お姉は私が嫌い   作:超かぐや姫に脳を焼かれた男

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今までの話など全部再チェックして色々書き足してます。誤字脱字など多分消えてると思います。
ChatGPTを使っているのですがこいつすごすぎて笑いが出ます。
朝日さんの設定は家族の前なら京都弁混じりの関西弁って決めてたんですが。読み返したら思ったより関西弁でほぼオリキャラみたいになったことを反省しています


前回までくっそ重たかったんで今回は明るくしました。当社比
お気に入り登録してくれた人が結構いてとても嬉しいモチベ上がります。本当なら今回の話はSENGOKUを書こうと思っていましたがあまりにも戦闘シーンの描写が下手くそで断念しました。ごめんなさい




4話

 お姉に会った翌日から、数日間。私は熱を出して、ほとんどベッドの上で過ごしていた。

 

 風邪ではなかった。喉は痛くないし、咳も出ない。鼻もつまっていない。ただ、身体が鉛を流し込まれたみたいに重くて、指一本を持ち上げるのにも理由が要った。カーテンの向こうで日が昇って、沈んで、また昇る。その繰り返しを、私はただ天井の染みを数えながら眺めていた。

 

 きっと、気疲れだったのだと思う。

 

 ずっと会いたかった人に会って、ずっと聞きたかった声を聞いて、そして、ずっと恐れていたものを真正面から突きつけられた。たったそれだけのことで寝込むなんて、自分でも情けなくて、布団の中で何度も小さく丸まった。

 

 そんな私を、お兄は呆れもせずに世話してくれた。

 

 額に載せる冷却シートを何枚も替えてくれた。水を入れたコップにストローを挿して持ってきてくれた。「食欲ない」と言えば、台所からお粥の匂いが漂ってきて、卵を落とした、少し塩気の強い、いかにもお兄らしい味のものが出てきた。体温計を渡されるたびに、数字が〇・二度上がれば眉を寄せ、〇・二度下がれば露骨にほっとした顔をする。

 

 夜中にふと目を覚ました時ですら、襖の隙間から廊下の明かりが細く差して、「大丈夫か?」と小さな声がした。

 

「……過保護すぎ。お母さんかと思った」

 

 そう言うと、お兄は「誰がお母さんや」と笑った。でも、その笑い方がどこか安心したみたいで、私はそれ以上、憎まれ口を続けられなかった。

 

 本当に、ありがたかった。もし一人だったら、私はもっと長く、深い場所に沈んでいたかもしれない。

 

 そんな数日を経て、身体はようやく元に戻った。

 

 けれど――心だけは、まだあの日に置き去りにされたままだった。

 

 今でもふとした瞬間に、お姉の顔を思い出す。お皿を洗っている時。歯を磨いている時。電車の窓に映る自分の顔を見た時。何の前触れもなく、あの声が耳の奥で再生される。

 

『用事は済んだでしょ、帰って』

 

 たった、それだけ。

 

 久しぶりに会った妹に向ける言葉として、あまりにも短くて、あまりにも温度がなかった。まともな会話すらしてもらえなかった。目が合ったのかどうかも、今となっては曖昧だ。

 

 私は、お姉に嫌われていることくらい分かっていた。分かっているつもりだった。

 

 でも私は馬鹿だから、心のどこかで期待していたのだ。

 

 一年も経ったのだから、少しくらいは怒りも薄れているんじゃないか。話くらいなら聞いてくれるんじゃないか。昔みたいに、なんて贅沢は言わない。ただ一度だけ、ちゃんと私の顔を見て、私の言葉を聞いてくれたら。それだけでいい。

 

 そんな甘い期待を、私は鞄の底にこっそり隠して、持ってきてしまっていた。

 

 結果は、見事なくらいの惨敗。

 

 お姉の中で、私はまだ許せない存在だった。……いや、もしかしたら、もう許すとか許さないとか、そういう段階ですらないのかもしれない。どうでもいい人。関わりたくない人。視界に入れたくない人。

 

 そこまで考えて、私は慌てて首を振った。これ以上考えたら、また熱が出る。やめよう。

 

 それに、悪いことばかりじゃなかった。良かったことだって、ちゃんとあった。

 

 かぐやちゃんに会えたこと。

 

 自由で、明るくて、優しくて、まるで太陽みたいに眩しい人。初めて会った時から思っていたけれど、やっぱりあの人は不思議だ。そこにいるだけで、空気の色が変わる。笑えばこっちまで笑いたくなるし、楽しそうな姿を見ているだけで、自分まで楽しい人間になれた気がしてくる。

 

 ああいう人がお姉の隣にいてくれるなら――私は、安心して引き下がれる。

 

 そう思った。

 

 私がいなくても、お姉は大丈夫。むしろ、私なんかが傍にいるより、ずっと幸せになれる。だから、それでいい。それでいいのだ。

 

 そんなこともあって、私はすっかりかぐやさんのファンになってしまった。暇さえあれば配信のアーカイブを漁り、切り抜き動画を渡り歩く。見ていると、とにかく楽しい。心が凪ぐ。気づけば、画面の前で一人、声を出して笑っている。

 

 ……ただし、「いろP」の話題が出てくると話は別だ。

 

 お姉の話をする時のかぐやさんは、びっくりするほど分かりやすい。声が一段高くなる。語尾が弾む。言葉の端々から「好き」がこぼれ落ちている。その度に、「うぇへへ……お姉、愛されてるなぁ……」と頬を緩める私と、「……うぅ」と胸を押さえて枕に顔を埋める私が、同時に存在する。

 

 情緒がぐちゃぐちゃである。

 

 嬉しい。でもちょっと寂しい。尊い。でもちょっと苦しい。もっと見たい。でも見たらダメージを受ける。なのに翌日にはまた再生ボタンを押している。……もしかすると私は、被虐趣味なのかもしれない。

 

 そうやって過ごしているあいだにも、私の知らないところで、色々なことが動いていたらしい。体調が戻った後、お兄が順番に教えてくれた。

 

 まず、お兄がお姉と戦ったこと。次に、お姉が引っ越したこと。そして最後に――。

 

「……お姉、月見ヤチヨさんとコラボライブするん?」

 

「ああ」

 

「…………え?」

 

 理解するまで、数秒かかった。

 

 月見ヤチヨ。ツクヨミの誰もが知っている、最高の歌姫。その人と、お姉が。

 

 私は、そのどれも知らなかった。普段、お兄以外とゲームをしない私は、ツクヨミ側の情報にとことん疎い。ニュースを追う習慣もない。お兄が教えてくれなければ、全部知らないまま終わっていたかもしれない。

 

 危なかった。本当に危なかった。もしライブが終わった後で知っていたら――。

 

「……たぶん一週間くらい寝込んでた」

 

「洒落にならんからやめてくれ」

 

 お兄が真顔になった。冗談なのに。……半分くらいは。

 

 ともかく、知ることができてよかった。

 

 最初に確かめたのは、お兄がお姉やかぐやさんたちと戦ったという『SENGOKU』の竹取合戦だった。幸い、動画はいくつも配信サイトに上がっていて、探すのに苦労はしなかった。

 

 ベッドの上に座り、スマホを両手で握りしめて、再生ボタンを押す。

 

 そして――。

 

「…………あ」

 

 気づけば、声が漏れていた。

 

 お姉が、笑っていた。

 

 アバター越しだ。本当の表情なんて分からない。そんなことくらい、私にも分かっている。それでも、妹だからだろうか。私には分かってしまった。

 

 あれは、作った笑顔じゃない。

 

 本当に楽しい時の、お姉だ。

 

 まだ私たちが普通の姉妹だった頃。私がくだらないことを言って笑わせた時。お兄が何か馬鹿なことをやらかした時。家族みんなで食卓を囲んでいた時。たまにだけ見せてくれた、あの笑い方。目尻がほんの少し下がって、息が先に漏れて、それから声が追いかけてくる、あの。

 

「……お姉」

 

 思わず画面に指を伸ばして、触れる寸前で止めた。

 

 よかった。本当に、よかった。

 

 その笑顔を引き出したのは、隣に立つかぐやさんだった。

 

 私はずっと、お姉を笑わせたかった。昔みたいに笑ってほしかった。私のせいで失わせてしまったものを、ほんの少しでも取り戻してあげたかった。でも、できなかった。何をしても、どう言葉を選んでも、届かなかった。

 

 私にできなかったことを、あの人は当たり前みたいにやってのけてしまった。

 

「……やっぱり、勝てへんなぁ」

 

 ぽつりと、呟く。

 

 悔しくはなかった。不思議なくらいに。むしろ、肩の荷が下りるような安堵があった。

 

 この人なら大丈夫。この人がお姉の傍にいてくれるなら、きっと大丈夫。私がいなくても――私なんて、必要なくても。お姉は笑える。幸せになれる。

 

 それなら、それが一番いい。

 

「……うん」

 

 自分に言い聞かせて、小さく笑った。

 

 あの二人ほどお似合いのカップリングはいない。決めた。私はあの二人を「推しカプ」として愛でる。妹ではなく、ただのファンとして。遠くから。絶対に邪魔にならない場所から、二人が幸せになるところを見届けるのだ。

 

 そう割り切ってしまえば、乱れていた情緒も少しだけ落ち着いた。……少しだけ、だけど。

 

 引っ越しの話を聞いた時も、ほっとした。以前お姉のアパートを訪ねた時、部屋は物で溢れかえっていて、足の踏み場にも困るほど狭かった。お姉自身は整理整頓のできる人のはずなのに、そもそもの物量が多すぎたのだ。

 

 そこにかぐやさんまで住むとなれば、さすがに限界だろう。というか――。

 

「……かぐやさん、めちゃくちゃ物増やしそう」

 

 配信用の小道具。衣装。謎の雑貨。その場のノリで買った何か。そういうものを両手いっぱいに抱えて、『彩葉ー! 見て見てー!』と言いながら帰ってくる姿が、驚くほど鮮明に想像できる。それを見たお姉が、『どこに置くのよ、それ……』と額に手を当てて溜め息をつくところまで。

 

「…………ええなぁ」

 

 想像しただけで頬が緩んだ。

 

 ……いや、でも。お姉となら、あの狭い部屋でも全然いける気がする。むしろ幸せでは? 肩が触れるくらい近くで暮らせる。ご飯を食べる時も近い。眠る時も近い。朝、目を開けたらお姉がいる。

 

「…………」

 

 羨ましい。

 

 ……いやいや。何を考えているんだ私は。これは姉妹としての羨ましさだから。うん。セーフ。たぶん。

 

 そして何より嬉しかったのが、コラボライブの話だった。

 

 お姉のライブ。私のお姉の、晴れ舞台。

 

 頭の中でその言葉を繰り返すだけで、勝手に口角が上がってしまう。先日あれだけ冷たく拒絶されたことすら、一瞬だけ忘れてしまえるほどに。

 

 月見ヤチヨさんとのコラボ。すごい。本当にすごい。やっぱり私のお姉は、すごい人だ。お姉が音楽をやめてから、もう二度と聴けないと思っていたあの演奏を、また聴ける。そう考えただけで、胸がいっぱいになった。

 

 ライブ当日まではまだ日があるのに、今からニヤニヤが止まらない。誰かに自慢したい。

 

『あの人、私のお姉なんです』

 

 って。

 

 きっと、言えないけれど。それでも心の中でなら、何百回だって自慢してやる。

 

 チケットは、すでに手元にあった。こういう抽選に応募するのは初めてだったのに、奇跡的に当選したのだ。当選通知の画面を見た瞬間、私はスマホを抱きしめたまま、ベッドの上を端から端まで転げ回った。壁に頭をぶつけて、お兄に「何の音や」と心配された。

 

 お兄は、チームのメンバーと一緒に観るらしい。私は一人。それでいい。一人で、お姉とかぐやさん、そしてヤチヨさんの紡ぐ音楽に、心ゆくまで浸るのだ。

 

「うぇへへ……楽しみやなぁ……」

 

 そうして少しずつ元気を取り戻していた私だったけれど、ここ数日、今度はお兄の様子がおかしかった。

 

 何というか、よそよそしい。話しかければ普通に返してくれるし、体調も気遣ってくれる。でも、妙に私の顔色を窺っている。何か言いたそうに口を開いて、閉じて、こちらを見る。目が合う。逸らす。

 

「…………」

 

 なんやねん。私、そんな怖い?

 

 それが何日も続くと、さすがに私も落ち着かなくなった。そしてある日の夕食後。洗い物を終えて、お兄が食卓の椅子に座り直したところで、とうとう我慢できなくなった私は、思い切って尋ねた。

 

「なあ、お兄」

 

「ん?」

 

「私が元気になってから……なんかおかしいで」

 

 お兄の肩が、分かりやすく跳ねた。やっぱり何かある。

 

「私に言いたいことあるなら、はっきり言ってくれてええよ」

 

「いや……」

 

「私、お兄にいっぱい迷惑かけてるから……」

 

 言いながら、胸の奥が少しだけ軋んだ。

 

 もしかしたら、本当に迷惑だったのかもしれない。何日も泊めてもらって、挙句に熱まで出して、ずっと世話までさせて。優しいから、お兄は言えないだけで。

 

「……出て行ってほしいなら、実家に帰るし」

 

「ちゃう!! 帰らんといて!!」

 

「ひゃっ!?」

 

 ノータイムだった。耳が痛くなるほどの大声に、私は思わず肩をすくめた。お兄自身も自分の声量に驚いたのか、気まずそうに口元を押さえる。

 

「……ご、ごめん」

 

「びっくりしたぁ……」

 

「いや、ちゃうねん。彼方に出て行ってほしいとか、そういうことやない」

 

「……ほんま?」

 

「ほんまや」

 

 よかった。胸の奥が、少しだけ軽くなる。

 

 そんな私を見て、お兄はますます言いづらそうに眉を下げた。指先でテーブルの端をいじっている。昔から、言いにくいことがある時の癖だ。

 

「いや、あのな……その……言い難いねんけどな」

 

「うん」

 

 そこから、お兄はぽつりぽつりと話してくれた。

 

『SENGOKU』の試合が終わったあと、お姉との関係が修復したこと。そのおかげで、お姉の引っ越しの保証人になれたこと。そして無事に、手続きが完了したこと。

 

 どうやらお兄は、私を置き去りにして自分だけがお姉と仲直りしてしまった、と思って、罪悪感を抱えていたらしい。

 

 私はしばらく、瞬きを繰り返した。

 

「…………それだけ?」

 

「それだけって、お前……」

 

「だって」

 

 本当に、分からなかった。どうしてお兄が、そんな顔をする必要があるのだろう。

 

「私、めちゃくちゃ嬉しいよ」

 

「……え?」

 

「お姉とお兄が仲直りできて」

 

 それは本心だった。嘘なんて一つもない。だって、お兄は何も悪くないのだから。

 

「それに、お兄ってお姉と何か喧嘩したわけでもないんやろ?」

 

「まあ……せやけど」

 

「なら、仲直りできて当然やん」

 

 私は笑った。

 

「お姉も、私と違って……お兄のことは嫌いじゃないと思うし」

 

 口にした瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。でも、笑顔は崩さなかった。

 

「私からしたら、仲直りできた方が自然な感じがするよ」

 

「彼方……」

 

「そんなことで気まずくなるなんて、変なお兄やなぁ。別に気にせんでええのに」

 

「でも……」

 

「私がお姉と仲直りできへんのは――私自身の問題やから」

 

 そう。私自身の問題だ。

 

 私が悪いから。私がお姉を傷つけたから。私がお姉に嫌われているから。お兄は関係ない。だから、お兄まで私に付き合って、お姉と距離を取る必要なんてどこにもない。

 

「せやから、気にせんで」

 

 そう言って、笑う。ちゃんと笑えていると思う。心配させないように。これ以上、お兄に余計なものを背負わせないように。

 

 お兄は何も言わず、しばらく私を見つめていた。どうしてそんなに悲しそうな顔をするんだろう。私はちゃんと、笑っているのに。

 

「……そうか。ありがとうな、彼方」

 

 大きな手が、頭の上に置かれた。ゆっくりと撫でられる。

 

「…………うん」

 

 子供扱いしないで。そう言おうとしたのに、言えなかった。代わりに少しだけ頭を傾けて、その手に甘えた。

 

 温かかった。

 

 ◇

 

 その夜。自分の部屋に戻った私は、ベッドの中でかぐやさんの動画を見返していた。

 

 何事にも全力で、些細なことでも心の底から楽しそうに笑う。見ているだけで、こっちまで元気になる。お姉がいたとはいえ、あのヤチヨカップで優勝したのも納得の魅力だ。

 

 特に好きなのは、グルメインフルエンサーの「まみさん」とのコラボ動画。

 

 かぐやさんが『これ美味しい! めっちゃ美味しい!』と大雑把に叫べば、まみさんがそれを拾って、繊細で細やかな味の表現を付け足していく。この組み合わせが、絶妙なのだ。

 

 しかもかぐやさんは、意外にも料理の知識が豊富で、かなりの料理上手らしい。あの自由奔放な姿から料理上手なんて、正直ずるい。ギャップというやつだ。視聴者が惹きつけられるのもよく分かる。

 

 何より、二人とも本当に幸せそうに食べる。頬を緩めて、目を細めて、心から「美味しい」と思っているのが、画面越しでも伝わってくる。

 

「……一生ご飯食べててほしい」

 

 割と本気で、そう思う。

 

 コラボといえば、美容系インフルエンサーの「ROKAさん」との動画も面白い。かぐやさんもROKAさんも、顔立ちが驚くほど華やかで整っている。あの二人が並んでいるだけで、一枚の絵画みたいだ。

 

 そして、たまに。本当に、たまにだけ。画面の外から、お姉の声が入ることがある。

 

 その度に、私の指は止まる。

 

 巻き戻す。聞く。もう一回。巻き戻す。聞く。

 

「…………」

 

 我ながら気持ち悪い。でも、聞きたいのだから仕方がない。

 

 そしてかぐやさんが、『彩葉可愛い!!』なんて叫ぶのを聞くたびに。

 

「……見たい」

 

 ぽつりと、言葉が落ちる。

 

 一目でいい。見てみたい。この前、久しぶりに会った時ですら息を呑むほど綺麗だったのに、あれ以上綺麗になるなんて反則だ。

 

 私のお姉は世界一可愛い。

 

 ……たぶん。いや、絶対。

 

 そんなふうに動画を漁るうちに、一つ気づいたことがある。かぐやさんは、よく「ハッピーエンド」という言葉を口にする。バッドエンドが大嫌いらしい。

 

 ゲーム配信でも、選択肢を間違えてバッドエンドへ向かいそうになると、『これバッドエンドじゃん!! バッドエンドやだーー!!』と盛大に駄々をこねる。

 

 私はそれを見る度に笑ってしまう。

 

「……分かる」

 

 私だって、ハッピーエンドが好きだ。

 

 物語くらい、最後はみんな笑っていてほしい。誰も泣かなくていい。誰も失わなくていい。大切な人と、一緒にいられる。そんな終わり方が、一番いい。

 

 ――たとえ、そこに自分がいなかったとしても。

 

 私は、画面の中で笑うかぐやさんを見つめた。

 

 知れば知るほど、この人はお姉の隣に立つのに相応しい人だと思えてくる。誰をも惹きつける圧倒的な魅力。自分の想いを、臆することなく真っ直ぐ言葉にできる強さ。そして何より、お姉を心から笑わせて、幸せにできる人。

 

 そんな完璧な人を前にすると、敗北感すら湧いてこない。

 

 この人がいてくれるなら、お姉はもう大丈夫。きっと良い方向へ進んでいける。もう私が心配する必要なんてない。私はただ、遠くから見ていればいい。

 

「……お姉のこと、よろしくお願いします」

 

 聞こえるはずのない相手に、小さく呟いた。画面の中で、かぐやさんが楽しそうに笑っている。

 

「……幸せにしてあげてください」

 

 そして、あなたもお姉と一緒に、幸せになってください。

 

 そう祈りながらスマホを閉じ、電気を消して、暗闇の中で目を閉じた。

 

 ◇

 

 夢を見る。

 

『誰か……助けて……』

 

 女の子が泣いている。

 

 金色の長い髪。透き通るような白い肌。儚げな少女。真っ暗な場所で、たった一人、膝を抱えるようにして泣いている。

 

 最近は、ずっとこの夢ばかり見る。

 

 以前は、この夢と「昔の家族の夢」を交互に見ていた。お父さんがいて、お母さんがいて、お兄がいて、お姉がいて、私がいる。もう二度と戻らない、あの頃の夢。

 

 でも、お姉に会ったあの日を境に、それを見なくなった。代わりに毎晩、この女の子が現れる。

 

『助けて……』

 

 今日も、泣いている。

 

 夢の中だというのに、意識は妙にはっきりしていた。これも以前とは違う。昔はもっと曖昧だった。朝になれば忘れてしまう、輪郭のぼやけた夢だった。

 

 でも今は違う。髪の一本一本まで見える。小さく震える肩も、頬を伝う涙も、苦しそうに歪んだ表情も。全部、鮮明に。

 

「……誰なん?」

 

 問いかけても、声は届かない。

 

 それでも私は、この子を知っている気がした。どこかで。ずっと昔。いや、もっと――。

 

 記憶の引き出しの、一番奥。手を伸ばせば届きそうなところに、答えがある。なのに、あと少しが届かない。

 

「……泣かんといて」

 

 近づこうとする。

 

 以前よりも距離は近い。手を伸ばせば触れられそう。あと一歩。なのに、身体が止まる。

 

 見えない壁に阻まれたみたいに、腕が動かない。足が前に出ない。

 

『助けて……』

 

「助けたいよ。私も……助けてあげたい」

 

 どうしてかは分からない。この子が誰なのかも知らない。それでも、助けなければならないと思った。泣かせたままにしてはいけない。置いていってはいけない。そんな気がした。

 

 あと少し。あとほんの少しで、届く。根拠なんてない。それでも、そう確信していた。

 

 いつか彼女が、私に気づいてくれる。私の声が届く。そして私は、彼女に触れられる。

 

 理由なんて分からないのに、確信に近い予感だけが、胸を締めつけていた。

 

 結局、私は、目と鼻の先にいるのに近づけない彼女の傍らに、そっと腰を下ろした。触れることはできない。声も届かない。助けることもできない。

 

 だったら、せめて。

 

「……一人にはせえへんから」

 

 夢が覚めるまで、ここにいよう。

 

 泣いている少女の隣で。ただ静かに、ずっと。

 

 ◇

 

 目が覚めた。

 

 しばらく、天井を見つめる。夢の感覚がまだ身体に残っていて、胸の奥が妙にざわついていた。手を伸ばせば、あの少女に触れられるような、そんな錯覚。

 

「……また、あの夢」

 

 小さく呟いて、ゆっくり上体を起こす。カーテンの隙間から、朝日が細く差し込んでいた。

 

 今日は――八月三十日。

 

「…………あ」

 

 眠気が一気に吹き飛んだ。

 

 お姉とかぐやさんのライブ当日だ。

 

「……今日や」

 

 思わず頬が緩む。

 

 ずっと楽しみにしていた日。夏休み最後の、大切な思い出になる日。

 

 ……そして、私がお兄の家で過ごす最後の日でもある。

 

 夏休みが終わる。だから明日には、実家に帰らなければならない。

 

 結局、この夏休みの間、お姉とは一度しか会えなかった。もっと話したかった。もっと顔を見たかった。できることなら、もう一度だけ。

 

「彼方」

 

 って。

 

 昔みたいに、呼んでほしかった。

 

「…………」

 

 でも、後悔はない。そう思うことにした。

 

 かぐやさんという素晴らしい人が、お姉の傍にいると確認できた。お姉が私なしでも笑えると分かった。そして、私という存在は――もう、お姉には必要ないのだと理解できた。

 

「……それでええやん」

 

 呟く。誰も答えない。

 

「それで……ええんよ」

 

 もう一度、自分自身に言い聞かせる。

 

 これからは、お姉に関わらないように生きていこう。お姉が嫌がることはしない。会いに行かない。話しかけない。邪魔をしない。

 

 だから、せめて。

 

「……遠くから見るくらいは、許してな」

 

 陰から、ずっと、お姉とかぐやさんの二人を応援しよう。

 

 それでいい。それだけで――。

 

「…………」

 

 胸の奥が、じんわりと痛んだ。

 

 寂しい。

 

 そう認めてしまったら、泣いてしまいそうだった。

 

 だから私は、勢いよく布団を跳ね除けた。

 

「……お兄に甘えよ」

 

 今日はお泊まり最終日なのだ。これくらいの我儘なら、きっと罰は当たらない。

 

 ◇

 

「おはよぉ、彼方」

 

「……おはよ、お兄」

 

 リビングへ向かうと、お兄はもう起きていた。テーブルには、湯気の立つ味噌汁とご飯が二人分並んでいる。私を待っていてくれたらしい。向かいの席に座った。

 

 特別な話は何もしなかった。

 

「寂しくなるなぁ」

 

「……私も」

 

「次いつ来る?」

 

「冬休みとか?」

 

「もっと早よ来てもええんやで」

 

「学校あるもん」

 

「土日」

 

「遠いよ」

 

 そんな、本当にどうでもいい会話。でも、楽しかった。

 

 お兄も途中で、私が甘えたがっていることに気づいたらしい。そこからはもう、笑ってしまうくらい甘やかされた。

 

 外へ連れ出してくれて、夏の日差しの下を並んで歩いた。お母さんへのお土産を、あれでもないこれでもないと一緒に選んだ。「これは絶対いらんって言われる」「ほな、これは?」「それはもっといらん」。美味しいランチもご馳走してくれた。たくさん話した。たくさん笑った。その間だけは、胸の中の寂しさを、忘れていられた。

 

 家に帰った頃には、ライブ開始まであと一時間。

 

「……もうこんな時間」

 

 明日実家に帰るための荷物を、手早く鞄にまとめる。それから、ライブ会場へ向かうために、スマートコンタクトを装着した。

 

「……よし」

 

 ツクヨミへ、ダイブする。

 

 視界が切り替わり、仮想世界の空気が私を包み込んだ。

 

 会場へ向かう道には、すでに大勢の人がいた。みんな、同じ場所を目指している。近づくにつれて人の数は増えていき、到着した頃には――。

 

「……すご」

 

 思わず、声が漏れた。

 

 凄まじい数の観客。どこを見ても、人、人、人。会場全体が、開演前特有の熱気に包まれている。期待と興奮が、空気の粒になって肌の上を転がっているみたいだ。

 

 私も、その中の一人。

 

 心臓が速い。早く始まってほしい。早く見たい。お姉を。かぐやさんを。ヤチヨさんを。

 

 そして――お姉の演奏を。

 

 数年ぶりだ。生で聴ける。もう二度と聴けないと思っていた。私にとっては、奇跡みたいな時間だった。

 

 やがて、時が満ちる。

 

 照明が、一つずつ落ちていく。ざわついていた声が、波が引くように小さくなる。暗闇。静寂。張り詰めた空気。誰もが、その瞬間を待っていた。

 

 次の瞬間、眩い光がステージ中央に降り注いだ。

 

「――――」

 

 息を呑んだ。

 

 そこにいたのは、このライブのために用意された特別な衣装を纏った、三人。

 

 月見ヤチヨ。かぐや。そして――。

 

「……お姉」

 

 息をするのも忘れた。

 

 美しい。

 

 その言葉しか、出てこなかった。

 

 三人とも息を呑むほど美麗で、気高くて、華やかで、ただそこに立っているだけで、ステージの空気を支配している。

 

 顔面偏差値の暴力。そんな言葉が頭をよぎった。

 

 ヤチヨさんは神秘的だった。美という概念そのものを形にしたみたいだ。かぐやさんは、動画で見ていた時と髪型が少し違っていて、それが驚くほど似合っている。可愛い。いや、可憐。

 

 でも、私の視線は、どうしても一人の少女に吸い寄せられてしまう。

 

「…………」

 

 お姉。

 

 クールな雰囲気を残しながら、それでいて、可愛らしさが凝縮されている。お姉が元々持っている魅力を、一つ残らず引き出したようなスタイリング。

 

「……天才」

 

 誰だ。お姉のスタイリングを担当した人。ありがとう。本当にありがとう。百点満点中、百二十点。いや、二百点でもいい。

 

 三人それぞれが、人を引き込んで離さない、強烈な磁場を放っていた。そして私もまた、抗う術なく引き込まれた一人だった。

 

「ヤオヨロ〜、みんな生きるのはどうですか? いいことあった? それとも泣いちゃいそう? よしよし、全部大丈夫。どんなに孤独な道のりでも、『楽しかったな』って記憶が足元を照らすよ。この時間も忘れられない思い出にしたいから……どうか一緒におどってくれる?」

 

 ヤチヨさんの、透き通るような声。

 

 次の瞬間、会場が揺れた。歓声。熱狂。光。音。そのすべてが一つに溶け合って、ライブの幕が上がった。

 

 ◇

 

 楽しかった。

 

 本当に、本当に楽しかった。

 

 ヤチヨさんとかぐやさんが歌い、踊る。その後ろで、お姉が二人を支えるように、重厚な音を奏でていく。低音が床を伝って足の裏から這い上がり、胸の真ん中で鳴る。

 

「…………っ」

 

 気づけば、私は泣いていた。

 

 嬉しかった。

 

 数年ぶりに聴く、お姉の演奏。あの頃よりも、もっと深く、もっと強く、もっと綺麗になっていた。

 

 ああ、お姉は、私の知らないところで、こんなにも進んでいたんだ。

 

 曲の終盤、お姉がほんの一言だけ、口ずさんだ。

 

『hey, baby』

 

「…………」

 

 私は固まった。

 

 数秒後。

 

「……無理」

 

 膝から力が抜けそうになった。

 

 かっこよすぎる。反則だ。そんなの。妹を殺す気か。

 

 あの瞬間までは、間違いなく、純粋に楽しめていた。

 

 でも、ライブが終盤に近づくにつれて、少しずつ、胸の中に別の感情が生まれ始めた。

 

 最初は、ほんの小さな違和感だった。

 

 お姉の表情から、硬さが消えていく。身体から余計な力が抜けていく。楽しそうに、幸福そうに笑う。

 

「…………」

 

 胸が痛んだ。

 

 お姉が幸せそうに踊っている。お姉が幸せそうに演奏している。お姉が幸せそうに笑っている。

 

 嬉しい。

 

 嬉しいはずなのに。

 

「……なんで……」

 

 涙が止まらない。

 

 お姉が、遠い。

 

 ものすごく遠くへ行ってしまったような気がした。手を伸ばしても、もう二度と届かない場所へ。

 

 私の知らない人たちに囲まれて、私の知らない笑顔を浮かべて、私がいなくても、あんなに幸せそうに笑っている。

 

 それが何より嬉しくて、どうしようもなく寂しかった。

 

「……っ」

 

 唇を噛む。

 

 違う。こんなことを思ってはいけない。

 

 私は決めたじゃないか。もう、お姉に関わらないって。お姉にはかぐやさんがいる。素敵な仲間がいる。私は必要ない。

 

 分かっていた。ちゃんと、分かっていたはずなのに。

 

 それなのに、心の奥底にずっと押し込めていたものが、蓋を押し上げて溢れてくる。

 

 ――私を、必要としてほしかった。

 

「…………っ」

 

 認めた瞬間、涙が一粒、頬を伝った。

 

 本当は、ずっと、お姉に必要としてほしかった。

 

 手の届く距離にいてほしかった。名前を呼んでほしかった。昔みたいに、私を見てほしかった。

 

 私が、お姉を幸せにしたかった。

 

「……馬鹿やなぁ、私」

 

 小さく笑う。涙は止まらない。

 

 醜い。

 

 これは、私の我儘だ。

 

 先日、お姉に拒絶された時、私という存在は不要なのだと理解したはずだった。なのに、まだ諦められていない。

 

 心のどこかで、ずっと待っている。

 

 いつか、お姉が振り返ってくれるんじゃないかって。

 

 もう一度、昔みたいに。

 

『彼方』

 

 って。

 

 優しく呼んでくれるんじゃないかって。

 

「……ほんまに……どうしようもない妹やなぁ……」

 

 私は必死に、その感情を押し殺した。

 

 違う。今日は、そんなことを考える日じゃない。

 

 祝福しよう。お姉を。

 

『素敵な人に出会えたね』

 

『幸せになってくれてありがとう』

 

 それだけでいい。

 

 私は、それだけを願えばいい。

 

 そして、ラストの新曲が終わった。

 

 三人の顔には、ライブをやり遂げた歓喜が浮かんでいた。かぐやさんがお姉に何かを話しかける。お姉が、少し照れくさそうに言葉を返す。

 

「……ふふ」

 

 泣きながら、私は笑った。

 

 何を話しているのかなんて聞こえない。でも、微笑ましい。

 

 ヤチヨさんが客席へ手を振る。会場を埋め尽くす、万雷の拍手。

 

 きっと、これで終わる。

 

 最高の思い出として。

 

 私の夏休みは――。

 

 その時だった。

 

「…………え?」

 

 メインモニターに映っていた三人の姿が、突然ノイズと共に掻き消えた。

 

 代わりに現れたのは、赤い文字。

 

『2030/9/12』

 

「……九月、十二日?」

 

 不穏な赤。画面いっぱいに表示された日付。

 

 何かの告知? 新しいイベント? でも、どうして――こんなに、嫌な感じがするのだろう。

 

 背筋を、冷たいものが走った。

 

 私は反射的に、ステージへ視線を戻した。

 

 そして。

 

「…………え?」

 

 自分の目を疑った。

 

 お姉たちのすぐ近くに、何かがいる。

 

 白い人型。

 

 頭には――提灯。

 

「……なに、あれ」

 

 知らない。あんなもの、ツクヨミの中で一度も見たことがない。

 

 なのに。

 

「…………っ」

 

 心臓が、大きく跳ねた。

 

 知っている。

 

 違う。

 

 知らない。

 

 でも、知っている。

 

 何だ、この感覚。

 

 どこかで私は、あれを――。

 

「……かぐやさん……!」

 

 白い人型が、ゆっくりと、かぐやさんへ近づいていく。

 

 お姉たちは気づいていない。

 

「後ろ……!」

 

 叫ぶ。

 

 届かない。

 

「後ろ!!」

 

 もう一度叫ぶ。でも、この歓声の中では、私の声なんて届くはずがない。

 

 提灯頭が、手を伸ばす。

 

「かぐやさん!!」

 

 白い指先が、彼女に触れた。

 

 その瞬間。

 

「――――っ!?」

 

 胸の奥で、何かが弾けた。

 

「う……く……っ!?」

 

 私は、その場に崩れ落ちた。

 

 痛い。

 

 熱い。

 

 胸の奥が焼ける。

 

 何かが、身体の中を無理矢理駆け巡っている。

 

「な……に……これ……」

 

 息ができない。

 

 熱い。熱い。熱い。

 

 かぐやさんにあれが触れた瞬間、私の身体が狂った。まるで、あの人に呼応するみたいに。

 

「はっ……ぁ……っ」

 

 呼吸が浅くなる。頭が割れそうに痛い。脳を直接殴られているみたいだ。視界が揺れる。身体が、自分のものではなくなっていく。

 

 怖い。

 

 何が起きているの。

 

 誰か。

 

 助けて。

 

 その時、声がした。

 

『輪廻を回して』

 

「…………え?」

 

 誰。

 

『頑張って』

 

 頭の中。

 

 違う。

 

 もっと深いところ。

 

 魂の奥に、直接声が響く。

 

「だれ……?」

 

『大丈夫』

 

 大丈夫なわけがない。

 

 息もできない。身体が千切れそうに痛い。

 

 怖い。

 

 苦しい。

 

『かぐやさんを助けないと』

 

「……なん……で……」

 

 私が。

 

 どうして。

 

 かぐやさんを。

 

 あの人に、私の助けなんて必要ない。そもそも、私なんかに、誰かを助けることなんて――。

 

『私ならできる』

 

「…………」

 

 何を根拠に。

 

『次の8000年をお願い』

 

「はっ……せん……?」

 

 意味が分からない。

 

 そんな途方もない時間。何の話をしているの。

 

 私は、ただの――。

 

『お姉を幸せにして』

 

「――――」

 

 それだけは。

 

 それだけは、胸の奥に深く突き刺さった。

 

「……お姉……」

 

 幸せにしなきゃ。

 

 私にできるのなら。

 

 今度こそ。

 

 お姉を、幸せに――。

 

 遠くで、ヤチヨさんの声がする。でも聞き取れない。

 

 頭が痛い。

 

 痛い。

 

 痛い。

 

「たす……け……」

 

 誰か。

 

 助けて。

 

 お願い。

 

 苦しい。

 

 怖い。

 

 身体が燃える。

 

 助けを呼ぼうと口を開く。でも、声が出ない。

 

 誰にも届かない。

 

「…………っ」

 

 そうだ。

 

 ログアウト。

 

 しないと。

 

 ここから出ないと。

 

 私は残った意識をかき集めて、震える指を必死に動かした。視界が歪む。何度も指が空を切る。

 

「お願い……」

 

 届いて。

 

 やっと、指先がログアウトボタンに触れた。

 

 押す。

 

 視界が、反転した。

 

 ◇

 

「――っ、はぁ……っ!」

 

 現実。

 

 戻った。

 

 でも。

 

「……なんで……」

 

 治らない。

 

 身体の異常が、止まらない。

 

 自分の肉体が鉛みたいに重い。それなのに、身体の内側だけが、異常なほど熱い。

 

「う……ぁ……」

 

 立っていられない。

 

 壁に手をつく。一歩進む。膝が崩れる。耐える。また一歩。

 

 その間も、奇妙な感覚がずっと身体の中にある。

 

 誰かが、私の中に入り込んできたような。

 

 違う。

 

 そうじゃない。

 

 これは、もっと、おかしい。

 

 まるで、ずっと昔から、私の中に誰かがいた。

 

 そして今、その誰かが――。

 

「……起き……た……?」

 

 自分の口からこぼれた言葉に、自分自身が恐ろしくなった。

 

 視界が暗くなる。

 

 意識が遠ざかる。

 

「……お姉……」

 

 どうにかベッドまで、一歩、また一歩と進む。そして最後は、倒れ込むように、ベッドへ身体を投げ出した。

 

 もう、指一本動かせなかった。

 

 意識が、闇の底へ沈んでいく。

 

 その寸前。

 

 なぜか、夢の中で泣いていたあの金髪の少女が、頭に浮かんだ。

 

 ――誰か、助けて。

 

 ずっと、そう言っていた少女。

 

 私は、あの子を助けたいと思った。一人にしたくないと思った。

 

 でも今になって、どうしてだろう。

 

『誰か……助けて……』

 

 そして、完全に意識を失う。

 

 最後に聞こえた声が、彼女のものだったのか。それとも、私自身のものだったのか。

 

 もう――分からなかった。

 




超かぐや姫味濃すぎてえぐいです。皆さんは誰推しですか?私は全員です。
正直な話主人公の名前を適当に決めたのは後悔しています。自分で読んでてたまに読みにくい時があるんですよね皆さんはこのままの名前でもいいですか?
もっと曇らせたいなと思っているけど正直3話が自分の中では結構会心の出来なのでこれからどのようにキャラ達に曇って貰おうか悩んでます。終わりまでの構想はあるのですが要所要所でいっぱい曇って欲しいんですよね
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