東方竜狩郷 ~幻想郷の狩人少女達~   作:幻想入りしたガンサー

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第二十三話:空の王と陸の女王-前編

~中央会館 ギルドマスターの部屋~

 

――夜明けから半刻。部屋の中は、もう人で一杯だった。

 

 慧音の机の上には、阿求の地図が広げてある。東の尾根、麓の小道、沢沿いの近道、榎の休み場、そして里の東の外れの孵卵小屋。昨日、番が辿った道に、朱の線が一本引き足されていた。

 そんな机の周りに、様々な顔振れが揃っている。

 地図の端を押さえる阿求。腕を組んで壁にもたれる妹紅と、その足元に伏せたオキ。窓際で肩に凭れさせている太刀の柄に手を置いた明羅。椅子の背に顎を乗せた魔理沙と、その膝の上で尻尾を揺らすクスネ。帳面を抱えた小鈴。図面の束を胸に抱えた里香。目の下に隈を作った理香子。

 

 そして――扉の脇の柱に霊夢が背を預けていた。

 昨夜遅く、博(・)麗(・)特(・)任(・)から戻ってきたばかりだ。袖にはまだ埃が付いている。神社に帰り着いたら、境内に百十二人が寝ていた。その顛末を、霊夢は夜のうちにカナとあうんから聞いていた。

 

「――区分を定める」

 

 慧音が地図から顔を上げた。

 

「撃退と、卵の巣への返還だ。番は狩らない。卵を――親の元へ返す」

 

 誰も口を挟まなかった。

 

「理香子。卵の様子は」

「七つのうち、罅が入ったのが三つ」

 

 理香子は隈の浮いた目を擦る。

 

「一つ目は、もう嘴の先が見えてる。今日の昼までには出てくるわ。残りも、三日は待たない。――孵ったら、籠の中で鳴くでしょうね。火竜の仔の声は、高くて遠くまで通るの」

「親が聞きつけるか」

「えぇ。里の中でね」

 

 小鈴が、帳面を抱える腕に力を込めた。

 

「――だから、全部が孵る前に返す」

 

 慧音が、地図の上の東の尾根を指で叩いた。

 

「だが昨日、番は卵の匂いを追って参道まで下りてきた。今、巣にはリオレイアが伏せていて、リオレウスが隣の岩で見張っている。籠を担いで尾根を上がれば、運ぶ者は卵を盗った者として迎えられる」

「……そりゃそうだろうな」

 

 魔理沙が椅子の背の上で顎を動かした。

 

「卵を持ってったのはこっちだ。向こうからすりゃ、盗人が戻ってきたってことになる」

「だから、番を一度巣から引き剥がす」

 

 慧音は地図の上に指を二本置いた。

 

「リオレイアとリオレウスを分ける。リオレイアは地面を守る。リオレウスは空から追う。――それぞれに組を当てて、巣から遠ざけている間に、籠を巣へ運び上げて、卵を窪みに戻す。戻したら、全員で退く。番が巣に戻って卵を抱けば、それで終わりだ」

「――リオレイアは、私が引き受けるわ」

 

 柱の脇から、霊夢が言った。

 

「明羅さんと二人で」

 

 明羅が窓際で小さく頷く。

 

「地面の竜なら、太刀で間合いを測れる。――引き受けよう」

「理由を聞いてもいいか、霊夢」

「私の神社の参道を荒らしたのよ」

 

 霊夢は、慧音の顔を見ずに言った。

 

「特任(急用)で留守にしてた私が言えた義理じゃないけど。屋台を燃やされて、あうんの盾が真っ黒になって、百十二人が拝殿で寝たの。――それに、カナが一晩中歌ってたって」

「……そうか」

 

 慧音は、それ以上は聞かなかった。

 

「リオレウスは」

「私だろ」

 

 魔理沙が椅子から立ち上がった。背中の恋色彗星が、ガチャリと鳴る。

 

「空の上のやつを撃ち落とせるのは、ヘビィボウガンくらいだぜ。――ああ、言っとくけど[火炎弾]は持ってかない。火竜に火を撃ち込んだって、喜ばせるだけだ」

「何を使う」

「――[徹甲榴弾]。頭に当てれば、空の上でも目を回す。それと、八卦炉の熱の通り道を組み直した。湿気てもすぐ撃てる。――理屈の上ではな」

「理屈の上では、ニャ」

 

 クスネが魔理沙の膝から床へ飛び降りた。

 

「籠は」

「わたしの仕掛けで運ぶのです」

 

 里香が図面の束を机に広げた。

 

「十三日前に崖から下ろした滑車と吊り籠は、まだ尾根に残してあるのです。下ろした道を、そのまま逆に上げればいいのです。荷台は二台。籠は七つ、藁を詰め直して、炭の行火を入れたのです」

「籠の護衛は」

 

 慧音の目が壁にもたれた妹紅に向いた。

 妹紅はしばらく黙っていた。それから、組んでいた腕を解いた。

 

「……私が行く」

 

 腰の火竜双刃『鳳翼天翔』の柄に手が触れる。

 

「火竜の卵を、火竜の剣で守るってのも、妙な話だがな」

「妹紅さん」

 

 阿求が地図から顔を上げた。

 

「嫌なら、他の方に――」

「嫌って訳じゃない」

 

 妹紅は短く言い返す。

 

「十三日前、卵を下ろしたのも私だ。だから――返すのも、私がやる」

 

 オキが妹紅の足元で首を上げた。灰白の尾が、床をパタリと一度叩く。

 慧音は全員の顔を順に見た。

 

「理香子は籠と一緒に巣へ上がって、卵を窪みに戻せ。並べ方は元の通りに」

「当然よ。窪みの位置も、向きも、全部帳面に付けてあるわ」

「阿求は、尾根の見張りの岩陰から記録を。番の動きと、退いた方角を」

「はい。――番の飛び立つ向きも、残らず書きます」

 

 阿求の声が、少しだけ硬かった。昨日引き足した朱の線の先も、戌亥の方角を向いている。

 

「小鈴は里に残れ。東の外れの封鎖は解くな。何かあれば狼煙を見ろ」

「承ります」

 

 慧音は、地図を畳んだ。

 

「出るのは、昼だ。一つ目の卵が孵るのを待つ」

「……待つの?」

 

 霊夢が初めて慧音の方を見た。

 

「孵ったら鳴くんでしょ。わざわざ――」

「ここは、敢えて鳴かせる」

 

 慧音は、静かに言った。

 

「仔の声が聞こえれば、リオレイアは巣を離れて声の方へ来る。卵の匂いを追って参道まで下りてきた親だ。声なら、尚更だ。――巣から引き剥がす、一番確かな餌になる」

 

 部屋の中が静まり返った。妹紅が低く息を吐く。

 

「……餌、か」

「囮にするのは、声だけだ。仔には、指一本触れさせん」

 

 慧音は妹紅を真っ直ぐに見た。

 

「そのための、護衛だ」

 

 妹紅は慧音の目を見返し、それから小さく頷いた。

 

「――分かった」

 


~人里 東の外れ 生態研究室の孵卵小屋~

 

――孵卵小屋の中は、炭の匂いと熱でむっとしていた。

 土間の真ん中に、低い炉が切ってある。炉の上に渡した鉄の棚に、藁を敷いた浅い木箱。木箱の中に、七つの卵が並んでいた。

 どれも、人の頭より一回り大きい。くすんだ赤茶の殻に、黒い斑が散っている。

 

――その一番手前の卵が、コツと鳴った。

 理香子は木箱の脇に膝をつき、息を詰めて卵を見ていた。隣に妹紅がしゃがみ込み、その後ろで、オキが鼻をヒクヒクさせている。

 

――コツ、コツ、コツ。

 

 殻の罅が少しずつ伸びていく。罅の縁から、白い粘りのある膜が覗いた。

 

「……出るわね」

 

 理香子が呟く。

 

――殻の一片が、内側からパリッと押し上げられた。

 黄色がかった、小さな嘴が突き出る。嘴の先には、殻を割るための白い突起が一つ付いていた。嘴は殻の縁を何度も突き、そのたびに罅が広がっていく。

 やがて――殻の上半分が、ゴトリと藁の上へ転げ落ちた。

 濡れた小さな頭が現れた。

 赤い鱗はまだ柔らかく、粘膜に濡れて光っている。閉じた瞼の縁は薄く、透けるようだ。頭の後ろに、小さな突起が二つ。いずれは角になるのだろう。

 仔は、首を左右に振った。粘膜が飛び散り、藁に落ちる。それから、ゆっくりと瞼を開けた。

 金色の目だった。

 炉の火を映して、チラチラと揺れている。

 

「…………」

 

 妹紅は何も言わなかった。

 仔は殻の中から前脚を出した。翼になる前脚の先に、小さな爪が三本。その爪で殻の縁を掴み、体を引き上げようとする。だが、濡れた殻の上で爪が滑り、仔は藁の中へコロンと転がった。

 理香子が小さく笑う。

 

「いいわ。上手よ。――自分で出てきたのね」

 

 仔は藁の中でもがき、四つ脚で踏ん張って起き上がった。体は、猫ほどの大きさしかない。それでも、未熟な小さな翼が畳まれ、尻尾の先は細く尖っていた。

 仔が、口を開けた。

 

〈ピィー……!〉

 

 高く、細く、震えるような声だった。

 孵卵小屋の板壁を抜けて、外の空気へ真っ直ぐに通っていく。オキの耳がピンと立つ。

 

「……確かに届くな、これは」

 

 妹紅が低く呟く。

 

「えぇ。尾根までだって、届くかもしれない」

 

 理香子は帳面を開き、筆を走らせた。

 

――『一つ目、孵化。巳の刻。雄個体の可能性。鳴き声、高く通る』

 

 仔は、もう一度鳴いた。それから、首を巡らせて、傍らの妹紅を見上げた。

 金色の目が、妹紅の腰の双剣に向いた。赤い鱗を張った鞘。仔の鱗と、同じ色だった。

 仔が、ヨチヨチと妹紅の方へ歩き出した。

 

「――おい、待て」

 

 妹紅の手が、仔の前で止まった。触れずに、ただ止めた。

 

「私は親じゃない」

 

 仔は、妹紅の手の前で立ち止まり、首を傾げた。それから、手の匂いを嗅ぐように鼻先を寄せ、もう一度細く鳴いた。

 妹紅は仔の目を見なかった。

 

「……こいつが嗅いでるのは、鞘の匂いだ」

「そうでしょうね」

 

 理香子は、仔をそっと両手で掬い上げた。藁と行火を詰めた籠の中へ、静かに下ろす。

 

「火竜の鱗の匂いよ。親の匂いに、一番近いもの」

 

 妹紅は、腰の双剣の柄を握った。

――昔、妹紅はこの双剣の元になった火竜を狩った。炎に焼かれても立ち上がる妹紅を知らずに、最後まで逃げずに戦った竜だった。剥ぎ取りの前に、長く黙ったことを覚えている。

 

「――仔を巣へ返す時」

 

 妹紅は、籠の中の仔を見下ろした。

 

「親が、こいつの声に呼ばれて来るんだろう」

「えぇ」

「親は、私の剣を見て、何を思うだろうな」

 

 理香子は、答えなかった。

 代わりに、籠の蓋を半分だけ閉めた。藁の隙間から、金色の目がこちらを見上げている。

 

「何も思わないわよ、きっと」

 

 理香子は、籠の取っ手を妹紅の方へ差し出した。

 

「竜は、剣の素材なんて気にしない。気にするのは、自分の仔の前に誰が立ってるか、だけ」

 

 妹紅は、籠の取っ手を受け取った。

 軽かった。猫一匹ほどの重さしかない。

 

「……そうか」

「だから、ちゃんと立ってて。仔の前じゃなくて、仔の隣に」

 

 籠の中で、仔がまた細く鳴いた。

 孵卵小屋の戸口から、里香が顔を出した。

 

「――荷台、出せるのです!慧音さんが、表で待ってるのです!」

 


~人里 東の外れ 木戸~

 

――昼過ぎ、東の外れの木戸が開いた。

 昨日から閉じられていた木戸だ。木戸の内側には、里の人々が遠巻きに集まっていた。荷台が二台、ゴトゴトと木戸を抜けていくのを、黙って見送っている。

 一台目の荷台の轅を、里香が引いていた。籠が六つ、藁の山の間に並んでいる。二台目には、籠が一つだけ。その籠を膝に抱えて、妹紅が荷台の縁に腰掛けていた。オキが、荷台の脇をピタリと並んで歩く。

 木戸の脇に、小鈴と麟が立っていた。

 

「慧音先生!」

 

 麟が慧音の前に駆け寄った。足元でアマネが小さな包みを咥えている。

 

「これ、アマネが朝のうちに摘んできた[薬草]です。[解毒薬]の分は、会館で調合してもらいました。……リオレイアの尻尾の毒は、半日立てなくなるって、理香子さんが」

「あぁ、助かる」

 

 慧音は包みを受け取り、腰の袋に収めた。

 

「麟。お前は小鈴と一緒に、ここで木戸を守れ。狼煙が上がったら、すぐに閉めろ」

「……はい」

 

 麟は少しだけ唇を噛んだ。それから、二台目の荷台の上の籠を見た。藁の隙間から、小さな金色の目が覗いている。

 

「孵ったんですね」

「あぁ。今朝だ」

 

 麟は籠に向かって小さく手を振った。

 

「……ちゃんと、お母さんのところに帰るんだよ」

 

 籠の中で、仔が細く鳴いた。

 荷台の後ろを、霊夢と魔理沙が並んで歩いていた。

 

「――で。どこ行ってたんだよ、霊夢」

 

 魔理沙が、横目で霊夢を見た。

 

「特任」

「だから、特任でどこに行ったんだ」

「言えないわよ。特任なんだから」

「言えないような所に三日もか」

「四日よ」

 

 霊夢は前を向いたまま言葉を続ける。

 

「帰ったら境内に百十二人寝てて、参道の屋台が三つ燃えてて、榎の根元が掘り返されてて、あうんが煤だらけで、カナの声が嗄れてたわ」

「……そりゃ、ご愁傷様だぜ」

「ご愁傷様は、私じゃないわよ」

 

 霊夢は、前を行く二台目の荷台を見た。妹紅の膝の上の籠を見つめる。

 

「――あの子の親。十三日も卵を探してたんでしょ。戻ってみたら巣は空っぽで、匂いを辿ったら人の祭りに出くわして、太鼓で追い返されて」

「同情してるのか」

「してないわよ」

 

 霊夢は太刀の柄に手を置いた。

 

「さっさと返して、さっさと帰ってもらうの。それだけ」

 

 魔理沙は、霊夢の横顔をしばらく見ていた。それから、肩を竦めた。

 

「お前のそういうとこ、嫌いじゃないぜ」

「うるさいわね」

 


~東の尾根 麓の小道~

 

――昼を過ぎた尾根は、静まり返っていた。

 

 麓の小道の出口、平たい石の置かれた空き地に、荷台が二台並んでいる。一台目には、藁を詰めた籠が六つ。二台目には、籠が一つだけ。仔の入った籠だ。

 慧音は空き地の真ん中に立って、尾根を見上げていた。

 ここから岩棚の巣までは、斜面を真っ直ぐに上がって四町ほど。岩棚の縁は、木々の向こうに少しだけ覗いている。

 

「――足跡を見てくる」

 

 明羅が太刀の鞘を押さえて小道へ入っていく。霊夢は黙ってその後に続く。

 慧音は空き地の土に屈み込んだ。

 昨日の朝、麟が掌で測った足跡がまだ残っていた。三本の太い指。その上に、新しい足跡が重なっている。指の溝が、昨日のものより鋭い。土の縁が、まだ崩れていなかった。

 

「……夜のうちに、もう一度下りてきてるな」

 

 慧音の後ろから魔理沙が覗き込んだ。

 

「仔を探してか?」

「おそらく。平石の周りを回って、また巣へ戻っている」

 

 足跡は、平石の周りを二度回り、それから小道を上へ戻っていた。沢へ下りる踏み跡の方には、向かっていない。

 

「昨日みたいに、匂いを辿ってずっと下りる気はなかったらしいな」

「匂いを確かめに来ただけだ。――ここまでが、あのリオレイアの見回りの端だ」

 

 慧音は立ち上がり、空き地の縁の灌木に目をやった。

 灌木の葉が焦げていた。

 一本だけではない。空き地を囲むように、点々と焦げた跡が続いている。枝の先が黒く縮れ、根元の草が丸く焼けていた。焦げ跡は、地面ではなく、上から叩きつけられたように放射状に広がっている。

 

「空から撃ったな、これは」

 

 魔理沙が、焦げた枝を一本折り取った。

 

「リオレウスの方だな。火の玉を、空の上から落としてる。見回りの輪の、外側の縁に沿って何発も」

「縄張りの印だ」

「印にしちゃ、派手だが」

 

 魔理沙は枝を放り捨て、空を見上げた。

 雲一つない昼の空に、影は見えない。だが、尾根の向こうの空のどこかに、あの雄がいるはずだった。

 

「……クスネ」

「ニャ」

 

 クスネが空き地の端の岩陰から、何かを咥えて戻ってきた。

 薄い、赤茶色の皮の切れ端だった。手のひらほどの大きさで、縁がギザギザに裂けている。片面には細い血の筋が乾いてこびり付いていた。

 

「落ちてたニャ。焦げてないニャ」

 

 理香子が、荷台の脇から歩み寄ってきた。皮の切れ端を受け取り、陽に透かす。

 

「……翼膜ね。火竜の、翼の膜」

「雷鼓が言ってたやつか」

「えぇ。左の翼の、裂け目の端だと思う。羽ばたくたびに裂け目が少しずつ広がって、端が千切れて落ちたのよ」

 

 理香子は、裂けた縁を指でなぞった。――そして、眉を寄せた。

 

「……変ね」

「何がだ」

「裂け方よ。牙で噛み千切られたなら、縁がもっとギザギザになる。爪なら、何本かの筋が並ぶ。でもこれは――」

 

 理香子は、切れ端の縁の一部を指した。そこだけ、真っ直ぐだった。刃物で裂いたように、一筋だけ、迷いのない線が走っている。

 

「何か、細くて硬いものが、一度に通った跡みたい。棘か、鰭か……」

 

 理香子は、それ以上は言わなかった。切れ端を布に包み、鞄の奥へ仕舞い込んだ。

 

「持ち帰って、パチュリーさんにも見てもらうわ」

 

 小道から足音が戻ってきた。

 霊夢と明羅だった。霊夢の袴の裾に、斜面の土が付いている。

 

「――巣の下まで行ってきた」

 

 明羅が報告する。

 

「――リオレイアは巣に伏せている。卵のあった窪みの上に、腹を付けて。――首だけを、こちらへ向けていた。既に、気付かれている」

「リオレウスは」

「巣の隣の岩の上。翼を半分広げたまま、動かなかった」

 

 霊夢が言葉を継ぐ。

 

「左の翼、確かに裂けてるわ。陽に透けて見えた。――それと」

 

 霊夢は、少しだけ言い淀んだ。

 

「リオレウスは、ずっと戌亥の方を見てた。巣じゃなくて、私達でもなくて。山の向こうを」

 

 慧音の手が、腰の帳面の上で止まった。

 

――『蒼火竜も、最後まで戌亥を見ていた』

 

 シンギョクの話を、霊夢から聞いたばかりだった。

 

「……阿求」

「はい」

 

 空き地の端で、阿求が筆を構えていた。

 

「書いておけ。『リオレウスの視線、戌亥に向く』」

「――はい」

 

 阿求の筆が、帳面の上を走った。走って、止まった。

 

「……慧音先生」

 

 阿求は帳面から顔を上げずに続ける。

 

「ガーグァの群れが、戌亥。巣を捨てたこの番が飛び去ったのも、戌亥。紅魔館の死骸の向きも、戌亥だと、パチュリーさんから聞いています。昨日引いた朱の線も――」

「――阿求」

「――朱の矢印が、四本目です」

 

 阿求の声は静かだった。

 

「偶々は、二本までです。――そう言ったのは、私でした」

 

 慧音は阿求の帳面を見下ろした。地図の写しの上に、朱の矢印が四本。どれも同じ方角を指している。

 

「……今日の記録が済んだら、会館で全部並べる」

「はい」

「それまでは、目の前の番の情報を書け」

「――はい」

 

 阿求は帳面を閉じ、見張りの岩陰の方へ歩いていった。

 慧音は空き地の全員を見回した。

 

「――段取りを伝える」

 

 皆が慧音の周りに集まる。

 

「仔の籠は、ここに置く。平石の陰だ。妹紅とオキが付く。籠の蓋を開ければ、仔は鳴く。リオレイアは声に呼ばれて、斜面を下りてくる」

 

 慧音は斜面の中ほどを指した。木々が途切れ、岩と草の広がる、ゆるい傾斜の草地がある。

 

「リオレイアが下りてくる道は、あの草地を通る。霊夢と明羅は、草地でリオレイアを迎え撃て。平石まで下ろさせるな。斜面の下へ、下へと追い落として、巣から引き離す」

「分かったわ」

「リオレウスは、リオレイアを追って空から来る。魔理沙は、斜面の上の岩場からリオレウスを撃て。霊夢達の組に、空から火を落とさせるな」

「任せとけ」

「リオレイアとリオレウスが巣を離れたら、里香と理香子は、六つの籠を滑車で岩棚へ上げる。南の面からだ。番からは見えない」

「了解なのです」

「卵を窪みに戻し終えたら、里香が笛を三つ鳴らす。それを合図に、妹紅は仔の籠を巣へ運び上げる。最後の一つだ」

 

 慧音は妹紅を見る。

 

「仔を巣に置いたら、全員で斜面の下まで退く。番は狩らない。――撃退だ。手傷は負わせても、殺すな」

 

 霊夢が太刀の柄に手を掛ける。明羅が静かに頷く。魔理沙が恋色彗星の銃身を開く。

 妹紅は、平石の陰に籠を置いた。オキが、籠の脇に伏せる。

 

「……蓋を開けるのは、私だな」

「あぁ」

 

 妹紅は、籠の前に膝をついた。

 藁の隙間から、金色の目が見上げていた。

 妹紅は、しばらくその目を見ていた。それから、籠の蓋に手を掛けた。

 

「――いいか、鳴けよ。思い切りな」

 

 蓋が、開いた。

 陽の光が、籠の中に差し込む。仔が、眩しそうに目を細めた。それから首を伸ばし、空を見上げて――

 

〈ピィィ――――ッ!〉

 

 細く、高く、尾根の上まで突き抜けるような声だった。

 


~東の尾根 中腹の草地~

 

――声が届いてから、十も数えないうちだった。

 岩棚の縁で、木々が揺れた。

 霊夢は草地の真ん中で太刀を抜いた。背から引き抜いた長い刀身が薄紅に光る。明羅は霊夢の左手に半歩離れて立ち、電竜刀『守刀』の鞘に手を掛けたまま、斜面の上を見据えていた。

 

――ドスン、ドスン。

 

 斜面の上から、重い足音が下りてくる。木々の幹が揺れ、小石がパラパラと草地へ転がり落ちてきた。

――木々の間から、リオレイアが躍り出た。

 首を前へ突き出し、斜面を駆け下りてくる。翼は畳んだまま、太い脚で地面を蹴り、一歩ごとに草と土を跳ね上げる。顎の端から、火の粉がチリチリと零れていた。

 仔の声の方へ。ただ真っ直ぐに。

 

「――来たわね」

 

 霊夢は構える。

 リオレイアは草地の入口で二人に気付いた。

 脚を踏ん張って止まる。首を擡げ、二人を見下ろす。喉の奥が、赤く脈打っている。

 

〈ギャオオオオオォォッ!!〉

 

――陸の女王が吼えた。

 声が草地の草を一斉に薙ぎ倒す。霊夢の髪が後ろへ煽られる。明羅は耳を塞がず、足の裏で地面を掴んだまま、咆哮が過ぎるのを待った。

 

「――行くわよ、明羅さん」

「――承知」

 

 霊夢は右へ、明羅は左へ走る。

 リオレイアの首が、一瞬だけ迷った。左右に分かれた二つの影の、どちらを追うか。その一瞬に、霊夢は既にリオレイアの脚の下へ潜り込んでいた。

 薄紅の刀身が、太い脚の鱗を斬り上げる。――硬い。刃が鱗の上を滑り、浅い傷を一本だけ残す。

 リオレイアが、脚を振り上げた。霊夢を踏み潰そうとする。霊夢は横へ転がり、踏み下ろされた脚の脇をすり抜けた。地面が、ドスンと揺れる。

 その隙に、明羅が反対側から斬り込んだ。

 抜き打ちの一閃。翠の刀身が、リオレイアの首の付け根を走る。刃の通った跡に、パチリと緑の火花が散った。

 リオレイアが明羅へ首を振り向けた。顎が開く。

 

「――火球よ!」

 

 霊夢の声と同時に、明羅は前へ跳んでいた。火球が明羅の居た場所の草を焼き払う。明羅はリオレイアの懐の内側へスルリと滑り込む。

 

「懐の内は、火が届かぬだろう」

 

 明羅の太刀がリオレイアの胸を斬る。浅い。だが、緑の火花がまた弾けた。

 リオレイアは後ろへ跳び退く。

 二人から距離を取り、首を低く下げる。尻尾が、ゆっくりと持ち上がった。

 

「……下がるわよ、明羅さん」

「尻尾か」

 

 リオレイアの体が――捻れた。

 尻尾が、宙で大きな弧を描く。全身が後ろへ跳ね上がり、宙返りした。棘だらけの尻尾の先が、霊夢と明羅の居た場所を、上から叩き割る。

 草地の土が爆ぜた。

 二人は既にそこには居なかった。霊夢は右へ、明羅は左へ。尻尾の先が地面を抉った跡に、紫がかった汁がジワリと滲んでいた。

 

「毒の棘ね。――まともに受けたら、半日は立てないわ」

「当たらなければいい」

「簡単に言うわね」

 

 霊夢は太刀を構え直す。

 リオレイアが、着地の勢いのまま突進してきた。霊夢は脇へ跳んで躱す。すれ違いざまに、刀身を翼の付け根へ滑らせた。

 

――斜面の下へ、下へ。

 

 慧音の言葉を、霊夢は頭の中で繰り返す。

 霊夢と明羅は、交互に斬り込み、交互に退く。リオレイアがどちらかを追えば、もう一人が背後から斬る。リオレイアが振り向けば、また入れ替わる。そのたびに、二人は少しずつ斜面を下っていった。リオレイアも、それを追って下る。

 

 岩棚の巣から、少しずつ遠ざかっていく。

 リオレイアの顎の端から、零れる火の粉が増えていた。

 鼻息が荒い。口の端から、チロチロと炎の舌が覗いている。足の運びが速くなり、首の振りが大きくなった。

 

「……怒ったわね」

 

 霊夢は太刀を下段に落とす。

 リオレイアが、首を大きく後ろへ引いた。喉が三度、膨らむ。

 火球が、立て続けに三つ。

 一つ目を霊夢が右へ躱し、二つ目を明羅が左へ躱す。三つ目は二人の真ん中に落ち、草地の草を一息に燃え上がらせた。炎の壁が、二人の間を裂く。

 

「明羅さん!」

「構うな!」

 

 炎の向こうから、明羅の声が聞こえた。

 リオレイアは、炎の壁の向こう――明羅の方へ突進した。明羅は退かなかった。太刀を鞘に納めたまま、腰を落として待つ。

 リオレイアの顎が、目の前に迫った。

 

――一閃。

 抜き打ちの刃が、リオレイアの顔を下から斬り上げた。翠の火花がパァンと弾ける。リオレイアの頭が仰け反り、顎の下の鱗が一枚、宙に舞った。

 

〈ギャオォッ!?〉

 

 リオレイアが、たたらを踏んで後ずさった。

 

「止めた――」

 

 明羅が、息を吐いた。

 

「――だが、引かぬか」

 

 リオレイアは首を振り、また二人に向き直った。だが、その足は、斜面の上ではなく、下へ向いていた。二人を追って、さらに巣から遠ざかる方へ。

 


~東の尾根 岩棚の南の面~

 

――岩棚の南の面は、切り立った崖になっていた。

 崖の上の縁から、太い丸太の腕木が一本、空へ突き出している。腕木の先に吊った滑車から、縄が二本、崖下まで垂れていた。十三日前、七つの卵を下ろした仕掛けだ。

 崖下の岩陰で、里香が縄の具合を確かめていた。

 

「縄は傷んでないのです。滑車も、油を差せば回るのです」

 

 里香は、滑車の軸に油壺の口を当て、トロリと油を垂らす。それから縄を一本引くと、崖の上の滑車がキィ、と小さく鳴って回る。

 

「上げるのです。理香子さんは先に上へ」

「分かったわ」

 

 理香子は、崖に打ち込まれた鉄の足掛けを登り始めた。十三日前に里香が打ったものだ。一段ごとに、足掛けがカツンと鳴る。

 理香子の頭が、崖の縁から覗いた。

――岩棚の上は空っぽだった。

 枝と草を編んだ大きな巣。その真ん中に、七つの窪み。窪みの底の土は、リオレイアの腹の熱で、まだほんのりと温かかった。

 理香子は、崖の縁から身を乗り出して手を振った。

 

「――上げて!」

 

 縄がギシリと張る。

 一つ目の籠が、崖下から上がってくる。里香が縄を引き、滑車が回り、籠がゆっくりと揺れながら崖の縁まで昇ってきた。理香子は籠を両手で受け止め、そっと岩棚の上に下ろした。

 籠の蓋を開ける。藁と行火の熱の中に、赤茶の卵が一つ。

 理香子は帳面を開く。

 

『一番の窪み。巣の東の縁。尖った方を北へ』

 

 十三日前に自分で書いた字だった。

 理香子は卵を両手で抱え上げ、一番の窪みへ下ろした。尖った方を、北へ。窪みの縁の土を指で寄せて、卵の周りを埋める。

 

「……お帰り」

 

 小さく呟いて、理香子は次の籠へ手を伸ばした。

 二つ目。三つ目。崖下の里香が縄を引き、理香子が受け止め、窪みへ戻す。四つ目の卵を抱え上げた時、殻の中からコツ、と音がした。

 理香子の手が、止まった。

 

――コツ、コツ。

 

 罅が、また少し伸びた。

 

「……もう少しだけ、待っててね。お母さんが、すぐ戻ってくるから」

 

 理香子は四つ目の卵を窪みへ下ろし、殻の罅の向きを、そっと上へ向けた。

 斜面の下の方から、咆哮と、重い足音と、太刀の鳴る音が、途切れ途切れに届いてくる。遠ざかってはいる。だが、途切れてはいない。

 

――五つ目、六つ目。

 最後の窪みが、一つだけ空いていた。

 

――七番目の窪み。巣の西の縁。仔の籠のための場所だ。

 理香子は、崖の縁から里香に頷いて見せた。それを見上げる里香が首から下げた笛を咥える。

 


 

――斜面の上の岩場で、魔理沙は空を睨んでいた。

 腰だめに構えた恋色彗星の銃身に、八卦炉の熱が通っている。機関部の脇の金具から薬室まで、新しく組み直した細い管が走り、薬室の周りを温めていた。

 

「……来ないな」

「――来るニャ」

 

 クスネが、岩場の縁で背中の毛を逆立てていた。

 

「上ニャ。陽の中ニャ」

 

 魔理沙は、目を細めて陽を見上げた。

 眩しい光の中に、黒い点が一つ。

 点が、見る間に大きくなった。翼を畳み、真っ直ぐに降ってくる。

 

――リオレウスが、陽を背負って急降下してきた。

 狙いは、魔理沙ではなかった。草地で斬り結ぶ、霊夢と明羅だ。

 

「霊夢!上から来るぞ!」

 

 魔理沙は叫びながら、引き金を絞った。

 ズドン――と反動が腰から背へ抜ける。[徹甲榴弾]が、急降下するリオレウスの鼻先を掠めて、空の彼方へ消えた。外れだ。

 だが、リオレウスの軌道がわずかにブレた。

 急降下の途中で翼を広げ、空を打つ。草地の真上で身を翻し、鉤爪の付いた後ろ脚を前へ突き出した。

 霊夢が、草の上へ身を投げ出した。鉤爪が、霊夢の背中のすぐ上を掠めていく。風圧で、草地の草が円く倒れた。

 

「っ、危ないじゃない……!」

「悪い、外した!次は当てる!」

 

 リオレウスは草地の上で大きく旋回した。左の翼が、陽に透ける。裂け目の向こうに、空の青が覗いていた。

 旋回の頂点で、リオレウスが首を巡らせ、魔理沙の方を見やる。

 

「――おっと、気付いたか」

 

 リオレウスが、岩場へ向かって滑ってきた。

 魔理沙は、銃口を上げた。

 

――『溜めて、一気に撃て』

 

 八卦炉が薬室を温め続けている。リオレウスの頭が、照準の真ん中に入った。

 

――まだだ。

 

 リオレウスの喉の奥が、赤く光った。だが、まだ――

 

「――今ニャ!」

 

――ドォン!

 

 [徹甲榴弾]が、リオレウスの額に突き刺さった。一拍置いて弾頭が爆ぜる。

 

〈グォォッ!?〉

 

 リオレウスの頭が横へ弾かれた。開いた顎から、吐き出しかけた炎が明後日の方へ逸れて、空を焦がす。リオレウスの体が空中でグラリと傾いた。翼の打ち方が乱れ、高度が落ちる。

 

「よしっ、目を回したぜ!」

 

 リオレウスは岩場の手前の斜面に、半ば墜ちるように降り立った。首を振り、よろめく。

 

「今のうちだ、クスネ!」

「ニャ!」

 

 クスネが岩場から飛び降りた。

 その時――尾根の南の面から、甲高い笛の音が届いた。

 

――ピィッ、ピィッ、ピィッ。

 

 三回の笛の音。

 

――卵が、窪みに戻った。

 

 魔理沙は、斜面の下を振り返った。草地の向こう、平石の陰で、妹紅が籠を抱えて立ち上がるのが見えた。

 

「……よし。あとは、仔を上げるだけだ」

 

 だが――リオレウスが、首を振るのをやめた。

 目を回していたはずの頭が、ゆっくりと持ち上がる。金色の目が、魔理沙ではなく、斜面のずっと下を見ていた。

 平石の陰。籠を抱えた、妹紅の方を。

 籠の中で仔が鳴いた。

 

〈ピィー……〉

 

 リオレウスの翼が大きく開いた。

 

「――待て、そっちじゃない!」

 

 魔理沙は、銃口を振り向けた。だが、薬室の熱がまだ溜まっていない。引き金に掛けた指が、止まった。

 リオレウスが、地面を蹴った。

 裂けた左の翼を引き攣らせながら、それでも空を打ち、斜面を滑り下りていく。草地の上を越え、霊夢と明羅の頭の上を越え――平石の方へ。

 

「妹紅ッ!」

 

 魔理沙の叫びが、斜面を転がり落ちていく。

 


~東の尾根 麓の平石~

 

――妹紅は、籠を抱えたまま、空を見上げていた。

 赤い影が、斜面の上から真っ直ぐに降りてくる。翼の片方が、陽に透けていた。

 オキが、妹紅の前に飛び出した。唸り声を上げ、背の鎖鎌を鳴らす。

 

「――下がれ、オキ」

 

 妹紅は、籠を平石の陰に置いた。

 籠の中で、仔が鳴いている。妹紅は籠の蓋を閉めなかった。閉めれば、声は籠の中に籠もる。親に聞こえなくなる。

 妹紅は、籠の隣に立った。

 仔の前ではなく。仔の隣に。

 腰の火竜双刃『鳳翼天翔』を、二振りとも引き抜いた。

 リオレウスが、平石の真上で翼を広げた。

 風が、妹紅の白い髪を巻き上げる。オキが、地面に爪を立てて踏ん張った。

 リオレウスの鉤爪が、平石の縁を掴んだ。巨体が、妹紅の目の前に降り立つ。石が軋み、土が跳ねた。

 近い。

 左の翼が、妹紅の頭の上に影を落としていた。裂け目は、雷鼓の言った通りだった。翼の骨と骨の間の膜が、付け根の近くから外へ向かって、一筋に裂けている。裂け目の縁はまだ赤く、羽ばたいた拍子に開いたのか、新しい血が一滴、平石の上にポタリと落ちた。

 手を伸ばせば、届く距離だった。赤い鱗の一枚一枚が、妹紅の刃と同じ色をしていた。

 リオレウスの金色の目が、妹紅を見下ろした。妹紅の手の双剣を見た。それから――妹紅の足元の、籠を見た。

 籠の中で、仔が鳴いた。

 リオレウスの喉が、膨らんだ。

 

〈グォオオオオオオオオオオッ!!〉

 

――空の王が、吼えた。

 耳の奥が、キンと鳴った。地面が震え、平石の上の小石が跳ねる。オキが身を伏せ、それでも唸るのをやめなかった。

 妹紅は、動かなかった。

 昔、同じ赤い鱗の竜と向き合ったことがある。あの竜は、妹紅が何度炎に焼かれて立ち上がっても、退かなかった。最後まで、逃げなかった。この双剣は、その竜の翼から削り出したものだ。

 

――『竜は、剣の素材なんて気にしない。気にするのは、自分の仔の前に誰が立ってるか、だけ』

 

 理香子の声が、耳の奥で鳴った。

 妹紅は、刃を構えなかった。下げたまま、籠の隣に立っていた。

 仔の前ではなく。仔の隣に。

 

「……迎えに来たのか」

 

 妹紅は、リオレウスの目を見上げた。

 

「なら、少しだけ待ってくれ。――今から、お前の巣に返しに行くからな」

 

 リオレウスの喉の奥で、炎が赤く揺れていた。




ということで、後編に続きます。
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