卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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送りし背には 灯を託し
残りし袖には 夜が迫る




76. 遠雷の送火

 

 

 宗玄が刀を持っている。

 

 いや、持っているのはいつものことだ。副隊長なのだから、腰へ差していない日の方が少ない。ただ、俺の部屋へ来る時には、だいたい片手に紙がある。今日はそれがないので、先に腰の方へ目が行ってしまう。

 

「お出掛けですか、隊長」

「うん。西の方で、また黒腔が開いたって。七番隊から援けを頼まれてる」

「こちらにも来ています。東の巡回から、大虚を確認したと」

 

 机へ広げた地図を、宗玄が指す。

 

 俺の行く方とは、随分と離れていた。同じところから知らせが来たなら、まとめて見て回れるのだけど。近頃の虚は、こちらの都合を聞いてくれない。前から聞いてくれたことなど、一度もないのだが。

 

「そっちも俺が行こうか」

「まず西へお願いします。七番隊には、負傷者が出ているのでしょう」

「そう聞いてる。東は?」

「まだ接触していません。千鳥が先へ出ていますので、私も隊士を連れて合流します。残っている魂を送ってから、交戦するか判断いたします」

 

 宗玄の指が、街道へ沿って動く。巡回の者は山側。魂が集まっているのは、その下の村だ。大虚はもっと向こうへ出たらしい。今なら、こちらが顔を見せる前に、村から離してやれる。

 

「大きいのを、追いかけなくていいからねぇ。送ったら一度下がって。俺も西が済んだら、そっちへ回るよ」

「はい。現地へ着き次第、場所をお知らせします」

「何かあったら、その前でも呼んで。俺がまだ戦ってるかも、とかは考えなくていいから」

 

 宗玄が顔を上げる。

 

 何度も言ってきたことだ。だからといって、今日も言わずに済ませる気にはならなかった。皆、こちらへ気を遣うのが上手くなっている。そこだけは、あまり上手くなってほしくないのだけど。

 

「承知しております。隊長こそ、負傷者を運ぶ際には四番隊へ先にお知らせください。前回は、受け入れる部屋を急いで空けていただくことになりました」

「……ああ。あったねぇ。今日は先に言うよ」

 

 こちらも言われてしまった。

 

 刀を腰へ戻して立ち上がると、宗玄が地図を畳む。俺の分まで持っていこうとするので、西の場所だけもう一度見せてもらった。川を二つ越えた先。巡回の者がいる霊力も、向こうへ着けば分かるだろう。

 

 廊下で、出掛ける隊士とすれ違う。その中に佐伯がいた。肩へ袋を掛け、俺を見るなり立ち止まるので、手を上げて先へ行ってもらう。

 

「お前さんも、東?」

「はい。負傷者を運ぶ組を任されました」

「そっか。担がれる方には、ならないでねぇ」

「今度は、担ぐ方で戻ります」

 

 頼もしい返事だ。

 

 宗玄もその隣へ並び、門の方へ歩いていく。今日は見送る側ではないらしい。俺は二人の背を見てから、西へ向けて道を繋いだ。

 

        *

 

 七番隊の隊士は、崩れた土塀の陰にいた。

 

 一人が仲間の肩を押さえ、もう一人がこちらへ刀を向けている。俺だと分かって刃が下がったところへ、頭上から赤い光が落ちてきた。

 

「縛道の八十一⸺断空(だんくう)」

 

 壁の向こうで、土塀が吹き飛ぶ。

 

 ああ、そこへ隠れていたのか。俺が来る前にもう一度撃たれていたら、この高さでは足りなかっただろう。刀を抜きながら、三人を後ろへ寄せる。

 

「動ける?」

「私は。こちらの二人が、まだ」

「じゃあ、そのままいて。すぐ戻るから」

 

 白い顔が、屋根の向こうに三つ。真ん中の一体が口を開く。先ほど撃ったものとは別だった。交代で撃たれていたらしい。こちらが顔を出すのを待つくらいの知恵はあっても、出てきた相手が何なのかまでは、見てくれない。

 

 その仮面へ、刃を通す。

 

 隣の顔が俺を追う頃には、二つ目も割れていた。最後の一体は黒腔へ戻ろうとしたので、肩の上へ降りて、額から斬り下ろす。

 

 逃げるなら初めから出てこなければいい、とは言ってやれない。こいつらにも、腹が減るくらいの理由はあるのだろう。ただ、あの三人を置いて帰る理由にはしてやれなかった。

 

 地面へ戻り、肩を押さえていた隊士の隣へ膝をつく。傷が深い。指の間から血が出ているので、まずそこへ掌を添えた。

 

「押さえててくれて、ありがとう。ここからは俺がやるよ」

「……はい」

 

 手が離れる。

 

 傷を塞ぎながら、もう一人の顔を見る。腹へ巻いた布が赤い。こちらも、早く運んだ方がいい。

 

「四番隊へ知らせてくれる? 二人、今から連れていくって。俺からだと言ってくれていいからねぇ」

 

 頼むと、無傷の男がすぐ立ち上がる。

 

 よし。今日は宗玄に叱られずに済みそうだ。そんなことを考えているうちに、肩の傷から流れる血が止まった。全部をここで治すより、腹の方を先に見たい。

 

 掌を移すと、背後へ伝令が降りる。

 

「十番隊から、増援要請です」

 

 俺は顔を上げる。

 

「場所は」

「先に報告された村の南です。魂の退避中、新たな黒腔が二つ開きました。榊庭副隊長と篠目三席が、現地で対応されています」

 

 宗玄の指が辿った街道を思い出す。南なら、村を出て帰る方だ。

 

「分かった。すぐ行く」

 

 腹の傷へ添えた手は、まだ離せない。俺は伝令へ近くの七番隊を呼ぶよう頼み、血の流れを押さえたまま、空いた手を地面へ向ける。

 

「千里一重(せんりひとえ)」

 

 四番隊の前まで、道を繋ぐ。向こうにいた隊士がこちらを見る。受け入れる者が出てきてくれたので、俺は負傷者を抱き上げた。

 

 東へも行く。二人も運ぶ。

 

 どちらかを諦める相談など、今はしていられなかった。

 

        *

 

「佐伯。橋へ集めず、下の浅いところを使ってください」

 

 宗玄の声を聞き、佐伯が振り返った。

 

 川の向こうには、先に渡った魂がいる。こちらには負傷した隊士が二人と、まだ村から出てきていない者たち。橋は狭く、一人が転べば後ろも止まる。

 

「歩けない方は、先に運びます。向こうへ下ろしたら、こちらへ戻ってきます」

「戻る時は岸を変えてください。同じ場所へ並ぶと、上から狙われます」

 

 林の向こうで、木が揺れる。

 

 千鳥が枝の間を抜け、白い仮面の前へ出ていた。大虚の目が村へ向くより先に、刀を頭上へ掲げる。

 

「降り敷け、雨燕(あまつばめ)」

 

 刀身が細く伸びた。

 

 振り下ろした刃から、淡い光が離れる。二つに分かれた尾を引き、燕の姿を取ったそれが、弧を描いて大虚の顔へ向かった。

 

 仮面へ傷が走る。

 

 白い顔が千鳥を追う。その口へ赤い光が集まり始めると、千鳥は刀を横へ払った。新たな燕が頬の脇を抜け、開きかけた顎へ下から当たる。

 

 光は木々の上を越えていった。

 

 その間に、村から三人が出てくる。千鳥はそちらへ背を向けたまま、林の奥へ移った。大虚も身体を引きずり、彼女を追う。

 

「副隊長!」

 

 川上から声がした。

 

 宗玄が顔を上げる。空に開いた三つ目の黒腔から、黒い身体が二つ降りていた。大虚ほど大きくはない。地面へ着くなり四本の脚を広げ、村へ向けて走り始める。

 

「絡め、鉄葛(てつかずら)」

 

 抜いた刀の刃が、幾つもの節へ分かれる。

 

 宗玄が腕を振ると、鉄の鞭となった刀身が川岸を走った。先頭の虚の前脚へ巻きつき、その身体を横へ引き倒す。後ろから来た一体が、倒れた仲間を跳び越えた。

 

 宗玄は柄を引いた。

 

 巻きついた刃が脚を断ち、戻りながら節を噛み合わせていく。長い一振りへ固まった鉄葛を両手で持ち直し、飛び込んできた仮面へ叩き込む。

 

 白い顔が砕けた。

 

 倒した一体が、残る脚で地面を掻く。宗玄へ口を向けたところへ、林から飛んできた燕が、その目を貫いた。

 

「こっちへ来ましたね」

 

 戻ってきた千鳥が、宗玄の隣へ降りる。

 

 頬に土がついていた。袖の端も焼けている。宗玄はそちらを一度見てから、木々の向こうへ目を戻した。

 

「向こうは」

「まだ動けます。脚は一本落としましたが、村へ戻ろうとするので、置いては来られませんでした」

「では、ここで止めましょう。隊長へは増援を要請しました」

「分かりました。……皆、援けは来ます。川を渡ったら、そのまま南へ!」

 

 千鳥の声に、足の止まっていた男が動く。

 

 隣の女へ手を貸し、浅い流れへ入っていく。佐伯は負傷者を背負い、その先で待っていた隊士へ声を掛けた。

 

 林の木が倒れる。

 

 大虚が顔を出した時には、宗玄はもう川岸を離れていた。口へ赤い光が灯る。千鳥が刀を振り上げると、二羽の燕が左右から仮面へ向かった。

 

 大虚は腕で顔を覆う。

 

 その手首へ、鉄葛が巻きついた。

 

「千鳥、顔を」

 

 宗玄が腰を落とす。

 

 地面を踏んだ足が土を削り、張り詰めた刀身の節が鳴った。腕が引き下ろされ、仮面が露わになる。

 

 千鳥は、既に刀を振っていた。

 

 一羽が額へ、もう一羽がその下へ。続けて飛んだ光が白い顔を深く切り、口に集まっていた赤が散った。

 

 宗玄が鉄葛を引き戻す。

 

 崩れ始めた身体を確かめてから、千鳥は村へ顔を向けた。

 

「あと、何人ですか」

「六人。北の家から、今こちらへ来ています」

 

 そこまで来れば、まとめて送れる。

 

 川の向こうへ行った隊士も戻り始めていた。佐伯が負傷者を下ろし、今度は空いた両手で渡ってくる。その背後へ、黒い影が落ちた。

 

 川の上に開いた黒腔から、長い腕が伸びている。

 

 指先が向こう岸を掻き、並んでいた魂が一斉に退く。下がる先にも、人がいた。

 

「千鳥、こちらをお願いします!」

 

 宗玄が川を越える。

 

 腕を伸ばすより先に、鉄葛がその手首へ届いた。刃を巻きつけ、南へ向けていた指を川の中へ引き落とす。

 

 水が跳ねた。

 

 黒腔から出てきた白い顔が、宗玄へ口を向ける。その奥には、既に赤い光があった。宗玄は柄を両手で握り直し、巨大な腕をさらに引く。

 

 肩が傾き、顎が上がる。

 

 赤い光は岸を越え、離れた山へ突き刺さった。

 

「今のうちに、先へ!」

 

 背後の魂へ声を掛けながら、宗玄は鉄葛を解いた。虚が腕を引き上げる。それを追って跳び、固めた刃を仮面へ打ち込むと、鼻の横から亀裂が広がった。

 

 もう一撃。

 

 柄を返しかけた宗玄へ、反対の手が迫る。

 

 腹の前で刃を戻した。指を一本落としたものの、その隣の爪までは止まらない。脇腹を裂かれ、着物から血が噴いた。

 

 宗玄の身体が、川へ落ちかける。

 

 残った指へ鉄葛を巻き、空中で踏みとどまった。柄を引き寄せ、腕へ足を掛ける。そのまま白い顔の横へ上がり、亀裂へ刀を振り下ろす。

 

 仮面が割れた。

 

 川岸へ降りると、膝が僅かに折れる。宗玄は柄を支えに立ち直り、走ってきた佐伯へ手を上げた。

 

「歩けない方を、先へ。ここで集まらないでください」

「ですが、その傷は」

「自分で押さえられます。お任せした方は、まだ一人残っていますね」

 

 佐伯の目が川へ戻る。

 

 向こう岸では、千鳥が刀を左右へ振っていた。低く飛んだ燕が虚の脚を切り、もう一羽が隊士の背後へ迫った爪を断つ。その隙に、六人の魂が川へ入っていく。

 

 宗玄は腹へ布を当て、帯へ挟んだ。握っていた鉄葛を伸ばし、川上から近づく虚へ向ける。

 

「全員が渡るまで、こちらを空けておきます。佐伯、途中で振り返らなくて結構です。千鳥も私も、ここにいますから」

 

 佐伯が唇を結ぶ。

 

 それから頭を下げ、川へ戻っていった。

 

        *

 

 最後の魂が渡った時、千鳥の袖から血が落ちていた。

 

 刀を握る手までは伝っていない。宗玄がそちらへ目を向けると、彼女は先に川上を指した。

 

「二体。下にも来ています」

 

 白い顔の下に、幾つもの虚がいた。川へ入ってくるものと、岸に沿って回るもの。宗玄が鉄葛を振ると、伸びた刃が先頭の首へ巻きつく。

 

 柄を引いて倒す。

 

 その背を越えようとした虚へ、千鳥の燕が飛んだ。仮面を切り、向こう岸で開いた別の口へ、もう一羽が滑り込む。

 

「皆は、どこまで行きました?」

「佐伯が先導しています。あの坂を越えれば、村からは見えなくなります」

 

 宗玄の答えを聞き、千鳥は肩越しに南を確かめた。

 

「では、そこまで行かせましょう。追ってくる方を、私が見ます」

「私も残ります。向こう岸から回るものを通せば、途中で挟まれますから」

「……その腹で、走れますか」

「走れます。追いつく先を決めておけば」

 

 千鳥が小さく息を吐く。

 

「隊長なら、怒りますよ」

「でしょうね。戻ったら、聞きます」

 

 宗玄が鉄葛を払った。

 

 川へ踏み込んできた脚が切れ、大きな身体が水へ倒れる。跳ねた水の上を燕が抜け、その仮面へ届いた。千鳥は刀を引き、次に放つ軌道を変える。

 

 岸へ沿って走る一体。

 

 その前脚を切ったところで、頭上が赤く染まった。

 

「離れてください!」

 

 宗玄の声に、千鳥が地面を蹴る。

 

 二人の間へ虚閃が落ち、川岸が抉れた。千鳥は着地と同時に刀を振る。光へ隠れて近づいてきた虚が、胸を切られて倒れ込む。

 

 宗玄はその隣へ戻り、南へ声を投げた。

 

「佐伯!」

 

 坂の途中で、隊士が振り返る。

 

「そのまま行ってください! 隊長が来られたら、こちらだと伝えて!」

 

 返事が届く。

 

 千鳥はそちらへ手を上げ、それから雨燕を構え直した。背後で足音が遠ざかっていく間、川の向こうには新たな白い顔が現れていた。

 

「戻ったら、あの俵、もう少し重くしましょうか」

「佐伯が嫌がりますね」

「今日、二人運べましたから。まだ持てますよ」

 

 宗玄の口元が、僅かに緩む。

 

 南へ続く道から、最後の背が見えなくなった。鉄葛の節が開き、千鳥の刀の先へ淡い光が集まる。

 

 二人は川へ向き直る。

 

 今度は、虚の方から渡ってきた。

 

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