青白い閃光が、ホロウの薄暗い空間を一直線に駆け抜けた。
光がエーテリアスの胸部へ直撃した瞬間、空気そのものが弾けたような轟音が響く。巨体が進行方向とは真逆へ吹き飛び、地面を二度、三度と跳ねた末に、十数メートル先の瓦礫へ叩きつけられた。
静寂。
ほんの一瞬だけ、何も聞こえなくなった。
「…………」
俺は右腕を突き出したまま固まっていた。
倒れた。
あの化け物が。人間をいとも簡単に殺した怪物が。
俺の一撃で、倒れた。
『対象、活動継続』
「え?」
瓦礫が動いた。
「嘘だろ」
エーテリアスが起き上がる。胸部には明らかな損傷があった。身体の一部が抉れ、結晶状の構造が露出している。だが、それでも死んでいない。
というか、むしろ。
「……怒ってない?」
『感情の有無は判断できません』
「ですよね!」
咆哮が響き渡る。
今度は一体だけじゃなかった。残る二体も動き出す。
「Brownie!」
『右方より二体接近』
「見えてる!」
逃げる。
考えるより先に身体が動いた。
右脚を踏み出した瞬間、外骨格が俺の動きを拾う。人工筋肉とアクチュエータが駆動し、二百八十キロを超える鉄の塊が一気に加速した。
「速っ!?」
『速度、時速四十二キロ』
「落とせ落とせ!」
『後方より追跡されています』
「ごめんじゃあ落とさないで!」
自分でも何を言っているのか分からない。でも、とにかくこの場で止まりたくなかった。
地面を蹴るたび、Mark 1の重量でアスファルトが砕ける。俺自身が走っているというより、巨大な機械に身体を運ばれている感覚に近い。
視界の端では、数字が猛烈な勢いで更新され続けていた。
速度、エーテル濃度、装甲温度、リアクター出力、敵性反応。
あまりにも情報量が多すぎる。
「ごめん、Brownie!これ邪魔!」
『表示を簡略化します』
一気に情報が減り、速度と敵性反応以外の表示が縮小された。
ありがたい。さっきのままじゃ、前もろくに見えていなかった。
そのまま走り続けると、正面に崩れた建物が見えてきた。まっすぐには進めない。
「Brownie!」
『左へ』
曲がろうとして、左足に重心をかける。
「うおおおっ!?」
曲がれない。
二百八十キロの重量に、自動車並みの速度が乗っている。慣性という当たり前の物理法則が、俺の都合なんて一切考えずに身体を外側へ持っていった。
左脚が滑り、肩から建物へ突っ込む。
轟音。
壁が砕けた。
「いっ……!」
『左肩装甲損傷。軽微』
「俺は!?」
『生命反応正常』
「ごめん、次からそっち先に言って!」
瓦礫を押し退ける。
Mark 1の腕が、コンクリート片を簡単に弾き飛ばした。
すごいパワーだ。こんな状況じゃなければ感動していた。
だが、後ろから響いた咆哮で、そんな気分は一瞬で吹き飛んだ。
「来てる!」
振り返る。
まだ一体が俺を追ってきていた。
近い。さっき撃った奴じゃない。
距離にして、僅か数メートル。
「っ!」
右腕を向ける。
『リパルサー照準補正』
「出力5%!」
『設定完了』
「撃て!」
閃光が視界を埋め尽くし、対象に直撃する。
エーテリアスの身体が遥か後方へ弾かれる。
「よし!」
倒してない。でも、別にそれでいい。
俺は戦いに来たんじゃない。逃げるためにここへ出てきたんだ。
「Brownie、周辺地図!」
『表示』
HUDの右側へ地図が現れる。
……くそっ、やっぱりか。
「……ふざけんなよ、なんだこれ」
地図と現実が合っていない。
本来は直線だったはずの道路が、途中で途切れている。その先には、あるはずのない建物が、横倒しの状態で地面から生えている。
さらに奥では、道路そのものが垂直に立ち上がっていた。
「こんなのどうやって帰るんだよ……」
分かっていた。
ホロウ内部では空間が歪む。
資料で読んだ。研究でも扱った。論文だって何本も目を通した。
でも、実際に見るのは全く違う。
地図が意味を失い、方向という概念が信用できなくなる。真っ直ぐ進んだはずなのに、気付けば元の場所へ戻っていることさえある。
だからプロキシがいる。だからキャロットが必要になる。
……そして今の俺には、そのどちらもない。
「……まずいな」
『後方より敵性反応』
「それもまずい!」
とにかく走る。それしかできることがないんだから。
どれくらい進んだのか分からない。
十分か二十分か、それとももっとか。
景色が現実離れしているせいか、時間感覚すら怪しくなってきた。
俺はとにかく止まらず、エーテリアスの反応が少ない方向へと進み続けていた。
幸い、Mark 1は予想以上に頑丈だった。
一度、横道から飛び出してきたエーテリアスにまともに殴られた。
正直死んだと思った。
視界が激しく揺れ、身体ごと建物の壁へ叩きつけられた瞬間、肺から空気が全部押し出された。
だが、俺は生きていた。
胸部装甲は大きく凹み、衝撃吸収材も一部が潰れた。それでも、俺の骨は折れていない。
あの鋼鉄の扉をひしゃげさせるほどの一撃。それに、俺は耐えた。その事実が、少しだけ恐怖を薄めてくれた。
「右腕、動作確認」
『正常』
「左脚」
『第四アクチュエータに僅かな損傷』
「まだ走れる?」
『可能です』
「ならいい」
完璧じゃなくていい、動けばいいんだ。Mark 1は兵器じゃないんだから。
少なくとも今のこいつは、俺の命を守るための、馬鹿みたいに頑丈な防護服だ。
「Brownie、現在位置」
『特定不能』
「ま、そりゃそうか」
『ただし、移動記録から推測可能な情報があります』
「何?」
『同一地点を三回通過しています』
「…………」
足を止めた。
「マジ?」
『はい』
周囲を見る。
崩れたビル、横転した車、折れた街灯。そして、その向こうには、綺麗に縦に分割され、半分だけが残った看板。
「……あれ、さっきも見たな」
『正確には三回目です』
「……座標がループしてる?」
『その可能性が高いと判断します』
「最悪……」
ホロウでは珍しくない。
空間異常によって、直線上では繋がっていない場所同士が接続される。そのせいで、本人は真っ直ぐ進んでいるつもりでも、いつの間にか元の場所へ戻ってくるのだ。
「……くそっ」
……知識としては知っていたことだ。
だからプロキシがいる。だからキャロットが必要になる。
そして今の俺には、そのどちらもない。
「…………どうしろっていうんだよ、こんな無茶苦茶な空間」
……いや、待て。
本当に何もないか?
HUDへ視線を向ける。
Mark 1を着て研究施設を出てから、Brownieは周囲の環境データを記録し続けている。
エーテル濃度や温度、気圧に大気組成、磁場と微弱電波。
元々は、防護機能を調整するために積んだセンサーだ。
「Brownie、今までの移動記録と環境データを全部重ねろ」
『表示します』
視界いっぱいに数字とグラフが現れる。
「簡略化」
『実行』
歩いてきた経路と、その地点ごとのエーテル濃度、大気組成、気圧変化。
それら全てを見て、考える。
「……集中しろ、俺」
怖い。
後ろからいつエーテリアスが来るか分からない。
恐怖のあまり、今すぐにでも叫びたい衝動に駆られる。
「……集中」
……それでも、これは俺の領分だ。
戦うことはできなくても、データなら読める。
「……ここ」
一ヶ所だけ、三回の通過時全てで、エーテル濃度が一瞬だけ落ちている。
『周辺平均より11.8%低下』
「それだけじゃない。酸素濃度」
『同時刻に0.4%上昇』
「気圧も」
『微弱な変動を確認』
「風向きは?」
『北東方向から南西方向へ、平均秒速0.7メートル』
「…………」
ホロウ内部で、風。
しかも三回とも、同じ方向から。
「北東側に何かある」
『空間異常による気流の可能性があります』
「分かってる」
でも、どうしても引っかかる。
「電波記録も出して」
『表示』
ほとんどノイズ。
通常、ホロウ内部から外部への通信は難しい。
ホワイトスター学会で研究していた時も、これのせいでホロウ外部と内部の同時観測に苦労した覚えがある。
それなのに、これは。
「止めて」
『停止』
「ここ」
エーテル濃度が落ちた瞬間、ノイズの中に、ごく小さな波形が現れた。
「解析して」
『信号強度が不足しています』
「通信規格だけでいい。頼む」
『解析します』
数秒。
『新エリー都域内で使用されている民間通信規格との部分的一致を確認』
「…………」
心臓が跳ねた。
「もう一回言って」
『民間通信規格との部分的一致を確認。ホロウ内部の既知設備から発信された信号である可能性は低いと判断します』
「……外だ」
『断定はできません』
「でも、可能性としては高い」
エーテル濃度が下がり、普通の大気が流れ込み、そして外部の電波まで拾った。
三つの現象が、同じタイミングで起きている。
「……おそらく、裂け目がある」
『空間接続点ですか?』
「うん、それもホロウ内部同士じゃない」
普通の裂け目なら向こう側もホロウだ、流れ込んでくる空気のエーテル濃度がここまで下がる理由がない。
でも、もし向こう側がホロウの外なら。
「突発性ホロウが発生して、まだ数日しか経ってない」
『はい』
「形成直後で境界が安定してないんだ」
ホロウが周囲を飲み込んだ時に形成された空間境界。おそらく、まだその一部が完全には閉じていない。
けど、ずっと開いているわけじゃない。
開いて、閉じて、また開く。
だから三回とも、一瞬だけ外の空気と電波が入ってきた。
「ホロウの……傷口みたいなもんか」
『仮説として記録します』
「場所は?」
『気流、エーテル勾配、過去の観測位置から推定します』
HUD上に複数の線が伸び、一点で交差する。
北東。
現在位置から。
『推定八百四十メートル』
「遠いな」
『さらに、空間接続が次回発生する保証はありません』
「それでも今は行くしかない」
確実な出口なんて見つけられない。
俺はプロキシじゃない。ホロウの構造を読むこともできない。
でも、外の空気が入ってくる場所くらいなら、データから見つけられる。
「十分だ」
俺は走り出した。
近づくにつれて、周囲の空間異常は激しくなっていった。
建物が歪み、道路が途中から垂直に立ち上がっている。視界の奥では、同じ街灯が上下逆さまに二本並んでいた。
それでもBrownieが示す方向は変わらない。
『推定地点まで百二十メートル』
「エーテル濃度は?」
『上昇しています』
「……逆じゃない?」
『局所的な低下を検出』
「どこ?」
『正面』
正面を見るが、何もない。今はただ歪んだ空間があるだけ。
「…………」
待つ。
一秒。
二秒。
そしてその瞬間、空間が裂けた。
「っ……!外部カメラ拡大!」
HUD上に拡大された百メートル先の空間が映った。
空間に穴が空いたようにも見えるそれを、紫のエーテルが覆っている。
そしてその向こう、エーテルが晴れるその一瞬だけ。
青が見えて、消えた。
「今の!」
『外部大気を検出。エーテル濃度、正常範囲』
「電波!」
『複数の通信信号を受信。新エリー都域内通信網との一致を確認』
「…………」
……間違いない、この向こうは外だ。
「開く周期は?」
『これまでの観測から推定。約四十七秒から七十一秒。不規則です』
「開いてる時間」
『最長観測値、四・二秒』
「短っ」
でもMark 1なら人間よりも遥かに速く走れる、遥かに高く飛べる。
「とにかくさっさとあの地点まで行こう」
『接続先の座標は保証できません』
「外ならどこでもいい」
『高所、海上、危険区域へ接続する可能性があります』
「バケモノの巣窟のここよりマシ!」
再び空間が揺らいで、身構えた。
目の前に、外へと繋がる出口がある。
ようやく帰れる。
そう考えて安心しそうになっていた、その時。
『警告。後方』
「え?」
即座に振り向いた、その視界いっぱいに。
巨大な腕が迫っていた。
「──っ!?」
身体中に伝わる衝撃。
身体が浮いた、景色が回る。
地面。
空。
建物。
地面。
そして、何かに激突した。
「がっ……!」
肺から空気が抜けた。
『警告。背部推進器損傷』
「……何……が」
起き上がる。
いた。
今までの奴より、明らかに大きい個体。
「聞いてない……」
『新規敵性反応。全高推定四・八メートル』
「デカすぎだろ……!」
ゴリラのように太い腕、結晶化した巨大な外殻、頭部らしき場所にはコアだけが浮かび、人間の顔なんて存在しない。
ただコイツは、こちらを殺すために動いている。
勝てっこない、こんな怪物に。
「ッ逃げるぞ!」
立ち上がって、全速力で走る。
裂け目まであと百メートル、速度を緩める暇なんてない。
『対象追跡』
「知ってる!」
奴が足を踏み締めるたびに、地面が揺れる。
速い。どう考えたってあの巨体で出していい速度じゃない。
「Brownie、推進器!」
『右背部ユニット損傷。最大出力の使用は危険です』
「使える方だけ!」
『姿勢制御不能の可能性があります』
「追いつかれて殺されるよりずっとマシだ!」
『左背部ユニット起動』
背中を蹴られたかのような、爆発的な加速。
「うおっ!」
身体が凄まじい速度で前へ飛ぶ。
とにかく脚を動かす。
走るというより跳ぶ。
一歩で数メートル。
裂け目まで八十メートル、六十メートル。
どんどんと奴の足音が大きくなっているのを感じる。
『対象接近』
「リパルサー!」
走りながら右腕を後ろへ向ける。
「──35%!最大出力!」
『照準不能』
「なんだっていい!」
後ろを振り返ることもせずに、ただがむしゃらに撃つ。
閃光と共に、爆音。
命中したかなんて分からない。でも苦しむような咆哮が聞こえた。
裂け目まで、あと四十メートル。
「もう少し……!」
『右背部ユニット温度上昇』
「右壊れてるんじゃなかった!?」
『損傷部から熱が逆流しています』
「最っ悪!」
あと二十メートル。
裂け目が揺れたその瞬間、向こう側に一瞬だけ、見えた。
「…………」
青空。
ホロウの中には存在しない、本物の青い空。
「出口だ!」
『確証はありません』
「十分だ!行くぞ!」
十メートル。
背後の音が、とにかく近い。
けどもう、振り返らない。
五。
三。
「行けぇぇぇぇ!!」
飛び込んだ。
瞬間、世界がひっくり返った。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
上も下も分からない。
身体が引っ張られる。
全身を、押されて捻られるかのような感覚。
HUDが激しく明滅する。
『空間座標取得不能』
「俺だって分かんないよ!」
一秒。
二秒。
数秒が、永遠みたいに長い。
そして突然、重力が戻った。
「──え?」
空が、青い。
そして地面は、遠い。
「…………」
遠い?
「Brownie」
『はい』
「俺、今どこ?」
『高度、百四十二メートル』
「…………」
真っ逆さまに落ちていた。
「なんでぇぇぇぇぇぇ!?」
『裂け目の出口が上空に形成されていたものと推測』
「なんでまたこんなとこに!?」
『事前観測不能でした』
「推進器!」
『右背部ユニット使用不能。左背部ユニット出力低下』
「リパルサー!」
『使用可能』
地面が迫る、地面まであと百メートル。
八十。
「両手両脚!」
『姿勢制御を開始』
「出力最大!」
『危険です』
「地面にキスして死ぬよりマシだろ!」
『安全制限解除、40%』
両手両脚から吹き出る青白い光。
次の瞬間、全身が上へ引っ張られた。
「ぐっ……!」
速度が落ちる。
六十メートル。
四十。
まだ速い。
「もっと!」
『出力上昇』
「もっと!」
『機体耐久限界へ接近』
「まだ!」
二十メートル。
「止まれぇぇぇぇぇ!!」
轟音。
舞い上がった土煙が、視界を覆った。
「…………」
地面に叩きつけられる衝撃を待って、全身を強張らせる。
けれど、それ以上は何も起こらなかった。
「…………生きてる?」
『生命反応正常』
恐る恐る、足元を見る。
土煙の向こう、少し先に地面が見えた。
「……止まった?」
『降下速度ゼロ。高度一・七メートル、姿勢制御を継続中』
「……っはぁぁぁ……」
詰めていた息が、一気に漏れた。
両手両脚から噴き出す光が、まだ俺の身体を支えている。
「心臓止まるかと思った……」
『心拍数は上昇しています』
「そういう意味じゃない……」
手足が震えていた。下手に動かせば、そのまま姿勢を崩しそうだった。
「……よく止まれたな、これ」
『機体重量に対して十分な推力を確保できました。ただし、各部に過大な負荷がかかっています』
「だろうな……」
実験で飛べたからって、今の壊れかけの状態で百四十メートルの落下を止められる保証なんてなかった。
それでも止まった、地面にぶつかる寸前で。
「……ここ、外か」
遂に、外に出られた。
「……はは」
抑えきれずに、笑いが漏れた。
「はははは!」
上を見る。
青空。
空間の裂け目はもうない。
それの代わりに、遠くに黒く巨大な球体が見えた。
「…………」
ホロウ。
あれだけ恐ろしかったあの地獄も、外から見ればただの巨大な球体。
数日前までの俺にとってもそうだった。
ニュースで見て、危ないな、大変だな。そう思うだけのもの。
でもあの中には、人が死ぬ場所がある。
人間離れした膂力を持った、怪物がいる。
逃げても逃げても出口が分からない、恐怖がある。
そして俺は、そこから。
「……出た」
『はい』
「出れた……?」
『ホロウ外部であることを確認。大気中エーテル濃度、正常範囲』
「…………」
その言葉を聞いた瞬間、一気に全身から力が抜けた。
「……帰ってきた」
生きてる。
俺、今生きてる。
「帰ってきた……!」
笑った、涙も出た。
ヘルメットの中だから拭けずに、涙が頬を伝って落ちていく。
「死ななかった……」
あれだけ、絶対に死ぬと思ったのに。
エーテリアスに追われて、ホロウに閉じ込められて、身体をエーテルに侵されて、四日で化け物になると言われて。
それでも、アークリアクターを作った。
Mark 1を作った。
死にたくなくて、必死で逃げた。
みっともなくても、怖くても、逃げ続けて生き残った。
「……Brownie」
『はい、ハレ様』
「通信」
『外部ネットワークへの接続を確認』
「…………」
その言葉が、何より嬉しかった。
「誰かに繋がる?」
『複数の通信網を検出しています』
「……そっか」
もう俺は、一人じゃない。
「救難信号」
『送信します』
少しして。
『送信完了』
「…………」
終わった。
やっと、終わった。
「着陸しよう」
『推奨します。各部に複数の損傷を確認しています』
「最後までもってくれよ……」
ゆっくりと出力を落とす。
地面へ近づく。
一メートル。
五十センチ。
二十。
「よし……」
着地。
ドサッ。
「…………」
『着地成功』
「成功?」
『成功です』
「今度は床壊してない?」
『ここは地面です』
「そうだった」
ここはもう研究施設じゃない、ホロウでもない。
普通の、ただの外だ。
ヘルメットを開くと、冷たい空気が顔に触れた。
「…………」
空気、普通の空気。
エーテル侵食を気にしなくていい、それだけのことが信じられないくらい嬉しかった。
深く息を吸う、吐く。
もう一度。
「……うま」
『空気に味覚はありません』
「そういう意味じゃないよ」
空を見る。
雲が流れている、普通の空。
どこにでもある、ルミナスクエアの中心でだって見れる、何でもない空。
その筈なのに、こんなにも綺麗に見える。
「…………」
その場に座り込んだ。
Mark 1の重量で地面が少し沈む。
けど、もうそんなことどうでもいい。
もう立てない、とにかく疲れた。
「Brownie」
『はい』
「俺さ」
『はい』
「もう二度とホロウなんか入らない」
『記録しますか?』
「して」
『記録しました』
「絶対だからな」
『はい』
「何があっても入らない」
『承知しました』
「死んでも嫌だから」
そう言って、俺は空を見上げた。
雲がゆっくりと流れている。
もう扉の向こうの物音に怯えなくていい。エーテル濃度も、残り時間も、今は気にしなくていい。
大きく息を吐く。
「……救助、どのくらいで来る?」
『現在、応答を待っています』
「そっか」
座り直そうとして、腰の辺りで何かが引っかかった。
「……ん?」
少し身体を捻る。
バキ、と嫌な音がした。
『腰部装甲に変形を確認。無理に動かさないでください』
「最後までボロボロだな……」
動くのを諦めて、両手を地面についた。
その拍子に、右腕の装甲が外れかける。慌てて押さえたが、留め具はもう曲がっていた。
「……脱ぐか、もうコイツの役目も終わった」
全身の留め具を外し、上から順に装甲を外していく。
何度か引っかかりながらも腕を抜き、胸部を開いて、ようやく上半身を外気に晒した。
冷たい風が、汗で張り付いたシャツを撫でる。
「……あー」
思わず声が漏れた。
脚部からも身体を抜き、そのまま隣の地面に座り込む。身体はまだ重かったが、肩に食い込んでいた金具がなくなっただけでも随分楽だった。
横を見る。
Mark 1は、あちこちの装甲が歪み、煤と傷に覆われていた。研究施設で組み上げた時より、随分と酷い姿になっている。
「……よくもったな、ほんと」
『各部の損傷は深刻ですが、主要機能は維持されています』
「ならまあ、最後の仕事くらいはコイツでできそうだな」
脱いだ装甲に背中を預ける。
硬くて座り心地は悪かったが、今はそれでよかった。
遠くを見渡しても、こちらへ向かってくる車両はまだ見えない。
俺はもう一度深く息を吸って、救助を待つことにした。
思ってた以上に伸びまくってて一人で困惑してます……日間三位って何?
たくさんの感想、評価、お気に入り登録をしていただいてものすごく励みになってます!今後も皆さんに楽しんで頂けるよう頑張ります!