卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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燃えゆく夜に 夢は咲き
喰らえぬ明日へ 火は渡る




43. 赫夜の供物

 

 

「喰われても燃え続ける火が欲しい。あいつが呑み込んだ先まで、焼いてしまえるようなやつを」

 

 ゼルキオンの右腕が動いた。

 

 俺は横へ瞬歩を踏んだ。背後を黒い波が通り抜け、残っていた岩壁へ大きな穴を開ける。砕けた石が落ちる前に、ゆめの声が響いた。

 

『一夜。胸に抱いた恋の火は、呑めど消えぬと知りなんし』

 

 刀の刃へ、朱の火が灯った。

 

 柄を握る指は熱くない。細く揺れた炎が刃に沿って伸び、切っ先から空へ零れた。俺は腕を引き迫ってきた次の波へ刀を振り下ろした。

 

 朱の炎が黒い波を割った。

 

 その両側から飢えが火を包んでいく。白い光を喰った時と同じだった。だが、今度は呑み込まれたところからも炎が上がった。

 

 黒い波の奥へ赤い筋が走る。

 

 ゼルキオンが掌を閉じた。俺へ伸びていた波が細くなり、途中から切れる。残された黒いものは空中で燃え、炎の内へ消えていった。

 

 あいつの指先に火が残っていた。

 

「……これはまだ燃えるのか」

「食っただけじゃ消えないように頼んだからな。口に合わなかったか」

 

 俺は踏み込んだ。

 

 火を纏った刀を首へ向ける。ゼルキオンは身を沈め、刃の下へ潜った。黒い左手が俺の腹を狙って伸びる。その掌の前へ炎を流し、俺も足を引いた。

 

 火が二人の間へ広がった。

 

 ゼルキオンの白い袖へ燃え移り、肩まで這い上がる。あいつは袖を引き裂いて投げ捨てた。だが、肌へついた火までは離れない。左腕から胸元へ、細い炎が伸びていった。

 

 俺は刀を返した。

 

 今度は退く方へ火を飛ばす。朱の帯が背後を塞ぎ、ゼルキオンの右にも左にも立ち上がった。黒い波がそれを喰らうと、その内側からまた火が噴く。

 

 俺へ回していた飢えが、あいつの周囲へ集まった。

 

 その間を詰めた。

 

 肩を狙った刃を避けられ、続けて脇腹へ向ける。ゼルキオンは右手を差し出しかけて止めた。刀の火を見て掌を引き、代わりに脚を振り上げる。

 

 俺は膝を上げて受けた。

 

 骨へ重さが響いた。押し返すつもりだった足が沈み、身体が横へ流される。ゼルキオンの左手が、そこへ追ってきた。

 

 刀を二人の間へ戻す。

 

 朱の炎へ触れる手前で、指が止まった。

 

 そのまま相手の胸へ突いた。切っ先が白い布を裂き、胸の孔の脇へ入る。ゼルキオンは身体を捻って刃を外し、俺の頭を越えて後ろへ抜けた。

 

 俺は振り向き、刀を払った。

 

 火がその背を追う。

 

 ゼルキオンは空中で向き直った。両手を広げ、炎の来る先へ黒いものを集める。火が呑まれ、直後にその中から噴き上がった。あいつの顔が朱に照らされる。

 

 だが、今度は火を包んだまま、こちらへ押し出してきた。

 

 燃える黒い塊が迫った。

 

 俺は横へ避け、ゼルキオンの方へ目を戻した。塊が通ったところには炎が残り、黒いものだけが焼かれていく。あいつはそれを見送りもせず、俺の移った先へ掌を向けていた。

 

 赤い光が灯る。

 

 虚閃。

 

 俺は前へ出た。

 

 放たれた赤い奔流へ刀を振り込み、火を流す。先端は眠りへ入って消えたが、その奥で炎と光がぶつかった。爆ぜた火がゼルキオンの顔まで届き、あいつが左腕で目を庇う。

 

 俺はその腕の下へ回り腹を斬った。

 

 刃を抜くと、傷口へ朱の火が残った。ゼルキオンは後ろへ退き、腹へ右手を添えた。黒いものが炎を覆い、その内からまた赤く透ける。

 

 あいつが息を吐く。口元から煙が上がった。

 

「食った先でも燃えている。俺の内側へまで、火が来るか」

「さっき言っただろ。腹いっぱい食わせてやるって」

 

 刀を持ち上げた。

 

 あいつが何を喰らえるか、全て分かっているわけではない。けれど、火を消すために掌を向けたところへ次の刃を入れられた。胸元を焼いている間には、こちらを追う波も減った。

 

 その隙を逃すつもりはなかった。

 

 ゼルキオンが両腕を下げ、胸元から黒いものが溢れる。腹へついた火を包みそのまま外へ押し出した。燃える塊が幾つも離れ下へ落ちていく。

 

 傷は残っていた。

 

 白い服の腹が裂け、その下から血が流れている。火を外へ出せても、斬られたところまで戻った様子はない。

 

 俺は刀を構え直した。

 

「食いすぎると、腹を壊すぞ」

「長く生きているが、そう忠告されたのは初めてだな」

 

 ゼルキオンが笑った。

 

 黒く染まった指が開く。

 

「もう少し、寄越せ」

 

 足元から黒いものが立ち上がった。

 

 俺は火を放った。正面へ伸びる波が燃え、その向こうで別の波が左右へ分かれる。上にも下にも広がり、炎の通るところを避けて迫ってきた。

 

 俺は足を踏み替えた。

 

 右の波へ刀を払い、左から来たものを飛び越える。ゼルキオンはそこへ掌を向けていた。赤い光が放たれ、その陰から細い黒い波が伸びる。

 

 虚閃の中心を、飢えが通っていた。

 

 俺は首を傾け、身体を横へ流した。赤い光は眠りへ入って消えた。その奥から来た黒いものが肩の脇を抜け、白い髪の一房を揺らした。

 

 火を纏った刀で払う。

 

 ゼルキオンはもう、正面にいなかった。

 

 左から拳が来た。

 

 俺は刀の峰を腕へ当てて受け流し、相手の顔へ切っ先を返した。頬を掠めた刃から火が移る。ゼルキオンは頭を引き、そのまま右の掌をこちらへ向けた。

 

 近い。

 

 俺はあいつの肘の外へ回り、背中へ刀を振った。

 

 黒いものが噴き上がった。

 

 刃へ触れる前に火を送り、腕を引く。燃える波の向こうで、ゼルキオンが身体を返した。もう一方の手が、俺の胸へ迫っていた。

 

 袖を寄せ、刀を戻す。

 

 黒い指が炎の手前を通り抜けた。

 

 俺は後ろへ瞬歩を踏んだ。胸元の白い襟が一部なくなり、その下へ赤い筋が走る。遅れて、熱い痛みが広がった。

 

 息を吐いた。

 

 あいつは火を喰うたびに苦しんでいる。

 

 それでも、攻める手を止めなかった。片方の腕を焼かせながら、もう片方でこちらへ届くところを探している。腹を斬られた後には、俺の刃が入る位置も変えていた。

 

 何万年も、こうして戦ってきたのだろう。

 

 俺は胸の傷へ触れず、刀を握り直した。

 

『お前様。お召し物が、随分と涼しくなってしまいんしたね』

「爺さんに見せたら怒られるな。今度は自分で縫えって言われそうだ」

『針をお持ちになる指まで、なくされんせんように』

「ああ。まだ、やりたいことがあるからな」

 

 頭上へ目を向けた。

 

 星が見えている。

 

 その下には、俺が放った火と、ゼルキオンの飢えが広がっていた。低いところにあった林はもうない。水の流れていた谷も、黒いものが通った形に削られている。

 

 ゼルキオンが火の向こうへ回った。

 

 こちらへ来るつもりだ。

 

「ゆめ。次は雷が欲しい。俺が狙ったところへ、空から何度でも落とせるやつを」

 

 黒い波が左右から寄った。

 

 俺は正面へ火を流し、その間を抜ける。ゼルキオンが身を引いたところへ左手を向けた。

 

『二夜。逢えぬ夜なら、空を裂いても逢いにゆきんす』

 

 星の下が白く光った。

 

 雷が落ちた。

 

 ゼルキオンの右肩へ突き立ち、身体を下へ叩き落とす。黒い波がその上へ集まったところへ、次を落とした。

 

 一つ、二つ、三つ。

 

 白い雷が続けて降り、あいつの腕を弾いた。雷を喰うために持ち上がった掌へ、俺は朱の火を飛ばす。黒いものが燃え、その脇から落ちた次の雷が胸へ入った。

 

 ゼルキオンの身体が折れた。

 

 俺は踏み込んだ。

 

 首へ向けて刀を振るう。あいつは上体を反らし、切っ先を顎の前へ通した。そこへ更に雷を落とす。

 

 ゼルキオンが掌を上げた。

 

 俺は腹へ刃を向けた。

 

 黒い左手が戻ってくる。

 

 その手へ火を浴びせ、右肩へ次の雷を落とした。ゼルキオンの腕が下がる。切っ先が脇腹へ入り、先ほどつけた傷より深く白い服を裂いた。

 

 血が散った。

 

 俺は刀を抜き、返す刃を喉へ向けた。

 

 ゼルキオンが口を開いた。

 

 赤い光が、目の前で膨れた。

 

 俺は顎を引き、右へ抜けた。虚閃が頬の脇を通る。その中から溢れた黒いものが火を纏う刀へ寄り、俺は腕を引いて距離を取った。

 

 追ってきた波へ雷を落とした。

 

 黒い先端が喰らうために上を向く。その下へ火を通し、ゼルキオンまで追わせた。あいつは右手を横へ振り、火を包んだまま下へ押し流した。

 

 雷は止めなかった。

 

 肩へ、背へ、脚へ。

 

 黒いものを向けたところとは別の場所へ、次を落とす。火を外へ出そうとすれば、その腕を雷で叩いた。俺へ顔を向けた時には、足元から炎を立ち上がらせた。

 

 ゼルキオンの白い服が焦げていく。

 

 血に濡れた袖が千切れ、黒い掌から煙が上がった。

 

 それでもあいつは俺を見ていた。

 

 足を引かなかった。

 

 雷を受けた左腕を下げ、右の掌をこちらへ向ける。その先に灯った赤い光へ、周囲の黒いものが集まっていった。

 

 俺は上へ雷を呼んだ。

 

 ゼルキオンの頭へ落とす。

 

 赤い光が放たれた。

 

 雷が、その奔流へ入った。

 

 白い光が黒く呑まれる。続けて放った火は中で燃えたが、奔流は止まらなかった。朱の炎を内側へ抱えたまま、俺へ迫ってくる。

 

 大きい。

 

 横へ抜けるつもりで踏んだ足の先まで、黒いものが広がった。

 

 俺は更に瞬歩を繋いだ。背後で尾根がなくなる。眠りへ入って消える部分より、食い込んでくる量が多かった。黒い縁が右肩を掠め、その下へあった岩山まで呑み込んでいく。

 

 肩から血が流れた。

 

 腕は動く。

 

 俺はそのまま刀を持ち上げ、ゼルキオンへ向き直った。

 

 あいつも、腹へ手を当てていた。

 

 指の間から血が落ちる。口元にも赤いものがついていた。喰らった炎がまだ内側で燃えているのか、吐いた息に僅かな火が混じった。

 

「……いい夜だな」

 

 ゼルキオンが言った。

 

 俺は肩から垂れた布を引き、刀を振るう邪魔にならないように捨てた。

 

「お前が腹を減らしてなければ、ゆっくり眺められたんだけどな」

「眺めているだけでは忘れる。俺は、もう幾つもの夜を忘れた」

 

 黒い右手が持ち上がった。

 

 その奥に星があった。

 

「今夜は、忘れずに済みそうだ」

 

 俺は笑った。

 

 肩は痛い。頬も胸も、火がついたように熱かった。それでも刀を握る手は軽く、足へ巡る力も減ってはいない。

 

 ゆめが、俺と同じところを見ていた。

 

 あいつは今夜を覚えていようとしている。

 

 ならば、こちらもそうしよう。

 

「ゆめ。もう一つ頼めるか」

 

 刃へ灯る火が揺れた。

 

『お前様が望まれる限り、わっちはここに』

 

「斬ったものを、向こうへ逃がしたくない。あいつが飢えをどれだけ広げても、その身体まで俺の刃が届くように」

 

 ゼルキオンの掌から、また赤い光が溢れた。

 

 俺は刀を胸の前へ立てた。

 

 ゆめの指が、柄を握る指へ重なる。

 

『三夜。隔てるものなど、いくつあろうと。惚れたお方の胸までは』

 

 刃へ映る星が、細い線になった。

 

 ゼルキオンが虚閃を放った。

 

 黒い飢えが、その周りへ広がる。

 

 俺は踏み込んだ。

 

 朱の火を纏わせたまま、刀を振り下ろす。

 

 赤い奔流が割れた。

 

 その内を走る黒いものにも一本の傷が入り、更に向こうでゼルキオンの胸が裂けた。

 

 白い服から血が噴き上がった。

 

 まだ俺の刀は届く距離にない。

 

 それでも、振った刃はあいつを斬っていた。

 

 ゼルキオンが胸元を見下ろした。

 

 俺は刀を肩の上へ戻し、次の一歩を踏み出した。

 

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