卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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眠りし友に 夜は深く
明かされし掌に 問いは残る




130.病床の残響

 

 

 四番隊へ着くと、拳西の羽織を返すよう頼まれた。

 

 頭の下へ敷いたまま運んできたものだ。枕へ替えてもらう間に受け取る。畳んで平子へ渡そうとしたら、先に四番隊の子が両手を差し出した。

 

「血を落としてまいります」

「ありがとう。こっちは、まだ着られるねぇ」

 

 背の九へ目をやってから渡す。

 

 拳西の死覇装は肩から裂けていた。着替えさせるにも腕の形が変わっているので、烈が布を切り開いている。眠っていてくれるから、刃が近づいても動かない。

 

 俺も傍へ座り、白の肩から手を離した。

 

「こちらは大丈夫だよ」

「ありがとうございます。では、次を」

 

 烈に呼ばれて隊士が動く。隣の部屋へ運ばれた子たちの様子も、その間に伝えられていた。意識が戻った者が一人いる。俺が顔を上げると、烈も頷いた。

 

「お話を伺うのは、少しお待ちください」

「うん。まだ痛むだろうからね」

「平子隊長も、よろしいですね」

「分かってます。起きたと聞いたら教えてください」

 

 平子は拳西の足元に立っていた。

 

 途中で帰るつもりはなかったらしい。五番隊へ知らせを出した後は、四番隊の子が通るたびに少しずつ場所を空けている。俺も何度か同じことをして、今は壁の近くまで下がっていた。

 

 喜助が持ってこさせたものは、机一つでは収まらなかった。

 

 箱を置く場所を探していた子へ椅子を譲る。そいつは礼を言って腰を曲げたが、座るために渡したわけではないと気づき、慌てて箱を載せ直した。

 

「ここ、空けようか」

「お願いします。後でそちらからも見ていただけます?」

 

 喜助が拳西の腕へ細いものを添える。

 

 俺も椅子を寄せ、向かいへ座った。紙の上に線が伸びる。腕へ当てたものを動かすと、線の曲がるところも変わった。

 

「こっちが、拳西?」

「お二人の霊圧を調べています。ただ、これだけでは分けられませんね」

 

 喜助は別の紙を重ねた。

 

 白を調べたものらしい。並んだ線の一つへ指を置き、拳西の方と見比べている。俺も覗いたが、見ているうちに、あいつが持ってくる帳面と同じくらい分からなくなってしまった。

 

「俺が触ってみてもいい?」

「ええ。何か分かりました?」

「森では、二つあるように感じたんだ。けれど、別々に引っ張れるものではなさそうだったねぇ」

 

 拳西の手首を借りる。

 

 自分の中を巡らせている霊子へ、あいつの気配が触れた。虚のものがある。けれど、そこだけを避けようとすると拳西の霊圧まで遠ざかってしまう。

 

 痣城の時には、戻る先があった。

 

 木にも砂にも広がっていたものを、あいつの身体へ戻した。今はその身体の中で、どちらも同じところを通っている。

 

「……ここもかい」

 

 指を肘へ移す。

 

 喜助が顔を寄せた。

 

「どこまで?」

「腕だけじゃないね。胸へも続いてる。拳西のものを辿ったつもりで、途中から虚の方まで触ってるよ」

 

 喜助の筆が止まる。

 

 烈も向かいから手を添えた。胸元へ通る回道の光を見ながら、俺は拳西の手を支える。傷を治す時には、こっちへ流してほしいと頼まれることもあった。

 

 今日は、烈の手もすぐには動かなかった。

 

「浦原隊長。こちらへ」

「はい」

 

 二人の間で紙が動く。俺は手首を持ったまま待っていたが、拳西の指が一度曲がった。

 

 眠りを確かめる。

 

 目覚めかけたわけではなかった。けれど仮面の縁に白いものが増えている。さっきまで頬のところで止まっていたものが、耳の下へ届こうとしていた。

 

「喜助」

「見ています」

 

 返事が早かった。

 

 烈が拳西の襟を開く。俺も胸元へ目を向けた。森で寝かせた時にはなかった白い筋が、皮膚の上へ浮いている。

 

 眠っていても、変わるんだねぇ。

 

「隊長。今の眠りを保っていてください。動かずにいていただけるだけでも、できることが増えます」

「うん」

 

 拳西の手を寝床へ戻す。

 

 平子がこちらへ来た。白い筋へ目を落とした後、喜助の顔を見る。

 

「放っといたら、まだ変わるんやな」

「ええ」

「ほな、何が要る。十二番隊へ取りに行かせるもんがあるなら、うちからも出す」

 

 喜助が顔を上げる。

 

 少しして頷き、持ってきた子へ必要なものを伝えた。平子も一緒に戸の外へ出る。俺はその足音を聞きながら、白へ目を向けた。

 

 あちらにも同じものが出ていた。

 

        *

 

 先生が来た時、俺は両手を洗っていた。

 

 水が赤く濁る。指の間に残ったものを落としていると、廊下の向こうで杖の音が止まった。

 

「烏有」

 

 振り返る。

 

 先生の後ろには長次郎がいた。俺が手を拭く間に、二人とも部屋の中へ顔を向ける。寝床へ横たわった拳西を見ても、先生はすぐには何も言わなかった。

 

「ここで話せる?」

「構わぬ」

 

 俺は部屋へ戻った。

 

 喜助と烈も手を止めずに顔を上げる。先生は入口の脇へ立ち、俺へ先を促した。

 

 昼に拳西と会ったこと。先遣隊の死覇装が見つかったこと。村へ戻った後、叫び声を聞いて駆けつけたこと。

 

 話していると、洗ったばかりの指へ目が落ちた。

 

 最初に抱えた子の血だった。

 

「俺が着いた時には、もう拳西はあの姿だったよ。白も同じ。二人とも、隊士へ向かってた」

「変わるところは見ておらぬな」

「うん」

「ほかに動いておった者は」

「俺が見たのは二人だけ。倒れていた子たちの中には、刀で斬られた者もいたねぇ」

 

 先生の目が長次郎へ向く。

 

 あいつは頷いてから紙へ目を落とした。運ばれた者の名を確かめていたらしい。九番隊から届いたものと、四番隊で受けたものを並べている。

 

「東仙要も、こちらへ収容されております」

「意識は」

「まだです」

 

 烈が答えた。

 

 先生はそれ以上尋ねず、今度は喜助へ顔を向ける。

 

「浦原。何が起きておる」

「死神の虚化と考えています。魂魄そのものが変質しているため、回道で傷を治しても元へは戻りません」

「原因は」

「現時点では特定できていません」

 

 喜助が立ち上がりかける。

 

 先生は杖を僅かに動かし、そのままでよいと言った。あいつは拳西の傍へ座り直したが、筆は置いたままだった。

 

「治せるか」

「まだ、お約束はできません。ただ、試せることはあります」

「この現象を、以前から知っておったのか」

 

 喜助の顔が上がった。

 

 俺もそちらを見る。虚化だと言った時から、あいつは何を確かめるか迷わずにいた。俺が手を貸せるところも、自分から頼んでくれた。

 

「死神と虚の境界について、研究をしていました」

 

 喜助は先生を見たまま答える。

 

「ですが、今回の件に関わったことはありません」

「……研究の内容は、後ほど伺う」

「はい」

「今は二人を診よ。行った処置は全て残せ。方法を見出したなら、直ちに儂へ知らせるのじゃ」

 

 喜助が頭を下げる。

 

 俺も拳西へ目を戻した。先生は寝床の傍まで来て、白の方も確かめる。持ち上がっていた布の端を烈が戻すまで、その場で待っていた。

 

「暴れるおそれは」

「今は俺が眠らせてる。起こさなければ、二人とも動かないよ」

「お主は、ここへ残れ」

「うん。そのつもりだよ」

 

 先生が頷く。

 

 長次郎には九番隊の指揮を確かめるよう命じ、現場へ出している者にも、単独で動かぬよう伝えさせた。流魂街には、まだ消えた者の帰りを待っている家がある。そちらへ残した佐伯たちのことも話すと、交代の者を送ると答えてくれた。

 

「夜一は?」

「現場の捜索へ回しておる」

「そっか。あいつなら早いねぇ」

 

 俺が言うと、先生はこちらを見た。

 

 昔、出歩いていたところを見つかった時も、こんな顔をされたねぇ。けれど今日は、戻れと言われる前から同じ場所にいる。

 

「先生」

「何じゃ」

「二人とも、連れて帰ってきたよ」

 

 口にしてから拳西を見る。

 

 先生はしばらく黙っていた。俺の隣へ立ち、その胸が動いているところへ目を落とす。

 

「うむ。後は、目を覚まさせてやれ」

 

 俺は頷いた。

 

 今度はちゃんと、返事をしてくれるようにねぇ。

 

        *

 

 先生が部屋を出ると、喜助はすぐに筆を取った。

 

 新しい紙へ何かを書きつけ、さっき使っていた子へ渡す。それからもう一枚取りかけた手が止まった。

 

「烏有隊長」

「うん」

「少し、お話しできますか」

 

 声を落としたわけではなかった。

 

 烈にも聞こえている。あちらが顔を向けると、喜助は先に頭を下げた。

 

「卯ノ花隊長にも、後ほど必ず」

「ええ。お二人は私が見ております。こちらの方でお話しなさってください」

 

 示されたのは部屋の奥だった。

 

 拳西と白が見えるところに椅子がある。俺たちはそちらへ移った。喜助は座る前に一度二人を振り返り、それから俺の向かいへ腰を下ろす。

 

 机はなかった。

 

 いつもなら何か広げるものを持っているのに、今日は膝へ置いた手だけを見せている。俺も手を空け、あいつが話し始めるのを待った。

 

「僕が研究していたのは、死神と虚を隔てる境界を取り払う方法です」

 

 喜助が言った。

 

 俺は拳西へ目を向けかけて、戻した。

 

「それで、あの姿を見て分かったの?」

「はい。もちろん、同じ方法が使われたと決まったわけではありません。ただ、起きていることには心当たりがありました」

 

 膝の上で指が組まれる。

 

 俺はそちらを見ず、顔を見ていた。聞かれれば話すつもりだったのか、それとも先生に尋ねられなければ黙っていたのか。そこはまだ分からなかった。

 

 けれど今、あいつは自分からここへ座っている。

 

「できたのかい。その方法」

「……あるものを、作りました」

「持ってるの?」

「保管してあります。ここへは持ってきていません」

 

 喜助の目が寝床へ向いた。

 

 俺も今度はそちらを見る。烈が白の腕へ手を添えている。こちらへ声を掛ける様子はなかったので、俺は喜助へ続きを促した。

 

「どんなもの?」

「崩玉(ほうぎょく)と名づけました」

 

 膝の上の手が開いた。

 

 何も載っていない掌だった。けれど、あいつが作ったものの大きさは、それで少し分かった気がした。箱を開ける時には、自分より先に中を覗かせてくれたねぇ。

 

 今日は見せる前に、話しておきたいことがあるらしい。

 

「死神と虚の境界を越えるために作ったものです。ですが、僕自身にも全てを把握できているわけではありません」

「使ったら、どうなるか?」

「ええ。二人を元へ戻せる可能性はあると思っています。ただ、確実に戻せるとは言えません」

 

 俺は自分の手を見る。

 

 拳西を眠らせた時には、できると分かっていた。触れれば眠る。けれど、その先で何をすればいいかは分からなかった。

 

 喜助には、試したいものがある。

 

 それを持ってくる前に、できないかもしれないと話してくれている。

 

「俺へ、何を頼みたいの?」

 

 喜助が顔を上げた。

 

「処置の間も、二人を眠らせておいていただきたいんです。暴走を抑えるために傷つけずに済むなら、その分だけ治療へ集中できます」

「うん。それは引き受けるよ」

「ただ、その前に」

 

 言葉が止まる。

 

 俺は待った。喜助が一度息を吐き、開いていた手を膝へ戻す。

 

「これを使うこと自体、総隊長へお話ししなければなりません。僕が何を研究し、何を作ったのかも含めて」

「そうだねぇ。先生も聞くって言ってたでしょう」

「はい」

 

 返事は小さかった。

 

 叱られることを怖がっているのかと思った。けれど、その目はもう拳西へ戻っている。何を言われるかよりも、話している間に二人がどうなるかを考えている顔だった。

 

 俺も立ち上がる。

 

「じゃあ、ここへ来てもらおうか」

「隊長」

「俺も一緒に話すよ。見てないことは言えないけれど、お前さんが来てから何をしてたかは知ってる」

 

 喜助が俺を見る。

 

 そこへ、烈の声がした。

 

「烏有隊長。こちらをお願いいたします」

 

 白の腕が僅かに持ち上がっていた。

 

 俺はすぐ傍へ戻り、その手へ触れる。ゆめの気配を通すと指が緩み、烈も支えていた腕を下ろした。

 

 喜助が隣へ来た。

 

 さっきまで座っていた椅子を運び、寝床の脇へ置く。それから四番隊の子を呼び、総隊長へもう一度話したいことがあると伝えてもらった。

 

「お前さんのところからも、人を呼ぶ?」

「ええ。持ってこさせるものを、追加します」

 

 喜助が紙を取った。

 

 俺は白の手を支えたまま、その筆先を眺める。書き終える前に一度止まり、今度は包み方まで付け足していた。

 

 いつもの箱へ放り込んで、持ってこられるものではないんだねぇ。

 

 喜助が紙を渡す。

 

 俺も椅子へ座り直した。拳西の寝床まで手が届くところへ少し寄せると、あいつが反対側から枕の位置を直してくれた。

 

 先生が来るまでに、聞いておこうか。

 

「喜助。その崩玉ってものは、どうやって作ったの?」

 

 あいつの手が止まる。

 

 それから俺の向かいへ座り、今度は目を逸らさずに話し始めた。

 

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