ぶっちゃけどっちの作品も設定曖昧だったりするんで設定で齟齬が出てきそうですが、温かい目で見ていただけると幸いです。
転生というものについて、俺はもう少し親切なものだと思っていた。
……いや、だってそうだろう。
漫画とかアニメとか、そういう創作物で散々見てきた。トラックに轢かれたとか、階段から落ちたとか、過労死したとか。理由は様々だけど、とにかく一度死んで、目を覚ましたら知らない世界、そこまではいい。
問題はその後だ……普通、何かしら貰えるんじゃないのか?例えばその……魔法の才能とか、人外じみた身体能力とか、触っただけで相手の能力をコピーできるとか……せめてステータス画面くらいあってもいいだろ、そもそも転生というもの自体非科学そのものなんだからそれくらいの特典はあって然るべきだと思うんだが。
……とはいえ、だ
「おぎゃあああああああ!」
俺が死んでから目を覚ました時、口から出たのはそんな声だった。
視界はぼやけている、身体は動かない。
漸くはっきり見えてきた視界では、知らない女の人が泣きながら俺を抱いている、知らない男の人も泣いている、俺も泣いている。
……別に感動したわけじゃない、勝手に泣くのだこの身体。
その後周囲を見回して、俺は一つの結論に辿り着いた。
どうやら俺は──赤ん坊に転生したらしい。
名前は、ハーレー・スターク。
愛称はハレ
どこぞの鉄人と同じ姓なのは我ながら少しテンションが上がった。
──そして、これが俺の二度目の人生の始まりだった。
前世について、特段細かいことはあまり覚えていない。
日本で生まれて、普通に学校に通って、普通に飯を食って、普通に映画を見て、そして普通に死んだ。まあ少なくとも百歳まで畳の上で大往生したわけではない。
──だからこそ断言できる。
死ぬのは怖い、滅茶苦茶怖い、一回経験したからこそ分かるのだ。
あの喪失感と恐怖を知った上で、死ぬ瞬間に「次の人生があるから大丈夫」なんて考えられる奴がいるならそいつは相当肝が据わっている、こんなこと言うのはアレだが人間じゃないと思う。
……少なくとも俺には無理だ、物語の人物のように自身の命を顧みず人を助けたり、悪人退治に生き甲斐を見つけることはできない。
二回目の転生が保証されているわけでもないのに、そんなことができるわけもない。だから今世では長生きする、そう決めた。
危ないことはしない、危険な場所には近づかない、怪しい奴には関わらない。後数ヶ月にして、俺はこれを人生の基本方針としていた。
──なの、だが。
二度目の人生が始まって数年、俺は自分が生まれた世界について理解するにつれて思った。
「……ここ、思ったよりすごい世界じゃね?」
最初に驚いたのは技術だった。
街を歩いている知能構造体たち、見たこともないような武器や兵器の数々、人間と見紛うほどの高度な人工知能。
どれも俺の知っている地球では研究段階だった技術が当たり前のように社会へ浸透している。
幼い俺にとって、それは宝の山だった。
分解した。
怒られた。
また分解した。
もっと怒られた。
懲りずに分解した。
そして最後には専用の作業室と材料を与えられた。
……それが教育方針として正しかったのかは知らないが、まあ少なくとも家具や家電が犠牲になることは減った。
そして五歳になる頃には、市販の小型機械なら大体構造が分かるようになっていた。
六歳になる頃には、自分で簡単なロボットを作っていた。
八歳の頃には、大人向けの工学論文を読むようになった。
そして十歳を過ぎた辺りから、読む側ではなく書く側になった。
別に蜘蛛のように怪力とか、雷の力を持ってるとかの特殊能力じゃない、頭がいいだけだ。
まあ前世の知識があることも多少は有利だったと思う。それでも俺が覚えているのはスマートフォンの製造方法でも核融合炉の設計図でもない、一般人が生活していて目にする程度の知識だけ。だから技術については全部、一から勉強した。
まあ幸い勉強は前世から好きだった。特に機械工学、次に材料工学、エネルギー工学、人工知能。
そして──エーテル工学。
最後の一つだけは前世には存在しなかった……いや存在自体はしたが、リアリティなアレでも、光素や第五元素やらのエーテルともまるで違う。
エーテルとはこの世界の文明を支えるエネルギー資源であり、同時に人間を怪物へ変える物質でもある。
それを知った時、俺はこの世界に転生して初めて本気で神様を恨んだ。
……だってそうだろう。
科学技術が発達した近未来世界、そこまではいい。
ロボットもいる、超高性能AIもいる、未来都市もある、最高じゃないか。男の子ならそりゃ一度くらい憧れるだろうそういう近未来世界。
だと言うのにだ、なんでそこへ──。
。
「なんでホロウとかいうクソデカ災害を追加した?」
誰に言うでもなく呟いた。
ホロウ
それは突如として発生し、周囲を侵食する異常空間。
内部では通常とは異なる空間法則が働き、高濃度のエーテルが満ちている。
そして長時間エーテルに侵食された生物は、やがてエーテリアスと呼ばれる異形へ変貌する。
怪物がいる、空間が狂っている、入っただけで身体を侵食される、しかも自然発生する。
……役満である。
絶対に近づきたくない、俺は幼心に固く誓った。
将来どれだけ偉くなろうがどれだけ金持ちになろうがホロウにだけは絶対に入らない、そう決めた。
そしてその決意をより強固なものにしたのが、六歳の時……今から十年前に起きた旧都陥落だった。
ニュース映像は今でも覚えている。
空を覆う異常な景色、避難する人々、鳴り響く警報、次々と更新される被害情報。
テレビ越しですら俺には震えるほどに恐ろしかった。
しかし幸い、俺自身は直接的な被害をほとんど受けなかった。
スターク家……TOPSに名を連ねる一族の人間だったことも大きいだろう。
スターク・インダストリーズ。対エーテリアス用兵器の製造・販売を手掛ける軍事企業だ。奇妙なことに、例の鉄人……トニー・スタークの会社とまったく同じ名を持つ。俺は、その会社を経営する一族に生まれた。
そしてTOPSとは、新エリー都のあらゆる分野で強大な影響力を持つ企業集合体……まあ要はデカい会社が色々集まった組織だ。スターク・インダストリーズもその一角を占めている。
まあ……端的に言えば、俺は生まれに恵まれていた。
そのお陰で避難経路の確保も、物資の備蓄も、情報の入手も、一般家庭とは比較にならないほどに行き届いていた。
……もっとも、完全に被害を免れたわけではないが。
とはいえ、だ。
俺にとって旧都陥落は、恐ろしい出来事ではあっても……どこか、遠い場所の災害だった。
テレビの向こう側で起きている悲劇。
大勢の人が死んだ、家を失った人もいる、人生を壊された人もいる。
……それは理解していた。
可哀想だとも思った、大変だとも思った。
……しかし、だから自分が何かしようとは思わなかった。
だって災害だぞ?
地震が起きたからといって、地震そのものを倒しに行く奴はいない。
台風が来たからといって、台風へ殴り込みに行く奴もいない。
みんな基本は、対策を取るだけで根本をどうにかしようとは考えない。
専門家に任せればいい、軍に任せればいい、ホロウ調査員に任せればいい。俺は小市民らしく安全な場所から技術を提供する。それで十分だと思っていた。
つーか死にたくない。それが一番だった。
そして、そんな俺も今では十六歳になった。
「ハレ」
「嫌です」
「まだ何も言ってないが」
「ホロウ関連なら嫌です」
研究室、俺は作業机に突っ伏したまま即答した。
目の前に立っているのはレイ長官。俺が会社以外で所属しているホワイトスター学会の偉い人であり、学会内での俺の上司でもある。
「どうしてホロウ関連だと思ったんだ?」
「長官が俺のところに来る時、ホロウ関係じゃ無かったこと無いじゃないですか」
「流石、スターク家当主殿はよく見ているな」
「褒めても行きませんからね」
「まだ行けとは言っていない」
「じゃあ行きません」
「話くらいは聞いてくれ」
「聞いたら断りづらくなるので嫌です」
俺は顔を上げることなく、作業を続ける。
顕微鏡の横には試作したエーテル変換素子、さらにその隣には小型の演算装置。研究机というより、ガラクタ置き場に近い。
「君はエーテル工学者だろう?」
「そうですね」
「ホロウは嫌いなのか?」
「少なくともそうそう好きな人はいないでしょ」
「何故?」
「そりゃ死ぬから」
顔を上げる。
「エーテル侵食、空間異常、エーテリアス、崩落、遭難、その他諸々。ホロウ内部で活動するリスクを列挙しましょうか?三時間くらい喋れますけど」
「そこまで理解しているのに実地経験がゼロなのは逆に賞賛できるな」
「でしょう?」
「今度は褒めていない」
知っている。
俺は再び手元へ視線を戻した。
研究は好きだ、エーテルも好きだ。未知の物質、未知のエネルギー、未知の物理法則。これほど研究者心を刺激するものはない。
……ただしそれは安全な研究室から眺める分には、という条件が付く。
火山学者がマグマに飛び込むわけじゃない。
海洋学者が全員深海一万メートルまで潜るわけでもない。
ならエーテル工学者がホロウに入らなくてもいいだろう。完璧な理屈だ。
「それより長官。昨日渡した誘導装置のデータ見ました?」
「見たよ。実に面白かった」
「面白かった、で済ませないでくださいよ……かなり凄いんですよあれ」
俺は机の端に転がっていた端末を拾い上げ、表示した。
画面に映ったのは、複数のリングが組み合わさったドーナツ型の電磁石のような奇妙な装置。
「局所エーテル誘導装置。簡単に言えば、一定範囲内のエーテルの流れを人為的に偏向させます」
「理論上はな」
「動きますよ」
「必要電力は?」
「……」
「ハレ?」
「……発電所が一基もあれば、まあ」
「効果は魅力的だが却下」
「最後まで聞いてくださいよ!」
「発電所一基分の電力を使う研究装置をホロウの中でどう運用する?」
「だから省電力化をですね」
「できるのか?」
「……将来的には」
「いつ?」
「科学者に期限を聞くのは野暮ですよ」
レイ長官がため息を吐いた。
分かっている、現状では実用性皆無だ。
エーテルの流れを変える、それは言葉にすれば簡単だが実際には莫大なエネルギーが必要になる。ましてや範囲内となると余計に。
だから今は研究用、実験室レベルで現象を確認するだけの装置だ。
……しかし、いつかエネルギー問題を解決できれば使い道はいくらでもある。
ホロウ内部のエーテル濃度制御、エーテル汚染区域からの除染、エーテリアスの誘導。
もしかすると、エーテル侵食そのものへ干渉できるかもしれない夢のある技術だ。
……電気を馬鹿食いすることを除けば、だが。
「……やっぱり必要なのは電源だなぁ」
椅子を回転させながら天井を見上げる。
ホロウ内部に持ち込めるほど小型でさらに高出力、長時間稼働可能、そしてできれば燃料補給も少ない。
そんな都合のいい半永久に近い発電機、前世なら鼻で笑っていただろう。
しかし、この世界なら可能性はある。
『エーテル』という未知のエネルギーが存在している。技術だって前世より遥かに進んでいる。
だったら──
「小型核融合炉……」
口に出してふと、前世で昔見た映画を思い出した。
暗い洞窟、拉致された天才科学者、胸に埋め込まれた装置、ガラクタ同然のあり合わせの材料。
そして、鉄屑みたいな装甲。
「…………いやいやいや」
ないない。
アークリアクターなんて映画の話だ。
確か設定では小型のアーク炉、超高出力のエネルギー源、毎秒3GJの発電効率だったか。
トニー・スタークは洞窟の中でそれを、ミサイルの部品から作っていた。
……そりゃ俺だって子供の頃は
『トニー・スタークって天才なんだなぁ』
くらいにしか思っていなかったが、ある程度の知識を得た今なら分かる。
「無茶苦茶だろ、あれ」
材料、加工精度、磁場制御、冷却、プラズマ閉じ込め、エネルギー変換、制御系。
問題点を挙げればキリがない。映画だからできた、そういうものだ。
……ただ。
「磁場閉じ込めをこっちの材料で代替して……熱電変換効率を上げて……いや、待てよ」
気づけば手が動いていた。
端末へ数式を入力する。
「パラジウムが使えるなら……」
「ハレ?」
「ちょっと待ってください」
「何か思いついたのかい?」
「まだです」
嘘だ、思いついている。
……というより記憶の奥底にあった空想と、この世界で十年以上学んだ知識が繋がり始めている。
できる……いや、馬鹿げている。
……でも──理論上は?
「…………」
計算。
修正。
再計算。
材料変更。
磁場強度を再設定。
冷却方式を変更。
ダメ。
もう一度。
ダメ。
別方式。
「ハレ」
「はい」
「君、笑ってるぞ」
「え?」
言われて頬へ触れる。
……確かに口角が上がっていた。
「……しょうがないでしょ?」
だって、面白い。
前世では映画の中にしか存在しなかったものを、この手で作れるかもしれない、なんて。
「男の子なんですよ、俺も」
それから数時間後。
「
『いつでも起きていますよ、ハレ様』
研究室のスピーカーから少女のような声が返ってきた。
『Brownie』、俺が作った人工知能だ。
ホワイトスター学会のデータベースに不正アクセ……ちょっとのぞいていた時、たまたま目にした高度AI関連の資料。
『Youkai』『Fairy』『Jinni』『Ghost』
総順式集成汎用人工知能と呼ばれていたそれら四つ。
詳細部分は驚くほど厳重に隠されていたので閲覧できなかったが、その設計思想は非常に興味深かった。
それを参考にしつつ、トニー・スタークの『J.A.R.V.I.S.』に憧れて暇潰し半分、研究半分で作ったのがBrownieだ。
名前の由来は、家事を手伝ってくれる妖精ブラウニー、まあつまりはお手伝いAIだ。
……ただし。
『現在時刻は午後九時四十三分です。ハレ様、本日の夕食を摂取していません』
「あとで食べる」
『昨日も同様の発言をしました』
「今日は食べるって」
『一昨日も同様の発言をしました』
「……お前、最近母親みたいになってないか?」
『生活管理も「お手伝い」の範疇であると判断します』
「余計な学習しやがって」
『褒め言葉として受領します』
「別に褒めてない」
でも便利なので消せない、悔しい。
「さっきの計算結果まとめといて、あと必要になりそうな材料をリスト化」
『承知しました。プロジェクト名を設定しますか?』
「プロジェクト名?」
『データ管理上推奨します』
「そうねぇ……」
少し考える。
映画の中のあの装置。
胸に輝く青白い光。
天才が洞窟の中で生み出した、小さな太陽。
「……ARC」
『ARC』
「うん。それで保存」
『承知しました。プロジェクトARCを作成します』
もちろん本気で作るつもりなんてない、できたら面白いとかその程度だ。
趣味の研究やロマン、それ以上でもそれ以下でもない。
嫌味じゃないが、実際俺には既に金がある。
TOPSに名を連ねるスターク家の資産に加えて、俺自身が取得した特許の使用料だけでも、一生遊んで暮らせる。
名誉も別に特にいらない。
十六歳でホワイトスター学会に所属して、会社も運営している時点で、肩書きなんて十分すぎる。
だから、命を懸ける理由なんてなかった。
安全な研究室で好きな研究をして、時々面白いものを作って、そして長生きする。それだけでいい、ヒーローなんて映画の中だけで十分だ。
トニー・スタークは格好いい、アイアンマンは大好きだった。スパイダーマンだって大好きだ。
『大いなる力には、大いなる責任が伴う』
これは名言だと思う。
『スーツなしじゃダメなら、スーツを着る資格はない』
これも好きだ。
……でも名言が好きだからって、自分で実践しなきゃいけない決まりはない。
俺はピーター・パーカーじゃない、スパイダーマンでもない。
アイアンマンでも、トニー・スタークでもない。
俺は、ハーレー・スターク。
名前が似ててちょっと頭が良いだけの十六歳だ。
怪物と殴り合える身体なんてない、銃を撃った経験すらない、ホロウ内部を歩いたこともない。
プロキシ技術だって授業と資料で齧った程度、そんな人間が危険な場所へ行く必要はない。
だから俺は決めていた。
何度誘われようが、どれだけ馬鹿にされようが。
絶対に。
絶対に。
絶ッ対に──
ホロウには入らないと。
三日後。
「郊外で対ホロウ兵器の実証実験?」
「ああ」
レイ長官が頷いた。
「え、嫌です」
「ホロウには入らないぞ」
「……本当に?」
「実験区域はホロウ外部。安全基準も満たしてる」
「…………」
「軍の護衛も付く」
「…………」
「君が設計に関わった兵器だろう?」
「……まあ、学会主軸のやつなんでウチの会社外のではありますけど」
「開発責任者が最終試験を見ないのかい?我が子の晴れ舞台なのに」
「その言い方ズルくないですか?」
「事実を言っただけだ」
俺は腕を組んだ。
ホロウ外、軍の管理区域、護衛あり、危険性は低い。
……というより、これで拒否したら研究者としてどうなんだというレベルだ。
「……ホロウから何キロ?」
「十分離れてる」
「緊急避難設備は?」
「ある」
「エーテリアス対策」
「軍が担当」
「避難車両」
「ある」
「シェルター」
「ある」
「医療班」
「いる」
「絶対安全?」
「世の中に絶対はない」
「じゃあ行きません」
「ハレ」
「冗談です」
ため息を吐く。
……仕方ない、まあここまで安全対策されているなら大丈夫だろう。
「分かりましたよ、行きます」
「ありがとう」
「ただし」
指を一本立てる。
「ホロウには絶対入りませんからね」
「分かってるよ」
「何があってもですよ」
「分かってる」
「本当に?」
「しつこいな君は」
そう言われて、俺は渋々参加申請書へサインした。
……今思えば、あの時の俺を殴ってでも止めるべきだった。
いや参加するなとは言わない、そんなことをすれば未来が変わる。
……しかしただ、一つだけ。
あの時の俺へ伝えられるなら、これだけは言いたい。
世の中に絶対はない、レイ長官はそう言った。
まったくもってその通りだった。
なぜならその三日後、実証実験の真っ最中、俺たちがいた場所を中心として──
突発性ホロウが発生したのだから。
正直自分でも『ハーレー』はやったと思ってる、反省はしていない。