卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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掲げし白に 名は残り
伏せたる刃に 春は逝く




62.白骸の戦旗

 

 

 白縫を引き、ニキータの喉へ刀を入れる。

 

 銃を空へ向けられたままの右腕が邪魔をして、女は十分に身を捻れない。俺の刃を見ながら左手へ短い銃を作ると、こちらではなく、自分の右手首へ押しつける。

 

 ためらいのない銃声。手首から先が落ち、白縫に吊られた銃が宙へ残る。その間に女は後ろへ退き、喉へ向けた俺の刃を胸で受けた。

 

 白い上着の下を、青い筋が走っている。

 

 刃が皮膚へ食い込まない。胸へ霊力を巡らせ、外から入ろうとするものを押し返しているのか。弓も銃も作る上に、自分の身体まで守れるとは、随分と便利な使い方を知っている。

 

 聞いてみたいことはある。敵でなければ、の話だけど。

 

 柄へ力を込め、そのまま押し切る。青い筋ごと胸が裂け、刃の進む先から血が噴き出す。ニキータは唇を噛み、俺の刀から逃れるように後ろへ跳んだ。

 

「それも、破るのね」

「先生の皮膚も硬かったからな。斬れない度に逃げてたら、稽古にならなかったんだよ」

 

 返事をしながら、左へ回る。

 

 女の目は俺を追えている。けれど、銃口がこちらへ届くまでには、腕を動かす時間が要る。その肘へ刃を触れさせ、半ば曲がったところで眠らせれば、引き金に掛かった指も止まる。

 

 俺は胸へ切っ先を向け、踏み込んだ。

 

 刃が背中へ抜ける。ニキータの口から血が溢れ、白い襟へ広がっていく。身体を守る青は、もう胸へ集まってこない。

 

 刀を抜くと、女は膝をつき、残った右腕を石畳へ押しつける。

 

 切れた手首の先に、白い光。

 

 手がなくても、そこへ銃を作れるらしい。最後まで器用な奴だ。そんなことを思いながら刀を上げる俺へ、ニキータは顔を向けようとしない。

 

「……陛下は、まだ……」

 

 見ているのは、先生の炎が立つ方だった。

 

 俺の刃が、その首を落とす。

 

 石畳へ崩れた身体の傍で、白い光が薄れていく。手首に生まれかけていた銃も、白縫へ吊っていたものも形を失い、東の空へ新たな線が張られることはなかった。

 

 自分の手首を撃ってまで逃れたのだから、生きることへ執着していたのだろう。それなのに、最後まで俺へ銃を向けようとした。逃げる先には、自分が仕える男がいたはずなのに。

 

 あいつのために戦うことを、帰ることより先に選んだのか。

 

 今更聞けないし、分かったところで、斬らずに済んだわけでもない。

 

『お前様。あちらのお方を』

「ああ。分かってる」

 

 血を払い、瓦礫へ埋もれた白い羽織へ向かう。

 

 梁を持ち上げた先に、大きな身体が横たわっている。丸い眼鏡は片方が割れ、口元から顎へ血が固まっていた。刀を握った右手には、まだ柄が収まっている。

 

 胸にも、脇にも、背にも穴がある。

 

 あの線の下で戦えば、正面の女へ近づく間にも、別の場所から撃たれる。建物の陰へ入ろうと、屋根へ上がろうと同じことだ。周りを壊して進んだところで、女が次の矢を撃てば、そこにまた銃口が増える。

 

 俺は眠らせて消せた。

 

 この人は、そのたびに刀で受けるか、避けるか、撃たれながら進むしかなかったのだろう。

 

「……九番隊隊長、久面井煙鉄(くもいえんてつ)様です」

 

 声に顔を向けると、塀の陰から死神が出てくる。片脚を引きずり、袖で口の血を拭いながら、男は隊長の前へ膝をついた。

 

「私どもを下がらせて、あの女を追われました。周りの敵は、ほとんど隊長が斬られたのですが……途中から、どこへ動いても矢が飛んできて」

「ああ。ここへ来る途中で見たよ。今は、全部消してある」

「では、あの女も」

「もう斬った。ここへ戻ってくることはない」

 

 男の手が羽織へ伸び、めくれた裾を直そうとして止まる。身体の下へ挟まっているのだ。肩を少し持ち上げてやると、男は両手で布を引き出し、胸へ掛け直す。

 

「……ありがとうございます」

 

 そのまま、顔が下がる。

 

 俺は何も返せず、隊長の傍に散らばった白い兵へ目を向けた。切れた胴、落ちた腕、壁へ叩きつけられた身体。女がここに残っていたからといって、この人が何もできずに倒されたわけではない。

 

 それでも、死んでしまえば、こうして部下に羽織を直される。

 

 さっきまであった強さを、俺はその跡から想像するしかない。

 

 通りの先から二人、動ける死神が近づいてくる。こちらを見つけると、走っていた足が鈍くなる。羽織の下にある顔を確かめた一人は、口を開いたまま、その名を呼べずにいた。

 

「この人と、怪我人を頼む。北へ抜けるには、どっちだ」

「突き当たりを左です。ですが、あちらもまだ交戦しているはずで……」

「そっちへ行く。運ぶなら逆へ。ここの屋根には、もう仕掛けは残ってないから」

 

 膝をついていた男が、隊長の刀へ手を添える。

 

 俺も一度だけ、そちらを見た。

 

 この人の名前を、先生の前で口にすることになる。

 

 それが帰ってからの報告になるのか、戦っている最中に伝えねばならないのか。まだ分からないまま、俺は北へ足を向ける。

 

        *

 

 曲がった先にも、白い兵がいる。

 

 こちらを見つけた一人が弓を上げ、その後ろでは、別の死神へ矢が向けられていた。俺を相手にする者と、目の前の相手を殺す者。全員でこちらへ振り返ってくれれば楽なのだが、そう都合よくはいかないらしい。

 

「夜渡(よわたり)」

 

 刃から放った弧で前列の弓と腕を眠らせ、その間へ瞬歩で入る。首を斬り、隣の胸へ刀を返す。二人が崩れる頃には列の向こうへ抜け、別の死神を狙っていた男の喉へ刃を通していた。

 

 背後から来た矢は刀で受け、返して消す。

 

 放った兵がもう一度弦を引こうとするので、その胸へ赤火砲を返してやる。白い服へ火が広がり、密集していた列が左右へ割れる。

 

「今のうちに下がってくれ! 怪我人を先に!」

 

 塀の前で戦っていた死神たちへ声を掛ければ、一人が負傷した仲間の腕を肩へ回す。もう一人は刀を握ったまま、こちらへ歩み寄ってきた。

 

「私も残ります。一人くらいは、受け持てます」

「一緒に運んでくれ。その人、片脚じゃ地面を蹴れないだろ」

「ですが、ここをお一人に任せるわけには」

「頼んでるんだよ。俺が全部斬り終わるまで、そこで待っててもらう方が困る」

 

 男は俺の顔を見て、それから仲間へ向き直る。

 

 二人で肩を支えれば、負傷者の足も地面から離れる。路地へ入っていく三人を追って銃口を向けた兵へ踏み込み、腕ごと斬り下ろした。

 

 帰ってくれれば、守る背中が三つ減る。

 

 先生なら、ここへ残して敵を引き受けさせることも考えたのだろう。俺には、そちらの方が面倒だ。兵の矢に混じった味方の刀まで、いちいち避けながら戦いたくはない。

 

『お前様。道の奥にも、まだおいでで』

「見えてる。家に火がつかないように、頼むぞ」

 

 左手を開き、通りへ掌を向ける。

 

「破道の三十三⸺蒼火墜(そうかつい)」

 

 青い炎が、道の幅いっぱいに走る。

 

 弓を構え直した兵も、塀へ逃れようとした兵も、その中へ呑まれていく。家の軒へ届く前に炎を絞り、道の先まで押し通す。煙の下で白い服が崩れるのを確かめ、俺は屋根へ上がった。

 

 北にあるはずの塔が、斜めになっている。

 

 その手前には、上半分を失った家が幾つも並ぶ。道をえぐった溝は門まで続き、塀の切れ目も一軒や二軒では済まない。あの隊長が建物ごと壊して進んだ東とは、また別の戦いの跡だった。

 

 強い者同士が、ここでぶつかった。

 

 けれど、今感じられる強い霊圧は一つだけ。その傍にあったはずのものは、もう戻ってこない。

 

 屋根の端へ踏み出すと、銃声が響く。

 

 額へ迫る光を刀で受ければ、次は右脇へ。刃を返して一発目を消し、身を捻って二発目を袖の外へ逃がす。背後の瓦が砕ける音を聞きながら、俺は撃った男を見据える。

 

 白い髪と、眼帯。口元には髭がある。

 

 両手に一挺ずつ銃を持ち、崩れた門の前に立っていた。ニキータのように周囲へ仕掛けを置いている様子はない。二つの銃口は、どちらも真っすぐ俺を向いている。

 

「東が静かになったと思えば、お前か」

 

 足元に、白い羽織が見える。

 

 顔を確かめようとする俺へ、男は右の銃を撃つ。弾を眠らせ、続けて左から来たものも刃へ触れさせれば、二つの白が宙へ残る。それを払い消すところまで見て、男は目を細めた。

 

「ニキータも、その刀で斬ったのだな」

「ああ。あんたの仲間だったのか」

「同じ陛下へ仕える者だ。お前たちが、そこに倒れている者を隊長と呼ぶのと、そう変わらん」

 

 そう言う声に、怒りは感じられない。

 

 仲間の死を聞いても銃口は揺れず、俺が動けば、その先へ撃てる構えのままでいる。ニキータも、俺が斬った兵も、今日は死ぬかもしれない。初めからそう承知して、ここへ来たのだろう。

 

 だからといって、この男の気持ちまで軽いとは限らない。

 

 刀を持つ俺にも、顔へ出さずに戦った覚えくらいはある。

 

「あの人を殺したのは、あんたか」

「そうだ。強い男だった。部下を退かせた後は、最後までこちらへ来た」

「……そうか」

 

 俺の知らないところで、この男と隊長は斬り合っていた。

 

 その最後を聞いている間にも、西から新たな霊圧が膨れ上がる。どこかの隊長が、まだ敵と戦っている。こちらが話し終わるのを、ほかの戦場が待ってくれるわけではない。

 

「名前は」

「ヨハン・ザイドリッツ」

「烏有玄十郎だ。先生には、東を片づけろと言われてる」

「ならば、道を間違えたな」

「東だけ済ませて戻ったら、こっちのことも聞かれるだろうからさ」

 

 ヨハンの左手が、僅かに下がる。

 

 その肩越しを、白い兵が数人走っていく。俺を囲むつもりなら、左右へ分かれるはずだ。あいつらが向かっているのは、負傷した死神たちが退いた先だった。

 

 屋根の上から、その列へ左手を向ける。

 

「縛道の六十三⸺鎖条鎖縛(さじょうさばく)」

 

 金の鎖が兵たちを絡め取り、走っていた足を止める。

 

 ヨハンの左の銃口が、そちらへ向く。

 

 鎖を撃たせる前に屋根を蹴り、兵の列と男の間へ降りる。白い弾を刃で受け、払い消しながら踏み込めば、右の銃がこちらを追ってくる頃には、俺の切っ先も男の胸へ届いていた。

 

「ほかへ手を出す暇は、やらないよ」

 

 ヨハンが半歩退き、刃を避ける。

 

 胸元へ差し入れた刀の両側から、二つの銃口が俺を向く。後ろへ退かせたつもりが、その距離からでも撃つのか。

 

 なるほど、ニキータより、こっちの方が接近され慣れている。

 

 男の背後では、兵が鎖を引きちぎろうと足を踏ん張っていた。

 

 俺がそちらへ向ける手は、今はない。

 

 だから、先に斬る。

 

「よかろう。お前からだ」

 

 引き金へ掛かった指を見ながら、俺は刀を返す。

 

 白い閃光が、二人の間を埋めた。

 

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