卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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待ちたる門に 影は伸び
帰りし袖に 灯は宿る




81.帰舟の夕映え

 

 

 十番隊の庭で、葱が育っている。

 

 最初は隅の一畝だけだった。台所で使う分を育てると言われ、それくらいならと頷いた覚えがある。ところが翌年には隣へ大根が入り、その次には茄子まで並んだ。今では稽古の最中にそちらへ踏み込むと、刀を受けるより先に叱られる。

 

 隊長の俺も、例外ではない。

 

「副隊長は、裏へいらっしゃいます」

 

 居場所を尋ねたら、紙を抱えた隊士がそう教えてくれた。言われなくても鍬の音は聞こえるのだけど、庭で働いているからといって、何もかも畑の用事とは限らない。前には、稽古で踏み荒らされた地面を隊士と一緒に均していたこともある。

 

 あの時は俺も手伝わされた。

 

 お前が投げた者の落ちたところじゃろうと言われてしまえば、逃げようがない。

 

 廊下を回ると、爺さんは畝の間へしゃがんでいた。隣にいる若い隊士が、小さな葉を摘まもうとして手を止める。

 

「こちらも抜いてよろしいですか」

「そいつは残せ。昨日、お前が種を蒔いたところじゃ」

「……もう出たのですか」

「出るように世話をしたじゃろう。何のために水をやっとった」

 

 若いのが、そっと手を引っ込める。

 

 俺は笑いそうになりながら、縁側へ腰を下ろした。刀を握る時にはあれほど思い切りよく振るくせに、畑へ入ると指先まで慎重になる。爺さんの前だから、というだけでもないらしい。自分で蒔いたものを抜きかけたと気づいてからは、隣の葉まで一つずつ眺めている。

 

「爺さん。明日の組、決まったよ」

「佐伯が持ってきた。川沿いを回って、二日で戻る分じゃな」

「うん。向こうの巡回と合流して、残ってる魂を送ってほしい。俺は北へ行くから、何かあったらそっちへ知らせて」

「分かった。帰る時は、こっちへも知らせろ。先に戻るとは限らんからのう」

 

 爺さんが膝を伸ばす。若いのも立とうとしたが、残った草を指され、またしゃがみ直していた。

 

 正式に副隊長になってから、もう十年になる。

 

 最初のうちは、隊士が何か尋ねるたび俺の方を見ていた。爺さんが答えていいことか、こちらへ持ってくるべきか。爺さん自身も、紙を渡されるとまず俺を呼んだものだ。それが今では、任務の組まで俺より先に知っている。

 

 俺を飛ばして決まる用事が増えた。

 

 少し寂しい、などと言えば、では紙も全部お持ちしますと返されるだろう。そこは黙っておく方がいい。

 

「庭の組も、佐伯へ任せてあるよ。お前さんが帰るまでに、また転ばされる奴が増えるかもしれないねぇ」

「見ておったが、あやつは運ぶ者をよく選ぶ。腰を痛めた者へ、無理に持たせん」

「自分が担がれたからね。どこを掴まれると痛いか、よく覚えてるんだって」

 

 あの肩も、今では普通に動く。

 

 けれど、運ぶ時には相手の顔を見る。腕を回せるか、息が苦しくないか。急いでいても一度声を掛けるので、初めの頃はそこで遅いと言われていた。

 

 今は、そう言う奴の方へ説明している。

 

 俺が教えたこともある。千鳥に言われたことも、宗玄と出た日に覚えたことも。その全部を使っているのだろう。聞いている若い連中が、誰から教わったのか知らないことまで含めて。

 

「明日は、俺も門へ出るよ」

「出る時はよい。帰る時まで待っとらんで、用事を済ませておれ」

「帰る頃には、戻ってると思うけどねぇ」

「ならば、飯を残しておけ。あやつらも腹を空かせて戻るじゃろう」

 

 爺さんが畑の若いのへ顔を向ける。

 

「お前もじゃ。草を抜き終えたら、荷を見ておけ。出てから忘れたと言われても、ここへは戻らんぞ」

 

 返事が大きい。

 

 その声を聞いてから、俺は腰を上げる。明日の朝、この若いのも門へ並ぶ。爺さんの後ろへついていく顔を、俺はまた一つ数えることになる。

 

        *

 

 北での用事は、予定より早く済んだ。

 

 川岸へ残っていた魂を送り、近くの虚を斬る。別の村にも寄ってほしいと言われたのでそちらへ回ったが、先に来ていた六番隊が既に送り終えていた。手を貸せることを尋ねると、倒れた木を退けてほしいとのことだった。

 

 刀を抜くより、持ち上げる方が早い。

 

 皆に脇へ寄ってもらい、道を空ける。礼を言われて帰ってきたところまではよかったのだが、これで夕方までの用事がなくなってしまった。

 

 門へ行くには、まだ早い。

 

 紙を二枚読み、返す分を分け、三枚目へ目を落とす。途中で廊下を歩く音がして、顔が上がる。台所の者だった。俺の部屋へ湯を置いてくれたので礼を言い、また紙へ戻ったところで、さっき読んだ場所が分からなくなる。

 

 困ったねぇ。

 

 同じところを二度読めば、返事もよくなるだろうか。宗玄なら、そんなことを考えている暇に次を読みますとでも言った気がする。

 

『お前様。お茶が冷めてしまいんすよ』

「うん。今、飲むよ」

『先ほども、そう仰せでありんした』

 

 ゆめにまで言われてしまった。

 

 椀を持つ。まだ温かい。廊下へ顔を向けた分だけ飲むのが遅れていたらしい。俺は一口飲んでから紙を置き、帰ってくる組の顔を思い浮かべる。

 

 爺さんと、佐伯と、畑にいた若いの。それから六人。

 

 出る前には全員と話した。怪我はないか、荷は重くないか。佐伯には笑われたが、訊けばちゃんと答えてくれる。そういうところまで宗玄に似なくてもいいのに、などと思ってしまう。

 

『今日は、随分お早いお帰りでありんしたな』

「向こうの用事が済んだからねぇ。六番隊も来てくれてたし」

『では、お戻りになる方々へ、そうお話しなんし。まだかまだかと待っておいででしたと、わっちから申し上げる前に』

「それは、言わなくていいよ」

 

 笑い声が胸へ響く。

 

 俺も少し笑ってから、紙を引き寄せた。夕方までにこれを返しておけば、爺さんが戻った時に任務の話を聞ける。待つ間にも、やることはある。

 

 そうして三枚目を読み終えた頃、門の方で声が上がった。

 

 椀を置くより先に、足が動く。

 

        *

 

 佐伯が、若い隊士を背負っていた。

 

 朝、畑へしゃがんでいた奴だ。顔は見える。こちらへ気づいて頭を下げようとしたので、手を上げて止める。帯の下から出た足には布が巻かれ、その端に血が滲んでいた。

 

 爺さんは、最後尾にいる。

 

 俺は先に佐伯へ近づいた。

 

「足?」

「はい。左の脛を。出血は止めてあります」

「下ろさなくていいよ。そのまま、ここで見せて」

 

 布の上へ掌を添える。骨には届いていない。けれど、深く開いた傷を抱えて歩けば、止めた血がまた流れ出す。背負われるのを嫌がらなかっただけでも、今日は褒めてやりたい。

 

 本人は、俺より爺さんを気にしていた。

 

「隊長、申し訳ありません。私が踏み込みすぎて……」

「その話は後で聞くよ。痛かったねぇ。よく戻ってきた」

 

 脛へ霊力を通すと、強張っていた足から力が抜ける。佐伯の肩を掴む指も緩んだ。俺は布の端を外し、傷が塞がるところを確かめてから、残る顔へ目を向ける。

 

 一人、二人。

 

 門を閉める者まで数えて、ようやく息が出た。

 

「爺さんは?」

「傷はない。こやつが刀を落とした時に、拾うたくらいじゃ」

「……刀も?」

「脚を斬られて、握っておれなんだ。先に運ばせたからのう」

 

 爺さんが、もう一本の刀を佐伯へ渡す。

 

 若いのが受け取ろうとしたところへ、佐伯が自分の帯へ差してしまった。両手は肩を掴んでいろ、ということらしい。後で返しますと言われ、背中の奴も頷いている。

 

「四番隊へは、途中で知らせてある。こいつのほかに、肩を痛めた者が一人じゃ。お前がここで治すなら、診てもらう分だけ伝え直せ」

「うん。ありがとう。二人とも俺が送るから、残りは荷を置いて休んでねぇ」

 

 声を掛けると、隊士たちが動き始める。

 

 ほとんどの奴が爺さんへ一礼し、門を抜ける。畑の若いのは佐伯に背負われたまま、その前で少し止まった。

 

「副隊長。明日の畑は、私も行ってよろしいでしょうか」

「脚を診てもらってからじゃ。しゃがめん者へ草を抜かせても、残すものまで掴みそうじゃからな」

 

 若いのが、困ったように笑う。

 

 それから、ありがとうございましたと頭を下げた。爺さんは早く行けと手を動かし、佐伯がこちらへ歩いてくる。

 

 俺は四番隊へ道を繋いだ。

 

「千里一重(せんりひとえ)」

 

 向こうで待っていた者へ声を掛け、二人を渡す。佐伯も付き添ってくれるらしい。診てもらったら一緒に帰りますと言うので、俺は頷いて道を閉じた。

 

 門の前には、爺さんが残っている。

 

「何体、いた?」

「初めは三体。送る途中で、もう五体来た。大虚も一つ混じっておったが、村から離して斬れた」

「新しく開いたの?」

「ああ。皆が下がる道を空けてから、そちらへ出た。佐伯がよく動く。あやつが担ぐ組を決めておったから、儂も前へ出られた」

 

 爺さんが、俺の顔を見る。

 

「帰るたびに、そんな顔をされても困るぞ」

「どんな顔?」

「今にも、自分で迎えに出る顔じゃ。門の外まで来ておった」

 

 足元へ目を落とす。

 

 確かに、俺は門を抜けている。佐伯のところへ行ったのだから当たり前だ、と返せば済む。けれど爺さんは、俺が最初に誰を見て、その後で何を数えたかまで分かっているのだろう。

 

「……戻ったって声が聞こえたからねぇ」

「ならば、飯を用意して待て。帰った者へ最初に怪我を訊くのもよいが、腹が減ったと言える暇もくれ」

 

 思わず、顔が上がる。

 

「そっちも減ってたの?」

「昼から何も食っとらん。佐伯は歩きながら食えるが、儂へまで握り飯を渡そうとするから、後にしろと言うた」

「渡してくれた時に、食べればよかったのに」

「両手が塞がれば、刀を拾えんじゃろう」

 

 そう言って、爺さんが門へ入る。

 

 俺も隣へ並んだ。歩きながら台所へ声を掛けると、人数分の飯は既に用意されているという。帰る予定を伝えておいたからだ。俺が紙から顔を上げていた間にも、こちらは支度をしてくれていたらしい。

 

「お前の分もあるか」

「あると思うよ」

「では、先に座れ。儂は手を洗ってくる」

 

 袖口に、乾いた血がついていた。

 

 誰のものか訊きかけて、口を閉じる。爺さんには傷がないと聞いた。今、訊いていないことまで一度に確かめなくても、飯を食ってから話せる。

 

 食堂へ入ると、先に戻った連中が席を空けてくれた。

 

 隣へ一つ。

 

 俺はそこへ椀を置き、爺さんが来るのを待つ。

 

        *

 

 夕食の後で、報告をまとめた。

 

 爺さんが話し、佐伯が書く。俺は隣で地図へ印をつける。負傷した若いのも戻っていたが、今日は寝ていろと言われ、部屋へ帰っていった。明日は畑の前に俺へ顔を見せること。それも念を押してある。

 

 新しい黒腔が開いた場所へ、筆先を置く。

 

 前の報告にも、近いところへ印があった。同じ場所ではない。けれど、巡回の者が集まり、魂を送り始めてから開いたという順番は似ている。

 

「佐伯。村へいた虚は、逃げた?」

「一体は、林の方へ。副隊長が追わず、先に魂葬を進めるよう指示されました」

「戻ってきたかは?」

「分かりません。後から来たものには、見覚えのない仮面が多かったので」

 

 爺さんも頷く。

 

「儂が斬った分にも、おったかもしれん。初めの三体とは、顔が違うたがな」

 

 それ以上は、紙へ書けない。

 

 逃げた虚が何をしたか。後から出たものと繋がりがあるか。知らないまま決めつければ、次に出る連中へ、間違ったことを教えてしまう。

 

 俺は印の隣へ、開いた時の状況だけを書き添える。

 

「先生にも、これを持っていくよ。ほかの隊から来てる報告も、見せてもらおう」

 

 佐伯が紙を揃える。

 

 その一番下から、別の知らせが出てきた。俺が北へ出ている間に届いたものらしい。西方の巡回が、大虚を複数確認したという。

 

 白い仮面の絵が、添えられている。

 

 長い鼻の顔ではなかった。獣に似た顎と、短い角。身体の大きさについては、見た者によって違う数字が並んでいる。

 

 俺はその顔を、少し長く眺めた。

 

「爺さん。こっちも、後で一緒に見てくれる?」

「今でもよい。何が気になる」

「この顔と、大きさ。大虚の中にも、もっと小さい奴がいるからねぇ」

 

 爺さんが椅子を寄せる。

 

 佐伯も筆を持ち直した。今夜のうちに伝えておく方がいいことは、まだありそうだ。

 

 食堂の方から、椀を片づける音が聞こえる。

 

 先ほど帰ってきた者の声も混じっていた。俺は一度そちらへ耳を向け、それから仮面の絵を二人の前へ置いた。

 

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