卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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繋ぎし声に 安堵は宿り
伸ばせし手に 闇は迫る




132..残灯の暗転

 

 

「俺が、あいつらを斬ったのか」

 

 拳西は自分の手を見ていた。

 

 仮面は目の周りから少しずつ剥がれ、頬と顎へ残っている。指で触ろうとしたところを烈に止められ、それからは寝具の上へ両手を置いていた。

 

 先生が傍に立っている。

 

 喜助も筆を持っていたが、拳西が顔を上げるまで紙へは向けなかった。

 

「俺が見た時には、そうだったよ」

 

 答えると、拳西の指が曲がる。

 

「何人だ」

「怪我をした者は、烈が見てくれてる」

「死んだ奴は」

 

 俺は先生を見た。

 

 先生は自分で答えるつもりだったらしい。杖を寝床の脇へ寄せ、拳西へ顔を向ける。

 

「確かめておる。まだ、全員を見つけられてはおらぬ」

「……そうですか」

 

 拳西の目が伏せられた。

 

 俺が着く前のことは分からない。傷を塞げた子もいるけれど、あの森へ先に入った者たちの死覇装は、持ち主のいないままだ。

 

 拳西はその話を知っている。

 

 一緒に眺めた布を、今度は自分の隊士のものとして思い出しているのだろう。

 

「何を覚えてる?」

 

 尋ねると、拳西が顔を上げた。

 

「幕の外へ出た。誰か来たと思って……背中を、やられた」

「斬られたの?」

「ああ。その後は、よく分からねえ。腹の中を掻き回されるような感じがして、立ってられなくなった」

 

 喜助の筆が動いた。

 

 拳西はそちらへ目を向けたが、止めてほしいとは言わなかった。自分の胸へ手を寄せかけ、また寝具へ戻す。

 

「気づいたら、ここだった」

「俺のことは?」

「覚えてねえ」

 

 そう、と返す。

 

 それなら、刀を向けたところまで思い出さなくてもいい。そう言いたくなったけれど、拳西が聞きたいのはそちらなのだろうねぇ。

 

「隊長」

 

 戸の向こうから声がした。

 

 九番隊の子だった。腕を吊っている。付き添っていた四番隊の子を困らせながら、そこから動かずに拳西を見ていた。

 

「起きておられるって、聞いて」

 

 拳西の顔が上がった。

 

 男の腕へ目が止まり、その下の包帯まで見ている。俺は立ち上がり、寝床の脇を少し空けた。

 

「入っておいで。そこじゃ、喋りにくいでしょう」

 

 男が烈を見る。

 

 長くはなりませんようにと言われ、何度も頷いてから入ってきた。拳西の前へ座ると、何か言おうと口を開く。

 

 けれど、声は出なかった。

 

「……悪かった」

 

 拳西が先に言った。

 

 男は首を振る。腕を動かしかけて顔をしかめ、それでもまた首を振った。

 

「俺は、隊長に助けてもらいました」

「その腕」

「その前です。最初に襲われた時、俺を後ろへ」

 

 拳西が黙る。

 

「だから、そっちも覚えててください」

 

 男の膝へ、吊られた腕が載っていた。

 

 俺はそこを見てから喜助へ目を向ける。あいつも筆を置いていた。先生は戸の外へ顔を向け、待っていた者に少し待つよう伝えている。

 

 まだ話せることは少ない。

 

 けれど、この子が来たことまで、後にしなくてよかったねぇ。

 

        *

 

 拳西が起きた。

 

 烏有隊長から届いた知らせを、俺は二度聞いた。

 

 白も呼び掛けに反応するようになったらしい。ただし、まだ顔には白いものが残っとる。喜助も、治ったとは言えへんそうや。

 

 それでも、喋ったんやな。

 

 拳西の声を思い出そうとすると、あの仮面の口が先に浮かんだ。舌打ちしかけて、傍にいたローズへ蝶を渡す。

 

「起きたんだね」

「ああ。こっちも、聞かれた時に何も分かりませんでしたやと格好つかんで」

「それはそうだけど、今のは先に喜んでいい報せじゃないかな」

 

 言われんでも分かっとる。

 

 そう返そうとして、やめた。ローズはもう笑わずに、蝶の声を聞いていた。

 

 夜営の跡には、踏まれた草と血が残っていた。

 

 運べるもんは運んだ後や。四番隊が残した印の傍へ、刀が一本立て掛けてある。持ち主は分かっとる。今は使える腕やないそうで、誰かが拾って寄せたんやろう。

 

 俺はそいつを近くの隊士へ渡した。

 

「引き渡すもんに入れといて。名前も忘れんようにな」

「はい」

 

 隊士が走る。

 

 その向こうから羅武が来た。頭へ付いた葉を払い、森の奥を親指で指す。

 

「西へ続いてる。途中で二手だ」

「足跡か」

「ああ。血もある。怪我した奴が自分で歩いたんなら、どっかに座り込んでるかもしれねえ」

 

 俺はそちらへ目を向けた。

 

 拳西たちが運ばれた後も、戻っとらん奴がおる。逃げた先で動けんようになっとるんなら、こっちの呼び声も聞こえてるはずや。

 

「二人ずつで行かせる。誰か見つけても、一人で近づかんように」

 

 伝えると、羅武が頷く。

 

 横でリサが帳面を閉じた。京楽隊長のところから来たあいつは、さっきから見つかった者の名を消している。

 

 残っとる名は、まだあった。

 

「四楓院隊長の方は?」

「北へ回ってはる。あっちは隠密機動が見とるから、俺らはこっちや」

「ほな、これは先に渡しとく」

 

 リサが紙を一枚抜いた。

 

 俺も隊士を呼び、北へ運ばせる。東へ向かった組からも異変はないと返ってきた。見つからんままより、誰かがいましたいう声を聞きたいもんやな。

 

「真子!」

 

 後ろから、よう通る声が来た。

 

 振り向くと、ひよ里が箱を片手に歩いてくる。四番隊へおったはずや。俺の顔を見るなり、まだここかと眉を寄せた。

 

「喜助に頼まれたんか」

「ほかに誰がおんねん。拳西らが倒れとったとこ、もう一回調べたいんやと」

「本人は」

「向こうで二人診とる。うちが行く言うたんや」

 

 ひよ里が箱を持ち上げる。

 

 俺は手を出しかけたが、先に避けられた。壊すから触んなと言われ、引っ込める。

 

「ほな、自分で持っとき。拳西が寝てたんは、あそこの木の横や」

「知っとる。烏有から聞いたわ」

 

 そう言いながら、ひよ里が木へ向かう。

 

 俺もついていった。あいつは途中で足を止め、根元へ残った血を見る。さっきまでこちらへ向けていた口が閉じた。

 

「……ここか」

「ああ」

 

 箱が地面へ置かれる。

 

 開く時、いつもより慎重に見えた。俺が覗こうとすると、今度は退けと言わずに、紙を押さえとけと渡してくる。

 

 喜助の字やった。

 

 何をどこへ当てるか、ひよ里が間違えた時には、どこからやり直すかまで書いてある。

 

「よう読んできたな」

「読まな分からんやろ」

「そら、そうや」

 

 紙の端を押さえる。

 

 ひよ里が金具を土へ近づけたところで、森の奥から声が上がった。

 

「こちらです! 一人、見つけました!」

 

 顔を上げる。

 

 羅武が先に動いた。ローズも続く。俺は紙を箱へ戻し、ひよ里へ蓋を閉じるよう言った。

 

「持って来い。ここへ置いといたら、また取りに戻らなあかん」

「分かっとる!」

 

 返事を背に聞き、木の間へ入る。

 

 先へ出ていた隊士が手を上げていた。その下に男が倒れている。九番隊の死覇装や。鉢玄が屈み、胸へ手を添えていた。

 

「生きております」

「運べるか」

「傷を塞いでから。こちらを、少し照らしていただけますか」

 

 ローズが灯りを寄せた。

 

 倒れている男の頬が見える。泥がついていた。何度か起き上がろうとしたんやろう。片手で地面を掻いた跡が、その顔の前へ残っている。

 

 俺は膝をついた。

 

「聞こえるか。五番隊の平子や」

 

 瞼が動く。

 

 息を吸おうとして、男の胸が引っ掛かった。鉢玄の手が動き、俺へ少し待つよう目が向く。

 

 急かすつもりはない。

 

 口を閉じて待った。後ろではリサが道を確かめ、担架をこちらへ回すよう伝えている。ひよ里も追いつき、木の根を避けて箱を下ろした。

 

 その時、男の手が動いた。

 

 俺の袖へ掛かる。

 

「……来る、な」

 

 顔を近づけた。

 

「何や」

 

 男の目が、俺を越えた。

 

 後ろを見たんやと分かった時には、刀へ手が掛かっていた。

 

 灯りが消えた。

 

 ローズの出していた光まで、見えんようになった。

 

「全員、離れんな!」

 

 声を張る。

 

 すぐ横にいたはずの鉢玄へ手を伸ばした。触れる前に、足元で何かが動く。

 

 俺は刀を抜いた。

 

 刃が当たった。金属の音がした。

 

 誰かおる。

 

「羅武!」

「分かってる!」

 

 声は右やった。

 

 けれど、そっちへ刀を振るわけにはいかん。俺は受けた刃を押し、空いた手で倒れていた男の襟を掴んだ。

 

 少しでも後ろへ。

 

 引いたところで、男の手が俺の腕を強く握った。

 

「っ……!」

 

 背中へ、熱いもんが入った。

 

 刀や。

 

 そう分かって振り返ったが、何も見えへん。襟を離さず刀を返すと、今度は何にも当たらなかった。

 

「真子!」

 

 ひよ里の声が近づく。

 

「来んな!」

 

 叫んだつもりやった。

 

 喉から違う声が出た。

 

 息を吸う。吸えん。背中よりも腹の奥が熱かった。自分の中で何かが膨れ、刀を持つ腕まで震え始める。

 

 拳西。

 

 あいつも、これやったんか。

 

 俺は男を地面へ下ろした。立とうとして片膝が折れる。誰かに肩を掴まれ、反射で振り払った。

 

「真子、何しとんねん!」

 

 ひよ里や。

 

 分かっとる。声で分かっとるのに、腕が止まらへん。

 

「離れ……ろ」

 

 今度は、言えた。

 

 暗闇の中で誰かが倒れる音がした。羅武が何か叫ぶ。ローズの声も聞こえた。鉢玄が鬼道を唱え始め、途中で息を詰めた。

 

 何人やられた。

 

 数えようとして、歯が鳴る。

 

 口の中へ何かが増えていた。手を当てると固い。頬から顎へ、指で押しても外れへんもんが広がっている。

 

 あかん。

 

 俺は懐へ手を入れた。

 

 蝶へ、声を。

 

「烏有、隊……」

 

 腹の奥から突き上げたもんが、声を潰した。

 

        *

 

 佐伯が戻ってきた時、俺は白に水を飲ませていた。

 

 一口ずつだよと言ったのに、器へ両手が掛かる。烈へ顔を向けると、そこで一度お待ちくださいと言われた。

 

「まだ欲しい」

「うん。聞こえたよ。けれど、烈が待ってって」

「拳西は?」

「さっきも聞いたでしょう。向こうで寝てるよ」

 

 白が隣を見る。

 

 自分で確かめると、ようやく器から手を離した。俺も膝の上へ置き、戸の前にいる佐伯を手招く。

 

「お帰り。村は?」

「交代いたしました。榛名は残しております」

「ありがとう。皆、休めそう?」

「はい。隊長も、少し代わりましょうか」

 

 佐伯の目が白へ向く。

 

 俺は頷きかけた。もう、ずっと手を置いていなくてもよくなっている。喜助も隣で確かめてくれていた。

 

「じゃあ、この器を」

 

 渡しかけて、手が止まった。

 

 窓の外へ目を向ける。

 

 遠かった。

 

 それでも、知っている霊圧だった。昨夜、屋根の上から大きな声を掛けてきた時にも、庭で刀を回した時にも、同じものを感じている。

 

 けれど今は、その内側へ別のものがあった。

 

「……平子?」

 

 喜助が立った。

 

 俺は器を佐伯へ渡す。白がこちらを見ていたが、もう一度寝床へ戻ってもらった。

 

「烈。二人をお願い」

「ええ」

「佐伯はここへいて。喜助も、まだ二人を診ててくれる?」

 

 あいつは窓を見たまま頷いた。

 

「僕からも、すぐに連絡を取ります」

 

 俺は戸へ向かった。

 

 廊下へ出る前に、白の声が追ってくる。

 

「誰か、来たの?」

 

 振り返ると、こちらへ顔を向けていた。

 

 まだ寝床から出られない。それでも、俺がどこへ行くか気になるらしい。拳西も起きたら、同じことを尋ねるだろうねぇ。

 

「ううん。俺が迎えに行ってくるよ」

 

 返事をして外へ出る。

 

 先生へ知らせを頼み、屋根を越えた。

 

 平子の霊圧は、まだある。

 

 その近くで、また一つ変わった。

 

 今度は、ローズだった。

 

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