「それでは二人の合格を祝しまして! 乾杯っ!!」
「かんぱーい!」
「乾杯」
「Cheers……」
トレセン学園の学生寮、
一人が乾杯の音頭を盛大にとり、他の三人が各々の調子で応える。
これから行われるのは、バニシングゲイザーとコパノリッキーがチームリギルの選抜テストに合格したのを祝する、少人数でのお祝い会である。
部屋にはいつの間に作ったのやら、「合格おめでとう!」という達筆な横断幕が掲げられており、四人が囲うテーブルの上にはたくさんの料理が並べられていた。
「ありがとうございます、でもまさかこんなに豪華なお祝いをしてもらえるなんて。すみません、先輩方」
「───No problem.」
「全然大丈夫だよ! どうしても二人をお祝いしたくて張り切って準備しちゃったし、あたしたちも楽しかったもん!」
バニシングゲイザーの言葉に応えるのは、この場をセッティングした二人のウマ娘たち。
どちらも、昨年のトゥインクル・シリーズを大いに沸かせた存在───ブリュクスマン、そしてキタサンブラックだった。
キタサンブラック、ブリュクスマン、ドゥラメンテの三人が激突し、トゥインクル・シリーズ史上でも屈指の盛り上がりを見せた昨年のクラシック三冠レース。
彼女たちを中心に巻き起こった力強いレースの数々は見る者を魅了し、シリーズの新しいファンが爆増したという。
あまりの激戦の反動か、現在この三名のうちブリュクスマンとドゥラメンテは長期療養へと入っており、彼女たちの今後の動向は注目を大いに集めている。
そんな有名ウマ娘たちのうち二人が個人的にお祝い会を開いているのだから、並んだ料理だけでなくその点も豪華であると言えるかもしれない。
特に新入生のバニシングゲイザーにとっては恐縮してしまいそうな状況にも見えるが、彼女にとってこの二人は、昨日今日知ったばかりの存在というわけではなかった。
「うわー、すっごい! これだけの量を準備するの、とっても大変だったんじゃない?」
「さすがに全部手作りとはいかなかったけど、あたしたちで作ったのも結構あるんだよ! 喜んでくれたら嬉しいな!」
卓上に並んだ色とりどりな料理に、目をキラキラさせるコパノリッキー。
そんな彼女にハキハキと答えているのは、ふわりとしたボブカットを少し前寄りのツーサイドアップで束ねたウマ娘───『お祭り娘』キタサンブラックである。
商店街の人たちへの挨拶を兼ねた朝練で学園外に出ていたキタサンブラックと、入学より少し早く日本に到着していたバニシングゲイザーが出会ったのは、完全な偶然だった。
キタサンブラックは人助けを苦と思わない、人情溢れるウマ娘である。
明らかに土地勘がない様子の外国のウマ娘に対してオススメのランニングコース、トレセン学園に入学するにあたっての心構えなどの情報を、貴重な練習時間を削ってまで惜しみなく授けていた。
このキタちゃん印のお役立ち情報にバニシングゲイザーは大いに助けられたものであり、それ以降も度々お世話になったことから、現在は親しみを込めて「キタサン先輩」と呼ぶようになっていた。
そしてキタサンブラックは、コパノリッキーと幼なじみの仲である。
リギルの選抜テストも手に汗を握りながら観戦しており、レースが終わって真っ先に拍手を贈ったのが彼女だった。
今回のお祝い会を主導し、このやたら気合いの入った横断幕を準備したのもキタサンブラックである。
「Not bad……」
そして言葉少なに料理を口に運んでいる、褐色肌でショートヘアのウマ娘が『黒き旋風』ブリュクスマン。
トレセン学園に入学後のバニシングゲイザーが、現在までに最もお世話になっている先輩が彼女である。
というのもバニシングゲイザーにとっては寮でのルームメイトが彼女であり、四人が集まっているこの場所こそが二人の寮部屋であった。
ブリュクスマンはこれまで同じレースを戦ったキタサンブラックと友人になっており、彼女を通じてコパノリッキーとも面識があったことから、今回この四人で集まることに相成ったわけである。
ちなみにキタサンブラックやコパノリッキーの寮部屋があるのは美浦寮とは別の寮、
四人が集まるにあたってこの部屋が選ばれたのは、純粋に都合が良かったのに加えて、新入生のバニシングゲイザーに他三人が気を使ったからという面もあった。
人間より優れた聴力を持つウマ娘たちが過ごすトレセン学園の学生寮は、アスリートの休息所でもある。
それだけに寮の防音にはかなりの力が入れられており、よほど騒ぎすぎない限りは問題ないよう作られている。
……ただそこは、若く元気なウマ娘たちが集う学生寮。
限度を超えて「よほど」騒いでしまう者もしばしば現れるため、その度に寮長が駆り出される光景が一種の風物詩になっているのだが。
そのような事情もあるため、今回集まるにあたっては念のため美浦寮と栗東寮、双方の寮長に許可を取っている。
四人ともトラブルを起こすようなウマ娘ではないため、問題になる心配はないだろう。
「お惣菜もお皿にキレイに盛り付けてあるし、手作りの料理はどれもすっごい手間をかけてくれてる! 食事は頑張って準備すると開運効果が
……心配ないはずなのだが、ちょっとばかり心配になるテンションで興奮気味に言葉を並び立てている存在が一人。
コパノリッキーである。
バニシングゲイザーがこの数日で、「リッキー先輩」と呼ぶほど親しくなったコパノリッキー。
彼女について分かったことの一つが、風水について誰かに話すときはできるだけ分かりやすい言葉選びをするよう心がけているということ。
これは風水に親しみを持ってほしいというコパノリッキーなりの配慮、そして話し相手を思いやる彼女の優しさなのだろう。
……それだけに、もはや謎としか思えない単語がポンポンと飛び出している今の彼女は。
(リッキー先輩……間違いなく掛かってるな)
「Uhh……?」
食事の手を一旦ストップしてコパノリッキーの様子を伺うバニシングゲイザー。
ブリュクスマンもクエスチョンマークを浮かべた表情で、コパノリッキーのことを見つめている。
(……とりあえず、『コパコパしてきた』ってなんだ……?)
そんな疑問ができるだけ伝わるようにして、バニシングゲイザーは無言でキタサンブラックに視線を移す。
……キタサンブラックから返ってきたのは口に出されずとも分かる、『ごめん、あたしにもよく分からないや』という苦笑いだった。
どうやら幼なじみでも、分からないものは分からないらしい。
☆ ☆ ☆
学園の敷地内で独立して建てられている、リギルのチームルーム。
学内で最大規模のチームとなった現在、そのチームルームも相応に大きい。
幾度も増改築されてきた内部には複数の部屋があり、ロッカールームやミーティングスペースの他に、簡単なトレーニングを行うことも可能な造りになっている。
「お疲れ様ですチーフ。コーヒー、お飲みになりますか?」
そして、その中の一室として設けられているトレーナー室。
資料が広げられたデスクに座る東条の背中に、桐生院がコーヒーの入ったビーカーを片手に声をかけた。
「……ありがとう、そこに置いておいてもらえると助かるわ」
桐生院にちらりと視線を向けながら言葉を返す東条。
その様子には力がなく、明らかに疲れている様子が見てとれる。
東条が頭を痛めている原因が机上の資料にあることは、桐生院も分かっているようだ。
「バニシングゲイザーさんの今後のプラン、やっぱり難しいですよね」
「全くよ。少なくとも私は、こんな特徴をもったウマ娘にこれまで出会ったことがないわ」
東条は改めて、その資料───バニシングゲイザーがチームに加入したとき提出した、彼女の特性について記されたデータに目を向ける。
文中に「セッティング変更」などという
「コパノリッキーについては承知していたけれど、まさかバニシングゲイザーの方がここまでの変わり種だったとはね。本当にとんでもない連中を加入させてしまったわ」
そんなぼやきに対し、少し困った様子ながらも同意する頷きを返す桐生院。
彼女が自身の席に戻ったのを見送ってから、東条はため息をつく。
─────────
思い出されるのは、バニシングゲイザーとコパノリッキーがリギルに加入した初日。
契約についての書面作りや方針の大まかな確認のため、二人をこのトレーナー室に連れてきた時のこと。
その場で真っ先に出てきたものは、「ひゃああああっ!」というコパノリッキーの叫びだった。
「……構わん、気になったことがあるなら言ってみろ」
思わず声が出てしまった、という様子で大慌てで口を押さえるコパノリッキーに対し、東条が続きを促す。
聞いてみるとこのトレーナー室、レイアウトが風水的にあまりよろしくない状態なんだとか。
……特に、東条のデスク周りが壊滅的であるらしい。
「ま、まずは盛り塩だけでも……」
「……えーと、その、コパノリッキーさんはあっちで私と話しましょう!」
やがて目を回してうわごとのように呟き始めたコパノリッキーを、大慌てで桐生院が手を引いて移動させる。
その様子を東条は呆気に取られたように、隣のバニシングゲイザーは楽しそうに見ていた。
だから、そんな空気が抜けきらないタイミングで落ち着きを取り戻そうと、東条がまず選んだ話題。
それは選抜テストの予選と決勝でバニシングゲイザーの走りが全く異なったこと、特に決勝であの走りを選択した理由だった。
それについて、本人に尋ねてみた結果───
「そうですね、あのレースではゼッケンが5番だったので」
このバニシングゲイザーの返答に対して、「…………は?」と東条らしからぬ間の抜けた声が口から漏れてしまったのは、きっと誰にも責められないだろう。
─────────
あの時のバニシングゲイザーの言葉選びは、軽いジョークではあったのだろう。
それでも内容自体は至って
服装やウマ番によってレースでの調子が上下する、という範囲であれば十分に理解できる。
G1レースを走るウマ娘の勝負服は綿密な調整が必要になるし、特定のウマ番に強い拘りを持つ者が抽選の結果次第で絶好調になったりもするからだ。
しかし資料のメイン部分、つまりバニシングゲイザーは身に着けたものによって走り
ヒトと共に歩み始めて長い歴史が経った今もなおウマ娘は神秘的な存在であり、科学的にも不明瞭とされる部分が多い。
そして「追い込みが得意」「逃げしかできない」といった脚質適性の決定には、肉体の構造だけでなくメンタル面にも大きく左右される。
誰もが認める名トレーナーであっても適性を見誤ってしまうことが珍しくないのは、それぞれが持つ心の内を目に見える形にはできず、ウマ娘本人でさえその全てを把握することはできないからだ。
そしてウマ娘の気性には遺伝により生まれ持った部分が大きく関わることが知られており、脚質を後天的に変化させるのは容易ではない。
とはいえ脚質が変わっても常識外とまではいえないし、何らかの事情で気性が変化した者が脚質をがらっと変えた例もある。
現在のトゥインクル・シリーズで活躍する『変幻自在』マヤノトップガンのように、どの脚質でもこなせる者も極めて稀ではあるが存在する。
だがバニシングゲイザーに起きる変化は脚質どころか、「コーナーや上り坂が得意かどうか」「右回りと左回りのどちらが速いか」といった部分にまで及んでいた。
これはメンタル面の影響だけで片付けられる範囲を明らかに逸脱しており、長年に渡って積み上げられてきた常識をひっくり返しかねない内容だ。
さすがに東条もこれを手放しで信じる訳にはいかず、これまで様々なパターンでバニシングゲイザーを走らせてみたのだが───
(───この資料に書かれている通り、走りが全くの別物に変わっているとしか言いようがなかった。それを目の当たりにした以上、これを信じない訳にはいかないわね)
そこで東条が目にしたのは、根本から適性が変わったとしか思えない走りの数々。
それぞれを例えるなら、『スーパーカー』マルゼンスキーを彷彿とさせる目が覚めるような逃げ足と、『シャドーロールの怪物』ナリタブライアンを想起させる中団から襲い来る爆発力、そして『女傑』ヒシアマゾンを思わせる燃え上がるような追い込みだった。
無論、現状のバニシングゲイザーの実力は例に出した者たち───リギルのウマ娘の完成形にはまだほど遠い。
しかしこの名だたるウマ娘たちにも未熟だった時期は確かにあり、東条はリギルのトレーナーとして、彼女たちのデビュー前を誰よりも知っている。
だからこそ、それらとバニシングゲイザーの走りを結びつけて「全くの別ものに変わっている」と結論付けるしかなかった。
ただしバニシングゲイザーが本当の意味で走りを自在に操れるのかといえば、実際はそうでもない。
彼女の走りが装身具によって左右される以上、レース中の展開に合わせて走りを切り替えることができないからだ。
当然ながらトゥインクル・シリーズでの戦いにピットインはないし、レース中に着替えることも、着替えを持ち込むこと自体も不可能である。
そして彼女が本領を発揮するためには、レースで使用するものをある程度は着用し続けておく「
こうなっては後出しでの脚質変更は諦めるしかないし、バニシングゲイザーの特性を熟知する者がレース前に彼女の姿を見たら、「今日はこんな走りをするんだな」というのが丸わかりだ。
つまりマヤノトップガンのような者を脚質自在とするのであれば、バニシングゲイザーはいわば「脚質可変」とでも言うべき存在。
レース前の車検を通過したレーシングカーに大幅なセッティング変更を許されなくなるような、そんな融通の利かなさがある。
だからこそ異質さが尚更のこと際立っており、もし彼女の特性をウマ娘の適性や「魂」について研究している者が知ったら、間違いなく目の色を変えるだろう。
(もっとも、私がこれを吹聴することはないけれどね)
東条はあくまでトレーナーであり、ウマ娘たちを勝利へと導く者である。
ならば彼女が担当ウマ娘のために選ぶのは当然、特性の秘匿だ。
バニシングゲイザーの特性について日本で詳細を把握している者は、リギルの関係者を除けば極わずかである。
しかし今後バニシングゲイザーは実力あるウマ娘として確実に、専門家やライバル陣営に研究され続けることになるだろう。
いずれはレース中の脚質変更が不可能であることや、パドックに立った時点で「今日はこの走りで来る」ということまで暴かれる日が訪れるだろう。
東条は、その未来が問題になるとはさほど考えていない。
ウマ娘の性質はレース前に分かっているほうがむしろ当然であるし、情報アドバンテージの有無に関わらず勝利できるだけの素質がバニシングゲイザーにはある。
だから、問題があるとするのなら───
(この特性をトレーナーとして私がどう扱うべきか、か)
東条は今後のバニシングゲイザーの育成と、レースのプランについて思考を巡らせ続ける。
その中で、現在のバニシングゲイザーが特に得意とする脚質である、差しから追い込みに絞らせることも考えた。
あらゆる選択肢を行ったり来たりするのは、全てが中途半端になる危険性と隣り合わせだ。
それよりも狭い範囲に集中させたほうが確実性は高く、トレーニングの効率も良くなる。
あらゆる才能に恵まれたアスリートがその多くを最終的に切り捨てることなど、スポーツでは良くあることだ。
もし東条が「差しと追い込みに絞れ」と指示し、そのレースにふさわしい王道の戦略だけを選ばせ続けたならば。
バニシングゲイザーは従うだろうし、きっとリギルのウマ娘に相応しい戦績を残すだろう。
───だが本当に、それで良いのか。
東条の眼前にある、これまでバニシングゲイザーが熱心に纏めたであろう分厚い資料。
現在開かれているページには、「足元の装飾と蹄鉄の組み合わせ次第でダート適性が大きく変化する兆しがあり、現在研究中」と記されている。
トゥインクル・シリーズを芝の三冠路線で走るのが決まっている以上、この研究にはあまり意味がないし、むしろバニシングゲイザーが持つ芝への高い適性に悪く影響する可能性すらある。
この他にも、以前の東条なら無駄なことと止めさせたであろう内容が多くあった。
だがこの資料と、そしてこれまでのコミュニケーションで分かったことがある。
それはバニシングゲイザーが、自身のあらゆる可能性を試すことをモチベーションに繋げているということだ。
───そんなウマ娘からその機会を奪う方が、むしろ危険ではないか?
(……いや。結局のところ、これも言い訳に過ぎないわね)
やがてそう思い至り、東条は自嘲するような表情を浮かべる。
多くの才気溢れるウマ娘を担当してきた中で突如現れた、これまでにない特徴を持つウマ娘。
そんな彼女の個性を抑え込むのではなく、むしろ最大限に活かせるよう指導してみたい欲求が東条の中にはある。
そして彼女の指導を通じて、自身もトレーナーとして更に成長できるという確信めいた予感もあった。
そもそもリギルに多くのサブトレーナーを迎え入れた理由も、表向きは「後進育成のため」としているが、本当は東条自身が新たな経験を積みたいという思いのほうが強かった。
こう言うと他の者を利用したようではあるが、新体制のリギルは誰かを踏み台にするのではなく、共に高め合うことが確実にできている。
そしてバニシングゲイザーとの関係も、きっとそうなることができる。
東条の脳裏に、選抜テストが終わった直後に握手を交わしたバニシングゲイザーの、強気な表情がふと浮かぶ。
今にして思えば、あれはこちらに対して『私を上手く使ってみせろ』という意味合いがあったのだろう。
それもチームリギルの東条ハナという、名実ともに日本一のトレーナーに対して。
───ならばそれから逃げてどうする、応えないでどうする?
「───いいわ。やってやろうじゃない」
そう声に出して、東条は今後の方針について決意を固めた。
☆ ☆ ☆
「うーん、あのレースでバニちゃんが何か仕掛けてくるとは思っていたけど、追い込みをやってくるのは予想外だったなあ……二人はバニちゃんの特性を知ってたみたいだけど、まさか見ただけで気づいたの?」
あれから少ししてコパノリッキーが掛かりから無事に復活し、その後は特に想定外な事態もなく進んだお祝い会。
テーブルの上に並んでいた食事が完食された今は雑談タイムであり、話題に上がるのは先日のリギル選抜テストの決勝と、バニシングゲイザーの特性についてである。
「───That's wrong.」
「あはは、さすがに見ただけじゃ分からないよ。バニちゃんに教えてもらってただけ。これを聞いた時はビックリして『それ、秘密にしておいた方がいいよ!』って思わず叫んじゃったもん」
コパノリッキーの疑問に、ブリュクスマンとキタサンブラックが答える。
……なおコパノリッキーとキタサンブラックがいう「バニちゃん」というのは、言うまでもなくバニシングゲイザーのことである。
リギルではコパノリッキーの他にもエルコンドルパサーとグラスワンダー、マルゼンスキーも使っている呼び名だ。
日本に来る前までは愛称が「ゲイザー」でほぼ統一されていただけに、バニシングゲイザーはこう呼ばれるたび何だかくすぐったいような感覚を覚える。
けれど、それが決して嫌なわけではないのでそのままにしていた。
「おっしゃる通りなんですが、お二人には話しておいたほうが色々とプラスになるかなって。実際、こうして相談できている訳ですから。今のところお二人とリギルのメンバー以外には話していませんよ」
リギルの関係者を除いてバニシングゲイザーの特性を正確に把握している、現在のトレセン学園では僅かな存在がキタサンブラックとブリュクスマンである。
二人とも口が固く、他人の秘密やレースでの弱点を吹聴するようなウマ娘ではない。
選抜テストの前のコパノリッキーがバニシングゲイザーについて、レースとは全く関係のないことばかり把握していた事情がこれだった。
バニシングゲイザーも東条と同じく、自身の特性と弱点がやがて公になる可能性は高いと考えている。
だがそれまでの間、他のウマ娘にはレースが始まるまでどんな走りをするか全く分からないというアドバンテージを存分に使わせてもらうつもりだ。
───そして、バニシングゲイザーの隠し球はこの特性だけではない。
必殺技、あるいは秘密兵器とでもいうべき走法のトレーニングをスタートしており、こちらについては現在のところリギルでも東条しか知らない極秘事項である。
まだ実戦投入には遠いが、完成した暁には大きな切り札になるはずだ。
「───って、もうこんな時間! 楽しい時間は本当にあっという間だなあ……門限にはまだ余裕があるけど、念のため寮長さんたちと、あとダイヤちゃんにも少し遅くなるって連絡してくるね!」
キタサンブラックの言葉に反応してバニシングゲイザーが窓を見ると、外はもうすっかり暗く静かな夜を迎えていた。
一旦席を外すキタサンブラックを「ありがとう、お願いね!」とコパノリッキーが送り出し、ブリュクスマンも無言で頷いて感謝の意を示す。
キタサンブラックの口から出た、「ダイヤちゃん」というウマ娘。
それが彼女のルームメイトにして親友であるという、サトノダイヤモンドを指していることがバニシングゲイザーにも分かった。
本格化が予想よりも遅れて今年デビューする見込みの、サトノ家のご令嬢。
そして恐らくはバニシングゲイザーと同じく三冠路線を進むであろう、同期のライバルとなる存在。
「サトノダイヤモンド先輩、か」
その名前に、どこか運命じみたものを感じたバニシングゲイザーの呟き。
それは間もなくお開きになりそうなお祝い会の雰囲気とともに、宙へと溶けて消えた。
風水の解説本を読んでみると「いかにもリッキーがやりそうだな」と思えることが書かれていたりして、なかなか面白いです。
彼女もリギルに加入させる展開になったのは、それが大きなきっかけでした。