「Brownie」
『はい』
「ここの地面、Mark 1の出力ならどのくらい掘れる?」
『質問の意図を確認します』
「Mark 1を埋める」
ホロウを脱出してからおよそ三十分後、防衛軍へ救難信号を送った俺は、彼らが到着するまでの間にMark 1を隠すことにした。
理由は単純。こんなものを、そのまま残しておけない。
Mark 1は急造品だ。溶接跡だらけだし、装甲も左右非対称、飛行性能も最低限で、戦闘用として設計したわけでもない。
……それでも、エーテリアスを吹き飛ばすリパルサー、二百八十キロの装甲を軽々と動かす外骨格、短時間とはいえ飛行可能な推進器。
アークリアクターを前提とした装備とはいえ、もしもこれを犯罪者だとかに悪用されたら洒落にならない。
「オバディアみたいなのがいないとも限らないしな」
これを作った時から、前世で見た映画が嫌でも頭をよぎっていた。
〝アイアンモンガー〟
トニー・スタークが生み出した技術を、彼の会社の副社長だったオバディア・ステインが奪って、それを巨大な兵器へ変えた存在。
ここは映画の世界じゃない。当然、オバディアなんていない……それでも、技術を悪用する人間がいない保証にはならない。
「少なくともMark 1は誰にも渡さない、悪用される恐れがある」
『防衛軍の装備を大量に流用していますが、判明して追及された場合どういたしますか?』
「いや、うん……それは……」
言葉に詰まる。
「……後で謝ろう」
『緊急避難という主張は?』
「便利だからって擦りすぎだろ」
もう一度、ボロボロになったMark 1を着て、人目につかない場所まで移動した。外骨格の力を借りて、地面を掘る。
十分な深さまで掘ってから、アークリアクターを取り外した。装甲と搭載していた武装を、俺でも運べる大きさに分解し、なんとか穴へ放り込んでいく。
動力を失った鉄の鎧は、それだけでただの重い金属塊になった。
「……よくもったな、ほんと」
ボロボロだった。
胸部は凹み、左肩の装甲は歪み、右背部の推進器は完全に死んでいる。表面にはエーテリアスの爪痕が深く刻まれていた。
「…………」
これがなかったら、俺は死んでいた。
「ありがとな、助かった」
自分で作った機械に礼を言うなんて変な話だ。
それでも、それだけは言いたかった。コイツは、俺を生かしてくれた装備だから。
土を被せると鈍色の装甲が少しずつ見えなくなり、最後にはヘルメットも土に隠れた。
「Mark 1、廃棄完了」
『記録しました』
「位置情報は暗号化しといて、俺以外からのアクセスは禁止」
『了解』
その数十分後、救難信号を受けて近隣を捜索していた防衛軍部隊に発見された。
当たり前というか、俺はもう生存を絶望視されていたらしく、防衛軍の兵士がやけに驚いていた。
そこから先は検査、検査、また検査。
血液検査、エーテル侵食検査、身体組織検査、問診、事情聴取。
俺の胸に取り付けられた謎の発光物体についても散々聞かれたが、研究中だった局所エーテル誘導装置の試作品と説明して押し切った。
完全な嘘ではない……実際、その機構も組み込んであるし。アークリアクターについては何も言わなかったけど。
数日後、ようやく俺は自宅へ帰ることを許された。
家に帰って、風呂に入って、対侵食処理なんて必要のないまともな飯を食って、自分のベッドへ倒れ込んで。
十五時間寝た。
そして、目を覚ました俺が真っ先にしたことは。
「Brownie」
『はい』
「アークリアクターを改良するぞ」
様々な機械に囲まれた自室で、俺は早速プロジェクトARKの設計図を映し出していた。
『休養を推奨します』
「十五時間寝ただろ」
『医療機関からは最低三日間の安静を推奨されています』
「設計だけ、ちょっとだけだから」
『却下します』
「お前、俺のAIだよね?」
『だから申し上げています』
……やっぱコイツ、日に日に母親みたくなってきてないか?
ひとまず、アークリアクターに必要な材料の在庫だけを確認することにして……その二時間後には結局、設計を始めていた。
初代アークリアクターには欠点が多かった……というか、欠点だらけだった。
まあ、当たり前だ。これはホロウの中で死にかけながら、軍用研究施設に転がっていた部品を寄せ集めて作った試作品だ。
冷却系は無駄に大きい。磁場制御はBrownieの演算能力に頼りきりで、燃料供給系にも余裕がない。何より、胸に付けるには重い。
そこで全部見直した。
磁場コイル、冷却系、熱電変換、制御装置、パラジウムコア。
何度も設計し直し、試作品を作り、壊し、また作った。
幸い、プロジェクトARKを始動した時に必要な資材は一通り取り寄せておいたから、材料には困らなかった。
そして最終的に完成した二代目は、初代より一回り小さくなった。それでいて安定性は大幅に向上し、定格出力も上がった。そして何より。
「……軽い」
『旧型比で質量38.7%減』
「最高、これで胸の重みともおさらばだな」
胸の初代を取り外し、新型へ交換する。再び、胸に青白い光が灯った。
「コイツの出力は?」
『毎秒四ギガジュールです』
「初代の倍じゃん……やばいな」
時間と材料に余裕があるだけで、ここまで性能が上がるのか。流石にとんでもないものができてしまった。
……よくないことだが、ぶっちゃけオバディアが奪いたくなる気持ちも分かる。胸に収まる大きさの装置一つでこの出力なのだ。
「……これ、マジでエネルギー革命が起こるな」
『複数基を併用すれば、ヤヌス区全域の電力を賄うことも可能です』
「量産……いや、大型版の制作を検討しておくか」
本格的に電力供給へ使うとなれば会社を通す必要がある。大型版の開発も含めて、会社に復帰してから検討しよう。
さて、これで全て終わり……というわけにもいかない。
俺には一つ、どうしても頭から離れないことがあった。
またホロウに巻き込まれたら?
あんなところには、もう二度と入りたくない。絶対に嫌だ。でも、突発性ホロウなんてのは、こちらの都合を聞いてくれない。
だったら、次にまた巻き込まれても、今度はもっと簡単に帰ってこられるようにしておけばいい。
その結論から、Mark 2の設計が始まった。
Mark 1の欠点は山ほどあった。
重い、遅い、勢いがつくと満足に曲がれない。飛行性能は最低限、リパルサーは二門だけ、装甲材も、施設にあったものをそのまま使っただけだ。
だから、全部変えた。
装甲材を見直し重量を削減、外骨格を一から専用設計、関節可動域を拡大、姿勢制御用リパルサーを増設、両脚にも高出力推進器を搭載。
さらに肩部へ小型誘導ミサイル、腕部には対エーテリアス用の高出力リパルサー、センサー類も刷新、Brownieによる自動照準補正まで追加した。
Mark 1が生きて帰るための防護服だったとするなら、Mark 2は明確に対エーテリアス用の兵器そのものだった。
「…………」
完成した機体を前に、少しだけ引いた。
「やりすぎたか?」
『設計者からその発言が出るとは予想していませんでした』
「いや……だって」
強い。
地下でテスト用の模擬エーテリアスを相手にした試験では、複数目標を同時に捕捉。
リパルサー、ミサイル、飛行機動。そのすべてをBrownieが補助する。
俺自身に戦闘技術なんてない。それでもMark 2なら、もしまたエーテリアスに囲まれたとしても。
「……普通に全滅させられるな」
『対象の等級によります』
「ティルヴィングとかアルペカみたいな、一般的な個体なら?」
『十分可能です』
「怖……」
作ったの俺だけど、やりすぎだよなこれ……。
ただ、数々の改良の中でも俺が一番気に入ったものがあった。
それが飛行性能。
Mark 1では重さやバランスの都合上、浮くことはできても自在に飛び回ることはできなかった。
でもMark 2は違う。本当に飛べる。それもめちゃくちゃに速い。
「高度二千!」
『上昇』
身体が雲へ向かって突き抜ける。
「三千!」
『上昇』
「もっと!」
『推奨高度を超過します』
「まだいける!」
楽しかった。馬鹿みたいに楽しかった。
俺が空を飛んでいる。それも、自分で作った機械で。
しかも、飛行機に乗るんじゃなく、アイアンマンみたいに。
「Brownie!速度は!?」
『時速六百八十二キロ』
「最っ高!夢みたいだ!」
『ハレ様』
「何!?」
『外装温度が急速に低下しています』
「…………え?」
直後、右腕が動かなくなった。
「は?」
『右腕関節部凍結』
「え?」
『左脚推進器出力低下』
「待って」
『姿勢制御系異常』
「待って待って待って!」
身体が傾いた。次の瞬間。
墜ちた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
地面へ向かって、真っ逆さまに。
『外装への着氷を確認』
「氷結対策忘れてたぁぁぁぁ!!」
結局、予備系統を無理やり起動させ、高度四百メートル付近でようやく姿勢を立て直した。
……Mark 2と言えば氷結だったよな、完全に失念してた。
「……本気で、死ぬかと思った」
そして何とか家へ戻った俺は、Mark 2を見ながら十分ほど無言になった。
「…………Brownie」
『はい』
「Mark 3作ろう」
『予想していました』
Mark 3。
氷結対策、高高度飛行、姿勢制御、装甲配置、推進効率。
その全部を見直した。
そして、どうせもう一度作るなら、見た目にもこだわりたい。
「どうせなら、赤と金にペイントしよう」
『理由を』
「…………」
理由?……そんなもの。
「格好いいから?」
『……了解しました』
こうして、俺が前世で何度も見た姿に限りなく近い鎧が、少しずつ形になっていった。
その翌日、俺はMark 3の右腕部を組み立てていた。
テレビは点けっぱなしだった。作業中の静寂が嫌だったのだ。静かになると、嫌でもホロウの中にいた時を思い出してしまうから。
ニュースなんて聞いていない、少なくともそのつもりだった。
『――本日午後、ヤヌス区六分街近郊で共生ホロウ災害が発生しました』
その声が耳に届いた瞬間、手が止まった。
『現場周辺では複数の市民が巻き込まれた可能性があり、現在、治安局および災害対応部隊が――』
「…………」
ドライバーを置く。
画面を見る。
黒い球体、規制線、逃げる人、救助隊。
見慣れた、ニュースの映像。
「……大変だな」
呟く。
それだけだ。
俺には関係ない。
他の人がきっと、何とかする。
治安局がいる、防衛軍もいる、専門家もいる……俺にできることなんて、そんなの。
「…………そんなの」
そこまで考えて、息が止まった。
暗い空、歪んだ道路、エーテリアス、吹き飛ばされた軍人。
あの時地面に広がった、赤。
逃げた、転んだ。
死にたくない。
死にたくない。
……死にたくない。
「っ……!」
胸を押さえる。
アークリアクターの硬い感触が、手のひらに伝わる。
自然と、呼吸が速くなる。
「……違う」
『ハレ様?』
「大丈夫」
ニュースを見る。
『現在も内部には多数の要救助者が取り残されている可能性が――』
「…………」
俺には関係ない。
……そうだ、関係ない。
俺は救助隊じゃない。防衛軍でも、治安局でもない……ヒーローでもない。
俺はただの十六歳の技術者だ。
俺にできることなんて、何もない。
「…………」
視線が横へ向いた。
Mark 3が、まだ整備ラックに固定されている。
赤と金の外装が、嫌でも目を惹きつける。
そして、この右腕部を取り付ければ、もう完成だった。
飛べる、戦える、エーテリアスを倒せる、高濃度エーテル環境でも活動できる。
そんな救助にうってつけの装備が、目の前にある。
「…………」
できることなんてない?
……嘘だ、ある。俺にはある。
それでも胸が張り裂けそうになるほどに、怖い。
ホロウへ入りたくない。
もう二度と、あんな場所になんて行きたくない。
「…………」
ニュース映像の中。
泣いている人がいた。
規制線の向こうを見ながら、泣きながら誰かの名前を呼んでいた。
その瞬間、思った。
あの中に、いる。
あの時の俺みたいな人が、突然ホロウに飲み込まれて、何が起きたかすら分からなくて、いきなり怪物に追われて、どこが出口かも分からなくて。
ただ、死にたくないと思っている人が。
「…………クソ」
右腕部を手に取る。ラックへ歩み寄り、所定の位置に固定した。接続を確認して、最後のロックをかける。
『ハレ様』
「Mark 3、起動準備」
『目的地を』
「六分街近郊」
Brownieが一瞬だけ沈黙した。
『以前、「何があってもホロウには入らない」と記録されています』
「…………」
……そういや記録してたなコイツ。
「消しといて」
『承知しました』
ラックから、赤と金の鎧が起き上がった。
怖くないわけじゃない。むしろ、滅茶苦茶怖かった。六分街へ近づくほど引き返したくなった。
遠くにホロウが見える。あれを見るだけで、鼓動が速くなる。
あの時の恐怖と不安を、身体が覚えている。
それでも、速度は一切落とさなかった。
『ホロウ境界まで二千メートル』
「侵入経路を解析しろ」
『境界変動を解析。比較的安定した侵入可能地点を表示』
HUDに進路が出る。
規制区域の上空を一気に通過する。地上から何か通信が飛んできた。
『所属不明飛行物体へ告ぐ!直ちに――』
「ごめんなさい急いでるんで!」
即切った。
『通信を一方的に遮断しました』
「今は怒られてる暇なんてない!」
目の前に見えてくる、黒い壁。
ホロウ。
本当に怖い。本気で嫌だ。さっさと逃げたい。
……それでも。
「……行くぞ」
加速。
赤と金の機体が、ホロウへ飛び込んだ。
飛びながらホロウに入って、最初に見つけたエーテリアスは五体だった。
以前の俺なら即叫んで逃げていた。Mark 1を着ていても間違いなく逃げていた。
でも、今は違う。
『敵性反応五、飛行型エーテリアスを含みます』
「全目標ロック」
『完了』
HUD上で五つの赤いマーカーが固定されて、エーテリアスの一体がこちらへ襲いかかってきた。
右手を、前に掲げる。
「リパルサー」
閃光が走り、エーテリアスを貫通する。
コアを撃ち抜かれたエーテリアスが地面へ落ち、そのままエーテルが霧散して消えた。
残り四体。時間がない、さっさと片付けなくては。
『マイクロミサイル展開』
「二発」
『発射』
小さな光が空中を走り、細い煙が軌跡を残した。
二体に命中し、即座に爆発。
「次」
残り二体の場所まで、一気に高度を落とす。
一体の爪を紙一重で躱し、背後へ回り込んで、至近距離からリパルサーを撃ち込む。
残り一体、正面で、拳を振り上げてくる。
「遅い!」
肘に仕込んでおいたブースターで、拳を加速。すれ違いざまにコアに右拳を叩き込んだ。
拳に伝わる鈍い衝撃と共に、巨体が吹き飛んだ。
「…………」
その場で止まる。
『敵性反応、消失』
「……マジか」
エーテリアス五体を、ものの数十秒で。
Mark 1の時は一体に追われただけで死ぬほど怖かったのに。
まともに相手をする余裕すらなかったのに。
「Mark 3……強すぎない?」
『設計者はハレ様です』
「知ってるよ」
でも、喜んでいる暇はない。
「要救助者を探せ、とにかく広範囲を」
『周辺を走査』
反応が複数。周囲には、まだこんなにもエーテリアスがいる。
そして。
『前方三百二十メートル。人間が一名取り残されています』
「行くぞ!」
女の子だった。青みがかった黒髪でショートカットの、俺より少しだけ歳上のように見える普通の少女。
その子が、瓦礫の陰で小型端末を手に周囲を警戒している。
「大丈夫!?」
「えっ!?」
俺を見て固まった。
……まあ、当然だ。赤と金の目立つ人型金属物体が空から降ってきたのだから。
「……え、なんで空から……?えっと、知能構造体?」
「違――」
一瞬考える。
いや待て、今、正体をバラす必要あるか?勝手にホロウへ入り込んで、こんな兵器を使っていると世間に知られたら……リスクしかない。
「…………」
「?」
「……まあ、うん、そう」
「え?」
近くから、エーテリアスの咆哮。
「後ろ!」
「チッ!」
背後に向けてリパルサーを構える。
「そっちじゃない!右の路地!」
「え?」
「正面は空間が繋がってないの!右!」
反射的に従って右へリパルサーを撃った。
背後から来ていたはずのエーテリアスが、俺の直ぐ右隣で、胸に風穴を開けて倒れた。
「…………」
……今この子、ホロウの構造を?
「君、もしかしてプロキシ?」
一瞬、彼女の表情が固まった。
「……だったら?」
「最っ高!」
「え?」
助かった。考えなしに突っ込んできたせいで、人を見つけても出口まで案内する当てがなかったのだ。
「出口分かる!?」
「いきなり何!?」
「俺、ホロウの道分かんないんだよ!」
「その性能で!?今エーテリアス一撃だったでしょ!?」
「機械工学とホロウ探索は別分野なの!」
彼女は呆れたような顔をした。
「……分かった、今だけ案内するよ!」
「助かる!」
「その代わり、他の被害者を助けるのに協力して!」
願ってもない条件だった。
リンと名乗ったその女の子は、素人の俺にも分かるほど優秀なプロキシだった。
まるで最初からここの道を知っていたかのように、的確に進路を指示する。その案内のおかげで、何人もの被害者を助けることができた。
被害者の逃げ道も、彼女が外へと繋がる裂け目をいくつも見つけてくれたお陰で、いくらでも確保できた。
俺もあまり詳しくはないが、恐らく下手したらそこらの調査員なんて目じゃないレベルだと思う。
「次、左!」
「了解!」
『敵性反応二』
「無視して!七十メートル先に裂け目がある!」
「Brownie、推進器最大!」
『了解』
リンを抱えて飛ぶ。その先には、壁。
「そのまま!」
「壁あるけど!?」
「三秒後に接続が変わる!」
「そこまでわかるの!?」
三。
二。
一。
景色が歪む。
「今!」
「うおおおおお!」
突っ込んで、壁だった場所を抜ける。
次の瞬間、出たのは別の道路。リンを庇うようにして地面に転がり込んだ。
「怖っ!」
「前見て!来てる!」
「え?」
エーテリアス。
「うわっ!」
リンを左腕に抱えて、右手のリパルサーを反射的に撃つ。
青白い光と共にエーテリアスが吹き飛ぶ。
「……アンタのそれ、便利だよね」
「俺もそう思う!」
その先にまた被害者がいた。
親子であろう二人。母親と小さな男の子が瓦礫の下じきになっている。
「助けて!」
母親が俺を見た。
「お願い!この子だけでも!」
「…………」
その言葉が、棘のように刺さった。
「Brownie、瓦礫重量」
『推定三・二トン』
「外骨格の出力なら、持ち上がる?」
『問題ありません』
瓦礫に手をかけ、力を込める。
驚くほど簡単に、持ち上がった。
「今助ける!」
リンが二人を引っ張り出す。
引っ張り出された男の子が、呆然と俺を見ている。
「…………ロボット?」
「……まあ、うん」
……下手なことを言って正体がバレるのは、避けたいし。
「今はそれでいい」
次。そのまた次。
取り残された老人、怪我をした治安局員、逃げ遅れた店員、車内に閉じ込められた家族。
助ける、運ぶ、飛ぶ、戦う、また助ける。
その間にもエーテリアスはどんどん来る。
『敵性反応八』
「多いな」
「避ける?どうする?結構遠回りになっちゃうけど……」
リンが聞く。
「…………」
以前なら即答していただろう。即逃げると。
でも後ろには、リンと、救助した人たちがいる。いつ彼らの侵食反応が強くなるかもわからない状態で、遠回りするわけにもいかない。
「……全部倒す、少し待っててくれ」
空へ上がる。
八体が一斉に、こちらを見た。
『戦闘モード、起動』
HUDが赤色に切り替わる。
八つの目標を全部、ロック。
「Brownie」
『はい』
「行くぞ」
加速。
怖い、それは今になっても変わらない。
でも怖いからこそ、分かる。
後ろにいる人たちがどれだけ怖いのか、どれだけ不安なのか。
一体目、リパルサー。
二体目、ミサイル。
三体目、急降下して拳。
四体目、旋回して右手でぶん殴る。
五、六、七。
そして最後、正面から巨大な腕が迫る。
避けて、即座に照準。
「終わり!」
リパルサーの閃光とともに、巨体が倒れた。
『敵性反応、消失』
「…………」
静かになった。
後ろを見ると、人がいる。
怪我をしている人は何人かいるが、全員、生きている。
俺が、助けた。
「…………」
胸の奥で、何かが変わった気がした。
リンの案内で、最後の避難者をホロウの外へ送り出した。
まだ何か聞きたそうにしているリンにも、外へ出るよう促す。質問を受ける前に、俺自身は上空から境界を抜けた。
外、空、普通の空気。
前回これを見た時、俺は泣いた。
生きて帰れた、ただそれだけで嬉しかった。
でも今回は違う。
地上を見ると、救助された人たちが泣いている。抱き合っている。担架で運ばれている。……家族を探している人もいる。
そしてその内の何人かが空を見上げて、俺を指差している。
「…………」
ホロウ。俺は今までその災害について知っていたつもりだった。
年間何件、死者何人、行方不明者何人、経済損失、エーテリアス被害。全部数字で知っていた、知ったつもりになっていた。
でも、あそこにいたのは数字じゃない。
……一人一人、怖かったんだ。
俺と同じように、死にたくなかったんだ。家に帰りたかったんだ。
それなのに理不尽に、家も何もかもがホロウに飲み込まれる。
「…………」
前世で好きだった言葉がある。
『大いなる力には大いなる責任が伴う』
格好いい言葉だと思っていた。
映画の中で、ヒーローを奮起させる言葉。でも、俺には関係ないと思っていた。
……だって俺はヒーローじゃない。
怖がりで、死にたくなくて、自分を守るためだけに鎧を作った、ただの臆病者だ。
でも今は、力がある。人を助けられる力が。
今の俺には、ある。
「……Brownie」
『はい』
「俺、たぶんだけど」
ホロウから離れた上空で、宙に留まったまま振り返る。
怖い。
今だって入りたくない。できることなら一生関わりたくない。
でもあの中に、あの日の俺がいるのなら。
「……まだホロウに入るのは嫌だけど、知らないふりして見捨てる方が、もっと嫌かもしれない」
Brownieは少しだけ黙った。
『記録しますか?』
「…………はは」
少し笑う。
「して、お願い」
『記録しました』
ヒーロー。そんな大層なものになれるかは分からない。
トニー・スタークみたいに世界を背負えるとも思わない。
それでも、俺が助けられる人がいるのなら、その時くらいはこの鎧を着てもいい。
怖くても、震えても、逃げたくても、それでも。
飛べる羽があるのなら、飛ぼう。
その日の夜、俺は自宅のソファで頭を抱えていた。
「…………」
『ハレ様』
「…………やだ」
『ニュースをご覧になりますか?』
「嫌なものは嫌だ、見たくない」
『既に主要ニュースサイト十二社がMark 3について報道しています』
「見たくないって!」
『インターノット上でも急速に拡散しています』
「もっと見たくない!何て言われてるかわからないじゃん」
つけっぱなしのテレビ。
そこには思いっきり、赤と金のMark 3が映っていた。
『――本日、ヤヌス区六分街近郊で発生した共生ホロウ災害において、所属不明の人型知能構造体が多数の市民を救助しました』
「人型知能構造体……」
『――防衛軍の未発表新兵器ではないかとの情報もあります』
「違う」
『――一方、治安局が極秘運用している対ホロウ用知能兵器との推測も――』
「それも違う」
画面が切り替わる。
遠距離から撮影された映像だ。Mark 3がエーテリアスへ向けてリパルサーを撃つ。人を抱えて飛ぶ。瓦礫を持ち上げる……誰が撮ったんだよこれ。ホロウの中じゃん。
……けどこれ、どう見ても。
「…………アイアンマンじゃん」
『今のところ、検索結果に類似名称は確認できません』
「そりゃそうだよ!」
インターノットを見ると、もっとすごいことになっていた。
『“赤い知能構造体”』
『“治安局の秘密兵器”』
『“防衛軍の新型知能構造体”』
『“六分街の守護神”』
『“謎の飛行機械生命体”』
「最後の何だよ!」
『好意的な反応が多数です』
「問題はそこじゃない!」
匿名で誰にも知られずこっそりと、ちょっと人を助けて帰る。その予定だった。
なのにたった一日で、新エリー都中に謎の赤と金の知能構造体の噂が広まり始めていた。
「…………色、赤と金にするんじゃなかった……目立ちまくりだし」
『別の配色でも、同様の反応があったと推測します』
「でも、もうちょいマシだったかもしれないじゃん……!」
頭を抱える。
「Brownie」
『はい』
「これ……どうすればいいと思う?」
『一つ、提案があります』
「何?」
『名称を設定してはいかがでしょうか』
「…………なに?」
嫌な予感。
『現在、呼称が統一されていません』
「別にいいだろ、見せびらかしてるわけでもない」
『情報管理上、固有名称が存在した方が効率的です』
「Brownie」
『はい』
「まさかと思うけど、Mark 1の時からこの流れ狙ってた?」
『私はAIです』
「便利だなその言葉!くそっ!」
テレビを見ると、画面の中で赤と金の人型が空を飛んでいる。
前世で何度も見た姿。
憧れていたヒーローの姿。
「…………」
まさか自分が、こんなことになるとは。
「……アイアンマン」
『名称を登録しますか?』
「しない!」
『承知しました』
「絶対するなよ!」
『承知しました』
「…………」
『…………』
「Brownie?」
『はい』
「今、登録してないよな?」
『回答を控えます』
「おい!!」
こうして新エリー都に正体不明の知能構造体――
後に〝アイアンマン〟と呼ばれる存在の噂が、広まり始めた。