東門を出て、いつもの林縁へ向かった。今日の依頼は薬草の追加採取と、周辺で新しい魔物の気配がないかの見回りだった。昨日見た「二人以上推奨」の依頼とは別で、いつもの採取場所の周辺だけを回る仕事だ。魔物を見つけても討伐する必要はなく、距離を取って報告すればいい。
数をこなすだけの単純な仕事だが、依頼票には「近隣で通常より活発な魔物の目撃報告あり」と一言添えられていた。木立の中へ入ると、いつもより空気が張っている気がした。石川草の群生地へ着き、日当たりの違いで葉を分けながら摘んでいく。手を動かしながら、耳だけは周囲へ向けていた。
しばらくして、少し先の茂みの向こうから、複数の足音と、押し殺した話し声が聞こえてきた。依頼が重なったのだろうか。俺は袋の口を縛り、音のする方へゆっくりと近づいた。
◆
木立の切れ目に、四人組の姿があった。革鎧に身を包んだ、恐らくは同格か少し上の冒険者たちだ。三人が半円を描くように武器を構え、その中心に、一人だけ異質な男が立っていた。
長い銀髪。片側の肩当てに、翼を模した装飾が大きく取り付けられている。腰には反りの強い剣。今の俺から見ても、明らかに手入れの行き届いた装備だった。
男は目を閉じ、じっと動かずにいた。やがて、その唇が動いた。
「……見えるぞ」
低く、芝居がかった声だった。
「東の下草、二体。片方は左脚を負傷している。逃げ場を探して、じきにこちら側へ回り込む」
「左脚ですね?フィロス様」
三人のうち一人、実直そうな女が問い返す。
「私の目に狂いはない」
男――フィロスは目を開き、剣の柄へ手をかけた。
「お前たちは西を塞げ。獲物は、私が仕留めてやろう」
三人が指示された位置へ散る。
しばらくして、東の下草が大きく揺れ、灰色の体毛を持つ中型の魔物が二体、飛び出してきた。一体は、確かに左の後脚を庇うように動きが鈍い。フィロスは剣を一閃させ、健全な方の一体を的確に斬り伏せた。もう一体は、待ち構えていた女が短槍で仕留める。
あっという間に決着がついていた。位置も、数も、負傷の箇所まで、すべて言い当てた通りだった。フィロスは左脚を庇っていた方へ歩み寄ると、剣を下げたまま、その傍らへしゃがみ込んだ。傷のある脚へ顔を寄せたあと、片手で耳を持ち上げ、今度は首筋の毛をかき分けている。
何を確かめているのかまでは分からない。
やがて立ち上がるときも、もう一度だけ倒れた魔物へ目を落とした。俺は木の陰から、それを見ていた。
◆
「そこの」
声をかけられ、俺は姿勢を正した。いつの間にか、フィロスがこちらを向いていた。剣を鞘へ収めながら、値踏みするような目で俺の頭から足先までを見る。
「隠れて見ていたのか」
「見えてしまっただけです。物音がしたので」
俺は素直に答えた。フィロスは俺の革当てと、簡素な採取袋へ視線を留めた。
「その装備……石級か」
「はい」
「一人か」
「はい」
「ふん」
鼻を鳴らし、フィロスは俺の前を一歩、二歩とゆっくり回った。
「こんな下草の中で、一人で薬草を摘んでいるとはな。……随分と、地味な生き方をしているようだ」
「あはは……恥ずかしながら性に合っているので」
「性に合う、か」
フィロスは口の端を歪めた。
「私は、見えるべきものが見える。だからこそ、こうして獲物を狩れる」
男は先ほどの一撃を思い出すように、自分の手のひらを一度見た。
「お前には、見えるか」
「いえ。残念ながら俺には何も見えません」
俺は正直に答えた。それから、少し肩をすくめてみせる。
「せいぜい、日当たりで葉の硬さが変わるのが分かる程度です」
「葉の硬さ」
フィロスは呆れたように繰り返した。
「そんなものが、何の役に立つ」
「薬師さんには、多少喜ばれますよ」
「くだらん」
吐き捨てるように言い、フィロスは背を向けかけた。
だが、そこで足を止め、もう一度こちらを振り返る。
「お前、悔しくはないのか」
「何がですか」
「私に、そう見下されて」
俺は少し考えるふりをした。
「悔しい、というより……お強いんだな、とは思いました」
「それだけか」
「それだけです」
実際、それ以上のことは何も感じていなかった。強い相手を強いと言った。それだけの話だ。
フィロスは、しばらく無言で俺を見ていた。
「路傍の石に、用はない」
興味を失ったように吐き捨て、フィロスは剣の鞘を軽く鳴らしながら歩き出した。三人のパーティメンバーが、それぞれ武器を収めながら後に続く。先ほど負傷個体の位置を確かめていた女が、通り過ぎ際、俺へ小さく頭を下げた。何かを詫びるような、申し訳なさそうな仕草だった。
一人、寡黙そうな大柄な男は、俺には目もくれず先へ進んでいく。最後尾を歩いていた、まだ若い痩せた青年が、フィロスへ小声で話しかけているのが聞こえた。
「フィロス様。あの者、放っておいてよろしかったのですか」
「石ころの心配などする必要はない」
フィロスの声には、もう俺への関心のかけらもなかった。四人の足音は、そのまま木立の奥へ遠ざかっていった。
◆
足音が完全に聞こえなくなってから、俺は袋の口をもう一度確かめ、石川草の群生地へ戻った。摘み残していた葉を、日当たりの弱い側から順に取っていく。
――面白い奴だったな。
侮られたことより、そちらの方が先に胸へ残った。位置も、数も、負傷の箇所まで、迷いなく言い切って剣を振るう。あの確信の強さは、演技でも虚勢でもなさそうだった。
何かに憧れた坊ちゃんなのか、それとも本物の実力者なのか。今の俺には知りようもない。
それでも、また会うことがあれば、もう少し近くで見てみたい気はした。依頼票にあった目撃報告が、先ほどの二体のことだったのかは分からない。周囲を一通り見回っても、それらしい痕跡は他になかった。俺は袋を担ぎ直し、街への帰り道を歩き出した。