卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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幾千の刃に 花は舞い
帰りし風に 季は巡る




59.八千の花影

 

 

 庭へ下りると、八千流が足を止めた。

 

 塀の向こうへ顔を向け、それから俺を見る。腰へ差した刀には、もう手が添えられていた。

 

「どこまで行くつもりですか。遠いのでしたら、先に場所を教えてください」

「尸魂界の外れの方だよ。昔、歩いたところに、何もない岩場があった。少し待ってくれれば、ここから繋げられる」

 

 俺は庭の中央へ歩き、両手を開いた。

 

 覚えている岩場へ意識を向ける。乾いた谷を越えた先にあり、周囲には家も畑もなかった。道を通す先を定め、足元へ霊子を集めた。

 

〈千里一重(せんりひとえ)〉

 

 庭の上へ、道が開いた。

 

 向こうに白い岩が見える。乾いた風がこちらへ抜け、縁側へ置かれていた草履を揺らした。

 

 八千流が戸口の縁へ手を伸ばした。

 

「あなたが作ったのですか」

「ああ。歩くのも好きなんだけど、帰りまで同じ道だと、たまには面倒でさ」

「便利なものを作りますね。これなら、あなたを見つけてから待たずに済みそうです」

「使い道が、それしか浮かばないのか?」

 

 八千流は答えず、道へ入った。

 

 俺も続いた。先生と長次郎が渡り終えてから、背後を閉じる。さっきまで庭にあった木も、建物の屋根もなくなり、四人の周囲へ荒れた岩場が広がった。

 

 遠くに、低い山が見えた。

 

 以前来た時より岩が崩れていたが、周囲に人の気配はない。八千流は足元を一度踏み、そこで刀を抜いた。

 

「ここなら、よいのでしょう」

「ああ。俺たちしかいないよ」

 

 刀を抜きながら、先生へ目を向けた。

 

 先生は長次郎を連れ、離れた岩の上へ移っていた。こちらを見て腕を組む。その顔には、止めるつもりも、手を貸すつもりもなかった。

 

 俺は八千流へ向き直った。

 

 長い黒髪が、風に流れていた。

 

「では、見せてください。総隊長の下で、どんな剣を覚えたのか」

「先生のところを出てからの方が、長いんだけどな」

「それも、見れば分かります」

 

 八千流が踏み込んだ。

 

 顔へ迫った切っ先を横へ流す。こちらの刃へ触れた刀が滑り、手首へ向きを変えた。俺が柄を引くと、今度は喉へ戻ってくる。

 

 最初の一歩から、殺すつもりだった。

 

 俺も胸へ刃を返した。八千流は受けずに身を沈め、俺の刀の下へ入る。膝へ向けた斬撃を避けると、その姿はもう右にあった。

 

 刃が合った。

 

 そこから、幾度も刀を合わせた。

 

 頭上へ振り上げていた刀が、次には腰の脇へ置かれる。大きく踏み込んだと思えば、俺の返す刃へ半歩だけ寄り、振るう間を潰してきた。同じ高さへ斬りつけても、受ける角度が毎度変わる。刃の腹を押され、鍔元を絡め取られ、空いた手で柄まで打たれた。

 

 先生に教わった受け方を使えば、それを崩す刀が来る。

 

 流魂街で身につけた斬り方へ変えれば、八千流の足運びも変わった。そのたびに俺は刀を戻し、次の一太刀へ向け直した。

 

 八千流。

 

 これほど多くの剣が、一人の身体へ収まっている。

 

 けれど、そのすべてを見てからでも、俺の腕は間に合った。

 

 虚圏で長く座り、霊子を循環させ続けた身体だった。足を置き直すにも、押された刀を引き戻すにも、余分な力を込める必要はない。霊圧を大きく放たずに、八千流の刃を追えていた。

 

 白い羽織へ、赤い線が増えていく。

 

 八千流は止まらなかった。肩を斬られても刀を持つ腕を変え、脇腹へ傷が入れば、その側を後ろへ引いて踏み込んだ。血の落ちる位置が変わるたびに、向こうの剣も変わった。

 

 俺の袖にも、切れ目が入った。

 

 突きを外して踏み込んだところへ、八千流が柄を離し、左手で刀を取り直していた。追っていた右腕の下から刃が返り、手首を浅く斬った。

 

 血が指へ伝う。

 

 八千流が、笑った。

 

「今のは、届きましたね」

「そうだな。持ち替えるのは見えてたのに、そっちへ来ると思わなかった」

「次は、もう少し深く入れます。あなたも、そのつもりで返してください」

 

 その言葉と共に、霊圧が増した。

 

 砂が足元から吹き飛び、黒髪が背へ広がる。八千流の殺気が俺の身体へ向けられた。首も、胸も、刀を持つ腕も、その目が順に確かめていた。

 

 俺は刃を立てた。

 

 ここからの刀は、さっきまでより速かった。

 

 岩場を移りながら斬り結ぶ。八千流が俺の受けを外して胸へ刃を入れようとしたところで、瞬歩を踏んだ。その肩の横へ出て刀を振ると、向こうもすぐに身体を向ける。

 

 受けた両腕が、沈んだ。

 

 俺は刀を押し込まずに引き、足を置き直して次を振った。八千流の肩から血が噴く。それでもこちらへ向いた切っ先は下がらず、斬られた身体を寄せながら、俺の腹へ突きを放った。

 

 その刀を、鍔元で外へ払った。

 

 八千流が手首を返すより早く、俺は前へ出た。胸元へ肩を寄せ、刀を持つ腕を押し上げる。空いた首へ刃を向けた時、向こうの左手が懐へ入った。

 

 小さな刃が出てきた。

 

 俺はその手首を掴み、外へ開いた。

 

 八千流の刀は頭上にあり、もう一つの刃は俺の左手の向こうにある。右手の刀を、その喉へ添えた。

 

 風が、二人の間を通った。

 

 八千流は俺を見ていた。首へ触れている刃を見ようともせず、そのまま僅かに顎を上げる。

 

「……まだ、出せるのでしょう」

「何を?」

「その身体へ収めている力です。私が速くなっても、あなたの呼吸は変わらなかった」

 

 俺は、掴んでいた手首を見た。

 

 八千流の指は小さな刃を握ったままだった。放せば、またこちらへ向けるつもりなのだろう。

 

「出せるよ。でも、今はこれで届いた」

「ええ。届きました」

 

 八千流の目が、細くなった。

 

「その先も、見たくなりました」

 

 俺は少し笑った。

 

「また今度にしてくれ。帰った日に、先生とあんたの両方へ全部出してたら、明日から何をするんだよ」

「明日も、同じことができます」

 

 遠くで、先生が笑った。

 

 俺は八千流の手を放した。刀を喉から離しても、向こうはすぐには退かなかった。二本の刃を下ろし、俺の顔をしばらく眺めている。

 

「今日は、私の負けですね」

「ああ。そうしてくれると助かるよ」

「今日は、と言いました」

 

 八千流が、小さな刃を懐へ戻した。

 

 首の傷へ指を当て、その指についた血を見た。口元には、まだ笑みが残っていた。

 

        *

 

 それから、瀞霊廷で三月ほど過ごした。

 

 長次郎が用意してくれた部屋へ荷物を置き、塾へ通った。昔の建物は残っていなかったが、朝になると稽古の声が聞こえる。庭の端へ立って眺めていれば、先生が俺を見つけ、教えてやれと顎を向けた。

 

 初めは、相手をするだけのつもりだった。

 

 けれど刀を合わせれば、踏み込みを直したくなった。鬼道を見れば、詠唱の途中で霊力を乱すところが気になる。気づいたことを伝えているうちに、昼の膳まで用意されるようになった。

 

 先生は、礼を言わなかった。

 

 翌朝には、別の者を俺の前へ連れてきた。

 

「先生。俺、ここへ勤めるって言ったか?」

「暇そうに庭へ立っておったのは、お前じゃ」

「見てただけだよ。今日は町へ行こうと思ってたんだけどな」

「では、昼までに済ませい」

 

 結局、町へ出るのは夕方になった。

 

 その頃には、護廷十三隊の者たちとも顔を合わせていた。先生の古い弟子と聞いて挨拶に来る者も、何も言わず俺の刀を見る者もいる。

 

 八千流との手合わせの話は、俺が話す前に広まっていた。

 

 本人が隠す気もなかったらしい。

 

「私に勝った人を、知らずに通り過ぎるのは惜しいでしょう」

 

 そう言って、また俺を岩場へ誘った。

 

 何度か応じた。毎度、先に見せた剣とは違う刀が来た。俺も別の受け方を試し、鬼道を交え、八千流がその場でどう返すかを見た。

 

 帰る時には、二人とも着物を直す必要があった。

 

 新しいものを買いに出て、そこで飯を食い、宿へ戻る。山や砂原にいた頃にはなかった日々だった。

 

 ただ、三月も経てば、爺さんの山へ帰る頃合いだった。

 

 今度は早く戻ると言ったばかりだ。ここでまた何十年も過ごしてからでは、茶を飲みながら笑われるに決まっている。

 

 俺は部屋へ広げていた紙を束ね、荷物へ入れた。

 

 先生に帰ると伝えたのは、その翌朝だった。

 

「もう出るか」

「一度、爺さんのところへ戻るよ。旅の話も途中だったしな。こっちへは、また顔を出す」

「今度は、何百年も掛けるでないぞ」

「だから、先に言いに来たんだろ。道も繋げられるんだから、前みたいにはならないよ」

 

 先生は、机の上へ目を戻した。

 

 そこには幾つもの報告が置かれていた。俺が来た時より増えた束もある。長次郎が運んでくるたび、先生は読み終えたものを脇へ寄せ、次を開いていた。

 

「玄十郎」

 

 荷物を持ち直したところで、呼ばれた。

 

「山へ戻る道は、もう覚えておるな」

「ああ。一度帰ったからな」

「ならば、ここへの道も忘れるな」

 

 俺は戸口から、先生を見た。

 

 筆はもう紙へ向けられていた。返事を待っている顔ではなかったが、俺はその背へ言った。

 

「忘れないよ。飯を食いに来るたび斬り合うのは、勘弁してほしいけどな」

「腹を空かせて来い。斬り合うた後の方が、よう食える」

 

 廊下へ出ると、長次郎が待っていた。

 

 包みを差し出される。中には握った飯が入っていた。

 

「帰り道で召し上がってください」

「すぐ着くよ?」

「では、着いてから。厳十斎殿にも、よろしくお伝えください」

 

 俺は包みを受け取った。

 

 塾へ来たばかりの頃には、自分で寝床を探し、食うものを手に入れるだけで一日が終わった。今は戻るところがあり、出ていく時には、誰かが飯を持たせてくれる。

 

 庭へ下り、山へ向けて道を開いた。

 

 その先から、冷たい風が吹いてきた。先生の庭とは違う、湿った土と薪の匂いがした。

 

『今度は、随分と早いお帰りでありんすな』

「爺さんが驚くところ、見られるかな」

『お前様のお顔を見れば、まず畑へ行けと仰るかもしれんせん』

「それもありそうだな。こっちでも、結局働いてたのに」

 

 俺は包みを懐へ入れ、道を渡った。

 

 向こうの庭で、鍬を持った爺さんが顔を上げた。

 

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