卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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受け止めし手に 声は届かず
閉ざされし瞳に 影は蠢く




129.白面の凶変

 

 

 拳西の腕を押し返すと、今度は反対の拳が来た。

 

 顔の横を通して半歩入る。近づいた肩へ手を置き、そのまま地面へ伏せさせようとした。けれど拳西は足を踏ん張り、喉の奥から声を絞る。

 

 痛むのかい。

 

 手を緩める前に、白い指が俺の袖を掴んだ。引き寄せられる方へ足を出して肘を押さえる。拳西の身体が傾き、背後へ回した俺の刀が首の傍を通った。

 

 斬るつもりはないよ。

 

「縛道の六十一、六杖光牢(りくじょうこうろう)」

 

 六枚の光が胴へ刺さった。

 

 拳西の足が止まる。俺は腕を離し、刀を下げた。白い仮面が振り返ろうとしたが、首だけではこちらへ届かない。そのまま肩を揺すり、光へ身体をぶつけ始めた。

 

「拳西。聞こえる?」

 

 返事はなかった。代わりに仮面の口が開く。奥へ光が集まるのを見て、俺はそちらへ掌を寄せた。

 

 虚閃。

 

 何度も向けられたものだった。あの口から出てこなければ、構える前に分かっただろうねぇ。

 

 放たれる瞬間、顎を上へ向ける。

 

 光が木々を抜けて空へ走った。照らされた枝の向こうに、九番隊の幕が見える。その下にも人が倒れていた。

 

 あそこまで、早く手を貸しに行きたい。

 

「ゆめ」

『ええ』

 

 柄を握り直す。拳西はまだ動こうとしていた。光へ食い込む腕を見てから、俺は刀を胸の前へ立てる。

 

〈現を離れ、夢路を辿れ。待つ夜に果てはなし、夢通路(ゆめのかよいじ)〉

 

 刃が霞へほどけた。

 

 拳西の肩へ触れる。せめて眠っている間は、痛むことまで忘れていてほしかった。あの家で待っている者たちも、今夜は同じように眠らせてやれればいいのにねぇ。

 

 喉から漏れていた声が途切れた。

 

 上がりかけた頭が下がる。俺はその身体を支えてから六杖光牢を解き、根の張っていないところへ寝かせた。

 

 仮面は消えない。

 

 胸の上下を確かめ、その顔へ手を近づける。指先が触れると固かった。外から被せられたものなら、縁へ爪を掛けられるはずだ。けれど頬へ続くところまで一つになっている。

 

 剥がしたら、お前さんまで傷つくのかい。

 

 俺は手を退け、傍に落ちていた羽織を拾った。背の九を見てから畳み、頭の下へ敷く。

 

 そこで葉が鳴った。

 

 枝の間から白い足が来る。拳西へ向かうのかと思ったが、その先にいたのは、俺が最初に助けた男だった。

 

 瞬歩で間へ入る。

 

 蹴りを前腕で受けると、相手が宙で身を捻った。もう片方の足が顔へ向く。その足首を掴み、木から離れたところへ下ろした。

 

 白だった。

 

 こちらも顔が隠れている。さっき戸の前で子供へ手を振っていた指が、俺の喉へ伸びてきた。

 

「お前さんもか」

 

 手首を受け止める。白は腕を引かず、そのまま頭からぶつかろうとした。俺は横へ回って肩へ触れる。

 

 眠りへ落ちた身体を抱き留めた時、白の髪が袖へ掛かった。

 

 草がついていた。

 

 村まで走ってきて、また戻っていったばかりなのにねぇ。

 

 二人を並べ、ほかの者へ目を向ける。近くに立っている霊圧はなかった。けれど倒れている者の中には、まだ息のある子がいる。

 

 俺はそちらへ膝をついた。

 

「待たせたね」

 

 腹へ当てた手が血で濡れた。男の唇が動く。俺が顔を近づけると、聞こえたのは隊長という声だった。

 

「うん。拳西もいるよ。今は眠ってる」

 

 目が俺の肩越しへ向こうとする。身体を起こそうとしたので、その胸へもう片方の手を添えた。

 

「動かなくていい。俺が見てるから」

 

 男の指が袖へ掛かった。

 

 掴む力は弱かった。けれど離させる気にもなれず、そのまま傷へ回道を通した。

 

        *

 

 森の奥が光った時、私は村の屋根へ上がっていた。

 

 拳西隊長の霊圧へ、よく知るものが重なる。隊長はもう着かれたのだろう。けれど九番隊の者たちは、こちらへ戻ってこなかった。

 

 村を頼む。

 

 そう言われたばかりだった。

 

「榛名。全員、家の中へ。見回りに出した組も戻せ」

「はっ!」

 

 返事を背に聞き、私は森へ向いたまま刀を抜いた。人を集めた家は二つある。その間の道を押さえれば、どちらへも出られる。

 

 隊長の霊圧が変わった。

 

 山で何度も向かい合った気配だった。私は柄を握り直し、森から目を離さない。助けを待つ者を残して行かれる方ではない。今あちらで刀を解放されたのなら、それが必要な相手がいる。

 

 その時、黒い蝶が下りてきた。

 

『佐伯。拳西と白が倒れてる。二人とも姿が変わって、隊士へ襲い掛かってた』

 

 息を詰めた。

 

 聞き直す相手は目の前にいない。蝶は隊長の声で、そのまま続けた。

 

『眠らせたけれど、戻らないんだ。烈と喜助へ来てほしい。九番隊にも負傷者がいるから、運べる者をつけてね。お前さんたちは村から動かなくていいよ』

 

 私は蝶へ手を寄せた。

 

 承知しましたと返し、すぐに伝令を呼ぶ。一番隊へ異変を伝え、四番隊と十二番隊へ隊長の言葉を届けてもらう。口にする間にも、拳西隊長と白副隊長の顔が浮かんだ。

 

 昼には二人とも、ここへ来られていた。

 

「副隊長」

 

 榛名に呼ばれる。

 

 戸の傍に住民が立っていた。森の光を見たのだろう。私が下りると、何があったのですかと尋ねられた。

 

「九番隊に負傷者が出ています。今は烏有隊長が救助に当たっておられます」

 

 男の顔が強張る。

 

 私もその目を見ていた。大丈夫だと言えば、家の中へ戻ってくれるかもしれない。けれど隊長から届いた言葉を、聞かなかったことにはできなかった。

 

「こちらは我々が守ります。中へお戻りください」

 

 榛名が戸を開けた。

 

 男が入るのを見届け、私はもう一度屋根へ上がる。隊長の霊圧は森にある。拳西隊長のものも、先ほどとは違うものを含みながら、まだそこにあった。

 

 消えてはいない。

 

 そう確かめてから、村へ続く道へ目を戻した。

 

        *

 

 傷を塞いでも、目を開けない者がいた。

 

 呼吸はある。首へ指を当てれば脈も分かる。けれど声を掛けても肩を叩いても、こちらへ顔が向かなかった。

 

 俺が眠らせたのは二人だけだ。

 

 倒れたところで頭を打ったのか。それとも、あいつらにも別の何かをされたのか。顔を照らすために鬼道の灯りを寄せ、瞼へ手を添える。

 

 遠くで足音がした。

 

 顔を上げるより先に知った霊圧が近づく。平子が木々の間から出てきた時、俺は男の肩から手を離した。

 

「平子。こっち」

「……何ですの、これ」

 

 俺の顔を見る前に、拳西のところで足が止まった。

 

 続いて来た者が二人いる。一人は鉢玄だった。大きな身体を屈め、倒れていた隊士の傍へ膝をつく。もう一人は周囲へ目を走らせてから、少し離れた木の向こうへ向かった。

 

「九番隊の異変で出されたん?」

「ええ。隊長が先に来てはるとは、途中で聞きましたけど」

 

 平子が拳西の前へしゃがむ。

 

 仮面へ伸ばしかけた手が止まった。その先にある口元を見てから、白へも顔を向ける。

 

「二人とも、これですか」

「うん。隊士へ向かってたから止めた。今は眠ってるよ」

「外れへんのですか」

「触っただけ。どこまで本人の身体か分からなくてね」

 

 平子の手が下りる。

 

 俺も隣へ膝をついた。眠りは続いている。けれど中で混ざり合っている霊圧までは、静かにならなかった。

 

 拳西のものを探すと、ちゃんとある。

 

 それなのに、一緒に虚まで眠っているようだった。

 

「隊長。あっちにも、二人」

 

 向こうへ回った者に呼ばれた。俺はすぐに立つ。平子も続こうとしたが、拳西へ一度目を戻した。

 

「ここ、お願いします」

「分かりました」

 

 鉢玄が答えた。

 

 俺たちは木を回り、倒れていた二人へ近づく。一人の胸へ手を当てたところで、平子が隣の男を見た。

 

「東仙」

 

 返事はない。

 

 血のついた死覇装へ平子の手が寄る。俺も隣へ回り、傷を確かめた。背に傷があった。布を開くと、平子が向こうから灯りを寄せてくれる。

 

「生きてる?」

「ええ。息はあります」

「じゃあ、こっちへ手を貸して。少し横へ向けたい」

 

 二人で身体を動かす。

 

 平子は何も聞かなかった。俺が手を当てるところを空け、必要な時だけ男の肩を支える。その顔へ声を掛けていたが、やはり返事はなかった。

 

 皆を見つけられたわけではない。

 

 それでも今は、ここにいる者からだ。

 

 手当てを終えて拳西たちのところへ戻る頃には、四番隊の子たちも着いていた。烈が俺を見つけ、その手元へ目を落とす。

 

「烏有さん。お怪我は」

「俺のじゃないよ」

「では、どなたから?」

 

 俺は最初に助けた男を示した。

 

 傷は閉じたけれど血を流している。ほかにも意識が戻らない者がいる。話している間に、烈はもう男の傍へ座っていた。

 

「皆さん。こちらからお願いいたします。運ぶ前に一度、私へ声を掛けてください」

 

 隊士たちが散る。

 

 俺も隣へ座ろうとしたが、烈が森の入口へ顔を向けた。

 

「浦原隊長も来ておられます。お二人のお話は、御一緒に伺いましょう」

 

 喜助は拳西を見ていた。

 

 平子が隣に立っている。いつものように、あいつの顔へ何か言っているわけではなかった。喜助が屈み、仮面の縁へ目を寄せる間も、黙ってその手を見ている。

 

「喜助」

 

 呼ぶと顔が上がった。

 

「隊長が眠らせたんですね」

「うん。触れる前から、この姿だったよ」

「どれくらい経ちました?」

「白が村を出てから、そう経ってない。二人とも、その間に」

 

 喜助が白を見る。

 

 俺もそちらへ目を向けた。眠っていれば、いつもより小さく見えるはずなのにねぇ。白いものが顔を覆っているだけで、抱えてきた時まで別の者を運んでいるようだった。

 

「途中で意識は?」

「戻ってない。眠らせる前も、俺の声に返事はなかったよ」

 

 喜助が頷く。

 

 触れてもいいかと尋ねられたので、俺は拳西の傍を空けた。あいつの指が首へ添えられる。それから腕を取り、変わってしまった皮膚を確かめ始めた。

 

 烈も来た。

 

 喜助は場所を譲りながら、自分が見たところを伝える。烈の手が胸元へ下り、しばらくして顔が上がった。

 

「傷を塞ぐだけでは、元へ戻りませんね」

「……ええ」

 

 喜助の返事が低かった。

 

 俺は二人の間へ座った。拳西の顔を見て、白を見てから、喜助へ尋ねる。

 

「何が起きてるか、お前さんには分かる?」

 

 喜助はすぐには答えなかった。

 

 胸へ置かれた烈の手が退く。その下でも拳西は息をしている。俺はそれを数えながら待った。

 

「死神の魂魄が、虚へ変わろうとしてるんです」

 

 平子の顔が動いた。

 

「虚に?」

「はい。少なくとも、今のお二人には虚の反応がある。それも外からまとわりついているんじゃなく、御本人の魂魄に」

 

 俺は拳西の手へ目を落とす。

 

 握れば、まだあいつの指だった。

 

 虚と刀を合わせたことは何度もある。斬って送った先に、ちゃんと帰る場所があればいいと思ったこともある。

 

 けれど、お前さんはもう帰ってきてるでしょう。

 

 部下を連れて、皆が待っている九番隊へ。

 

「戻せる?」

 

 喜助の指が止まった。

 

 俺はその顔を見る。分からないところを分からないまま、いいよと言ってほしいわけではなかった。あいつもそれは分かったらしく、笑わずに頷く。

 

「方法を探します。今の状態を、もう少し調べさせてください」

「うん。必要なものは?」

「まずは、お二人を運べる場所へ。ここではできることが限られます」

「四番隊へお連れしましょう。負傷された皆さんも、まとめてお預かりできます」

 

 烈が言った。

 

 平子がすぐに立ち、担架を運んでいた子を呼ぶ。俺も白の傍へ回った。持ち上げようと腕を差し入れたところで、その指が僅かに曲がる。

 

 まだ眠っている。

 

 それでも内側から動こうとするものがある。俺はもう一度肩へ触れ、ゆめと一緒に眠りを深くした。

 

「烏有隊長」

 

 烈がこちらを見る。

 

「運ぶ間も、お願いできますか」

「うん。俺がついてるよ」

 

 白を担架へ下ろす。

 

 拳西の方には平子がいた。羽織を頭の下へ戻し、持ち手へ手を掛けた隊士に、上げるぞと声を掛けている。

 

 俺は空いた片手を見た。

 

 血が乾いて、指を曲げると皮膚が引かれる。こいつを洗う前に、まだ声を掛けなければならない者がいた。

 

「佐伯へ、先に伝えてくれるかな」

 

 近くの子へ頼む。村は引き続き守ってほしい。俺は二人について四番隊へ行く。そこまで話し、最後にもう一つだけ言い添えた。

 

「拳西も白も、生きてるって」

 

 隊士が頷いて走る。

 

 俺も担架の隣へ並んだ。喜助は向こう側を歩きながら、眠っている拳西の顔を見ていた。

 

 今夜は、あいつにも帰ってもらえそうにないねぇ。

 

「喜助」

「はい」

「俺にできることがあったら、すぐ言ってね」

 

 顔が上がる。

 

 いつもなら、まだ試していないものを持ってこられるところだった。今日はあの箱も帳面もない。あいつは拳西へ目を戻し、それから俺へ頷いた。

 

「お願いします。隊長にしか頼めないことも、ありますから」

 

 俺は白の肩へ手を置いたまま歩き出す。

 

 村を出る時、佐伯には一緒に来てと言った。今度はあいつを待たせることになる。けれど、連れて帰る者は増えたよ。

 

 まだ二人とも、自分では歩けないけれどねぇ。

 

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