ミニ四駆のセッティングが自由であるように、彼女の姿もそれぞれのイメージで思い描いていただければ嬉しいです。
およそ二年ほど前。
日米それぞれにあるウマ娘の競技会による国際交流の一環として、アメリカの
そしてこの日は子供たちにとって一番のお楽しみである、中央トレセン学園への訪問日。
スタッフに案内されやってきた学園のエントランスホールで、たどたどしい日本語で挨拶する少女がいた。
「バニシングゲイザー、です。よろしく、おねがいします!」
バニシングゲイザー。
競争ウマ娘として将来を期待され、しかし今は伸び悩んでいる少女である。
各国で行われ、世界的に熱狂の渦を巻き起こしているウマ娘たちの競技レース。
自国に劣らずハイレベルなレースが繰り広げられる日本のトゥインクル・シリーズおよびドリームトロフィーリーグは、アメリカでも人気が高い。
G1レースは大手テレビ局で生中継されるし、そこで活躍するウマ娘ともなればアメリカでも有名人である。
ましてや今、子供たちを出迎えて少女の挨拶に応じている者などはその筆頭であった。
「ありがとう、今日はよく来てくれたね。こちらこそよろしく」
高嶺の花のように凛々しい佇まいで、子供たちを安心させるように優しく言葉をかけるウマ娘。
無敗でのクラシック三冠を含む、G1で破竹の七冠を成し遂げた中央トレセン学園の生徒会長───『皇帝』シンボリルドルフである。
休養日とたまたま重なったから、という理由でシンボリルドルフが子供たちの案内を買って出たのは完全なサプライズである。
はっきり言ってしまえば休むどころか疲れが溜まってしまいそうな役目ではあったが、シンボリルドルフはそれを全く感じさせないし、未来溢れるアメリカのウマ娘たちとの出会いを心から嬉しそうにしていた。
もしかしたら一目見ることができるかも、くらいに思っていた大スターとのまさかの対面に、子供たちは大喜びである。
バニシングゲイザーは目が離せなかった。
威風堂々としたシンボリルドルフの、その瞳から。
まるで自分の心の内にある不安まで見透かすようだと、少女は思った。
☆ ☆ ☆
───身に着けているものが変わると、走りの良し悪しが極端に変わる。
バニシングゲイザーはそんな、呪いにすら感じられる自身の特性に悩まされていた。
同じような例としてはG1ウマ娘の着用する勝負服が広く知られているが、こちらは「不思議な力が湧いてくる」というプラスをウマ娘に与えるもの。
それに対して衣服どころか、ヘアアクセサリーひとつを変えただけでも極端に走りが悪くなってしまうバニシングゲイザーの特性は特異だ。
レースで着用するものをできるだけ固定するようにした今でこそ、彼女は無難な結果を出すウマ娘として評価されている。
しかしその前は走りが全く安定しない、とんでもないじゃじゃウマとして扱われていた時期もあった。
誕生日に友人から贈られた、オレンジ色のリボン。
バニシングゲイザーはそれを、こっそりレースで着けてみたことがある。
いつものように、先頭を目指して走り出そうとして───スピードが思うように伸びず、嘘のように大敗した。
自分の身体にも関わらず、まるで出来の悪いロボットが操縦しているかのような感覚。
敗北というレースの結果以上に、彼女はそれが怖くなった。
───なんとなくコーナーではいつもより走りやすかった気がしていたけれど、彼女は練習で再び試すことができなかった。
自身の特性と向き合うことを恐れたバニシングゲイザーは、いつしかあらゆる変化をも恐れるようになり、伸び悩んだ。
今回の日本行きの話も、ずっと前から決まっていなかったら断っていたかもしれないほどに。
このままではいけないと、心のどこかでは分かっていた。
☆ ☆ ☆
『あなたのように強いウマ娘になるにはどうすればいいですか?』
子供たちの一人がシンボリルドルフに聞いた。
『日々の鍛錬を怠らないこと、そして何より夢への情熱を持つことだ。諦めずに挑み続けられる夢があれば、必ず強くなれる』
数多くのアスリート達が口にしてきたであろう、「夢を持て」という言葉。
だからこそ説得力があるし、今それを語りかけているのは絵空事のような偉業を現実にした、あのシンボリルドルフである。
子供たちはその言葉を噛み締め、自分もこの『皇帝』のようになりたいと将来の飛躍を誓う。
しかしそんな子供たちの中、バニシングゲイザーにはどうしてももう一つ聞いてみたいことがあった。
彼女は以前、アメリカのメディアでシンボリルドルフがインタビューに応じる姿を見たことがある。
そこで語られていた『皇帝』の目標とは、頂点への到達、そしてウマ娘たちを導く存在になること。
そして今のシンボリルドルフは、そのどちらも実現したように見える。
トゥインクル・シリーズにおける一つの到達点に至ったと言える戦績。
学園を回る中で目にした、彼女が学園中のウマ娘たちから慕われて目標となっている様子。
いずれ生徒会長としての任を終える日が来ても、きっと彼女は変わらずウマ娘たちを導いていくのだろう。
しかしバニシングゲイザーの直感は、この『皇帝』がまだ満足していないことを伝えてくる。
直に対面したことで肌で感じられる、シンボリルドルフの隠しきれない闘気と、進化への渇望。
これが意味するのはきっと、彼女はまだ夢に挑み続けているということ。
───ではそんな彼女の、今の『皇帝』の夢ってなんだろう?
不思議と、それをこの場で聞くことはできなかった。
☆ ☆ ☆
シンボリルドルフに案内され、子供たちは学内を廻る。
歴史の長さを感じさせながらも隅々まで手入れが行き届いた、名門校と言うにふさわしい学び舎。
学園の敷地内にあるとは思えないような実寸大のコースの数々と、最新鋭のトレーニング施設。
トップアイドルの養成所と言われても納得してしまいそうな、歌とダンスのレッスンスタジオ。
食欲旺盛なウマ娘にはたまらない、美味しい料理が選り取り見取りなカフェテリア。
「ワォ、まさかここでアメリカのキュートな子供たちに出会えるなんテ! ワタシもソーハッピーな気分デース!」
そして子供たちに一番受けが良かったのは、シンボリルドルフが所属する学園最強チーム、リギルのチームルームである。
リギルのウマ娘たちが拠点とするその空間は驚きが詰め込まれたびっくり箱のようで、中でも『最強マイラー』タイキシャトルがタイミング良く在室していたことは子供たちを大いに喜ばせた。
現在はドリームトロフィーリーグで大活躍しているアメリカ出身のヒーローの登場に子供たちは釘付けになり、たちまち彼女の下に集ってゆく。
「───おや、なにかな?」
そんな子供たちの様子を微笑ましく見守っていたシンボリルドルフは、なにかを問いたげに自分を見つめる少女───バニシングゲイザーに気づいてそちらに顔を向ける。
反応を返されたバニシングゲイザーはいよいよ覚悟を決め、先ほどの疑問について問いかけることにした。
「あなたの、いまの、ゆめ……って、なに、ですか……?」
トレセン学園に訪れて最初に挨拶したときよりも、さらに拙い言葉。
少女にとって日本語は、聞き取るのはまだしも、喋るのはとても大変だった。
けれど『皇帝』が最も形にしやすい言葉で、答えがほしいと思ったから。
「私の今の夢、か。ふむ……そうだな」
シンボリルドルフは語学堪能なウマ娘で、アメリカに遠征した経験もある。
今まで子供たちにそうしていたように、英語での会話に切り替えることは簡単だ。
だが、必死で勉強してきたであろう日本語で質問する少女の頑張りを、無下にはしないというように。
ゆっくりと、聞き取りやすい言葉で答えることにした。
「私の夢はね、『全てのウマ娘の幸せ』なんだ」
「すべての、ウマむすめの、しあわせ……?」
シンボリルドルフの夢とは、インタビューで語っていた「ウマ娘たちを導く存在に」という次元を遥かに超えた、荒唐無稽でまさしく夢物語ともいうべき世界。
しかし揺るぎないシンボリルドルフの表情には、「物語で終わらせるつもりはない」という確固たる意思があった。
バニシングゲイザーは、しばらく言葉も忘れて思案する。
そんなことできるのかな?
どうすれば叶うんだろう?
でも、そんな世界が実現したらきっと、とっても素敵だろうな……なんてことまで。
少女は、考えに考えて───
「……よく、わかりません」
───こんな言葉しか、返すことができなかった。
もし少女がシンボリルドルフが語った夢について深く考えなければ、もっと無難な返事を選ぶことができていただろう。
けれど彼女なりに考え、思い抜いたからこそ、その末に出てきた言葉が「よくわからない」だったのだ。
「うむ、それで大丈夫だ。そして───君にはなにか、迷っていることがあるのかな?」
シンボリルドルフもそんな少女の様子を察し、優しく声をかけ続ける。
未来への希望に目を輝かせる子供たちの中にあってバニシングゲイザーの様子は浮いており、この少女が迷いを抱いていることをシンボリルドルフは見抜いていたのだ。
バニシングゲイザーは頷いて、自分の心の内を吐露した。
今の自分が伸び悩んでいること。
抱えている問題と向き合うのが怖いこと。
でも心では、変わらなければならないと感じていることを。
「そうか───よく話してくれたね」
シンボリルドルフは納得したように深く頷き、少女に語り始める。
「実はね、私はみんなが思っているほど優れたウマ娘ではないんだ。
シンボリルドルフが語るのは、世間一般でイメージされる彼女の姿にはとても似つかわしくない、いっそ弱々しいとすらいえる言葉。
「───だが今まで進んできた道は、私にとって全て必要なものだった。無駄なんかじゃなかったんだ」
けれどそれを少女に語るシンボリルドルフの姿は、『皇帝』の名にふさわしく、揺るぎなく勇ましいままで。
「いいかい、バニシングゲイザー」
シンボリルドルフは少女の肩にそっと手を置き、膝を曲げて目線の高さを合わせながら言った。
「失敗したっていい。遠回りだっていい。バ鹿だと言われたっていい。勇気を持って、自分が信じる道へと一歩を踏み出すんだ。そうすれば、歩んできた道に満足できる日が必ず来る。そして君がいつか、その日を迎えることができたなら───」
───それは間違いなく、とても幸せなことだから。
そう伝えながらシンボリルドルフは、まるで我が子を想う母のように、穏やかに微笑んだ。
そう。
これはシンボリルドルフが語った夢と、少女の「よくわからない」に対する、ひとつの回答。
そして勇気を持てない少女に『皇帝』が贈る、精一杯のエールだった。
☆ ☆ ☆
(『思い切り』と『現状からの脱却』、力強い色……か)
チームリギル選抜テスト決勝、スタート直前。
バニシングゲイザーはかつて大敗したレースで髪に着けていたのと同じ、オレンジ色のリボンに手を触れる。
二年前に日本を訪れた時のことをふと思い出していた彼女は、来るべきスタートに備えて思考を切り替える。
今回のレースは右回りで、芝の1600メートル。
トゥインクル・シリーズのジュニア級で行われる実戦では、もっとも標準的な距離だ。
中央トレセン学園の敷地内に数あるコースのうち、これから使われるコースは丸一周するとおよそ1700メートルになる。
そのため第1コーナーと第2コーナーの中間に設けられているポケット地点からスタートし、200メートルほどの直線を走ると第2コーナーへと差し掛かる。
最初のコーナーまでの直線距離としてはかなり短い部類で、ポジション争いが難しくなるが、その点で不安はない。
今日のバニシングゲイザーは絶好調だ。
あの時から変わらない日本の芝は、彼女の脚によく馴染む。
あれから帰国したバニシングゲイザーは臆病な心を奮い立たせて、様々な組み合わせの服飾を試した。
自分が抱えた特性から逃げないために。
そしてあの『皇帝』のように、先へと一歩を踏み出すために。
初めは走りを全くコントロールできない散々な有様で、周囲からは何があったのかと驚かれた。
彼女は勇気を振り絞って、内にある思いを打ち明ける。
自分の内にある問題と向き合って克服したい、変わりたいんだと。
やがてその勇気に呼応するように、仲間たちが快くデータ収集に協力してくれるようになった。
失敗を繰り返しながら試し続けたことでようやく分かったのは、身に着けたもので変化するのは走りの「良し悪し」ではなく、「走りそのもの」というのが正しかったこと。
例えばこのオレンジ色のリボンを着けることで得られるものは、コーナーでの速度と安定感、そして競り合いの中でこそ真価を発揮する終盤の瞬発力。
坂道で体力を保つのにも優れ、奇しくもコパノリッキーが言葉にした通り、まさしく力強さをもたらすリボンだ。
今日の朝から着け続けて、
(……本当に、遠回りしちゃったなあ)
今になって振り返れば、あの日のレースで大敗したのは必然だった。
差しや追い込みの脚質に向いた、いわばパワー重視の
選抜テストで身に纏う衣服は、トレセン学園指定の体操服。
入学前にアメリカまで取り寄せて試走を重ねていたその服は、シンプルなデザインにふさわしく、彼女が持つポテンシャルを何もプラスマイナスすることなく引き出す。
そして5枠5番の彼女が体操服の上から着用するのは、白地に黒字の5番のゼッケンだ。
ゼッケンの番号が影響を及ぼすのはメンタル面。
昨日のうちに決まっていたこのウマ番は、今日のレースでパワー重視の
5番のゼッケンがもたらすのは慢心にも似た、大きすぎるほどの自信。
これがなかなかの曲者で、もし不測の事態が起きようものなら落ち着きを失い、あっさりと崩れ去ってしまう脆さがある。
これには過去の彼女も幾度か苦しめられていた。
けれど自信のある脚質を選択し、しっかり万全の準備ができていればとても心強い味方になってくれる。
特に、本来は緊張しがちな大舞台において。
(できることは全部やった。あとは走るだけだ)
バニシングゲイザーの胸中にあるのは、あの日の約束から生まれた一つの願いと、一つの夢。
最後に「いずれまた話をしよう」と約束した『皇帝』と、自信を持てる自分になってもう一度言葉を交わしたいという願い。
そしてシンボリルドルフも制覇した最高の舞台、日本ダービーで勝ちたいという、果てしなく遠い夢が。
日本での入学を認めさせるため、必死でトレーニングと研究を重ねた。
やがて走りをコントロールできるようになった頃には、いつしかアメリカ国内のトレセンに進まないのを惜しむ声が聞かれるようになった。
たどたどしくしか話せなかった日本語を、空いた時間にひたすら練習した。
敬語であれば、ネイティブの日本人と同じくらい喋ることができるようになった。
本格化の兆候が早く、この歳のウマ娘としては高くなった目線。
あの日から身長がかなり伸びた。
今ならきっと、膝を曲げてもらわずとも話すことができる。
願わくば、自分も『皇帝』と同じチームに。
あの日と同じ場所で、胸を張ってまた話せるように。
ならばこのレース、目指すのは勝利のみ。
(このレース、勝ちたい───いや、勝つためにここに来たんだ!)
バニシングゲイザーの全身からみなぎる、二年越しの願いから形作られた気迫。
これこそが隣の枠に収まるコパノリッキーに伝わった、渦巻く力の正体だった。
そしてゲートが開かれ、ついにスタートした決勝レース。
最初のコーナーの段階で、バニシングゲイザーが位置したのは最後方。
予選での結果から逃げウマとして注目を集めていた彼女は、今の自分が最も自信を持つ脚質───追い込みを選択したのだ。
>オレンジ色のリボン
オレンジカラーのエンドベル、トルクチューンモーター。
名前の通り力強さを重視したモーターで、コーナーやアップダウンの多いテクニカルなコースで真価を発揮する。
実際のミニ四駆ではそういったレイアウトのコースが多いため、有力な選択肢のひとつ。
>5番のゼッケン
5号機といえばパワー型の先輩機。
果たして、彼女は落ち着いてレースすることができるのでしょうか。
本作では当初、主人公の「魂」を先輩機のバックブレーダーとする予定でした。
その名残もあってバックブレーダー由来の要素も登場し、最大の特徴ともいえる「あの必殺技」も受け継いでいます。
そして後継機であるバニシングゲイザーもまた、本当にかっこいい機体です。
本作でも受け継いだものを大切にしながら、その先にある物語を描きたいと思っています。