渡りゆく影に 水は鳴り
並びし刃に 陽は翳る
橋の下へ落ちた光が水を跳ね上げた。
飛沫の向こうで八番隊の子が身を伏せる。岸の石へ肩をぶつけたが、刀は離していない。その上を次の矢が通り、葦の束が根元から千切れた。
俺が足を出すより先に平子の腕が伸びた。
「下にもう一人おる」
橋脚の陰に黒い袖が見える。倒れているのではない。片手で岸を掴み、流れへ足を取られた身体を支えていた。もう一人が腕を伸ばしているが、橋の上から弓を向けられて動けずにいる。
「蒼純。下の二人、お願いねぇ」
「承知しました」
返事を聞いて橋へ入る。
板が鳴る前に正面の矢を払った。橋の中央にいた男が俺へ弓を向け直し、その隣の者が川下へ狙いを残す。そちらへ白縫を掛け、腕を上へ引いた。
矢が空へ抜ける。
正面の男へ刀を通し、抜いた刃で隣を斬る。橋の欄干へ身体が当たり、白い弓が消えた。奥にいた者が後ろへ走る。その先にも死神がいるので追わず、橋脚へ目を落とした。
蒼純が川辺へ下りている。
平子の組も岸へ回り、濡れた袖を二人掛かりで引き上げていた。石へ座らされた隊士が咳き込み、顔を上げて蒼純へ頭を下げる。
「そっちは任せていい?」
声を掛けると平子が片手を上げた。
俺は橋の向こうへ歩く。逃げた男が道を塞ぐ死神へ刀を抜き、頭上から振り下ろした。相手の刀がそれを受ける。もう一本が下から入り、男の足が止まった。
笠の縁から京楽の顔が見えた。
「やあ。随分と早かったね」
「お前さんもねぇ」
京楽が刀を抜く。
倒れた男の手元を見てから二本とも下げ、傍の隊士へ声を掛けた。橋の下を見てくるよう言われた子が走り、その入れ違いに別の者が京楽の肩へ口を寄せる。
「うん。そこはまだ通さないで。向こうの組にも伝えてくれる?」
「はい!」
隊士を見送り、京楽が俺へ顔を戻した。
笠の端が欠けている。下から覗くと細い傷があり、頬へ血が一筋流れていた。
「当たったの?」
「笠がね。顔はそのおまけ」
「もう少し屈めばよかったのに」
「君ほど小さく避けられないよ。これでも結構、頑張ったんだけどね」
指で笠を押し上げ、橋へ目を向ける。
京楽の口元から笑みが消えた。岸から隊士の声が届き、二人とも上がったと告げる。京楽は頷いたが、まだそちらを見ていた。
「君のところの子?」
「一人はね。もう一人は六番隊だ。矢を受けて足を滑らせたところへ、うちのが手を出した」
「流されなくてよかったねぇ」
京楽が橋の手前まで戻る。
欄干越しに下を見て、濡れた隊士の名を呼んだ。顔が上がるとその場で待つよう言い、傍にいた蒼純へ頭を下げる。
「朽木君。その子の足、見てもらえるかな」
「今、こちらの者が確かめております」
「助かるよ。君のお父上は?」
「橋の南へ回られました」
「じゃあ、もうそろそろだね」
京楽が川下を見る。
向こう岸の柳が揺れていた。その下を白い羽織が通り、続く黒い袖が家々の間へ消えていく。
*
橋のたもとには荷が積まれていた。
縄で括った箱と、車輪の外れた荷車。横倒しの樽から水が流れ、道の低いところへ溜まっている。京楽はその手前で足を止め、俺へ軒下を示した。
「こっちを通って。箱の向こうに弓が残ってる」
「持ち主は?」
「奥の家へ入った。一人か二人、まだ出てこないんだ」
障子は閉まっていた。
隣の戸が少し開き、その隙間からこちらを見る目がある。京楽が手を上げると戸はすぐに閉じた。家の前にいた八番隊の子が、俺たちへ場所を空ける。
「橋へ出てきたのは、さっきの三人で終わり?」
「こちらで見たのはね。川上へ走った者は銀嶺さんのところが追ってる」
「うちも何人か会ったよ」
「うん。君が来る少し前に知らせが届いた。五番隊も一緒だって?」
平子が橋を渡ってきた。
蒼純と佐伯も続いている。京楽が声を掛けると平子は軽く頭を下げ、道の奥を見た。
「二人とも立てました。歩かせるんは、まだやめといた方がええです」
「ありがとう。後ろへ運ぶ子を出すよ」
「うちのがもう一人ついてます。橋の入口で待たせてますんで」
「じゃあ、その子にもよろしく伝えて」
京楽が八番隊の子を呼ぶ。
佐伯もそちらへ加わった。蒼純は濡れた布を一枚持っており、俺が見ると自分の袖へ隠すように下げる。
「また貸したの?」
「手を拭いていただいただけです」
「皆、蒼純から借りてるねぇ」
「君は返した?」
京楽が横から覗く。
俺が手に掛けていた布を見せると、へえと声を出した。
「君が洗ったの。珍しいものを見たな」
「俺だって洗うよ」
「僕のところへ来る時は、いつも乾いた顔をしてるからねぇ」
「乾いた顔って何よ」
「卯ノ花隊長に聞けば、もう少し上手に言ってくれると思うけど」
聞かなくていいよ。
そう返す間に奥の障子が動いた。
京楽の刀が上がる。俺も口を閉じ、足を半歩ずらした。開いたところから白い弓が出る。その後ろで肩が動き、矢がこちらへ向いた。
弦が鳴る前に京楽が踏み込む。
一方の刀で弓を外へ払い、もう一方を男の身体へ通した。障子の桟が折れ、白い紙が庭へ落ちる。京楽は男を外へ倒し、そのまま室内へ顔を向けた。
「ほかにいる?」
暗い奥で光が膨らむ。
俺が京楽の脇を抜けた。上がり框へ足を掛け、弦を引いていた男の胸へ斬り込む。奥の柱へ背が当たったところで刀を抜くと、隣の部屋から短い悲鳴がした。
そちらの戸は開いている。
二人が壁際へ寄り、顔の前へ腕を上げていた。手に弓はない。俺は刀を下げ、土間に立つ京楽へ目を向ける。
「こっちは二人。持ってないよ」
「分かった。外へ出してもらえる?」
声を掛けると一人が首を振った。
俺ではなく、床へ倒れた男を見ている。隣の者がその腕を掴み、二人で動かなくなった。
「ここにいたいなら、少し待ってて。刀を持った子が来るけど、手はそのまま見せておいてねぇ」
京楽が隊士を入れる。
俺は柱の脇から身を引き、庭へ降りた。刀についた血を払うと、京楽も隣へ来る。欠けた笠の縁を指で触り、少しだけ持ち上げた。
「悪いね。続きが飛んじゃった」
「何の話だったっけ」
「君の顔」
「じゃあ、飛んだままでいいよ」
京楽が笑う。
笑いながらも刀は納めず、開いた障子へ目を戻していた。
*
銀嶺が来た頃には、橋の上を荷車が通れるようになっていた。
外れた車輪はそのままだが、道を塞いでいた箱は軒下へ寄せられている。榛名が最後の一つを下ろすと、八番隊の子が縄を外して中を確かめた。
銀嶺は箱へ目を落とし、次に家の中を見た。
「残っていたのは二人か」
「ええ。中にいたほかの二人は、今こちらで見ています」
京楽が答える。
銀嶺は頷き、傍に来た蒼純へ短く声を掛けた。二人が話している間に京楽が橋の欄干へ腰を預け、笠を外す。
額にも血がついていた。
「結構、切れてるじゃないか」
「痛くはないよ」
「そういうこと言うと烈に叱られるよ」
「君からそれを聞く日が来るとはねぇ」
佐伯が布を差し出した。
京楽は礼を言って受け取り、頬へ当てる。俺も手元の布を畳んだが、まだ湿っているので懐へ入れるのはやめた。
「烏有隊長、それは乾かしてからで結構です」
蒼純がこちらへ声を掛ける。
銀嶺も布を見る。京楽は頬を押さえたまま、俺たちの顔を順に眺めていた。
「何。借りた布を巡って何かあったの?」
「何もないよ。お前さんのは佐伯へ返してねぇ」
「もちろん。洗ってから」
「そっちまで洗いに下りんでくださいよ」
平子が川辺から戻ってきた。
その後ろで隊士が橋を渡っていく。濡れた二人は荷車へ座らされ、一人は足へ布を巻かれていた。京楽が腰を離すと、八番隊の子が車上から頭を下げる。
「すみません、隊長」
「足を治しておいで。次は滑る前に呼んでくれると、僕も助かる」
「はい」
京楽の手が肩へ触れる。
荷車が動き、車輪が板の継ぎ目を越えた。六番隊の子がこちらへ振り向くと銀嶺が顎を引き、蒼純もその背へ声を掛ける。
俺たちは橋を渡り終えるまで見ていた。
川の流れはまだ速い。さっきまで黒い袖が引っ掛かっていたところを、水草の束が回りながら流れていく。
「南は?」
銀嶺へ顔を向けると、川下の道を示された。
「押さえた。向こう岸の者も戻る」
「じゃあ、ここの橋は通れるねぇ」
「見張りは残す」
京楽が頷く。
「うちから出しますよ。向こうへ渡したい荷もありますし」
「五番隊も二人残せます。川上から来る組がおるんで、そいつらと替えますわ」
平子が橋の入口へ歩く。
佐伯と蒼純もそれぞれ隊士を呼び、道へ集まっていた黒い袖が少しずつ離れていった。銀嶺は六番隊の者を伴って家々の方へ戻る。俺も続こうとしたら、京楽に袖を摘ままれた。
「まだ濡れてるね」
「川の水、冷たかったよ」
「それは聞かなくても分かる」
京楽が袖を離す。
笠を被り直すと傷のついた頬が陰へ入った。橋の向こうをしばらく見てから、俺へ顔を向ける。
「帰ったら一杯どう?」
「お前さん、今それを言うの」
「今言わないと、君はどこかへ行っちゃうでしょう。今日じゃなくてもいいよ。十三番隊にも顔を出してさ」
「浮竹も誘う?」
「うん。酒じゃなくても、座って話すくらいはできるからね」
遠くで誰かが京楽を呼んだ。
返事をして片手を上げる。俺にはまだ答えを催促しないので、こちらから頷いてやった。
「いいよ。佐伯に言っておく」
「君に予定を聞くより確かそうだ」
「聞こえてるよ」
京楽が笑い、声のした方へ歩いていく。
途中で八番隊の子を一人捕まえ、笠の欠けたところを見せていた。困った顔をした子へ何か言い、肩を軽く叩いて先へ送る。
俺のところにも佐伯が戻った。
「隊長。こちらは揃いました」
「うん。じゃあ、行こうか」
橋のたもとで平子が待っている。
蒼純はその隣で袖を直し、俺たちが来ると道へ目を向けた。川から吹いた風に、手へ掛けていた布が揺れる。広げてみると端の方が少し乾いていた。
「まだ持ってはるんですか」
「返すんだから、なくせないだろう」
「そこまで大事にされると、朽木も受け取りにくい思いますよ」
蒼純が平子を見る。
「私はお返しいただけるなら、いつでも」
「ほら。持ってていいんだよ」
「そういう話にしてまうんですね」
声を背に聞きながら道へ入った。
橋の上では八番隊の子が二人、川の両側を見ている。足元の影が細く伸び、その先へ榛名たちの影が重なっていった。