卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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細めし瞳に 刃は潜み
伸びゆく先に 春は遠し




127. 銀糸の新芽

 

 

「一年だって?」

 

 俺が聞き返すと、平子は面倒そうに頷いた。

 

 五番隊へ来て、まだ廊下を歩いている。今日は佐伯たちの稽古が済んだ頃に顔を出すつもりだったのに、門を入るなり平子に捕まった。見ていってほしいものがあるというので、俺は庭へ向かっていた足を戻したところだ。

 

「六年のところを、一年で出てきよったんです」

「へえ。それは早いねぇ」

「早いで済まされても困りますわ。教える方かて、次に何渡したらええか考えなあきませんから」

「お前さん、困ってるの?」

「俺は、これからです」

 

 平子が戸の前で足を止めた。

 

 中から返事がある。入ってええぞと声を掛けると、一人の子が出てきた。銀色の髪に、細められた目。随分と大きな死覇装を着ているように見えたが、袖から出した手は、ちゃんとこちらへ揃えられていた。

 

「初めまして。市丸ギン(いちまるぎん)いいます」

 

 頭が下がる。

 

 俺も少し屈んで、その顔を見た。

 

「烏有玄十郎。よろしくねぇ」

「知ってます。十番隊の隊長さんやろ」

「うん。今日から五番隊?」

「昨日からです」

「じゃあ、俺より一日早く、ここの道を覚えたんだねぇ」

 

 市丸が笑った。

 

「まだ迷いますよ。似たような廊下ばっかりで」

「俺も昔、違う部屋へ入ったよ」

「昔やのうて、この前も俺の部屋通り過ぎたでしょう」

 

 平子が横から言う。

 

 あれは向こうで佐伯の声がしたからだよ。そう返すと、ほな今度から声出して待っときますわと言われた。そこまでしてもらわなくても、戸は開けられるんだけれどねぇ。

 

 市丸は俺たちを見上げていた。

 

 口元は笑ったままだ。平子が庭へ行くぞと声を掛けると、すぐに脇へ退いて道を空ける。その腰に、小さな刀があった。

 

 身体に合わせているのだろうか。

 

 目を向けたところで、市丸の手が柄へ添えられた。

 

「見ます?」

「いいの?」

「ここで抜いたら、怒られそうですけど」

「分かっとるなら、庭へ出てからにせえ」

 

 平子が先に歩き出す。

 

 市丸もついていくので、俺はその隣へ並んだ。歩幅は小さい。けれど、曲がり角で俺たちが少し早くなっても、あいつは同じところにいる。

 

 俺の目に気づいたらしく、顔が上がった。

 

「何です?」

「よくついてくるなと思って」

「置いていくつもりやったんですか」

「ううん。もう少し、ゆっくり歩こうかと思ったんだよ」

「ほな、このままでええです」

 

 返事をして、また前を向く。

 

 爺さんと歩いていた頃、俺はあの背中ばかり見ていたねぇ。追いつくと頭を押さえられ、離れると遅いと呼ばれた。こちらにも都合があると言ったら、なら俺より先を歩けと笑われたものだ。

 

 この子は、俺の顔まで見ながら歩いている。

 

「隊長さん」

「うん?」

「前、来はった時、平子隊長と刀合わせたんやってね」

「うん。聞いたの?」

「皆、よう話してますよ。庭が逆さまになったんやろ」

「俺には、そう見えたよ」

「変な感じやねぇ」

 

 見てみたいのかい。

 

 聞く前に、平子が振り返った。

 

「人の始解の話聞く前に、今日は自分の刀、ちゃんと見てもらえ」

「はいはい」

「はいは一回や」

「はい」

 

 今度は、俺も笑ってしまった。

 

        *

 

 佐伯は庭の端にいた。

 

 藍染と並び、稽古を終えた子の話を聞いている。こちらへ気づくと一礼したが、俺は手を上げ、そのままでいいと伝えた。

 

 市丸は俺の横から庭を眺めていた。

 

 誰かを探しているのかと思ったが、平子が呼ぶと、すぐそちらへ顔を向ける。庭に残っていた五番隊の男が、刀を持って近づいてきた。

 

「昨日と同じでええ。解放なしで一本。止めるところは分かっとるな」

「はい」

 

 男が答える。

 

 市丸も頷き、短い刀を抜いた。向かいの男が構える間も、腕は下げたままだった。あの位置なら、手首へ先に届くねぇ。俺がそう思ったところで、平子の声がする。

 

「始め」

 

 男が踏み込んだ。

 

 肩へ向かった刀が、途中で下がる。市丸の手を狙ったのだろう。けれど、その手はもう引かれていた。短い刃が男の刀へ触れ、市丸の足が内側へ入る。

 

 男の胸元で、切っ先が止まった。

 

「そこまで」

 

 平子の声を聞いてから、市丸が刀を下ろした。

 

 男は自分の刀を見る。もう一度と頼みかけたところを、平子に手で止められていた。

 

「先に、今の確かめとき。手ぇ狙うたんやろ」

「はい」

「そこまではええ。外された後、何見とった」

「刀を……」

「せやな。刀は見えてたな。ほな、こいつの足は?」

 

 男の目が、市丸の足元へ落ちる。

 

 市丸は何も言わなかった。刀を下げたまま、平子が話し終えるのを待っている。俺は少し近づき、その小さな肩の向こうから男の立っていたところを見た。

 

 ああ。思っていたより、深く入ったんだねぇ。

 

「もう一度、動いてもらっていい?」

「ボクですか」

「うん。今の一歩だけ」

 

 市丸が元の場所へ戻る。

 

 男にも刀を構えてもらい、ゆっくり同じところへ振ってもらった。今度は俺も横から見る。手を引く時、踵が僅かに浮いた。

 

「そこ」

 

 声を掛けると、市丸が止まる。

 

「もう、入るつもりだったの?」

「手ぇ斬られたら、嫌ですから」

「避けるだけでもいいでしょう」

「離れたら、また振ってきますやん」

 

 あっさり返されてしまった。

 

 俺は男の刀を見る。長さはこちらが上だ。市丸が後ろへ下がれば、次も向こうから届く。最初から近づくつもりで待っていたなら、腕を下げていたのも、そこへ振ってほしかったのかい。

 

「上手く来てくれたねぇ」

「来てくれへんかったら、別のこと考えます」

「うん。それも見たいね」

 

 市丸の顔が、こちらへ向いた。

 

 平子も俺を見る。

 

「今日は、こいつを見てもらうだけですよ」

「うん。見てるよ」

「今、刀へ手ぇやりかけたでしょう」

「まだ、触ってないよ」

 

 柄の手前で止まった手を、開いて見せる。

 

 平子は納得してくれなかった。俺の横へ立ち、市丸には先ほどの男と動きを確かめるよう言う。あいつははいと返事をしたが、戻る前に、もう一度こちらを見上げた。

 

「隊長さんとは、あかんの?」

「俺はいいよ」

「そっちが先に返事せんといてください!」

 

 平子の声で、庭の向こうまで顔が上がった。

 

 佐伯もこちらを見ている。

 

 俺はまだ、刀を抜いていないよ。そう見せるように腰から手を離したら、あいつは少しだけ目を伏せた。

 

 信じてもらえていないねぇ。

 

 藍染が隣から歩いてくる。その手には、市丸が部屋へ置いてきたらしい鞘があった。

 

「ギン。先に、こちらを」

「おおきに」

 

 短い刃が納まった。

 

 藍染は男へも声を掛け、さっき受けたところを見せてもらっている。市丸はその横へ立ったが、俺へ聞いた返事は、まだ待っているようだった。

 

「平子。少しだけなら、どう?」

「少しで済みます?」

「お前さんが止めてくれたら」

「俺の仕事増やす方へ話持っていくん、上手なりましたねぇ」

 

 平子が息を吐く。

 

 それから、市丸へ顔を向けた。

 

「聞いたな。止めたら、そこで終いやぞ」

「はい」

 

 返事が早い。

 

 俺も羽織を脱ごうとしたが、佐伯が近づいてくる前に、平子にそのままでええと言われた。

 

「脱いだら長なるでしょう」

「そんなつもりはないよ」

「着とっても、刀は振れます」

 

 それは、そうだねぇ。

 

 俺は袖を少し寄せ、市丸の向かいへ立った。

 

        *

 

「好きなところへどうぞ」

 

 ゆめを抜くと、市丸の顔が少し上がった。

 

 俺の刀を見ている。長さを確かめた後、今度は左手へ目が来た。さっき佐伯が皆へ教えていたのを、見ていたのかもしれないねぇ。

 

「掴むんも、ありですか」

「うん。お前さんも、好きにしていいよ」

「届くかなぁ」

 

 笑ったまま、刀が抜かれる。

 

 俺は左手を下ろした。今の間に踏み込むこともできただろうに、市丸は待っている。平子が始めと声を掛けて、ようやく足が動いた。

 

 顔へ、切っ先が来る。

 

 ゆめで外へ払うと、市丸は刀を引かず、そのまま下へ回した。俺の腕の下へ刃が入る。肘を引いて避けたところへ、今度は左手が伸びてきた。

 

 袖を取るつもりかい。

 

 俺も手を寄せる。けれど、市丸の指は布へ触れる前に閉じた。こちらの目が落ちたところで、短い刃が顎へ向かう。

 

「おっと」

 

 ゆめの柄で受けた。

 

 すぐ近くに、市丸の顔がある。目は細いままなのに、刃が止まったところは、ちゃんと見ているらしい。手首を返し、柄を避けてもう一度入れようとした。

 

 俺は刀を立て、市丸の刃を外へ押す。

 

 そのまま肩へ左手を置こうとしたら、あいつは下へ沈んだ。袖が指を擦り抜ける。足元へ向いた刀をゆめで止めると、今度こそ距離が開いた。

 

「よう避けはるねぇ」

「お前さんもね」

「ボク、まだ何にも触れてへんよ」

「うん。今の手も、掴まなくてよかったの?」

 

 市丸が自分の左手を見た。

 

 それから、口元を上げる。

 

「掴みにいったら、こっちが取られそうやったんで」

「そう。じゃあ、届かなかったわけじゃないんだねぇ」

 

 返事の代わりに、あいつの刀が上がった。

 

 今度は真っすぐ来ない。右へ一歩ずれ、俺が向きを変えるところへ踏み込んでくる。胸元へ来た刃を払うと、その腕が途中で緩んだ。

 

 刀が、俺の刃から離れる。

 

 ああ。それも、できるのかい。

 

 短い切っ先が袖の下を通った。俺は肘を上げず、ゆめを持った手を引き寄せる。鍔へ当てて止めたところで、市丸の足がもう一歩入った。

 

 近づけば、俺の刀は振りにくい。

 

 そのつもりだったのだろう。けれど、こちらにも柄はあるよ。

 

 握った手ごと向きを変え、柄頭を市丸の胸の前へ置いた。

 

 足が止まる。

 

 あいつの刀は、まだ俺の袖へ向いていた。そこから手を動かす前に、平子の声がする。

 

「そこまで」

 

 俺は柄を離した。

 

 市丸が半歩下がり、自分の胸元を見る。ぶつけてはいない。けれど、そこへ当たればどうなったかは、分かったらしいねぇ。

 

「……参りました」

「ありがとう。随分、近くまで来たね」

「近づいても、あかんかったですけど」

「うん。刀だけ見てると、ああいうものも来るよ」

 

 俺が柄を見せると、市丸は自分の刀を持ち直した。

 

 その先で叩くつもりなのかと思ったら、今度は反対の手へ渡しかける。平子が次は後やと言うと、素直に鞘へ納めた。

 

「今の、もう一回やったら変わります?」

「お前さんが変えたら、俺も考えるねぇ」

「ほな、一緒やね」

「うん。一緒に考えようか」

 

 市丸が笑う。

 

 さっき男へ向けていた顔と、同じだった。負けたのは悔しいのかもしれないけれど、俺の柄へ、まだ目が戻っている。

 

 爺さんに初めて顎を小突かれた時、俺も同じように刀を見たねぇ。刃が届くところまで来たつもりで、あの人の手元へ顔を出していた。

 

「隊長」

 

 佐伯に呼ばれ、そちらを見る。

 

「先ほど、柄を寄せる前に、左足を引いておられましたね」

「うん。あのままだと、膝がぶつかるから」

「そこから、もう一度前へ」

「見せようか?」

 

 答えた途端、平子の手が上がった。

 

「今日は終わりです」

「今のところだけだよ」

「そんなん、さっきも聞きました」

 

 佐伯まで、失礼いたしましたと頭を下げる。

 

 俺が誘ったんだけれどねぇ。

 

 ゆめを納めると、市丸もようやく俺の腰から目を離した。藍染がそちらへ声を掛け、次に行く場所を伝えている。今日は、まだ挨拶する者が残っているらしい。

 

「ほな、行ってきます」

「迷わず行けそう?」

「また同じとこ出てきたら、教えてください」

「いいよ。俺も、まだいるからねぇ」

 

 そう返すと、平子に顔を見られた。

 

 もう稽古はしないよ。口へ出す前に、市丸が小さく手を上げる。藍染の隣へ並び、廊下を曲がるところで、一度こちらを振り返った。

 

「今度は、袖ぐらい触りたいなぁ」

「うん。またおいで」

 

 銀色の髪が、戸の向こうへ消えた。

 

 俺は少し笑って、刀の柄へ触れる。

 

「一年で来る子も、いるんだねぇ」

「せやから、最初に言うたでしょう」

 

 平子も廊下の先を見ていた。

 

 やがてこちらへ向き直り、今度は自分の刀へ手をやる。俺が顔を上げると、あいつは先に口を開いた。

 

「抜きませんよ」

「まだ、何も言ってないよ」

「顔に出とるんです」

 

 佐伯が隣で笑った。

 

 仕方がないねぇ。今日は、もう帰ろうか。

 

 そう思って歩き出したところで、平子に呼び止められた。

 

「そっち、門と逆です」

「ああ。そうだった」

 

 曲がった先から、笑い声が聞こえた。

 

 まだ、あの子も近くにいたらしい。

 

 俺は平子の示した方へ向き直り、今度こそ佐伯と並んで門へ向かった。

 

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