皐月賞は中盤へと差しかかり、18人のウマ娘たちが向正面のストレートを駆けていく。
第2コーナー入口付近の最高点から第3コーナー手前まで、長い下り坂が続く中山レース場。
特に向正面に入ってすぐの区間は勾配が急で、勢いに任せて前へと出て行きたくなる構造になっている。
とはいえゴールまではまだ遠く、もしここでペースを乱せば大きな負担がかかり、終盤の勝負が苦しくなることは明白だった。
そのためウマ娘たちは自身のポジションを微調整する程度に留めて、一定のペースを保ちながら第3コーナーへと向かっていく。
『各ウマ娘、前半の1000メートルを平均よりやや速いタイムで通過しました。先頭を快調に飛ばしていくのはクレセントエース、そこから離れて2番手にリバイバルリリック。3番手と4番手にはバイタルダイナモとステンツ。5番手は外から入れ替わってテンダーステップ、そしてバニシングゲイザーと続いていきます!』
(───ホープフルステークスほどじゃないけど、やっぱり消耗が早い。スパートのタイミングは絶対にミスできない)
先頭の一名が飛び出していることを除けば、全体的に固まって進んでいく隊列。
その先行集団の中で、狼のエンブレムが目を引く白の勝負服を纏ったウマ娘───バニシングゲイザーが思考を巡らせていた。
傍目には、彼女が冷静沈着にレースを運んでいるように映っていることだろう。
だが実のところ、その胸中は決して穏やかなものではなかった。
メイクデビュー以来となる先行策を選んだバニシングゲイザー。
その髪には公式戦で初めて着用する、灰色のリボンが結ばれていた。
細い裂け目の入ったフリル状のリボンは、髪飾りとしてはいささか
そしてこのリボンがもたらすのは、これ以上ないほどに強烈なスピードとパワーを兼ね備えた、ほとばしるプラズマのように電撃的な走りだ。
中山の最終直線は短いうえ、その中には厳しい上り坂も待ち受けている。
そんな条件でさえ、第4コーナーの終わりからでもラストスパートが間に合うほどの爆発力を彼女は手にしていた。
無論、スペックだけ見れば間違いなく最強であるこんな
というのも体力の消耗があまりにも激しいため、ジュニア級では実戦投入を検討することさえできなかった。
バニシングゲイザーはホープフルステークスを終えてから皐月賞を迎えるまでの期間を、「秘密兵器」の完成と並行して、このリボンを扱えるようにするための特訓にほとんど費やしたといっても過言ではない。
そして、長い時間をかけた鍛錬の末に手にしたのが、2000メートルの距離という限界。
距離が伸びていくこれ以降のクラシック三冠レースでは使用できないであろう、まさしく皐月賞を勝つためだけに準備した、切り札のリボンだった。
(第2コーナーは無事にクリアできた。問題は次と、そして最後のコーナーだ)
さらにこのリボンがもたらす走りにはもう一つ、重大な欠点がある。
ストレートで圧倒的な出力を発揮できる代償として、コーナーでは走りを制御することが極めて難しくなるのだ。
外に膨らむ程度ならまだしも、ひとたび脚運びを誤れば
だからもし過去のレースで選択肢の中にあったとしても、間違いなく使用を見送っていただろう。
それでもなお今回、この
皐月賞に───そしてサトノダイヤモンドに勝つために、避けて通れないリスクだと判断したからだ。
全体を通して小回りなコーナーが続く、中山レース場の内回りコース。
中でも下り勾配の先に訪れる曲率が大きな第3コーナーと、スパートをかけながら駆け抜ける必要がある第4コーナーは、今のバニシングゲイザーにとって最大の鬼門となる。
『残り800メートル、第3コーナーに入っていきます! 7番手には内々からフリルドレモン、そしてここまで上がってきたプレダトリスがその後ろにいます。三番人気の朝日杯勝者、シャウトマイネームはこのポジション。前走で逃げのユグドラバレーは10番手に控えるレースになった! そして中団から前方を伺うのはデュオペルテ、一番人気サトノダイヤモンド───』
(───お願いだからちゃんと持ってよ、私の脚ッ!!)
バ群全体のペースが徐々に上がり始めているため、ここで減速するわけにはいかない。
向正面の直線を駆け抜けたウマ娘たちの中、覚悟を決めた表情で第3コーナーへと飛び込んだバニシングゲイザー。
第2コーナーで得た感触から、バ場が万全ではないインコースは避けるべきだと判断し、外寄りの進路を取れるように直線でポジションを調整していた。
きつい遠心力が全身を襲ってくるが、それでもバニシングゲイザーは体勢を崩すことなく、懸命に踏ん張っていく。
スピードとパワーの
前走までよりもパワーに寄せたこの
(───よし、これなら大丈夫だ!)
大きな懸念点だった第3コーナーのきつい区間をほぼ抜けたところで、バニシングゲイザーは自分が順調に走れていることを確かめる。
外を回ったことで多少の距離損は生じたものの、この程度で切り抜けられたのならむしろ上出来だ。
この調子なら最後の第4コーナーも、大きな問題なく乗り越えられるだろう。
───けれど、ここで気を緩めることは一切できない。
このレースで最も恐るべきものは、コーナーでも、最後に待ち受ける急坂でもないのだから。
第3コーナーと第4コーナーの中間に立つ、残り600メートルの標識。
それが、皐月賞がいよいよ終盤に突入したことを意味する目印となる。
最終直線が短く、後方からの差し切りが難しいこのコースでは、第4コーナーを回り切った時点で前方につけている者が大幅に有利だ。
そのため早めにペースを上げる必要があり、特に中団以降に控えていた者たちは、残り600メートルを前にして次々と仕掛け始めていた。
それに呼応して先行していたウマ娘たちもスパートへ入ったことで、隊列が縦方向では一気に凝縮しながら、進路を求めて横へと広がっていく。
ゴールまで残すところおよそ30秒、勝負はまさにここからだ。
そしてこのレースで間違いなく、最も恐るべきウマ娘が───
『ここで外からサトノダイヤモンドが動いた! サトノダイヤモンドが一気に上がってきたぞ!』
───凄まじいスピードで外から進出し、先行勢へと迫ってきていた。
◇ ◇ ◇
(───ここだ! ここで一気に、前へ行く!)
残り600メートルを切ると同時に大きく動き、第4コーナーの入口でみるみる順位を押し上げていくサトノダイヤモンド。
バニシングゲイザーの走りを電撃的とするなら、サトノダイヤモンドのそれは清流のように静かで、どこまでも淀みのないコーナーワークだった。
密集したバ群の外を回っていくその動きには一切の無駄がなく、体力の消耗も極限まで抑えられている。
そして研ぎ澄まされた走りとは対照的に放たれる闘気は激しく、鬼気迫るほどの凄みを帯びていた。
その圧力が、競り合うウマ娘たちに恐怖すら与えてていく。
『第4コーナーの後半、ウマ娘たちがラストスパートに入っていきます! 先頭クレセントエースとの差を一気に詰めるリバイバルリリック、それにステンツも中からぴったりついて行く! バニシングゲイザーも外から押してきている! 同じく外から上がってきたのはサトノダイヤモンドとヴァイスグリモア、そして大外からはエナジェティックも来たぞ!』
中山2000メートルの大きなターニングポイントであり、ウマ娘たちの走りと思いが交錯する最終コーナー。
外ラチの向こうには、花びらが散りゆく中で若葉をつけ始めた桜の木が、彼女たちの行方を見守るように並んでいる。
そして吹き抜ける皐月の風のように駆けていく彼女たちを迎え入れようと、ホームストレッチのスタンドは既に割れんばかりの大歓声に包まれていた。
誰もが少しでも有利な位置で直線に入ろうと激しく競り合った結果、第4コーナーの終わり際でバ群がさらに横へ広がっていく。
その中で早めに前へ出ていたサトノダイヤモンドは、外寄りの開けた位置を確保してコーナーを回り切り、最終直線で前を向く。
ここまでの進出で脚は使ってしまったが、残る310メートルを全力で駆け抜けるだけの末脚は十分に残されていた。
『さあ最後の直線に入った! 中山の直線は短いぞ! 内からテンダーステップとシャウトマイネームが上がってきた! 外からはアレイキャットも来ている! しかし抜け出していくのは───』
いよいよレース最大の山場である最終直線に突入し、先頭のウマ娘たちがほぼ横一線になる。
先頭と後方の差も狭く、誰が抜け出してもおかしくない混戦になった。
ここまで来たらあとはどれだけスタミナとパワーが残されているか、そしてこの短い距離で抜きん出る瞬発力があるかの勝負だ。
皐月の冠を目指して、18人のウマ娘たちが最後の力を振り絞ってゴールへと一直線に突き進んでいく。
そして、この激戦のバ群から真っ先に抜け出したウマ娘が、一人いた。
『───バニシングゲイザーだ! バニシングゲイザーが先頭に立った! リードは1バ身、それをさらに広げる構えだ!』
(───やっぱり、バニシングゲイザーさんが来た!)
このレースでサトノダイヤモンドは、後方からバニシングゲイザーの走りを見続けてきた。
目にしただけで分かる、溢れんばかりに満ちるバニシングゲイザーの力。
それは先ほどまで、明らかにぎこちないコーナリングというマイナスの形で表れていた。
そしてその力が、この最終直線では驚異的な瞬発力の末脚として襲い掛かってくるのであろうことを、サトノダイヤモンドは直感で悟っていた。
(けれど、これなら差し切れる!)
『そして外からサトノダイヤモンド! サトノダイヤモンドも外から一気に抜け出した!』
流れるように無駄のない最終コーナーの立ち回りによって、さらに勢いを増して直線に入っていたサトノダイヤモンド。
短い直線で十分な距離を残したままトップスピードに乗ることができており、差し切りを狙うには申し分のない態勢だ。
その勢いのまま2番手以下のウマ娘たちを次々と抜き去り、先を行くバニシングゲイザーを猛追する。
「やああああああああああぁぁぁぁっっっ!!!」
冷静に走り切った前走とは打って変わり、サトノダイヤモンドが大きな叫びとともに力を解き放つ。
限界まで引き出された全力全開のスピードは、クラシック三冠の初戦としては規格外と言うしかない。
内に秘めていた激情を剥き出しにして駆ける彼女の姿に、スタンドの大歓声がさらに熱を増した。
『バニシングゲイザーにサトノダイヤモンドが迫る迫る! 3番手には大外からエナジェティック、しかし先頭からは大きく離された! 最後は二強対決になった皐月賞! どちらも驚異的な末脚だ!!』
レース序盤からサトノダイヤモンドが睨んでいた通り、バニシングゲイザーとの末脚勝負になった最終局面。
この戦いは、より多くの脚を残してトップスピードでも勝るサトノダイヤモンドが俄然有利だ。
およそ2バ身あった差が1バ身半、そして1バ身へと着実に縮まっていく。
『いよいよ最後の坂に差し掛かった! まさに心臓破りの坂、そして栄光へと続く坂だ! 二人の差はもう1バ身もないぞ! 差し切るかサトノダイヤモンド、それとも耐え切るかバニシングゲイザー!』
最終盤でウマ娘たちの前に立ちはだかる、中山レース場の過酷な上り坂。
その難関をものともせず、サトノダイヤモンドが力強い踏み込みで駆け上がっていく。
坂路でのトレーニングによって鍛え上げられた心肺と、強く踏み込んで全身を前へと押し出す力。
スタートでも威力を発揮したその走りが、ここ一番の局面で再び真価を現し、バニシングゲイザーとの差をさらに縮めていく。
二人の間にあるのは、もう半バ身さえもない距離。
あと数歩でバニシングゲイザーに並び、追い越すことができるはずだ。
(絶対に勝つんだ! 私が───っ!!)
そして。
バニシングゲイザーに並ぶ一歩を踏み出そうとした、その瞬間───
サトノダイヤモンドの視界いっぱいに、白い炎を思わせる光が広がった。
(…………え?)
それは、たった一歩の間にも満たない一瞬の、けれど永遠にも感じられる世界。
サトノダイヤモンドは炎で焼かれてはいないし、光で目が眩んでもいない。
だから時間の流れさえも歪み、スローモーションで進んでいくこの世界は、決して実在し得ない幻想だ。
(こ、これは…………!?)
その中で目に映ったのは、バニシングゲイザーの脚元に集まった闘気が、白熱化した炎のように爆ぜる光景。
まるで、果てなき旅路へと飛び立つ宇宙船のブースターが、点火された瞬間みたいに。
そして、光に満ちたこの幻から覚めて、現実へと引き戻される瞬間に。
バニシングゲイザーが叫んだ言葉を、サトノダイヤモンドは確かに聞いた。
「───行くぞ!! 『パワーブースター』ッ!!!」
☆ ◇ ☆ ◇
パワーブースター。
東条やリギルのウマ娘たちと共にバニシングゲイザーが特訓を重ねてきた、「秘密兵器」の正体。
本来は追い込みで現れる彼女の最高速を、ほかの脚質でも発揮させるために編み出された、最強の切り札である。
そして走法の内容は、あまりにもシンプルだった。
───ゴールした瞬間に体力を使い果たすよう、残された力を全て末脚に注ぎ込む。
ただ、それだけだ。
無論、発想自体は単純でも、それを走りとして実現させるのは極めて困難である。
並外れた瞬発力はもちろんのこと、全速力をキープしたまま体力を使い切る技術が必要だからだ。
本来、生物が発揮できる力は消耗とともに減衰していくものであり、体力が尽きるその瞬間まで100パーセントのスピードを保ち続けることはできない。
もし他のウマ娘が同じことを試みても、力を使い果たすよりも前に、必ずどこかで減速を挟むことになるだろう。
しかしバニシングゲイザーには、まるで電力が尽きる瞬間まで出力を落とさず動き続けられる機械にも似た天性のセンスがあり、それがこの走法を可能にしたのだ。
残り150メートルの距離に持てる力の全てを注ぎ込む、覚悟の踏み込み。
それこそが、サトノダイヤモンドの目に映った幻の正体だった。
『これは、サトノダイヤモンドがバニシングゲイザーを───抜かせない!? バニシングゲイザー、前を譲らない! いや、逆に差が広がっている!? ……何ということだ! これまでのスピードが限界ではなかったというのか!!』
サトノダイヤモンドは、確かにバニシングゲイザーへと並びかけていた。
しかし爆発的な勢いでバニシングゲイザーが再加速し、限りなくゼロに近かった二人の差を、再び大きく広げていく。
ほとんどがサトノダイヤモンドの差し切りを予感していたであろうスタンドの歓声が、たちまち驚愕を含んだものへと変わる。
「───うおおおおおおおおおおおおあああああああぁぁぁぁっ!!」
宿敵へと牙を剥く狼を思わせる、荒々しき咆哮。
魂を乗せたその走りが、サトノダイヤモンドの全力さえも凌駕するスピードを叩き出す。
バニシングゲイザーの末脚は、ゴール直前の僅かな距離で他を置き去りにした走りを「二段ロケット」と称された、フジキセキを彷彿とさせるものかもしれない。
しかしサトノダイヤモンドの瞳には、それとは似て非なるイメージが映っていた。
───それは、宇宙船を遥か彼方まで打ち上げる多段式ロケットの、一段目にあるブースター。
上空で燃焼が終了した段階で、宇宙での旅路には不要な存在となり、切り離されて海へと落ちていくもの。
回収して再利用することはできるが、決して宇宙へと行くことはできない。
かつて、消えゆくものを目にして幕を開けたバニシングゲイザーの運命と、その先に辿り着いた走法。
奇跡を乗せたフジキセキの走りを、宇宙船が向かう先にある希望とするのであれば。
燃え尽きて果てるようなバニシングゲイザーの走りの本質は、切り離されるブースターにこそあったのだ。
(それでも……それでも、私は…………っ!!)
サトノダイヤモンドの本能が、否応なしに感じ取ってしまう。
この皐月賞で「最も速いウマ娘」が自分ではなく、バニシングゲイザーであることを。
けれど、心がそれを真っ向から否定しようとする。
今それを認めてしまったら、絶対に勝てないことを分かっていたから。
『半バ身、いや1バ身の差になった! 上り坂が終わったここに来て、バニシングゲイザーがサトノダイヤモンドを引き離す! こんなにも、こんなにも速いというのか! バニシングゲイザー!!』
長かったようにも、あっという間だったようにも感じられたホームストレッチの急坂が終わる。
ゴールまでのあと僅かな距離で、サトノダイヤモンドもありったけの力を振り絞って追い続けている。
それでも、バニシングゲイザーのスピードに追い付くことができない。
雲を突き抜けた高みにまで飛び立っていくような、バニシングゲイザーの走り。
きっと、あの走りが向かう果てには彼女の夢があるのだろう。
そして、サトノダイヤモンドには分かっていた。
サトノの悲願と、そしてサトノダイヤモンド自身の夢は、そんなバニシングゲイザーの走りを超えた先にあるのだと。
(ああ───私も、この子みたいに)
けれど。
ゴールを駆け抜ける、その瞬間まで。
(高くまで、飛んでいくことができれば───)
サトノダイヤモンドの翼は、開かなかった。
───今は、まだ。
☆ ◇ ☆ ◇
『──────ゴールイン! 全勝対決を制したのは、バニシングゲイザーだあああぁっ!! まさに電撃的な末脚! サトノダイヤモンドとの競り合いを2バ身差で制し、皐月の冠を手にしました! そして3着に入ったのはエナジェティックだ! ───おっとバニシングゲイザー、大丈夫でしょうか!?』
ゴールしたと同時に、走るための力を全て使い果たしたバニシングゲイザー。
後続の進路を妨げないよう、ふらつく足取りで外ラチ際まで進むと、力なくターフに両膝と手をついた。
全身がガクガクと震え、汗が一気に噴き出してくる。
スタンド前でのファンへのアピールはおろか、言葉を発することさえ難しいほどの強烈な疲労感が押し寄せていた。
数時間後のウイニングライブではギリギリ踊れるだろうが、きっとそれまではまともに動くこともできないだろう。
それでもバニシングゲイザーは、膝をついたまま何とか顔を上げて、握った右拳を高く掲げた。
その動きで彼女が無事であることが、そして勝利を掴んだ歓喜が観衆に伝わる。
安否を案じていたスタンドのどよめきが、それを受けてようやく祝福の大歓声へと変わった。
そして着順が確定すると、待機していた東条がすぐさま駆け寄ってくる。
パワーブースターを完成させるため、一年近くに渡る特訓を重ねてきたバニシングゲイザー。
疲れ果てた状態で、誰かに支えられながら立ち上がるこの動きには、もうすっかり慣れてしまっていた。
「──────っ」
東条に支えられながらバニシングゲイザーが一歩を踏み出す直前、サトノダイヤモンドと視線が合う。
おそらく彼女は、バニシングゲイザーが言葉を交わせる状態にないのを見て、近くまで来ながらも声を掛けるのは控えていたのだろう。
それでもサトノダイヤモンドが抱く思いは、バニシングゲイザーへと確かに届いていた。
サトノダイヤモンドにとって初めてとなる、トゥインクル・シリーズでの敗戦。
彼女がこのレースでどれほど勝ちたかったのかを、バニシングゲイザーも知っている。
それでもサトノダイヤモンドは悔しさに潤む瞳を拭わず、敗者としての自分を決して誤魔化そうとはしなかった。
背筋を伸ばして立ち続けるその姿と、衰えぬ闘志をたたえた彼女の表情が、何も言わずとも物語っている。
───ダービーでこそ、私が勝つのだと。
だからこそバニシングゲイザーも、次でさらに強くなってリベンジしてくるであろう最強のライバルから、決して視線を逸らさずに。
心からの敬意と、ダービーで夢を果たすのは自分だという意志を込めて、しっかりと頷いてみせた。
>灰色のリボン
独特な形状の放熱用スリットが設けられた灰色エンドベル、プラズマダッシュモーター。
競技性さえも度外視して追求されたそのスペックは公式から「最強のモーター」と称され、純正モーターの頂点に君臨し続けた。
その尋常ならざる出力ゆえ、モーターそのものはもちろん、搭載されたマシン各部にかかる負担も相応に大きい。
>黒と薄茶のブレスレット
黒のカウンターギヤと薄茶のスパーギヤを組み合わせた、4:1のハイスピードギヤ。
やや最高速を抑える代わりに加速力と扱いやすさが向上し、幅広いコースに対応しやすいバランスに優れたギヤ比。
ある世界では「固有スキル」や「