卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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砕けた鐘に 声は残り
渡りし背には 朝が来る




84.残鐘の送り手

 

 

side:京楽春水

 

 隊長を追い掛けるのにも、いい加減慣れてしまった。

 

 報告の途中で立ち上がり、こちらが紙を揃えている間に部屋を出ていく。廊下へ追いつけば、歩きながら聞くと言われるのだから始末が悪い。聞いてくださるのは結構ですが、僕はまだ、ついていくとも言っていませんよ。

 

 まあ、ついていくんだけどね。

 

「小さい大虚が一体、です。戻った者も、群れの全部は見ていません。先に近くの隊へ応援を頼みませんか」

「頼んである。返事を待ってる間にも喰われるだろう」

「それを先に言ってくだされば、僕が追い掛けながら同じことを頼まずに済むんですが」

「お前なら確かめると思ってた」

 

 便利な副隊長だと思われているらしい。もう少し頼りないふりをしておけば、仕事も減るのだろうか。今更そんなことをしても、具合が悪いのかと四番隊へ連れていかれるだけだろうな。

 

 村の入口へ着く頃には、冗談を考える余裕もなくなる。焼けた家の前へ、人の魂が集まっている。先に来ていた隊士が順に魂葬しているけれど、呼び掛ける声の方が多い。井戸の陰にも、崩れた塀の向こうにも、まだ誰かが隠れていた。

 

 戦が通った土地だ。僕らが来る前に死んだ人たちが、僕らを待つ間にまで喰われている。それでは、何のために来たのか分からなくなる。

 

「春水。残ってる者を西へ集めろ。向こうの巡回と合流できる」

「隊長は北ですか」

「ああ。虚がいたと言うのは、そっちだ。お前は、動けん者から運ばせろ」

 

 隊長の目が、村の奥にある竹林へ向く。僕もそちらを見たところで、竹の幹を抜けてきた白いものが目に入る。細い槍だと分かるより早く、鳴瀬巌堂(なるせがんどう)の刀が横から叩きつけられた。

 

 鐘の音と共に先端が折れ、道へ突き刺さる。続く二本目も弾かれたが、今度は途中から軸が分かれた。折ったはずの一本の脇を抜け、細い先がこちらへ伸びてくる。

 

 後ろには、人を背負った隊士がいる。そこへ届かせるわけにはいかず、踏み込んで斬り落としたものの、手へ響いた重さに顔が強張る。こんなに細いものを斬るのに、どうして僕の刀が押し返されるんだ。

 

「皆を下げろ! 春水、そっちを頼む!」

 

 隊長は既に前へ出ている。その向こうで竹が左右へ倒れ、人と変わらない大きさの虚が姿を現す。痩せた白い身体に、縦の裂け目が入った仮面。背中へ畳まれていた六つの突起が開くと、そこに次の槍が生まれた。

 

 小さいものが一体。

 

 報告にはそう書いてあったし、間違ってはいない。けれど、後ろの隊士が膝を折りかけるほどの霊圧を、僕はその紙から読み取れていなかった。

 

「西へ動いて! 担ぐ人には一人ずつついて、途中で代わってください! こちらは僕が見ます!」

 

 顔をこちらへ向けていた隊士が動き始める。返事を聞きながら刀を構え直すと、白い虚の周囲へ赤い光がともるのが見えた。口でも、指先でもない。肩の上にも、身体の脇にも、何もなかったところへ幾つも。

 

 嫌な予感どころではない。あれが全部、虚閃(セロ)なら。

 

〈白骸天葬(セロ・エンティエロ)〉

 

 隊長の磐鐘(いわがね)が地面を打ち、衝撃が土を巻き上げる。その向こうから放たれた光は、家も、道端の木も、竹林の端までまとめて焼き払った。伏せた隊士の肩を掴んで西へ押し、自分もその後へ入る。頬を熱が掠めるけれど、確かめている場合ではない。

 

 西の道だけが残っている。隊長がそちらへ向かった光を弾いてくれているのだ。空いているうちに通らなければ、次はもう間に合わない。

 

「立ち止まらないで! 後ろは見なくていいから、前の人について!」

 

 男を背負った隊士が走る。その隣へ、別の隊士が女を抱えて並ぶ。こういう時には、足の速さだけでは決まらない。歩ける人まで振り返り、後ろへ戻ろうとしてしまう。呼び止めて、肩へ手を添え、先に行く人の背を見てもらう。

 

 僕だって、振り返りたい。

 

 後ろから鐘の音がするたび、隊長がまだ立っていると確かめているのだから。

 

 道を抜けたところで、一人を増援の要請へ走らせた。白い槍を出す、人ほどの大きさの大虚。空間から幾つもの虚閃を撃つ。隊長が一人で止めているから、急いでほしい。そこまで伝える間にも爆発が響き、男は僕が言い終えるより先に頷いて走り出す。

 

 ありがとう。帰ったら、名前を聞こう。

 

 村へ顔を戻すと、隊長の刀が白い虚の肩へ届いたところだった。血が飛ぶ。あの外殻も斬れるのだと息をつきかけた途端、隊長の背後へ赤い光が膨らんだ。

 

 斬られながら撃っている。肩に傷を負っても、虚閃を生む場所は残っているのだから、当然といえば当然か。そんな当然まで、こちらは一つずつ見て覚えなければならない。

 

 隊長が身を捻り、背後の光を刀で逸らす。そこへ降ったのは、もっと小さな赤い弾だった。

 

〈千哭驟雨(バラ・ディルビオ)〉

 

 弾かれた光が横へ流れ、その後から次が来る。右へ避ければ右へ、前へ出れば、その先へ。隊長が相手へ近づこうとする間も、砲火は止まらなかった。余った分がこちらへ流れ、僕は刀を振りながら道の脇へ飛び込む。

 

 肩が熱い。袖の下へ血が流れているのが分かるけれど、腕は上がる。だったら、まだ後ろを守れる。

 

「春水! そっちへ戻るな!」

 

 隊長の声に、自分の足を見る。村へ向けて踏み出していた。頭では分かっているつもりだったのに、身体の方が先に戻ろうとしている。

 

「まだ、そっちへ⸺」

「見えてる! お前は後ろを見ろ!」

 

 言われて振り返ると、道端へ隊士が膝をついていた。脛から血が流れ、隣の男が肩を貸そうとしている。けれど、その男も一人を背負っているので、二人まとめて傾きかけていた。

 

 僕が行かなければ。

 

 今、僕を待っているのは、そちらだ。

 

 肩へ腕を回してもらい、倒れかけた隊士を支える。立てるか尋ねると、本人は頷いたものの、脚へ重さを掛けた途端に顔を歪めた。無理をしてくれるのはありがたいけれど、ここで倒れられると、もう一度起こす分だけ遅くなる。

 

「こちらへ乗って。刀は持っていてもらえるかな。僕が手を空けたいから」

 

 背負うと、耳元で謝られる。そんなことは後で聞くよと返し、道の先へ向かった。鐘はまだ鳴っている。僕らが進むたび、少しずつ遠くなる。

 

 近くの巡回が来てくれたのは、村が木々の向こうへ隠れる頃だ。運んだ人々を渡すと、その場で魂葬が始まる。送られるたびに気配が一つ消え、さっきまで袖へ縋っていた女も、子供を抱いたままいなくなった。

 

 喰われる前に送れた。今は、そのことを喜びたい。

 

 隊士も数える。肩を斬られた者。腕を押さえる者。僕が背負ってきた者も、木へ寄り掛かって息を整えている。全員いると確かめてから、ようやく刀を握り直せた。

 

「こちらは、我々が引き受けます。京楽副隊長は⸺」

 

 巡回の男が言い終える前に、目の前へ白い槍が降った。地面へ刺さった軸が伸び、そこから枝が分かれていく。一本を斬る間に、ほかの先端が左右へ広がり、木陰で休ませていた隊士へ向いた。

 

 追いつかれた。

 

 隊長は、どうした。

 

 確かめたい方へ顔を向ける暇もなく、刀を返して次の槍を折る。その向こうに白い身体が見えた時には、腿へ熱いものが通っていた。脚から力が抜け、刀を地面へ当てて身体を支える。刺さった槍は、僕の後ろへまで伸びようとしていた。

 

 背後の隊士を下がらせ、自分で軸を斬る。握り直した柄が滑るのは、掌にも血がついているからだろう。どうにも、手入れの悪い副隊長になってしまったな。

 

「皆を運んだのか」

 

 白い虚が言う。口元は仮面に隠れ、声だけが細い裂け目から聞こえる。

 

「ならば、お前を殺せば戻れなくなるか」

 

 頭上へ光が並ぶ。僕の背後にも、退こうとした右手にも。後ろへ跳べば皆を巻き込む。前へ出れば、あいつがいる。

 

 それでも、前へ出るしかない。

 

 脚へ力を込めたところで、僕の目の前を大きな刃が横切った。鐘が鳴り、白い身体が押し戻される。放たれた虚閃を逸らした隊長は、肩から血を噴きながら、僕と虚の間へ立っていた。

 

「何を立ち止まってる」

「村の人は送れました。隊士も全員います。あとは、隊長と⸺」

「お前だ。お前まで帰って、全員だろう」

 

 隊長が腿の槍を斬り、残った軸を抜く。息が詰まったところで襟を掴まれ、後ろへ押し出された。隊士に受け止められながら、僕はまだ刀を離せない。

 

「一緒に下がってください。僕も、まだ動けますから」

「その脚で、追いつかれずに済むか」

「……それは」

 

 済まない。

 

 さっきも、隊長に追いついてもらった。もう一度僕が倒れれば、この人はまた戻ってくる。そうさせたくないのに、どうして一緒に帰る方法を思いつけないのだろう。

 

 白い虚の背に、新しい槍が生まれる。隊長はそちらへ刀を向けながら、僕へ顔だけ振り返った。

 

「春水。連れて帰れ。俺の命令だ」

 

 帰ったら、文句を言うつもりだった。

 

 報告は最後まで聞いてほしい。僕へ任せるなら、先に言ってほしい。飯を抜いたまま出ていって、帰ってから逆瀬川さんに叱られるのも、そろそろやめてほしい。

 

 そんなことは、幾らでも言えるのに。

 

 今、必要な言葉だけが出てこない。

 

「……承知しました」

 

 言うと、隊長が前へ向き直る。もう僕を見ていない。残った隊士へ声を掛け、歩ける者から進ませる。その声を出せるなら、僕も行かなければならなかった。

 

 背後で霊圧が噴き上がり、木々が大きくたわむ。振り返れば隊長のいる方角が見える。けれど、そこで立ち止まったら、抱えてくれた隊士まで止めてしまう。

 

「副隊長、行きます!」

 

 頷いて、肩を借りる。

 

 鐘の音は、森を抜けてからも聞こえていた。

 

        *

 

 京楽が戻ったと聞いた時、俺は庭にいた。

 

 佐伯が新人へ刀の握り方を教えている。爺さんに連れられて初めて現世へ出た頃から、もう二十年。今は教える相手の手を取り、そんなに握り込むと腕が先に疲れる、と自分の握り方まで見せている。

 

 後で俺にも教えてねぇ、と言おうとしたところへ、伝令が駆け込んできた。

 

「烏有隊長、一番隊へ直ちにお越しください。京楽副隊長が帰還され、鳴瀬隊長への増援を求めておられます」

 

 腰の刀を確かめると、縁側から爺さんも立ち上がる。儂も行くと言ってくれたが、隊を頼むと返して道を繋いだ。二人で場所を聞きに行くより、俺が先に向かった方が早い。

 

 鳴瀬が残っている。

 

 京楽を帰したのなら、あいつはまだ、誰かを守っているのだろう。

 

 場所を聞き、そのまま現世へ渡る。村は報告にあった姿をほとんど残していなかった。焼けた木も、崩れた家もあるが、その間を白い槍が貫いている。地面へ刺さったものまで枝を伸ばし、道と呼べる場所を塞いでいた。

 

 近くにいた隊士へ鳴瀬の居場所を尋ねると、男は口を開きかけて、村の外を指した。声にしてくれなかった理由を、俺はそちらへ着くまで考えないようにする。

 

 鳴瀬は、地面に横たわっていた。

 

 傍へ膝をつき、肩に触れる。羽織の背から出た槍は折れ、すぐ近くには磐鐘が落ちている。刃の背に並んだ鐘も幾つか欠けていた。京楽が帰る時に聞いた音は、これで鳴らしていたのだろう。

 

「……鳴瀬。京楽は帰ってるよ。皆も一緒だってさ」

 

 返事のない身体へ、それでも話し掛ける。聞こえているなら、あいつが最初に知りたいのはそこだと思ったから。

 

 口元の土を払い、伸ばした手へ刀を寄せる。柄へ触れるところまで運んでも、指は閉じない。俺が握らせてやれば、形は整えられる。けれど、いつもみたいに自分で持ってくれるわけではなかった。

 

 傷を塞ぐことなら、できるのに。

 

 こいつも、俺の手が届くところへ来るまで待ってはくれなかった。

 

 残っていた隊士へ手を借り、鳴瀬を連れて帰る。途中で虚の気配も探したが、あの村にはもういない。京楽が見た白い身体も、空間から撃たれた光も、俺には折れた槍で確かめるしかなかった。

 

 四番隊へ行くと、京楽は壁へ背を預けていた。脚には包帯が巻かれ、肩にも新しい布が当てられている。俺の持つ磐鐘へ目を向けたところで、こちらへ尋ねようとしていた口が閉じた。

 

 刀を畳へ置き、隣へ座る。

 

「隊長は、最後に見た時にはまだ立ってました。僕らの方へ来た虚を押し戻して、帰れと。命令だと、言われました」

 

 京楽は刀を見たまま話す。俺も、途中で何か返そうとはしなかった。聞いてからでなければ、何も言ってやれない。

 

「隊士は、全員連れて帰りました。村に残っていた人も、巡回へ渡して送ってもらっています。……あの人だけ、置いてきました」

「鳴瀬が、帰してくれたんだね」

「ええ。僕が残れば、また庇わせるだけでした。分かってたんです。だから従って、帰ってきたんですが」

 

 膝を押していた指が、包帯へ沈む。痛むだろうと思っても、今その手を退けさせれば済むわけではない。

 

「帰ってきてよかったと、まだ思えないんですよ」

 

 俺は京楽の顔を見る。命令に従った。皆を助けた。そちらだけを確かめれば、よくやったと言える。鳴瀬も、そのために残ったのだろう。

 

 ただ、今のこいつへそれを言って、鳴瀬を置いてきた道まで片づけてしまいたくはなかった。

 

「……俺にも、今すぐそう思えとは言えないよ。あいつと一緒に帰ってきてほしかったからねぇ」

 

 京楽が、初めてこちらを見る。俺は磐鐘の柄へ手を置き、それから離した。こんなところへ置いていると、鳴瀬が取りに来るような気がしてしまう。

 

「連れて帰った連中には、会ってあげて。お前さんを待ってると思うから」

「……ええ。落ち着いたら、行きます」

「うん。俺も、鳴瀬を帰してきたよ」

 

 京楽の目が伏せられる。そこで顔を覗き込む気にはなれず、俺も黙って座っていた。

 

『お前様』

 

 ゆめが胸の内で呼ぶ。刀へ手を添えて返すと、それ以上は尋ねてこなかった。今夜は、あの夜空の下でも鳴瀬の話をすることになりそうだ。

 

        *

 

 葬儀を終えて幾日かしてから、八番隊へ京楽を迎えに行った。

 

 門では隊士が荷を下ろし、袋を開いている。廊下から声を掛けていたのは京楽だ。薬は分けて持って、片方をなくしても困らないように。水も確かめて。言われた者が一つずつ頷いていた。

 

「副隊長、お脚はもうよろしいのですか」

「ここへ立つくらいにはね。君たちを追い掛けろと言われたら、今日は断るよ。だから、呼ばれないところまで勝手に行かないでね」

 

 隊士が少し笑う。京楽も口元を緩めてから、俺に気づいてこちらへ歩いてくる。

 

「烏有隊長。何か御用でしたか」

「先生が呼んでるよ。俺も一緒に来てほしいって」

「……分かりました。少し待っていただけますか。あちらへ伝えてきますので」

 

 隊舎へ戻る背を、門で待つ。鳴瀬を呼びに来た時には、京楽が代わりに用件を聞いてくれることが多かった。今日は本人を待っているのに、もう一人の足音まで探してしまう。

 

 一番隊への道は、京楽に合わせて歩いた。脚はよくなっていると言うものの、長く歩くと少し庇う。先生に呼ばれているからといって、急かして治るものでもない。

 

「春水。八番隊を継ぐ意思はあるか」

 

 部屋へ入って挨拶を済ませると、先生はそう尋ねた。京楽は膝へ手を揃え、顔を上げている。来る途中にも、何を話すか分かっていたのだろう。驚いてはいなかった。

 

「隊長任官に必要な審査は、改めて行う。今は、お主の意思を聞いておる」

 

 京楽の指が、膝の上で動く。俺は隣へ座ったまま待った。継いでほしいと思っている。八番隊の連中も、きっとそうだろう。それでも、鳴瀬を置いて帰ったばかりのこいつへ、俺から早く返事をしろとは言えなかった。

 

「……引き受けるよ、山爺。まだ帰ってくる連中もいるし、これから出ていく連中もいる。あの人に任されたまま、放っておくわけにもいかないからね」

 

 京楽が先生を見る。

 

「八番隊は、僕が見るよ」

「ならば、備えよ」

「うん。分かった」

 

 頭を下げる姿へ、鳴瀬の顔が浮かぶ。聞かせてやりたかったなと思ってから、俺は廊下で報告を聞いていたあいつを思い出す。

 

 お前なら確かめると思ってた。

 

 京楽は出ていく者の荷を確かめ、帰ってきた者の顔も見る。鳴瀬が前へ出られたのは、その後ろにこいつがいたからでもあるのだろう。

 

 部屋を出てから、京楽が十番隊へ行ってもいいかと尋ねた。爺さんの話も聞きたいらしい。頷いて飯の時においでよと返すと、少し困ったように笑う。

 

「先に食えと言われますね。うちの隊長も、よく捕まってました」

「お前さんも知ってるんだねぇ。俺まで隣にいると、二人まとめて言われるよ」

「では、食べてから伺った方が」

「今日は一緒に来ない? 俺もまだなんだよ。爺さんに聞かれる前に、二人分頼んでおこう」

 

 京楽は八番隊の方へ顔を向けてから、こちらへ戻した。

 

「……そうですね。戻る時刻は伝えてきましたから」

「じゃあ、行こうか。遅くなると、爺さんに迎えに来られる」

 

 今度は、少しだけ笑ってくれた。

 

 鳴瀬も何度か誘った。来た時には爺さんの隣へ座り、飯を食いながら現世の話をしていた。もうあいつの膳は頼めないけれど、京楽の分なら、これからも頼める。

 

 隊へ帰ると、台所の前で爺さんに会った。

 

「遅かったのう。春水もまだか」

「うん。二人分、お願いしてもいいかな」

「聞いておる。佐伯が一番隊でお前らを見たと言うてな。座っておれ、今持ってくる」

 

 爺さんが京楽の肩へ目を向ける。まだ包帯のあるところを確かめてから、余計なことは尋ねずに台所へ入っていった。

 

 京楽と並んで座り、膳を待つ。向かいへは爺さんが座るのだろう。前に鳴瀬がいた席が目に入っても、今日はそこを空けたままにしておこうと思った。

 

「烏有隊長。ありがとうございます」

「まだ飯は来てないよ」

「それだけの話では、ないんですがね」

 

 返す前に、爺さんが膳を運んでくる。京楽の前へ置いてから、俺の方にも同じものが並んだ。

 

「食え。話はその後じゃ」

 

 京楽が箸を取る。

 

 俺も隣で、椀を持った。

 

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