卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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渡りゆく影に 水は鳴り
並びし刃に 陽は翳る




98. 橋影の双刃

 

 

 橋の下へ落ちた光が水を跳ね上げた。

 

 飛沫の向こうで八番隊の子が身を伏せる。岸の石へ肩をぶつけたが、刀は離していない。その上を次の矢が通り、葦の束が根元から千切れた。

 

 俺が足を出すより先に平子の腕が伸びた。

 

「下にもう一人おる」

 

 橋脚の陰に黒い袖が見える。倒れているのではない。片手で岸を掴み、流れへ足を取られた身体を支えていた。もう一人が腕を伸ばしているが、橋の上から弓を向けられて動けずにいる。

 

「蒼純。下の二人、お願いねぇ」

「承知しました」

 

 返事を聞いて橋へ入る。

 

 板が鳴る前に正面の矢を払った。橋の中央にいた男が俺へ弓を向け直し、その隣の者が川下へ狙いを残す。そちらへ白縫を掛け、腕を上へ引いた。

 

 矢が空へ抜ける。

 

 正面の男へ刀を通し、抜いた刃で隣を斬る。橋の欄干へ身体が当たり、白い弓が消えた。奥にいた者が後ろへ走る。その先にも死神がいるので追わず、橋脚へ目を落とした。

 

 蒼純が川辺へ下りている。

 

 平子の組も岸へ回り、濡れた袖を二人掛かりで引き上げていた。石へ座らされた隊士が咳き込み、顔を上げて蒼純へ頭を下げる。

 

「そっちは任せていい?」

 

 声を掛けると平子が片手を上げた。

 

 俺は橋の向こうへ歩く。逃げた男が道を塞ぐ死神へ刀を抜き、頭上から振り下ろした。相手の刀がそれを受ける。もう一本が下から入り、男の足が止まった。

 

 笠の縁から京楽の顔が見えた。

 

「やあ。随分と早かったね」

「お前さんもねぇ」

 

 京楽が刀を抜く。

 

 倒れた男の手元を見てから二本とも下げ、傍の隊士へ声を掛けた。橋の下を見てくるよう言われた子が走り、その入れ違いに別の者が京楽の肩へ口を寄せる。

 

「うん。そこはまだ通さないで。向こうの組にも伝えてくれる?」

「はい!」

 

 隊士を見送り、京楽が俺へ顔を戻した。

 

 笠の端が欠けている。下から覗くと細い傷があり、頬へ血が一筋流れていた。

 

「当たったの?」

「笠がね。顔はそのおまけ」

「もう少し屈めばよかったのに」

「君ほど小さく避けられないよ。これでも結構、頑張ったんだけどね」

 

 指で笠を押し上げ、橋へ目を向ける。

 

 京楽の口元から笑みが消えた。岸から隊士の声が届き、二人とも上がったと告げる。京楽は頷いたが、まだそちらを見ていた。

 

「君のところの子?」

「一人はね。もう一人は六番隊だ。矢を受けて足を滑らせたところへ、うちのが手を出した」

「流されなくてよかったねぇ」

 

 京楽が橋の手前まで戻る。

 

 欄干越しに下を見て、濡れた隊士の名を呼んだ。顔が上がるとその場で待つよう言い、傍にいた蒼純へ頭を下げる。

 

「朽木君。その子の足、見てもらえるかな」

「今、こちらの者が確かめております」

「助かるよ。君のお父上は?」

「橋の南へ回られました」

「じゃあ、もうそろそろだね」

 

 京楽が川下を見る。

 

 向こう岸の柳が揺れていた。その下を白い羽織が通り、続く黒い袖が家々の間へ消えていく。

 

        *

 

 橋のたもとには荷が積まれていた。

 

 縄で括った箱と、車輪の外れた荷車。横倒しの樽から水が流れ、道の低いところへ溜まっている。京楽はその手前で足を止め、俺へ軒下を示した。

 

「こっちを通って。箱の向こうに弓が残ってる」

「持ち主は?」

「奥の家へ入った。一人か二人、まだ出てこないんだ」

 

 障子は閉まっていた。

 

 隣の戸が少し開き、その隙間からこちらを見る目がある。京楽が手を上げると戸はすぐに閉じた。家の前にいた八番隊の子が、俺たちへ場所を空ける。

 

「橋へ出てきたのは、さっきの三人で終わり?」

「こちらで見たのはね。川上へ走った者は銀嶺さんのところが追ってる」

「うちも何人か会ったよ」

「うん。君が来る少し前に知らせが届いた。五番隊も一緒だって?」

 

 平子が橋を渡ってきた。

 

 蒼純と佐伯も続いている。京楽が声を掛けると平子は軽く頭を下げ、道の奥を見た。

 

「二人とも立てました。歩かせるんは、まだやめといた方がええです」

「ありがとう。後ろへ運ぶ子を出すよ」

「うちのがもう一人ついてます。橋の入口で待たせてますんで」

「じゃあ、その子にもよろしく伝えて」

 

 京楽が八番隊の子を呼ぶ。

 

 佐伯もそちらへ加わった。蒼純は濡れた布を一枚持っており、俺が見ると自分の袖へ隠すように下げる。

 

「また貸したの?」

「手を拭いていただいただけです」

「皆、蒼純から借りてるねぇ」

「君は返した?」

 

 京楽が横から覗く。

 

 俺が手に掛けていた布を見せると、へえと声を出した。

 

「君が洗ったの。珍しいものを見たな」

「俺だって洗うよ」

「僕のところへ来る時は、いつも乾いた顔をしてるからねぇ」

「乾いた顔って何よ」

「卯ノ花隊長に聞けば、もう少し上手に言ってくれると思うけど」

 

 聞かなくていいよ。

 

 そう返す間に奥の障子が動いた。

 

 京楽の刀が上がる。俺も口を閉じ、足を半歩ずらした。開いたところから白い弓が出る。その後ろで肩が動き、矢がこちらへ向いた。

 

 弦が鳴る前に京楽が踏み込む。

 

 一方の刀で弓を外へ払い、もう一方を男の身体へ通した。障子の桟が折れ、白い紙が庭へ落ちる。京楽は男を外へ倒し、そのまま室内へ顔を向けた。

 

「ほかにいる?」

 

 暗い奥で光が膨らむ。

 

 俺が京楽の脇を抜けた。上がり框へ足を掛け、弦を引いていた男の胸へ斬り込む。奥の柱へ背が当たったところで刀を抜くと、隣の部屋から短い悲鳴がした。

 

 そちらの戸は開いている。

 

 二人が壁際へ寄り、顔の前へ腕を上げていた。手に弓はない。俺は刀を下げ、土間に立つ京楽へ目を向ける。

 

「こっちは二人。持ってないよ」

「分かった。外へ出してもらえる?」

 

 声を掛けると一人が首を振った。

 

 俺ではなく、床へ倒れた男を見ている。隣の者がその腕を掴み、二人で動かなくなった。

 

「ここにいたいなら、少し待ってて。刀を持った子が来るけど、手はそのまま見せておいてねぇ」

 

 京楽が隊士を入れる。

 

 俺は柱の脇から身を引き、庭へ降りた。刀についた血を払うと、京楽も隣へ来る。欠けた笠の縁を指で触り、少しだけ持ち上げた。

 

「悪いね。続きが飛んじゃった」

「何の話だったっけ」

「君の顔」

「じゃあ、飛んだままでいいよ」

 

 京楽が笑う。

 

 笑いながらも刀は納めず、開いた障子へ目を戻していた。

 

        *

 

 銀嶺が来た頃には、橋の上を荷車が通れるようになっていた。

 

 外れた車輪はそのままだが、道を塞いでいた箱は軒下へ寄せられている。榛名が最後の一つを下ろすと、八番隊の子が縄を外して中を確かめた。

 

 銀嶺は箱へ目を落とし、次に家の中を見た。

 

「残っていたのは二人か」

「ええ。中にいたほかの二人は、今こちらで見ています」

 

 京楽が答える。

 

 銀嶺は頷き、傍に来た蒼純へ短く声を掛けた。二人が話している間に京楽が橋の欄干へ腰を預け、笠を外す。

 

 額にも血がついていた。

 

「結構、切れてるじゃないか」

「痛くはないよ」

「そういうこと言うと烈に叱られるよ」

「君からそれを聞く日が来るとはねぇ」

 

 佐伯が布を差し出した。

 

 京楽は礼を言って受け取り、頬へ当てる。俺も手元の布を畳んだが、まだ湿っているので懐へ入れるのはやめた。

 

「烏有隊長、それは乾かしてからで結構です」

 

 蒼純がこちらへ声を掛ける。

 

 銀嶺も布を見る。京楽は頬を押さえたまま、俺たちの顔を順に眺めていた。

 

「何。借りた布を巡って何かあったの?」

「何もないよ。お前さんのは佐伯へ返してねぇ」

「もちろん。洗ってから」

「そっちまで洗いに下りんでくださいよ」

 

 平子が川辺から戻ってきた。

 

 その後ろで隊士が橋を渡っていく。濡れた二人は荷車へ座らされ、一人は足へ布を巻かれていた。京楽が腰を離すと、八番隊の子が車上から頭を下げる。

 

「すみません、隊長」

「足を治しておいで。次は滑る前に呼んでくれると、僕も助かる」

「はい」

 

 京楽の手が肩へ触れる。

 

 荷車が動き、車輪が板の継ぎ目を越えた。六番隊の子がこちらへ振り向くと銀嶺が顎を引き、蒼純もその背へ声を掛ける。

 

 俺たちは橋を渡り終えるまで見ていた。

 

 川の流れはまだ速い。さっきまで黒い袖が引っ掛かっていたところを、水草の束が回りながら流れていく。

 

「南は?」

 

 銀嶺へ顔を向けると、川下の道を示された。

 

「押さえた。向こう岸の者も戻る」

「じゃあ、ここの橋は通れるねぇ」

「見張りは残す」

 

 京楽が頷く。

 

「うちから出しますよ。向こうへ渡したい荷もありますし」

「五番隊も二人残せます。川上から来る組がおるんで、そいつらと替えますわ」

 

 平子が橋の入口へ歩く。

 

 佐伯と蒼純もそれぞれ隊士を呼び、道へ集まっていた黒い袖が少しずつ離れていった。銀嶺は六番隊の者を伴って家々の方へ戻る。俺も続こうとしたら、京楽に袖を摘ままれた。

 

「まだ濡れてるね」

「川の水、冷たかったよ」

「それは聞かなくても分かる」

 

 京楽が袖を離す。

 

 笠を被り直すと傷のついた頬が陰へ入った。橋の向こうをしばらく見てから、俺へ顔を向ける。

 

「帰ったら一杯どう?」

「お前さん、今それを言うの」

「今言わないと、君はどこかへ行っちゃうでしょう。今日じゃなくてもいいよ。十三番隊にも顔を出してさ」

「浮竹も誘う?」

「うん。酒じゃなくても、座って話すくらいはできるからね」

 

 遠くで誰かが京楽を呼んだ。

 

 返事をして片手を上げる。俺にはまだ答えを催促しないので、こちらから頷いてやった。

 

「いいよ。佐伯に言っておく」

「君に予定を聞くより確かそうだ」

「聞こえてるよ」

 

 京楽が笑い、声のした方へ歩いていく。

 

 途中で八番隊の子を一人捕まえ、笠の欠けたところを見せていた。困った顔をした子へ何か言い、肩を軽く叩いて先へ送る。

 

 俺のところにも佐伯が戻った。

 

「隊長。こちらは揃いました」

「うん。じゃあ、行こうか」

 

 橋のたもとで平子が待っている。

 

 蒼純はその隣で袖を直し、俺たちが来ると道へ目を向けた。川から吹いた風に、手へ掛けていた布が揺れる。広げてみると端の方が少し乾いていた。

 

「まだ持ってはるんですか」

「返すんだから、なくせないだろう」

「そこまで大事にされると、朽木も受け取りにくい思いますよ」

 

 蒼純が平子を見る。

 

「私はお返しいただけるなら、いつでも」

「ほら。持ってていいんだよ」

「そういう話にしてまうんですね」

 

 声を背に聞きながら道へ入った。

 

 橋の上では八番隊の子が二人、川の両側を見ている。足元の影が細く伸び、その先へ榛名たちの影が重なっていった。

 

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