繋ぎし声に 安堵は宿り
伸ばせし手に 闇は迫る
「俺が、あいつらを斬ったのか」
拳西は自分の手を見ていた。
仮面は目の周りから少しずつ剥がれ、頬と顎へ残っている。指で触ろうとしたところを烈に止められ、それからは寝具の上へ両手を置いていた。
先生が傍に立っている。
喜助も筆を持っていたが、拳西が顔を上げるまで紙へは向けなかった。
「俺が見た時には、そうだったよ」
答えると、拳西の指が曲がる。
「何人だ」
「怪我をした者は、烈が見てくれてる」
「死んだ奴は」
俺は先生を見た。
先生は自分で答えるつもりだったらしい。杖を寝床の脇へ寄せ、拳西へ顔を向ける。
「確かめておる。まだ、全員を見つけられてはおらぬ」
「……そうですか」
拳西の目が伏せられた。
俺が着く前のことは分からない。傷を塞げた子もいるけれど、あの森へ先に入った者たちの死覇装は、持ち主のいないままだ。
拳西はその話を知っている。
一緒に眺めた布を、今度は自分の隊士のものとして思い出しているのだろう。
「何を覚えてる?」
尋ねると、拳西が顔を上げた。
「幕の外へ出た。誰か来たと思って……背中を、やられた」
「斬られたの?」
「ああ。その後は、よく分からねえ。腹の中を掻き回されるような感じがして、立ってられなくなった」
喜助の筆が動いた。
拳西はそちらへ目を向けたが、止めてほしいとは言わなかった。自分の胸へ手を寄せかけ、また寝具へ戻す。
「気づいたら、ここだった」
「俺のことは?」
「覚えてねえ」
そう、と返す。
それなら、刀を向けたところまで思い出さなくてもいい。そう言いたくなったけれど、拳西が聞きたいのはそちらなのだろうねぇ。
「隊長」
戸の向こうから声がした。
九番隊の子だった。腕を吊っている。付き添っていた四番隊の子を困らせながら、そこから動かずに拳西を見ていた。
「起きておられるって、聞いて」
拳西の顔が上がった。
男の腕へ目が止まり、その下の包帯まで見ている。俺は立ち上がり、寝床の脇を少し空けた。
「入っておいで。そこじゃ、喋りにくいでしょう」
男が烈を見る。
長くはなりませんようにと言われ、何度も頷いてから入ってきた。拳西の前へ座ると、何か言おうと口を開く。
けれど、声は出なかった。
「……悪かった」
拳西が先に言った。
男は首を振る。腕を動かしかけて顔をしかめ、それでもまた首を振った。
「俺は、隊長に助けてもらいました」
「その腕」
「その前です。最初に襲われた時、俺を後ろへ」
拳西が黙る。
「だから、そっちも覚えててください」
男の膝へ、吊られた腕が載っていた。
俺はそこを見てから喜助へ目を向ける。あいつも筆を置いていた。先生は戸の外へ顔を向け、待っていた者に少し待つよう伝えている。
まだ話せることは少ない。
けれど、この子が来たことまで、後にしなくてよかったねぇ。
*
拳西が起きた。
烏有隊長から届いた知らせを、俺は二度聞いた。
白も呼び掛けに反応するようになったらしい。ただし、まだ顔には白いものが残っとる。喜助も、治ったとは言えへんそうや。
それでも、喋ったんやな。
拳西の声を思い出そうとすると、あの仮面の口が先に浮かんだ。舌打ちしかけて、傍にいたローズへ蝶を渡す。
「起きたんだね」
「ああ。こっちも、聞かれた時に何も分かりませんでしたやと格好つかんで」
「それはそうだけど、今のは先に喜んでいい報せじゃないかな」
言われんでも分かっとる。
そう返そうとして、やめた。ローズはもう笑わずに、蝶の声を聞いていた。
夜営の跡には、踏まれた草と血が残っていた。
運べるもんは運んだ後や。四番隊が残した印の傍へ、刀が一本立て掛けてある。持ち主は分かっとる。今は使える腕やないそうで、誰かが拾って寄せたんやろう。
俺はそいつを近くの隊士へ渡した。
「引き渡すもんに入れといて。名前も忘れんようにな」
「はい」
隊士が走る。
その向こうから羅武が来た。頭へ付いた葉を払い、森の奥を親指で指す。
「西へ続いてる。途中で二手だ」
「足跡か」
「ああ。血もある。怪我した奴が自分で歩いたんなら、どっかに座り込んでるかもしれねえ」
俺はそちらへ目を向けた。
拳西たちが運ばれた後も、戻っとらん奴がおる。逃げた先で動けんようになっとるんなら、こっちの呼び声も聞こえてるはずや。
「二人ずつで行かせる。誰か見つけても、一人で近づかんように」
伝えると、羅武が頷く。
横でリサが帳面を閉じた。京楽隊長のところから来たあいつは、さっきから見つかった者の名を消している。
残っとる名は、まだあった。
「四楓院隊長の方は?」
「北へ回ってはる。あっちは隠密機動が見とるから、俺らはこっちや」
「ほな、これは先に渡しとく」
リサが紙を一枚抜いた。
俺も隊士を呼び、北へ運ばせる。東へ向かった組からも異変はないと返ってきた。見つからんままより、誰かがいましたいう声を聞きたいもんやな。
「真子!」
後ろから、よう通る声が来た。
振り向くと、ひよ里が箱を片手に歩いてくる。四番隊へおったはずや。俺の顔を見るなり、まだここかと眉を寄せた。
「喜助に頼まれたんか」
「ほかに誰がおんねん。拳西らが倒れとったとこ、もう一回調べたいんやと」
「本人は」
「向こうで二人診とる。うちが行く言うたんや」
ひよ里が箱を持ち上げる。
俺は手を出しかけたが、先に避けられた。壊すから触んなと言われ、引っ込める。
「ほな、自分で持っとき。拳西が寝てたんは、あそこの木の横や」
「知っとる。烏有から聞いたわ」
そう言いながら、ひよ里が木へ向かう。
俺もついていった。あいつは途中で足を止め、根元へ残った血を見る。さっきまでこちらへ向けていた口が閉じた。
「……ここか」
「ああ」
箱が地面へ置かれる。
開く時、いつもより慎重に見えた。俺が覗こうとすると、今度は退けと言わずに、紙を押さえとけと渡してくる。
喜助の字やった。
何をどこへ当てるか、ひよ里が間違えた時には、どこからやり直すかまで書いてある。
「よう読んできたな」
「読まな分からんやろ」
「そら、そうや」
紙の端を押さえる。
ひよ里が金具を土へ近づけたところで、森の奥から声が上がった。
「こちらです! 一人、見つけました!」
顔を上げる。
羅武が先に動いた。ローズも続く。俺は紙を箱へ戻し、ひよ里へ蓋を閉じるよう言った。
「持って来い。ここへ置いといたら、また取りに戻らなあかん」
「分かっとる!」
返事を背に聞き、木の間へ入る。
先へ出ていた隊士が手を上げていた。その下に男が倒れている。九番隊の死覇装や。鉢玄が屈み、胸へ手を添えていた。
「生きております」
「運べるか」
「傷を塞いでから。こちらを、少し照らしていただけますか」
ローズが灯りを寄せた。
倒れている男の頬が見える。泥がついていた。何度か起き上がろうとしたんやろう。片手で地面を掻いた跡が、その顔の前へ残っている。
俺は膝をついた。
「聞こえるか。五番隊の平子や」
瞼が動く。
息を吸おうとして、男の胸が引っ掛かった。鉢玄の手が動き、俺へ少し待つよう目が向く。
急かすつもりはない。
口を閉じて待った。後ろではリサが道を確かめ、担架をこちらへ回すよう伝えている。ひよ里も追いつき、木の根を避けて箱を下ろした。
その時、男の手が動いた。
俺の袖へ掛かる。
「……来る、な」
顔を近づけた。
「何や」
男の目が、俺を越えた。
後ろを見たんやと分かった時には、刀へ手が掛かっていた。
灯りが消えた。
ローズの出していた光まで、見えんようになった。
「全員、離れんな!」
声を張る。
すぐ横にいたはずの鉢玄へ手を伸ばした。触れる前に、足元で何かが動く。
俺は刀を抜いた。
刃が当たった。金属の音がした。
誰かおる。
「羅武!」
「分かってる!」
声は右やった。
けれど、そっちへ刀を振るわけにはいかん。俺は受けた刃を押し、空いた手で倒れていた男の襟を掴んだ。
少しでも後ろへ。
引いたところで、男の手が俺の腕を強く握った。
「っ……!」
背中へ、熱いもんが入った。
刀や。
そう分かって振り返ったが、何も見えへん。襟を離さず刀を返すと、今度は何にも当たらなかった。
「真子!」
ひよ里の声が近づく。
「来んな!」
叫んだつもりやった。
喉から違う声が出た。
息を吸う。吸えん。背中よりも腹の奥が熱かった。自分の中で何かが膨れ、刀を持つ腕まで震え始める。
拳西。
あいつも、これやったんか。
俺は男を地面へ下ろした。立とうとして片膝が折れる。誰かに肩を掴まれ、反射で振り払った。
「真子、何しとんねん!」
ひよ里や。
分かっとる。声で分かっとるのに、腕が止まらへん。
「離れ……ろ」
今度は、言えた。
暗闇の中で誰かが倒れる音がした。羅武が何か叫ぶ。ローズの声も聞こえた。鉢玄が鬼道を唱え始め、途中で息を詰めた。
何人やられた。
数えようとして、歯が鳴る。
口の中へ何かが増えていた。手を当てると固い。頬から顎へ、指で押しても外れへんもんが広がっている。
あかん。
俺は懐へ手を入れた。
蝶へ、声を。
「烏有、隊……」
腹の奥から突き上げたもんが、声を潰した。
*
佐伯が戻ってきた時、俺は白に水を飲ませていた。
一口ずつだよと言ったのに、器へ両手が掛かる。烈へ顔を向けると、そこで一度お待ちくださいと言われた。
「まだ欲しい」
「うん。聞こえたよ。けれど、烈が待ってって」
「拳西は?」
「さっきも聞いたでしょう。向こうで寝てるよ」
白が隣を見る。
自分で確かめると、ようやく器から手を離した。俺も膝の上へ置き、戸の前にいる佐伯を手招く。
「お帰り。村は?」
「交代いたしました。榛名は残しております」
「ありがとう。皆、休めそう?」
「はい。隊長も、少し代わりましょうか」
佐伯の目が白へ向く。
俺は頷きかけた。もう、ずっと手を置いていなくてもよくなっている。喜助も隣で確かめてくれていた。
「じゃあ、この器を」
渡しかけて、手が止まった。
窓の外へ目を向ける。
遠かった。
それでも、知っている霊圧だった。昨夜、屋根の上から大きな声を掛けてきた時にも、庭で刀を回した時にも、同じものを感じている。
けれど今は、その内側へ別のものがあった。
「……平子?」
喜助が立った。
俺は器を佐伯へ渡す。白がこちらを見ていたが、もう一度寝床へ戻ってもらった。
「烈。二人をお願い」
「ええ」
「佐伯はここへいて。喜助も、まだ二人を診ててくれる?」
あいつは窓を見たまま頷いた。
「僕からも、すぐに連絡を取ります」
俺は戸へ向かった。
廊下へ出る前に、白の声が追ってくる。
「誰か、来たの?」
振り返ると、こちらへ顔を向けていた。
まだ寝床から出られない。それでも、俺がどこへ行くか気になるらしい。拳西も起きたら、同じことを尋ねるだろうねぇ。
「ううん。俺が迎えに行ってくるよ」
返事をして外へ出る。
先生へ知らせを頼み、屋根を越えた。
平子の霊圧は、まだある。
その近くで、また一つ変わった。
今度は、ローズだった。