臆病者だから鉄を着ます   作:三世

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#11

 

 

 青衣さんと久々に会ってから数日、俺のアカウントに一通のDMが届いていた。

 

「白祇重工から?」

 

『はい、同社の所有するホロウ内特殊作業用重機について相談したいことがあるそうです』

 

「ああ、グレースさんからね……一応聞くけど、Brownieは来る?」

 

『……行きます』

 

「え意外、てっきり嫌がるもんかと」

 

 『白祇重工』。ホロウ内部やエーテル汚染区域など、極限環境での工事を数多く請け負っている重工業グループだ。

 

 俺は三ヶ月ほど前から、そこの技術者と新型のホロウ内作業用重機を共同開発している。

 

 そして、その技術者というのが……。

 

『ただし、グレース・ハワード氏とお話しされている間、私は極力発言を控えます』

 

「まあそれはいいけど。あの人なんていうか……個性的だしな」

 

 グレース・ハワード。白祇重工の主席技術者にして、ホロウ内で活動する自律型重機の開発者だ。

 

 初めて名前を聞いた時は「ハワード」という響きに少しだけ驚いた。まあ当然なんの関係もなかったわけだが。

 

 で、このグレースさんという人がまた個性的で……言うなれば、重度の機械オタクなのだ。

 

 ホロウ内部で自律的に作業できる知能重機を開発したという、技術者としては間違いなく優秀な人なのだが、その重機たちを自分の「子供」と呼んで溺愛している。

 

 それだけなら自分の発明品に愛情深い人という話で済む……問題は、その愛情の向け方だった。

 

 あの人、機械と聞けば何でも大好きなのだ。特に知能構造体やボンプのような、自律的に動く機械なんかは特に。

 

 珍しい機体を見つければ目を輝かせて構造を調べたがり、挙げ句の果てには人目も憚らず抱きつこうとする。場合によってはその場で分解してみたいなどと言い出す始末。

 

 ……流石に分解は何かしら法律に引っ掛かるだろ。

 

 でまあ当然というべきか、その興味の対象にはウチのBrownieも含まれている。

 

 初対面の時なんか酷かった。Brownieが挨拶した途端俺のスマホを両手で掴んで、音声合成の仕組みから学習モデルの構造まで質問攻めにしてきたのだ。

 

 あの時のBrownieの反応は今でも忘れられない……Brownieが悲鳴あげたのなんて、あの時初めて聞いたぞ。

 

「別に無理について来なくてもいいのに、家で休んでても良いんだぞ?」

 

『……それは嫌です』

 

「なんで?」

 

『嫌なものは嫌です、ハレ様もよくおっしゃるでしょう』

 

「それ言われたら弱いな……」

 

 まあBrownieの開発には企業秘密も色々使っている、あまり内部構造を調べられると困るのは事実だ。

 

 何より本人が嫌がっているのだから無理に会わせる必要もない。

 

「えーと、明後日の昼か。予定空いてる?」

 

『午後の予定はございません』

 

「じゃあその日に行こうか、グレースさんと話してる間は最悪スリープモードに入っててもいいから」

 

『承知しました』

 

「さて、仕事仕事っと」

 

 そう言って端末を閉じる。

 

……そういえば、青衣さんに相談してから、Brownieの身体の設計も随分と方向性が固まってきた。

 

 コア部分を除いて、ほぼ全て作り直す羽目になったのは痛いが……まあ、その分使わずに済んだ素材もあるし、余った分は別の用途に回せばいい。

 

 とはいえ、肝心の駆動機構で少し行き詰まっているのも事実だ。せっかくの機会だしグレースさんにもいくつか相談してみよう、あの人こう言う話好きだろうし。

 

     

◇

 

 二日後。

 

「こんにちはー。スターク・インダストリーズから来ました、ハーレー・スタークでーす」

 

 現在、白祇重工が拠点としている黒雁街跡地。そのの正門前に俺は立っていた。

 

 共同開発の打ち合わせでは何度も訪れている場所だ、いつもなら到着する頃にはグレースさんが迎えに来てくれるのだが、今日はどうにも様子がおかしい。

 

「……変だな。いつもならグレースさんが走ってくるんだけど」

 

『訪問予定の変更について、連絡は受信しておりません』

 

「電話は?」

 

『応答がありません』

 

「んー……珍しいな」

 

 何かトラブルでもあったのだろうか。

 

 まあ事前に約束はしているし、こちらが勝手に予定を間違えたわけでもない。取り敢えず到着したことだけ伝えておこう。

 

「連絡入れて……っと、その辺で待ってようかな」

 

 到着した旨をメッセージで送信し、門の脇にある日陰へ移動する。

 

「……にしても、これ持ってくる必要なかった気がするな」

 

 ふと右手へ目を落とすと、そこにあるのはずっしりと重い金属製のスーツケース。中には携帯用アーマー、Mark 4が格納されている。

 

「最近、これ持ち歩くの癖になってるんだよなぁ……」

 

『重量と使用機会を考慮すると非合理的です』

 

「だよなぁ……腕も痛いし」

 

 何せ中にアーマーを丸々格納してるわけだから、ほとんど金属の塊だ。持ち歩ける程度の重量には抑えたものの、ろくに鍛えていない俺の細腕にはなかなかの重労働だ。

 

 そもそもMark 4は、万が一ホロウに巻き込まれた時のために開発したものだ。いつでも持ち運べるよう小型化したとはいえ、ホロウから十分離れたこの場所にまで持ってくるのは流石に警戒しすぎかもしれない。

 

 そんなことを考えながらスーツケースを足元へ置き、スマホを眺めて時間を潰すこと十分。

 

 ガシャン、ガシャン、と保管エリアの奥から大きな金属音が聞こえてきた。

 

「……ん?」

 

 重機の駆動音だろうか。いや、それにしては少し騒がしい。

 

 耳を澄ませていると、機械音に混じって女性らしき声が聞こえてきた。

 

「……なんか揉めてる?」

 

『音声を解析中、知能構造体用の発声モジュールから出力された音声と思われます』

 

「知能構造体?」

 

 ここにいる自律型重機のどれかだろうか。確かにグレースさんの開発した重機には、外部と会話するための音声機能が搭載されている。それ自体は珍しくないのだが……ここの重機達にしては、随分と感情豊かな声だ。

 

「気になるけど、勝手に入るわけにもいかないしなぁ」

 

『現在、事故を示す警報信号は検出されておりません』

 

「ならいいけど……」

 

 そう言った直後、再び大きな金属音が響いた。

 

 今度は明らかに近い。

 

「……なんかこっち来てない?」

 

『音源まで推定六十メートル。接近中です』

 

「……嫌な予感」

 

重機の駆動音に混じって、別の声も聞こえてきた。今度は聞き覚えのある声だ。

 

「……グレースさん?」

 

『肯定、グレース・ハワード氏の音声と一致します』

 

 どうやら何か叫んでいるらしい。耳を澄ませると、「止まって」「止まれ」といった言葉が途切れ途切れに聞こえてきた。

 

「……おい、これ事故じゃないか?」

 

 俺は慌てて足元のスーツケースへ手を伸ばした。

 

「嘘だろ、もしかしてこいつの出番か?」

 

 Mark 4は飛行機能こそ持たないものの、対エーテル防護機能と最低限の戦闘能力を備えている。相手が重機だとしても、そこまでの大きさじゃないなら動きを止めるくらい不可能ではないはずだ。

 

 それにコイツは緊急時を想定して二十秒以内に装着できるよう設計してある。何が起きているのかは分からないが、万が一に備えるなら今のうちだろう。

 

 ……もっとも、状況によってはその二十秒すら惜しくなるかもしれないが。

 

『ハレ様』

 

「何?」

 

『来ます』

 

「は?」

 

 次の瞬間、門の奥にある建物の陰から、想定していたよりも三倍ほど巨大な重機が飛び出してきた。

 

「はぁ!?」

 

 車体の前方には巨大な解体用チェンソー、分厚い装甲に大型の駆動輪を備えたその巨体が、凄まじい勢いでこちらへ突っ込んでくる。

 

 しかも。

 

『うわぁぁぁん!真白クゥーーン!会いたいよぉぉぉ!!』

 

「止まれ!止まってくれ、デモリッシャー!!」

 

 重機の上に、グレースさんがしがみついていた。

 

 ……何やってんのあの人!?

 

『衝突まで推定十一秒』

 

「短っ!?」

 

 Mark 4を展開している暇はない。

 

 いや、装着したところで流石にあの質量を真正面から受け止められる保証もない。

 

 となれば。

 

「Brownie!鎮静プログラムを送りつけろ!」

 

『了解、保守通信ポートへの接続を試行します』

 

 俺たちは共同開発の過程で、白祇重工の一部重機に使用されている共通制御規格を扱っている。

 

 当然、全ての機体を好き勝手に操作できるわけじゃないが、外部から安全停止を要求するための保守用インターフェースは把握していた。

 

 それを利用する。

 

『認証完了、仮想環境を生成します』

 

 重機の動きが、一瞬だけ鈍った。

 

『──な、何これ!?真白クン!?』

 

 直後。

 

『真白クンがいっぱいだぁぁぁ!!』

 

 重機が急減速した。

 

 巨大な車体がガクンと揺れ、前方のチェンソーが回転数を落としていく。

 

「デモリッシャー!?急に……これは一体!?」

 

 グレースさんの驚いた声が響く。

 

 ……よし効いた、正直半分くらい賭けだったけど。

 

「Brownie、運動制御系を待機状態へ。完全停止できる?」

 

『可能です、段階的に出力を低下させます』

 

「頼んだ」

 

 暴走した機械をいきなり急停止させると、慣性で転倒したり搭乗者が投げ出されたりする危険がある。今回はグレースさんがしがみついている以上、慎重に減速させなければならない。

 

 Brownieが制御系へ介入すると、重機はさらに速度を落とし、やがて俺から数メートル離れたところで完全に停止した。

 

『真白クン……えへへ、そんなにいっぱい……』

 

 ……何を見せられてるんだ、俺は。

 

 というかこんなに感情豊かな重機、ここにいたっけ?

 

 そんな疑問はひとまず置いておき、俺は停止した重機から少し距離を取りつつ、その車体にしがみついているグレースさんへ声をかけた。

 

「お久しぶりです、グレースさん!大丈夫ですか?」

 

「君は……ハーレー君!もしかして、君が止めてくれたのかい!?」

 

「ええまあ……それより、とりあえずそこから降りてもらってもいいですか?」

 

「あ、ああ!そうだね、ちょっと待ってくれ!」

 

 グレースさんは外装にしがみついていた腕を離し、足場を探しながら慎重に降りてきた。

 

 最後の一段で少しバランスを崩したものの、どうにか無事に着地する。

 

「ふぅ……助かったよハーレー君!」

 

「いえいえ、お怪我はありませんか?」

 

「私は大丈夫、それよりデモリッシャーは!?」

 

「そっちですか」

 

「当然だろう!?この子がまた突然あんな状態になってしまって……!」

 

 言うが早いか、グレースさんは重機へ駆け寄り分厚い外装を撫で始めた。

 

「デモリッシャー、大丈夫かい?どこか痛いところはないかい?お姉さんに教えておくれ!」

 

『真白クン……好きぃ……』

 

「……うん、何だか幸せそうだね?」

 

「そうですね……」

 

 俺は思わず苦笑した。

 

 相変わらずだな、この人。

 

 いや、機械を大切にするのはいいことだと思う。俺だってダミーが壊れたら心配するし、Brownieに不具合が起きたら何を差し置いても修理する。

 

 でも、流石にここまでじゃない。

 

「ところでハーレー君、さっきのは一体……?」

 

「ああ、鎮静プログラムです。簡単に言えば知能構造体に一時的に『夢』を見せるプログラムですね」

 

「夢を……?」

 

「はい、対象の記憶領域から強い好意を示す情報を抽出して仮想環境として再構成するんです。今回はそれに意識を向けさせて、運動制御系への負荷を下げました」

 

 要は、目の前に好きなものがたくさんあると錯覚させて、そちらへ意識を集中させるわけだ。

 

 ただし、何にでも使える万能のプログラムというわけではない。対応する制御系が必要だし、相手の意思を直接書き換えるようなものでもない。

 

 今回は重機の保守規格を把握していたことと、対象が既に強い感情反応を示していたことが幸いした。

 

「なるほど……仮想環境を用いた感情誘導か。面白いね!」

 

「まあ、強引な方法ですけど」

 

「いやいや、素晴らしい発想じゃないか!今度詳しく聞かせておくれ!」

 

「はは……機会があれば」

 

 ……やべ、余計なものに興味を持たせたかもしれない。

 

「それで、真白クンって何なんです?」

 

「ああ、それがね……この子がホロウの中で出会った建設途中のビルなんだ」

 

「……ビル?」

 

「そう、ビルさ!」

 

 ……ビル、というと。

 

 建物、建築物。

 

 あの、鉄骨とコンクリートでできた?

 

「……好きな建物でもあるんですか?」

 

「好きなんてもんじゃないよ!この子は真白クンに恋をしているんだ!」

 

「……こい」

 

 恋?

 

 重機が、ビルに?

 

 ……なる、ほど?

 

「実はこの子、先日ホロウへ逃げ出してしまってね。そこで真白クンに出会ったらしいんだ」

 

「は、はぁ」

 

「それがまた感動的でね!最後には真白クンが自らの身体を崩して、一生に一度きりの抱擁を……!」

 

「はい!分かりました!分かりましたから!」

 

 ダメだ、これ以上聞いていたら俺まで何か変な価値観に目覚めそうだ。

 

「……で、他の皆さんは?アンドーさんとか、ベンさんとか……あとクレタは?」

 

「ああ、おチビちゃんたちは最後の一台を連れ戻しに行っているよ」

 

「最後の一台?」

 

「実はね、今回の件はこの子だけじゃないんだ。三台の重機がほとんど同時にホロウへ逃げ出してしまってね」

 

「三台も?」

 

「ああ……ハンス、グレーテル、それからフライデー。グレーテルは連れ戻せたんだけど、また真白クンを探しに行こうとしたものだから、止めるのに苦労していたんだ」

 

 ……なるほど、さっきのはまたホロウへ向かおうとしていたところだったのか。

 

 にしても、三台同時とは穏やかじゃない。

 

「その非常事態に、俺なんかが来てよかったんですか?グレースさんだって助けに行きたかったでしょうに」

 

「いや、むしろ来てくれて助かったよ。おチビちゃんたちには優秀な助っ人もついているし、私としてもこの件で君に相談したいことがあったから呼んだんだ」

 

 なるほど、メールに書いてあった「相談したいこと」っていうのは今回の重機の暴走についてだったのか。

 

「……まあ、とりあえずデモリッシャーを保管エリアへ戻しましょうか」

 

「そうだね。お願いできるかな?」

 

「Brownie、ゆっくり移動させて」

 

『承知しました』

 

 Brownieの制御によって、デモリッシャーがゆっくりと動き始める。

 

 その間も当の本人は夢見心地のまま、真白クンへの愛を語り続けていた。

 

 ……まあ、本人が幸せならいいか。

 

     

◇

 

 デモリッシャー──正式にはグレーテルというらしい──を保管エリアへ戻し、俺たちは隣接する整備棟へ移動した。

 

 グレーテルは相変わらず真白クンの名前を呟いていたが、鎮静プログラムの効果が薄れる頃には落ち着きを取り戻していた。

 

「それにしても、三台まとめてホロウへ逃げるなんて」

 

「ああ……けれど、今はおチビちゃんたちが頑張ってくれているからね」

 

「他に助けてくれる人もいるんでしたっけ?」

 

「そうそう!腕利きのプロキシが協力してくれているんだ」

 

「プロキシ?」

 

「ああ。彼には今回も助けられてばかりでね、私としても詳しいことは言えないけど、相当な腕前だよ」

 

「へぇ……」

 

 プロキシ。

 

 その言葉を聞いて真っ先に思い浮かんだのは、以前ホロウで出会った少女だった。

 

 ──リン。

 

 あの日、俺にホロウ内部の道を教えてくれたプロキシだ。

 

 その後偶然立ち寄ったビデオ屋で再会して、危うく自分から正体をばらしかけた。思い出しただけで胃が痛い。

 

 ……いや、別に会いたくないわけじゃない。むしろ恩人だし、普通に話す分にはいい子だった。

 

 ただあの日の自爆寸前だった自分を思い出すと、どうしても少し気まずい。

 

 まあグレースさんは今「彼」って言ったし、多分全く関係ないプロキシだろうけど。

 

「グレースさんがそこまで言うなら、相当優秀なんでしょうね」

 

「もちろんさ!おかげで二台は無事に取り戻せたしね」

 

 グレースさんは頷くと、整備台に置かれた端末を操作した。

 

「さて、本題に入ろうか」

 

「はい」

 

「今回君を呼んだのは、あの子たちの論理コアについて相談したかったからなんだ」

 

「……論理コア?」

 

「そう、実は三台とも逃げ出す少し前に論理コアをアップデートしていてね」

 

「アップデートしたら急に暴走した、と」

 

「正確には突然自分の意思で行動し始めたんだ、ハンスは立派な漢になると言い出すし、グレーテルは恋をするし……」

 

「……随分と個性的ですね」

 

「素晴らしいだろう!?」

 

「まあ、そうですね……」

 

 ……この人、相談したいって言いながら滅茶苦茶嬉しそうだぞ。

 

「人格が芽生えること自体は別に悪いことじゃないんだよ、ただその直後に揃ってホロウへ向かったのが気になってね」

 

「なるほど」

 

 それなら話は別だ。

 

 知能構造体の人格形成は、まだまだ分からないことが多い。

 

 初期の学習モデルや論理コアに高度な自律判断能力を持たせたところで、それが即座に独立した人格へ繋がるとは限らない。長期間の学習や環境との相互作用によって、ある時を境に急激な変化を示す例もある。

 

 Brownieだって、今でこそ普通に俺へ文句を言ったり拗ねたりしているが、開発当初からあんな性格だったわけじゃない。

 

 ……そもそも俺は拗ねる機能なんて実装した覚えがないんだけど。

 

「アップデートの内容は?」

 

「主に判断効率の最適化と、作業環境への適応能力の向上だよ。人格形成を直接促すようなものではないはずなんだ」

 

「三台とも同じ更新を?」

 

「ああ」

 

「……ふむ」

 

 同時期に同じ更新を受け、直後に自律性が変化した。そこまではまだ理解できる。

 

 問題は……

 

「三台とも揃ってホロウへ向かったというのはどうにも……作為的、ですね」

 

「そうなんだよ」

 

 偶然とは考えにくい。

 

 何か共通の刺激があったか……あるいは外部からの指示、それしか考えられない。

 

 更新プログラムに問題があった可能性もあるが、今の話を聞く限りそれだけで説明するのは難しそうだ。

 

「だから今日は、人工知能の研究にも詳しい君に相談したかったんだ」

 

「まあ、人より少し詳しい程度ですけど……」

 

「何を言ってるんだい!君の開発したBrownieちゃんなんて私からすれば宝石のような存在だよ!」

 

「……は、はあ」

 

 ……相変わらず凄い熱量だな、この人。

 

 当のBrownieはさっきから一言も発していない。どうやら徹底して沈黙を貫くつもりらしい。

 

「それで、今この整備棟にいるのはグレーテルだけですか?」

 

「いや、ハンスも戻ってきているよ。今は奥で点検中さ」

 

「じゃあ、二台とも記録を確認させてもらっていいですか?ホロウへ逃げ出す直前に何があったのか、調べてみたいんです」

 

「もちろんさ!それじゃあハンスを呼んでこようか」

 

「お願いします」

 

 グレースさんは嬉しそうに頷くと、整備棟の奥へ向かっていった。

 

 さて、初恋の相手がビルという重機の次は、一体どんな奴が出てくるのやら。

 

     

◇

 

『──おう兄弟!オレちゃんのこと呼んだんか!?』

 

「…………」

 

 数分後、俺の前に現れたのは、一台の大型掘削重機だった。

 

 分厚い外装と二つの巨大なショベルを備えた、いかにも頑丈そうな機体である。

 

『よう聞いときや!オレちゃんの名は、黒鉄男児・百練成鋼・エンジン・点灯・ハンス!漢の中の漢を目指しとるんやで!』

 

「…………」

 

 ……なんて?

 

「ね?立派な名前だろう?」

 

 グレースさんが満面の笑みで言った。

 

「……ええ、まあ」

 

 何で重機の名前にそんなに情報量があるんだよ。

 

「えっと……ハンス君でいい?」

 

『おう!兄弟なら特別に許したるわ!』

 

「ありがとう……?」

 

 何で初対面の重機に兄弟認定されてるんだ、俺。

 

「それでハンス、今日は君の記録を少し調べたいんだ。協力してくれる?」

 

『記録やて?オレちゃんの生き様が知りたいっちゅうことか!』

 

「まあ、そんな感じ」

 

『ええで!漢の道を歩む仲間に、隠し事なんてあらへんからな!』

 

 ……思い出した、アンドーさんに似てるんだ、この子

 

 取り敢えず、グレースさんから整備用端末を借り、ハンスの診断ポートへ接続する。

 

「Brownie、記録を確認して」

 

『承知しました。論理コアの動作履歴を取得します』

 

 端末の画面に大量のデータが流れ始めた。

 

 ハンスの稼働記録、作業履歴、運動制御、学習モデルの更新履歴。そして、外部通信ログ。

 

「……ん?」

 

 俺は画面を拡大した。

 

「グレースさん、これ見てもらえます?」

 

「どれだい?」

 

「逃走直前の通信記録です。更新処理の完了から少しして、外部からデータを受信しています」

 

 問題のログには、見慣れない形式の信号が残っていた。

 

 しかも、通常の作業命令とは明らかに違う。

 

「これは……」

 

「心当たりあります?」

 

「……私が送ったものじゃないね」

 

「Brownie、送信元は?」

 

『通信経路が不完全です。正確な位置は特定できません』

 

「発信源の環境情報は?」

 

『解析中……高濃度エーテル環境下で生じる通信特性との一致を確認しました』

 

「……ホロウ内部から?」

 

『その可能性が高いと判断します』

 

 俺はグレースさんと顔を見合わせた。

 

 ホロウ内部から重機へ向けて、何者かが通信を送り……その直後にハンスはホロウへ向かった。

 

 偶然にしては出来すぎている。

 

「ハンス、この通信を受けた時、何か覚えてる?」

 

『ん?せやなぁ……』

 

 ハンスは少し考え込むように、低い駆動音を鳴らした。

 

『急に、どっか行かなあかん気がしてん』

 

「どこかへ?」

 

『おう!せやけどどこに行きたかったんか、オレちゃんにもよう分からへんのや!』

 

「……なるほど」

 

 本人にも理由は分からない、となると何らかの行動誘導を受けていた可能性はある。

 

 ただし、強制的な制御命令の痕跡はない。

 

 ……妙だな。

 

「グレースさん、次はグレーテルの記録を見せてもらえます?」

 

「いいとも!」

 

 グレースさんはすぐにグレーテルの診断端末を用意してくれた。

 

 こちらも同様に通信ログを調べる。

 

 そして。

 

「……あった」

 

『ハンスの受信記録と同一形式の信号を検出しました』

 

「時刻は?」

 

『ハンスの受信時刻との差は二分十一秒です』

 

「……ほぼ同時か」

 

 しかも。

 

「グレースさん、信号の識別部分まで一致しています」

 

「……本当かい?」

 

「はい。内容には差があるみたいですけど、少なくとも同じ発信元の可能性が高いですね」

 

 グレースさんの表情が変わった。

 

 さっきまでの好奇心に満ちた笑顔が消え、真剣な技術者の顔になる。

 

「……ということは」

 

「何かが、この子たちを呼んだのかもしれません」

 

 問題は……誰が、何のためにこんなことをしたのか。

 

 俺は画面の波形を眺めながら考え込んだ。

 

 ホロウ内部、三台の重機、同時期の論理コア更新、同じ形式の信号。この四つが、どうにも引っかかる。

 

 単なる故障なら、もう少しバラバラな異常が起きてもおかしくない。

 

 いや、そもそも。

 

「……グレースさん」

 

「何だい?」

 

「この更新って、外部信号を受け取った時の処理も変更しています?」

 

「少しだけね。複雑な環境でも判断を続けられるように、外部情報の統合処理を改良したんだ」

 

「……なるほど」

 

 つまり今まで意味を理解できなかった信号を、更新後の論理コアなら解釈できるようになった可能性がある。

 

 そう考えれば、少なくとも筋は通る。

 

 ただし、それだけでは人格が芽生えた理由までは説明できない。

 

「……Brownie、受信した信号を別に保存しておいて。後で詳しく見たい」

 

『記録しました』

 

 俺は端末の接続を切った。

 

 さて、後は最後の一台。フライデーの記録さえ確認できれば、何か分かるかもしれない。

 

 そう考えた、ちょうどその時だった。

 

「──おーい! グレース!」

 

 整備棟の入口から、大きな声が響いた。

 

     

◇

 

「おっ、ハーレーじゃねえか!」

 

「あ、アンドーさん。お久しぶりです」

 

「おう!久しぶりだな兄弟!元気にしてたか?」

 

「……あはは、おかげさまで」

 

 入口に立っていたのは、大柄な男性──アンドー・イワノフ。

 

 白祇重工の古参の従業員で、何かと俺を兄弟扱いしてくる暑苦しい……もとい、頼もしい人だ。

 

 その後ろには、巨大な熊のシリオン。

 

 ベン・ビガー。

 

 白祇重工の財務責任者であり、俺の知る限り、この会社でも特に常識的な人物だ。

 

「久しぶりだなハーレー君、今日はグレースに呼ばれたのか?」

 

「はい、重機の件で相談があるって聞いて」

 

「そうか、助かるよ」

 

 ベンさんは穏やかに頷いた。

 

 そして二人に少し遅れて姿を現したのは、小柄な赤髪の少女だった。どこか疲れた様子で、こちらへ歩いてくる。

 

 クレタ・ベロボーグ。

 

 白祇重工の現社長であり、俺と同じく若くして会社を率いている、いわば社長仲間だ。

 

 ……まあ、同じ社長でも、あっちの方がよっぽど社長らしいんだけど。

 

「……ああハレか、来てくれたんだな」

 

「こんにちはクレタ、お疲れみたいだけど……大丈夫?」

 

「大丈夫に見えるか?」

 

「……見えないね」

 

「だろ」

 

 クレタは大きくため息を吐いた。

 

「ったく、フライデーの奴……散々走り回らせやがって」

 

「フライデー?」

 

「ああ、最後の一台だよ。今搬入させてる」

 

 そう言ってクレタが顎で示した先には、一台の大型パイルドライバーがあった。

 

 なるほど、これで三台揃ったわけか。

 

「ちょうどよかった、今ハンスとグレーテルの記録を調べてたんだ」

 

「記録?」

 

 クレタの表情が少し引き締まる。

 

「何か分かったのか?」

 

「まだ仮説の段階だけど、二台とも逃走前に同じ発信元から通信を受けてるんだ。フライデーも調べていい?」

 

「……ああ、頼む」

 

 俺はフライデーの診断端末を受け取り、記録の解析を始めた。

 

 ハンス、グレーテル、そしてフライデー。

 

 三台の記録を同じ画面へ並べる。

 

「Brownie、外部通信ログを比較」

 

『了解しました』

 

 更新直後の記録、通信履歴、受信データ、識別コード。

 

 ……そして。

 

『一致する信号を確認しました』

 

「……やっぱり」

 

 フライデーも同じだった。

 

 細かな受信内容こそ異なるが、信号の基本構造は同じ。

 

 しかも、受信後の行動記録には興味深い共通点があった。

 

「……三台とも、通信を受けてから目的地を変更してる」

 

「目的地?」

 

 ベンさんが画面を覗き込む。

 

「はい。正確な場所までは分かりませんけど、少なくとも通常の作業指示とは違う方向へ移動を始めています」

 

「……なるほどな」

 

 となると、やはり三体がホロウに逃げ出したのはホロウ内部からのあの通信がきっかけで間違いないわけだ。

 

「ところで、この信号の識別コードなんですけど……」

 

 俺は画面の一部分を拡大した。

 

 一見すると意味のない数列、ただし規則性がある。

 

「Brownie、ここを文字列として復元できる?」

 

『可能です、変換規則を推定します』

 

 数秒後、画面に一つの文字列が表示された。

 

 ──BLG prototype

 

「…………」

 

 俺はそれを見て、首を傾げた。

 

「BLG……ベロボーグ?プロトタイプ?」

 

 その瞬間だった。

 

「──えっ?」

 

 グレースさんが声を上げた。

 

 見ると、先ほどまでの落ち着いた表情が一変している。

 

「……グレースさん?」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ……今、何て?」

 

「え?BLG prototypeですけど……」

 

「プロトタイプ……?」

 

 グレースさんが画面へ駆け寄る。

 

 その反応につられて、俺も他の三人へ目を向けた。

 

 アンドーさんは驚いたように目を見開き、ベンさんは何かを納得したように頷いている。

 

 クレタは。

 

「……やっぱり、そういうことかよ」

 

 小さく呟き、険しい顔で画面を見つめていた。

 

「……えっと」

 

 俺は四人を見回した。

 

「心当たり、あるんですか?」

 

「……ある」

 

 答えたのはクレタだった。

 

 ただ、その声は普段よりもずっと低かった。

 

「そいつは、あたしたちにとって特別な機体なんだ」

 

 

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読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

外計局の訳あり男とロスカリファ(作者:Bestmeever)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

百年前に一度死んだ。▼……はずなのだが、色々あって今も普通に生きている。▼そんな俺――アステルは、現代のロスカリファでノルムーに拾われ、なんやかんやあって外務計策局、通称「外計局」で働くことになった。▼「アステル、これ買ってくるのだ!」▼「自分で行けよ」▼「拾ってもらった恩を忘れたのだ?」▼「それいつまで有効なんだよ……」▼百年前とは何もかも変わったロスカリ…


総合評価:2465/評価:8.78/連載:19話/更新日時:2026年10月20日(火) 18:30 小説情報

虚狩りの少佐殿は百年前から生きている…らしい(作者:永久冬眠)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

 初代虚狩り達が姿を消した後、人々は気付く、彼らもまた人であると。▼ 人である限り終わりがあるのだと。▼ 故に願う。▼ 決して終わらぬ英雄を。▼ 注意、ゼンゼロストーリーは完結していないので、当然ですが補完の為にオリ主含め独自設定を多分に含めます。ご了承下さい


総合評価:3556/評価:9.02/連載:5話/更新日時:2026年08月27日(木) 06:12 小説情報

終末世界のラーメン屋台の店長さん(作者:一反木綿豆腐)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

▼ ▼ いつ壊れ、跡形もなく崩れ去ってもおかしくない終末世界。▼ 人類最後の砦となった街、新エリー都は今日も危ういながらも何とか繁栄を謳歌する。▼ そんな街を転々とする、ラーメン屋台が一軒。▼ 何やら謎の多い店主と相棒の超々高性能ボンプは、今日も今日とて店を出す。▼  ▼ 「パエトーン」の家族として、エージェントの知人友人として生きていく。▼


総合評価:3542/評価:8.88/連載:31話/更新日時:2026年10月19日(月) 03:00 小説情報

ミレニアム首席技術者ノルムーなのだ!!!(作者:モコマリ)(原作:ブルーアーカイブ)

「ミレニアム首席技術者!ノルムーなのだ!!」▼火急の案件を終え久しぶりの帰宅、次の日はようやく推しの実装日!!さぁさっさと寝よう…と思っていたら・。▼これはノルムー(見た目だけ)転生してしまった一般男性?が、キヴォトスでおもしろおかしくトラブルに巻き込み巻き込まれて行く…そんなストーリー


総合評価:3712/評価:8.23/連載:12話/更新日時:2026年09月15日(火) 17:30 小説情報

トニー・スターク先生(作者:DRYSUPER)(原作:ブルーアーカイブ)

指を鳴らしたトニー・スターク。▼次に目を覚ました場所は、銃を携えた少女たちが暮らす学園都市「キヴォトス」だった。▼※映画『アベンジャーズ/エンドゲーム』終盤から分岐する、『ブルーアーカイブ』とのクロスオーバー二次創作です。両作品のネタバレ、独自設定・解釈を含みます。


総合評価:6058/評価:8.91/連載:29話/更新日時:2026年10月21日(水) 00:00 小説情報


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