卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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降り立ちし影に 古きを知り
見送りし空に 明日を仰ぐ




124.天上の迎客

 

 

「烏有。お前さんまで荷物を持って、どうするつもりだい」

 

 曳舟に言われ、俺は抱えた箱を見る。

 

 この前、紐を掛けていたものだ。持ち上げた時には何も言われなかったのに、十二番隊の門を出ようとしたら止められた。

 

「向こうまで運ぶよ」

「向こうって、どこまで?」

「迎えに来てくれるところまで」

「ああ。なら、頼もうか。お前さんだと、そのまま乗っていきそうだからね」

 

 隣で、喜助が口元を緩めた。

 

 まだ二番隊の死覇装を着ている。今日は夜一の後ろへ戻らず、曳舟の荷を一つ預かっていた。試験の日は決まったと聞いたけれど、あいつの卍解を見せてもらうのは、もう少し先だ。

 

 後ろで、大きな声がした。

 

「それ、こっちへ寄越せ!」

 

 小柄な子が喜助の包みを取ろうとしている。喜助はすぐ渡したが、その子は受け取ってからも、何か言いたそうに顔を見上げていた。

 

「ありがとうございます」

「礼なんかええわ。うちの隊長の荷物やろが」

 

 十二番隊副隊長、猿柿ひよ里(さるがきひより)。

 

 曳舟のところへ来るたび、廊下で声を聞いていた子だ。今日も声はよく通る。けれど、包みの紐が緩んでいないか確かめる間だけは、誰にも何も言わなかった。

 

 曳舟がその頭へ手を載せる。

 

「頼むよ、ひよ里」

「……分かっとる」

 

 俺は箱を持ち直し、先へ歩いた。

 

 ここへ来るまで、何人も曳舟を呼び止めた。皆、もう挨拶は済ませたと言う。それでも顔を見ると、もう一度声を掛けたくなるらしい。

 

 俺にも覚えがあるねぇ。

 

 旅へ出る前、先生のところへ何度も行った。別の用事を考えて訪ねたつもりが、向こうには分かっていたのかもしれない。最後には、忘れ物があるなら戻ってくればよいと言われた。

 

「何を笑ってるんだい」

「曳舟も、忘れ物があるといいねぇ」

「縁起でもないことを言うんじゃないよ」

「取りに帰ってこられるでしょう」

 

 曳舟がこちらを見る。

 

 少しして、箱の底へ目を落とした。

 

「そいつを置いていこうかね」

「駄目だよ。喜助が、続きを作るって言ったんだから」

「じゃあ、忘れ物はなしだ」

 

 笑われてしまった。

 

 門を出ると、佐伯が待っていた。道の先へ目を向けてから、俺の抱えた箱を見て、代わりましょうかと手を出してくれる。

 

「大丈夫。今日は、落とさないよ」

「本日だけでなく、お願いいたします」

 

 喜助が隣で笑う。

 

 その声を聞きながら歩いていると、遠くで低い音がした。佐伯が先に空を見上げる。俺も顔を上げ、白い空へ落ちてくるものを見つけた。

 

 大きいねぇ。

 

 話に聞いていたより、ずっと大きかった。

 

        *

 

 天柱輦(てんちゅうれん)の前には、既に先生たちがいた。

 

 春水と浮竹もいる。烈は曳舟を見つけると、少し場所を空けてくれた。俺はそちらへ箱を運び、佐伯へ預かってもらってから、先生の横へ並ぶ。

 

 扉が開いた。

 

 最初に見えたのは、見覚えのある大きな髭だった。

 

「おお。揃っておるのう」

 

 和尚が降りてくる。

 

 声を聞くと、俺もつい片手を上げた。この前は流魂街の空から聞こえたけれど、今日はちゃんと顔がある。先生へ挨拶をした後、その目がこちらへ向いた。

 

「烏有。息災か」

「うん。和尚も、久しぶりだねぇ」

「顔を合わせるのはな」

 

 大きな手が、俺の肩へ触れた。

 

 重いねぇと思って顔を上げると、和尚はもう曳舟へ目を向けている。俺もそちらを見るつもりだったが、その後ろから出てきた男の髪へ、先に目が留まった。

 

 随分と、前へ伸びている。

 

「何見てやがる」

「いや。扉へ当たらないんだねぇと思って」

「ああ?」

 

 男がこちらを向く。

 

 その横を、細い女の人が通った。背後から伸びた幾本もの腕が、扉へ触れずに畳まれる。俺がそちらまで目で追うと、今度は別の男が片手を上げた。

 

「Hey! こっちは見てくんないの?」

 

 こちらは、よく笑っている。

 

 四人とも白い羽織を着ていた。けれど、先生たちの並ぶところへ立つと、それだけでは揃って見えない。俺は初めて会う三人を順に見てから、和尚へ顔を戻した。

 

「紹介してもらっていい?」

「おんしから尋ねるとは、珍しいのう」

「今日は、知らない人が三人もいるからねぇ」

 

 背後で、春水が小さく咳をした。

 

 和尚は気にせず笑い、まず、こちらへ手を上げていた男を示した。

 

「二枚屋王悦(にまいやおうえつ)。おんしらの持つ斬魄刀を生み出した男じゃ」

 

 俺の手が、腰へ落ちた。

 

 王悦の目もついてくる。

 

「そうそう。それを作ったのが、チャンボク」

「……お前さんが」

 

 柄へ触れたまま、もう一度顔を見る。

 

 あの頃、刀を持っていなければ、俺はどうしていただろう。死んだ者の傍から拾い上げ、抜いてみた。自分のために用意されたものではないと知りながら、それでも手放さなかった。

 

 その先で、ゆめが話してくれた。

 

「世話になってるよ」

 

 王悦が少し顔を傾ける。

 

「そりゃ、そいつに言ってあげなよ」

「うん。言ってる」

「なら、いいじゃん」

 

 笑った口元を見て、俺も少し笑った。

 

 和尚が次の者へ手を向ける。

 

「修多羅千手丸(しゅたらせんじゅまる)。死覇装を生み出した者じゃ」

 

 今度は袖を見てしまった。

 

 千手丸の目が、俺の手元へ落ちる。細い腕が一本伸び、袖口を軽く持ち上げた。縫い目を眺める仕草が、伏見に似ている。

 

「ほう。随分と直して着ておるの」

「うちの子が、繕ってくれるんだよ」

「大事にしておるのは、その者の方であろう」

「俺も、大事に着てるよ」

「ならば、もう少し長く保たせてやれ」

 

 袖が離れた。

 

 佐伯が横で頭を下げている。お前さんまで、俺の代わりに返事をしなくていいでしょう。

 

 けれど、帰ったら伏見へ話してやりたいねぇ。

 

 お前さんが毎日直しているものを、最初に作った人へ会ったよと。そう言えば、きっと袖より先に、どんな縫い方をしていたか聞かれる。

 

「こっちも紹介が要るか」

「うん。まだ聞いてないよ」

「麒麟寺天示郎(きりんじてんじろう)だ。覚えとけ」

 

 前へ伸びた髪の男が、顎を上げた。

 

 俺が名を繰り返す前に、その目が隣へ動く。

 

「烈。久しぶりじゃねえか」

「御無沙汰しております。麒麟寺様」

 

 烈が頭を下げた。

 

 俺は二人を見比べる。

 

 知り合いだったのかい。

 

「今は、四番隊の隊長だったな」

「はい」

「教えたもんは、使ってるようだな」

「おかげさまで。今も、助けられております」

 

 麒麟寺の口元が上がった。

 

 俺は烈へ少し顔を寄せる。

 

「何を教わったの?」

「回道です。貴方が旅に出ておられた間に」

「……烈に回道を教えたの、お前さんだったんだねぇ」

 

 麒麟寺がこちらを見る。

 

「何だ。お前も使うのか」

「うん。烈にも、見てもらったよ」

「なら、雑に覚えちゃいねえだろうな」

 

 烈が、隣で微笑んだ。

 

 俺は頷きながら、昔の手を思い出していた。傷を塞ぐ光を見せてもらった時、便利なものを覚えたねぇと言った。あいつはその手で刀を取り、これなら、もう少し続けられますと笑ったのだった。

 

 あの時には、教えた相手のことまで聞かなかった。

 

 麒麟寺は、どんな顔であの理由を聞いたのだろう。

 

「何か、おかしいですか」

「ううん。お前さんが教わってるところも、見たかったと思ってねぇ」

「今からでも、御一緒に伺えますよ」

 

 麒麟寺が鼻で笑う。

 

「見物で済むと思うなよ」

「……そういうところも、似てるねぇ」

 

 烈に顔を向けると、何も返されなかった。

 

        *

 

「さて。曳舟」

 

 和尚が名を呼ぶ。

 

 皆の目が、そちらへ向いた。俺も烈との間を空け、曳舟が前へ出るのを見た。さっきまで隣を歩いていたのに、今は向こうの四人へ一人で歩いていく。

 

 和尚は、その顔を見て頷いた。

 

「迎えに来たぞ」

 

 曳舟が頭を下げる。

 

 ひよ里が包みを抱え直した。喜助も姿勢を正し、夜一の隣へ立っている。俺は佐伯から箱を受け取り、持ち手を確かめた。

 

「王属特務、零番隊。儂らは霊王と霊王宮を守る者じゃ」

 

 和尚の声が広場へ通る。

 

「そして、尸魂界に新しきものを生み出した者を、霊王様の御意志によって迎え入れておる」

 

 俺は王悦へ一度目を向けた。

 

 斬魄刀。

 

 千手丸の方を見ると、あの細い腕が既に曳舟の荷へ伸びていた。ひよ里の持つ包みは取らず、別の箱を一つ受け取っている。

 

 どちらも、俺が生まれるより前からあった。

 

 作った者がいると、考えなかったわけではない。けれど、今日、本人の顔を見るまで、刀も衣も、ずっと昔からあるものとしか思っていなかったねぇ。

 

「曳舟桐生。おんしが生み出した義魂と、それを用いる義魂丸。その功は、尸魂界に認められた」

 

 喜助が曳舟を見ていた。

 

 俺も、その横顔を見る。

 

 同じ机で紙を広げていた。俺の霊力を少し借りて、喜助の金具と繋いでみせた。上手くいかなければ、笑って次を試した。

 

 その途中にも、こういうものを作っていたんだねぇ。

 

「以後は、儂らと共に霊王宮へ上がってもらう」

「承りました」

 

 曳舟が顔を上げた。

 

 その声を聞いてから、先生が前へ出る。俺も箱を持ったまま、少し後ろへ下がった。

 

「長きにわたり、十二番隊をよく率いた」

「こちらこそ、お世話になりました」

「上でも、励め」

「はい」

 

 短いやり取りだった。

 

 先生は曳舟を見ていた。あいつもすぐには頭を下げ直さず、しばらくその顔を見ている。それから深く礼をし、俺たちの方へ戻ってきた。

 

 春水が先に声を掛ける。

 

「向こうでも、御元気で」

「ああ。お前さんも、飲みすぎるんじゃないよ」

「最後まで、それですか」

「最後だから言っとくんだろう」

 

 浮竹が隣で笑った。

 

 夜一は、喜助の背を軽く押す。あいつは一歩出てから、曳舟へ向き直った。

 

「御教授いただいたこと、活かせるように努めます」

「うん。試験、頑張りな」

「はい」

「その後も、だよ」

 

 喜助が少し笑う。

 

 曳舟も笑って、その肩へ手を載せた。何か言うかと思ったが、そのまま軽く叩いて離す。

 

 俺は箱を差し出した。

 

「これ、忘れずにね」

「お前さんが、ずっと持っててくれたじゃないか」

「うん。ちゃんと渡しておこうと思って」

 

 曳舟の両手へ、重さが移る。

 

 手を離すと、急に空いた掌が気になった。もう持つものはない。懐へ入れていた菓子も、今朝、十二番隊で渡してしまった。

 

 曳舟は箱を受け取り、喜助へ少し傾けてみせる。

 

「持っていくよ」

「ええ。お気をつけて」

 

 ひよ里だけが、まだ包みを抱えていた。

 

 曳舟がそちらへ手を伸ばす。けれど、すぐには受け取らず、小さな肩へ先に触れた。

 

「ひよ里」

「……何や」

「今まで、ありがとうね」

 

 顔が上がる。

 

 俺は二人から目を離し、天柱輦の方を見た。扉の前で、王悦が千手丸から荷を受け取っている。麒麟寺もそちらへ戻りかけていたが、こちらを見て足を止めていた。

 

「うちも、世話になった」

 

 後ろから声がした。

 

 いつもより小さかった。曳舟が何か答え、包みの擦れる音がする。俺が顔を戻した時には、ひよ里の手も空いていた。

 

「あんまり、無理すんなよ」

「お前さんに言われるとはね」

「うるさいわ。言うとかな、聞かんやろが」

 

 曳舟が声を上げて笑った。

 

 ひよ里の頭へ、もう一度手を置く。今度は少し長く、そのままだった。

 

        *

 

 和尚が俺を見つけたのは、曳舟の荷が全部収まってからだった。

 

「どうじゃ。今日は、共に来るか」

 

 隣で佐伯の顔が上がる。

 

 俺も天柱輦を見る。開いた扉の向こうで、曳舟がこちらへ顔を向けていた。あいつまで、俺の返事を待っている。

 

「今日は、見送りだよ」

「そうか」

「うん。また会いたいとは、言ったけどねぇ」

 

 和尚が笑った。

 

 大きな声だった。ひよ里までそちらを見るので、俺も少し笑ってしまう。

 

「来る時は、先に知らせよ」

「分かったよ」

 

 先生の目がこちらへ向いた。

 

 何か言われる前に顔を向けると、出るなら隊へ話しておけと頼まれる。今日は帰るよと答えたが、今日だけの話ではないらしい。

 

「佐伯にも、ちゃんと言うよ」

「お願いいたします」

 

 返事が早かった。

 

「お前さん、そんなに心配?」

「今のお話を、隣で伺いましたので」

 

 佐伯へ頷き、俺は扉へ目を戻した。

 

 王悦が、その前へ立っている。俺の腰へ一度目を落とし、それから片手を上げた。

 

「烏有チャン」

「うん?」

「そいつ、大事にね」

「うん。もちろん」

 

 柄へ手を添える。

 

 ゆめが、内側で少し笑った。

 

『よう、お返事なさいました』

「だって、大事でしょう」

『ええ。わっちも、お前様が』

 

 俺の口元が緩む。

 

 王悦がそれを見て笑い、先に中へ入った。千手丸も続く。俺の袖へもう一度だけ目を向けていったので、今度会う時には、できるだけ新しいものを着てこようか。

 

 麒麟寺は、烈へ顎を上げた。

 

「じゃあな」

「はい。どうぞ、御健勝で」

「お前は、人のことばかり気にしてんじゃねえぞ」

 

 烈は微笑んだまま、一礼した。

 

 俺もそちらへ顔を向けたが、何も尋ねなかった。今なら、前より少しだけ、あいつを診る者がいたことを嬉しく思える。

 

 和尚が最後に乗り込む。

 

 曳舟が入口へ寄ったので、俺は手を上げた。皆もそちらへ顔を向ける。ひよ里は両手を下ろしたまま、真っすぐに見上げていた。

 

「じゃあ、行ってくるよ」

 

 いつもの声だった。

 

「うん。行ってらっしゃい」

 

 俺が返すと、ひよ里の声も重なった。

 

 扉が閉じる。

 

 俺は手を下ろさずにいた。天柱輦が空へ向かい、白い雲の方へ遠ざかっていく。もうこちらは見えないかもしれない。けれど、途中でやめるのも変な気がして、その姿が小さくなるまで見送った。

 

 隣で、誰かが長く息を吐く。

 

 喜助だった。

 

 あいつも空を見ていた。懐へ帳面は入っているのだろうかと目を向けたが、今日は取り出さない。両手を下ろしたまま、曳舟の消えた先へ顔を上げていた。

 

「喜助」

「はい」

「次は、お前さんの番だねぇ」

 

 こちらへ顔が向く。

 

「……随分と、高いところを仰いますね」

「試験だよ」

「ああ。そちらですか」

 

 笑ったあいつの横で、夜一が肩を揺らした。ひよ里は何も言わず、先に十二番隊へ向かう道へ歩き出す。

 

 喜助がその背を見る。

 

 少しして、夜一へ一礼し、後を追った。

 

 俺は佐伯と並び、もう一度空を見上げた。曳舟の姿は、すっかり見えなくなっている。

 

「帰ろうか」

「はい」

 

 歩き出すと、袖が手の甲へ触れた。

 

 俺はそいつを少し持ち上げ、縫い直されたところを見る。千手丸に言われたことを、伏見へどう話そうか。まずは作った本人に会ったところからだねぇ。

 

 それから、喜助の試験の日も空けてもらおう。

 

 見送りが済んだばかりなのに、帰って話したいことが幾つもできていた。

 

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