卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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閉ざされし戸に 望みを告げ
並びし影に 問いは生まれる




126. 異才の隣席

 

 

side:猿柿ひよ里

 

 刀を預けろと言われた時点で、帰りたくなった。

 

 こっちは副隊長やぞ。そう言いかけた横で、浦原はさっさと腰から刀を外していた。受け取った男も慣れたもので、そのまま奥の棚へ収める。うちの分まで待つように手を出され、仕方なく渡した。

 

「何やねん。丸腰で入らなあかんのか」

「ええ。中の方に奪われると、困りますから」

「奪わせへんわ」

「皆さん、そうおっしゃるんですけどね」

 

 腹の立つ笑い方や。

 

 昨日から何度、その顔を見たやろう。何を聞いても大抵は答えるくせに、聞いたうちだけが余計に苛立つ。曳舟隊長なら、言いたいことくらい先に分かってくれた。

 

 比べてもしゃあない。

 

 そう思うたところへ、浦原が先に歩き出した。

 

「猿柿副隊長。こちらです」

「分かっとる!」

 

 追いついてから、少しだけ周りを見る。

 

 蛆虫の巣。

 

 名前は知っとった。隠密機動の管轄で、危ないと見なされた連中を閉じ込めとくところや。けど、入ってみたら牢の外に人がおった。

 

 壁へ寄り掛かっている奴も、こっちを眺めている奴もいる。浦原へ声を掛ける者までおった。久しぶりですねぇ、と返す声が、うちの隊舎へ来た時と変わらへん。

 

「知り合いか」

「前の持ち場ですから。こちらへは、よく」

「そんなん聞いてへんぞ」

「ええ。今、お話ししました」

 

 蹴ったろか。

 

 足へ力が入ったところで、近くにいた男が立ち上がった。こっちへ来る。うちが身体を向けるより先に、浦原の手が伸びた。

 

 男の手首が止まる。

 

「今日は、御案内しているところなんです。また今度にしていただけます?」

「隊長になったらしいな」

「おかげさまで」

「偉くなったもんだ」

 

 男が手を引いた。

 

 浦原も離す。揉めたうちに入らんような顔で、また先へ歩いていった。うちは男を見てから、その背を追う。

 

 丸腰で入れる理由を、少しだけ聞いた気がした。

 

 せやけど、褒めたるほどのことでもない。

 

「今の、何や」

「御挨拶です」

「もっと普通にさせろや」

 

 奥へ進むと、ようやく檻があった。

 

 中に、一人だけ座っている。

 

 そいつは浦原の顔を見るなり、露骨に嫌そうな顔をした。ああ、なるほど。嫌われているという話だけは、ほんまやったらしい。

 

「何の用だネ。今度は見世物まで連れてきたのか」

「誰が見世物や!」

「猿柿副隊長です。僕の隊の」

 

 浦原が横から答えた。

 

 男の目が白い羽織へ動く。

 

「その格好は、何の冗談かネ」

「十二番隊を預かることになりました。今日は、涅さんをお誘いに」

「断る」

「まだ、内容をお話ししてないんスけど」

「君の下で働く話だろう。ならば、聞く必要はないヨ」

 

 もう終わったやんけ。

 

 うちは浦原を見る。ところが、こいつは帰る顔をしてへんかった。檻の前へしゃがみ、向こうが座ったまま見られる高さへ顔を下ろす。

 

「技術開発局を作ります。研究のための場所と人員を揃えて、継続して取り組めるようにしたいんです」

「君が好きに使うための、かネ」

「僕も使いますよ。ですが、涅さんにも使っていただきたい」

 

 マユリの指が、膝の上で動いた。

 

 興味がないなら、もうこっちを見んかったらええのに。そう思ったが、浦原の話も止まらへん。

 

 用意する場所。持ち込める器材。今、十二番隊に残っている研究。

 

 途中からは、うちの知らん話まで出てきた。

 

「その設備で、何を調べるつもりだネ」

「最初は使えるものから。必要なものは、作り足していきます」

「最初から不足しているじゃないか」

「ですから、手を貸していただけませんか」

 

 マユリが鼻で笑った。

 

 けど、今度は断らんかった。代わりに幾つか尋ね始める。浦原も即答したり、そこはまだ決めていませんと返したりしている。

 

 うちは檻の横へ寄った。

 

 こいつら、うちがおらんでも同じように話すんやろうな。そう思ったら面白くなかった。昨日、見てほしいと言うたんは、そっちやぞ。

 

「おい。連れてきたら、こいつに何をさせるんや」

「副局長をお願いしようと思っています」

「はぁ?」

 

 マユリまで顔を上げた。

 

 そこは、うちと同じ顔になるんかい。

 

「十二番隊では三席として。研究では、僕と一緒に局を動かしていただきたいんです」

「勝手に席まで決めとんなや!」

「受けていただけるなら、というお話です。猿柿副隊長のお仕事を、そのままお願いするわけではありませんよ」

「そんなん心配しとらんわ!」

 

 ほんまに、そこやない。

 

 昨日来た隊長が、今日、檻の中の男へ副局長を頼んでいる。うちの知らんところで話が進むのが嫌やった。せやのに、今、目の前で聞かされても腹が立つ。

 

 曳舟隊長やったら。

 

 また浮かんだ名前を、うちは口の中で止めた。

 

「君の次に置くと言うのかネ」

 

 マユリが尋ねる。

 

 浦原は頷いた。

 

「ええ。僕がいなくなれば、局の研究も設備も、あなたが引き継ぐことになる」

 

 うちは横を向いた。

 

 軽く言うなや。

 

 昨日までおった人が、もうおらん。空いた部屋へ、別の奴が座っている。その話を、こいつは自分が消える時の誘い文句に使う。

 

「……お前が、おらんようになったら?」

 

 聞き返す声が、思うたより低くなった。

 

 浦原がうちを見る。

 

「ええ。研究を、僕がいる間だけのものにはしたくありませんから」

 

 その顔は、笑ってへんかった。

 

 言い返そうとしたところで、檻の中から声が来た。

 

「先に死ぬ予定でもあるのかネ」

「できれば、長く続けたいと思ってますよ」

「ならば、退屈な仕事ばかり持ち込まないことだ」

 

 マユリが立ち上がった。

 

 うちはそっちを見る。さっきまで壁へ預けていた背が離れ、檻の向こうへ足が来ていた。

 

「見てから決めるヨ。その研究室とやらを」

「ええ。御案内します」

 

 浦原が立つ。

 

 うちも背を起こした。帰る時には、こいつもついてくるらしい。朝、隊舎を出る時には二人やったのに。

 

「勘違いするなヨ。君を認めたわけではない」

「承知してます」

「している顔には見えないネ」

「そういう顔なんや、こいつは」

 

 口を挟むと、二人ともこっちを見た。

 

 何やねん。

 

 先に睨み返したら、マユリは浦原へ目を戻し、ようやく一つ頷いた。

 

「そこだけは、同意しておくヨ」

 

        *

 

 十二番隊へ来たのに、喜助がいなかった。

 

 代わりに、ひよ里が大きな板を運んでいる。片側を隊士の子が持ち、二人で廊下の角を曲がろうとしていた。ぶつかりそうだったので、俺も端へ手を添える。

 

「こっちへ持てばいい?」

「あ、烏有隊長。そっち、持ち上げてくれるか」

「うん」

 

 少し上げると、板が柱を抜けた。

 

 ひよ里が息を吐く。置き場所を聞くと、そのまま奥だと言われた。案内してもらいながら進む。喜助に会う前から手伝うことになるのは、前にもあったねぇ。

 

「何を作ってるの?」

「棚や。持ってきたもん、床へ置きよるから」

「そんなに増えた?」

「増えた。人も、箱も、よう分からんもんも」

 

 最後のものは、俺もよく見たよ。

 

 部屋へ入ると、机が二つ並んでいた。向かい合わせではない。窓際に一つ、部屋の奥にもう一つ。その間へ紙や器が積まれていて、通るには横を向いた方がよさそうだった。

 

 棚板を壁際へ下ろす。

 

 ひよ里が手を払ったところで、奥の机から声がした。

 

「そこで切らせるなヨ。木屑が入る」

「まだ何もしとらんわ!」

 

 男が一人、こちらを見る。

 

 こちらの顔より先に、羽織の字へ目を向けた。俺も立ち上がり、そいつへ顔を向ける。

 

「涅かな」

「そうだが」

「烏有玄十郎。よろしくねぇ」

 

 マユリ。

 

 喜助に名前を聞いた日にも、昔覚えた顔を思い出そうとはした。けれど、今、目の前にいる男を見ている方が早かった。俺が近づくと、その手が紙の上から退く。

 

「十番隊隊長が、何の用だネ」

「喜助に呼ばれたんだよ」

「ならば、浦原がいる時に来ればいい」

「いると思ったんだけどねぇ」

 

 ひよ里が、鼻から息を吐いた。

 

「倉や。持ってくるもんがある言うて出てった」

「そっか。じゃあ、待たせてもらおうか」

 

 座るところを探す。

 

 椅子はあったが、箱が載っていた。動かしていいか聞く前に、マユリがそちらへ手を向ける。

 

「触るな」

「中に何が入ってるの?」

「触ってから確かめる癖があるなら、ここへ来る前に直しておきたまえ」

 

 俺は手を下ろした。

 

 そう言われると、曳舟にも似たようなことを言われたねぇ。あの時は、食べるものだと思っただけだったけれど。

 

「じゃあ、立って待つよ」

「そこも邪魔だネ」

「お前が物置いとるからやろ!」

 

 ひよ里が箱を持ち上げた。

 

 マユリの顔がそちらへ向く。何か言う前に別の机へ載せられ、椅子だけが俺の方へ押されてきた。

 

「座って。こいつの言うこと、全部聞いとったら門の外まで戻されるわ」

「ありがとう」

 

 腰を下ろす。

 

 マユリはひよ里を見ていたが、やがて自分の紙へ目を戻した。俺も、その手元へ少し顔を寄せる。

 

 小さな器へ、何か入っていた。

 

 黒い欠片に見える。触ってはいないよ。目だけ向けていたら、マユリの指が器を回し、こちらから見えない方へ寄せてしまった。

 

「それは、何を調べてるの?」

「説明を聞いて分かるのかネ」

「聞いてみないと、分からないねぇ」

 

 男が顔を上げた。

 

 怒ったのかと思ったが、少しして、器が机の真ん中へ戻ってくる。

 

「虚の残した霊圧を、どれだけ長く採取した状態で保てるか。それを確かめている」

「へえ。喜助も一緒に?」

「途中までのものを寄越してきたのだヨ。測る前に変質するなら、比べた結果にも意味がない」

「そこも直してくれたんだね」

「まだだ」

 

 返事が早い。

 

 俺も器へ目を戻した。喜助がいつも持ってくるものは、こうして向こうの机にも増えていくのだろうか。あいつにとっても、続きを任せられる相手ができたんだねぇ。

 

 マユリが別の紙を取る。

 

「虚圏に長く滞在していたと聞いたが」

「うん。随分と歩いたよ」

「ならば、こちらの記録を見たまえ」

 

 紙が、俺の膝へ来た。

 

 喜助を待つだけのつもりだったので、少し笑ってしまう。名を告げた時には帰れと言われたのに、今は読むものを渡されていた。

 

 俺は紙を広げた。

 

        *

 

「もう、始めてらしたんですね」

 

 喜助が戸口へ現れた時、俺は机の横で砂の中へ指を入れていた。

 

 浅い皿に敷かれた、細かな白い砂だった。虚圏のものではない。砂の中へ隠れていた虚の話をしたら、ひよ里が外から持ってきてくれた。

 

「お前さんを待ってたんだよ」

「ええ。お待たせしました。……それで、こちらは?」

「潜る向きを見せてたの。あの虚は、頭から入らなかったからねぇ」

 

 喜助が箱を下ろす。

 

 マユリはそちらを見ず、紙へ何か書いていた。俺が覚えているところを話すたびに、いつ見たか、どこで見たか、近づいた時に何が変わったかと尋ねられる。

 

 大きかったよと答えたら、どの程度だと聞き直された。

 

 爺さんにも、そう言われたねぇ。見たものを話せと言われたのに、怖かったとしか答えられない。あの時は本当に、そればかり覚えていたのだけれど。

 

「地面に潜った後は、霊圧が小さくなったんですか」

 

 喜助が隣へ来る。

 

「うん。俺が追ってなかったら、分からなくなってたかもしれない」

「潜る前に自分で抑えた可能性は」

 

 マユリに聞かれ、俺は頷いた。

 

「あるよ。砂へ入ったからなのかは、分からないねぇ」

「ならば、分けて記録しておくべきだネ。そこを一緒にされては困る」

 

 紙が俺へ戻ってきた。

 

 俺が話したところへ、幾つか印が増えている。砂へ潜ったことと、霊圧が小さくなったこと。その間を繋いでいた線が消されていた。

 

 そう。お前さんは、そこから確かめたいんだね。

 

「ありがとうございます。こちらの器でも、試してみましょうか」

 

 喜助が箱から二つ取り出す。

 

 マユリの目が、すぐそちらへ向いた。一つを手に取り、蓋を外して中を見る。俺には何が違うか、まだ分からなかった。

 

「内側を替えたのか」

「ええ。前のものでは、残る場所に偏りがありましたので」

「その偏りごと測る方が早い」

「最初に集める時点で変わってしまうと、後から調べたいことが増えた時に困るでしょう」

「何もかも残そうとすれば、容れ物ばかり大きくなるヨ」

「ですから、今、どこまで残せるか試したいんです」

 

 マユリが喜助を見る。

 

 喜助も、器から目を離さなかった。俺は砂から手を抜き、ひよ里の持ってきてくれた布で指を拭く。

 

 二人とも、相手の言った通りにはしないらしい。

 

 けれど、器は突き返されなかった。マユリが自分の机から別のものを持ってきて、喜助の隣へ置く。蓋の内側を指し、ここはまだ同じだと言った。

 

「はい。そちらは、比べてから替えます」

「ならば、先にこちらへ入れたまえ。混ぜるなヨ」

「承知してますよ」

 

 ひよ里が俺の横へ立った。

 

「毎日やで、これ」

「うん。よく喋るねぇ」

「飯も忘れよる」

「それは、俺も言えないかな」

「あんたまでかい」

 

 呆れた顔をされてしまった。

 

 俺は布を返し、机の端へ目を向ける。喜助が持ってきた箱に、別の紙も挟まっていた。誰かの名前が並んでいる。その中に、さっき棚板を運んでいた子の名もあった。

 

「皆で使うの?」

「ええ。現世へ持っていっていただく分も、これから作ります。ただ、まだ試している途中ですから」

「持ち帰った時には、中身が変わってたら困るものねぇ」

「はい。それで、烏有隊長にも御相談したかったんです。虚圏で御覧になったものを、伺えないかと」

 

 俺はマユリを見る。

 

 先に、随分と聞かれたよ。

 

 あいつもこちらを見ていた。喜助へ何か言うのかと思ったが、膝へ渡されていた紙を指すだけだった。

 

「続きを話したまえ。途中で止まっている」

「うん。次は、逃げた時の話だったね」

「待ってください。僕にも、最初から」

「後で読めばいいだろう。今、同じ話をさせてどうする」

 

 喜助が口を閉じた。

 

 ひよ里が少し笑う。俺も笑って紙を机へ載せ、空いているところを指で示した。

 

「じゃあ、喜助はここを見てて。砂から出てきたのは、俺の後ろだったんだよ」

 

 二人の顔が、こちらへ向く。

 

 俺も椅子を少し寄せた。長く旅をしたので、こういう話なら、まだ幾つも覚えている。

 

 今日は喜助に何を見せてもらうのかと思っていた。

 

 先に話すのは、俺になったねぇ。

 

「……茶、飲むんか。飲まんのか」

 

 ひよ里の声で、三人とも顔を上げた。

 

 盆の上に、湯呑が四つ載っている。さっきから待たせていたのだろうか。俺が手を伸ばすと、先に紙を退けろと言われた。

 

 喜助が帳面を閉じる。

 

 マユリも器を自分の方へ寄せた。空いたところへ湯呑が並び、ひよ里がようやく椅子を引いて座る。

 

「飲んだら、棚も片づけるで。そこの二人」

「はい」

「私まで数えるなヨ」

「お前のもん置く棚やろが!」

 

 声が響いた。

 

 俺は茶をいただき、向こうの机を見る。曳舟がいた頃よりも、置いてあるものが増えていた。次に来る時には、あの棚も埋まっているかもしれない。

 

 それなら、先に覗いてから座ろうか。

 

 湯呑を下ろした喜助が、もう帳面へ手を掛けていた。

 

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