交わりし道に 袖は集い
背負いし名に 刃は応う
道の奥から三本の矢が来る。
引くところまで見えていたので、先に榛名たちを左右へ分けた。真ん中へ残った俺が刀を振ると、払われた矢が塀へ刺さる。その音を合図にしたように、屋根の向こうでも白い弓が持ち上がった。
随分と集まってくれたねぇ。
門の前で戦っていた者が二人、奥へ下がる。こちらを見ながら退いているので、ただ逃げたいわけではない。俺たちを道へ入れ、その先で囲むつもりだろう。
「榛名。屋根を見てて。道の奥へは、俺が先に行くよ」
「承知しました。左の組、その塀より前へ出るな!」
声を背に聞いて踏み込む。
正面の男が弦を引き、隣の者が俺の足へ狙いを下げた。白縫を左へ張り、足元へ来た矢を外へ逃がす。正面の一本を刀で払い、そのまま弓の内側へ入った。
刃が肩から胸へ抜ける。
倒れる身体を避けて隣へ向かうと、男は矢を掛けたまま後ろへ跳んだ。その踵が地面へ着く前に白縫で引き止める。身体が傾いても右手は離れず、こちらへ矢を放ってきた。
横へ払い、返す刀で斬る。
その向こうにいた者は弓を消した。両手を上げて膝をつくので、刀を止めて榛名へ渡す。今度は屋根だ。顔を上げたところで、軒の向こうから別の声が飛んできた。
「そっち行くで! 頭下げとき!」
白い矢が屋根を横切る。
こちらを狙っていた男の弓へ当たり、光が散った。続いて塀を越えてきた死神が二人、その背後から斬り込む。俺も屋根へ上がり、もう一人が榛名たちへ撃つ前に腕を払った。
男が足を滑らせる。
引いた矢を離そうとしたところへ刃を通すと、身体が瓦へ倒れた。道へ落ちないよう襟を掴み、屋根の端から少し戻す。
「頭下げろって、俺に言った?」
声のした方を見る。
向こうの屋根へ、一人立っていた。刀を肩へ寄せ、こちらの顔を見ている。五番隊の平子だ。俺へ声を掛けるには、随分と大きな声を使ってくれる。
「ほかに誰がおんねん。屋根へ上がるなら先に言うてくださいよ。こっちは下におる思て狙い変えたんですから」
「上がるところ、見えてたんじゃないの?」
「見えた時にはもう上におるんですよ。こっちの目ぇにも都合があるんです」
平子が屋根の下へ刀を向ける。
その先で五番隊の子が頷き、門の脇へ回った。平子は俺との話を続けながら、別の者には裏を確かめるよう命じている。
ちゃんと見てるねぇ。
「五番隊は、隣の道を受け持ってたんだろう。もう済んだの?」
「こっちへ抜けた連中がおったんです。追う組と残る組を分けて、先に知らせも出したんですけど」
俺の後ろへ目が向く。
「届いてません?」
「佐伯が後ろをまとめてるから、そっちで受けたかな。俺も少し先へ来ちゃった」
「少し、で済む距離やないでしょう」
言いながら屋根を降りる。
俺も続こうとしたが、平子が先に振り返った。
「そこ、二人残しときます。下ばっかり見とったら、また上から来ますから」
「助かるよ。うちの子もつけるねぇ」
榛名へ声を掛けると、見張りに回せる者をすぐに選んでくれた。平子の組と二人ずつ、屋根の左右へ立つ。刀を持つ位置を確かめてから、俺たちは道へ降りた。
平子の袖に血がついている。
本人の傷かと思って腕を見ると、こちらの視線に気づいて袖を引いた。
「俺のやないです」
「そっか。皆は?」
「一人、指を傷めました。刀は握れますけど、帰してます」
「うん。それならいいねぇ」
平子が俺の手へ目を向ける。
「そっちは、よう斬ってはりますね」
「うちの子たちへ撃ってくるからね。待ってやる用事もないよ」
「それでええ思います。弓引いたまま話聞け言われても、下の連中が困りますから」
後ろから呼ばれ、平子が顔を向ける。
捕らえた者の引き渡しを尋ねられていた。十番隊へ回すか、自分たちで連れて帰るか。俺もそちらへ入り、合流地点でまとめると伝える。
隊が違うだけで、同じ相手を二度縛り直すのも面倒だ。
そこまで話した時、道の奥から三人が走ってきた。
先頭は弓を持ち、残る二人は荷を抱えている。平子の組を見つけると脇の道へ曲がろうとしたが、そちらからも死神が出てきた。
逃げる足が止まる。
「弓を下ろしてください。道は既に押さえております」
穏やかな声だった。
男が荷を持つ二人を背へ押しやる。そのまま弦を引くと、声を掛けた死神の隣から刀が入った。腕を斬られた男が身体を捻り、残った手を十字へ伸ばす。
俺が間へ入った。
刀を胸へ通し、手が止まるところまで見てから抜く。荷を持つ二人は後ろへ下がり、塀へ背をつけた。片方が包みを落とし、中から衣と小さな袋が転がる。
「そちらの方は動かずに。荷は後で確かめます」
さっきの死神が近づいた。
男へ斬り込んだ者を下がらせ、こちらへ頭を下げる。六番隊の朽木蒼純だった。襟も袖も崩れていないが、肩の上下は普段より少し速い。
「烏有隊長。援護ありがとうございます」
「蒼純も来てたんだねぇ。銀嶺は?」
「別の組と北を押さえております。こちらの道へ抜ける者がいたため、私たちが回りました」
「ちょうどよかった。こっちも隣へ知らせるところだったよ」
蒼純が平子を見る。
「平子殿も、同じように?」
「似たようなもんや。皆こっちへ来るさかい、十番隊に押しつけるんも悪いやろ」
「お前さん、押しつけるつもりだったの?」
「任せられる相手が目の前におったら、一回は考えますよ」
蒼純の口元が僅かに緩む。
平子はそれを見て、笑い事ちゃうでと続けた。その間にも、荷を落とした者へ五番隊の子が近づきすぎると、手で下がらせる。
蒼純も隣の者へ指示していた。
包みは本人に開かせる。腕を上げさせたまま困るなら、一人ずつ動いてもらう。二人が何を持っているか分かるまで、刀を納める者と構える者を分けていた。
「六番隊の子、よく動くねぇ」
「父からも、烏有隊長の隊を見ておくよう言われております。負傷者を運ぶ際の分け方など、こちらでも使わせていただいておりますので」
「へえ。銀嶺、そんなこと言ってたの」
「はい。ただ、隊長御自身の動きまで真似るなとも」
平子が横で笑った。
「そこは言うとかなあきませんね」
「お前さんまで言うのかい」
「今、屋根で何したか覚えてはります?」
覚えてるよ。
そう返すと、蒼純まで頷いている。二人して言わなくてもいいじゃないかと思いながら、俺は道の先へ目を向けた。
まだ奥に白い光がある。
こっちへ集まっているのは、逃げてきた者ばかりではないらしい。
*
合流した佐伯は、俺たち三人を順に見た。
平子の顔で少し目が止まり、蒼純へ頭を下げる。それから俺へ紙を差し出した。五番隊と六番隊から届いた知らせも、その間に挟んである。
「先に会っちゃったよ」
「そのようですね。こちらへお越しになると聞き、合流地点を変えようとしておりました」
「ほら。副隊長はちゃんと聞いてくれてますやん」
平子が紙を覗く。
佐伯は返す言葉を探したようだったが、俺が頷くと地図を広げてくれた。今いる道は南から続き、奥で川沿いの別の集落へ繋がる。その途中に、大きな屋敷が一つあった。
「こちらへ人が集まっています。先に来た組が弓を確認しましたが、周囲の家が近く、迂回して挟むには人数が足りません」
「中へ逃げ込んだ者もおります」
蒼純が指を添える。
「私たちが追った者のうち、二人が門へ入りました。六番隊は裏の道を押さえていますが、家々の間を抜けられる可能性があります」
「表はうちで見る。十番隊が奥まで走ったら、こっちが追いつかんようになるしな」
平子が俺を見る。
走るなってことかい。
口へ出す前に佐伯もこちらを見たので、俺は紙へ指を置いた。
「じゃあ、俺は屋敷へ入る。榛名の組を門までつけて、そこからは外を見てもらうよ。平子は表、蒼純は裏。間の家を通るところには、うちと六番隊から二人ずつ出そう」
蒼純が人数を確かめる。
平子は後ろへいた子を呼び、道の入口へ戻す者を決めた。佐伯も搬送の組をここで増やし、これ以上先へ出せる人数を榛名と相談している。
皆が喋るので、俺の出番が少し減る。
助かるねぇ。
紙を押さえているだけで話が進むのを眺めていたら、平子に指を退けるよう言われた。そこへ道が描いてあるらしい。
「隊長が一人で入るなら、先に中へ声を掛けてくださいね。いきなり霊圧上げられたら、外の連中まで構えてまいます」
「そんなに上げないよ」
「そんなに、の幅が分からんのです」
佐伯が黙って頷く。
蒼純は咳払いを一つしてから、こちらの道を受け持ちますと話を戻した。笑うのを隠したのかと思ったが、息を整えるためだったのかもしれない。
「蒼純。お前さんは裏の合流場所へいて。家の間へ入るのは、別の子へ任せようか」
「私も動けます」
「うん。だから、戻ってくる者を見てほしいんだよ。裏へ出た相手を追う子ばかりになると、誰が残ってるか分からなくなるからねぇ」
蒼純が地図を見る。
しばらくして頷き、傍の隊士へ名を呼んで役目を渡した。俺が言わなくても自分で決めたかもしれない。けれど、そこで頷いてもらえれば、こちらも門へ向かいやすい。
佐伯が紙を畳む。
平子は先に立ち、蒼純も六番隊の者を連れて別の道へ入った。別れる前に声を掛けると、二人ともこちらを向く。
「終わったら、合流地点で会おうねぇ」
「先に帰らんといてくださいよ。うちの報告も聞いてもらいますから」
「父への連絡はこちらでいたします。変更があれば、お知らせください」
返事をして、俺も道へ入る。
背後では平子が隊士を急かしていた。足元を見ろ、屋根も見ろ、両方いっぺんに見られへんなら隣へ頼め。声がよく通るので、榛名の組まで顔を上げている。
あいつが来ると、随分と賑やかだねぇ。
『お前様も、ようお話しになっておいでで』
「そうかな」
『ええ。先ほどより、お顔が上がっておりんす』
ゆめに言われ、前を見る。
大きな門があった。
*
門の上へ、白い弓が並んでいる。
左右の塀にも二人ずつ。真ん中へ立った男が俺の羽織を見て、傍の者へ何か伝えた。奥で足音が増え、屋敷の障子が開く。
俺は門の手前へ止まった。
「十番隊隊長、烏有玄十郎。弓を下ろして出てきてほしい。抵抗しない者は拘束する」
門の上の男が、こちらへ弓を向ける。
「捕らえて、後で殺すのだろう」
「そういう命令は受けてないよ。けれど、そのまま撃つなら今ここで斬る」
男の後ろで誰かが声を上げた。
下りようとした者を別の男が引き止める。俺はそこを見て、降りるつもりならそのまま来てと声を掛けた。
弦が鳴る。
正面の男が放ち、左右も続いた。後ろには榛名たちがいる。刀を横へ振って正面を払い、両側の矢へ白縫を張る。逸らされた光が門の柱を削る間に、俺は上へ入った。
男の弓を斬り、そのまま刃を返す。
塀の右で次を引いた者にも踏み込んだ。下へ逃げる者は追わず、こちらへ向いた弓だけを見て斬る。門から降りようとしていた一人が、両手を上げたまま固まっていた。
「そっちへ降りて。うちの子が見てるから」
男が頷く。
その足が地面へ着くまで見てから、俺は庭へ降りた。屋敷の前に四人。奥からも二人出てくる。こちらへ弓を向ける者の隣で、刀を持った男が声を張った。
「裏へ回れ! ここは俺たちが止める!」
庭の脇から三人が走る。
そちらには蒼純たちがいる。俺は追わず、正面へ足を進めた。刀を持つ男が先に斬り込む。受けた刃を外へ流し、空いた胸へ返す。
男が倒れる前に、奥の弦が鳴った。
刀を抜いて横へ払う。庭の石が割れ、その欠片を踏んで次の男へ入った。弓を掴む左手が血で滑るので、手首へ白縫を掛ける。身体を引き寄せたところへ刃を通し、残る者へ向き直った。
「まだ続ける?」
一人が弓を消した。
隣の男は下ろさない。その顔を見たまま踏み込むと、矢を放つ手が僅かに遅れた。肩へ刀が入り、弓が外へ向く。二本目を掛ける前に斬り伏せた。
門の外から榛名の声がする。
捕らえた者を下がらせ、空いたところへ見張りを入れている。庭の脇でも声が上がった。平子の声だ。裏へ回った者を、六番隊と挟んだのだろう。
先へ行かんでええ、そこ押さえとけ。
よく聞こえるねぇ。
俺は屋敷へ顔を向けた。
障子の向こうから、一人出てくる。弓はない。両手を前へ見せ、倒れた者へ近づく前に俺を見た。
「もう撃たせない。中の者にも、弓を下ろさせる」
「そう。じゃあ、一人ずつ出してもらえるかな。怪我した者がいるなら、そいつからでいいよ」
男が後ろへ呼び掛ける。
俺は刀を下げ、門へ来た榛名に中を確かめてもらう。抵抗を続ける者がいないと分かるまで、庭からは動かずにいた。
やがて佐伯が門を通る。
庭を見渡してから俺の隣へ来て、裏の道も押さえられたと伝えてくれた。平子と蒼純の組に大きな怪我はないという。
「皆、よく動いてくれたねぇ」
「はい。引き渡しも三隊で分けられます。こちらだけで運ぶより早く済むかと」
頷いて、刀を納める。
門の外でまた平子が何か言っていた。今度は蒼純が答えている。話しながら近づいてくる足音を聞き、俺もそちらへ顔を向けた。
「お前さんたち、助かったよ」
「助かった、やのうて、終わったか先に教えてください。門まで来る間、どこから矢が飛ぶか思てましたわ」
「今、確かめてる。中から出てくる者を、うちの子たちが見てくれてるよ」
「ほな、表に残した連中も呼びます」
平子が隊士へ手を上げる。
蒼純は捕らえた者の数を佐伯と確かめ、裏へ残した組をどう戻すか話していた。俺が口を挟む前に、道を空ける順番まで決まっていく。
門へ背を預け、少しだけ待つ。
ここに来るまで、俺の後ろから聞こえていたのは十番隊の声ばかりだった。今は五番隊と六番隊の声もある。誰かが呼べば別の隊の者も振り返り、空いた手で荷を受け取ってくれる。
俺も呼ばれた。
振り返ると、平子が紙を持っている。
「隊長、ここの話も聞いてもらいますよ。先へ行くんは、その後です」
「分かってるよ。お前さん、さっきから俺を見張ってない?」
「見張っといた方が早いんです」
佐伯まで頷く。
蒼純は今度こそ、声を漏らして笑った。
俺は三人のところへ戻り、広げられた地図を覗く。まだ受け持つ道は残っている。次は誰が先へ出るか、その話を皆で始めた。