守りし袖に 矢は迫り
応えし刃に 血は落ちる
男の指が弦を離す。
左からも二本。正面の一本を俺に受けさせ、残る二本を後ろへ通すつもりだった。佐伯は捕らえた者を連れて橋へ向かっている。その背へ矢が向いたのを見て、俺は刀を振った。
正面の矢を川へ払い、左手から張った白縫で残る二本を外へ逸らす。土が跳ねる間に橋を渡り、男の懐へ入った。まだ二射目を引こうとしている腕ごと斬り下ろすと、白い弓が崩れる。
男の身体が傾く。
その向こうで別の一人が弦を引いた。倒れた仲間の肩越しに俺を狙っている。足を止めずに踏み込み、弓を押し上げて胸へ刃を通す。放たれた矢が空へ抜け、男は俺の袖を掴み損ねたまま膝をついた。
最後の一人は門の脇へ退いていた。
こちらから離れる足を見て刀を止めかけたが、手は下がらない。俺の横から橋を狙えるところへ動いている。佐伯たちを見た目が弦へ戻るより早く、その前へ入った。
腕を払って刃を返す。
男が塀へぶつかり、崩れる。十字を握った手が土へ落ちた。もう弓は出ていない。刀を下げて橋へ顔を向けると、佐伯は捕らえた者を背に庇い、こちらを見ていた。
「そっちは平気?」
「はい。負傷者もおりません」
頷いて足元を見る。
最初の男が俺へ手を伸ばしていた。何か言おうとしているのか、口が動く。刀を握り直す俺を見て、その指が止まった。
もう矢を放つ力はない。
俺は手の届くところへしゃがみ、傷へ掌を当てた。裂けた身体は深く、胸の動きも続かない。回道を通している間に目がこちらを向き、そのまま動かなくなる。
少し待ってから手を離す。
「槇島。残る二人も確かめて。まだ息があるなら四番隊を呼んでねぇ」
「承知しました」
槇島が二人を連れて橋を渡る。
俺は立ち上がり、刀を納めた。門の内側で足音がする。戸が開き、女がこちらへ出てきた。その後ろにいた小さな顔が、庭を見る前に女の袖へ隠れる。
女の目が足元へ落ちた。
男を呼ぶ声が出る。俺の横を通り、膝をついて肩へ触れた。揺すろうとする手を支えると、今度はこちらの指を振り払われる。
手を引いた。
女は男の顔へ両手を添え、もう一度名前を呼ぶ。返事がないので耳を口元へ寄せた。俺はその傍から離れず、戸口へいる子がこちらへ来ようとするのを見た。
「中へ戻って。今は来ない方がいい」
子供は動かなかった。
女の方を見て、もう一度足を出そうとする。後ろから別の女が抱き寄せ、戸の奥へ戻してくれた。こちらへ向いた顔はすぐに消えたが、戸は閉まらない。
中からも見ているのだろう。
俺を。足元へ横たわる男を。
「この人は、亡くなったよ」
女の手が止まる。
俺へ顔を上げてから、腰の刀を見た。血はまだ柄を握った手にもついている。目を逸らさずにいると、女はまた男へ向き直った。
「ここに……置いてください」
「うん。家の中へ運ぶ?」
首が横へ動く。
まだ触られたくないらしい。槇島へ場所を空けるよう伝え、俺も一歩退いた。ほかの二人を診た隊士がこちらを見て首を振る。
向こうにも家族がいるかもしれない。
残る者へ確かめてもらうことにして、佐伯を呼んだ。あいつは最初に捕らえた男を橋の手前へ座らせ、見張る者を二人つけている。
「家の中を確かめよう。弓を持つ者が残っていないか聞いて、いるなら下ろしてもらって。出てこないからといって、刀を抜いたまま踏み込まないようにねぇ」
「はい。こちらから声を掛けます」
「家族だけなら手を出さない。ここに残る者へも伝えておいて」
佐伯が頷く。
捕らえた男は、橋越しにこちらを睨んでいた。腕の糸を引いても緩まないと分かると、今度は見張りの子へ何か叫ぶ。その子は近づかず、男の手を見ていた。
それでいい。
動かなくなった三人を見たからといって、あいつまで斬る理由にはならない。弓を出せないまま怒鳴る相手へ、うちの子が刀を抜く必要もなかった。
道の向こうから走る者が来る。
佐伯が先に気づき、橋へ入る前に呼び止めた。俺もそちらへ向かう。来た子の袖には土がつき、額へ汗が浮いていた。
「榛名四席の組から報告です。南の集落で滅却師と交戦しました。こちらの負傷者は二名。一名を拘束し、一名を討ち取っています」
「まだ戦ってる?」
「いえ。周囲の確認を続けておりますが、現在は抵抗を受けておりません」
「分かった。四番隊には?」
「一名来ていただいております。搬送のため、もうお二人お願いしたいと」
佐伯が後ろの組へ声を掛ける。
俺は道を聞き、報告に来た子の身体も確かめた。傷はないというので、川の手前で休むよう伝える。案内しようとしてくれたが、走って来たばかりの足をまた使わせなくてもいい。
「槇島。ここは任せるよ。中の確認が済んだら、捕らえた者を引き渡して。家族から聞いたことも後で教えてねぇ」
「承知しました。抵抗があれば、こちらで対処いたします」
「うん。無理に捕らえようとして怪我しないようにね」
佐伯も連れて南へ向かう。
振り返ると、女はまだ男の傍にいた。槇島が少し離れたところから声を掛け、持ってきた布を示している。
女が頷くのを見てから、俺は先へ足を向けた。
*
榛名は、隊士の肩へ布を当てていた。
家の並ぶ奥へ入ると、塀の一部が崩れている。道の端には矢で抉られた跡があり、その近くで一人が腿の手当てを受けていた。隣の子が荷を預かり、担架が来る方へ目を向けている。
俺へ気づいた榛名が立とうとした。
「そのままでいいよ。先にそっちを済ませて」
「はい」
肩を傷めた子が顔を上げる。
息は落ち着いている。四番隊の者へ聞くと、深くは入っていないが腕を使わせずに運ぶという。腿を射られた子も受け答えはできていた。
「二人とも戻ろうねぇ。荷はほかの奴に持ってもらって」
「申し訳ありません。まだ任務の途中で」
「途中だから帰すんだよ。お前さんたちを運ぶ者まで、ここで待たせるわけにはいかないだろう」
隣の子が頷き、預かった荷を持ち上げる。
佐伯が搬送する組を呼んだところで、榛名も手を離せた。四番隊へ場所を譲り、俺の前へ来る。両手に血がついているが、本人のものではないらしい。
「状況を聞かせて」
榛名が崩れた塀へ目を向けた。
「弓を下ろすよう求め、一人は応じました。残る二人が抵抗したため拘束へ入り、一人は止められましたが、もう一人が家の裏へ回りました」
「塀を越えたの?」
「はい。上から矢を放ち、こちらの者が脚を射られました。退かせる際、庇った者も肩へ受けています」
座っている二人を見る。
あの位置なら、塀が盾になると思っただろう。上へ出た相手が見えた時には、既に弦が引かれていたのかもしれない。
「次も負傷者を狙っていました。私が間へ入り、斬りました」
「拘束は?」
「最初に放った鬼道を払われました。もう一度試せば、次の矢に間に合わないと判断しました」
榛名は俺を見ている。
俺もその顔へ頷いた。
「それでいい。皆を守ってくれたね。倒れた後は?」
「抵抗が止まったため刀を納め、手当てを求めました。ただ、間に合わず」
「分かった。報告にも、その通り書いておいて」
榛名の肩が少し下がる。
こちらへ来るまで、何度も頭の中で順番を確かめたのだろう。斬る前に何をしたか。刀を止めたのはいつか。俺へ話す時に抜けないよう、覚えてくれていた。
「お前さんの怪我は?」
「ありません」
「じゃあ、手を洗っておいで。次の組み直しは佐伯と話そう」
返事をした榛名が水のところへ向かう。
その先に横たわる者がいた。顔には布が掛けられている。俺は近くへいた隊士に確認が済んでいるか尋ね、家族へ知らせる者も残すよう頼んだ。
捕らえた男が家の脇へ座らされている。
俺の羽織を見てから、横たわる仲間へ目を向けた。見張りの隊士が拘束を確かめると、腕を引いて顔を背ける。もう弓を出そうとはしていなかった。
佐伯が紙を広げる。
「先へ向かった者がおります。別の組が見つけましたが、こちらの配置を空けられず、追跡はしておりません」
「知らせに行ったんだろうねぇ」
「隣接する隊にも伝えております。合流地点までは、予定通り進めます」
地図へ指を添える。
川を離れた先で道が分かれる。山へ入る方と、家の多い方。次の集団はその間にあり、ここから走れば、俺たちより先に報せが着くだろう。
待っている相手も弓を持つ。
「負傷者を運ぶ組と、拘束した者を見張る組は残して。槇島たちにも同じように伝えて、動ける者から合流しよう」
「隊長は先へ?」
「うん。榛名の組を借りるよ。佐伯は合流する者をまとめてから来てくれる?」
佐伯が人数を確かめる。
榛名も戻り、こちらへ残す者の名前を挙げた。負傷者を庇った子が、自分の代わりを誰に頼むか口を挟む。榛名がそれを聞き、隣の者へ荷を渡してくれた。
皆で、続きを決めている。
俺もそこへ入り、次に通る道を伝えた。
*
次の家々へ着く前に、屋根から矢が来た。
先頭へ出ていた榛名が刀で受け、後ろの子たちを塀の脇へ下げる。別の屋根でも白い弓が見えた。左右に一人ずつ。道へ入った者を挟んで撃つ配置だった。
報せは届いている。
俺は榛名の横へ出て、二射目を払う。屋根にいた男がこちらへ顔を向けた。羽織を見て足が動くが、弓は消さない。
「下へ降りて。弓を下ろせば拘束する」
答えは矢だった。
俺を見ながら、後ろへ残した子を狙った。榛名がそちらへ入る。その刀へ矢が当たる音を背に聞き、俺は屋根へ上がった。
男が弓をこちらへ向ける。
刀を抜き、胸から肩へ斬り上げた。白い弓が掻き消え、身体が瓦へ倒れる。滑り落ちる前に襟を掴み、屋根の上へ留めてから隣を見る。
もう一人が、俺から背を向けていた。
屋根を蹴って家の向こうへ跳ぶ。その先へ下ろした手から弓が消えたので、俺は刀を振らずに追った。庭へ降りたところで白縫を掛け、両腕を背へ回さず止める。
「そのまま。もう弓を出さないなら、斬らないよ」
男は振り返る。
俺の刀に血がついているのを見て、足が止まった。糸へ掛かった手を引かず、その場へ膝をつく。
榛名たちが道を抜けてくる。
こちらへ拘束を渡し、俺は屋根の上に残した男を示した。確認する者が上がる間に、別の家から三人が出てきた。
一人は弓を持っていない。
残る二人は、既に弦を引いていた。隣の者が何か叫んでも聞かず、屋根へ上がった隊士へ狙いをつける。
「榛名、左を止めて」
返事とともに鬼道が飛ぶ。
左の男の腕が留まり、矢が足元へ落ちた。右の男はその横から撃とうとする。俺が前へ入ると、引いた矢をこちらへ放った。
刃で払い、そのまま踏み込む。
胸へ通した刀を抜くと、男は二歩下がって倒れた。隣にいた者が後を追おうとして、足を止める。弓を持たない両手が上がった。
俺も刀を止めた。
「榛名。そっちの二人をお願い」
「はい」
隊士たちが後ろから来る。
左右へ分かれ、家の中へ声を掛けた。刀を持つ手を下げている者も、鬼道を使えるよう指を開いている者もいる。こちらへ近づく足音だけでは動かず、戸口から出た相手の手を確かめていた。
よく見てくれているねぇ。
俺は刀を納めず、道の先へ目を向けた。奥にも弓がある。今の戦いを見て、引くか下ろすか決めようとしているのだろう。
「十番隊隊長、烏有玄十郎」
名乗ると、白い光の向こうで顔が上がる。
「虚の滅却を続ける者を討つよう命を受けて来た。弓を下ろした者は拘束する。こちらへ攻撃するなら、その場で斬るよ」
後ろで榛名が、組を進めるよう命じた。
俺はその先へ立つ。
ゆめのいる柄を握り直すと、向こうで一つ、弓が消えた。残る光の中へ矢が掛かる。どちらも見たまま、俺は皆と道を進んだ。