卍解せずにはいられない。   作:lalaland

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喉を過ぎれば 願いではない
世界に命じる 言葉となれ




無銘の言霊

 

 

 刀を収めると、長い袖が元の布へ戻った。肩に垂れていた髪も黒一色になり、腰の帯が消える。増えていた霊圧が収まっても、腕や脚に疲れはなかった。

 

「刀は、使わんのか」

「五百年使ってた方を見せるなら、こっちでしょう。ゆめに手伝ってもらったら、俺も何が変わったか分からなくなるんで」

 

 山本は頷き、地面から拳ほどの石を拾った。

 

「まず、これを止めてみい」

 

 石を放られた。俺は左手を向け、その周りを固めた。薄い殻に包まれた石が、胸の高さで止まる。

 

 山本が近づき、指で押した。石は動かなかったが、殻の表面には細い亀裂が走った。

 

「昨日も、これで押したのか」

「固めずに、そのままぶつけました。こっちは物を動かしたり、止めたりする時に使ってます」

「では、わしの手を止めい」

 

 山本が石を掴んだ。殻が砕け、その手がこちらへ伸びてくる。

 

 俺は指を開いた。

 

「⸺白縫(しらぬい)」

 

 五本の指から白い糸が伸び、山本の手首へ巻きついた。一本を肘へ、二本を肩へ回す。残る糸を地面へ打ち込み、左手を引いた。

 

 山本の腕が伸びかけた位置で止まった。

 

 手首だけを縛っても、肩ごと動かされれば引き寄せられる。だから、腕の曲がるところを別々に押さえる。昔、縛った相手に殴られてから、こうするようになった。

 

 山本が右腕を引いた。地面へ打ち込んだ糸が張り、足元の土に亀裂が入る。

 

 俺は糸を緩めず、山本を見た。

 

「さっきのとは違いますよ。眠ってないんで、力は入るでしょう」

「……そのようじゃな」

 

 山本は腕へ巻いた糸を、空いた左手で摘まんだ。

 

 肩へ回した二本も張り、右腕が脇から離れる。手首だけを動かそうとしても、肘を押さえた糸がそれを止めた。

 

「この術は、誰に習った」

「自分で工夫しました。最初は縄の代わりだったんです。持ち歩かなくていいし、切られても作り直せるんで」

「その名は」

「白縫です。勝手につけました」

「詠唱はあるか」

「ないですよ。使う時に名前を呼んでるだけです」

 

 山本が右腕を強く引いた。手首へ巻いた糸が食い込み、地面へ打ち込んだ先から土が盛り上がる。俺は左手を開いたまま、糸を地中へ深く伸ばした。

 

 土の塊が剥がれた。その下から現れた白い糸は、まだ地面の奥へ続いている。山本の足が半歩動いたところで、腕が止まった。

 

「……掛けた後も、操っておるか」

「引き抜かれそうだったんで。地面の方を、もう少し深くしました」

 

 山本は足元を見た。それから、俺の開いた左手へ目を戻す。

 

「解いてみい」

 

 指を閉じると、白い糸がほどけた。山本は右腕を下ろし、手首に残った跡を擦った。

 

「人を縛るために、ここまで要ったか」

「一人止めても、ほかから斬られることがあるでしょう。逃げられそうになるたび、そっちへ手を戻すのが面倒だったんです」

 

 山本は俺の腰の刀へ目を向けた。

 

「縛っておる間も、剣を使うためか」

「ええ。左手だけで済めば、右手は空きますから」

 

 刀を握ったまま使うことの方が多かった。今のように、相手が抜け出すところだけを眺めていられる機会はそうない。

 

「次は、攻める方を見せい」

 

 山本が荒れ地の奥へ目を向けた。俺もそちらを見て、林までの距離を確かめた。

 

 林の手前に、大きな岩があった。俺より背が高く、地面から突き出した部分だけでも両腕では抱えきれない。

 

「あれ、壊しても大丈夫ですか」

「構わん。林まで飛ばすなよ」

「じゃあ、穴だけ開けます」

 

 左手の人差し指を岩へ向けた。

 

 指先に白い光が集まる。岩の中央へ狙いを定め、その光を撃ち出した。

 

「⸺穿月(せんげつ)」

 

 細い光線が、指先から岩まで一直線に伸びた。

 

 岩の真ん中に、拳ほどの穴が開く。光線はその向こうへ突き抜け、背後の地面まで貫いた。俺が照射を止めると、白い光が消える。穴の縁から崩れた小石が、乾いた音を立てて落ちた。

 

 山本は岩へ近づき、穴を覗いた。向こう側までまっすぐ抜けている。縁には亀裂もほとんどなかった。

 

「昨日、わしへ放ったものとは違うな」

「ええ。人を押し飛ばす時は掌で、貫く時は指先へ集めてます。昨日は稽古でしたから」

 

 山本は穴の縁へ指を掛けた。

 

 俺は左手を下ろした。前は岩を砕いてしまい、後ろにいた相手まで石を浴びせたことがある。狙った相手を倒しても、隣まで倒れては困る時もあった。光を細く絞るようになったのは、その後だ。

 

「もっと大きくもできますよ。ただ、それなら別のものを使います」

「なぜじゃ」

「穴を大きくするだけなら、こいつでもいいんですけど。広く吹き飛ばすなら、最初からそう作った方が早いんで」

 

 山本は岩から手を離した。

 

「では、そちらも見せい」

 

 俺は岩の向こうにある林を見た。

 

「もう少し、場所を変えません?」

 

 山本に案内され、林とは反対の斜面を下りた。低い丘に囲まれた窪地で、底には草も木もない。大きな石が幾つか転がり、奥には崩れた岩壁があった。

 

「ここならよかろう」

「先生、こういう場所を幾つ持ってるんですか」

「お前も、五百年歩けば覚えた場所があるじゃろう」

「飯を食わせてくれたところなら、結構ありますよ」

 

 山本が立ち止まったので、俺もその横へ並んだ。岩壁までは五十歩ほどある。上にも人影はなかった。

 

 左の掌を前へ向けた。

 

 白い光が丸く膨らんでいく。指先で撃った穿月とは違い、今度は掌いっぱいに力を集める。光の輪郭が揺れ、周りの砂が足元から浮いた。

 

「⸺崩天(ほうてん)」

 

 掌から放った光の塊が、岩壁へぶつかった。

 

 岩が砕けた。爆音とともに壁の中央が大きく陥没し、その周りまで亀裂が走る。遅れて上の岩が崩れ、窪地の底へ落ちた。飛んできた石へ右手を向けると、石は俺たちの手前で止まり、地面へ転がった。

 

 砂埃が風に流される。岩壁には、家が一軒入りそうな穴が残っていた。

 

「穴だけ開けるのとは、違うでしょう」

 

 山本は岩壁を見ていた。俺が左手を下ろしてからも、崩れた範囲を端から端まで確かめている。

 

「今のが、普段使う強さか」

「いえ。今は見せるだけなんで、抑えました。あの壁を全部崩すつもりなら、もっと入れます」

 

 山本がこちらへ顔を向けた。

 

「刀を解かずとも、それだけ放てるか」

「こっちは、ずっと使ってますからね。刀を抜くより先に、手が出ることもありますよ」

 

 そう答えてから、前世ならどう見えただろうと思った。

 

 刀を腰に差した男が、掌から光を撃って岩壁を吹き飛ばす。今なら、鬼道だと考える。昨日までの俺は、便利な飛び道具だと思っていた。

 

 山本は崩れた岩へ目を戻した。

 

「お前が術を知らぬと言うた時、どこまで知らぬのかと思うておったが」

 

 言葉が途切れたので、俺はその顔を見た。

 

「名と詠唱を知らぬだけで、戦う分には困っておらんのじゃな」

「困る相手もいましたよ。今ので倒れない奴もいるんで」

 

 山本がこちらを見た。

 

「ならば、どうした」

「もう一度撃つか、刀で斬るかですね。一発で倒れないなら、倒れるまで付き合いますよ」

 

 崩れた岩壁へ目を向けた。あれが動く相手なら、二発目を待ってはくれない。白縫を使うのも、そのためだった。足を止めてから撃つ。止められなければ近づいて、刀を合わせたところで掌を向ける。

 

 山本は俺の左手を見た。

 

「剣と術を、別々には覚えておらんのじゃな」

「使える方を使ってただけですよ。刀を振れない時に、左手まで遊ばせておくのはもったいないでしょう」

 

 掌を開いた。先ほどの光はもう残っていない。

 

「先生。詠唱って、何のためにするんですか」

 

 山本の目が俺の顔へ戻った。

 

「知っておるのではなかったか」

「言葉があるのは知ってます。ただ、俺の術にはないんで。唱えなくても使えるものを、わざわざ唱えるのは何でだろうと思って」

 

 山本は少しの間、俺を見ていた。それから崩れた岩壁へ掌を向ける。

 

「見ておれ」

 

 詠唱が始まった。

 

 掌に赤い光が灯る。山本の声が窪地へ響くたび、炎は明るさを増していった。俺はその手元を見ながら、耳だけは言葉を追っていた。聞き覚えがある。五百年も忘れていた言葉が、次に続く一節を聞くたび少しずつ戻ってくる。

 

「破道の三十一⸺赤火砲(しゃっかほう)」

 

 赤い火球が岩壁へ飛んだ。

 

 俺が開けた穴の隣で爆ぜ、岩を大きく吹き飛ばす。炎は砕けた岩の間まで入り込み、斜面を赤く照らした。熱風が顔へ届き、俺は思わず笑った。

 

「……いいですねえ、それ」

 

 山本は手を下ろさなかった。

 

「次も、よう見い」

 

 掌に再び赤い光が灯る。

 

「破道の三十一⸺赤火砲」

 

 今度は詠唱がなかった。火球はすぐに飛び、先ほどの着弾点より少し右で爆ぜた。岩が崩れ、炎が広がる。けれど吹き飛んだ範囲は、最初の一発より狭かった。

 

「込めた霊圧は、同じじゃ」

 

 山本が言った。

 

 俺は二つの跡を見比べた。同じ術で、同じ量の力を使っている。それでも言葉を唱えた方が強かった。

 

「……言霊、ですか」

「ほう」

 

 山本がこちらへ顔を向ける。

 

「言葉そのものに力がある。だから、唱えた分だけ術が強くなるんじゃないかと思ったんですけど」

「その通りじゃ。霊圧だけで放つ術へ、言葉の力を添える。それが詠唱じゃ」

 

 もう一度、岩壁を見た。

 

 詠唱を省けば威力が落ちる。そのことは覚えていた。けれど俺は、唱えなければ上手く使えないからだと思っていた。術に慣れれば、言わなくても同じことが出来るのだろうと。

 

 今の山本は、どちらも使いこなしていた。その上で差がある。言葉を省くというのは、力を一つ使わずに撃つということなのだ。

 

「だったら、俺の術にも詠唱をつけられますか」

「つけることは出来よう。言葉を並べればよい、というものでもないがの」

「何を言っても強くなるなら、飯の献立でも唱えてますよ」

 

 山本は鼻を鳴らした。

 

「何を縛るか。何を貫くか。言葉が呼ぶものと、お前の術が違っておっては意味がない」

「白縫って名前だけでも、そういう力はあるんですか」

「名もまた言葉じゃ。なぜ、その名にした」

「白い糸で、相手を縫い止めるからですよ。見たままです」

「ならば、その名を呼ぶ時、お前は縛るつもりでおる。相手を逃がすつもりでは呼ばんじゃろう」

 

 左手の指を開いた。

 

 白縫。初めて口にした日のことまでは覚えていない。いつからかそう呼ぶようになり、敵の腕を止める時も、逃げる足を縛る時も同じ名を使っていた。

 

「ただ格好つけてるだけだと思ってたんですけどね」

「格好をつけるために選んだ言葉でも、呼ぶものは変わらん」

 

 そう言われると、少し得をした気になった。

 

 名前を考えるのは好きだった。誰に聞かせるわけでもないくせに、気に入らなければ変えたこともある。五百年生きても、そういうところは治らなかったらしい。

 

 その言葉にも力があるなら、今までより真面目に考えていい。

 

「先生。さっきの詠唱、もう一度教えてもらえますか」

「赤火砲を使ってみるか」

「ええ。せっかくなら、唱える方から」

 

 右の掌を岩壁へ向けた。

 

 火を起こすことなら、前から出来る。湯を沸かすために使っていた力を、今度は人へ向けて放つ形にすればいい。ただ今日は、そこへ言葉を重ねる。

 

 山本が隣へ立った。

 

「まずは、手を下ろせ。言葉を覚える前に撃っては、教えようにも教えられん」

 

 岩壁には大きな穴が三つ開いていた。上の岩も崩れかけている。

 

 俺は掌を下ろした。

 

「もう一か所、覚えてる場所は?」

「今日は、ここで覚えい」

 

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