ウマ四駆 ─DIAMOND GAZER─   作:ヘリの準備

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 この話に登場するウマ娘のうち、一部にはオリジナルの名称を使用しています。


第11話 きさらぎ賞

 ウマ娘の競技レースを専門に扱う月刊誌、月刊トゥインクル。

 センセーショナルな話題を追い求めるメディアも少なくない中で、徹底した裏取りとウマ娘たちへの細やかな配慮を欠かさない取材姿勢は、URAやトレセン学園からも厚い信頼を得ている。

 それが限られた者しか立ち入れない場所での取材や独占インタビューなど、ここでしか読めない情報の数々へと繋がっており、このジャンルの月刊誌ではトップクラスの売り上げを誇っている。

 そして今日発売された最新号で大きく特集されているのは、1月下旬に行われたURA賞の授賞式の模様だった。

 

 年間を通して特に優れた成績を残したウマ娘や、業界に大きな貢献をした関係者たちの栄誉をたたえるURA賞。

 開かれた誌面には、真紅の舞台幕を背に壇上へ並び立つ、華やかなドレス姿のウマ娘たちが写し出されている。

 

 写真の左側に写っているのは、昨年の最優秀ジュニアウマ娘に選ばれたバニシングゲイザーだ。

 トップチームであるリギルに所属し、メイクデビューから無敗の4連勝で期待に応えてみせた新星である。

 王道的なレースを続けると思われていた中で、ホープフルステークスで見せつけた逃げ切り勝ちは、衆目に強烈な印象を刻みつけた。

 今年のクラシック級では三冠路線に進むことを表明しており、その戦いを語る上で彼女の名を外すことはできないだろう。

 

 記事では、惜しくも受賞を逃したジュニア級ウマ娘たちについても紹介されている。

 中でも大きく取り上げられているのが、バニシングゲイザーと同じくリギルに所属し、4戦4勝で全日本ジュニア優駿も制したダートウマ娘、コパノリッキーだ。

 最優秀ダートウマ娘に輝いた『苫小牧の星』ホッコータルマエからは、早くもライバルとして名指しされている注目株。

 今年にも実現するであろう両者の直接対決には、ファンの期待が早くも高まっている。

 

 そして写真の中で誰よりも目立つ位置に立っているのが、最優秀シニアウマ娘にして、栄誉ある年度代表ウマ娘に選ばれた存在。

 昨年のトゥインクル・シリーズを象徴するウマ娘を一人挙げるならば、彼女をおいて他にない。

 春の天皇賞とジャパンカップ、そして有馬記念という、三つものG1を制した覇者───

 チームスピカの『お祭り娘』、キタサンブラックである。

 

 鍛え上げられた体躯から繰り出される、スタート直後から他を圧するスピード。

 レース最終盤まで衰えることのない、粘り強いスタミナ。

 そして一度は先頭を譲っても、最後には再び差し返すパワー。

 そのすべてを高い次元で兼ね備えた、超一級の逃げウマ娘がキタサンブラックである。

 一昨年に菊花賞を制し、世代の「最も強いウマ娘」となって以降も、その成長は留まるところを知らない。

 これほどの強さを見せてなお、全盛期は迎えていないのではないか───ファンの間では、そんな声さえ囁かれていた。

 

 ページをめくると、授賞式でウマ娘たちに行われたインタビューが掲載されている。

 そこで目を引いたのは、バニシングゲイザーに向けられた「クラシック級でライバルとして注目しているウマ娘は誰か」という質問だった。

 彼女が名前を挙げたのは三冠レースで、とりわけ日本ダービーで相まみえることが予想される、複数の有力なウマ娘たち。

 そしてその中には、今まさにこの誌面を読んでいるウマ娘───サトノダイヤモンドの名前もあった。

 

「ふぅ……やっぱり凄いな、みんな」

 

 学園の校舎内に設けられている、トレーナー室のひとつ。

 自身の担当トレーナーの部屋で、記事を読み終えたサトノダイヤモンドが、月刊トゥインクルをぱたんと閉じてひと息ついた。

 

 サトノ家とそこに連なるウマ娘たちが長年抱き続けてきた悲願、G1レースでの勝利。

 それを成し遂げて華やかな舞台に立つ彼女たちに対し、羨望の感情を覚えないと言えば嘘になるだろう。

 けれど、その思いが焦りに変わることはない。

 来たるべきその舞台で自分も絶対に勝ってみせるのだと、胸の奥で燃える闘志をサトノダイヤモンドは一層強くする。

 

 サトノ家のウマ娘として、そして『名優』メジロマックイーンの走りに夢を見た、一人の少女として。

 初めてG1制覇を志したあの日から、サトノダイヤモンドは長い時を待ち続けてきた。

 そして自らの能力が完全に花開く日がもう遠くないことも、親友が「あの世界」で待ち続けていてくれることも、彼女は確信している。

 だから、焦る理由などどこにもなかった。

 

「ダイヤ、読み終わった? 私もちょうど今やることが終わったから、次のレースに向けて最後の確認をしよっか」

 

「───はい、トレーナーさん。私、みんなの活躍を見てやる気がみなぎっているんです。きさらぎ賞でも、必ずや勝ってみせます!」

 

 デスクから顔を上げて声をかけてきた担当トレーナーに、サトノダイヤモンドが力強く返事をする。

 明らかに絶好調という様子の彼女を見て、トレーナーも満足そうに笑みを浮かべた。

 

 昨年夏のトレーナートライアルを経て、トレーナーと契約を結んだサトノダイヤモンド。

 育成の方針を決める際、昨年末のジュニア級G1に照準を合わせ、勝利を狙える状態にまで仕上げる案も検討された。

 しかし彼女の本格化のサイクルを考えると、その調整は身体に大きな負担を強いることになり、競技生命を縮めることにもなりかねなかった。

 そこでトレーナーとサトノ家、そしてサトノダイヤモンド本人が話し合い、メイクデビューを11月に設定。

 4月から始まるクラシック三冠レースを最高の状態で迎えられるよう、堅実に調整を重ねてきたのだ。

 

 その甲斐あって2月を迎えた現在、サトノダイヤモンドの調子はめきめきと高まってきている。

 デビュー前の時点からクラシック三冠の有力候補として注目されてきたが、初の重賞挑戦となるきさらぎ賞でその真価を示せば、彼女に注がれる期待は一気に熱を帯びることだろう。

 

(…………今は待っててね、キタちゃん)

 

 ミーティングに移る直前、サトノダイヤモンドの視界に入ったものがある。

 それは月刊トゥインクルの表紙を堂々と飾っている、キタサンブラックの姿だ。

 

 誌面を読んでいた中でサトノダイヤモンドは、自分が憧れの眼差しでキタサンブラックの姿を追っていることに気づいていた。

 この感情は強いウマ娘に、そして親友に向けるものとして、きっと自然なものではあるのだろう。

 

 けれどきっと、ただ憧れているだけでは夢の舞台で勝つことはできない。

 キタサンブラックにも、これから立ちはだかるクラシック級のライバルたちにも。

 その思いを確信に変えたのが、ホープフルステークスを圧巻の走りで制した、バニシングゲイザーの存在だった。

 

 最も警戒すべき同期のライバルとして、バニシングゲイザーの走りと過去のレースは、トレーナーと共に細かく分析してきた。

 だからバニシングゲイザーの高い実力に加えて、彼女が多彩な脚質を持っていることもあらかじめ分かってはいた。

 それでも年末のレース映像を目にして、身に迫るように感じられたことがある。

 ───この強いウマ娘に勝つためには、自分のすべてを懸けて挑まなければならないだろうと。

 

(私には、越えなきゃいけないものがあるから)

 

 だからサトノダイヤモンドは、表紙のキタサンブラックから視線を外し、今の自分が見据えるべきものへと意識を集中させる。

 もうすぐ始まるクラシックロードと、そこで待ち受けるライバルたちへと。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

GⅢ

きさらぎ賞

京都 芝 1800m

 

 

 

『これより始まりますのは京都11R(レース)、G3きさらぎ賞。まだ冬の寒さが続くこの淀の舞台で、暖かな春へと向けて駆け出そうとしている9人のウマ娘たちが激突します!』

 

 京都レース場、本日のメインレース。

 2月前半に行われるクラシック級の重賞レース、きさらぎ賞。

 

 過去に『日本総大将』スペシャルウィークや『麗しのステイヤー』ナリタトップロードといった数多くの名だたるウマ娘たちを、重賞レースの世界へと送り出してきた舞台である。

 またトライアルレースではないものの、勝利すればほぼ確実に4月の皐月賞へ出走可能になるため、クラシック三冠の前哨戦としても注目度が高い。

 

 よく晴れたこの日、バ場状態は「良」と発表されている。

 この絶好の条件下で誰がレースを制するのか、そしてどこまでタイムを伸ばしてくるのか───

 スタンドでは、観客たちが盛んに予想を交わしていた。

 

「おぉー。パドックでも凄かったけど、さらに気合いが入ってるねダイヤちゃん。これまでで一番の走りをしてくれそうで、カレンもワクワクしちゃうな♪」

 

「絶対そうだよ! だってモニター越しに見てもすぐ分かっちゃうくらい、誰よりもキラキラしてるもん!」

 

 そんなスタンドの上層にある、本バ場全体を一望できるテラス席。

 そこにいるのはサトノダイヤモンドと同じトレーナーの担当ウマ娘である、カレンチャンとマヤノトップガンだ。

 東京にある中央トレセン学園から京都レース場までの距離は、決して近くはない。

 それでも彼女たちは、仲間のレースにはできる限り現地へ足を運び、互いに応援するようにしている。

 

 初めのうちは無邪気で気分屋なこの二人にサトノダイヤモンドがたじろぐこともあり、またそれとは反対に、思いがけないところでアグレッシブさを発揮するサトノダイヤモンドに二人が振り回されることもあった。

 すぐに打ち解けはしたものの、どこか噛み合わない場面も多々あった三人。

 けれど今では互いの個性をよく理解し、ぴったりと息が合うようになっていた。

 

 京都レース場の外回りコース、芝1800メートルで争われるこのレースは、第2コーナーに設けられた長い引き込み線の最奥からスタートする。

 ホームストレッチのスタンドからは遠く離れた場所だが、場内のターフビジョンにはゲート周辺の様子が大きく映し出され、各ウマ娘の様子が鮮明に伝わってくる。

 

「そうだね。でも、絶好調なのはダイヤだけじゃない。特に3番のオーバードレインさんと2番のアイボリーシュシュさんも万全のコンディションだから、十分に警戒しなきゃいけないよ」

 

 テラスに並べられた三つの席、その中央にいる彼女たちの担当トレーナーが、出走ウマ娘の中で最後にゲートに入っていくサトノダイヤモンドを静かに見守っている。

 口にした言葉とは裏腹に、その落ち着いた表情には、担当ウマ娘の勝利を疑う様子など微塵もない。

 サトノダイヤモンドに寄せる絶対の信頼を、隠そうともしていなかった。

 

『───そして8枠9番、一番人気のサトノダイヤモンドが今、ゲートへと収まりました! これでゲートイン完了です!』

 

 このレースのファン投票では、サトノダイヤモンドが他のウマ娘を大きく引き離して一番人気に支持されている。

 しかし彼女がこれまで勝利した二度の公式戦は、いずれもバ場状態が良好とはいえなかった。

 そのため絶好の良バ場で彼女がどんな走りを見せるのか、観客たちにはまだ分からない。

 だからこそ、今日の彼女がどれほどの実力を発揮できるのかに大きく関心が集まっている。

 

(そういえば、あの子は選抜の時も重バ場だったね。ちょっと嫌なジンクスが続いてたけど、これでもう大丈夫かな)

 

 トレーナーの脳裏にふと蘇ったのは、昨年にトレセン学園で行われた選抜レースのことだった。

 サトノダイヤモンドが出走したあの日も、雨の影響による重バ場での開催だった。

 その後の公式戦も含めて、これまでサトノダイヤモンドはつくづくバ場に恵まれてこなかったといえる。

 

 そして、ここでサトノダイヤモンドの勝利を待つ三人は、彼女が持つ強さをよく知っている。

 サトノダイヤモンドの強さとは、競走ウマ娘としての高い総合力と、決して退くことのない不屈の精神。

 そして、その二つに裏打ちされた抜群の安定感だ。

 だからどんなバ場であろうと、彼女の強みが揺らぐことはないのだと。

 

 

「───さあダイヤ、みんなに証明しよう。あなたが持つ輝きは、クラシックの頂点まで届くんだっていうことを」

 

 

 トレーナーのその言葉は、ゲートが開いた瞬間に沸き起こった大歓声に混じって、溶けるように消えていく。

 けれどそこに込められた思いだけは、遠く離れた場所で走り出した愛バのもとへ、確かに届いていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

『各ウマ娘、良いスタートを決めました! まずは先行争いに入ります。勢いよく上がって先頭に立ったのは5番アッパーディッシュです! 4番エントリッヒロウが2番手。そこから8番アルゴル、6番ハイロマネスクが先行していきます!』

 

 タイミングも勢いも申し分ない、絶好のスタートを決めたサトノダイヤモンド。

 その鋭い飛び出しは、カレンチャンとの共同トレーニングによって磨き上げた、閃光のような反応速度と瞬発力によるものである。

 差しを得意とする彼女にとっても、ポジション争いの主導権を握りやすく序盤の展開に余裕を持たせられるこの技術は、大きな武器だ。

 そして無理に前へ出ようとはせず、外を走りながら徐々に中団まで位置を下げていく。

 

『1番ジュエルルベライトは5番手、そして注目の9番サトノダイヤモンドは中団の6番手にいます! そのすぐ後ろにいるのは、3番オーバードレイン! メイクデビューでの借りをここで返せるでしょうか!』

 

 外から内へと進路を取り、差しウマ娘にとって理想的ともいえる中団の位置に収まったサトノダイヤモンド。

 そのすぐ近くで、凄まじいほどの気迫をぶつけてくる者がいた。

 このレースで二番人気の支持を集めたウマ娘───オーバードレインである。

 トゥインクル・シリーズでは珍しい不良バ場となったメイクデビューで、サトノダイヤモンドと激闘を繰り広げた相手。

 同じく差しを得意とする彼女が、雪辱を果たすべく闘志を燃やしている。

 

『2番アイボリーシュシュ、後方2番手でサトノダイヤモンドとオーバードレインを睨んでいる! そして最後方は7番セービングレッドという形勢になっています!』

 

 パドックへ向かう前にトレーナーから特に警戒するよう言われていた、二人の差しウマ娘と互いに牽制し合うサトノダイヤモンド。

 差しという脚質には、バ群の中でも怯まない勝負根性と、功を焦らず好機を待つ冷静さが求められる。

 はやる気持ちから身体に余計な力が入れば、走るペースを抑えても見た目以上に体力を消耗してしまうからだ。

 そしてサトノダイヤモンドは、持ち前の落ち着いた気質と強靱な精神力によって、そういった消耗を避けることに長けたウマ娘である。

 中団で繰り広げられるポジション争いを難なくこなしながら、前を走るウマ娘たちにも容赦なくプレッシャーをかけていく。

 

 先ほどまでサトノダイヤモンドのすぐ近くにつけていたオーバードレインも、第3コーナー手前から始まる上り坂で、高まる闘志を抑え込むようにして少し位置を下げている。

 あくまで勝負は、最後のストレートだ。

 

『各ウマ娘、やや早いペースで第3コーナーへと入っていきます! 5番アッパーディッシュが依然として先頭、4番エントリッヒロウと8番アルゴルが彼女を追っていく! 後続とは少し差が開いた形になってきました!』

 

 京都レース場、最大の特徴。

 それは第3コーナーに設けられた、外回りコースでは高低差が4.3メートルにも及ぶ急坂である。

 他がほぼ平坦なコースの中でここだけが膨らむ形になっており、「淀の坂」と呼ばれるこの小高い丘が数々の劇的なレースを演出してきた。

 そして坂の頂上を越えれば、今度は第4コーナーへ向けて坂を一気に駆け下りることになる。

 その勢いを制御できずに最後のコーナーで外へ流されてしまえば、大幅なロスは避けられない。

 

 これまでの公式戦では荒れたバ場に足を取られ、コーナーでの走りに不安定さを見せることもあったサトノダイヤモンド。

 しかし今の彼女は、マヤノトップガンとの共同トレーニングで鍛え上げられた、巧みなコーナーワークと臨機応変な立ち回りによって安定した位置取りを保っている。

 そして徐々に前との差を詰め始め、第4コーナーに差しかかる頃には4番手にまで順位を上げていた。

 

 前走までの不安をあっさりと払拭してみせるサトノダイヤモンドの華麗な走りに、観衆の視線が自然と吸い込まれていく。

 その姿は、かつて彼女が強いウマ娘を目指す切っ掛けとなった『名優』メジロマックイーンの走りを、どこか彷彿とさせるものだった。

 

『広がっていた隊列が第4コーナーで一気に狭まってきました! 5番アッパーディッシュがまだ先頭、しかし後続がもう迫ってきています! 2番手に4番エントリッヒロウ、そして9番サトノダイヤモンドと3番オーバードレインも直線に突入して前を向く!』

 

 第4コーナーを回り切って、スタンド前のホームストレッチへと入ったウマ娘たち。

 過去の戦績では先行ウマ娘の好走率が高いきさらぎ賞だが、道中のペースが上がりやすい京都レース場では、差しウマ娘に有利に働く要素も多い。

 特にこの約400メートルある最終直線には坂もなく、溜め込んだ末脚を発揮するのに申し分のない条件が揃っている。

 そして今回のように速いレース展開になれば、中団以降で余力を残してきた者たちが俄然有利だ。

 この瞬間を待っていたとばかりに、ウマ娘たちが一気に加速していく。

 

『さあ先行していたウマ娘たちが横一線に並びました! そこに9番サトノダイヤモンドが中から追いつこうとしています! さらに外から3番オーバードレイン、2番アイボリーシュシュが凄まじい勢いで上がってきました! この激戦を制するのは誰なのでしょうか!』

 

 勝敗が決するこの最終局面でウマ娘たちは皆、全力を注ぎ込みラストスパートを仕掛けていく。

 燃え上がる闘志を一気に解き放つ者、最後の気力を振り絞って必死に耐え抜こうとする者。

 スタンドから溢れる大歓声に応えるように、彼女たちは死力を尽くして競り合っている。

 

 ───けれど、その中で。

 誰よりも強く存在感を放っている一人だけは、明らかに何かが違った。

 

『ここで来ました9番サトノダイヤモンド! 残り200メートルを切って、一気に抜け出していきます!』

 

 レースの流れに合わせてスパートし、一気に先頭へと躍り出たサトノダイヤモンド。

 ボルテージが最高潮に達した場内の熱気とは対照的に、彼女の表情はあくまで平静を保っていた。

 にも関わらずその末脚は容赦なく、後続を完全に置き去りにしていく。

 他のウマ娘たちは必死の形相で追いすがるものの、悠然と先頭を駆けるサトノダイヤモンドとの差は開くばかりで、逆転の糸口すら見いだすことができない。

 

 2番手との差が2バ身から3バ身、そして4バ身へと瞬く間に広がっていく。

 そして余裕さえも感じさせる圧巻の走りが、サトノダイヤモンドの限界がこの程度ではないことを雄弁に物語っていた。

 彼女がまざまざと見せつけた桁外れの強さに、スタンドがどよめきに包まれていく。

 

『9番サトノダイヤモンド速い! まさに圧倒的な強さ! 3番オーバードレインと2番アイボリーシュシュは激しい2着争い、しかし先頭との差はもう埋まりません!』

 

 同じコースで戦っているのに、彼女だけが別の世界を駆けているかのような光景。

 まだ春風も吹いていない時期のクラシック級レースに、歴戦のシニア級ウマ娘が紛れ込んでしまったと言われても信じてしまいそうなほどの格の違い。

 

 そして、彼女こそがこの世代で最も強いウマ娘なのだと見る者たちに確信させる輝きが、そこにはあった。

 

『これはまさに別格の強さとしか言いようがありません! サトノダイヤモンドだああああああっ!!』

 

 

 クラシック三冠へと高らかに名乗りを上げる、溢れんばかりの輝きとともに。

 サトノダイヤモンドが、ゴールを駆け抜けた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

『───サトノダイヤモンド完勝! 重賞の舞台を見事に制しました! タイムはこのレースで初となる1分46秒台、文句なしのレースレコードです!』

 

「……やはりサトノダイヤモンドか。恐らく彼女は他のレースは経由せず、皐月賞に直行するだろう。───ゲイザー、お前に全力をぶつけるためにな」

 

 中央トレセン学園、チームリギルのトレーナー室。

 きさらぎ賞の生中継が複数のモニターに映し出される中、東条はバニシングゲイザーにそう語りかけた。

 そしてデスク上のノートパソコンに表示されているのは、これまで収集してきたサトノダイヤモンドに関する膨大なデータの一部だ。

 そこに今回新たに判明した情報を、東条がすぐに追記していく。

 

 サトノダイヤモンドとそのトレーナーが、クラシック三冠における最大のライバルとしてバニシングゲイザーを警戒しているのと同じように。

 東条とバニシングゲイザーもまた、サトノダイヤモンドを最強の好敵手と見定め、その動向を追い続けていたのだ。

 

「そうですね。そしてこれだけの圧勝を収めておきながら、彼女は全く底を見せてくれませんでした。───全力のサトノダイヤモンド先輩と戦えるのが、今から楽しみです」

 

「楽しみ……か」

 

 東条がキーボードを打つ手を止めて顔を上げ、バニシングゲイザーの様子をうかがう。

 彼女の言葉は、ただの強がりから出たものではないのだろう。

 ホープフルステークスの経験を経て、バニシングゲイザーは一皮も二皮も剥けている。

 そして、モニターに映るサトノダイヤモンドを食い入るように見つめる彼女が発しているのは、ひりつくような闘気と緊張感。

 その姿は強敵を目にして身震いしているようにも、あるいは待ち望んだ戦いを前にした高揚に打ち震えているようにも見える。

 

 ───ウマ娘がこのような姿を見せるのがどんな瞬間なのかを、東条はよく知っている。

 競技人生を通じてたった一人出会えるか否かという、運命的なライバルを見いだしたときだ。

 

「ゲイザー。3月のレースにお前を出すことも検討していたが、それは取り止めだ。これより先、皐月賞で勝つことに絞って調整する。心してかかるように」

 

「はい、トレーナー。全力で臨みます」

 

 だからこそ東条もレースプランを練り直し、来るべき決戦に向けてこれまで以上に心血を注ぐことを決意する。

 サトノダイヤモンドは間違いなく、抜きん出た強さを持つウマ娘だ。

 どれほど手を尽くしても、警戒しすぎるということはない。

 ───バニシングゲイザーが先日ついに完成させたばかりの「秘密兵器」も、皐月賞ですぐに使うことになるだろう。

 

 

 そして、サトノダイヤモンドの輝きを目の当たりにしてもなお、東条の確信は揺るがない。

 目の前にいる担当ウマ娘こそが、この世代で最も強いのだということを。

 

 

 

 ☆ ◇ ☆ ◇

 

 

 3月となり、春の訪れを告げる暖かさと共に桜が開き始めた頃。

 月末から来月にかけて立て続けに開催されるG1レースの話題が、連日メディアを賑わせている。

 前哨戦と目されるレースがひと通り終わった皐月賞も、その一つだ。

 

 出走を表明しているウマ娘たちの中、特に大きな注目を集めているのが、公式戦でここまで無敗のバニシングゲイザーとサトノダイヤモンドだ。

 万全の仕上がりで本番へ臨む有力ウマ娘たちの中にあってなお、二人の存在感は群を抜いている。

 世代最強候補の筆頭と目される両名の初対決を、誰もが心待ちにしていた。

 

 

 一生に一度しか戦うことができない至高の舞台、クラシック三冠レースの初戦。

 もうすぐそこで、「最も速いウマ娘」が決まる。

 

 

 ───皐月賞が、来る。

 




 今回、史実の2016年きさらぎ賞のレース展開を使わせていただきました。
 次話から始まるクラシック三冠は、すべてオリジナル展開となります。
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