ウマ四駆 ─DIAMOND GAZER─   作:ヘリの準備

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第3話 決着の果てに

「あの5番の子───バニシングゲイザーさん、今わざとスタートを緩めたような……」

 

 グラウンドに設けられた観戦席よりもさらに前。

 チームリギルの関係者が陣取るその場所で、リギルのサブトレーナー、桐生院葵が確かめるように呟いた。

 

 多くの名トレーナーを輩出してきた名門、桐生院家の一人娘で、初の担当ウマ娘であるハッピーミークの指導で早くも才覚を示した新星。

 しかし新人ゆえの経験不足で悩むことも多く、そこを昨年チームリギルのサブトレーナーとして迎え入れられた経歴を持つ。

 

 基本的に新人トレーナーは単独でウマ娘の指導を担当するか、あるいはサブトレーナーとして経験を積んだあとに独り立ちするかのいずれかに分かれる。

 そのため桐生院のように途中からサブトレーナーへと移る例は、他のチームではあまり見られない。

 しかし現在のリギルでは、サブトレーナーであってもそれぞれに担当ウマ娘がいる形態をとっており、補助役のみでなく「互いに高めあうトレーナー集団の一員」としての役割を強く求められる。

 

 自他共に認める学園最強のチーム、リギルのサブトレーナー。

 その一員であることが、桐生院の高い能力を証明していた。

 

 そして、彼女の呟きに応える者が一人。

 

「恐らくはそうでしょう。どうやらこのレース、完全に後方で追い込みバとして立ち回るつもりらしいわ」

 

 洗練された着こなしのスーツ姿で、眼鏡越しにレース展開を見つめる鋭い眼光。

 チームリギル創設者にして現在のチーフトレーナー、東条ハナその人である。

 

 絶対王政、氷のような女性。

 一切の無駄を許さない合理主義を担当ウマ娘に徹底させるその指導方針から、かつてウマ娘のみならずトレーナー陣からもそう恐れられた存在。

 苛烈にも映った方針に向けられる外野からの雑音を、彼女は結果を示すことで黙らせてきた。

 

 しかし実際のところチームリギルは絶対王政ではないし、彼女も氷のように冷たい人物などでは断じてない。

 彼女が勝利を至上として合理主義を徹底したのは、その全てが担当するウマ娘たちを思うが故のこと。

 厳しさが必要な状況が多いからこそその面が目立つだけで、暖かさが必要な時には真摯に寄り添える優しさが彼女にはある。

 現に東条と担当ウマ娘たちの関係はいずれも良好であるし、かつて双方の方針が折り合わずリギルを抜けることになったサイレンススズカも彼女に感謝しているという。

 他のトレーナーに対する面倒見も何だかんだ良かったことから、彼女が表(・)向(・)き(・)は「後進育成のため」としてチームにサブトレーナーを迎え入れ始めたことはそれほど驚かれなかった。

 

 そんな彼女が現在はウマ娘の指導において、非効率をある程度は許容するようになっていた。

 こちらの変化については多くの者が驚いたものであるが、東条はその理由を「近代のウマ娘の傾向に合わせるため」と説明している。

 実際に東条が直近で担当したデアリングタクトの指導では、成功のためには方針の転換が必須であった。

 そして彼女を史上初となる無敗でのトリプルティアラに導いたことからも分かる通り、東条の手腕に揺るぎはない。

 

 ……ごく一部の者たちの間で。

 東条の方針が軟化した本当の理由は、あ(・)る(・)トレーナーとの仲を急速に深めて心境の変化があったからではないか───などと噂されているが、真実は定かではない。

 少なくとも、今は。

 

「彼女が予選とは真逆のポジション取りをしている……というのは置いておくとして、あまり効率的なスタート方法ではありませんよね?」

 

「その通りよ。差しや追い込みを狙う場合においても、スタートではしっかりとスピードを出したほうがいいわ」

 

 桐生院の疑問を東条が肯定する。

 スタートでウマ娘が遅れる理由は主に二つあり、その一つはスタートのタイミング自体が遅れてしまう単純な出遅れ。

 特に逃げや先行を狙うウマ娘にとっては、レース中に避けるべき失敗の筆頭格といえる。

 出遅れた時間に等しい距離をそのまま損するうえ、スタート直後の位置取り争いでも大幅に不利になるからだ。

 

 もう一つはタイミング自体は遅らせず、あえてスタートでのスピードを抑えるというもの。

 一般道における自家用車の法定速度ほどの速さまで爆発的に加速していくウマ娘のスタート時において、その体躯にかかる負荷は尋常ではない。

 ならばそれを軽減して脚を残しつつ、差しや追い込みを狙えるポジションにつこう───という狙いだ。

 

 東条が述べた通り、現代のレースにおいてはどのポジションを狙うにせよ、スタート時は速度を確保するほうが好ましいとされている。

 それでもなおこの戦術を取るのはスタートでの加速を苦手としていたり、ペース配分が極端に不得手で「スタートが良すぎて逃げざるを得なくなった」となりかねないウマ娘だろう。

 しかし予選での様子を見るに、恐らくバニシングゲイザーはどちらにも当てはまらない。

 だとしたら───

 

「───末脚にもよほど自信があると見える。どうやらただの目立ちたがり屋というわけではないようね」

 

「きっとそうでしょう。だってバニシングゲイザーさん、とてもいい表情をしていますから」

 

「これで上位争いに加わるようなら面白いわ。後はお手並み拝見といったところね」

 

 逃げウマとしての素質を見せていた者がいきなり真逆の戦術をとったうえ、あえて効率的ではないスタートを選択したこのレース。

 東条は奇策よりも王道を良しとするトレーナーである。

 以前の東条なら間違いなく、かなり渋い顔をしていただろう。

 そして、今の彼女に浮かぶのは……ちょっと渋い、と言えるかもしれない表情。

 

 無論、皆がレースの展開を一瞬たりとも見逃すまいとしている現状。

 そんな東条の表情を伺う者は、すぐ隣にいる桐生院を含めて誰もいなかった。

 

 

 観戦者の中で、バニシングゲイザーのスタートの意図に気づいた者は多い。

 だがそれはグラウンドの外という、レーストラックを一望にできる上(かみ)の視点だからこそ分かったこと。

 実際にレースを走るウマ娘たちにとって、ただでさえ極限の集中を要するスタートの直後、それに気を向ける余裕はなかった。

 今の彼女たちに分かっているのは、逃げウマと思われた存在が最後方の位置に沈んでいるという事実のみだ。

 

 逃げを行うウマ娘の脚質適性は先行までであることが大多数なうえ、バニシングゲイザーはコーナーがそれほど得意でないことも予選で分かっている。

 そんなウマ娘が最後のコーナーで外を回る可能性が高く、コーナーを走る距離が伸びる追い込みの位置につくようなら驚異ではない。

 ならば今、彼女たちにとって意識を割くべき存在はバニシングゲイザーではないだろう。

 

 ゆえに、ウマ娘たちの意識はバニシングゲイザーから外れる。

 そしてそれは現在先頭を走っており、このレースで唯一の逃げウマとなった存在───コパノリッキーへと集中していった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

(やっぱり───何(・)か(・)し(・)て(・)き(・)た(・)っ!)

 

 バニシングゲイザーとの競り合いを覚悟で逃げを選択し、結果的に単騎逃げという最高の状況につけたコパノリッキー。

 レースを走るウマ娘の中、コパノリッキーは「バニシングゲイザーが自ら追い込みを選んだ」ことを確信していた。

 バニシングゲイザーのスタートを注視していたわけではない。

 その根拠はこのグラウンドにおける陰と陽の均衡、そしてウマ娘たちそれぞれが持つ氣の流れにあった。

 

 森羅万象、あらゆる物事は陰と陽のいずれかに分類することができる。

 陽の配分が高くなればなるほど良いと誤解されることもあるが、大事なのは均衡(バランス)である。

 もし陽の氣ばかりが高まれば誰しも落ち着きを欠いてしまうもので、結果的にそれはミスへと繋がるのだ。

 そして、個々が持つ氣の流れも周囲の者に波及する。

 勝負事において誰かがミスしたとき、その対戦相手にまでミスが連鎖しやすいのは決して偶然ではない。

 実際に予選ではそのようなレースが幾度かあったし、コパノリッキーはそういった流れを読み切ることに極めて長けていた。

 

 この戦いの舞台における陰の氣とは、チームリギル選抜の決勝という状況によって引き締められた緊張感だ。

 陰陽の均衡がとれたグラウンドで、それぞれのウマ娘たちに流れる氣も整っている。

 その中でも特に際立つのは───先頭と最後方という離れた位置からでも分かる、自信に満ちたバニシングゲイザーの氣。

 

 ならばこの状況で、ミスによる出遅れなど起きたはずがない。

 

(理想としてはこの後、できるだけ脚を残せるようにしたいんだけど……)

 

 ハイペースは差し有利で、スローペースは先行有利。

 ずっと昔から知られている、ウマ娘のレースのセオリーだ。

 ハイペースなレース展開では、先行したウマ娘の脚が残らず失速して後続に差しきられる「前崩れ」が。

 逆にスローペースなら、脚を残した先行バが位置の利を保ってゴールする「前残り」が起きやすいという考えである。

 

 もちろん最終的に重要なのはウマ娘の実力であり、予想を覆す走りを見せる者はいつの時代にも存在する。

 とはいえこのセオリー自体は確固たるもので、現在1番手を走るコパノリッキーにとって、終盤まで脚を残せるレース展開のほうが都合が良いことは間違いない。

 逃げウマが一人しかいないレースではそのウマ娘がペースメーカーとなりやすく、コパノリッキーは今後のレース展開を大きく左右する位置にいた。

 

 しかしすぐ後ろに数多くの先行バが控えているこの状況で、コパノリッキーだけが脚を残そうと露骨に減速を試みるようであれば、たちまち先行集団に飲み込まれておしまいである。

 もし逃げウマと先行バたちが揃ってペースを落とすことを考えるようであっても、後半での差し切りを狙うウマ娘たちがそれを許さず前方に圧力をかけ、ペースを上げざるを得なくするだろう。

 単騎逃げになったとはいえ、このレース展開で意図的にスローペースな展開を作り出すことは極めて難しい。

 だから今のコパノリッキーにできることは、自らの感覚を頼りにレース全体のペースを推定し、スタミナの配分を慎重に行うこと。

 そして、レース終盤に起こる展開を早い段階で見極めることである。

 

 先頭で逃げ続けながらコパノリッキーはちらりと後方を窺う。

 隊列が詰まっており、全体を把握するのは難しくなかった。

 目にしたのは、自分を捕らえるタイミングを計っているウマ娘たちと、そして今は彼女らにさほど意識されていない存在───バニシングゲイザー。

 

(これはとても、余裕なんてなさそうかなあ……)

 

 このタイミングでコパノリッキーは察した。

 恐らく今回のレース、スローペースにすることはできないと。

 終盤に襲い来るであろう困難から、耐えなければならないことを。

 

(うん、大丈夫。覚悟はできてる)

 

 僅かな間だけうつむくようにしていたコパノリッキーは、すぐに顔を上げる。

 風水もレースも同じ。

 夢を叶えるため最後に必要なものは───自分の力なのだから。

 

(大吉祥(だいきちじょう)*1の走りを目指せば、絶対に結果はついてくる! いくよっ!!)

 

 コパノリッキーはぐっと脚に力を込める。

 やがて訪れるラストスパートの先にある、勝利を目指して。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 レース全体のペースが速い。

 第3コーナーに差し掛かるレース後半にもなれば、誰もがそれに気づいていた。

 逃げウマが少ないレースはスローペースになりやすいものだが、この条件でもハイペースで進む展開になること自体は珍しくない。

 

 この展開を作り出したのは、中団に控える差しウマたちである。

 隙があれば抜いてしまうぞと言わんばかりにプレッシャーを前にかけ続けることで、先行バたちを消耗させることに成功していたのだ。

 当然ながら差しウマたちも少なからずスタミナを使ってしまったが、消耗戦になればより多く脚を残せている彼女たちが有利だ。

 

 そして、レース展開が一気に動き始めることが多い場所、第4コーナーへとウマ娘たちが突入する。

 ここに来て、ある差しウマ娘は仕掛けるタイミングを慎重に窺っていた。

 先行バたちが確実に消耗していて隊列が詰まっている今、このコーナーの後半から最終直線で彼女たちを捕らえる算段は十分できている。

 今もなお先頭で逃げるコパノリッキーも、彼女にとって適性外の芝というバ場でこのハイペースなら、もうすぐ垂れてくるはず。

 ならば自身もスタミナを消費している今、焦ることはない。

 失速しないでゴールできる、最高のタイミングを見計らってスパートをかけるべきだ───

 

 ───彼女がこう考えたのは賢明である。

 先行バたちが消耗して目の前にチャンスがぶら下がっている、焦ってしまいがちな状況において仕掛けるタイミングを待ったのは正しかった。

 彼女は間違いなく、あらゆる選択肢の中で最も速くゴールできる選択をしたのだ。

 

 彼女は二つの点で運が悪かった。

 まず一つは、コパノリッキーがこの速いレース展開かつ適性外のバ場にあってまだ脚を残せる、デビュー前のウマ娘として規格外な存在であったこと。

 そしてもう一つは、先行するウマ娘たちを注視するべき展開で意識から切っていたウマ娘が、いつしかレースを脅かす存在と化していて。

 

 今まさに、自分を抜き去ろうとしていたことだった。

 

「……え……?」

 

 後方の大外から突如現れた、閃光のような存在。

 一瞬何が起こったのか分からなかったウマ娘から、呆気にとられたような声が漏れる。

 ロケットを思わせる爆発力と、グリップに優れたスポーツカーのごとく鮮やかなコーナリングで一気に順位を上げていくウマ娘───バニシングゲイザーの姿がそこにはあった。

 

「う、うそっ!?」

 

「そんな……っ!」

 

 全体が詰まっていた隊列で、次々と追い抜かれていくウマ娘たちの表情が驚愕に染まる。

 慌ててスパートをかけても追いつけない。

 その理由は予選とはあまりにも違いすぎる、バニシングゲイザーのコーナリングである。

 

 直線のスピードこそ驚異的だった、予選でのバニシングゲイザー。

 しかしコーナーでは遠心力に身体が負けて重心がぶれ、速度が落ちているのが明らかだったのだ。

 けれど今、バニシングゲイザーのパワーが遠心力に挫ける様子は全く見受けられない。

 むしろそこにあるのは終盤での競り合いでこそ力を発揮する、生粋の追い込みバの姿。

 

 ───まさか予選では、力を隠していた?

 いや、予選での彼女は間違いなく逃げウマで、コーナーが苦手だったはずだ。

 

 では今、自分を置き去りにしようとしている、このウマ娘は何だ?

 

 夢でも見たかのような錯覚に囚われた者を置き去りにする、凄まじいスピード。

 バニシングゲイザーが最終直線へと突入し、その勢いで先行バたちをも抜き去りながら更に加速する。

 

 ウマ娘であればたった十数秒で駆け抜けてしまう、残りあと300メートルほどの最終直線。

 なおも先頭を逃げ続けるコパノリッキーと、猛追するバニシングゲイザー。

 

 レースはいよいよ最終盤を迎え、この二人の一騎打ちの様相を呈していた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

(コパノリッキー先輩、なんて強さだ───っ!)

 

 コパノリッキーの背中が近づいてくる。

 だがそれより、遠くからゴールが迫ってくる速さの方が早く感じられる。

 そう思わせるのは、バニシングゲイザーを押し返さんと言わんばかりに放たれる、コパノリッキーの凄まじい気迫だった。

 

 この最終盤までほぼ理想通りに進んだレース展開で、圧倒的に逃げウマより追い込みバが有利な状況にある。

 ここまで近づけば分かるコパノリッキーの乱れた呼吸、噴出する汗、言葉にならない声。

 彼女はもうとっくに限界を超えているはずなのに、なお差し切れない。

 勝利を目指す理由があるのは誰もが同じだけれど、彼女の精神力はきっと抜きん出たものなのだろう。

 

(───だとしても、負けるつもりはない!)

 

 バニシングゲイザーは怯まず、コパノリッキーの気迫を掻き分け突き進む。

 押し寄せる圧に逆らうその様は、極限の境地で重力と戦うフォーミュラカーを彷彿とさせるものだ。

 

 5番のゼッケンをつけたバニシングゲイザーの、胸の内にある自信。

 その根拠は、このレースに賭ける自分の思いこそが誰よりも強いはず───という類のものではない。

 抱いている願いが、「すべてのウマ娘の幸せ」に比べればあまりにもちっぽけなものであることを知っているから。

 

(勝ちたい)

 

 多くの失敗と、臆病な自分を乗り越えてきたバニシングゲイザーに宿ったもの。

 それはどんな強敵が立ちふさがろうとも、自分が進むべき道は揺らがないという信念だ。

 

 そして、今の彼女を前へ前へと突き動かす力の根源にあるもの。

 それは───

 

(この強い相手に勝ちたい!)

 

 ───目の前の強敵(ライバル)にただ勝ちたいという、走者(レーサー)としての純粋な闘争心だった。

 

「───勝つんだあああああああああっ!!」

 

 正真正銘のラストスパートで、バニシングゲイザーが叫ぶ。

 それは、もはや脚を残していたアドバンテージなど使い果たした先で、最後に振り絞った力だ。

 

 

 そして。

 ついに、両者がゴールを駆け抜けた。

 

 

 訪れた終わり。

 最後は気力のみで走っていたとさえいえる、バニシングゲイザーとコパノリッキー。

 ならばそこで勝敗を決したものは、果たして勝利への気持ちの強さだっただろうか。

 

 否(いな)。

 

 ───その答えは無情にも、生まれ持ったバ場適性の差。

 ダートが本領のコパノリッキーと、芝を得意とするバニシングゲイザー。

 互いに死力を尽くした最後の最後、たったそれだけの、果てしない差が。

 

 1バ身という距離になって現れた。

 

 

 1着、バニシングゲイザー。

 2着、コパノリッキー。

 

 

 白熱のチームリギル選抜テスト。

 それが今、決着した。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 ひたすらに酸素を求める本能に身を任せ、ゴールしてしばらくは息を整えることにのみ集中していたバニシングゲイザー。

 ようやく少し落ち着いてきたところで、彼女は自分のもとへと歩いてきたコパノリッキーに視線を向ける。

 そこにあったのは、自分よりも満身創痍といった様子のコパノリッキーの姿だった。

 

 死力を尽くした末の結末、届かなかった勝利。

 それでもコパノリッキーは、決して膝を折ることはなく。

 

「全力、出せたんだけどなあ───強かったよ、バニシングゲイザーさん」

 

 コパノリッキーが顔を上げ、勝者を讃える。

 そのすっきりとした表情は、きっと悔しさを覆い隠すためじゃない。

 彼女はもう、敗北を受け入れた先に待つ未来を見ているのだろうから。

 

「───それはこちらの台詞ですよ、コパノリッキー先輩」

 

 その姿を瞳に焼き付けながら、バニシングゲイザーが言葉を返す。

 本当に強い人だと、改めて思った。

 

 

 トゥインクル・シリーズのようなアナウンサーによる場内実況も、観衆による耳をつんざく大歓声もなく、騒めきに包まれていた観戦席。

 そして今そこに、自然と拍手が湧き起こっていた。

 先頭の二人に限らない。

 担当トレーナーも所属チームもないウマ娘たちによるものとは思えないほど、ハイレベルなレースだった。

 

 拍手がする方向へバニシングゲイザーが目を向けると、レースを観ていたトレーナー達が、出走したウマ娘たちへ熱視線を向けているのが分かった。

 その中にはリギルのサブトレーナーの、コパノリッキーに対するものも含まれていて。

 間違いなく彼女も合格するだろうな、とバニシングゲイザーは確信した。

 

 しかし、今はそのサブトレーナーが声を掛けに来る様子はない。

 そしてコパノリッキーも空気を察したのか、いつの間にか身を引いている。

 ───それは今から起きるであろう、ある出来事を見届けるためである。

 

 

「バニシングゲイザー」

 

 

 熱が冷めやらぬグラウンドの中にあってなお、しっかりと通る声。

 チームリギルのチーフトレーナー、東条ハナの姿がバニシングゲイザーの近くにあった。

 

「予選での逃げと今回の追い込み、どちらも見事だった。私たちと共にこのリギルで、トゥインクル・シリーズの頂点へと駆けよう」

 

 東条が手を差し出す。

 『あなたをナンバーワンにしてみせる』という、自信に満ちた表情をたたえながら。

 

「───もちろん。喜んで」

 

 バニシングゲイザーも『応えてみせましょう』と言わんばかりに強気な、そしてどこか挑戦的にも見える笑みでその手を取った。

 

 

 ───チームリギル所属、バニシングゲイザー。

 たくさんの視線に囲まれる中で。

 彼女のトゥインクル・シリーズが、そして日本ダービーへの遠い道のりが、スタートした。

 

*1:
幸福や繁栄の兆し、喜び祝う気持ち。「だいきっしょう」とも。




 バ場適性による差は本来、1バ身どころでは済まないはずなのですが……
 そこは本作のコパノリッキーがバケモン染みた強さだったということで何卒ご容赦ください。
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