昔から思っていた。映画に出てくる一般人は、どうして往々にして怪物を目の前にして動けなくなるのだろう、と。
巨大な化け物が現れた、人が殺された、建物が壊された、なのに主人公でもない一般人たちはその場に立ち尽くして悲鳴を上げる。
走れよ、逃げろよ。そう思っていた。
俺なら逃げる、絶対逃げる、命が惜しいんだから怪物なんて見た瞬間に全力疾走する、ずっとそう思っていた。
──実際に、この目で怪物を見るまでは。
「…………」
足が、動かなかった。
目の前で人が死んだ。本当に、あっさりと。
「──ぁ」
声すら出なかった。つい数秒前まで俺の隣にいた軍人が、俺に向かって「伏せろ」と叫んだ人が、今はもう人の形をしていない。
何か巨大なものが腕を振るった。ただそれだけだった。それだけで人間一人が玩具みたいに吹き飛んだ。赤いものが散り、地面を転がり、そして止まった。
動かない。
死んだ。
理解するのに数秒かかった。
「……え」
視線を戻す、そこにいたのはエーテリアスだった。
何度も資料で見た、映像でも見た、解剖データも読んだし、論文も書いた。エーテル侵食によって生物が異質化した存在、個体によって形態は異なり一般的な生物とは異なる組織構造を持つ。体内には高濃度のエーテル活性反応──有効な攻撃手段も、危険度も、行動パターンも知っている。
知っている、全部知っている。
なのに。
「…………っ」
怖い。
そんな言葉では足りなかった。
心臓が痛い、呼吸ができない、手が震える、胃の中身が逆流してくる。
頭の中に詰め込んできた知識が、何一つ役に立たない。
そして、エーテリアスがこちらを向いた。
「──っ!」
目が合った。いや、そいつに俺たちと同じ意味での目があるのかすら知らない。
それでも──見られた。そう感じた。
そして俺の頭の中に、一つだけ恐ろしく単純な言葉が浮かんだ。
──殺される。
「走れ!!」
軍人の誰かが叫んだその声で、ようやく身体が動いた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
格好悪い悲鳴を上げながら、俺は走った。
三十分前まで、何も問題はなかった。
「計測開始」
『計測を開始します』
郊外に設けられた防衛軍の試験場。広大な荒野の中央に試験用の対ホロウ兵器が設置され、その周囲には防衛軍の車両、観測設備、臨時司令所、医療班、避難用シェルターが並んでいる。
そして、その中央に鎮座しているのが俺の設計に関わった試作兵器だった。
正式名称は長ったらしいので、俺は勝手に「杭」と呼んでいる。
エーテル活性を利用して対象内部へ衝撃を伝播させる対エーテリアス用兵器。まあ要するに、エーテリアスをぶっ殺すためのデカい砲だ。
俺は少し離れた観測室から端末を眺めていた。
『エーテル濃度、正常値。砲身温度、正常。出力安定』
「冷却系は?」
『許容範囲内です』
「Brownie、三番センサーの値がおかしい」
『確認しました。誤差率0.7%、規定範囲内です』
「いや、四番と比較して上昇率が変だ。補正して」
『承知しました』
画面上の数値が更新される、数秒待ってからデータを確認し俺は小さく頷いた。
「……うん、これでいい」
『修正値を記録しました』
「よろしく」
イヤホン越しに聞こえるスマホ内のBrownieの声、いつもの研究、いつもの実験、いつもより少し規模が大きいだけ。
怖くない。当然だ、ここはホロウの外なのだから。
最寄りの既知ホロウから十分な距離がある。周囲には軍人、装甲車、固定砲台、緊急シェルター、何重にも安全対策が施されている。
俺が心配性すぎるだけ、そう思っていた。
『試射準備完了』
「了解」
軍の責任者が手を上げる。
「目標投射」
遠方で無人機から実験用のエーテル活性標的が射出される。
「三、二、一──発射」
轟音。
地面が震え、砲身から放たれた弾体が一直線に標的へ飛ぶ。一瞬遅れて標的が爆散した。
「命中!」
「出力安定!」
「標的反応消失!」
観測室に歓声が上がる。
「おお……」
俺も思わず笑った。
「いいじゃん、悪くない」
『設計値より4.2%高い威力を確認しました』
「冷却機構を変更したのが効いたかな」
『可能性は高いと思われます』
「帰ったら論文書き直しだなぁ」
そんなことを考えていた、その時だった。
『──ハレ様』
「ん?」
『異常を検知しました』
「どこ?」
『周辺エーテル濃度が上昇しています』
「試射の影響じゃない?」
『否定。観測地点を中心として広域的な上昇を確認』
「…………は?」
画面を見る。
数値が上がっている、それも一秒ごとに跳ね上がるような勢いで。
「いや、おかしいだろ。Brownie、センサー再校正」
『実行』
「予備系統に切り替え」
『切り替え完了、同一結果』
「外部観測網」
『照合──』
一瞬、Brownieが沈黙した。
『警告。急速なエーテル活性化現象を確認』
「……嘘だろ」
窓の外を見る。
さっきまで青かった空が、歪んでいた。
「──突発性ホロウ!?」
誰かが叫んだ。
次の瞬間、試験場全域に警報が鳴り響いた。
そこからは、地獄だった。
『全員退避!全員退避!』
『突発性ホロウ発生!観測班は直ちに──』
『通信障害!』
『座標が──』
『待て!そっちは──』
無線から流れてくる情報が錯綜する。何が起きているのかを把握する暇すらなかった。
「ハーレー様!」
「分かってる!」
研究員の一人に腕を掴まれる。
「避難車両へ!」
「シェルターじゃないの!?」
「ホロウ発生地点が近すぎる!飲み込まれる前に区域外へ出ます!」
「分かった!」
研究員に続いて外へ飛び出した瞬間、肌に異様な感覚が走った。
「っ……!」
空気が違う、肌がピリピリする。
エーテルだ。
まだ耐えられる、でも明らかに正常な濃度じゃない。
「Brownie!」
『接続維持中』
「地図!」
『表示します』
スマホに周辺地図が表示される、避難車両まで二百メートル。
「近い!」
軍人が先導し、その後ろを研究員たちが走る。俺も必死に続いた。
「はっ……はっ……!」
肺が痛い、普段から運動していなかったことを本気で後悔した。
でも止まれない、止まったら死ぬ。
百メートル。
八十。
六十。
避難車両が見えた。
「乗れ!」
「早く!」
「負傷者から──」
間に合う。
そう思った瞬間だった。
世界が、ぐにゃりと曲がった。
「……え?」
視界が歪み、地面が傾く。空間そのものが折れ曲がるような異常な感覚に、思わず足を止めた。
ホロウ内部特有の空間異常『裂け目』。
知識として知っていた、論文でも読んだ、だけど実際に体験すると意味が分からない。
すぐそこに避難車両があったはずなのに、全く知らない場所にいる。
「何だよ……これ」
『空間座標異常』
「見りゃ分かる!」
『現在位置を再計算します』
「急げ!」
振り返る。
さっき出てきたはずの観測施設が消えていた。
代わりに、見覚えのない建物がそこに立っている。
エーテル結晶が地面から突き出ているのが、見えた。
「……ここ」
完全に飲み込まれた。
「勘弁してくれよ……」
あれだけ嫌だと言ったのに。
「俺……ホロウ入ってるじゃん……」
笑えない。
まったく笑えない。
その直後だった。
エーテリアスが現れた。
そして、目の前で人が死んだ。
「走れぇぇぇぇ!!」
一緒にホロウに巻き込まれた軍人の声と同時に銃声が鳴り響く。
俺は振り返らなかった。いや、振り返れるわけがなかった。
銃声、何かが砕ける音、悲鳴、轟音、それら全部を背中で聞きながら、ただひたすら走った。
「ハーレー様、右へ!」
「右!?」
『右です!』
軍人とBrownieの指示通り曲がった直後、背後から凄まじい衝撃音が響いた。
「ひっ……!」
走る。
肺が焼ける、脚が痛い、喉も痛い、それでも走る。
「どこ!?」
『前方三百二十メートルに防衛軍施設を確認』
「生きてる!?」
『施設電源反応あり』
「行く!」
それしかない。
軍の施設なら防衛設備がある、シェルターがあるかもしれない、通信設備も、武器も、食料も──何かあるはずだ。
「……っ!」
瓦礫を飛び越えようとして脚がもつれた。
「うわっ!」
派手に転ぶ。地面に擦った手のひらが痛む。
「っ……!」
立て。
早く。
背後から音がする。重い何かが地面を踏みつける音。
「……嫌だ」
立ち上がる。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!」
走る。
「死にたくない……!」
涙が出ていた。
情けない、十六歳にもなって泣きながら逃げている。
でも、そんなことはどうでもいい。
「死にたくない!!」
それだけだった。
やがて施設が見えた。
「Brownie!」
『防衛軍第七技術研究施設と照合』
「入口!」
『正面ゲートは閉鎖されています』
「開けられる!?」
『軍用セキュリティです』
「だから!?」
『侵入は犯罪です』
「今それ言う!?」
『確認しました』
「緊急避難!人命優先!開けろ!」
『承知しました』
一秒。
二秒。
「早く!」
『セキュリティ突破』
正面ゲートがゆっくりと開き始める。
「愛してる!」
『……その発言を記録します』
「記録しなくていい!」
開いた隙間へ身体を滑り込ませる。
「っ!さっきの軍人の人は!」
『反応消失、半径100mに生命体が存在しません。いるのは全てエーテリアスです』
「──っ閉めろ!」
ゲートが下降する。外から何かが迫ってくるのが見えた。
「早く早く早く早く!!」
ゲートが閉じる。
その直後。
──ドンッ!!
「うわぁっ!」
鋼鉄製の扉が大きくひしゃげた。
「……っ」
もう一度。
ドンッ!!
ゲート全体が揺れる。
「耐えろ……!」
三度目。
ドンッ!!
「耐えろ……!」
そして四度目は──来なかった。
「…………」
静寂。
「……行った?」
『外部センサー確認。複数のエーテリアス反応を確認』
「複数!?」
『ただし施設内部への侵入反応はありません』
「…………」
その場に座り込む。
「助かった……」
全身から力が抜けた。
「……助かったぁ」
生きている。
手を見た。
震えている。膝も、呼吸も、全部。
……それでも、生きている。
「は……はは……」
思わず笑いが漏れた。
『ハレ様』
「何?」
『シェルター内のエーテル濃度が低いとはいえ、安全は確保されていません』
「…………」
笑いが止まった。
「……そうだった」
ここはまだ、ホロウの中だった。
まず施設内を調べた。
幸い電源は生きていた。非常用発電機に加えてエーテル発電設備もある。食料、水、医薬品、工具、加工設備、研究設備。
幸い防衛軍の施設だけあって一通り揃っている。
「……籠城できるな」
『一定期間は可能です』
「問題は……外部に連絡が出来ないってことか」
ホロウ内部から外部への通信は難しい、専用の設備が必要になってくる。
幸いな事に、Brownieは俺のスマホにダウンロードしてある為外部との通信無しでも話すことはできる。
「Brownie、施設のメインコンピュータに移れ。流石にスマホだけじゃスペックが足りん」
『かしこまりました』
スマホに入っているBrownieをメインコンピュータに接続。スターク・インダストリーズ、我が社のロゴが壁面のモニター全体に映し出された。
「Brownie、引越し直後で悪いが脱出ルートを検索してくれ」
『現在位置の正確な測定が困難です。ホロウ内部では空間構造が継続的に変化しています』
「ま、そりゃそうか……突発性ならキャロットも存在しないわけだしな」
だからプロキシがいる。
ホロウ内部の地形変動を読み、安全なルートを案内する専門家。
……そして俺はプロキシじゃない。
「……少しでも勉強しとけばよかった」
頭を抱える。
知識としてなら知っている、でも実際にホロウ内部をナビゲートできるほどじゃない。
「くそ……」
軍のデータベースを開く、周辺情報、旧地図、エーテル濃度、施設構造。使えそうなデータを片っ端から集めていく。
生きる。
そのためなら何でもする。
それから何時間経ったのか。
ホロウ内部にいるという意識のせいか、時間感覚までおかしくなっている気がした。
「……腹減った」
『食料庫に対侵食加工の保存食があります』
「味は?」
『軍用携行食です』
「聞かなきゃよかった」
立ち上がった、その瞬間だった。
「……っ」
突然の目眩に襲われ、咄嗟に机へ手をついた。
「うわ……」
『ハレ様?』
「大丈夫……」
ただの立ちくらみ、最初はそう思った。
でも、違った。
「…………」
手を見る。
震えている。
さっきまでの恐怖による震えとは違う。
身体の奥が妙に熱い。
「Brownie」
『はい』
「バイタル計測、頼む」
『ウェアラブルデバイスから取得します』
数秒後、データが表示される。
『心拍数上昇。体温上昇』
「他」
『血中エーテル活性値──』
Brownieの声が止まった。
「……言え」
『推奨基準値を超過しています』
「どのくらいだ」
『現在、通常環境下の許容値に対して──』
「数字」
表示された数値を見た瞬間、思考が止まった。
「これ……」
知っている。
嫌になるほど知っている。
論文で、医学資料で、何度も見た。
「……エーテル侵食」
『肯定』
「進行速度」
『算出します』
算出のための数秒、たったそれだけの時間が異様に長く感じた。
『現在の施設内エーテル濃度が維持されると仮定し、ハレ様のエーテル適性を加味した場合──危険域到達まで、およそ九十六時間』
「…………」
四日。
「危険域って、何?」
聞く必要なんてない、わかりきったことだ。でも認めたくなくて、聞いた。
『不可逆的なエーテル侵食が発生する可能性が極めて高くなる領域です』
「つまり」
『異化の危険性があります』
「…………」
静かだった。
研究室には機械の駆動音だけが響いている。
「……俺が」
自分の胸を指差す。
「エーテリアスになる?」
『可能性があります』
「何パーセント」
『現時点では正確な算出は──』
「いや、いい」
遮った。
「もういい」
椅子に座る。
手が震えている。
また怖くなった。
今度は、逃げられない。
「……嫌だ」
呟く。
「嫌だ……」
死ぬ。
四日。
たった四日。
この世界での俺の人生は十六年。前世を足してもまだ短い。
「死にたくない……」
ホロウに入らなければ安全だと思っていた、研究室にいれば、頭を使っていれば、危険なことをしなければ長生きできると思っていた。
「……ふざけんな」
机を殴った。
「ふざけんなよ……!」
もう一度。
「俺が何したんだよッ!」
手が痛い。
「ホロウになんか入りたくなかった!戦いたくもない!」
誰もいない部屋で叫ぶ。
「ヒーローになりたいなんて言ってない!」
そうだ。
俺はトニー・スタークじゃない、ピーター・パーカーでもない、世界を救う使命なんてない。
……ただ
「生きたいだけなのに……」
死にたくない、それだけなのに。
『ハレ様』
「……何」
『エーテル侵食を抑制する方法を検索します』
「……そんなもの」
あるなら、とっくに使われている。
エーテル侵食を完全に防ぐ方法なんて──。
「…………」
そこで思考が止まった。
完全に防ぐ?
違う、防ぐ必要なんてないだろ。
「……待て」
顔を上げる。
『はい』
「抑制」
『はい』
「止めるんじゃなくて……遅らせればいい」
『……詳細を』
「Brownie」
立ち上がる。
身体はまだ震えている、怖い、死にたくない、今すぐ泣きたい。
しかしそれでも、頭だけは動いている。
「スターク家のサーバーにアクセス……は無理だな、ローカルストレージを確認」
『同期済みデータであれば閲覧可能です』
「プロジェクトARC」
一瞬の検索。
『データを確認』
「全部出せ」
空中ディスプレイに数日前の計算結果が表示される。
小型核融合炉、磁場閉じ込め、高密度プラズマ、エネルギー変換。
夢物語、遊び、ロマン……そう思っていた。
「それと、局所エーテル誘導装置」
『表示』
二つの設計図が並ぶ。
局所エーテル誘導装置、エーテルの流れを意図的に変えるために俺が研究していた装置。本来なら、動かすには発電所一基分もの電力が必要になる。
だから実用化できなかった。
……でも。
「……アークリアクターが本当に作れるなら」
電力問題は余裕で解決する。
そしてエーテル誘導装置を身体に使えばどうなる?
全身に拡散するエーテルを特定地点へ集中させる、侵食そのものを止めることはできなくても、重要な臓器や神経への侵食速度を大幅に低下させられるかもしれない。
完全には止められない、どうやってもいつか限界は来る。
……でも。
三日が一週間になるなら、一週間が一ヶ月になるなら。
その間に、脱出方法を、侵食を止める方法を見つければいい。
「……できる」
理論上は。
「できるぞ……」
ただし、問題がある。俺はアークリアクターなんて作ったことがない。
当然だ、世界中の誰も作ったことがない。そもそも俺が知っているのは映画の設定と、断片的に覚えている構造だけ。あとはこの世界で十年以上学んだ工学知識。
失敗すれば確実に死ぬ。
「…………」
笑えてきた。
「は……」
どっちにしろ、何もしなければ死ぬ。
「はは……だったら、やるしかないだろ」
「Brownie」
『はい、ハレ様』
「施設内の設備を全部洗え」
『目的を指定してください』
「工作機械、材料、軍用装備、研究機材……特にパラジウム」
『パラジウム』
「ミサイルか何かの誘導装置に使われてる可能性がある」
『検索します』
「それから永久磁石、銅線、半導体、ゲルマニウム、シリコン、鉛、テルル、ビスマス……あと水素ガスと小型の冷却装置」
『検索対象へ追加しました』
「医療区画も調べろ」
『目的は?』
「俺の身体に直接機械を繋ぐ」
一瞬、Brownieが沈黙した。
『危険です』
「知ってる」
『生命に重大な危険を及ぼす可能性があります』
「安心しろ、医学ならほんの少し齧ってる」
『中毒症状を起こす可能性があります、推奨できません』
「そりゃ俺だってやりたくない」
胸へ手を置く。
心臓が速い。
でもまだ動いている。
「死ぬよりマシだ」
『……検索完了』
画面に施設内物資が表示された。
工具、材料、電子部品、医療設備、軍用装備。
視線を走らせる。
そして。
「……あった」
対大型エーテリアス用誘導ミサイル。
構成材料。
──パラジウム。
「…………あるじゃん」
『ハレ様』
「何?」
『何を作るのですか?』
俺は画面を見る。
プロジェクトARC。
……前世で見た映画を思い出す。
暗い洞窟、拉致された天才科学者、大量のミサイル。そして、その胸で青白く輝いていた小さな炉。
「アークリアクター」
『……データベースに該当する装置は存在しません』
「そりゃそうだ」
『実在する技術ですか?』
「いや」
俺は立ち上がった。
「映画の技術」
『…………』
「何その間」
『評価に困っています』
「奇遇、俺もだよ」
工具を手に取った。
手はまだ震えている。
怖い。
死にたくない。
逃げたい。
誰かに助けてほしい。
今すぐホロウから出たい。
……でも、当たり前だが誰も来ない。
だったら、自分でどうにかするしかない。
「……トニー・スターク」
思わず、その名前を呟いた。
世界も違う。実在すらしていない映画の中の人物。
天才、金持ち、プレイボーイ、博愛主義者。
そして──アイアンマン。
「アンタなら、ガラクタから作ったんだろ」
洞窟で、工具も材料も、ろくにない場所で。
だったら俺には研究施設がある、工作機械がある、AIがいる、材料がある、そして知識がある。
「……条件は、俺の方がずっといい」
ならやれ、ハーレー・スターク。
ちょっと頭がいいだけの、戦えない、臆病な、ただの人間。
だからこそ頭を使え。
死にたくないなら──作れ。
「Brownie」
『はい』
「作業開始」
『了解しました』
施設の照明が一斉に点灯する。工作機械が起動し、軍用データベースが開かれ、無数の設計図がホログラムとなり俺の周囲へ展開された。
その中央に浮かぶのは、円環状の装置。
まだ、この世界のどこにも存在しない手のひらサイズの太陽の力。
「まず──パラジウムを取り出す」
この時の俺は、まだ知らなかった。
これから作るものが、ただ俺の命を繋ぐだけの装置ではなくなることを。
この小さな炉が俺の人生を根底から変えることを。
そして、その炉を胸に、鉄の鎧を纏って、自分からホロウへ飛び込む日が来るなんて。
この時の俺に言ったところで、きっとこう答えただろう。
「死んでも嫌だね」
──と。