パラジウム。
原子番号46、元素記号Pd、白金族元素に分類される希少金属で、触媒から電子部品まで用途は幅広い。
そして今、俺にとっては文字通り命より大事な金属だった。
「……あった」
作業台の上に置かれた円筒形の部品を見て、思わず笑みがこぼれる。
防衛軍の対大型エーテリアス用誘導ミサイル、その誘導装置をバラし、内部から取り出した触媒部品の一つ。含有率は完全な純パラジウムというわけじゃないが、精製すれば十分使える。
『パラジウム含有率、推定87.4%』
「上等、精製する」
『精錬して必要量を確保できる可能性は72.8%です』
「まあミサイル一発に含まれてる分はほんと少ないからな。全部精錬して足りるかは割と博打だが……後何発ある?」
『当施設には同型ミサイルが十二発保管されています』
「ならまあ、ミスらない限りは余裕か」
言いながら、工具を持ち替える。
俺の目の前には、既に一発のミサイルが見るも無惨な姿で横たわっていた。
弾頭は当然最初に外した。いくら切羽詰まっているとはいえ爆薬の入ったミサイルをそのまま解体するほど俺も馬鹿じゃない。
『ハレ様』
「何?」
『……念のため申し上げますが、軍用兵器の無断解体は重罪に該当する可能性があります』
「緊急避難だし仕方ない仕方ない」
『先ほどからそれを万能の免罪符として使用していませんか?』
「俺が生きて帰れたら罰金でも始末書でも好きなだけ払うよ」
そもそも俺はスターク家当主だ、金ならある。
しかし命は一個しかない。
どちらを優先するかなんて考えるまでもなかった。
「精製設備は?」
『材料研究室に小型真空溶解炉があります』
「使える?」
『正常稼働を確認』
「最高」
取り出した部品をケースに放り込み、俺は材料研究室へ向かった。
……アークリアクターか。
前世の俺なら、その名前を聞いただけでテンションが上がっただろう。アイアンマンの胸で青白く光っているアレだ、小型でありながら途方もないエネルギーを生み出す核融合炉、男のロマンをこれでもかと詰め込んだ夢の装置。
ただし、今の俺にとってはロマンでも何でもない。
これが動かなかったら死ぬ、それだけのことだ。
「……違う」
設計図を消す。
「これも駄目」
もう一枚消す。
「磁束密度が足りない」
消す。
『第十七案を破棄します』
「次」
『第十八案を生成』
ホログラム上に新しい設計図が表示される。
「コイル間隔を狭めろ、三ミリ」
『磁場干渉が発生します』
「分かってる、永久磁石側で補正」
『熱負荷が許容値を超過』
「冷却材増量」
『本体重量が目標値を超過します』
「…………」
消す。
「クソが」
『第十八案を破棄します』
「次」
難しい。
……まあ当たり前のことだ、俺はトニー・スタークじゃない。
と言うかそもそも俺はアークリアクターの詳細な設計図なんて知らない。映画みたくリベラル派の抗議運動を黙らせるために、巨大な試作版を作ってたわけでも無い。
映画で何度も見た、設定資料を読んだこともある、ネットで考察記事を漁ったこともある……でも、そんなものは所詮ファンとして得た知識だ。
映画を見ただけで核融合炉を作れるなら、世界中がトニー・スタークだらけになっている。
だから俺がやっているのは再現じゃない。トニー・スタークからヒントを借りて、一から作っているだけだ。
──アークリアクター。
俺がそう呼んでいるものの正体を簡単にに説明するなら、それは超小型の磁場閉じ込め式核融合炉。それが一番近い。
基本構造は円環状。内部へ供給した水素系の反応物をプラズマ状態まで持っていき、それを強力な磁場によって炉壁へ触れないよう閉じ込める。その状態を維持しながら核融合反応を発生させ、そこから得られた莫大なエネルギーを電力へ変換する。
口で言うだけなら簡単だ、太陽がやっていることを胸に収まる大きさでやるということ。
……うん、頭がおかしい。
「……改めて考えると、とんでもないもの作ろうとしてんな俺」
『計画の中止を推奨しますか?』
「したらほぼ確で死ぬから続行」
『承知しました』
そしてその中心に使うのが、さっき大量のミサイルを残骸にしながら集めたパラジウムだった。
別にパラジウムそのものを燃やしてエネルギーを取り出すわけじゃない、燃料はあくまで水素系の反応物。
パラジウムはあくまでも触媒、触媒作用により水素を供給し続けることによって、半永久的にプラズマを発生させるためのものだ。
とは言えそのままだとあまりにも出力が安定しない上、危険性に問題アリ。なのでこの世界のエーテル技術と組み合わせることで、プラズマ状態と反応領域の維持を補助させることにした。
まあつまり、アークリアクターにおいてパラジウムは文字通り核となる。だから無いと文字通り命綱なわけだ。
そして次、最大の問題のプラズマの閉じ込め。
核融合を起こせる状態まで持っていったプラズマなんて、当然ながら金属の容器へそのまま入れておけるものじゃない。容器に触れれば普通に炉そのものが保たない。だから容器に触れさせないようにする必要がある。
円環状に配置した永久磁石と電磁コイル、その二つが作る磁場によって、プラズマを炉の中心へ浮かせたまま閉じ込める。ただしこれも言うほど簡単じゃない。
プラズマは暴れ馬だ、大人しくしてくれない。温度に圧力、密度と供給量。ほんの僅かな変化だけでも挙動が変わる。
右へ寄ったら、左へ寄ったら、密度が上がったら、温度が落ちたら。
その度その度に磁場を変える。
また変わったら、補正。
また変わったら、さらに補正。
「人間がリアルタイムでやれるか、こんなの」
だからBrownieが必要になる。
炉内センサーから流れてくる情報を常時監視、プラズマの状態を予測。電磁コイルへ流す電力を細かく調整し、磁場を変化させる。
暴れようとするプラズマをBrownieの演算能力で無理矢理炉心中央へ押し留め続ける。
言ってしまえば俺が炉を作り、Brownieがその炉を飼い慣らす。そういう設計だ。
『責任重大ですね』
「失敗したら俺が死ぬから頑張って」
『急激に責任を押し付けられた気分です』
「俺も頑張るから」
『まあ、それならば結構です』
そして閉じ込めに成功したとしてもまだ終わりじゃない。核融合反応から発生したエネルギーを、今度は俺が使える形へ変えなければならない。
熱や粒子、その他諸々からなる莫大なエネルギー。それを炉の周囲に配置した熱電変換素子を介して電力へ変換する。
当然変換できなかった分は熱として残る。だから最大の敵はやっぱり熱、冷却装置だ。
大型の核融合炉なら冷却設備も巨大にできる。配管やら熱交換器、冷却塔とか。好きなだけ使えばいい。
でも俺が作ろうとしているものは手のひらサイズ。最終的には胸に取り付ける以上、当然巨大な冷却装置なんて積めるわけがない。
「……大型版ならまだしも、これをこの大きさに収めるのは普通に狂気だな」
『今更ですね』
「……トニー、アンタやっぱ頭おかしいよ」
『その名前は?』
「俺の人生を狂わせてる架空のオッサン」
『検索しますか?』
「検索しても出ないからいい」
頭を掻きながら設計図を見る。
ただ幸い、俺にはトニー・スタークにはなかったものがある。
この世界の技術、エーテル技術だ。
使うのは、エーテル環境での使用を前提として開発された特殊素材や冷却技術。
「エーテル冷却材を使う」
『軍用規格品ですか?』
「そう、航空機用のやつ」
『かしこまりました』
ホログラムにまた一つ素材が追加される。
高熱環境と高エーテル環境。その両方を想定して作られた軍用品。
前世の技術体系だけで考えれば、こんな小さな炉を安定させるなんて俺には無理だったと思う。
でもここには前世には存在しなかった材料がある、前世には存在しなかった冷却技術がある。
そして俺にはBrownieがいる。
だから不可能を無理矢理にでも可能の側へ押し込むことができるのだ。
「Brownie、十九案」
『生成します』
空中に設計図が展開される。
「…………」
計算する。
磁束や温度、圧力に出力、反応領域と冷却効率。それらを頭の中で一つずつ組み上げていく。
「コイルをここから……いや、違うな」
設計図へ手を伸ばす。
「外周部を二重化。永久磁石を内側へ五度傾けろ」
『変更します』
「熱電変換素子を三層。ゲルマニウムとシリコンを外側、鉛、テルル、ビスマス系を高温側に」
『変換効率を再計算』
待つ。
一秒。
二秒。
三秒。
『理論上、稼働可能です』
「…………」
思わず口角が上がった。
「できた」
『正確には、理論上です』
「分かってるよ」
水素系反応物、パラジウムを用いた反応領域、永久磁石と電磁コイル。Brownieによる動的磁場制御、多層熱電変換。
そして軍用エーテル冷却材。
前世で見た架空の技術と、この世界で学んだ現実の技術。その二つを無理矢理一つにしたアークリアクター。
まだ設計図だけ、動く保証なんてどこにもない。
それでも初めて頭の中にしかなかったものが、今こうして形になったのだ。
「製作開始」
そこから先は時間との戦いだった。
パラジウムを集めて精製し、溶解。鋳型へ流し込みリング状に成形する。冷却後に表面を削り寸法を調整。永久磁石を配置し、その周囲へコイルを巻いていく。
これがまた死ぬほど面倒だった。
「あと何周?」
『残り二百八十七周です』
「聞かなきゃよかった」
機械に任せられる部分は任せる、ただ試作品だから全部を自動化できるわけじゃない……そもそも設備が完全に揃ってるわけじゃ無いし、特に細かい調整は俺自身がやるしかなかった。
コイルを巻く、固定する、溶接する、測定する。
ズレていたら外す。
また巻く。
「……疲れた」
『休憩を推奨します』
「時間は?」
『作業開始から十一時間三十二分経過』
「侵食は?」
『危険域到達予測まで八十一時間』
「じゃあ休んでる暇ないだろ」
『作業効率が低下しています』
「……ならコーヒー」
『過剰なカフェイン摂取は──』
「Brownie」
『はい』
「コーヒー」
『……承知しました』
施設内の自動調理機へ指示が飛ぶ。
少しして、紙コップに入った黒い液体が出てきた。
一口。
「…………おえ、まず」
『耐侵食処理された軍用飲料ですので』
「軍人って大変だな」
文句を言いながら全部飲み干す。
コーヒーを飲み干しても尚、眠い。
身体が重い、指先が震える。
エーテル侵食の影響なのか単なる疲労なのか、最早分からない。
でも止まれない、止まったら死ぬ。
だったらさっさと手を動かせ。
『パラジウム・コア固定完了』
「磁場コイル」
『接続確認』
「熱電変換ユニット」
『正常』
「冷却系」
『正常』
「制御系」
『正常』
「水素供給」
『正常』
作業台の中央、そこにそれはあった。
「…………」
思っていたより小さい、両手で包める程度の円環。
銀色の外装、内部には無数の配線とコイル。中央には空洞があり、その周囲を磁場発生装置が取り囲んでいる。
……今のところ、見た目だけなら。
「……それっぽいな」
『何と比較しているのですか?』
「気にするな」
胸が高鳴る。
恐怖だけじゃない。
少しだけ、本ッ当に少しだけ興奮していた。
……だってアークリアクターだぞ?
前世で何度も画面越しに見たものを、今自分の手で作った。
もちろん原理も構造も完全に別物だ、俺が知っている情報とこの世界の技術を組み合わせて無理矢理形にした代物。
……それでも、だ。
「アークリアクター、Mark 0……ってところか」
『名称を登録しますか?』
「……いや縁起悪い。ちゃんと動いてからにしよう」
『賢明です』
「……さて」
問題はここからだ。
「Brownie、起動シーケンス」
『開始します』
低い駆動音と共に、内部へ水素が送り込まれる。
『水素充填率10%、20%、40%──』
心臓がうるさい。
『80%、100%』
「電圧印加」
『実行』
パチッ。
小さな放電、それだけ。
「…………」
『…………』
「…………」
『反応なし』
「見りゃ分かるよ」
動かない。
「原因」
『解析します』
データが流れる。
『初期電離率不足、プラズマ形成に必要な条件へ到達していません』
「点火出力が足りないか」
設計ミス、想定以下だったか。
「コンデンサ増設」
『過電圧の危険性があります』
「何パーセント?」
『絶縁破壊確率、18.7%』
「許容」
『推奨できません』
「他の方法」
『……大型点火装置を使用する場合、装置そのものが本体より大型化します』
「却下」
胸に付けられなきゃ意味がないのだ。局所エーテル誘導装置を俺の体に埋め込む必要がある以上、アークリアクターも体に接続しなくちゃ間違いなく接続で問題が起こる。
「やる」
『ハレ様』
「やるしかない」
コンデンサを増設、配線を変更して、もう一度。
「起動」
『電圧印加』
バチッ!!
「っ!」
さっきより強い放電。
そして次の瞬間、円環内部に、淡く青い光が生まれた。
「……来た」
『プラズマ形成を確認』
「磁場!」
『磁場形成開始』
光が強くなる。
「出力は!?」
『上昇中、12メガジュール毎秒、28、71──』
「温度!」
『許容範囲』
「磁場安定させろ!」
『補正中』
青白い光が部屋を照らす。
「……動いてる」
『出力、240メガジュール毎秒』
「上げろ」
『400』
「まだ」
『780』
「まだ!」
『1.2ギガジュール毎秒』
凄まじい熱量、それなのに。
この手のひらに収まるほどの装置が、動いている。
『1.6ギガジュール』
「……いけ」
『1.8』
「いけ……!」
『1.95』
「頼む……!」
『2.01ギガジュール毎秒』
「…………」
到達した。
「やった……」
思わず笑う。
「やったぞ……!」
成功した。
映画の中だけに存在していた夢物語が、この場で。
トニーが洞窟の中で作った物よりも効率は遥かに悪い。
でも、それでも俺が。
「アークリアクター……!」
作った、作れてしまった。
あのアークリアクターを、俺の手で……!
『警告』
「え?」
『磁場異常』
瞬間、青白い光が赤く染まった。
「は?」
『プラズマ偏向。磁場制御不能』
「待て待て待て!」
温度表示が跳ね上がる。
『冷却能力を超過』
「緊急停止!」
『停止シーケンス応答なし』
「燃料遮断!」
『遮断』
止まらない。
「なんで!?」
『炉内に残留した水素によって反応継続』
「クソッ!」
このままじゃ間違いなく爆発する。
「Brownie! 隔壁!」
『閉鎖します』
俺は即座に作業台から飛び退いた。
「冷却材全部ぶち込め!」
『許容量を超過します』
「炉が吹っ飛ぶよりマシだ!」
『投入』
冷却系が唸る。
白い蒸気が噴き出す、しかし温度は下がらない。
「下がれ……下がれ下がれ下がれ……!」
警報。
赤いランプ。
「下がれ!」
数秒。
十数秒。
やがて。
『温度低下を確認』
「…………」
さらに待つ。
『プラズマ反応消失』
「…………はぁぁぁぁぁ……」
床に座り込んだ。
「死ぬかと思った……」
『現在の行為そのものが死亡回避を目的としているはずですが』
「新発明にリスクは付き物だろ……まあ製作中に爆死したら笑えないけどさ」
『記録上は非常に興味深い事例になると思われます』
「お前、最近ちょっと俺に似てきてない?」
『否定します』
「絶対似てるよ」
息を整えながら、停止したリアクターを見る。
失敗……いや。
「……違うな」
立ち上がる。
これは間違いなく動いた。
2ギガジュール毎秒。トニー製のものよりは低いが、目標出力まで届いた。
問題は、磁場制御。
「……なら、直せる」
そこから、さらに六時間。
コイル配置を変更、磁場センサーを追加、制御プログラムを書き直し、Brownieの予測制御を組み込む。
二度目の起動。
『出力500メガジュール毎秒』
「安定」
『安定』
「1ギガ」
『到達。安定』
「1.5」
『安定』
「……2ギガ」
青白い光が強くなる。
『2.00GJ毎秒』
「磁場」
『安定』
「温度」
『安定』
「反応率」
『安定』
「…………」
十秒。
三十秒。
一分。
五分。
止まらない、暴走しない。
ただ静かに、青白い光を放ち続けている。
『十分経過』
「…………」
笑った。
「完成だ」
今度こそ、やっとだ。
「アークリアクター、完成」
俺の前で、手のひらサイズの太陽が輝いていた。
「…………太陽の力が、私の手の中に」
……作れたら絶対これ言おうって、前から決めてたんだよな。
とはいえ、これで終わりじゃない。というかむしろここからが本番だった。
「……やっぱ怖いな」
医療区画、上半身を裸になった俺はベッドの上に座っていた。
目の前にはアークリアクター。そして、その周囲へ取り付けられた小型の局所エーテル誘導装置。
こいつを身体に装着する。より正確には、誘導装置の電極を身体へ接続する。
接続を担当するのは、手術用の機械アームを操るBrownie。
……流石に自力で麻酔無しでやったらショック死しかねないしな。トニーだってリアクターの取り付けはインセンにしてもらってたし。
『中止しますか?』
「…………」
したい、ものすごくしたい。
「侵食状況」
『危険域到達予測まで六十二時間』
「やる」
即答した。
『麻酔を投与します』
「頼む」
針が刺さり、少しずつ意識がぼやけていく。
「Brownie」
『はい』
「俺、気絶したら」
『はい』
「ちゃんと起こして」
『善処します』
「善処じゃなくて絶対」
『承知しました』
「あと……」
目蓋が重い。
「失敗して死んだら……」
『…………』
「俺の検索履歴消しといて」
『……優先度を最低に設定します』
「おいこら……」
そこで意識が落ちた。
「…………」
目を開ける。
白い天井。
「……知らない天井だ」
『おはようございます、ハレ様』
「……何時間寝てた?」
『二時間四十三分』
身体を起こそうとする。
「いっ……!」
胸が痛む。
そして、見る。
「…………」
胸部に固定された円環状の装置。その中央から青白い光が漏れている。
「……マジか」
アークリアクター。
先ほど作ったそれが、俺の身体に付いている。
「Brownie」
『はい』
「誘導装置」
『正常稼働中』
「エーテル値」
『計測します』
数秒。
……怖い。
これで何も変わっていなかったら、ここまでやったことの全部が水の泡だ。
『結果が出ました』
「……言え」
『血中エーテル活性値、低下』
「…………」
『重要臓器周辺のエーテル濃度も減少しています』
「危険域突入までの予測時間は」
『再計算』
待つ。
『現在の侵食速度が維持された場合、危険域到達まで──』
「…………」
『推定三十八日』
「…………は?」
『三十八日です』
ついさっきまで、四日の命だった。
それが今では、三十八日。
「…………」
笑った。
「は……」
涙が出た。
「はは……」
生きられる。
「ははははは……!」
まだ死なない。
「やった……」
顔を手で覆う。
「やった……!」
助かった。
……いや、違う。完全に助かったわけじゃない。
三十八日後には危険域、その前に脱出しなければならない。
……それでも四日しかなかった命が、一ヶ月以上になった。
「ありがとう、Brownie……」
『私は補助しただけです』
「それでもだ」
胸の光を見る。
青白い。
綺麗だった。
前世で憧れた光。それが今は、俺の命を繋いでいる。
「……ありがとう」
数時間後。
「で」
俺は施設のモニターを見ながら腕を組んでいた。
「次の問題だ」
『はい』
「ここからどうやって出る?」
『現状では安全な脱出経路を算出できません』
「だよなぁ」
椅子を回す。
モニターには施設周辺の監視カメラ映像。
そこに映るは、何体ものエーテリアス。
一体。
二体。
三体。
……いや
「……何匹いるんだよ」
『確認可能範囲内で十七体』
「無理だろ」
俺には戦闘経験がない、銃なんて撃ったこともないし運動能力は普通……というかたぶん同年代平均より低い。エーテル適性だって特別高いわけじゃない。
「……詰んでない?」
『肯定は控えます』
「気遣いありがとう」
プロキシもいない、救助を呼ぶ手段もない、施設から出た瞬間にエーテリアスの餌……アイツら食事するっけ?
そもそも運良く逃げられたとして、エーテル濃度の高い外を生身で歩き続ければ侵食速度も上がる。
「防護服」
『はい?』
「あるだろ。軍用の対エーテル防護服」
『検索します』
少し待つ。
『三着確認』
「おっ」
『ただし二着は破損、一着は経年劣化により気密性能が規定値を下回っています』
「…………」
映像を見る。
外にはエーテリアス。
出るための防護服は、全部破損。
「直せる?」
『可能です』
「なら──」
言いかけて止まる。
直したところで外には化け物がいる。
防護服はエーテルから身体を守るためのものだ。奴らの爪も、牙も、あの馬鹿みたいな腕力も防いではくれない。
「……装甲」
『はい』
「防護服に装甲を付ける」
『重量増加によって機動性が低下します』
「じゃあ補助動力」
『電力源が必要です』
「それならあるだろ」
胸を指差すと同時にBrownieが沈黙した。
「二ギガジュール毎秒」
俺一人じゃ、使い切れないほどのエネルギー。
「モーター付けて、人工筋肉も使って、重量は全部機械に支えさせる」
『理論上は可能です』
「外骨格にすれば俺の力も増幅できる」
『はい』
「装甲を厚くしても動ける」
『はい』
「密閉すればエーテルも防げる」
『はい』
「…………」
頭の中で何かが繋がった。
防護服、装甲、外骨格。そしてその動力となる、アークリアクター。
「……待て」
立ち上がる。
「待て待て待て」
軍用データベースを開く。
「Brownie、施設内の装甲材を全部表示」
『表示します』
「チタン合金は?」
『航空機補修用資材として備蓄があります』
「セラミック複合材」
『あります』
「人工筋肉」
『試験用強化外骨格に使用されています』
「油圧アクチュエータ」
『あり』
「姿勢制御用ジャイロ」
『あり』
「飛行用スラスター」
『小型VTOL試験機の補修部品があります』
「…………」
ある、全部ある。
……いや待て、待てよ。
「Brownie」
『はい』
「ホログラム出せ」
『何を表示しますか?』
何をって、決まっている。
俺は前世でこれを知っている。
洞窟に閉じ込められた男が脱出するために小型動力炉を作った。
そしてその動力炉で、動かした鉄の鎧。
「…………ははっ」
笑えてきた。
「嘘だろ?」
偶然にしては出来すぎている、笑えるくらいに。
「俺、本当にこれやるの?」
『質問の意図を理解できません』
「いや……こっちの話」
ホログラムへ手を伸ばす。
まず人型。
全身を覆う。
頭部、胸部、腕、脚、外骨格。その上にさらに装甲。
「もっと厚く」
『流石に見た目が不恰好になるのでは?』
「いい、見た目なんてどうだっていい」
洗練されている必要なんてない、格好良くなくていい、赤と金に塗る必要もない。
空を華麗に飛び回る必要だってない。
これはヒーローのスーツじゃない。
俺が生きて、ここから出るための防護服だ。
「腕部に武器」
『何を搭載しますか?』
「後で考える、今は装甲優先」
『了解』
「脚部は出力高め、走れるように」
『了解』
「頭部完全密閉、独立酸素供給」
『了解』
「環境センサー、エーテル測定器、暗視、赤外線」
『追加』
「制御はお前」
『私が?』
「他に誰がいるんだよ」
『了解しました』
設計図が少しずつ、形になっていく。
「…………」
人型の巨大な鉄の塊。
……不格好、重そう、洗練なんて言葉からは程遠い。
でも俺には、それが何よりもかっこよく見えてしまった。
『設計名称を入力してください』
「…………」
……やめろその質問、分かってて聞いてるだろ。
『名称が必要です』
「Brownie」
『はい』
「お前楽しんでるだろ」
『私はAIです』
「最近その言い訳便利に使ってない?」
『名称を入力してください』
「…………」
ため息と共に、笑いが口から漏れ出す。
「Mark 1」
『登録します』
ホログラムの上部に文字が浮かぶ。
──MARK I。
「…………マジかよ」
アークリアクターを作った。
そして次は鉄の鎧……いやまあ素材としては鉄では無いんだが。
とはいえ前世の俺が見たら、間違いなく大喜びしただろう。
……でも、今の俺が抱いている感情はただ一つ。
「……これ着て、あいつらの前に出るのか」
『脱出するのであれば』
「…………」
監視カメラを見ると、何体ものエーテリアスが外を徘徊している。
怖い、死ぬほど怖い。
「……やっぱ嫌だなぁ」
胸元を見ると、アークリアクターが青白く光っている。
……逃げたい、なんならこのまま救助を待ちたい。とは言えここ数日間で発見されていない以上、外での俺が死亡扱いになってる事は想像に難く無い。
……つまり、逃げるためにはあいつらのいる場所へ自分から出ていかなければならない。
「……作るか」
俺は設計図へ手を伸ばした。
後に何度も改良され、何十もの姿へ変わり、空を飛び、人を救い、俺自身の人生を象徴することになる鉄の鎧。
その最初の一着、『Mark 1』
その設計が、始まった。