幻影旅団全員生存RTA   作:ワトソンくん

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表は普通の小説形式。裏はRTA(?)形式です。


第1話【表】「よーいスタート」

 ヨークシンシティは、九月に入ると空気が変わる。

 

 八月までの湿った熱が嘘のように引いて、ビルの隙間を抜ける風が薄く冷たくなる。表通りのネオンは相変わらず派手だが、裏路地に一歩足を踏み入れれば、その光は途端に届かなくなる。届かない代わりに、別のものが染み込んでいる。煙草の煙。錆。古い血。この街の裏側は、表が吐き出したものを全部受け止めて、それでもまだ腹を空かせている。

 

 その裏路地のさらに奥。

 

 歯抜けのように並ぶ廃ビルの一角に、三階建てのコンクリート箱が立っている。窓ガラスは半分砕けて、残った半分も埃と煤で曇っている。非常階段の鉄骨が錆で赤茶けている。

 

 三階。

 

 夕暮れの光が砕けた窓から斜めに差し込んで、床に積もった灰を橙色に染めている。遠くでサイレンが鳴っている。誰かが怒鳴っている。この街ではいつも誰かが怒鳴っている。

 

 その光と影の中で、世界最凶の犯罪組織が、暇を潰していた。

 

 ◆◆◆

 

 ウボォーギンが壁に背を預けて腕を組んでいる。背中が壁のコンクリートをわずかに抉っている。目を閉じていても、周囲の空気を完全に支配している。

 

 フィンクスがその隣で爪を削っている。削りカスが床に落ちる。

 

 ノブナガが刀を膝に置いて目を閉じている。背筋が伸びている。この男だけが、この廃墟の中で道場に座っているように見える。

 

 フランクリンが窓際で外を見ている。大きな背中が夕日を遮って、床に広い影を落としている。

 

 フェイタンが隅で本を読んでいる。表紙が逆さまだ。

 

 シズクが壁際に座って、デメちゃんの吸い込み口を布で拭いている。

 

 コルトピが黙って座っている。ボノレノフが布を纏って微動だにしない。

 

 パクノダがクロロの少し後ろに立っている。姿勢が静か。だが、目が部屋全体を見ている。

 

 マチがクロロの横で腕を組んでいる。

 

 シャルナークが携帯を弄っている。親指が画面の上を滑る速度が速い。

 

 クロロが中央の壊れたソファに座って本を読んでいる。

 

 そして、そのソファの横。

 

 床に直接座り込んで、何かを弄している青い頭の男が一人。

 

 ホームズ・モール。

 

 丸い顔。垂れ目がちのたぬき目。灰色の瞳。青い髪がぼさぼさに跳ねている。

 

 身長は、座っているウボォーギンの腿(ふともも)と同じくらいしかない。立っても、ウボォーギンの腰に届かない。旅団の中で最も小柄な、まるで子供のような体格をしている。

 

 左肩に蜘蛛の刺青。四番。

 

 今も、何か小さな布切れを折りたたんだり広げたりしている。

 

 床には、六羽の鶴が並んでいる。

 

 ◆◆◆

 

「……なあ」

 

 フィンクスが爪を削る手を止めた。

 

「おい、青いの。お前、本当に旅団員か?」

 

「うん」

 

「ふざけんなよ。まともな念も使えねぇ、剣も振れねぇ。ただの一般人以下だろ」

 

「うん」

 

「なんで団長がお前を拾ったんだよ。リスクだけだろ」

 

「暇だから」

 

「……は?」

 

「暇だったから、四番に入った。ずっと空いてたから」

 

 フィンクスが爪削りを握りしめた。

 

 指の関節が白くなる。

 

「……暇、だと」

 

 声が低くなった。

 

「こっちは命張ってんだ。お前の暇つぶしに付き合わされてたまるか」

 

 三秒。

 

 フィンクスが息を吐いた。

 

「昔の四番がいなくなってから、ずっと空番だっただろ。それなのにお前が入って、またいなくなりやがって。四番は呪われてんじゃねえのか」

 

「うん」

 

「うん、じゃねえよ」

 

 フィンクスが舌打ちした。

 

 モールが、少しだけ首を傾けた。

 

 呪われてる、か。

 

 布切れを折る手が、一瞬だけ止まった。

 

 それから、また折った。

 

「……チッ。まあいい。団長が連れてきたなら、今は黙っておいてやる。だが、何かあったら真っ先に切るからな」

 

「うん」

 

 ウボォーギンが目を大きく見開き、モールをじっと見た。

 

 そして、デカい手でモールの頭をポンポンと叩いた。

 

「おいモール。それ何折ってんだ」

 

 布切れが掲げられる。

 

「鶴」

 

「へぇ! 布で鶴折る奴いねえか! 面白えじゃねえか、好きにしろよ」

 

 ウボォーギンはそれだけ言って、また目を閉じた。

 

 クロロが本から目を上げた。

 

「モールは結果を出す。理由は問わない。それだけだ」

 

 フィンクスが口を閉じた。

 

 ◆◆◆

 

 クロロが本を閉じた。

 

「今夜、動く」

 

 空気が変わった。

 

 ウボォーギンが目を開けた。ノブナガが刀に手を置いた。フィンクスが爪削りをポケットにしまった。フェイタンが本を閉じた。

 

 パクノダがクロロを見た。マチが姿勢を変えた。シャルナークが携帯をしまった。シズクがデメちゃんを布で包んで立ち上がった。

 

「オークション会場を襲う。シャルナーク、警備配置。マチ、見張りの位置。ノブナガ、逃げ道」

 

「了解」

 

「フェイタン、フランクリン、シズク。会場内部の制圧」

 

「了解」

 

 クロロが一度息を吐いた。

 

「モール」

 

「ん」

 

 布切れを折ってた手が止まる。

 

「会場裏手の倉庫街。先行して確認してくれ」

 

「分かった」

 

 立ち上がる。

 

「あ、それと」

 

 振り返る。

 

「倉庫街の三番目の倉庫。入口の扉に、何か貼っといて」

 

「……は?」

 

 シャルナークが眉をひそめた。

 

「何か。紙とか。テープとか」

 

「……意味は?」

 

「暇だから」

 

「……はあ」

 

 シャルナークが溜息をついた。

 

「もういい。行け」

 

「うん」

 

 もう歩き出してる。

 

「じゃあ行ってくる」

 

「おい、話が」

 

「んー?」

 

 たぬき目。灰色の瞳。何も考えてなさそうな顔。

 

「……何でもない。行け」

 

「うん」

 

 窓から出た。三階の窓から。普通に。

 

 着地の音がした。

 

「いて」

 

 下から声がする。

 

「大丈夫かよ、モール!」

 

 ウボォーギンが窓から顔を突き出して、心配そうに覗き込んでいる。

 

「大丈夫」

 

「嘘だろ、今『いて』って言っただろ! 弱っちいなぁ!」

 

「大丈夫」

 

 ウボォーギンは苦笑いして、窓から手を振った。

 

 ◆◆◆

 

 夜。午後八時。

 

 倉庫街。

 

 オークション会場まで歩いて十五分。その裏手に、マフィアが使用する倉庫群が並んでいる。鉄の壁。錆。南京錠。地面に油の染み。空気の中に金属の匂いと、どこか甘い腐敗臭が混ざっている。

 

 ここはマフィアが「表の荷物」と「裏の荷物」を誤認しないよう、定期的に中身を入れ替える場所だ。そのため、三番目の倉庫のような端の部屋は、普段はほとんど使われない。

 

 モールは、三番目の倉庫の前に立っていた。

 

 扉を見る。取っ手を見る。取っ手の下を見る。

 

 ポケットから小さな筆と壺を取り出す。壺の中に透明な液体。筆に含ませて、扉の取っ手の下に、紙切れを貼り付ける。その上にペンキを塗る。

 

 紙が消えた。

 

 いや、消えたんじゃない。透明になった。触ればある。だが、見えない。

 

 三秒ほど、その「見えない何か」を眺める。見えないものを眺めている。

 

 頷く。

 

「うん」

 

 ◆◆◆

 

 倉庫街を出る。

 

 会場裏手の路地に入る。

 

 路地は狭い。両側の壁が迫っている。地面は濡れている。配管が漏れているのか、壁の根元が黒ずんでいる。

 

 モールは路地の入口で止まった。

 

 路地を見る。

 

 左の壁。右の壁。地面。角。

 

 角を曲がった先を見る。

 

 もう一つの角。

 

 その角の、地面。

 

 モールは歩いた。角を曲がった。もう一つの角の手前。

 

 地面に何かを置く。小さな人形。兵隊の格好をした、十五センチくらいの人形。

 

 人形を地面に置いて、しばらく見てる。

 

 それから、人形の向きを変えた。

 

 北を向いてたのを、東へ。

 

 角の方角。

 

 倉庫街へ続く方角。

 

「……よし」

 

 モールは人形から離れた。三歩。四歩。五歩。

 

 振り返る。

 

 人形は角の手前にある。この角を曲がって倉庫街へ向かう者は、必ずこの人形の横を通る。

 

 モールは頷いた。

 

 路地を出る。

 

 ◆◆◆

 

 午後八時十五分。

 

 会場裏手の路地。

 

 モールの耳に、足音が聞こえる。

 

 一つ。

 

 近づいてくる。

 

 手が止まる。

 

 曲がり角から、男が現れた。三十代。黒いスーツ。サングラス。念の気配がある。それも、かなり練られた念。素人じゃない。

 

 だが、男の足取りはどこかぎこちない。迷っている。倉庫街の方角を何度も振り返っている。

 

「……あの倉庫の件、確かめに来たが……」

 

 男が呟いた。

 

「……何もない。誰かのガセか」

 

 男が足を止めた。

 

 路地の隅に座り込んでいる、青い頭の小さな人間を見た。

 

 布切れを折っている。

 

「……何だ、てめえ」

 

 モールが手を止めた。見上げる。

 

「このエリアは封鎖中だ。関係者以外いねえはずだが」

 

「……」

 

「聞こえてんのか。誰だ」

 

「ん」

 

「ん、じゃねえ。所属を言え。マフィアか。オークションのスタッフか」

 

「……」

 

 モールが布切れをポケットにしまった。立ち上がる。

 

 男の目が細くなった。

 

「……答えねえってことは、部外者か」

 

 念が集まる。

 

「じゃあ消す」

 

 ◆◆◆

 

 男の念が放たれた。

 

 拳に集約されたオーラが飛んでくる。速い。

 

 モールは避けるべきコースを読んでいた。右へ一步。それだけで弾道から外れる。

 

 だが、モールの脚力が、それを許さなかった。

 

 一歩踏み出そうとした瞬間、太ももが攣り、体がもつれる。

 

「……っ!」

 

 回避しきれず、オーラの直撃は免れたものの、その衝撃波と風圧だけで、モールは壁に叩きつけられた。

 

 背骨が軋む。口から鉄錆の味が溢れる。

 

「ぬおっ」

 

 男が舌打ちする。

 

「……避けやがったか。いや、滑ったのか」

 

 二撃目。今度は広い範囲を薙ぐように。モールの逃げ道を塞ぐ角度。

 

 モールが路地の奥に走る。

 

 走った、というか、小走り。速くない。全然速くない。男の方が明らかに速い。

 

 だが、モールの足は迷いがなかった。

 

 角を曲がる。

 

 曲がった先。地面。

 

 小さな人形。兵隊の格好。十五センチ。さっき、ここに置いたもの。

 

 モールは人形を跨ごうとした。

 

 だが、足がもつれ、人形の頭を踏んでしまう。

 

「……っ!?」

 

 バランスを崩し、モールは地面に転倒する。

 

 男が角を曲がった。

 

「……何だこりゃ」

 

 男の視線が人形に注がれる。

 

 転がったモールの目前で、人形が動いた。男の靴の紐を、小さな手で引っ張った。

 

「なっ」

 

 男の体勢が崩れる。一瞬。本当に一瞬。

 

 その隙に、モールは壁に向き直り、ポケットから小さな懐中電灯を取り出す。壁に向ける。光が当たる。

 

 壁に「扉」が現れた。鉄製の、頑丈な扉。取手がある。蝶番がある。錆びた鉄の質感。

 

 ただし、見た目だけだ。触れば壁。押しても開かない。光が当たっている間だけ、視覚的に「扉」に見える。それだけ。

 

 モールは「扉」の陰に隠れようとした。

 

 だが、体が震えて動かない。先ほどの壁への激突で、肋骨にひびが入っている。

 

 男が顔を上げた。

 

「……扉?」

 

 手を伸ばしかけて、止まった。

 

「……凝(ぎょう)」

 

 男がオーラを目に集中させた。

 

 扉の輪郭が、わずかに揺らいだ。

 

「……偽物か」

 

 男が舌打ちした。

 

 見た目を変える。それだけか。だが、ただの幻覚じゃない。触れる。匂いもある。念でできている。

 

 ……こいつ、念能力者か。

 

 男が目を細めた。

 

「……ただの一般人じゃねえな」

 

 男がオーラの流向を追う。偽の扉の陰に隠れたはずのモールの気配が、角の先に伸びている。

 

「……偽物の扉に気を取らせて、反対側へ逃げるか。甘い」

 

 男が走る。

 

 モールの左手が、わずかに震えていた。

 

 懐中電灯をポケットに戻す。指先が冷たい。

 

 ……もう一つ、出そうとして、やめた。

 

 同時に使うだけの念が残っていない。

 

「チッ!」

 

 男が角を曲がる。

 

 だが、その足が止まった。

 

 足元。さっき踏まれた人形。再び動いた。男の靴の紐を、小さな手で引っ張った。

 

「しつこい!」

 

 男が蹴り飛ばす。人形が壁に激突して砕け散った。

 

 だが、その蹴りの風圧が、角を曲がろうとしていたモールの体を吹き飛ばした。

 

「ぐああっ」

 

 モールは地面を転がり、角の先の路地に放り出される。

 

 東へ。

 

 倉庫街へ続く方角へ。

 

 男が人形を見た。

 

「……執念深いな」

 

 人形を追わない。代わりに、念で探知を始めた。

 

「……あっちか」

 

 モールの気配。路地の奥。倉庫街の方角。

 

 男が走り出す。

 

 ◆◆◆

 

 倉庫街。

 

 男が倉庫街の入口に立った。

 

 鉄の壁。錆。南京錠。

 

「……ここに逃げ込んだか」

 

 男が倉庫街に入る。

 

 一番目。扉を開ける。中を見る。暗い。誰もいない。

 

 二番目。扉を開ける。暗い。誰もいない。

 

 三番目。

 

 扉に手をかけた。

 

 取っ手を握った。

 

「……?」

 

 違和感。

 

 取っ手の下に、何かある。見えない。だが、触れる。薄い紙のような感触。

 

 男が手を止めた。

 

「……凝(ぎょう)」

 

 オーラを目に集中させる。

 

 見えた。透明な紙。そこに、何か書いてある。

 

 男が紙を剥がした。透明化が解けた。

 

 紙に書いてあったのは。

 

『裏口は右』

 

 男が眉をひそめた。

 

「……何だこりゃ」

 

 罠か。誘導か。

 

 男が倉庫の右側を見た。裏口がある方角。

 

「……わざと見せてる。裏口には別の罠があるはずだ」

 

 男が紙を握りつぶした。

 

「……だが、こんな場所に紙を残すということは、『裏口に行けばお前を待っている』という宣言だ。罠などではない。確信犯だ」

 

 男は冷ややかに笑った。

 

「……なら、あえて裏口を行って、その『確信犯』を叩き潰す」

 

 男は裏口の扉に向かった。

 

 ◆◆◆

 

 倉庫の中。

 

 暗い。積み上がった木箱。埃。油の匂い。

 

 誰もいない。

 

「……」

 

 男が倉庫の中を歩く。念で探知する。

 

 いない。

 

 この倉庫にはいない。

 

「……いない。だが、気配は消えていない。……息を殺め、微動だにせず、床の軋みすら立てていないのか」

 

 男が目を閉じる。

 

 床の微かな軋み。透明なペンキが剥がれる音。

 

「……見つけた」

 

 男が振り返る。

 

 裏口の陰に、モールの姿があった。

 

 血を流しながら、壁にもたれかかっている。

 

「あ、いた」

 

 男が念を構えた。

 

「見つけたぞ」

 

「うん」

 

「……」

 

「でも、もういいや」

 

「……は?」

 

 男が裏口に飛びかかる。

 

 だが、モールの姿が、揺らぐ。

 

「……偽物か!」

 

 男が振り返る。

 

 だが、そこにも誰もいない。

 

「……上か?」

 

 男が天井を見る。

 

 だが、そこには誰もいない。

 

「……いない?」

 

 男が振り返った、その瞬間。

 

 天井の配管の陰から、透明な水滴が、正確に男の顔面へと落下した。

 

「……っ!?」

 

 目が見えない。

 

 何かが、目に貼り付いている。

 

 粘性のある、透明な液体。

 

「とうめいペンキ」の、別の使い方。

 

 天井に隠し、時限的に滴下させる罠。

 

 視界を、奪う。

 

「ぐあああ!」

 

 男が暴れる。だが、すぐに身を翻し、目を固く閉じた。

 

「視覚を封じるか。だが、俺の『円(えん)』の前では隠れられると思うな」

 

 男が「練」を高め、体の周囲にオーラを球状に放出し、張り巡らせる。

 

 半径三メートル。その範囲内のあらゆる気配を感知する高等技術。

 

「絶(ぜつ)」で気配を消していても、この「円」の前では、人間は黒い穴のようにくっきりと浮かび上がる。

 

 男が半径三メートルの範囲を索敵する。

 

 しかし、男の「円」が捉えたのは、足元で蠢く「おもちゃの兵隊」の微弱な気配だけだった。

 

「……絶で消しているのか? いや、違う。……最初から、この範囲にいない!」

 

 男が反射的に念を爆発させ、兵隊を払いのけようとした、その一瞬の隙。

 

「……よし」

 

 モールの声が、背後の裏口の外から聞こえた。

 

 モールは、敵が「円」を使うことを予測し、あらかじめ「円」の半径である三メートルの外側へ、物理的に退避していたのだ。

 

 前が見えず、囮に気を取られた男は、反射的に念を暴走させながら、裏口の扉を突き破って外へ飛び出した。

 

 そこは、倉庫の裏手。

 

 細い通路。

 

 男が振り返るが、まだ視界は戻らない。

 

「……どこだ!」

 

 男が走り出す。

 

 五メートル。

 

 三メートル。

 

 そのとき。

 

 男の足元が、突然崩れた。

 

「……っ!?」

 

 男が、地面に叩きつけられる。

 

 落とし穴。

 

 モールが、事前に仕掛けておいた罠。

 

 男が、穴の中から這い上がろうとする。

 

 だが、その頭に、何かが被さる。

 

 透明な板。

 

「とうめいペンキ」を塗った、厚い木板。

 

 穴の上から被せられ、地面と同じに見せかけられている。

 

 男は、暗闇の穴底で、透明な蓋に阻まれ、脱出不能となった。

 

「……くそ……」

 

 男が、唸る。

 

 モールが、穴の縁に立つ。

 

 血を流しながら、壁にもたれかかっている。

 

「……出てこれない。……そのままにしてて」

 

 モールはそれだけ言って、足を引きずりながら、倉庫街を出る。

 

 ◆◆◆

 

 午後九時。

 

 オークション会場。

 

 巨大なホール。シャンデリア。競売台。数百人のマフィア関係者、収集家、ボディガード。スーツ。香水。葉巻の煙。

 

 競売台に、フェイタンとフランクリンが立つ。

 

 二人とも、司会者の格好をしている。

 

 フェイタンが、マイクを握る。

 

「……皆様、お集まりいただき、ありがとうございます」

 

 フェイタンが、ゆっくりと口上を述べる。

 

「……本日は、特別なオークションをご用意いたしました。……どうぞ、お楽しみください」

 

 フェイタンが、フランクリンを見る。

 

 フランクリンが、ニヤリと笑う。

 

「……くたばりな」

 

 フランクリンが、指先を構える。

 

「……俺の両手は機関銃(ダブルマシンガン)」

 

 指先から、オーラの弾丸が放たれる。

 

 ダダダダダダダダダダッ! 

 

 無差別の掃射。

 

 競売台が砕ける。シャンデリアが落ちる。マフィアの構成員が、悲鳴を上げる間もなく、オーラの弾丸に撃ち抜かれていく。

 

 血が飛ぶ。肉が裂ける。骨が砕ける。

 

 会場の床が、赤く染まっていく。

 

「……はい、終わり」

 

 フランクリンが、指先を止めた。

 

 静寂。

 

 数百人のマフィア関係者が、床に伏している。

 

 生き残りは、いない。

 

 シズクが、デメちゃんを抱えて競売台に上がる。

 

「……あ、掃除しなきゃ」

 

 シズクが、デメちゃんの吸い込み口を、床に向ける。

 

「……デメちゃん、吸って」

 

 デメちゃんが、死体を吸い込む。

 

 血を吸い込む。

 

 ついでに、椅子も吸い込む。

 

「……あ、ごめん。吸いすぎた?」

 

「……いい」

 

 シズクが、デメちゃんの吸い込み口を止める。

 

 競売台が、きれいになる。

 

 フェイタンが、金庫の残骸を蹴る。

 

 空っぽ。

 

「……空っぽ」

 

 フェイタンが、舌打ちする。

 

「……誰かに、先を越された」

 

 ◆◆◆

 

 廃ビル。

 

 クロロが、携帯を耳に当てる。

 

「……商品は?」

 

「……ない。空っぽだ」

 

「……そうか」

 

 クロロが、一度目を閉じる。

 

「……気球で逃走しろ。マフィアを引きつけろ」

 

「了解」

 

 ◆◆◆

 

 午後十時。

 

 ヨークシンの郊外。

 

 気球の離陸地点。

 

 ウボォーギンが、気球の準備をしている。

 

 マチ、ノブナガ、シャルナーク、フェイタン、フランクリン、シズクが、気球に乗る準備をしている。

 

 その時。

 

 路地の奥から、足音が聞こえる。

 

 一つ。

 

 遅い。

 

 引きずるような足音。

 

 ウボォーギンが、振り返る。

 

 モールが、路地の奥から現れた。

 

 顔色が悪く、壁にもたれかかりながら、ゆっくりと歩いてくる。

 

「……モール!」

 

 ウボォーギンが、駆け寄る。

 

 モールを、抱き上げる。

 

「……てめえ、どうしたんだよ! 血だらけじゃねぇか!」

 

「……大丈夫。……応急処置は、した」

 

「大丈夫じゃねえよ! 肋(あばら)折れてんのか!? ちっ、無理すんなよ。俺が乗せてってやるよ」

 

「うん」

 

 ウボォーギンが、モールを気球に乗せる。

 

「……団長! モールが怪我してる!」

 

 シャルナークが、携帯を構える。

 

「……了解。……気球で逃走しろ」

 

 ウボォーギンが、気球に乗り込む。

 

 モールの隣に座る。

 

「……おいモール。落とされんじゃねえぞ」

 

「うん」

 

「……弱っちいなぁ」

 

「うん」

 

 ウボォーギンが、笑う。

 

 その時。

 

 気球に、衝撃が走る。

 

 マフィアの攻撃。ロケット弾。

 

 気球の布が、炎に包まれる。

 

「……ちっ」

 

 ウボォーギンが、立ち上がる。

 

「……落ちるぞ」

 

 気球が、傾く。

 

 モールが、布切れを落としてしまう。

 

 ウボォーギンが、モールの腕を掴む。

 

「……離すんじゃねえ」

 

「うん」

 

 気球が、郊外の荒野へ、墜落していく。

 

 ◆◆◆

 

 荒野。

 

 気球の残骸。炎。

 

 ウボォーギンが、単身でマフィアと陰獣を相手にしていた。

 

 圧倒的な暴力。

 

 ビッグバンインパクトが、地形を変える。

 

 マフィアの構成員が、陰獣の精鋭が、次々と倒れていく。

 

 ウボォーギンは、全てを蹂躙した。

 

 だが、その体に、ヒルが這い回っている。

 

 体内へ送り込まれたヒル。

 

 ウボォーギンは、それを意に介さない。

 

「……すっきりしたぜ」

 

 ウボォーギンが、満足げに、げっぷをする。

 

 その時。

 

 鎖が、伸びてくる。

 

 ウボォーギンが、気づく間もなく。

 

 鎖が、ウボォーギンの体に、巻き付く。

 

「……ぐっ……!?」

 

 ウボォーギンの念が、封じられる。

 

 鎖が、ウボォーギンの体を、闇の中に引きずり込んでいく。

 

 車。

 

 車が、猛スピードで逃走する。

 

 ウボォーギンの体が、引きずられていく。




指摘や、「ここはこうした方がいい」などのアドバイスをいただけると嬉しいです!
率直な感想や改善案も大歓迎です。よろしくお願いします!
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