手を離した時、佐伯は刀を立てたまま相手の足元へ入っていた。藍染も退かず、左肩を引いて刃の通るところを空ける。

 

 二人の袖が擦れた。

 

 佐伯の刀が空を斬り、藍染の先端がその胸へ向く。けれど、佐伯はもうそこにいなかった。藍染の左へ抜け、その背へ刀を返す。

 

 藍染が振り返った。

 

 間に合うんだね、お前さん。

 

 二本がぶつかる。藍染の足が地面を滑ったが、刀は下がらない。佐伯も追い、もう一度上から打ち込んだ。

 

「っ!」

 

 藍染が受ける。

 

 佐伯は押すのをやめた。相手の刃が上がったところへ、自分の刀を引き戻す。藍染が構え直す前に瞬歩で脇へ入り、胸元へ切っ先を止めた。

 

「そこまで。佐伯副隊長の一本」

 

 平子の声がした。

 

 藍染が自分の前へ止まった刃を見る。少しして息を吐き、刀を下げた。

 

「参りました」

「ありがとうございました」

 

 佐伯も刀を退ける。

 

 俺は二人の足元を見ていた。佐伯の最後の一歩へ、藍染も顔を向けていたねぇ。刀を戻すのが、ほんの少し遅れた。

 

 佐伯がこちらへ来る。

 

「隊長」

「うん。最後、よく変えたね」

「押したままでは、また外されると思いましたので」

 

 藍染も隣へ来て、眼鏡を取った。

 

「受けたところから、こちらが動くのを待っておられたんですね」

「一度目と同じようには、参りませんでしたから」

「ええ。二度も付き合っていただけるとは、思わない方がよかった」

 

 眼鏡を掛け、藍染が笑う。

 

 俺はそちらへ顔を向けた。

 

「お前さん、刀を離すところが上手いねぇ」

「ありがとうございます」

「次を入れようとした時には、もう空いてる。佐伯、最初は困ったでしょう」

「はい。手を添えるところまで、避けられました」

「見ていましたので。佐伯副隊長は、近づくと左手もよく使われる」

 

 佐伯の目が自分の手へ落ちる。

 

 俺も少し笑った。覚えたことを使えるようになると、今度はそれを覚えられる。山では何度もやったけれど、今日は別の相手に言われたねぇ。

 

「次は、そこも変えてみようか」

「はい」

「俺の副隊長と喋りながら、次の勝ち方考えんといてください」

 

 平子が戻ってきた。

 

 あら。聞いてたのかい。

 

「お前さんも入る?」

「それ、話にですか。稽古にですか」

「どっちも」

「欲張りやなぁ」

 

 平子が俺の前で足を止める。

 

 庭では槇島たちが、さっきの二人の動きを確かめていた。藍染へ声を掛けた子もいる。あいつはそちらへ頷き、どこからかと尋ねながら歩いていった。

 

 俺は立ち上がる。

 

 平子が、嫌そうな顔をした。

 

「まだ、ええ言うてませんよ」

「でも、刀へ手をやったでしょう」

「隊長が立ったからです」

 

 そう言いながらも、あいつは庭の真ん中へ向かった。

 

        *

 

「始解は、構わへんのですね」

「うん。俺は、このままで」

「途中で眠らされて終わりいうんは、勘弁してくださいよ」

「ちゃんと見せてもらうよ」

 

 平子が刀を抜いた。

 

 俺もゆめを抜き、羽織を佐伯へ渡す。あいつは受け取った後、皆をもう少し離れさせた。平子も自分の隊の子たちへ場所を空けるよう声を掛け、こちらへ向き直る。

 

「始めは、普通に?」

「お好きなようにどうぞ」

 

 返事の途中で、平子が来た。

 

 胸へ伸びる刀を左へ払う。そのまま手元へ返すと、平子は柄を引き、俺の刀の下へ身を沈めた。腰へ横から刃が来る。

 

 ゆめを下げて受けた。

 

 平子の足が外へ動く。俺も向きを変え、刀を重ねたまま少し押した。あいつはすぐ刃を離し、その先から顔へ突いてくる。

 

「おっと」

 

 頭をずらす。

 

 頬の横を刀が通った。俺が手首へ左手を寄せると、平子はそれを見てから引いた。佐伯の手合わせを見ていたのは、藍染だけではなかったねぇ。

 

「お前さんも、よく避ける」

「掴まれたら、そのまま転がされそうですからね!」

 

 高いところから刀が落ちる。

 

 受けて返すと、あいつは後ろへ跳んだ。俺も追って一歩入る。頭上へ上げたゆめを見て、平子は左へ抜けようとした。

 

 そちらへ先端を向ける。

 

 平子が足を止めた。

 

「……途中で変えるん、速すぎません?」

「お前さんも、ちゃんと止まったでしょう」

「止まらな刺さりますやん」

 

 刀を下げたあいつが、少し笑う。

 

 その指が柄の端へ掛かった。

 

〈倒れろ、逆撫(さかなで)〉

 

 柄の先に輪ができた。

 

 平子がそこへ指を通す。刀身へ並んだ穴が見え、くるりと一度、刃が回った。俺はその動きを追い、ふと鼻へ触れたものに気づく。

 

 甘いねぇ。

 

 何の香りだろうと考えたところで、庭がひっくり返った。

 

 足元に、空がある。

 

 俺は踏み出しかけた足を戻した。塀の向こうへ伸びていた枝が、下へ垂れている。縁側にいる皆まで逆さまだった。

 

 平子が笑っている。

 

「どうです」

「……随分、変わったねぇ」

 

 あいつが動く。

 

 右から来た刀へゆめを向けた。刃は合わず、反対側で袖が鳴る。左の袖を見るつもりで顔を向けると、目に入ったのは右だった。

 

 俺は一度、足を止めた。

 

「止まっててええんですか」

 

 平子の刀が上がる。

 

 俺は前へ出た。目の前にいたはずの相手が遠ざかり、背へ風が触れる。ゆめを返すと、ようやく音が鳴った。

 

 刀を合わせたまま、少し笑ってしまう。

 

「お前さん。面白いもの、持ってるねぇ」

「こっちは、もうちょい困ってもらいたいんですけど!」

 

 平子が刀を引く。

 

 俺は追いかけず、その場で柄を握り直した。右へ返すつもりで動かした刃を見て、次に左手を開く。

 

 ああ。

 

 見えているものへ、そのまま手を出すと違うところへ行くんだね。

 

『お前様。お袖を切られておいでで』

「うん。分かってるよ」

「分かってるだけで、何とかなるもんやありませんよ」

 

 平子の声がした。

 

 今度は、刀を合わせる直前で向きが変わる。俺の手元へ来ると思った先端が、肩へ上がった。そちらへゆめを寄せかけ、手首を返す。

 

 刃が鳴った。

 

 平子の目が少し細くなる。

 

 俺もその顔を見た。左右を考えてから振っていると、あいつが次を出してくる。覚えたつもりになったところへ別の角度から入るので、俺も同じ構えのままではいられない。

 

 爺さんに、片腕を後ろへ縛られた時を思い出した。

 

 使えない方で受けようとして、何度も頭を叩かれたねぇ。今は手が動く分、余計なことまでしてしまう。

 

「もう一本、お願い」

「何本でもどうぞ!」

 

 平子が瞬歩で抜ける。

 

 俺も足を出した。

 

 近づくつもりで退きかけた身体を、すぐ踏み直す。平子の刃が襟へ来た。ゆめの根元で受け、そのまま相手の刀へ沿わせる。

 

 あいつが引く。

 

 俺はその手元を追った。見えている平子の肩とは違うところで、袖が揺れている。そこへ足を運び、刀を返す。

 

 平子が跳んだ。

 

 俺の先端が、白い羽織の端を掠める。

 

「っ、今の!」

 

 声が聞こえた方へ、すぐには向かない。

 

 俺は地面を蹴った。

 

 平子の目が俺を追う。刀を戻すより早く、その脇へ出た。ゆめを横へ向け、肩へ届くところで止める。

 

 あいつの足が、動かなくなった。

 

 逆さまの庭で、二人とも黙っている。

 

 俺が少し首を傾げると、平子は自分の肩へ目を向けた。

 

「……参りました」

 

 甘い香りが薄れる。

 

 庭が元へ戻った。俺は足元を一度見て、ようやく刀を下げる。平子も逆撫を戻したが、その顔はまだ、俺の方へ向いていた。

 

「どうしたの?」

「いや。今の、もう合わせてきはりました?」

「何度か、違うところへ振ったでしょう」

「何度かで済む方がおかしいんです」

 

 平子が自分の袖を見る。

 

 端が少し切れていた。俺も左の袖を上げ、こちらもだよと見せる。

 

「一度目、ちゃんと貰っちゃった」

「袖だけで言われても、嬉しなりませんわ」

 

 そう返してから、あいつが息を吐いた。

 

 俺はゆめを納め、もう一度庭を見る。分かっていても、さっきまでの景色がまだ頭へ残っていた。縁側の皆が普通に座っていることまで、少し変に思えてくる。

 

「味方がいる時は、先に言ってあげてねぇ」

「そら、言いますよ」

「うん。俺も、隣にいたら斬りにくい」

「そこは先に、俺が何とかします」

 

 平子が庭の端へ顔を向ける。

 

 五番隊の子たちが、こちらを見ていた。目が合うと、何人かが慌てて背を起こす。

 

「見とったか。始解使うたら、そのまま勝てるわけちゃうぞ」

「……今のを、見本にするんですか」

「俺も嫌やわ。せやけど、見たやろ」

 

 返した子が口を閉じ、それから頷いた。

 

 俺も隣へ立ったまま笑う。平子は少し嫌そうにこちらを見たが、今度は俺にも何も言わなかった。

 

        *

 

「隊長。袖を」

 

 佐伯が羽織を持ってきた。

 

 俺が受け取ろうとすると、その前に切れたところを見られる。肌には届いていないよと伝えたら、承知しておりますと返された。

 

「伏見へ、お渡しください」

「うん。そうだったねぇ」

 

 隣で平子が自分の袖を隠しかける。

 

 藍染はもう見ていた。

 

「そちらも、お預かりします」

「これくらい、自分で言う」

「では、お忘れなく」

「子供やないんやぞ」

 

 俺は羽織を着て、二人を見た。

 

 さっきまで刀を合わせていたのに、戻れば袖の話になる。佐伯も藍染も、こちらが勝ったか負けたかだけでは済ませてくれないらしい。

 

「隊長」

 

 榛名が近づいてきた。

 

 平子へ一礼し、俺へ向き直る。何を聞きたいかは、さっきから顔に出ていた。

 

「あの中では、どのように見えておられたのですか」

「お前さんたちが、頭を下にして座ってたよ」

「……我々まで」

「うん。最初は、そっちを見ちゃったねぇ」

 

 榛名が縁側を振り返る。

 

 槇島まで自分の座っていたところを見たので、俺もそちらへ顔を向けた。実際に逆さまになったわけじゃないよ。そう付け足す前に、平子が話へ入る。

 

「そっちに気ぃ取られたら、もう斬られとるいうことです」

「はい」

「見慣れたもんほど、勝手に頼ってまうでしょう。知らん能力が来た時は、そこも疑わなあかん」

 

 榛名が頷いた。

 

 俺は平子の横顔を見る。

 

 さっき、もう一本と頼んだ時には、あいつも嬉しそうだったねぇ。刀を合わせるのも、こうして皆へ話すのも、まだしばらく付き合ってもらいたくなる。

 

「平子」

「はい?」

「また、お願いしていい?」

「それ、こっちから言うところです。今日で済ます気ぃありませんよ」

 

 俺が頷くと、平子も少し笑った。

 

 藍染はその後ろから、俺の切れた袖へ一度目を向ける。それから佐伯を呼び、先ほどの手合わせについて尋ね始めた。

 

 左へ出た後、さらに踏み替えましたね。

 

 あいつが足を置いてみせると、佐伯も隣へ立った。槇島たちが寄っていく。俺も覗きたくなったが、平子が先に肩へ声を寄せた。

 

「今日は、あっちへ入らんといてください」

「まだ何もしてないよ」

「二人で確かめとるところでしょう」

 

 俺は口を閉じた。

 

 佐伯が藍染の刀を借り、刃を受けたところからゆっくり動かしている。藍染も頷き、自分の手首の向きを直した。

 

 そうだったねぇ。

 

 俺は平子と一緒に、少し離れて立つ。

 

 やがて佐伯がこちらを見た。何か聞かれるのかと思ったが、あいつは軽く頭を下げ、そのまま藍染へ向き直った。

 

 俺がいなくても、続きを始められる。

 

 それを眺めていたら、平子が小さく息を吐いた。

 

「……次は、袖以外も届かせますからね」

「うん。楽しみにしてるよ」

 

 返事をすると、あいつはまた俺の顔を見た。

 

 何を見ていたのか、少しして首を振る。それから皆へ顔を戻し、終わった組から片づけるよう声を掛けた。

 

 俺も、今日こそ服を忘れずに持って帰ろうか。

 

 切れた左の袖を畳み、佐伯たちの話が済むまで、もう少し隣で待つことにした。

 

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