プロトタイプの捜索を進めるため、白祇重工の一行は三台の知能重機を使った通信調査を開始していた。
そのうちの一台、フライデーを担当することになったグレースは、指定された地点へ機体を誘導するとその傍らに発信機を設置した。
「よしフライデー、しばらくここで待っていてくれるかい?」
『承知した!我が使命を果たす時までこの場を守り抜こう!』
「ふふ、頼もしいね」
グレースは小さく笑い、発信機に端末を接続した。
通信状態を確認するが、今のところプロトタイプからの応答はない。画面には、残る二台の配置が完了するまで待機するよう表示されていた。
今回の捜索では、三台の知能重機をそれぞれ異なる地点に配置し、プロトタイプへ同時に呼びかけることになっている。
返ってきた信号を各地点で受信し、その強さや到達状況を比較することで、発信元の位置を絞り込むという方法だ。
現在、クレタたちはアキラの案内を受けながら、ハンスとグレーテルをそれぞれの配置場所へ移動させている。一方、グレースはフライデーとともにこの場へ残り、通信機器の調整と信号の監視を担当していた。
「……さて、上手くいってくれるといいんだけどね」
グレースは端末に表示された通信状況を見つめた。
プロトタイプの通信機能は、すでに限界に近いと考えられている。
自分から救難信号を発信するだけの力が残っていなくても、外部からの呼びかけに短い応答を返すことならまだできるかもしれない。
昨日の三台との通信が、その可能性を示していた。
もっとも、十年もの間ホロウに取り残されていた機体だ。今も同じように応答できるという保証はない。それでも、現状ではこれが最も有力な手がかりだった。
グレースは通信状態に異常がないことを確認すると、残る二台の配置が完了するのを待つことにした。
「さて……先輩は返事をしてくれるかな」
『案ずるなグレースよ、我が呼びかけは必ずや届く』
「ふふ、ありがとう。頼りにしてるよ」
フライデーの外装を軽く叩いたところで、通信機からアンドーの声がした。
『よっしゃ、これで三台とも指定の位置についたぞ!』
続いて、アキラから準備完了の連絡が入る。
グレースは発信機を起動した。表示された波形が一定の間隔で繰り返され、フライデーの通信装置がそれに合わせて作動し始める。
「それじゃあ子供たち、頑張って先輩に呼びかけるんだよ」
最初の送信には、何も返ってこなかった。
二度目も、三度目も。
グレースは端末から目を離さず、受信する周波数の範囲を調整した。周囲の雑音に埋もれた、ごく弱い反応を探す。
やがて、画面の隅で小さな表示が灯った。
「……来た」
デモリッシャー側からの受信報告、続けて残る二台にも応答が届く。
「三台ともリプライ信号を確認!よしよし、まだ返事をする元気はあるみたいだね」
通信の向こうから、安堵する声が聞こえた。
だが位置の特定はこれからだ。必要な観測情報を集め終えるまで、呼びかけを続けなければならない。
グレースが次の返信を待っていると、路地の奥で何かが擦れる音がした。
顔を上げる。
崩れた塀の陰からエーテリアスが姿を現していた。その頭部がゆっくりと動き、フライデーの傍らにある発信機へ向く。
「おや……君まで呼んだつもりはないんだけどな」
銃を持ち上げ、引き金を引く。
数発の銃声の後、エーテリアスは地面へ崩れた。
『おいグレース、そいつぁ何の音だ?』
「大したことじゃないよ、エーテリアスが来ただけさ」
答えながら周囲を見渡し、グレースは眉を寄せた。
倒した一体の後方に別の影がある。さらに反対側の路地からも、瓦礫を踏む音が聞こえてきた。
発信機が次の信号を送る。
その直後、路地の奥の個体が身じろぎした。
「……なるほど、発信機の高周波がエーテリアスにも刺激になってるのか」
グレースはフライデーの前へ出た、近くには崩れた壁と放置された車両がある。そこを使えば、少なくとも正面から来る敵の動きは絞れる。
端末へ目を落とすと、次の返信が届いていた。先ほどより少し遅い。
『グレースさん気をつけて!そっちへ強いエーテル反応が近づいてる!』
警告に続き、クレタの声が割り込んだ。
『グレース、発信を一旦止めろ!フライデーを連れてそこから離れるんだ!』
「それはできないよおチビちゃん、分析が終わるまでは通信を続けておかなきゃ」
『分かってる!だから続きはそいつらを片付けてからだ!今そっちに向かってる!』
グレースは迫ってきた一体を撃ち、再び受信記録を確かめた。
返信の間隔は、今も伸び続けている。
「プロトタイプはもう全部の呼びかけに返事をする余裕がないんだ、今止めたら次も応えてくれるとは限らない」
『だからってお前が一人で無茶していい理由にはなんねえだろ!』
「君たちが戻るまで持たせるさ」
路地の向こうで、ひときわ大きな影が動いた。
グレースは発信機の位置を確かめ、銃を握り直した。
「ごめん、お客さんが来たみたいだ。少し手を離すよ」
『おいグレース!待て──姉貴ッ!』
通信機から手を離し、遮蔽物の向こうへ銃口を向ける。
ここまで来ればもう少しだ。プロトタイプの居場所さえ分かれば全員で引き返せる。
そのためにも、まずは近づいてくる敵を止めなければならない。
「フライデー、君は通信に集中して。こっちは私が引き受ける」
グレースは先頭の個体を撃ち倒すと、車両の陰へ回り込もうとした一体へ照準を移した。脚を撃って動きを止め、その胸部へ続けて弾丸を叩き込む。
倒れた個体の向こうからは次の敵が迫り、右手の路地や崩れた建物の窓にも動く影が見えた。深追いすれば別の方向から発信機へ近づかれる。グレースは銃を構えたままフライデーの方へ下がり、車両と瓦礫の間で敵を迎え撃った。
背後でフライデーの駆動音が高まる。
『グレースよ、我も加勢を──』
「動かないで。せっかく先輩と話せてるんだから」
返事をしながら手元の受信表示へ目を走らせる。通信は途切れていないものの、プロトタイプから信号が返るまでの間隔は明らかに長くなっていた。
空の弾倉を抜いて新しいものを押し込み、次の敵へ銃口を向ける。
「フライデー、発信はそのまま。出力を落とさないで」
『だがグレースよ!敵の数が多すぎる。このままでは汝が──』
「大丈夫大丈夫、お姉さんを信じなさい」
引き金を引くと先頭の一体が崩れ、その陰から別の個体が飛び出してきた。グレースは横へ身をかわし、振り下ろされた爪を避けながら胴へ弾丸を叩き込む。
この位置ならまだ対処できる。遮蔽物の間へ誘い込めば一度に相手をする数を絞れるし、フライデーや発信機にも近づけさせずに済む。クレタたちが戻るまで持ち堪えればいい。
そう判断した直後、背後でコンクリートが砕けた。
「ッ、そっちからもかい!」
崩れた壁を乗り越えてきた二体へ手榴弾を投げ込む。炸裂とともに広がった電光が敵を捉え、その動きを止めた。
位置を変えようとした拍子に手元の表示が目に入ったが、受信待機の文字は変わっていなかった。
「お願いだ……もう少しだけ」
動きを取り戻しかけた個体へ発砲しながらフライデーの前へ戻る。彼は言いつけを守って信号を送り続けていた。ここで通信を切れば、ようやく応答したプロトタイプと再び繋がる保証はない。
遮蔽物の陰へ滑り込み、もう一度弾倉を替える。腰を探る指先に触れた予備は残り少なかった。
『グレース、右だ!』
声に反応して身を捻った瞬間、爪が腕を掠めた。グレースは敵の胴へ銃身を押しつけるようにして引き金を引き、どうにか撃ち退ける。
だが、その間に正面の一体が間合いへ踏み込んでいた。銃を向け直すより早く、エーテリアスの巨大な腕が振り上げられる。
「──ッ!」
グレースは咄嗟に身体を沈めた。頭上から迫る爪が視界を埋め、回避が間に合わないと悟った、その瞬間。
鋭い破裂音が響いた。
何かが猛烈な速度で頭上を通過し、振り下ろされかけていたエーテリアスの腕が弾け飛ぶ。続けざまに二発、三発と銃声が重なり、胸部を撃ち抜かれた巨体が大きく仰け反った。
「なっ……!?」
さらに膝関節を正確に撃ち抜かれ、支えを失ったエーテリアスが崩れ落ちる。グレースは咄嗟に横へ飛び退き、すぐさま銃を構え直した。
クレタたちが戻ってきたのか。
そう思って振り向いた先に、見知った姿はなかった。
代わりに、瓦礫の向こうで景色が奇妙に揺らいでいた。
まるで熱せられた空気越しに景色を眺めているような、不自然な歪み。その輪郭が上空から急速に降下し、次の瞬間、轟音とともに地面へ着地した。
衝撃で足元の瓦礫が跳ね上がり、巻き起こった砂埃が周囲へ広がる。
その中心で、人の形をした何かがゆっくりと身を起こした。
「光学迷彩……?」
グレースが目を凝らした、その直後だった。
人影の肩口で小さな火花が瞬いた。
乾いた銃声が立て続けに響き、左手から接近していたエーテリアスの頭部が弾ける。倒れかけたその身体を飛び越え、別の一体が人影へ襲いかかった。
しかし、その爪が届くことはなかった。
人影は上半身を僅かに傾けるだけで攻撃をかわすと、すれ違いざまに腕を振り上げた。
掌から放たれた白い閃光がエーテリアスの胴体を直撃する。
轟音。
凄まじい衝撃を受けた巨体が宙を舞い、十数メートル先の壁へ叩きつけられた。壁面に亀裂が走り、崩れ落ちる瓦礫の中へエーテリアスが埋もれていく。
「す、すごい……!」
その動きに、グレースは思わず目を奪われた。
速い、そして何より無駄がない。
姿を隠しているため細かな動作までは見えないが、攻撃を受ける直前までほとんど動かず、最小限の回避から正確な反撃へ繋げている。
しかも、それほど激しい攻撃を繰り出していながら、こちらには一発の流れ弾すら飛んでこない。
人影の背後から、瓦礫を踏み砕く音が響いた。
振り向くより早く、肩口から銃声が鳴る。
背後へ向けて放たれた弾丸が、飛びかかろうとしていたエーテリアスの脚を正確に撃ち抜いた。体勢を崩した敵が前のめりに倒れ込むと、人影は振り返りざまにその頭部へ掌を向ける。
再び白い光が瞬いた。
至近距離から放たれた一撃がエーテリアスを地面へ叩きつけ、砕けた舗装の破片が周囲に飛び散った。
その間にも、壁の向こうから新たな個体が姿を現していた。
一体、二体。
ほとんど同時に飛び出した二体のエーテリアスが、左右から人影へ襲いかかる。
「危ない!」
グレースが叫ぶ。
だが、人影は避けようともしなかった。
右肩の装甲が僅かに動き、銃口が左側の敵へ向けられる。同時に右腕が持ち上がり、掌が反対側の敵を捉えた。
銃声と閃光が、ほぼ同時に炸裂する。
左から迫った個体は空中で身体を撃ち抜かれ、勢いを失って地面を転がった。右側の個体もまた、白い光に呑み込まれて後方へ吹き飛ばされる。
二体が地面へ叩きつけられた時には、人影は既に次の敵へ向き直っていた。
最後の一体が瓦礫を蹴り、真正面から飛びかかる。
その巨体を前にしても、人影の動きに乱れはなかった。
振り下ろされた爪を半歩横へずれるだけでかわし、すれ違いざまに敵の脇腹へ腕を向ける。
至近距離で閃光が弾けた。
凄まじい衝撃とともにエーテリアスの身体が真横へ吹き飛び、離れた地面を何度も跳ねながら転がっていく。
やがて、その巨体が動かなくなった。
先ほどまで絶え間なく響いていた咆哮と銃声が途絶え、辺りには瓦礫の崩れる音だけが残された。
「……え?」
あまりにも一方的な戦闘だった。
グレースは銃を構えたまま、目の前の光景を呆然と見つめていた。
十数秒前まで自分たちを追い詰めていたエーテリアスが、今では一体残らず地面に倒れている。その中心に立つ人影には、攻撃を受けた様子すらなかった。
戦闘を終えた人影は、周囲を確認するようにゆっくりと首を巡らせた。
迷彩の補正が追いついていないのか、揺らぐ輪郭の隙間から銀色の装甲が覗いている。体格こそ人間に近いものの、肩や脚部には機械的な厚みがあり、外骨格なのか知能構造体なのかも判然としない。
グレースがその装甲の継ぎ目を目で追っていると、顔にあたるであろう部分がこちらを向いた。
「ま、待って!君が助けてくれたんだね!?」
返事はなかった。
人影は少しの間グレースを見つめ、それから背後のフライデーと発信機へ顔を向けた。
「ありがとう、助かったよ……君は一体どこの──」
問い終える前に、人影が身を翻した。
低い駆動音が響き、足元の砂埃が円を描くように広がっていく。次の瞬間、その身体がふわりと宙へ浮き上がった。
「えっ、ちょっと!?」
グレースの声に応じることなく、人影は高度を上げていく。
直後、足元から青白い光が噴き出した。
空気を震わせる甲高い駆動音とともに、人影が一気に加速する。揺らめく輪郭は瞬く間に崩れた建物の向こうへ消え、後には舞い上がった砂埃だけが残された。
「ま、待ってよ!せめて名前くらい──!」
思わず数歩追いかけたものの、手元で鳴った電子音に足を止められた。
待っていたプロトタイプからの返信が届いている。
「……フライデー、そのまま続けて」
『承知した……だが、今の者は何者であったのだ?』
「私にも分からない。聞く前に行っちゃったからね」
発信機の傍らへ戻りながら、グレースはもう一度、人影の消えた方角を振り返った。
あの装甲は一体何だったのだろう。
姿を完全に覆い隠す光学迷彩に、肩部へ搭載された自動火器。掌から放たれた高威力のエネルギー兵器に加え、あの巨体を自在に飛行させる推進機構。
どれも興味深い技術ばかりだったが、それ以上に気になったのは、戦闘中の動きだった。
あれだけの火力を使用しながら、発信機にもフライデーにも一切被害を出さなかった。それどころか、グレースが射線上に入る瞬間には銃口が別の方向へ向けられ、彼女の周囲を避けるように敵だけが撃ち抜かれていた。
まるで、最初から自分たちを守るために戦っていたかのように。
そして何より、立ち去る直前にこちらを振り返った仕草が妙に印象に残っていた。
あれは、彼女たちの無事を確かめていたのだろうか。
「……もうちょっと話してみたかったなぁ」
遠くで重いものが地面を蹴るような音が響いた。
グレースはしばらく耳を澄ませていたが、それきり何も聞こえなかった。
「グレース!無事か!?」
聞き慣れた声が響いたのは、ようやくプロトタイプからの返信が安定し始めた頃だった。
グレースが顔を上げると、瓦礫の向こうからクレタたちが駆け寄ってくるのが見えた。先頭を走るクレタに続いてアンドーとベン、そしてアキラが操作するボンプのイアスが姿を現す。
「おチビちゃん!こっちは大丈夫だよ!」
グレースは笑顔で手を振りながら手元の端末を持ち上げた。
「それより聞いておくれ!プロトタイプとの通信はまだ続いてるんだ!さっきは少し危なかったけど、どうにか発信機も守れたし、これなら──」
「誰が通信の話なんか聞いてんだよ!」
「……え?」
思わず言葉が止まった。
クレタはグレースの目の前まで駆け寄ると、彼女の身体を上から下まで確かめるように見回した。左腕の裂けた傷口から血が流れているのを見つけた途端、その表情がますます険しくなる。
「お前自身は無事なのかって聞いてんだ!怪我は!?エーテル侵蝕は大丈夫なんだろうな!?」
「うん、腕をちょっと掠めたくらいで他は何ともないよ。心配しなくても──」
「心配するに決まってんだろっ!このバカ姉貴!!」
「あいたっ!?」
クレタが飛び上がってグレースの頭へ拳を振り下ろした。
突然の一撃にグレースが頭を押さえる。普段ならクレタの小さな身体をからかいながら笑って受け流すところだが、今ばかりはそうもいかなかった。
「ちょ、ちょっとクレタ!ジャンピングスマッシュなんて酷いじゃないか!」
「うるせえ!お前、あたしが何回退避しろって言ったと思ってんだ!?命令を無視して、挙げ句の果てに通信まで一方的に切りやがって!」
「だから、あの時は説明しただろう?プロトタイプの通信機能は限界に近づいていたんだ。あそこで中断したらもう二度と──」
「そんなことは分かってんだよ!」
クレタの怒声が響き、グレースは言葉を飲み込んだ。
「あたしだってプロトタイプを見つけたい!会社にとってどれだけ大事な機体なのかも、お前から散々聞かされてる……けどな!だからってお前が死んでいい理由にはなんねえんだよ!」
「……クレタ」
「お前がいなくなったら、誰がうちの研究開発を引っ張ってくんだよ!プロトタイプが見つかったところで、肝心のお前が帰ってこなかったら意味ねえじゃねえか!」
グレースは思わず目を伏せた。
クレタの言っていることは分かるし、社長として従業員の安全を第一に考えなければならないことも理解していた。
だが、あの時のプロトタイプには明らかな異常が起きていた。通信の間隔は次第に延びて信号強度も不安定になり、あと数回の呼びかけに応じられるかどうかすら分からなかった。
もし通信が途切れれば、十年もの間行方不明だったプロトタイプの手がかりが再び失われてしまうかもしれなかったのだ。
「……おチビちゃん、私だって何も考えずに残ったわけじゃないんだよ」
「ああ?」
「敵の数もこちらの装備も確認していた。君たちが戻るまでなら持ち堪えられると思っていたんだ。実際、途中まではうまくいっていたしね」
「だからって──!」
「クレタ、少し待ってくれ」
再び言い争いになりかけたところで、イアスからアキラの落ち着いた声が聞こえた。
「グレースさんの判断に問題がなかったとは言わないよ。仲間と連絡を絶って危険な場所に残るなんて、僕も賛成できない」
「……だろ?」
「けれど、彼女にも理由があったんだ。実際に通信を維持できたことで、プロトタイプの位置を特定するための情報も揃いつつある」
アキラはそこで一度言葉を切ってグレースへ向き直った。
「グレースさん。あなたの技術者としての判断は尊重している。でも、クレタが心配しているのは機械や研究のことだけじゃないんだ」
グレースは何も言わずにイアスを見つめた。
「あなたが無事に帰ってくることも同じくらい大切なんだよ。もし何かあったら、クレタはきっと自分がもっと早く助けに行けていればって考えると思う」
グレースは小さく息を吐いた。言われてみれば確かにその通りだった。
あの時はプロトタイプとの通信を維持することに夢中で、クレタたちがどんな気持ちでこちらへ向かっていたのかを考える余裕すらなかった。
「……そうだね、ごめんよクレタ」
グレースは頭を下げた。
「君たちが来るまで持ち堪えるつもりだったんだ。でも、ちゃんと説明するべきだったね。勝手に通信を切ったことも謝るよ」
「……フン」
クレタはそっぽを向いた。
「最初からそう言えっつーの」
「うん、次からは気をつけるよ」
「次なんかあってたまるか!」
すかさず怒鳴り返すクレタにグレースは困ったように笑った。
「おいおい、二人とも。そのくらいにしとけって」
そこでアンドーが口を挟んだ。
「グレースが無事だったんだからよ。とりあえず、それでいいじゃねえか!」
「アンドー、それじゃ社長の心配も収まらないだろう」
ベンが穏やかな声でたしなめた。
「グレース、腕を見せてくれ。応急処置くらいなら俺にもできる」
「ああ、ありがとう。でもこのくらいなら──」
「グレース」
「……はいはい、分かったよ」
クレタに睨まれてグレースは大人しくベンへ腕を差し出した。その様子を見てアキラが小さく笑う。
「クレタも少し落ち着いたかな?」
「……別に、最初から落ち着いてるっつーの」
「そうかい?」
「何だよ、その言い方」
「いや、お互いに随分と心配し合っているんだなと思ってね」
「なっ……!」
クレタの顔が僅かに赤くなった。
「誰が心配なんか──」
「おやおや、おチビちゃん。さっきは随分と大きな声で『姉貴』って呼んでくれたじゃないか」
「──ッ!?」
今度こそ言葉を失ったクレタを前に、グレースは口元へ手を当てて愉快そうに笑った。
「懐かしいなぁ。最近はすっかり呼んでくれなくなったから、お姉さんちょっと嬉しかったよ」
「う、うるせえ!あん時は咄嗟に出ただけだ!」
「ふふ、そういうことにしておこうか」
「お前なぁ……!」
また言い合いになりかけたが、今度は先ほどほど険悪な雰囲気にはならなかった。グレースの無事を確認できたことでクレタもようやく落ち着きを取り戻したらしい。
「……ったく」
クレタは大きくため息を吐いた。
「もういい。お前が無事ならそれでいいよ」
それだけ言って踵を返す。グレースはその小さな背中を見つめ、しばらくしてから柔らかく微笑んだ。
「……ありがとう、クレタ」
「さて、それじゃあ作業を再開しようか」
腕の応急処置を終えたグレースは発信機の前へ戻った。
先ほどの戦闘で周辺のエーテリアスは一掃されており、アンドーとベンが近くを確認しても新たな反応は見つからなかった。幸いにも通信装置に大きな損傷はなく、正体不明の救援者が機器を避けて攻撃してくれたおかげだろうと思われた。
「そういやグレース、さっきの敵は全部片付けたんだよな?」
アンドーが尋ねた。
「ああ、正確には私が片付けたわけじゃないんだけどね」
「ん?」
「実は途中で誰かが助けてくれたんだ。光学迷彩を使っていたから、姿はよく見えなかったんだけど……」
「光学迷彩?」
ベンが眉を上げた。
「姿が見えないほど高度なものとなると、かなり特殊な装備だな」
「そうなんだよ!しかもあの火力で射撃精度も抜群だった。周りの機器を傷つけずにエーテリアスだけを倒していったんだ!装甲もほんの少ししか見えなかったけど、なかなか興味深い構造でね!」
そこまで話したところでクレタが呆れたように腕を組んだ。
「……おい、まさかお前を助けた奴の機械の方が気になってんじゃねえだろうな」
「もちろん助けてもらったことには感謝しているよ!ただ、あれほどの技術を持った機体はそうそう見られるものじゃないからね」
「……はぁ、もういい」
グレースは苦笑して再び端末へ目を落とした。
救援者が何者なのか、どうしてあの場に現れたのかと聞きたいことは山ほどあった。しかし今はプロトタイプの捜索が最優先だ。
「さて、解析の続きを──」
そこで画面の隅に見慣れない通知が表示されていることに気づいた。
「……ん?」
通常の通信ログとは異なる独立したメッセージで、送信者欄には何も表示されていなかった。受信時刻はつい数分前、ちょうどあの救援者が現れた頃になっている。
「何だろう、これ」
グレースは首を傾げながら通知を開いた。そこには短い警告文が記されていた。
──【警告:対象機体の回収について】
──対象機体において、外部構造物との固定、または未知の対象に対する拘束動作の継続を検知。
──現時点において、拘束対象および固定状態の詳細は不明。
──機体の移動に伴う周辺環境への影響は未確定。
──回収作業開始前に、周辺構造および対象機体の状態確認を強く推奨。
「……え?」
グレースは思わず画面を覗き込んだ。
機体の名前こそ書かれていないが、この状況で届いた以上、プロトタイプの回収を指していると考えるのが自然だった。それも機体を動かすこと自体に危険があるかもしれないという内容だ。
「何かを固定している?」
思い当たることがないわけではない。フライデーが繰り返し口にしていた「封印」という言葉を、あの時は随分と大げさな言い回しだと思っていた。けれど、もし文字通りの意味だったとしたら。
プロトタイプは単に故障して動けなくなったのではなく、何かを動かさないためにあの場所に留まっているのかもしれない。
「……グレースさん?」
異変に気づいたアキラが声をかけた。
「どうかしたのかい?」
「いや、ちょっと待ってくれ」
グレースはすぐにメッセージの送信元を調べたが、送信者を示す情報は見つからなかった。端末には外部からの通信として記録されているものの、どこから送られてきたのかまでは分からない。
「送信者が分からない……?」
もう一度警告文に目を通す。添付資料もなければ具体的な根拠も示されておらず、機体を回収する前に周囲を確認するよう求めているだけだった。
誰が何のために送ってきたのか、そもそもどうして自分たちが機体の回収に向かうと知っているのか。疑問は尽きないが、内容が内容だけに無視するわけにもいかなかった。
「何だ、これ……」
その声にクレタが振り返った。
「おい、グレース。今度は何だよ?」
「みんな、ちょっとこっちに来てくれないか」
いつもとは違う真剣な声音だった。
「──つまり、プロトタイプが何かを封じてるかもしれないってことか?」
グレースから説明を受けたクレタが険しい顔で聞き返した。
「ああ。ただし、あくまでこの警告がプロトタイプを指しているならの話だよ。何を根拠にそう判断したのかも書かれていないんだ」
「けどよ、そもそもその警告を送ってきた奴は誰なんだ?」
アンドーが端末を覗き込む。
「それが分からないんだよ、送信元を辿れる情報が残っていなくてね」
「匿名の警告か……」
ベンが考え込むように腕を組んだ。
「しかも、俺たちが機体を回収しようとしていると知っている相手から、か」
「ああ、その可能性は高いね」
その言葉に場の空気が少し重くなった。
警告には機体の名前も所在地も書かれていない。それでも、このタイミングでグレースの端末へ届いた以上、送信者が自分たちの行動を把握しているのではないかと思わずにはいられなかった。
「グレースさん、送信者を特定する手がかりは本当に何もないのかい?」
アキラが尋ねた。
「残念だけど今のところは無いね。通信を受け取った記録はあるけど、それ以上の情報は確認できないんだ」
「なるほど……」
アキラの操作に合わせてイアスが小さく首を傾げる。
「それなら、警告の内容が正しいかどうかも分からないわけだね」
「そういうことになるね。ただ……」
グレースは画面に表示された警告文を見つめた。
「フライデーが言っていた『封印』という言葉が、どうにも引っかかるんだよ」
「ああ、あの話か」
クレタが眉をひそめる。
「確かにアイツは何かを封印するだの、使命を果たすだの言ってたけどよ……」
「うん。もし本当に何かを封じ込めているんだとしたら、この警告とも辻褄が合う」
「けど、だからって信用していいのか?」
クレタは腕を組んだ。
「そいつが何者なのかも分かんねえんだぞ。あたしたちを引き返させるための罠かもしれねえだろ」
「その可能性もあると思う」
アキラは否定しなかった。
「ただ、相手が僕たちの捜索を妨害したいのなら少し妙な警告だとは思うね」
「どういうことだ?」
「捜索を中止しろとも、機体に近づくなとも書いていない。ただ回収する前に周囲を確認するよう求めているだけなんだ」
アキラは画面に表示された警告文へ目を向けた。
「仮にこれが間違った情報だったとしても、周囲を調べること自体に損はないはずだよ。十年間もホロウの中にあった大型重機なんだから、どのみち慎重に扱う必要がある」
「確かにな」
ベンが頷いた。
「長期間放置されていた機体を動かすなら、地盤の状態や周辺構造物との干渉を確認するのは当然だ。警告がなくても必要な作業ではあるな」
「それに、もし警告が本当だったら……」
グレースが口を開いた。
「何も知らずにプロトタイプを動かした途端、押さえ込んでいた何かが解放されるかもしれない。それだけは避けたいところだね」
その言葉にアンドーが顔をしかめた。
「おいおい、勘弁してくれよ。何が出てくるかも分からねえってのか?」
「そもそも本当に何かが封じられているのかも分からないんだ。今は考えられる可能性の一つに過ぎないよ」
「ったく、厄介な話になってきたな」
クレタは小さく息を吐いた。
プロトタイプが何をしているのかも、警告を送ってきた人物が何を知っているのかも、現時点では確かめようがなかった。
「……グレース」
しばらく考え込んでいたクレタが顔を上げた。
「お前はどう思う?」
「そうだね……」
グレースは少し考えてから答えた。
「少なくとも無視するべきではないと思うよ。根拠は不明だけど、フライデーの話とも繋がる部分がある。それに警告通りに確認するだけなら、特に問題はないはずだ」
「なら、決まりだな」
クレタは頷いた。
「プロトタイプの捜索は続ける。ただし、見つけたからってすぐに動かすんじゃねえ。周りに何があるのか、何を支えてるのか、全部確認してからだ」
「了解だぜ、社長!」
「俺も異論はない。回収作業には十分注意しよう」
アンドーとベンがそれぞれ頷くと、グレースも小さく笑った。
「ありがとう、おチビちゃん」
「勘違いすんなよ」
クレタはそっぽを向いた。
「別に警告を全部信じたわけじゃねえ。危ないかもしれねえって分かったなら先に確認する。それだけだ」
「うん、そうだね」
「……何笑ってんだよ」
「いや、何でもないよ」
そのやり取りを見ていたアキラが話を引き取った。
「それじゃあ次の段階に進もう。さっき三台から受信した信号のおかげで、プロトタイプの位置はかなり絞り込めているんだ」
「本当かい!?」
「ああ。グレースさんの解析結果とこちらで取得した位置情報を組み合わせれば、おおよその場所を特定できる」
イアスの前に周辺地形の立体地図が投影された。崩壊した道路や廃墟となった建物が映し出され、その中央付近に一つの地点が表示される。
「ここだよ」
アキラが示した場所を見てベンが僅かに目を見開いた。
「……ここは」
「何だベン、知ってんのか?」
「……旧都のパイオニア記念広場だ」
クレタも地図を覗き込んだ。
「記念広場……?」
「そう、昔白祇重工が工事を請け負っていた場所だ」
ベンが頷く。
「正確には、あの広場に建設されていたモニュメントの施工に関わっていたんだ。先代社長がいた頃の話になるがな」
「……アイツが?」
クレタの表情が変わった。
ホルス・ベロボーグのことを思うだけで胸に複雑な感情が込み上げてくるが、今はそれを表に出している場合ではなかった。
「分かった」
クレタは地図に示された地点を見つめながらゆっくりと頷いた。
「そこにプロトタイプがいるんだな?」
「信号の解析結果が正しければね」
アキラが答えた。
「ただ、さっきの警告もある。到着したらまずは周囲の安全を確認しよう。機体の回収方法を決めるのはそれからだ」
「ああ、それでいい」
クレタは踵を返して仲間たちを見渡した。
「よし、お前ら!そろそろ行くぞ!」
「おう!任せとけ、社長!」
「待ってくれ。出発前に装備を確認しておこう。グレースの腕ももう一度見ておきたい」
「ええ?もう大丈夫だって言ったじゃないか」
「グレース」
「……分かったよ、おチビちゃん」
再びクレタに睨まれたグレースは大人しく腕を差し出した。アンドーが笑い、ベンも苦笑する。そのやり取りに、ほんの少し前まで険悪だった空気もようやくいつもの白祇重工へ戻っていた。
それでもグレースは端末に残された警告をもう一度確認せずにはいられなかった。
送信者も通信経路も分からないのに、こちらの状況を正確に把握している何者か。そして先ほど自分を助けた姿の見えない救援者。偶然にしては少し出来すぎている気がした。
まさか、あの救援者が送ってきたのだろうか。
救援者と警告の送り主が同じ人物なのか、今ある情報だけでは判断できなかった。グレースはメッセージを保存すると、端末を地図の表示へ切り替えた。
「……さて、もう少し待ってておくれよ」
グレースは地図に示されたパイオニア記念広場の位置を確かめ、仲間たちの後を追った。