銃声が聞こえたのは、捜索用の信号を追って崩れた建物の間を抜けた時だった。
『前方に複数のエーテリアス反応、交戦中の人物を確認しました』
Brownieの報告とともに視界の一角が拡大される。瓦礫の向こうに見えたのは、大型の重機とその傍らに設置された機器。そして、その手前で銃を構えている人影だった。
「グレースさん……!」
ようやく見つけた。そう思った直後、彼女の右側からエーテリアスが飛び出してきた。
『グレース、右だ!』
重機から発せられた声に反応し、グレースさんが咄嗟に身を捻る。振り下ろされた爪が彼女の腕を掠めたものの、すぐさま至近距離から銃を撃ち込んで相手を退けた。しかし、その間にも別の一体が正面から迫っていた。
まずい。グレースさんの銃口は、まだそちらを向いていない。
「Brownie正面!」
『射線確保』
それでもなお腕を振り上げようとする相手に追撃を加えると、今度は脚が砕けて、その巨体がグレースさんの目の前へ倒れ込んだ。
俺は思わず息を詰めたが、幸い彼女が巻き込まれた様子はない。
「……間に合った」
『左方から二体接近。右奥にも反応があります』
「多いなクソ!」
どうやら、安堵している暇はないらしい。
俺は瓦礫を蹴って飛び越え、グレースさんとエーテリアスの間へ降り立った。着地の衝撃で視界が揺れ、それと同時に光学迷彩の状態を示す表示が一瞬だけ黄色へ変わる。
だが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
「人と重機を射線から外せ!後ろの機器も!それとリパルサーの出力を四十パーセントに固定!」
『保護対象を設定。リパルサー出力、四十パーセントに固定します』
言い終わるのとほぼ同時に、肩部機銃が左へ旋回した。
俺が正面に腕を上げる間にも、Brownieの制御する火器が連射を始める。こちらへ迫っていた個体が銃弾を浴びて崩れ落ち、その後ろにいた一体も瓦礫の陰へ倒れ込んだ。
視界の端では、グレースさんが重機の陰へ退避する姿が見えた。
しかし、そのすぐ近くにも壁を乗り越えようとしているエーテリアスの反応があった。
「そっちには行かせねえよ……!」
俺は咄嗟に掌を向け、リパルサーを放った。
先ほどまでとは明らかに異なる、強烈な閃光が掌から迸る。
白い光が壁の上で炸裂し、直撃を受けたエーテリアスの身体が弾け飛んだ。衝撃で周囲のコンクリート片まで吹き上がり、粉塵が勢いよく舞い散る。
「うおっ……!」
予想以上の反動に腕が持ち上がったものの、外骨格の補助によってすぐに姿勢を立て直す。
……流石に四十パーセントは強すぎたかもしれない。
だが今は出力の調整に時間をかけている場合じゃない。何より、ここで一体でも撃ち損じたりグレースさんたちの方向に吹き飛ばせば、今度は後ろにいるグレースさんたちが危険に晒される。
「Brownie、残りは!?」
『前方、一体』
返答と同時に、瓦礫の向こうから黒い影が跳び上がった。
思っていたよりも近い。反応する間もなく、伸ばされた腕が視界いっぱいに広がった。
「うわっ──!」
咄嗟に身体を引くと外骨格がその動きを補助し、鋭い爪が胸部装甲のすぐ前を通り過ぎた。
危うく足を滑らせかけながらも、俺は相手の胴体へ掌を押し向ける。距離も角度も、ほとんど余裕がない。
引き金に割り当てた指の動きを強く入力すると、至近距離でリパルサーの光が弾けた。
エーテリアスの身体が横へ吹き飛び、離れた地面へ叩きつけられる。俺は腕を向けたまま、そいつが完全に動かなくなるまで見届けた。
『周辺に接近中の反応はありません』
「本当に?」
『現在の探知範囲内では』
その報告を聞いて、ようやく肩の力が抜けた。
大きく息を吐くと、ヘルメットの内側に自分の呼吸音がやけに大きく響いた。
「……今の、結構危なかったな」
『あと0.3秒反応が遅れていれば直撃していました。しかし直撃した場合でも装甲の推定損傷率は0.2%程度です』
「……自分で作っといて何だけど、クソ硬いなこのスーツ」
とはいえ、本当は離れた場所から援護するつもりだったのに、気づけば敵に懐まで入り込まれていた。
……まあ考えてみれば当然か。いくら光学迷彩で姿を隠していても、攻撃した際の銃声や発砲炎まで消せるわけではない。ましてや全身に銃火器を積んだウォーマシンなら尚更だ。
姿が見えなくても攻撃してくる相手の存在は察知できるし、位置を割り出されれば反撃だって受ける。次からはもう少し距離を取って戦うようにしよう。
そう心に決めてから、俺はグレースさんの方へ振り返った。
彼女はまだ銃を手にしたまま、こちらをじっと見つめていた。
……念のため一定の距離は取っておくか。
「ああ、待って!君が助けてくれたんだね!?」
思わず返事をしかけたが、慌てて口を閉じる。
外部スピーカーは切ってあるため普段の声が外へ漏れる心配はない。それでも、顔見知りを目の前にして黙っているというのは妙に落ち着かなかった。
「Brownie、グレースさんの腕は?」
『画像上では軽微な擦過傷と見られます。詳細な診断には接近が必要です』
確かに出血はしているものの、銃を持つ手に大きな異常はなさそうだった。立ち姿もしっかりしているし、ひとまずは大丈夫だろう。
続いて、その後ろにいる重機へ目を向ける。
昨日通信記録を調べたフライデーだ。傍らに設置された発信機らしき装置と接続されており、今も一定の間隔で信号を送り続けている。どうやら、まだプロトタイプを捜索しているらしい。
よかった、それなら警告も間に合いそうだ。
「ありがとう、助かったよ。君は一体どこの──」
グレースさんがこちらへ一歩踏み出しかけたところで、俺は反射的に半歩後ろへ下がった。
助けた直後に逃げるというのも失礼な話だが、流石にこの距離でじっくり観察されるのはまずい。何しろ相手はグレースさんだ。機械への興味から光学迷彩の輪郭を追い始め、そのうち実際に触ろうとしてくる可能性だって……いや、この人なら間違いなく絶対
「Brownie、警告は文字で送ろう。細かい情報は身バレに繋がるから、ある程度伏せた状態で届けられる?」
『端末との通信を試行します』
「頼む」
少なくとも、わざわざ姿を見せて説明する必要はないはずだ。重要なのは彼らに『封印』を解くなと言う情報を送ることなのだから。
俺はグレースさんの様子をもう一度確認すると、その場から身を翻した。引き止めるような声が聞こえたが、無視して飛び立つ。
地面を蹴り、推進器で身体を持ち上げる。足元に砂埃が舞い上がる中、崩れた建物の壁を飛び越え、その向こう側へ降り立った。
遮蔽物に背中を預け、光学迷彩の状態を確認する。
表示は、いつの間にか緑色へ戻っていた。
「……見られたかな」
『一部の輪郭と装甲が視認された可能性があります』
「顔は?」
『露出していません』
「ならまあ……いいかな、たぶん」
グレースさんの声は、もう聞こえなかった。
代わりに、視界の端ではフライデーの発する信号が一定の間隔で表示されている。俺はその状態を確かめながら、送信履歴を開いた。
「Brownie、さっきの警告は?」
『送信自体は完了しています。ただし、相手側の通信環境が不安定なため、正常に受信されたかは確認できません』
「……そっか」
やっぱり、ホロウ内部での通信は厄介だ。
一般的な通信回線はもちろん、軍用の高出力通信機器でさえ、ホロウ特有の空間異常による影響を受ける。まして今回は旧都に近い複雑な空間構造を持つ場所だ。突発性ホロウほど不安定ではないとはいえ、相手の端末が正常でも途中で信号が途切れることは珍しくない。
俺は建物の陰から顔を出し、先ほどまでグレースさんがいた方向を確認した。
幸い周囲に新しいエーテリアスの反応はない、フライデーの発する信号も今のところ途切れることなく続いている。
「……Brownie、プロトタイプがフライデーに送った返答信号からプロトタイプの位置を割り出せるか?」
『スーツ内蔵の演算機能では時間がかかりますが可能です。ただし、正確な位置を特定できる保証はありません』
「それでいい、頼む」
『承知しました。解析を開始します』
俺は小さく息を吐き、壁に背中を預けた。
……何やってんだろ、俺。
最初は警告を伝えるだけのつもりだった。それがいつの間にかエーテリアスと戦い、挙げ句の果てには、さらにホロウの奥まで進もうとしている。
ここまで来ると、自分でも馬鹿なんじゃないかと思えてくる。
とはいえあの信号の内容を知ってしまった以上、何も確認せずに帰るという選択肢は取りづらかった。
「……『封印』の中に何があるか分からない以上、見届けるまでは帰れないしな」
プロトタイプが何を押さえているのかはまだ分からない。危険なエーテリアスかもしれないし、単に構造物の崩落を防いでいるだけかもしれない。
後者なら取り越し苦労だったと笑って済ませられる。だが、もし前者だったら?
封印を解いた途端何かが飛び出してきました、では洒落にならない。
「……取り敢えずもうちょっとだけ付き合ってくれよ、Mark 2」
そう言って、視線を自分の装甲へ落とした。
銀色の胸部アーマーには、先ほどの戦闘で付着した埃が薄く残っている。もっとも、目立った損傷はなく、両腕のリパルサーも正常に稼働していた。肩部機銃の残弾も十分ある。
うん、大丈夫そうだ。
少なくとも、あの研究施設でガラクタを寄せ集めて作ったMark 1と比べれば、何十倍も頼もしい。
……研究施設。
『ハレ様、心拍数が上昇しています』
「……知ってる」
『呼吸を整えることを推奨します』
「分かってるって」
言われるままに息を吸い、ゆっくりと吐き出す。それを何度か繰り返しているうちに、胸の奥にあった妙な圧迫感が少しずつ和らいでいった。
こういう時、Brownieがいてくれるのは本当にありがたい。
……ほんと、コイツに頼りっぱなしだな、俺。
『解析進捗、三十二パーセント』
「了解。あ、それとグレースさんたちの通信も拾えないか試してみて」
『確認します』
数秒後、視界の端に新しいウィンドウが開いた。
『白祇重工の業務用通信に使用されている周波数帯を検出しました。ただし、暗号化された通信内容は取得できません』
「位置だけでも分かればいい。あの人たちとは合流できそう?」
『グレース・ハワード氏の現在位置から、およそ二百メートル先に複数の通信機器を検出しています』
「……近いな」
ということは、クレタたちがもうすぐ到着するのかもしれない。
それなら、ひとまずグレースさんの安全は確保できそうだ。
◇
『ハレ様、解析が完了しました』
「お、早かったな」
建物の屋上で周囲を見張っていた俺は、視界に表示された解析結果へ目を向けた。
プロトタイプが送信した信号の発信地点。正確には信号の到達時間や強度、各重機の受信位置をもとに推定した範囲だ。
画面上の地図には、幾つかの候補地点が表示されていた。
「結構ばらついてるな」
『ホロウ内部の空間構造が一定ではないため、単純な三点測位では誤差が生じます』
「ま、そうだよな」
普通の空間なら、発信源から各受信地点までの距離を求めれば済む話だ。しかし、ホロウ内部ではそう簡単にはいかない。
数十メートル先に見えていた場所が、実際には数キロ離れていることもある。空間の繋がり方そのものが変化している以上、電波の伝播距離と実際の移動距離が一致する保証はないのだ。
まして、俺にはプロキシとしての専門知識も経験もない。無理に正確な経路を割り出そうとするより、まずは候補地点を絞り込む方が現実的だろう。
「……ん?」
そんなことを考えながら地図を眺めていると、候補地点の一つに目が留まった。
「パイオニア記念広場?」
『はい。推定発信源の候補地点に含まれています』
どこかで見覚えのある名前だった。
確か、旧都にあった大規模な記念広場で、旧都陥落前に行われていた都市開発事業の一環として整備された場所だったはずだ。
「Brownie、昔の都市開発資料って残ってる?」
『ローカルストレージに保存された資料から検索します』
少しして、ホログラム上に古い建設計画の資料が表示された。
広場の中央には巨大な塔のようなモニュメントが建てられており、その周辺には複数の施工区画が存在する。資料には建設に携わった企業の名前も並んでいて、その中の一つを見つけた俺は思わず眉を上げた。
「……白祇重工」
……なるほど、かつて白祇重工が工事を担当していた場所なら、プロトタイプがそこにいても不思議ではない。
もっとも、それだけで発信源と断定するのは早計ではあるが。
「Brownie、この場所を中心に他の候補を再評価して」
『了解、過去の施工記録と通信履歴を照合します』
地図上の候補地点が次々と更新され、やがて最も可能性の高い地点として、記念広場周辺が強調表示された。
『現時点では、パイオニア記念広場周辺が最有力候補です』
「……ビンゴ、かな」
俺は屋上の端へ歩き、遠くを見渡した。
崩壊した建物が幾重にも重なり、その向こうには巨大な構造物の影が見えている。
距離はある。けれど、飛べないほどじゃない。
「よし、行くか」
『ハレ様。現地点から目標地点までの空間接続は確認できていません』
「分かってる。直線で飛べばいいってわけじゃないんだろ?」
『はい。移動経路上に空間異常が存在する可能性があります』
「じゃあ様子を見ながら進もう、危なかったら引き返す」
俺は屋上から軽く跳び上がった。
足裏の推進器が起動し、身体がゆっくりと浮き上がる。視界に表示された高度が上昇していくのを確認しながら、周囲の地形へ目を向けた。
……しかしいくらやっても慣れないな、これは。
ウォーマシンの飛行性能が十分高いとは言え、地に足がつかないと言うのはどうにも落ち着かない。
やっぱ翼のシリオンとかならバランスも取りやすいのかな。
そんなことを考えながら、眼下へ視線を落とす。高度が上がるにつれ、周囲の遮蔽物が遠ざかっていく。足元が落ち着かないのもそうだが、こうも身を隠す場所がないと姿が見えていないかまで気になってくる。
「Brownie、光学迷彩は問題なく維持できそうか?」
『はい。ただし、近距離で視認された場合気づかれる可能性が高いです』
「……やっぱアイツほどうまくはいかないか」
この光学迷彩は、以前防衛軍にいるとある知り合いから教えてもらった技術を応用したものだ。
元々光学迷彩についての知識はそれなりにあったし、似たような技術を研究したこともある。けれどアイツが使っていたものは、俺の知っている技術とはまるで別物だった。
初めて仕組みを教えてもらった時なんて、正直説明を理解するだけで精一杯だったくらいだ。その後も詳しく教えてもらってどうにか実用化できる程度には理解したものの、今でも全てを把握できているわけではない。
七割……いや、六割くらいか?
少なくとも、あの技術を完全に理解できたとは到底言えないだろう。
それでも教わった内容をもとに自分なりの改良を加え、何とかスーツへ組み込むことには成功した。
まあ、肝心の隠蔽性能は本家に遠く及ばないわけだが。
アイツの光学迷彩は、目の前にいても存在に気づかないほど自然に姿を消せる。それに対して、俺のものは近づくと輪郭の歪みが結構見えてしまう。
まあ、そもそも比較する相手が悪いのかもしれないけど。相手はプロの軍人なわけだし。
「……とにかく、維持できるならいいや」
今回の目的は、あくまで警告を伝えてプロトタイプの状態を確認することだ。余計な戦闘を避けられるならそれで十分だろう。
「Brownie、光学迷彩を起動。高度は抑えめで」
『了解しました。光学迷彩を起動します』
銀色の装甲が周囲の景色に溶け込むように歪み、徐々にその輪郭を失っていく。
『光学迷彩、正常に作動中。周辺空間の監視も継続します』
「うん、頼んだ」
俺はもう一度、遠くに見える巨大な構造物へ目を向けた。
目的地は、あの向こう側だ。
空間異常に注意を払いながら、俺はゆっくりと記念広場の方向へ飛び始めた。
◇
途中、何度か空間異常に進路を阻まれた。
視界の中で建物が不自然に重なり、真っ直ぐ進んでいたはずなのにいつの間にか元の場所へ戻りかけたこともある。
……本当に意味分からんな、ホロウって。
以前Mark 1で郊外のホロウを脱出した時にも、似たような経験をした覚えがある。
あの時はBrownieの簡易的な測位機能と、偶然見つけた空間の繋がりを頼りに、どうにか外へ出ることができた。今考えても相当運がよかったと思う。それに比べれば、今回はまだマシな方だろう。
既存のホロウだからある程度キャロットが残されているし、空間異常の傾向も突発性ホロウほど不安定ではない。
まあ、それでも怖いものは怖いんだけど。
「Brownie、今の位置は?」
『推定現在位置を更新しました。目標地点まで、通常空間上の直線距離でおよそ1.8キロメートル』
「まだ結構あるな……」
『ただし、実際の移動距離は空間構造に依存します』
「まあ、どちらにせよコイツならすぐ着くから」
俺は少し高度を下げ、建物の陰へ降り立った。
幸い、周囲にエーテリアスの反応はない。だが、代わりに遠くから微かな機械の駆動音が聞こえてきた。
「……ん?」
『複数の大型機械反応を検出しました』
「お、もしかして」
視界を拡大すると、崩れた道路の向こうを何台かの大型重機が移動しているのが見えた。その傍らには複数の人影もあり、先頭を歩く小柄な少女と大柄な熊のシリオン、それに見慣れた髪型の男性が確認できる。
「……クレタたちだ」
間違いない、白祇重工の面々だ。
少し離れたところにはグレースさんの姿もあり、フライデーと一緒に歩いている。
「よかった……無事に合流できたんだな」
俺は思わず安堵の息を吐いた。少なくとも、先ほどの戦闘で大怪我を負ったわけではなさそうだ。
『ハレ様、先ほどの警告に受信確認が入りました』
「えっ、本当?」
『はい、送信先の端末でメッセージが開封されました』
「……よし!」
思わず拳を握る。
これで最低限の目的は達成した。あとは向こうが警告の内容を踏まえ、適切に判断してくれればいい。
「……で、帰っていいのかな」
『警告の内容を理解されたかどうかは不明です』
「だよなぁ……」
できれば、あの人たちがプロトタイプを発見するところまでは確認しておきたい。
もし本当に危険なものが封じられているのなら、少なくともその正体を知る必要がある。それに、万が一何かが起きた時、ここまで来ておいて何もしないというのも後味が悪い。
……結局帰れないじゃん。
「Brownie、あの人たちから距離を取って追跡する。こっちが見つからないように頼む」
『承知しました、推奨追跡距離を表示します』
視界の端に、複数の観測ポイントが表示された。
俺はその中から、少し離れた建物の屋上を選ぶ。あそこなら向こうの様子を確認しながら、必要に応じてすぐに離脱できるはずだ。
「それに、この距離なら最悪の場合でも
◇
そこからしばらく、俺は白祇重工の一行を遠くから追いかけていた。
光学迷彩を維持したまま建物の屋上から屋上へと移動し、時折立ち止まっては望遠機能で彼らの様子を確認する。
……我ながら完全に不審者だな。
幸い向こうはプロキシの案内を受けているらしく、複雑に入り組んだ道を迷うことなく進んでいた。
流石専門家だな。俺だったらとっくに現在地を見失っていると思う。
「Brownie、あの人たちの移動経路も記録しておいて」
『記録中です』
「……にしても、肝心のプロキシは……あのボンプか?」
そういえば昨日、黒雁街跡地で作業していた時にもあんなボンプを見かけたような……。
「もしかして、あれを通して案内してるのか?」
『その可能性が高いかと。一行も、あのボンプの指示に従っているようです』
なるほど、そういうことならプロキシ本人の姿が見当たらないのも納得がいく。
「ホロウ内のどっか安全な場所から操作してるのかな。それにしたって、こんな所でよく通信が安定するな……」
見る限り普通に会話までしているようだ。動きにも遠隔操作らしいもたつきはなく、まるで小さな着ぐるみの中に人が入っているかのように自然だった。
『少なくとも、目立った応答の遅れは見られません』
「だよな……どうやって実現してるんだろあれ」
『通信方式を調べますか?』
「んー……まあ気にはなるけど、今は追跡を優先で」
そう答えてからも、ついボンプの動きを目で追ってしまう。やはり技術屋としては、仕組みが気になるところだ。
『一行が停止しました』
Brownieの声に意識を戻すと、いつの間にか全員が足を止め、ボンプの周りに集まっていた。
何か相談しているらしい。
距離があるため会話の内容までは分からないが、クレタが端末を覗き込み、その隣ではグレースさんが身振りを交えながら何かを説明していた。
「……警告、読んでくれたかな」
『先ほど開封された端末は、グレース・ハワード氏のものと推定されます』
「なら大丈夫か」
少なくとも、グレースさんなら内容を理解してくれるはずだ。
あの人の技術力は本物だし、信号の解析についても俺以上に詳しい部分がある。たとえ送り主が分からなくても、根拠のある情報なら簡単には無視しないだろう。
伝えたいのは捜索をやめろということではない。回収する前に、あの機体が何をしているのか確かめてほしい。それだけだ。
「Brownie、あの人たちまだ進んでる?」
『はい。移動を再開しました』
「よし……あとは、回収する前に気づいてくれればいいんだけど」
移動を続けているだけでは、警告をどう受け止めたのかまでは分からない。
俺の解析で分かっているのは、機体が外部の何かに固定されているか、未知の対象を拘束し続けている可能性がある、ということだけだ。その状態で機体を動かせば何が起こるのかはまだ分からない。
それを確かめるためにも、現場で機体と周辺の構造を調べる必要がある。捜索を続けること自体に問題はない。
……頼むから、そのまま引っこ抜いたりはしないでくれよ。
「Brownie、念のため武装の状態を再確認して」
『全兵装、正常に稼働しています』
「光学迷彩は?」
『問題ありません』
「……よし」
俺は腕を組み、遠くを進む一行へ目を向けた。
何か起きたら助ける。でも、それまでは余計なことをしない。
あの人たちの仕事を邪魔するつもりはないし、何より俺がここにいることを知られるわけにはいかない。
普段の俺が使っているMark 3は赤と金の装甲が特徴的な機体だ。今ではすっかりアイアンマンの象徴として認知されていて、あの姿を見れば誰もが正体に思い至るだろう。
けれど、今の俺が纏っているのは黒と銀色のMark 2。おまけに光学迷彩まで使用しているのだから、先ほどの戦闘を目撃したグレースさんもまさかアイアンマンだとは思わないはずだ。
……うん。やっぱりコイツ着て来て正解だったな。
『ハレ様』
「何?」
『間もなく、推定目標地点へ到達します』
その報告に視線を戻すと、白祇重工の一行が崩れた建物の間を抜けていくところだった。
そして、その向こうに巨大なモニュメントが姿を現した。
「……あれが」
パイオニア記念広場。
十年前、旧都陥落とともに失われた場所。
かつては多くの人々で賑わっていたであろう広場も、今では崩れた建物と瓦礫に囲まれ、見る影もない。
そして、その中央。巨大な構造物を支えるように、一台の白い重機が停止していた。
「……いた」
思わず声が漏れる。
プロトタイプ。
白祇重工が最初に開発した知能重機であり、十年前からホロウに取り残されていた機械だ。
その姿を見た瞬間、何とも言えない感情が胸の奥に込み上げてきた。
……あれが、ずっとここにいたのか。
「Brownie、あの機体動いてる?」
『微弱な電力反応を検出しています。完全停止状態ではありません』
「……そっか」
少なくとも機械としてはまだ生きている。それが分かっただけでも、少し安心した。
しかし、改めて機体の様子を確認したところで俺はあることに気づいた。
プロトタイプの姿勢だ。
巨大なモニュメントの根元に、機体の作業装置が深く食い込んでいる。ただ倒れているわけでも、故障して動けなくなっているわけでもない。
むしろ、何かを押さえ込むために、意図的にその姿勢を維持しているように見えた。
「……Brownie、プロトタイプの荷重状態、外から推定できる?」
『画像解析を開始します』
数秒後、視界にプロトタイプと周囲の構造物を再現した簡易モデルが表示された。
作業装置の接触位置、モニュメントの傾き、周囲に走る亀裂。それらを一つずつ確認していくうちに、嫌な予感が強くなっていく。
単に崩落を防いでいるだけなら、まだいい。
だが、あの信号には『対象の活動継続』という記述があった。
もしそれが、本当に何かの動きを示していたのだとしたら?
プロトタイプは、十年間ずっと、何かが外へ出てこないようにここで踏ん張っていたことになる。
「……頼むぞ、みんな」
俺はモニュメントから目を離さず、小さく呟いた。
「何も起きないでくれよ……」
その間にも、白祇重工の一行はプロトタイプのもとへ辿り着いていた。
クレタが真っ先に駆け寄り、その後ろからグレースさんたちが続いていく。
俺は近くの建物の屋上に腰を下ろし、スーツの望遠機能を使って彼らの様子を確認した。
こうして改めて見ると、プロトタイプの損傷は想像以上にひどかった。
外装の至るところに傷が刻まれ、一部では装甲が剥がれ内部の構造が露出している箇所もある。長い年月を経ているとはいえ、よくこれほどの状態で動き続けていたものだ。
「……Brownie、あれって本当に十年間も稼働し続けてたのか?」
『詳細は不明です。ただし、現在も機体内部に電力反応が存在します。少なくとも、完全に機能を停止しているわけではありません』
「そっか……」
クレタたちは早速、機体の周囲を調べ始めた。
グレースさんが外装に取りついて各部の状態を確認する一方、ベンさんはモニュメントの周辺構造を調査している。アンドーさんもクレタと何やら話し合っているようだった。
やがて、クレタが手元の端末を見せると、全員がモニュメントの方へ視線を向けた。
その様子から察するに、どうやら何かに気づいたらしい。
「……ん?」
アンドーさんがハンスを呼び寄せ、その隣ではクレタが別の重機へ指示を出していた。続いてベンさんが図面らしきものを広げ、グレースさんがプロトタイプとモニュメントの接触部分を指し示す。
やがて、三台の重機がそれぞれ動き始めた。
「何してるんだ?」
『作業内容を解析します』
画面が拡大され、彼らの作業が鮮明に映し出される。
ハンスが周囲の瓦礫を取り除き、グレーテルが邪魔な障害物を撤去していく。その間にアンドーさんとベンさんは、周辺から使えそうな鋼材を運び出してモニュメントの根元へ集め始めた。
クレタはその配置を確認しながら、グレースさんと何度も相談している。
「……ああ、なるほど」
そこでようやく、彼らが何をしようとしているのか理解できた。
「補強するつもりか」
プロトタイプが支えている構造物を、別の方法で固定しようとしているのだ。
つまり、機体を回収する前にプロトタイプが担っていた役割を新たな支柱へ移すということだろう。
俺が送った解析結果を踏まえたのか、それとも現場を見て同じ結論に辿り着いたのかは分からない。どちらにせよ適切な判断だと思う。
「……流石だな」
何しろ相手は、ホロウ内部での大規模工事を専門とする企業だ。
俺にも危険性を指摘することくらいはできるが、実際にどう対処すればいいのかまでは分からない。構造物の補強なんて、専門外もいいところだ。
だが、彼らにとっては本業である。
グレースさんが作業位置を指定すると、ハンスが巨大なショベルを使って地面を掘り始めた。その間にアンドーさんたちが鋼材を組み上げ、グレーテルが邪魔なコンクリート片を慎重に取り除いていく。
何より驚いたのは、その作業の早さだった。
大型重機を三台も投入しているとはいえ、あれほど狭い場所で互いの作業を妨げることなく動けるのは相当な技術だ。
クレタが次々と指示を出し、アンドーさんはそれに応じて重機を動かす。ベンさんも図面を確認しながら補強材の配置を細かく調整し、グレースさんはプロトタイプの周囲で機体の状態を監視していた。
それぞれが自分の役割を理解しているからこそ、あれだけ複雑な作業を滞りなく進められるのだろう。
「うわ、すげえ……」
思わず感嘆の声が漏れた。
普段はあんなに個性的な人たちなのに、こうして仕事をしている姿を見ると、改めてその技術力の高さを実感する。
いつもは筋肉だの兄弟だのと騒いでいるアンドーさんも、現場では的確に重機を動かしている。クレタだって、普段は年齢相応に見える時もあるけれど、今の姿は間違いなく一つの会社を率いる経営者だった。
「仕事してると格好いいな、あの人たち」
『白祇重工は、ホロウ内部における特殊建設作業を専門とする企業です』
「いや、それは知ってるけどさ」
俺は苦笑しながら、再び彼らの作業へ目を向けると、作業は着々と進んでいた。
モニュメントの根元には複数の鋼材が組み上げられ、プロトタイプとは別の位置から巨大な構造物を支える形が出来上がりつつある。
やがてハンスが最後の鋼材を押し込み、固定作業が完了した。
「……よし」
俺は思わず拳を握った。
ただし、本当に補強が機能しているかどうかはまだ分からない。
「Brownie、荷重の変化は?」
『画像解析を行います』
視界にモニュメント周辺の簡易構造モデルが表示され、プロトタイプが受けている荷重と、新たに設置された支柱の接触状態が比較されていく。
実際の内部構造までは分からないものの、外部から確認できる変形や荷重の分布を調べれば、補強の効果をある程度推定することはできる。
『新設された支持構造への荷重移行を確認しました。モニュメント外部の変位も、現時点では増加していません』
「……本当に?」
『はい。ただし、内部構造および封印対象の状態は不明です』
「まあ、そこまでは分からないか」
それでも、少なくとも目に見える範囲では補強が機能しているらしい。
プロトタイプが今まで支えていた部分も、新たな支持構造によって固定されているようだった。
俺はヘルメットの表示を閉じ、少しだけ肩の力を抜いた。
「……よかった」
どうやら、取り越し苦労で済みそうだ。
最悪の場合、俺が直接現場へ出て何とかすることまで考えていたが、そんな必要はなかったらしい。
そもそも、俺に何とかできた保証もなかったしな。
「Brownie、もう一回周辺のエーテル反応を確認して」
『了解、現在周囲に顕著な異常反応は検出されていません』
「……なら、大丈夫そうだな」
そう言って、再びクレタたちへ目を向けた。
彼らも補強の完了を確認したらしく、今度はプロトタイプの周囲に集まっていた。
クレタが機体の前へ立ち、何かを話しかけている。その隣では、グレースさんがプロトタイプの外装へそっと手を添えていた。
遠くからでは声までは聞こえない。けれど、二人の様子を見れば、何となく分かる。
ようやく、迎えに来られたのだ。
十年間、ここに取り残されていたプロトタイプを。
「……本当によかったな」
誰にともなく、そう呟いた。
それからしばらくして、ハンスとグレーテルがプロトタイプのそばへ移動した。
グレースさんたちが機体の状態を確かめながら、牽引用のワイヤーを取り付けていく。接続を確認したグレースさんが何かを叫び、それに応じてクレタが手を上げた。
二台がゆっくりと前へ進み、たるんでいたワイヤーが張り詰める。
やがて、プロトタイプの巨体がわずかに揺れた。
長年モニュメントを支え続けていた作業装置が、少しずつ引き離されていく。鈍い金属音とともに、機体の関節部分から細かな砂埃が落ちた。
グレースさんは機体のそばを歩きながら、何度も接合部を覗き込んでいる。その合図に合わせて、ハンスとグレーテルは慎重にプロトタイプを引いていった。
……動いた。
ようやく、あそこから離れられたんだ。
「すげえ……十年もあそこにいたのに、よく機体が持ったな」
『動力系も、現在なお一定の出力を維持しているようです』
「……まだ生きてるのか。よくもまあ、今まで持ったもんだな」
思わず感心してしまう。
いや、感心するなんて言葉では足りないかもしれない。何しろ、十年間もホロウの中で稼働し続けていた機械なのだ。
エーテルによる侵蝕、部品の劣化、電力の不足。考えられる問題だけでも山ほどある。
それでも機体の形を保ち、今なお動力系まで生きている。自力で移動できるかどうかは別としても、機械として驚異的なことだった。
一体、どんな技術者が設計したんだろう。
「……ホルス・ベロボーグ、か」
クレタの父親であり、白祇重工の先代社長。どんな人物だったのかは詳しく知らないが、少なくとも相当な技術者だったことは間違いないだろう。
俺は遠くに見えるプロトタイプを、改めて眺めた。
……いつか機会があれば、詳しく調べてみたいな。
そんなことを考えている間にも、回収作業は着々と進んでいた。
プロトタイプはモニュメントから完全に離れ、ハンスとグレーテルに牽引されながら、クレタたちが確保した場所へと運ばれていく。
俺はその様子を眺めながら、補強された構造物にも目を向けた。少なくとも外見上は、プロトタイプが離れたことによる変化は見られない。
「これなら、もう大丈夫そうだな」
『現時点では構造物の変位は許容範囲内に収まっています』
「よし、じゃあ俺達も帰るか」
俺は立ち上がり、軽く身体を伸ばした。
結局、随分と遠くまで来てしまった。
けれどグレースさんを助けることもできたし、警告も無事に届いた。何より、プロトタイプも回収できそうだ。
これ以上、ここに留まる必要はないだろう。
……いや、そもそも最初からここまで来る必要があったかと言われると、ちょっと怪しいんだけど。
「Brownie、帰還ルートを──」
『警告』
「……ん?」
突然、視界の端に赤い表示が浮かび上がった。
『モニュメント内部に異常なエーテル反応を検出しました』
「……は?」
俺は慌てて振り返った。
視線の先にあるのは、先ほどまで補強作業が行われていたモニュメントだ。
見たところ、外見に大きな変化はない。新しく設置された支柱もそのままだし、プロトタイプが離れたことで崩落が始まった様子もなかった。
「……何かの間違いじゃないの?」
『反応値、上昇中』
しかしBrownieの報告とともに、画面に表示された数値が急激に跳ね上がった。
俺は思わず目を見開いた。
「おいおい……」
さっきまでは、何の異常もなかったはずだ。
補強作業だって無事に完了していたし、構造物の変位や荷重の変化にも問題はなかった。
少なくとも、外から確認できる範囲では。
『内部より周期的な振動を検出』
「……振動?」
俺は急いで視界を拡大した。
モニュメントの表面に、細い亀裂が走っている。
最初は一本だったそれが、瞬く間に二本、三本と増えていき、やがて補強材の接合部分まで小刻みに震え始めた。
「……嘘だろ」
咄嗟に、プロトタイプが支えていた場所へ目を向ける。
新たに設置された支柱はまだ機能している。モニュメント全体が傾いているわけでもなく、補強材が荷重に耐えきれず破損した様子もない。
それなのに、亀裂は止まらなかった。
まるで内部から何かが押し広げているかのように、硬い外殻が少しずつ引き裂かれていく。
「Brownie!内部の反応、何だこれ!?」
『不明。既知のエーテリアス反応との一致率は低く、詳細な分類ができません』
「分類できないって……!」
その時、モニュメントの内部で何かが大きく動いた。
直後、広場の地面が激しく揺れ、補強された鋼材が不気味な音を立てて軋み始める。
接合部から火花が散り、周囲に積もっていた細かな瓦礫が振動で跳ね上がった。
クレタたちも異変に気づいたらしい。
グレースさんが慌てて端末を確認し、その隣ではクレタが全員に向かって何かを叫んでいる。アンドーさんやベンさんもすぐさま動き始め、重機を移動させようとしているようだった。
「……まずい」
俺は屋上の端へ駆け寄り、モニュメントの様子を確認した。
亀裂は先ほどよりも大きく広がり、その隙間からは濃密なエーテル反応が漏れ出している。
そして、それに呼応するように内部の振動も強くなっていた。
プロトタイプが十年間、押さえ続けていたもの。
あの信号に記されていた、活動を継続している正体不明の対象。
それが何を意味するのか、今なら分かる気がした。
「──中に、何かいる」
その呟きが終わるより早く、モニュメントの中央が内側から大きく膨れ上がった。
『ハレ様!退避を──』
Brownieの警告を聞き終える間もなく、凄まじい轟音が響き渡った。
巨大なモニュメントが内側から破裂し、コンクリートの破片と鋼材が四方へ飛び散る。爆発的に巻き上がった砂埃は瞬く間に広場を覆い尽くし、周囲の建物さえ見えなくなるほどの濃い土煙となって広がった。
「うわっ!?」
咄嗟に両腕で顔を庇う。
遅れて到達した衝撃波が屋上を激しく揺らし、足元に積もっていた瓦礫が一斉に跳ね上がった。
俺は踏ん張って姿勢を保ちながら、必死に視界を確認する。
何だ!?何が起きた!?
「Brownie!状況は!?」
『モニュメント内部より、エーテル反応体の出現を確認!反応強度が急激に上昇しています!』
その報告に、俺は再び広場へ目を向けた。
巻き上がった砂埃の向こうで、何かが蠢いている。
崩壊したモニュメントの中心。折り重なった瓦礫の間から、人影のようなものがゆっくりと身を起こした。
一瞬、誰かが中に閉じ込められていたのかと思った。
だが、視界に重ねて表示されたエーテル反応は間違いなくその影を捉えている。
砂埃の切れ間から、白い身体とその表面を走る金色の線が見えた。姿形は人間に近い。だが頭部は黄色い機械のような装甲に覆われ、その中央には紫色の光が縦一筋に灯っていた。
そいつは身体についた破片を落としながら、瓦礫の上に立ち上がった。
「……冗談だろ」
喉が渇き、心臓が嫌な音を立て始めた。
人とそう変わらない大きさの身体から、視界の警告表示を埋め尽くすほどの反応が出ている。
繰り返されていた補強要求も、対象の活動継続を示す信号も、全てはこいつを封じ込めるためのものだったのか。
プロトタイプは十年間、あんなものを相手に踏ん張っていたというのか。
『ハレ様、対象のエーテル反応がさらに上昇しています』
「……見えてるよ」
砂埃の向こうで、そいつがゆっくりと頭を動かした。周囲を確かめるようなその仕草が、妙に人間じみて見えた。
俺は咄嗟にクレタたちの姿を探す。
全員いる、少なくとも今の爆発で吹き飛ばされた様子はなかった。けれどあの距離では危険すぎる。
相手が何なのかも、どれほどの力を持っているのかも分からない。ただ、これほど強い反応を示す個体なんて俺は今まで見たことがなかった。
その頭部が、クレタたちのいる方を向いた。
このままでは、あの人たちが襲われる。
「……っ、Brownie!」
俺は拳を握り締め、視線を瓦礫の上の人影へ向けた。
「全兵装、戦闘準備!」
『了解。各兵装を戦闘待機状態へ移行します』
視界に、次々と武装の起動表示が浮かび上がる。
肩部機銃、リパルサー、背部追加兵装。それぞれの状態が確認され、照準システムが起動していく。
同時に、広場の状況がリアルタイムで更新され、クレタたちの位置と、人型の反応体の輪郭が強調表示された。
……ああ、クソ。
本当なら、今頃は帰り道を探しているはずだった。
わざわざホロウの奥まで来て、正体も分からない怪物と戦うつもりなんてなかったのに。
「……何でこうなるんだよ!」
次の瞬間、俺は崩壊したモニュメントへ向けて、屋上から勢いよく飛び出した。