東方竜狩郷 ~幻想郷の狩人少女達~ 作:幻想入りしたガンサー
本作は『東方Project』と『モンスターハンター』シリーズのクロスオーバー二次創作です。以下の点をご了承のうえ、お読みください。
・独自設定・独自解釈が多く含まれます
幻想郷にモンスターが生息し、ハンターという職業が古くから存在する世界として描いています。人里や各勢力の組織、施設などにも本作独自のものがあります。
・原作キャラクターの能力の扱いについて
本作の幻想郷では、妖怪や神の力がモンスターには効きにくいという設定です。程度の能力は狩猟や調査、救助、暮らしを支えるために使われ、大型モンスターを能力だけで倒すことはありません。
・『モンスターハンター』の要素はシリーズ横断です
モンスター、武器、狩猟技術は複数の作品から登場します。ゲームのシステムを物語向けにアレンジしている部分があります。
・狩猟描写について
モンスターとの戦闘、負傷、流血などの描写があります。
・主人公を定めないオムニバス形式です
一話ごとに視点となる人物や舞台が変わります。登場人物が非常に多い作品です。
・キャラクターの口調や関係性に、作者の解釈が含まれます
原作のイメージと異なると感じる場合があるかもしれません。
■表記について
・東方とモンハンの人名・地名・モンスター名は、各話の地の文で初めて出るときに『』で括っています。
・本作独自の名称は、例:《古龍会議》のように《》で括っています。
・モンスターの鳴き声は〈〉で括っています。
・モンハン由来のアイテム名は[]でっています。
以上をご了承いただける方は――ようこそ竜と暮らす幻想の郷へ。歓迎しますわ。
~妖怪の山 麓の哨戒路~
――雷光虫達が蒼い燐光を帯びて流れている。
夜半を過ぎた『妖怪の山』の麓は、虫の声さえ細くなる。その闇の中を、無数の黄色い光の粒が、沢筋に沿って帯のように連なり、山の下へ、下へと漂っていく。
最初に足を止めたのは、隣を歩く白い犬だった。
白い短毛に、背筋だけ灰色の差し毛。人を背に乗せて走れるほど大きな『ガルク*1』の『ハツシモ』が、琥珀色の目を沢の下へ向けている。吠えはしない。ただ、フサフサの房尾がゆっくりと下がった。
"守矢ギルド"所属。山岳哨戒班の白狼天狗『犬走椛』は、部下の背に手を置いた。
「……何か居るのか」
ハツシモは答える代わりに、鼻をひくつかせて斜面を下り始めた。椛も白い尾を揺らして後に続く。
哨戒路から外れた杉の根元で、ハツシモが鼻先を幹に押し当てた。
椛は膝をつき、幹に目を凝らした。樹皮が、人の背丈より高い所から斜めに四筋、深く抉れている。指で触れると、滲んだ樹液がまだ乾いていない。
――付けられたのは、日が沈んでからだ。
抉れた傷の縁に、白い毛が一房、引っ掛かっていた。摘まみ上げた途端、指先でパチリと小さな音が弾ける。
椛は、腰の片手剣に目を落とした。
――雷狼剣盾『千里白狼』。青い雷光の筋が走るその剣と盾は、同じ白い毛を持つ竜の爪と甲殻から打ち出されたものだ。ハツシモの軽い防具にも、同じ毛が縫い込まれている。
ハツシモが、さらに下の沢へ鼻を向けた。
沢の砂地には、無数の足跡が乱れていた。小さな三本指の跡が、群れをなして下流へ向かっている。その上を、別の足跡が踏み潰していた。四つ足。椛の掌を三つ並べてもまだ足りない大きさで、指の先だけが深く刺さっている。
砂の上には、千切れた羽毛が点々と散っていた。丸く、柔らかい、鳥竜の羽だ。
――群れを追って、走っている。
椛は立ち上がり、崖の縁まで出た。千里先まで見通す目が、闇と木々の奥を探っていく。もっとも、見えるのは真っ直ぐ通った線の先だけだ。尾根の陰も、藪の裏も見えない。だから天狗は、足で回り込む。
岩棚を三つ跳び降り、視界が開けた所に――
――居た。
沢の出口を見下ろす大岩の上に、それは座っていた。
狼に似た、だが狼の何倍もある巨体。胴を覆う碧色の鱗が、月の光を鈍く返している。頭から背、前脚にかけて並ぶのは黄土色の甲殻。首回りと腹を包む白い毛が夜風にそよぎ、額から前へ伸びる二本の角は、兜の飾りのようにも見える。
山の奥深くに棲む『牙竜種*2』で、ハンター達は"無双の狩人"と呼ぶ。
竜は動かない。ただ、流れてきた雷光虫が、次々とその背へ吸い寄せられていく。甲殻の隙間に灯る光が、呼吸に合わせるように、ゆっくりと数を増していた。食事の前に、力を溜めているのだ。
竜が顔を上げ、傾いた月に向かって一声吠えた。
腹の底を震わせる遠吠えが、谷に長く尾を引く。椛の耳がピクリと動き、ハツシモの背中も一度だけ強張った。
椛は視線を麓の原へ送った。沢の先に、丸い影がいくつも固まって動いている。嘴の大きな、ずんぐりとした鳥竜――『ガーグァ*3』の群れだ。群れは東へ。人里の外れの畑と、夜明けと同時に荷車が出る街道の方へ、ノロノロと歩いていた。
「……まずいな」
椛は低く呟いた。
早急に知らせなければならない。だがハツシモを里まで走らせれば、その間はあの竜から目を離すことになる。
「あやや。こんな夜更けに、犬が犬を連れて怖い顔ですねぇ」
――彼方を立てれば此方が立たぬ。思い悩む白狼天狗の頭の上から、場違いに明るい声が降ってきた。
木の枝に腰掛けているのは、黒い翼の鴉天狗『射命丸文』だった。首から写真機を下げ、腰には黒い双剣を帯びている。
「ハツシモは部下、ガルクです。それと、そこは警戒線の内側です」
「いやいや、線の上ですよ、線の上」
椛は溜め息を飲み込んだ。今この場で、誰より速く里へ着けるのは、この鴉天狗だ。
「人里の『中央会館』へ急報を。雷狼竜一頭、山から麓へ降下中。ガーグァの群れを追って東へ。夜明け前に原へ出ます」
文の目から、揶揄うような色がスッと消えた。
「承りました。お代は次の記事の一面ということで」
椛が言い返す前に、黒い影はもう里の方角へ一直線に消えていた。
大岩の上で、雷狼竜が腰を上げた。巨体が音もなく斜面を下り始め、黄色い光の帯がその後を追う。
椛はフッと息を吐いて意識を切り替え、ハツシモの背に跨がった。白いガルクは主を乗せたまま、その光を見失わない距離を保って駆け出した。
~中央会館~
―――夜明けの半刻前、『幻想郷中央狩猟会館』の広間には、まだ火鉢の灯りしかなかった。
人里ギルドの"ギルドマスター"『上白沢慧音』は、受付台で昨日の報告書に目を通していた。独特の帽子に、大きな赤いリボン。寺子屋の先生でもある慧音の朝は、誰より早い。
それ故に、本来受付を持ち場とする少女が時間外で居ない時は彼女が受付台に立つ。――このギルドが立ち上がった当初はそうしていた為、慧音にとっては慣れたものだった。
壁際の長椅子では、黒い三角帽を顔に乗せた誰かが寝息を立てている。足元には、継ぎ足しだらけのヘビィボウガン*4が立てかけてあった。その陰で、黒い毛玉が干し肉を抱えて丸くなっている。
珍しい依頼ほど早い者勝ち――そう信じて夜のうちから張り替えを待つ常連は、一人しか居ない。
――そんな中。表の戸が、風と一緒に勢いよく開いた。
「――夜分遅くに失礼します!山より急報です!」
飛び込んできたのは文だった。息一つ乱れていないが、いつもの笑みが顔にない。
「守矢ギルド哨戒班、犬走椛からの伝言です。雷狼竜一頭、山から麓へ降下中。ガーグァの群れを追って東へ。夜明け前に原へ出る、と」
長椅子の上で、帽子が跳ね上がった。
「――雷狼竜だって?」
人里ギルド所属のハンター『霧雨魔理沙』が身を起こしていた。金髪に、黒白の魔女服。その膝の上に、鼻先と手足の先だけが白い黒猫がよじ登る。魔理沙のオトモ、[メラルー*5]の『クスネ』だ。
慧音は、少しの間だけ目を閉じた。
――山の雷狼竜は、本来人を狙わない。狙うのは獲物と、縄張りを荒らす者だけだ。だが東の街道には、もうすぐ荷車が出る。荷を曳く草食竜が暴れれば、竜はそれを獲物と見るだろう。
倒せるか、ではない。
――本当に狩る必要があるか、だ。
「区分は"誘導"。必要なら"撃退"*6とする」
慧音は目を開けた。
「雷狼竜は山の竜だ。山へ帰ってもらう。――魔理沙」
「おう」
「後ろから撃て。あれは頭を低く構えて向かってくる。散弾*7なら頭に当たりやすいはずだ。……ただし、深追いはするなよ。討伐しても、依頼の達成とは見做さんぞ」
「分かってるって。追い払うだけでも、落とし物は拾えるしな」
魔理沙はにやりと笑い、重弩を担ぎ上げる。
膝から転げ落ちたクスネが、干し肉を咥え直してかすれ声で言う。
「……爆弾、使っていいニャ?」
「あぁ、好きなだけ使え」
「射命丸、もう一つ頼まれてくれ。――『博麗神社』へ。原野の側から回り込める者が要る」
「霊夢さんですね。起きてるといいんですけど」
「起きていなければ、叩き起こしてくれ」
二人と一匹が出ていくと、慧音は新しい依頼票に筆を走らせ、朱の判を押した。
依頼票を掲示板の一番上に貼り、慧音は東の窓を見た。
まだ暗い空の底で、雲もないのに、青白い光が一度だけ瞬いた。
~東の街道~
―――街道の両側には、霜の降りかけた大根の畑が広がっていた。
東の空は白み始めていたが、畑の上にはまだ夜の青さが残っている。魔理沙は土手の上に腹這いになり、重弩の脚を土に据えた。
魔砲重弩『恋色彗星』。一頭の竜から作った得物ではない。あちこちで拾い集めた素材を継ぎ足し、改造を重ねてきた魔理沙だけの相棒だ。銃身の脇に据え付けたミニ八卦炉が、まだ火を入れずに黙っている。
隣ではクスネが、爆弾の詰まった袋の口を一つずつ確かめていた。
〈グワッ、グワワッ!グワッ!〉
畑の向こうから、丸い影の群れが転がるように駆けてきた。ガーグァだ。十羽ほどが嘴を開けて喚きながら、畝を踏み散らして逃げていく。
――その後ろの土手が、光った。
黄色い光の粒が溢れ出し、碧色の巨体が土手を跳び越える。音がしない。あれほどの体が重さを持たないかのように宙を渡り、逃げ遅れた一羽の上に、ドッと落ちた。
ガーグァの悲鳴は、すぐに途切れた。
竜は獲物を前脚で押さえ込み、顔を伏せる。骨の砕ける音が、畑の上を渡ってきた。背の雷光虫が、食事の間もゆらゆらと明滅している。
魔理沙は息を殺した。でかい。肩の高さだけで、人の背丈の倍はある。
「……魔理沙さん」
畦道の向こうから、白いガルクが足音もなく駆けてきた。その背から椛が飛び降りる。夜通し追ってきたのだろう。息は荒いが、目は竜から一度も離れていない。
「食事の途中です。今はまだ刺激しないでください。食べ終えたら、山へ向きを変えるかもしれません」
「了解だぜ。……食って帰ってくれりゃ、話は早いんだがな」
魔理沙がそう呟いたのと、街道の曲がり角からゴトゴトと車輪の音が聞こえてきたのは、ほとんど同時だった。
炭俵を高く積んだ荷車が、一頭の[アプトノス*8]に曳かれて角を曲がってくる。御者台では、手拭いを頭に巻いた老人が、のんびりと煙管を咥えていた。
――その老人の口から、ポトリと煙管が落ちた。
〈ブォオオオッ!〉
草食竜が恐ろしい存在を前に甲高く鳴いて立ち上がり、荷車ごと横へ跳ねた。炭俵が崩れ、車輪がガタンと溝に落ちる。老人の体が御者台から投げ出され、街道の土に転がった。
――その物音で、雷狼竜が顔を上げた。
口の端から無残に千切れたガーグァの羽を垂らしたまま、ゆっくりと首を巡らせる。暴れるアプトノスを見る。転がった老人を見る。
値踏みするような目だった。
「くそっ、マズいぞ!このままじゃあの爺さんが――」
「ハツシモ!」
椛の鋭い声が、魔理沙の言葉を断ち切った。
白いガルクが、首に結わえた巻物を口で引き抜き、地面に叩きつける。薄い煙がふわりと広がり、白い体を包んだ。煙が晴れたとき、そこに居るはずの犬の気配が、魔理沙にはほとんど感じ取れなかった。
[隠れ身の巻物*9]だ。
気配を消したハツシモは、竜の視線の下を音もなく横切った。腰を打って動けない老人の襟を咥え、器用に背へ引き上げる。老人が目を白黒させているうちに、白い背中はもう里の木戸の方へ駆け出していた。
竜の鼻先が、戸惑うように揺れる。
その鼻先が、次に向いたのは――溝にはまった荷車と、暴れ疲れたアプトノスだった。
竜が食べかけの獲物から前脚を離した。太い尾が、地面を一度、ゆっくりと叩く。
椛が盾を構えて畦を駆け、荷車の前に回り込む。魔理沙は重弩の引き金に指を掛けた。
竜が、天を仰いだ。
周りの畑から、黄色い光の粒が一斉に湧き上がった。草の根元に潜んでいた雷光虫が、残らず竜の背へ吸い寄せられていく。
「おいおい、溜める気かよ……!」
魔理沙が呻いた、その時だった。
――東の空から、赤と白の影が、竜の目の前に滑り降りてきた。
~東の畑~
―――草履の裏が、霜の降りた土を踏んだ。
神社の主、当代"博麗の巫女"『博麗霊夢』は、目の前の碧い巨体を見上げた。赤白の巫女服の上に、薄紅の鱗と淡い青の甲殻を重ねた軽い装束。大きな赤いリボンが、竜の吐く息に揺れる。
竜は天を仰いだまま、喉を震わせていた。背の甲殻の隙間で、雷光虫の光がうねっている。まだ吠え終わっていない。光を溜めている途中だ。
――なら、今のうちに頭を叩く。
「魔理沙、頭!」
「おう!」
霊夢の言葉に、腐れ縁の幼馴染は異論を挟まず動き出す。
土手の上で、重弩が火を噴く。散弾が扇のように広がり、竜の頭に叩きつけられる。甲殻に弾かれた鉛が、火花になって散った。
霊夢は背中の太刀を抜いた。
泡狐刀『夢現ノ縁』。泡狐竜のなめらかな曲線を写した刀身に、薄紅と淡い青の泡の紋が浮いている。
散弾に打たれて沈んだ顎の下へ潜り込み、太刀を振り上げた。刃が泡を散らしながら、角の付け根を裂く。
〈ギャウッ!〉
竜がのけぞり、背に集まりかけていた光がパッと散った。溜めが途切れたのだ。
だが、怯んだのは一瞬だけだった。
竜の右の前脚が、高く上がる。白い毛の中から、隠れていた黒い爪がせり出してくる。
霊夢は動かない。
見る。脚が上がりきる。肩の筋肉が締まる。重心が、右から左へ移る。
――今。
半歩だけ、左へ。振り下ろされた前脚が袖をかすめ、ドンッと街道の土を割った。間を置かず、二撃目。もう半歩ずれる。三撃目は跳び込むように前へ出てくる。霊夢は地を蹴って体を浮かせ、竜の肩の上を越えた。
着地と同時に、後脚を斬る。一太刀、二太刀。泡が弾ける。
竜が身を翻し、太い尾を横薙ぎに振り抜いた。伏せた霊夢の頭上を尾が過ぎ、その先端から、青白い光の玉が弧を描いて土手へ飛んでいく。
「うおっ!?」
「曲がって飛んでくるニャ!ずるいニャ!」
土手で魔理沙とクスネが転がった。無事らしい。
竜はもう霊夢を見ていなかった。頭を低くし、荷車の方へ向き直る。暴れ疲れたアプトノスの方へ。
その進路に、白い影が割って入った。
椛だ。盾を正面に構え、体ごとぶつかっていく。ガンッ、と鈍い音が響き、椛の足が土を削って後ろへ滑った。それでも退かない。歯を食いしばって押し返し、突進がわずかに逸れる。
荷車の鼻先を、竜の肩がかすめて過ぎた。
竜は大きく跳び退き、畑の真ん中に四肢を突く。そして、天を仰いだ。
「霊夢さん!また溜める気です!」
上空から、文の声が降ってきた。
霊夢は走った。
――間に合わない。勘で分かっていた。一声。二声。畑中の雷光虫が光の川になって、竜の背へ流れ込んでいく。
そして三声目――
――竜の全身から、蒼光が爆ぜた。
額の角が前から上へ起き上がり、背の甲殻が逆立つ。その縁を蒼白い電光が走り、白い毛は針のように立った。周りの空気が、焦げた匂いを帯びてパチパチと鳴る。
竜が、消えた。
そう見えるほど速かった。霊夢は勘だけで横へ跳ぶ。一瞬前まで立っていた場所に、雷を纏った前脚が叩きつけられ、雷が地面を這って広がった。
避けたはずの左腕が、ビリッと痺れた。
「……っ」
指先の感覚が鈍い。太刀を握る手に、うまく力が入らない。
竜が二撃目を振りかぶる。前脚に、さっきより太い雷が渦を巻いていく。
「させるか、っての!」
土手の上で、ミニ八卦炉が赤く灯った。熱で弾込めを速めた散弾が、雨のように竜の顔を打つ。振りかぶった前脚が、グラリと揺れた。
「クスネ、今だ!」
「借りは返すニャ!」
黒い影が畝の間を矢のように走り、竜の鼻先へ跳び上がった。起き上がった右の角に、小さな竜弾を突き立てる。メラルーの得意技、[起爆竜弾*10]だ。
散弾が当たる。竜弾が、ボンッと爆ぜる。もう一発。また爆ぜる。打たれるたびに竜の首がのけぞり、背の光が少しずつ散っていく。
周りの音が、遠のいていった。
視界に残るのは、竜の右の角だけ。さっき斬った付け根に細い亀裂が走り、爆ぜるたびに、ほんの少しずつ開いていく。
――あそこだ。
霊夢は踏み込んだ。痺れの残る左手を柄に添え、右手で振る。刃に気を込めて一太刀。返して二太刀。竜が頭を振り上げる、その動きに合わせて体を回し――三太刀目を、亀裂のど真ん中へ。
――バキン、と乾いた音がした。
折れた右の角が、宙を舞った。
竜が大きくのけぞる。逆立った甲殻の隙間から、雷光虫が一斉に飛び立った。何百、何千という光の粒が夜明けの空へ舞い上がり、花火のように散っていく。
甲殻が閉じた。角が下がる。毛が寝る。全身の電光が、スウッと消えた。
竜は、肩で息をしていた。
霊夢は太刀を構えたまま、懐から護符を三枚抜き、竜と里のあいだの地面へ続けざまに投げた。護符が土に刺さり、薄い光の壁が街道を横切って立ち上がる。竜を倒す力はない。ただ、こちらへは来るな、と告げるだけの壁だ。
「椛、ガーグァの群れは!」
上空の文が叫ぶ。畦の上で、椛が北を見た。
「山裾まで戻っています!沢の出口です!」
竜は、霊夢を見た。光の壁を見た。盾を構えた椛を、土手の上の魔理沙を、毛を逆立てたクスネを、一人ずつ見た。
値踏みするような目は、もうしていなかった。
竜は食べかけのガーグァを咥え、ゆっくりと背を向けた。碧い背が畑を北へ横切っていく。急ぎもせず、振り返りもせず、山裾へ。その後ろを、まだ離れずにいた雷光虫が、細い光の帯になってついていった。
原の端で、竜が一度だけ足を止める。昇り始めた朝日が碧い鱗を照らし、竜は首を高く上げた。
――山に向かって、長く吠えた。
遠吠えは白んだ空に吸い込まれ、光の帯は、やがて山の影に溶けて見えなくなった。
霊夢は太刀を鞘に納め、その場にペタンと座り込んだ。
「……お腹空いたわね」
土手の上で、魔理沙が笑い転げる声がした。
~中央会館 記録室~
―――日が高くなる頃、記録室の戸の向こうから、広間の賑わいが聞こえていた。
「だから撃退でしょ。角も折ったし、誰も死んでないし。満額よね?」
「御者が腰を打った。それと、お前の左腕もな」
「これは私の腕だからいいのよ」
「よくなどない」
「くすねてきたニャ」
「誰も聞いてないぜ、クスネ」
中央会館の記録室長『稗田阿求』は、小さく笑って墨を磨った。
机の上には、折れた雷狼竜の角が置いてある。霊夢と魔理沙がどちらの物かで揉めかけたのを、「まずは記録と調べ物です」と預かったのだ。黄色い角の表面には、不揃いな小さな孔が並んでいる。折れ口に触れると、残っていた電気で、指先がかすかに痺れた。
阿求は筆を取り、狩猟記録の新しい頁に今朝のことを書き付けていく。
区分:誘導・撃退。ギルドマスター上白沢慧音、承認
出動:博麗霊夢、霧雨魔理沙(オトモ一)。守矢ギルド哨戒班、犬走椛(オトモ一)。伝令、射命丸文
超帯電への移行は一度。右角を折り、これを解く。雷狼竜は獲物を咥え、自ら山へ帰る
怪我人、二名。荷車の御者、腰に打ち身。博麗霊夢、左腕に雷の痺れ。いずれも軽傷
最後の一行を書き終えて、阿求は筆を置いた。
墨が乾くのを待ちながら、頁をそっと戻していく。昨日の記録。先月の記録。去年の記録。何が出て、誰が行き、どうなったか。棚に並んだ記録帳の背は、壁一面を埋めて天井近くまで続いている。
竜が来て、追い返して、それでも朝は来る。昼には人が依頼を持ち込み、夕方にはハンター達が帰ってくる。
阿求は少しだけ迷ってから、今朝の頁の隅に、小さく書き添えた。
窓の外の高い空を、大きな翼の影がひとつ、ゆっくりと渡っていく。広間の誰も、それを見上げて足を止めはしなかった。
そして竜を狩る者と、その間に立って記録を残す者が居る。
こんな感じで始まります。
『犬走椛』
所属:守矢ギルド
役職:山岳哨戒班
武器:雷狼剣盾『千里白狼』(片手剣)
オトモ:『ハツシモ』(ガルク)
『射命丸文』
所属:守矢ギルド
役職:『文々。新聞』記者
武器:疾風双刃『文々旋羽』(双剣)
防具:迅竜装【烏羽】
『霧雨魔理沙』
所属:人里ギルド、および猟団"魔狩の集い"
武器:魔砲重弩『恋色彗星』(ヘビィボウガン)
防具:百竜装【恋色】
オトモ:『クスネ』(メラルー)
『稗田阿求』
所属:人里ギルド
役職:記録室長、編纂者
『上白沢慧音』
所属:人里ギルド
役職:ギルドマスター。寺子屋の先生兼任
『博麗霊夢』
所属:人里ギルド(拠点は博麗神社)
役職:博麗の巫女
武器:泡狐刀『夢現ノ縁』(太刀)
防具:泡狐装【楽園】