眠りし友に 夜は深く
明かされし掌に 問いは残る
四番隊へ着くと、拳西の羽織を返すよう頼まれた。
頭の下へ敷いたまま運んできたものだ。枕へ替えてもらう間に受け取る。畳んで平子へ渡そうとしたら、先に四番隊の子が両手を差し出した。
「血を落としてまいります」
「ありがとう。こっちは、まだ着られるねぇ」
背の九へ目をやってから渡す。
拳西の死覇装は肩から裂けていた。着替えさせるにも腕の形が変わっているので、烈が布を切り開いている。眠っていてくれるから、刃が近づいても動かない。
俺も傍へ座り、白の肩から手を離した。
「こちらは大丈夫だよ」
「ありがとうございます。では、次を」
烈に呼ばれて隊士が動く。隣の部屋へ運ばれた子たちの様子も、その間に伝えられていた。意識が戻った者が一人いる。俺が顔を上げると、烈も頷いた。
「お話を伺うのは、少しお待ちください」
「うん。まだ痛むだろうからね」
「平子隊長も、よろしいですね」
「分かってます。起きたと聞いたら教えてください」
平子は拳西の足元に立っていた。
途中で帰るつもりはなかったらしい。五番隊へ知らせを出した後は、四番隊の子が通るたびに少しずつ場所を空けている。俺も何度か同じことをして、今は壁の近くまで下がっていた。
喜助が持ってこさせたものは、机一つでは収まらなかった。
箱を置く場所を探していた子へ椅子を譲る。そいつは礼を言って腰を曲げたが、座るために渡したわけではないと気づき、慌てて箱を載せ直した。
「ここ、空けようか」
「お願いします。後でそちらからも見ていただけます?」
喜助が拳西の腕へ細いものを添える。
俺も椅子を寄せ、向かいへ座った。紙の上に線が伸びる。腕へ当てたものを動かすと、線の曲がるところも変わった。
「こっちが、拳西?」
「お二人の霊圧を調べています。ただ、これだけでは分けられませんね」
喜助は別の紙を重ねた。
白を調べたものらしい。並んだ線の一つへ指を置き、拳西の方と見比べている。俺も覗いたが、見ているうちに、あいつが持ってくる帳面と同じくらい分からなくなってしまった。
「俺が触ってみてもいい?」
「ええ。何か分かりました?」
「森では、二つあるように感じたんだ。けれど、別々に引っ張れるものではなさそうだったねぇ」
拳西の手首を借りる。
自分の中を巡らせている霊子へ、あいつの気配が触れた。虚のものがある。けれど、そこだけを避けようとすると拳西の霊圧まで遠ざかってしまう。
痣城の時には、戻る先があった。
木にも砂にも広がっていたものを、あいつの身体へ戻した。今はその身体の中で、どちらも同じところを通っている。
「……ここもかい」
指を肘へ移す。
喜助が顔を寄せた。
「どこまで?」
「腕だけじゃないね。胸へも続いてる。拳西のものを辿ったつもりで、途中から虚の方まで触ってるよ」
喜助の筆が止まる。
烈も向かいから手を添えた。胸元へ通る回道の光を見ながら、俺は拳西の手を支える。傷を治す時には、こっちへ流してほしいと頼まれることもあった。
今日は、烈の手もすぐには動かなかった。
「浦原隊長。こちらへ」
「はい」
二人の間で紙が動く。俺は手首を持ったまま待っていたが、拳西の指が一度曲がった。
眠りを確かめる。
目覚めかけたわけではなかった。けれど仮面の縁に白いものが増えている。さっきまで頬のところで止まっていたものが、耳の下へ届こうとしていた。
「喜助」
「見ています」
返事が早かった。
烈が拳西の襟を開く。俺も胸元へ目を向けた。森で寝かせた時にはなかった白い筋が、皮膚の上へ浮いている。
眠っていても、変わるんだねぇ。
「隊長。今の眠りを保っていてください。動かずにいていただけるだけでも、できることが増えます」
「うん」
拳西の手を寝床へ戻す。
平子がこちらへ来た。白い筋へ目を落とした後、喜助の顔を見る。
「放っといたら、まだ変わるんやな」
「ええ」
「ほな、何が要る。十二番隊へ取りに行かせるもんがあるなら、うちからも出す」
喜助が顔を上げる。
少しして頷き、持ってきた子へ必要なものを伝えた。平子も一緒に戸の外へ出る。俺はその足音を聞きながら、白へ目を向けた。
あちらにも同じものが出ていた。
*
先生が来た時、俺は両手を洗っていた。
水が赤く濁る。指の間に残ったものを落としていると、廊下の向こうで杖の音が止まった。
「烏有」
振り返る。
先生の後ろには長次郎がいた。俺が手を拭く間に、二人とも部屋の中へ顔を向ける。寝床へ横たわった拳西を見ても、先生はすぐには何も言わなかった。
「ここで話せる?」
「構わぬ」
俺は部屋へ戻った。
喜助と烈も手を止めずに顔を上げる。先生は入口の脇へ立ち、俺へ先を促した。
昼に拳西と会ったこと。先遣隊の死覇装が見つかったこと。村へ戻った後、叫び声を聞いて駆けつけたこと。
話していると、洗ったばかりの指へ目が落ちた。
最初に抱えた子の血だった。
「俺が着いた時には、もう拳西はあの姿だったよ。白も同じ。二人とも、隊士へ向かってた」
「変わるところは見ておらぬな」
「うん」
「ほかに動いておった者は」
「俺が見たのは二人だけ。倒れていた子たちの中には、刀で斬られた者もいたねぇ」
先生の目が長次郎へ向く。
あいつは頷いてから紙へ目を落とした。運ばれた者の名を確かめていたらしい。九番隊から届いたものと、四番隊で受けたものを並べている。
「東仙要も、こちらへ収容されております」
「意識は」
「まだです」
烈が答えた。
先生はそれ以上尋ねず、今度は喜助へ顔を向ける。
「浦原。何が起きておる」
「死神の虚化と考えています。魂魄そのものが変質しているため、回道で傷を治しても元へは戻りません」
「原因は」
「現時点では特定できていません」
喜助が立ち上がりかける。
先生は杖を僅かに動かし、そのままでよいと言った。あいつは拳西の傍へ座り直したが、筆は置いたままだった。
「治せるか」
「まだ、お約束はできません。ただ、試せることはあります」
「この現象を、以前から知っておったのか」
喜助の顔が上がった。
俺もそちらを見る。虚化だと言った時から、あいつは何を確かめるか迷わずにいた。俺が手を貸せるところも、自分から頼んでくれた。
「死神と虚の境界について、研究をしていました」
喜助は先生を見たまま答える。
「ですが、今回の件に関わったことはありません」
「……研究の内容は、後ほど伺う」
「はい」
「今は二人を診よ。行った処置は全て残せ。方法を見出したなら、直ちに儂へ知らせるのじゃ」
喜助が頭を下げる。
俺も拳西へ目を戻した。先生は寝床の傍まで来て、白の方も確かめる。持ち上がっていた布の端を烈が戻すまで、その場で待っていた。
「暴れるおそれは」
「今は俺が眠らせてる。起こさなければ、二人とも動かないよ」
「お主は、ここへ残れ」
「うん。そのつもりだよ」
先生が頷く。
長次郎には九番隊の指揮を確かめるよう命じ、現場へ出している者にも、単独で動かぬよう伝えさせた。流魂街には、まだ消えた者の帰りを待っている家がある。そちらへ残した佐伯たちのことも話すと、交代の者を送ると答えてくれた。
「夜一は?」
「現場の捜索へ回しておる」
「そっか。あいつなら早いねぇ」
俺が言うと、先生はこちらを見た。
昔、出歩いていたところを見つかった時も、こんな顔をされたねぇ。けれど今日は、戻れと言われる前から同じ場所にいる。
「先生」
「何じゃ」
「二人とも、連れて帰ってきたよ」
口にしてから拳西を見る。
先生はしばらく黙っていた。俺の隣へ立ち、その胸が動いているところへ目を落とす。
「うむ。後は、目を覚まさせてやれ」
俺は頷いた。
今度はちゃんと、返事をしてくれるようにねぇ。
*
先生が部屋を出ると、喜助はすぐに筆を取った。
新しい紙へ何かを書きつけ、さっき使っていた子へ渡す。それからもう一枚取りかけた手が止まった。
「烏有隊長」
「うん」
「少し、お話しできますか」
声を落としたわけではなかった。
烈にも聞こえている。あちらが顔を向けると、喜助は先に頭を下げた。
「卯ノ花隊長にも、後ほど必ず」
「ええ。お二人は私が見ております。こちらの方でお話しなさってください」
示されたのは部屋の奥だった。
拳西と白が見えるところに椅子がある。俺たちはそちらへ移った。喜助は座る前に一度二人を振り返り、それから俺の向かいへ腰を下ろす。
机はなかった。
いつもなら何か広げるものを持っているのに、今日は膝へ置いた手だけを見せている。俺も手を空け、あいつが話し始めるのを待った。
「僕が研究していたのは、死神と虚を隔てる境界を取り払う方法です」
喜助が言った。
俺は拳西へ目を向けかけて、戻した。
「それで、あの姿を見て分かったの?」
「はい。もちろん、同じ方法が使われたと決まったわけではありません。ただ、起きていることには心当たりがありました」
膝の上で指が組まれる。
俺はそちらを見ず、顔を見ていた。聞かれれば話すつもりだったのか、それとも先生に尋ねられなければ黙っていたのか。そこはまだ分からなかった。
けれど今、あいつは自分からここへ座っている。
「できたのかい。その方法」
「……あるものを、作りました」
「持ってるの?」
「保管してあります。ここへは持ってきていません」
喜助の目が寝床へ向いた。
俺も今度はそちらを見る。烈が白の腕へ手を添えている。こちらへ声を掛ける様子はなかったので、俺は喜助へ続きを促した。
「どんなもの?」
「
膝の上の手が開いた。
何も載っていない掌だった。けれど、あいつが作ったものの大きさは、それで少し分かった気がした。箱を開ける時には、自分より先に中を覗かせてくれたねぇ。
今日は見せる前に、話しておきたいことがあるらしい。
「死神と虚の境界を越えるために作ったものです。ですが、僕自身にも全てを把握できているわけではありません」
「使ったら、どうなるか?」
「ええ。二人を元へ戻せる可能性はあると思っています。ただ、確実に戻せるとは言えません」
俺は自分の手を見る。
拳西を眠らせた時には、できると分かっていた。触れれば眠る。けれど、その先で何をすればいいかは分からなかった。
喜助には、試したいものがある。
それを持ってくる前に、できないかもしれないと話してくれている。
「俺へ、何を頼みたいの?」
喜助が顔を上げた。
「処置の間も、二人を眠らせておいていただきたいんです。暴走を抑えるために傷つけずに済むなら、その分だけ治療へ集中できます」
「うん。それは引き受けるよ」
「ただ、その前に」
言葉が止まる。
俺は待った。喜助が一度息を吐き、開いていた手を膝へ戻す。
「これを使うこと自体、総隊長へお話ししなければなりません。僕が何を研究し、何を作ったのかも含めて」
「そうだねぇ。先生も聞くって言ってたでしょう」
「はい」
返事は小さかった。
叱られることを怖がっているのかと思った。けれど、その目はもう拳西へ戻っている。何を言われるかよりも、話している間に二人がどうなるかを考えている顔だった。
俺も立ち上がる。
「じゃあ、ここへ来てもらおうか」
「隊長」
「俺も一緒に話すよ。見てないことは言えないけれど、お前さんが来てから何をしてたかは知ってる」
喜助が俺を見る。
そこへ、烈の声がした。
「烏有隊長。こちらをお願いいたします」
白の腕が僅かに持ち上がっていた。
俺はすぐ傍へ戻り、その手へ触れる。ゆめの気配を通すと指が緩み、烈も支えていた腕を下ろした。
喜助が隣へ来た。
さっきまで座っていた椅子を運び、寝床の脇へ置く。それから四番隊の子を呼び、総隊長へもう一度話したいことがあると伝えてもらった。
「お前さんのところからも、人を呼ぶ?」
「ええ。持ってこさせるものを、追加します」
喜助が紙を取った。
俺は白の手を支えたまま、その筆先を眺める。書き終える前に一度止まり、今度は包み方まで付け足していた。
いつもの箱へ放り込んで、持ってこられるものではないんだねぇ。
喜助が紙を渡す。
俺も椅子へ座り直した。拳西の寝床まで手が届くところへ少し寄せると、あいつが反対側から枕の位置を直してくれた。
先生が来るまでに、聞いておこうか。
「喜助。その崩玉ってものは、どうやって作ったの?」
あいつの手が止まる。
それから俺の向かいへ座り、今度は目を逸らさずに話し始めた。