卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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守りし弓に 刃は向かい
閉ざせし門に 声は残る




94.白弓の拒絶

 

 

 槇島が呼んできた子たちは、庭の端から順に並んだ。

 

 稽古を切り上げた者もいる。袖を直しながら隣へ何か聞き、こちらを見て口を閉じた。任務へ出る時には、もう少し声がある。誰と組むのか、どこまで行くのか。俺へ聞けば寄り道が増えると思って、先に佐伯を探す子もいる。

 

 今日は、その佐伯が俺の隣にいる。

 

 皆が顔を上げるまで待ってから、紙を持つ手を下ろした。読めば、間違えずに伝えられる。けれど、そこへ目を向けたまま済ませていい話ではなかった。

 

「現世へ行くよ。西の一帯にいる滅却師を、俺たちが受け持つ。交渉は打ち切りになった。今回は、虚の滅却を続けている者と、その戦いを支える者を討つよう、命が下りてる」

 

 前にいた子の目が、腰へ落ちる。

 

 自分の刀を見たのだろう。俺も、昨日までは虚を斬るところばかり教えていた。腕を狙うなら、次に爪が届く方を空けないように。倒した後も、別の奴が後ろへいないか確かめて。

 

 今日は、その刀を人へ向けさせる。

 

「家族だから、同じ家にいたから。それだけで斬る相手にはならないよ。弓を下ろした者は拘束する。そこは、皆にも覚えておいてほしい」

 

 顔を一つずつ見る。

 

 槇島は、後ろの列まで目を向けていた。榛名も、隣にいる若い子が聞けているか確かめている。俺の声が届かなかったところへは、後でまた話してくれるのだろう。

 

「ただ、矢を向けられたまま待てとは言わない。止められるなら止める。間に合わないなら、斬っていい。隣の奴を守る時も、お前さん自身が戻るためにも」

 

 そこで、少し息を入れた。

 

 いい、と言えば済むものでもないねぇ。

 

 俺にそう言われて刀を抜く子がいる。その子が戻った時、何をしたか聞くのも俺だ。

 

「抵抗が止まったら、こちらも刀を止めて。相手が動けなくなった時や、判断に迷った時には、組を預かる者を呼ぶこと。一人で追って、家の奥まで入らないようにねぇ。俺も佐伯も向こうへ行くから、呼んでもらえば来るよ」

 

 列の中で、手が上がる。

 

 まだ若い子だった。前へ出るよう促すと、隣の者へ袖が触れないようにして、一歩だけ進む。

 

「隊長。拘束した者が、また弓を出した場合は、どうすればよいでしょうか。刀と違って、取り上げるだけでは済まないと思います」

 

 そこまで考えてくれたのか。

 

 佐伯を見ると、あいつも頷いていた。

 

「そうだね。縛ったから大丈夫だと思って、一人だけ残すことはしない。見張る者と、周りを見る者を置く。拘束した相手が動いたら、まず知らせて。そこからまた矢を向けてくるなら、抵抗している相手として対処するよ」

 

 聞いた子が頭を下げる。

 

 戻る前に、名前を呼んでおいた。顔が上がったので、聞いてくれて助かったよと伝える。あの子が気にしたことは、ほかにも気になっていた奴がいるだろう。

 

「出る前に、拘束の方も確かめよう。白縫を使う者は佐伯のところへ。それ以外の子も、組む相手と一緒に見ておいてねぇ。捕らえた後に何をするかまで、向こうへ着く前に決めておきたい」

 

 返事が、庭へ重なる。

 

 いつも聞いている声だった。

 

 その声を聞いてから、俺はようやく紙を佐伯へ渡す。あいつは両手で受け取り、席官たちへ集まるよう声を掛けた。俺が皆を見ている間に、組の分け方も考えてくれていたらしい。

 

 槇島が三人を連れて庭の端へ向かう。

 

 その背へ、ついていきかけた。

 

 佐伯がこちらを見るので、足を止める。別に、一緒に行くなと言われたわけではない。けれど今は、あいつらが話すところを待ってからでもいい。

 

「隊長。先ほど十三番隊から、使いの方が」

「ああ。浮竹から?」

「はい。交渉を担当された方が、こちらへお越しになります」

 

 頷いて、廊下へ目を向ける。

 

 聞きたいことはある。

 

 出掛ける前に、聞けるだけ聞いておこう。

 

        *

 

 その男は、俺が広げた地図の橋を見ていた。

 

 交渉へ何度も通った者だという。向かいへ座ってからも、膝へ置いた手が動かない。浮竹に頼まれて来たと話し、まず記録のどこを確かめたいのか尋ねてくれた。

 

「ここへ行く時、誰が迎えてくれた?」

 

 橋の先を指す。

 

 川沿いに並ぶ家のうち、一軒へ男の指が添えられた。

 

「集団を取りまとめている者です。私が着くと、いつも外へ出てきました。後ろには二、三人。こちらの人数も、毎回確かめておりました」

「家の中では、話さなかったの」

「一度も。家族を、死神へ近づけたくなかったのでしょう」

 

 俺は指を引く。

 

 紙では、家が一つあるだけだった。

 

「最後に会った時も、同じように?」

「はい。ただ、その日は途中で別の者が呼びに来ました。近くで虚が出たと。話は戻ってから続けるので、ここで待っていてくれと言われました」

 

 湯へ伸びた手が、椀の手前で止まる。

 

 俺は続きを待った。

 

「戻ってきた時には、腕へ布を巻いていました。虚は滅却したと。その上で、次に出た時には誰が来るのかと、もう一度尋ねられました」

「お前さんは、何て答えたの」

「担当の死神が向かうと。増員も検討されている、と伝えました」

 

 男がこちらを見る。

 

 俺の着ている羽織へ目が落ち、それから顔へ戻る。

 

「次には間に合うか、とも聞かれました。……その場では、約束できませんでした」

 

 隣で佐伯が、地図へ目を向けている。

 

 今度は隊長まで行く。それなら、間に合うと答えられるだろうか。あの男が待っていた時に、俺は別の土地で刀を振っていたのかもしれない。

 

 今日は、何に間に合いに行く。

 

「教えてくれて、ありがとう。向こうへ着いたら、俺もその人に会うよ」

 

 男は頭を下げた。

 

 湯が冷める前に飲んでもらい、帰り際には浮竹にも礼を伝えてと頼む。戸口へ見送ってから庭へ戻ると、白い糸を張った佐伯が、槇島の腕を止めていた。

 

 肘を曲げられず、槇島が少し肩を下げる。

 

 佐伯はそこで糸を緩め、もう一度、違う位置へ掛け直した。今度は槇島も足を動かし、身体を捻る。隣にいる子が、捕らえた相手へどちらから近づくか考えていた。

 

 ちゃんと、やってくれている。

 

 俺もその横へ入り、糸が袖の下へ食い込まないか、指を添えて確かめた。

 

        *

 

 橋の板は、真ん中だけ新しかった。

 

 端の方には泥が乾いて残り、川へ向いた杭へ縄が巻いてある。増水した時にでも直したのだろう。地図で見ていたより狭く、二人で並べば、向こうから来る者へ場所を空けなければならない。

 

 俺は、手前で足を止めた。

 

 槇島たちが上流へ回る。佐伯は橋のこちら側へ残り、後ろから来る組へ位置を伝えていた。四番隊の者にも、ここから負傷者を運ぶ道を確かめてもらっている。

 

 皆が持ち場へ着くまで待つ。

 

 川の向こうには、洗った布が干してあった。白いものばかりではない。小さな袖も、長い帯もある。風が吹くと、端が塀へ当たって持ち上がる。

 

 その下から、男が出てきた。

 

 左腕へ布を巻いている。古い傷なのか、新しく負ったものなのか、まだ分からない。門の前へ立ち、こちらの羽織を見てから、後ろへ顔を向けた。

 

「中へ入れ。戸を閉めて、呼ぶまで出てくるな」

 

 こちらからは、返す声だけ聞こえる。

 

 門の内側で、小さな足音が遠ざかった。男はそれを聞いてから、もう一度俺を見る。その隣へ二人、少し離れて別の一人が立つ。

 

 皆、こちらを見ていた。

 

「話をしに来た人数ではないな」

 

 男の目が、橋の手前を辿る。

 

 隠して済む配置でもなかった。俺は頷き、腰の刀へ手を置かずに名乗る。

 

「十番隊隊長、烏有玄十郎。お前さんたちの活動を止めるよう、命を受けて来た。虚を滅却することをやめて、弓を下ろしてほしい。応じてもらえるなら、拘束して連れていく」

 

 男は、すぐには答えなかった。

 

 後ろへいた者が、門から少し離れる。互いに顔を見ず、それぞれが立つところを変えていた。虚が来た時にも、そうして人を家へ戻したのだろう。

 

「連れていって、どうする」

「以後の活動を監視する。その間、こちらでも虚への対処をするよ」

「その間?」

 

 男が、橋へ一歩近づく。

 

「お前たちの監視が終われば、またここへ戻るのか。それとも、死ぬまでどこかへ閉じ込めるつもりか。残る者には、何と話して出ていけばよい」

 

 そこは、俺も聞き足りていなかった。

 

 拘束する場所と、引き渡す相手は決まっている。いつ戻せるのかは、紙へなかった。今ここで、帰れるよと言ってやれば、あの男は後ろへ振り返るのだろうか。

 

 俺は、その返事を用意して来なかった。

 

「戻る日までは、約束できない。残る人たちのことは聞く。向こうへ伝えるのも、俺がやる」

「聞く、か」

 

 男が左の袖を上げる。

 

 布の隙間から、傷の端が見えた。

 

「前に来た者も聞いていた。死んだ者の名と、虚が出た場所をな。次には誰が来るか尋ねれば、死神が来ると言う。その死神を待つ間に、また一人死んだ」

 

 俺の後ろで、足音が止まる。

 

 佐伯も、聞いている。

 

「今日は来たな。これだけの人数を連れて。……俺たちが弓を持っているからか」

「今日は、そのために来たよ」

 

 ほかの用事へ言い換えられなかった。

 

 男の顔が、僅かに動く。怒鳴られるかと思ったが、声は低いままだった。

 

「ならば、弓を捨てた後に虚が来れば、誰を呼べばいい。お前か。お前を呼んで、来るまで待てばいいのか」

 

 橋の脇へ、水が当たる。

 

 俺が黙っている間にも、向こうでは誰かが戸を閉めた。男はその音へ顔を向けず、こちらを見ている。

 

「受け持つ者と、知らせる先を決める。ここを空けたままにはしない」

「それを、先にできなかったのか」

 

 返す言葉を探して、口が止まる。

 

 今からやると言う俺へ、あの男は、今までのことを聞いている。俺にも、間に合わなかった場所がある。向こうへ着いてから名前を聞き、連れて帰れない者へ刀を当てた日も。

 

 それを話したところで、この家へ来なかった日の代わりにはならないねぇ。

 

 門から離れていた一人が、右手を上げた。

 

 指の間で、小さな十字が揺れる。

 

『お前様』

 

 ゆめの声とともに、俺は橋から足を外した。

 

 白い弓が、男の左手へ広がる。こちらへ立つ俺の脇を狙い、引かれた矢の先が、後ろへ残した隊士に合った。

 

「佐伯、下げて」

 

 言い終える前に、矢が来る。

 

 刀を抜き、その先を外へ払った。川岸の土が跳ねる間に、次の矢も弦へ掛かる。撃った男はもう場所を変え、門の横から二射目を放とうとしていた。

 

 そこまで待たないよ。

 

 橋の向こうへ踏み込み、弓を持つ腕へ左手を添える。上へ逸らした先から白い矢が放たれ、空を抜けていく。右の刀は立てたまま、俺は男の肘を押さえた。

 

「それ以上引くなら、腕を斬る。止めて」

 

 男が歯を食いしばる。

 

 空いた手が、俺の胸へ向く。その手首へ白縫を掛け、両腕を離したまま止めると、弓の形が崩れた。足を払う代わりに、身体を支えて膝をつかせる。

 

 息は、できている。

 

 肩へ無理な力が掛かっていないか確かめ、糸を少し伸ばす。男は顔を上げ、俺の刀を見た。

 

「……殺せばいい」

「今、矢は来てないからねぇ」

 

 佐伯が橋を渡ってくる。

 

 俺が残した位置へ槇島が入り、若い子たちを橋の手前へ戻していた。誰も倒れていない。そこまで見てから、佐伯へ男の拘束を渡す。

 

「両手は離しておいて。傷があれば、先に診てもらって」

「承知しました」

 

 佐伯が糸を重ねる。

 

 俺はすぐには手を離さず、あいつが力を受け持つところを確かめた。男の肩が下がり、自分で息を吐く。そこでようやく、腕から指を外す。

 

 門の前へいた男が、こちらへ歩いてきた。

 

 左腕の布が、風で揺れている。

 

「その者を放せ」

「できないよ。うちの隊士へ矢を向けた。連れていく」

「俺たちへ刀を向けて来たのは、お前たちだろう」

 

 頷く。

 

 俺の右手には、まだ刀がある。

 

「そうだね。俺たちが来た。だから、お前さんたちがこの先どうするかも、ここで聞く」

 

 男が後ろへ目を向けた。

 

 戸は閉じている。さっきまで干してあった小さな袖が、竿から外されていた。誰かが取り込んだらしい。残った帯だけが、塀へ触れて揺れる。

 

 その家の前で、男は十字を握った。

 

「弓を下ろせば、守る者までお前たちに預けることになる」

「うん」

「預けられる相手なら、ここまで来ていない」

 

 白い弓が生まれる。

 

 隣へいた二人も、腕を上げた。俺だけを狙えるように、互いの立つ場所を少しずつ空ける。拘束された男が身を起こしかけ、佐伯に止められるのが、背中の方で分かった。

 

 佐伯は、そこにいてくれる。

 

 俺も、ここから目を逸らさない。

 

「佐伯。捕らえた者を、橋の向こうへ」

 

 返事を聞いてから、刀を持ち直す。

 

 弓を下ろしてほしいと、俺はもう一度言うつもりだった。けれど、男が弦を引く。後ろへある戸を背にして、こちらへ矢を向ける。

 

 俺が守ってほしいと頼んだ子たちは、今、俺の後ろにいた。

 

 あの男も、同じように立っている。

 

 引かれた矢の先を見ながら、俺はその間へ、もう一歩入った。

 

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