明日も、ダンジョンへ。   作:為書結依

34 / 34
第34話 身体に合うもの

 

 朝、目を覚ますと、俺はしばらく天井の木目を眺めていた。隣の部屋に、昨日までいなかった人がいる。それだけのことが、妙に意識へ引っかかった。身支度を整え、階段を下りる。

 

 一階の食堂へ足を踏み入れると、土間の方から、箒の穂先が床を擦る乾いた音が聞こえてきた。厨房では女将が大鍋へ火を入れている。その手前、まだ朝の光が薄く差し込むだけの土間で、ヴェラが竹箒を動かしていた。灰色の服のまま、壁際から戸口へ向かって、一定の幅で埃を集めている。

 

 ゴミを散らさず、物へ当てず、音もほとんど立てない。手順に迷いはなかった。ヴェラは俺に気づくと、竹箒を止めて丁寧なお辞儀をした。

 

「おはようございます、ノワール様」

 

「おや、おはよう、ノワール」

 

 女将もこちらへ気づき、それからヴェラへ声を飛ばした。

 

「ヴェラ。もういいって言っただろ」

 

 箒の動きが止まった。ヴェラは竹箒を胸元へ引き寄せ、女将へ向き直った。

 

「……ですが、手が空いている時は、周囲を整えるよう教えられております」

 

「誰にだい」

 

 ヴェラは一瞬だけ黙った。

 

「以前の家で、です」

 

「ここじゃ頼んでないよ」

 

 女将は濡れた手を布巾で拭きながら、土間へ出てきた。

 

「部屋代も飯代も、ちゃんともらってるんだ。朝っぱらから働かれたら、あたしの方が居心地悪いよ」

 

「……では、何をすればよいでしょうか」

 

「何もしなくていい。朝飯ができるまで座ってな」

 

 女将は空いている椅子を顎で示した。ヴェラはすぐには動かなかった。

 

「……座って待つことが、現在の指示でしょうか」

 

「そうだよ」

 

「承知しました」

 

 箒を元の場所へ戻し、ヴェラは壁際の席へ腰を下ろした。背筋は伸びたまま。両手は膝の上。休んでいるというより、次の指示を受ける姿勢だった。

 

 俺は向かいの椅子を引いた。

 

「おはようございます、ヴェラさん。よく眠れましたか」

 

「はい、ノワール様」

 

 ヴェラはすぐに顔を上げた。

 

「室温、寝具、施錠状態に問題はありませんでした。夜間の物音も、行動に支障をきたす程度ではありません」

 

「そうですか」

 

 答えは間違っていない。ただ、眠れたかどうかより、部屋の使用報告に近かった。

 

「右足首から脛にかけて、今も痛みはありますか」

 

「歩行可能です」

 

「歩けるかではなく、痛みの有無を」

 

 ヴェラの返事が止まった。右手の指が、膝の上でわずかに揃え直される。

 

「……あります」

 

「昨日より強いですか、弱いですか」

 

「弱いです」

 

「分かりました。朝食の後、もう一度確認しましょう」

 

「承知しました」

 

 女将が湯気の立つ木椀を二つ運んできた。野菜と塩肉を煮込んだスープと、黒パンの籠が卓へ置かれる。ヴェラの前には、昨夜自分で選んだ厚手の湯呑みがあった。荒い筋の入った表面へ指を添え、ヴェラは女将の動きを待っている。

 

「パンは二枚が普通だよ。足りなきゃ足す。ヴェラ、あんたはどうする」

 

 ヴェラは俺を見た。

 

「……ご指定をお願いします」

 

 間髪を入れずに返ってきた。女将が俺の顔を見る。俺も女将を見る。まだ朝だというのに、すでに少し面倒だった。

 

 こちらで二枚と決めれば、話はすぐ終わる。

 

「昨日、訓練場で動いた後、夕食は足りましたか」

 

「はい」

 

「今朝は、昨日の夕食前よりお腹が空いていますか」

 

「……同程度です」

 

「では、二枚で足りそうですか。それとも、三枚あった方が安心ですか」

 

 ヴェラはパンの籠を見た。次にスープを見る。それから、自分の腹元へ一瞬だけ視線を落とした。

 

「スープと一緒であれば、二枚で足りると思われます」

 

「分かりました。まず二枚にしましょう。足りなければ、後でもらえばいいです」

 

「承知しました」

 

 女将がパンを二枚、ヴェラの皿へ載せる。

 

「食ってみなきゃ分からないこともあるんだからね」

 

「はい」

 

 ヴェラはパンへ目を落とし、小さく頭を下げた。食べ始めてからの動きは静かだった。パンを同じ大きさにちぎり、スープへ浸し、一定の速さで口へ運ぶ。半分ほど食べたところで、女将が尋ねた。

 

「どうだい。足りそうかい」

 

 ヴェラの手が止まる。

 

「現時点では、残量から見て完食可能です」

 

「足りるかって聞いたんだよ」

 

「……不足はしないと思われます」

 

「なら、それでいいよ」

 

 女将は肩をすくめ、厨房へ戻っていった。ヴェラはしばらくその背中を見てから、またパンをスープへ浸した。何気ない朝食だけで、これだけ言葉が要る。俺は何も言わず、スープを口へ運んだ。

 

◆

 

 朝食を終えて少し経った頃、宿の扉が開いた。

 

「おはようございます、ノワールさん。ヴェラさん」

 

 エルザだった。髪際には、リンが白い雫のように収まっている。自分の宿で朝食も身支度も済ませてきたらしく、革胸当ての留め具まで整っている。腰の短剣も、いつもの位置からずれていない。

 

「おはようございます、エルザ様」

 

 ヴェラがすぐに立ち上がった。

 

「座ったままで良いですよ」

 

 エルザが椅子を示す。ヴェラは一礼し、座り直した。エルザは俺の隣へ腰を下ろすと、鞄から帳面を取り出した。

 

「本日は、右脚の状態確認と、〈鉄床亭〉での装備選定を行います」

 

「承知しました」

 

「ヴェラさん。今朝の痛みについて、ノワールさんへ申告しましたか」

 

「はい」

 

「内容を私にもお願いします」

 

 ヴェラは先ほどと同じ説明を繰り返した。

 

 右足首の内側。脛の下部。昨日より弱い。歩行は可能。

 

 エルザは一つずつ帳面へ書き込んでいく。

 

「長く立っている時と、方向を変える時では、どちらが強く痛みますか」

 

「方向を変える時です」

 

「右へ向きを変える時と、左へ向きを変える時では」

 

「右です」

 

「盾を持っている場合と、持っていない場合では」

 

「盾の重量と保持位置によります」

 

「では、昨日使った二種類の盾に限定します。重い盾と軽い盾では」

 

「軽い盾の方が、痛みは少ないです」

 

「保持時間は」

 

「軽い盾の方が長く維持できます」

 

 俺は黙って二人のやりとりを見守っていた。エルザは迷いなく問いを細かくしていく。俺なら、少し待つところかもしれない。

 

 けれど、待たれることが、いつも相手を楽にするとは限らない。ヴェラの返答は硬いままだったが、先ほどより迷いは少なかった。

 

「右脚への負担を減らすことを優先する場合、軽い盾が適していると考えてよいですか」

 

「はい」

 

 エルザが記録しようとする。

 

 その時、ヴェラの視線が一度だけ帳面から逸れた。ほんの一瞬だった。

 

「ヴェラさん」

 

 俺が声をかける。

 

「何かありますか」

 

「……ご質問の範囲では、以上です」

 

 隠しているというより、聞かれていないことを答えてよいのか分からないのだろう。エルザもペンを止めた。

 

「では、質問を変えます」

 

 エルザは少し考え、帳面を閉じた。

 

「軽い盾が不利になる場所、または状況はありますか」

 

 ヴェラはすぐには答えなかった。右手の親指が、左手の甲を一度押す。

 

「正面から大きな圧力を受け続ける場合、軽い盾では保持できる時間が短くなります」

 

「他には」

 

「……味方の退路を一時的に塞ぐ壁として使用する場合、面積が不足します」

 

「なるほど」

 

 エルザは再び帳面を開いた。

 

「では、軽い盾だけを常用することが最適とは限りませんね」

 

「はい」

 

「先ほど、なぜその点を申告しなかったのですか」

 

「質問が、右脚への負担についてであったためです」

 

 エルザの指が止まった。責めるような表情ではなかった。ただ、答えの範囲を確かめているように見えた。

 

「質問されていない事項でも、装備選定や安全に関係することであれば申告してください」

 

「承知しました」

 

「今後は、そのようにできますか」

 

「……ご命令であれば」

 

 エルザは一度だけ目を伏せ、それから帳面へ視線を戻した。

 

「分かりました。では、現時点ではそれを指示として出します」

 

「承知しました」

 

 エルザは帳面へ一行書き足した。自発的な申告にはなっていない。

 

 それでも、今は申告する形を先に作るしかないのかもしれなかった。

 

「今日は、そこまでで十分でしょう」

 

 俺が言うと、エルザは俺を見た。

 

「まだ確認可能な項目はあります」

 

「店で実際に持ってからでも遅くありません。朝から全部聞かれると、ヴェラさんも疲れるでしょう」

 

 ヴェラがすぐに口を開いた。

 

「私は継続可能です」

 

「ヴェラさんが続けたいと思っているのですか?」

 

 少し意地悪な質問だ。だが答えが気になった。

 

 また返事が止まる。エルザはヴェラを見て、それから帳面を閉じた。

 

「では、残りは実物を用いて確認します」

 

「承知しました」

 

 残りは、店で実物を持ちながら確かめることになった。

 

◆

 

 宿を出て、大通りへ向かう。俺とエルザが少し前を歩き、ヴェラが少し後ろをついてくる。歩調を合わせるように言っても、しばらくすると元の位置へ戻った。

 

「ヴェラさん。横へ並んで構いませんよ」

 

「わかりました。では、今後はそのように隊列を組みます」

 

「隊列ではなく、三人で歩いているだけです」

 

 ヴェラは黙った。俺は歩幅を落とし、ヴェラの横へ並んだ。そうすれば、少なくとも並んで歩く形にはなる。エルザも少し速度を緩めた。

 

「ヴェラさん」

 

 エルザが前を向いたまま言った。

 

「平地での移動時は、ノワールさんの右側を歩いてください。段差や混雑がある場合は、歩きやすい位置へ変更して構いません」

 

「承知しました」

 

 ヴェラはすぐに俺の右側へ位置を変えた。なるほど。基本位置が決まると、足取りはすぐに戻った。

 

「曖昧な自由行動を求めるより、基本位置と変更条件を明示した方が負担は少ないと判断しました」

 

「ええ。俺もそう思います」

 

◆

 

 〈鉄床亭〉の重い扉を押すと、防錆油と革、金属の匂いが鼻へ入った。作業台の奥から、店主が顔を上げる。

 

「いらっしゃい。ノワールにエルザか。今日は三人か。何だ」

 

「彼女の装備を相談したくて来ました。こちらはヴェラさんです」

 

 俺がヴェラを示すと、店主の視線が肩、腕、腰、右脚へ順に落ちた。

 

「短槍と盾か」

 

「はい」

 

「右脚を痛めてるのか?」

 

「はい。右足首から脛にかけて、機能低下があります」

 

「隠さねえのはいい」

 

 店主はヴェラが持ってきた盾へ顎を向けた。

 

「今使ってる盾も見せてみろ」

 

「はい」

 

 ヴェラが、昨日〈鎖の館〉で契約装備へ加えた軽い木張りの盾を外して差し出す。店主は縁を指でなぞり、革帯を引いた。裏返し、持ち手の位置を確かめる。

 

「盾そのものは悪くねえ。ただ、持ち手が合ってないな。腕が遊ぶ」

 

「調整は可能ですか」

 

「できるに決まってるだろ。まず動きを見せろ」

 

 店主から盾を返され、ヴェラは左腕へ通した。構え、短い木棒を槍に見立てて突く。前へ出る動きは滑らかだった。右へ向きを変えた時だけ、右膝がわずかに揺れた。

 

「痛みは」

 

 エルザが尋ねる。

 

「あります」

 

「どの動作で」

 

「右足を軸に、身体を右へ回した時です」

 

「保持そのものは」

 

「問題ありません」

 

「痛みはありませんか」

 

「軽度です」

 

 エルザはすぐに言葉を修正させる。ヴェラも反論せず、答え直す。店主が棚から縦に長い盾を持ってきた。下端を地面へ預けて使える作りで、見た目ほど全ての重さを腕と脚だけで支える必要はないらしい。

 

「次はこっちだ」

 

 ヴェラが長盾を受け取る。下端を床へ預け、盾の陰へ身体を入れる。さっきより右脚へ体重を載せずに構えられているように見えた。

 

「こちらは」

 

「静止状態では、右脚への負担が少ないです」

 

「では、こちらの方が適していますか」

 

「はい」

 

 答えは早かった。

 

「ヴェラさん」

 

「はい」

 

「その盾に、使いにくいところはありませんか」

 

 ヴェラは長盾を構えたまま黙った。

 

「……あります」

 

「どこでしょう」

 

「段差のある場所では、下端が引っかかります。狭い通路では、方向転換が遅れます。接地できない足場では、重量がそのまま腕と左脚へかかります」

 

「それでも、こちらの方が適していると答えたのはなぜですか」

 

「エルザ様の質問が、静止時の右脚への負担を基準としていたためです」

 

 店主が鼻を鳴らした。

 

「なるほどな。聞かれたことしか答えねえのか」

 

「はい」

 

「それで前に立つのは危ねえぞ」

 

 ヴェラは反論しなかった。ただ、盾の取っ手を握る指へ少し力が入った。店主はふと、ヴェラの手元へ目を落とした。

 

「……その手、槍だけでついた皮じゃねえな」

 

 ヴェラの指が止まった。

 

「盾の縁も、素手で受けてきたか」

 

 答えを待つ声ではなかった。店主は棚から使い古した革の手袋を一組取ると、無造作にヴェラの前へ置いた。

 

「やるよ。倉に転がってただけの物だ。捨てるほどでもねえから持ってけ」

 

 ヴェラは革手袋と店主を交互に見た。

 

「……頂いてよろしいのですか」

 

「やると言ったんだ。要らなきゃそこに置いていけ」

 

 店主はすでに次の作業へ視線を移していた。ヴェラは少しの間、手袋を見下ろしていた。それから俺の顔を見る。俺が頷くと、ヴェラは両手で手袋を自分の膝の上へ置いた。

 

 エルザが店主へ向き直る。

 

「用途を分ける場合、両方を持つことは現実的ですか」

 

「荷物が増える。毎回二枚持ち歩く気なら止めねえが、今の足には勧めん」

 

「では、軽量盾を基本とし、長盾は防衛条件が明確な依頼でのみ借りる、または準備する運用が適切でしょうか」

 

「そうだな。まずは丸盾だ。動ける範囲を減らさない道具を選べ」

 

 エルザはヴェラへ向き直った。

 

「軽量中型丸盾を基本装備とし、長盾は必要時の選択肢として残す。この方針で問題がありますか」

 

「ありません」

 

「望ましいですか」

 

 ヴェラの返事が止まった。

 

「……問題はありません」

 

 エルザは少しだけ待った。

 

「今の質問は、適否ではなく、ヴェラさん自身にとって望ましいかどうかです」

 

「ご判断に従います」

 

 答えは戻った。エルザは少し考え、問いを変えた。

 

「では、軽量盾と長盾では、どちらの方が自分の役割を長く続けられますか」

 

「軽量盾です」

 

「どちらの方が、現在の身体に合っていますか」

 

「軽量盾です」

 

「では、それを基本装備とします」

 

「承知しました」

 

 店主は軽い盾をもう一度受け取り、内側の革帯へ指を当てた。

 

「持ち手を少し詰める。腕が泳いでる。短槍は柄尻へ重りを足すより、前を軽くした方がいいな。足首は革帯で横振れだけ抑える。固めすぎると逆に転ぶ」

 

「お願いします」

 

 俺が答える。店主は紙片へ金額を書き、こちらへ見せた。安くはない。昨日の頭金を思えば、余裕があるとも言えなかった。

 

 それでも、払えない額ではない。エルザも一度数字を確認し、頷いた。

 

「この内容でお願いします」

 

 店主は軽い盾と短槍を手元へ引き寄せた。

 

「こいつと短槍は夕方まで預かる。調整しておく」

 

「お願いします」

 

「このあと稽古するなら、そこの木槍と木盾を持っていけ。仕上がるまでの代わりだ」

 

 店主は壁際の訓練用装備を指した。

 

「借り物だ。壊すなよ」

 

「承知しました」

 

 ヴェラがすぐに答えた。

 

◆

 

 店を出ると、朝の光はすでに高くなっていた。ヴェラは借りた木盾を抱え、木槍を手にしている。

 

「ノワール様、エルザ様。少しよろしいでしょうか」

 

「はい」

 

「私の装備へ、これほどの費用を割いていただく必要はありません。既存の装備でも、当面の運用は可能です」

 

「必要があるから用意しています」

 

 エルザが即答した。

 

「装備を身体に合わないまま使えば、右脚への負担が増えます。結果として、私たち全員の危険が増えます」

 

 反論できないヴェラに、エルザは言葉を続ける。

 

「装備費は、パーティー全体の安全費用です。ヴェラさん一人のためだけではありません」

 

「……承知しました」

 

 ヴェラはそれ以上言わなかった。俺なら、もう少し別の言い方をしたかもしれない。

 

 けれど、エルザの答えは間違っていない。罪悪感ではなく、役割と安全の話へ戻した。ヴェラにとっても、その方が受け取りやすいように見えた。

 

「ヴェラさん」

 

 俺は二人の横へ並んだ。

 

「今日、いくつも教えてもらえて助かりました」

 

「私は、問われた事項へ回答しただけです」

 

「それでもです」

 

 ヴェラはしばらく黙っていた。

 

「……承知しました」

 

 まだ、それ以上の言葉は出なかった。

 

◆

 

 職人区の外れにある稽古場へ入る。ドランは腰掛けに座り、片刃剣の手入れをしていた。俺たち三人を見ると、油布を動かす手を止めた。

 

「連れが増えたな」

 

「昨日、〈コンパス〉へ仮登録したヴェラさんです」

 

 ヴェラが一歩前へ出て、深く頭を下げた。

 

「ヴェラと申します。短槍と盾を使用します」

 

 ドランは返事をせず、ヴェラの右脚と、抱えている木盾を順に見た。

 

「構えろ」

 

 何もお願いしていないのに確認してくれるらしい。流石は師匠だ。

 

「俺の師匠がヴェラさんの動きを見てくれるそうです。稽古の間は、ドランさんの指示に従ってください」

 

「承知しました」

 

 ヴェラはすぐに盾を左腕へ通し、木槍を右手に取った。動きに迷いはない。役割を与えられれば、身体がすぐに反応する。ドランはしばらく見た後、顎を動かした。

 

「盾を置け」

 

 ヴェラの動きが止まった。

 

「……盾を置いた後の行動をご指示ください」

 

「好きに立て」

 

 ヴェラは木盾を下ろした。それから、動かなくなった。足を揃え、左腕を下ろす。右手に木槍を持ったまま次の命令を待つ。

 

 ドランが目を細める。

 

「敵が来る」

 

「方向は」

 

「前だ」

 

「距離は」

 

「お前が決めろ」

 

 ヴェラの呼吸が一度止まった。

 

「……守る対象は」

 

「いない」

 

 右手に持つ木槍が僅かに揺れる。

 

「敵を止める位置は」

 

「それもお前が決めろ」

 

 ヴェラの身体がわずかに前へ傾いた。

 

 けれど、足は動かなかった。一度正面を見る。右足へ体重を移しかけ、止まる。今度は左へ戻しかけ、それも途中で止めた。

 

 視線が俺へ向く。

 

 次にエルザへ。口が開きかけて、閉じた。木槍がまた揺れた。

 

「……ご指示ください」

 

 ドランは俺とエルザを一度見た。それから、ヴェラの右脚ではなく、指示を待ったままの姿勢を顎で示した。

 

「足より先に、こっちを直す必要があるな」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

こちらダンジョンマスター。異世界にてソシャゲ式ダンジョン始めました(作者:黒雛)(オリジナル:ファンタジー/コメディ)

 ああ、もちろんガチャもある。おかわりもいいぞ! 遠慮するな。今まで溜め込んだ分、存分に回せ。


総合評価:13900/評価:8.61/連載:14話/更新日時:2026年09月27日(日) 16:33 小説情報

ラスボス機体の癖に、スーパーロボット系の主人公機を気取っているんですけど?(作者:げげるげ)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

やめろぉ! 邪悪系の力で敵を洗脳するのは絆の力じゃない!!▼違う! 愛とエロを混同するんじゃあない!!▼ええい、貸せっ! 僕がやってやるよぉーっ!!!▼※カクヨムにも投稿しています。


総合評価:10220/評価:8.6/連載:28話/更新日時:2026年10月31日(土) 23:16 小説情報

FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで(作者:鳥獣跋扈)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

大学を出てから定職にも就けず、倉庫仕事とFPSゲームばかりの生活を続けていた青年・二階堂 恒一(にかいどう こういち)。▼彼の人生は、ある日を境におかしくなった。▼ゲームを終え、ふと顔を上げた瞬間――現実の世界に、FPSのHUDのような感覚情報が重なって見えるようになったのだ。▼他人の視線や足音の方向。▼危険が向かってくるアラート。▼――そして、銃を持った時…


総合評価:48141/評価:9.18/連載:76話/更新日時:2026年10月29日(木) 19:03 小説情報

ホラー系の世界に転生したのにあまりにも怪異がカラっとしている(作者:ない因習村:絶滅危惧種が増えすぎている)(オリジナル:現代/コメディ)

 ホラー系の世界に転生しました。夜道を歩くと大概出会いますが、妙に冷めていたり、カラっとしています。どうすればいいでしょう?


総合評価:8637/評価:8.65/連載:38話/更新日時:2026年10月21日(水) 14:38 小説情報

理論上、『聖剣』は錬金で作れる(作者:POTROT)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

レシピ通りの材料を錬金釜にブチ込めば決まった結果が出力されるタイプのRPG世界に、世界の真理を知ってる人間(廃人プレイヤー)を放り込む話。▼カクヨムにも投稿してます。


総合評価:28295/評価:8.72/連載:26話/更新日時:2026年10月30日(金) 11:17 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>