四人で訪れた、トレーナー寮にある一室。
トレーナーの「散らかっておりますが」という言葉とともに玄関の扉が開かれ、サトノダイヤモンドが中へと案内される。
本来は来客の予定などなかったであろうことは、サトノダイヤモンドも重々承知している。
だから、もしその言葉が本当だったとしても気にしないようにしておこうと心がけていた。
そして電灯が点けられて、いざ目にしたものは───
「わぁ……」
サトノダイヤモンドから思わずそう声が漏れたのは、純粋な驚きからだ。
小洒落たダイニングテーブルが置かれたその部屋は、散らかっているどころかしっかりと清掃と整頓がされていて、乱雑さは感じない。
……しかし単純に、物の数が多かった。
まず目に入ったのは、壁に貼られている様々な映画のポスター。
年代はばらけているが、ジャンルはアクションものがほとんどみたいだ。
ハンガーにかかっているのは、アメリカ海軍の戦闘機パイロットが着用する、オリーブドラブのフライトジャケット。
マヤノトップガンがG1レースで着用する勝負服に似ているが、ちょっとデザインが違う。
ほぼ新品みたいだし、こちらは観賞用だろうか。
額縁に収まっているのはサイン色紙。
誰のサインだろうと思ったら、なんと部屋にポスターがある映画の主演で、世界的に有名な俳優の名前が入っている。
いつ書いてもらったんだろう。
壁に近い位置でスタンドに立て掛けられている、四弦の白い楽器はジャズベース。
近くにあるフォトフレームでは、ハロウィンの仮装で楽器を手にするウマ娘たちの姿が写っている。
どんな演奏をするんだろう、いつか聴いてみたいな。
逆側の壁にあるのは、全身がすっぽりと収まる大きなウォールミラー。
キラキラしたフレームにはクラシックな彫刻がされており、シンデレラ城にでも置いてありそうなデザインだ。
鏡よ鏡、この世で一番美しいのは……って、それは白雪姫か。
その隣にある、ピンクのリボンをモチーフにしたカワイらしいドレッサーにも鏡がついている。
台に置いてあるもので特に目立つのは、たくさんのネイルグッズだ。
一人で使う量にしては多いし、もしかしたら共用のスペースにしているんだろうか。
だとしたら仲が良くっていいな……ってあれ、ここって一人部屋のはずだよね?
部屋の隅に置かれているのは、いくつかのぬいぐるみとカワイイ見た目のクッション。
大きなクマのぬいぐるみはちょっぴり古そうだけど、しっかり手入れされている。
きっと大切なものなんだろうな。
……あ、サトノグループがゲームセンターで出してるプライズのぬいぐるみもある。
ちょっと嬉しい。
そして、何よりも目を引いたのが。
埃を被らないようアクリルのケースの中に飾られた数々のトロフィーと、トレーナーと担当ウマ娘たち三人が写った写真。
写真の中で笑う彼女たちはトロフィーの輝きに負けないくらい、本当に幸せそうで───
「ビックリした? あそこに置いてあるアレとかコレなんかも、だいたいマヤのなんだよ!」
他にもたくさんの物品があり、その情報の奔流にポカンとしていたサトノダイヤモンドに対し、マヤノトップガンがなぜか少し自慢げな調子で解説する。
……部屋を見た時点で、薄々と察してはいたけれど。
このトレーナー、完全なパーソナルスペースであるはずのこの空間で、かなりの場所を担当ウマ娘に持っていかれているらしい。
マヤノトップガンに、こうなった理由を聞いてみたところ。
彼女のルームメイトであるトウカイテイオーが今年に入ってから、とある事情───その事情については学園生が全員知っている───で学生寮に戻らない時間が増え、それをひどく退屈に感じてこちらに来ることが増えたのだという。
実際、サトノダイヤモンドはトレーナー寮に入るにあたり受付で手続きが必要だったが、マヤノトップガンは顔パス状態であった。
間違いなく、かなりの頻度でここに通っているのだろう。
「居心地がいいのは分かるけど、あんまりお姉ちゃんを困らせたらダメだよ! って、マヤちゃんにはカレンからも言ってるんだけどね」
「そ、そうなんですね……」
まったくもう、と言わんばかりの調子で補足するカレンチャンに対し、サトノダイヤモンドの返す言葉がやや身の入らないものになる。
……部屋にはカレンチャンの私物と思われるものも多数あり、顔パスだったのは彼女も同じ。
人のことを言えないのでは……という思いは、さすがに口には出さないでおいた。
「───すみません、お待たせしました。サトノダイヤモンドさん、どうぞあちらの席にお掛けください」
部屋に置いてあるものにまつわる思い出話を二人から聞いているうちに、思ったより時間が経っていたらしい。
ウマ娘たちに声を掛けたトレーナーが手にしたトレーの上に乗っているのは、ティーポットと人数分のティーカップ、シュガーポットやティーコージーといったティーセット一式だ。
ダイニングテーブルの席に座ったサトノダイヤモンドの前に温められたカップが置かれ、トレーナーの「粗茶ですが」という言葉と共にダージリンの紅茶が注がれる。
それにサトノダイヤモンドも、「ありがとうございます、いただきますね」と感謝の言葉を返した。
「ほほう、サトノのお嬢様に紅茶をお出しするとはなかなかチャレンジャーだねお姉ちゃん♪ 大丈夫? ちゃんと淹れられた?」
「……いや、カレンたちも良いところのお嬢様でしょうが。それに最初は散々だったけど今はもう手慣れてるの、カレンが一番よく知ってるでしょ」
サトノダイヤモンドから見て左前の席に座ったカレンチャンの冗談めかした軽口に、トレーナーがぶっきらぼうに答える。
サトノ家の使用人の手腕にはさすがに敵わないものの、実際にかなり慣れた手つきで均一の濃さになるよう紅茶が注がれていた。
明るく澄んだ
「うーん、どれにしようかすっごく悩んだけど……やっぱり、初めてでもみんなで楽しむならこれが一番かな☆」
そして右前の席にぴょんと着席したマヤノトップガンが抱えているのは、ボードゲームが入った大きな箱だ。
どうやら、話が終わった後に四人で遊ぶ気で満々らしい。
「いや、遊びに来たんじゃないんだからね!?」
そんな鼻歌交じりのマヤノトップガンに釘を刺すトレーナー。
彼女の口調は出会って間もないサトノダイヤモンドに対するものと、担当ウマ娘たちに向けるものとで面白いくらいに正反対だ。
そして彼女たち三人のやり取りと部屋の様子から、彼女たちの間に強い絆があることをサトノダイヤモンドは感じていた。
(きっとこのトレーナーさんは、親しい相手にこそ自分の弱みを曝け出すタイプの人なんだろうな)
だから、それを外野から覗いただけで「ちょっぴり情けなさそう」と思ったのは早計だったのかもしれない……と、サトノダイヤモンドが考えていたところで。
「───さて、それでは本題に入りましょう」
サトノダイヤモンドの正面の席に座ったトレーナーが、宣言するようにそう口にして───緩かった部屋の空気が一変する。
瞬く間にこの空間を満たしたのは、真剣勝負のレースが始まる直前のような、ピリピリとした緊張感。
真っ直ぐに見つめてくる彼女に「情けなさそうなトレーナー」の面影はもはや微塵もなく、サトノダイヤモンドは一気に全身が引き締まるのを感じた。
「サトノダイヤモンドさん。私があなたをスカウトしたいと思った理由……よりも先に、その切っ掛けについてですね。実は私、あなたとキタサンブラックさんが先日あの場所で行ったレースを見ていました」
「そう、だったんですね……」
サトノダイヤモンドの声のトーンが少し落ちる。
人目につかない場所を選んだとはいえ、学園の敷地内でレースを行う以上は誰かに見られる可能性がある。
それは十分承知していたし、見られたこと自体は一向に構わない。
けれど、客観的な結果が惨敗としか言いようがなかったことも痛いほど分かっていた。
それでもあのレースはサトノダイヤモンドにとって、どうしても必要なものだった。
そんな戦いを見たこのトレーナーは、何を思ったのだろう?
「正直に申し上げますと、最初はキタサンブラックさんの偵察のつもりでした。彼女はまさに、鬼気迫るといった感じで───これがただの模擬戦ではないと気づきました」
サトノダイヤモンドの様子に気づいたのだろう。
トレーナーが、正直な言葉と真剣な眼差しでサトノダイヤモンドに向き合ってくる。
そんな彼女の様子を、カレンチャンとマヤノトップガンも茶々を入れることなく見つめている。
どうやら、話が一区切りするまでは口を挟まないことに決めたみたいだ。
「おっしゃる通りです。私が彼女に、本気で戦ってほしいと頼みました。あの子が戦っている世界を、私も近くで見ておきたかったんです」
「なるほど、納得しました。あのレースには間違いなく、G1に匹敵する緊迫感がありましたから。そして、レースは絶対に一人では成立しません。だからあの戦いを彼女と作り上げた、あなたの走りも注視するべきだと私は直感しました」
あのレースでサトノダイヤモンドが見た世界は、キタサンブラックの力強い走りによって形作られたものだ。
今はまだあの世界に置いて行かれてしまっているとサトノダイヤモンドは思っているし、実際に大差をつけられている。
それでもなお、あの世界を作ったのはキタサンブラックだけではないのだという。
「キタサンブラックさんの全力は、やはり凄まじいものでした。けれど私が釘付けになったのは、彼女に劣らぬ気迫に満ちた、あなたの走りです。特に最後の直線、まるで翼があるかのように伸びていったあなたの走りは素晴らしいものでした」
「私の走りに、翼が……ですか?」
「はい、間違いありません」
頷くトレーナーに対して、サトノダイヤモンドが少し大きく目を開く。
それはウマ娘の走りを表現する言葉として、さほど珍しくないものかもしれない。
それでも自分の走りをそのように言われたのは、初めてのことだったから。
そして、それが不思議としっくりと来ているサトノダイヤモンドがいた。
「……確かにあのレースの最後、いつになく全身が軽かった気がします」
あのレースでのサトノダイヤモンドは、キタサンブラックに追い縋るのに、そしてあの世界を目に焼き付けることに必死だった。
その結果、自分自身の走りに向ける意識が薄くなっていたことにサトノダイヤモンドは気づく。
それでも身体がちゃんと覚えていたからこそ、サトノダイヤモンド自身もはっきりと思い出すことができた。
極限の状況ともいえる最後のストレートで感じた、まるでジェットコースターが滑り降りるときのような浮遊感を。
「かつて、その天衣無縫の走りから『天翔けるウマ娘』と呼ばれたウマ娘がいました。また
世代で『最も強いウマ娘』となったキタサンブラックの走りは、人の視線をたまらなく引きつける。
事実、他ならぬサトノダイヤモンドがそうだった。
そんな中で見落としかけていた、あの世界で戦っていたサトノダイヤモンドの走りを、このトレーナーはしっかりと見つけていたのだ。
「これは濁さずに言いますが、あなたにはG1に勝利できる素質があります。無論、それまでには多くの困難が立ちはだかるでしょう。それでも私は、キタサンブラックさんの強さに真っ向から向き合えるあなたとなら、共に困難を打ち砕けると確信しています」
「───では、あなたは背負うことができるんですね? 私の夢と、サトノの悲願を」
「トレーナーとしてスカウトする以上は当然です。私が、あなたをG1で勝たせます」
G1勝利というサトノ家の悲願は、サトノダイヤモンド自身にとっても大切な夢だ。
その核心に触れるサトノダイヤモンドの問いに対し、トレーナーが言い淀むことなく断言した。
その場しのぎの言葉ではないのだろうとサトノダイヤモンドに思わせたのは、こちらを真っ直ぐに見つめ続けているトレーナーの瞳だ。
これに近いものを、どこかで見たことはなかっただろうか───ああ、そうか。
(似ている。あの時の、キタちゃんの目に)
約束を守ってくれたあの日のキタサンブラックを想起させる、揺るぎない意思が宿った瞳だ。
「サトノダイヤモンドさん。私は、あなたと共に見たいのです。あなたがG1で勝った世界の景色と、その夢の先に続いていく未来を」
「私の未来……ですか。私が勝てたら、それはどんなものになるのでしょうか」
「私はこれまでに二度、ウマ娘と一緒に未来を見てきました。そして未来の形は人それぞれですから、こればかりは手にしてみるまで分かりません。だからこそ私はトレーナーとして、あなたが何色の未来を手にするのかを見届けたいのです」
デビューさえ果たしていないウマ娘の未来を語るトレーナーに対して、サトノダイヤモンドは気が早いとは思わなかった。
夢の先にあるものを見据えているのは、サトノダイヤモンドもまた同じだ。
キタサンブラックの背中を越えるというもう一つの大きな夢は、悲願を果たした先にこそあるのだから。
「そしてこれも正直に申し上げますが、サトノダイヤモンドさん。やはり、あなたはたくさんのトレーナーから話を聞くべきです。一人のウマ娘として、たった一度の選択で悩み抜いて、未来を託せるトレーナーを選び取るべきです」
「……実は私も、どうやってトレーナーさんを探すべきかと悩んでいました。サトノ家の者からは、私が担当のトレーナーさんを選抜するトレーナートライアルを開催してはどうかと提案されているのですが……」
「それはきっと、多くのトレーナーとじっくり話せる素晴らしい機会になりますよ。私としても、是非やるべきだと思います。そして───」
そこで不意に、トレーナーが一度言葉を切る。
一体どうしたのだろうと思い、サトノダイヤモンドの緊張も一瞬だけ途切れる。
「もしその末にあなたが、私の担当ウマ娘になることを望んでいただけたとしたら、その時は───」
だから、少しだけ間を置いて再び口を開いたトレーナーの言葉がどんなものになるのか、サトノダイヤモンドは身構えることができなかった。
そして───
「───どうか私にもあなたの隣で、同じ幸せを見ることを許してください」
深く頭を下げたトレーナーの姿は、大切な人に将来を誓うドラマのワンシーンのようで。
そしてサトノダイヤモンドに向けられた言葉は、まるで赤いアネモネの花束のようだった。
「………………っ!」
完全な不意打ちでその言葉を真正面から受け止めることになり、サトノダイヤモンドが思わず視線を泳がせる。
そうして目に入ったのは、今にも『おぉーっ☆』と声が漏れてきそうなキラキラな瞳を乗せた表情で、両手を握りしめているマヤノトップガン。
そして対称的に『いや何言っちゃってるのこのヒト!?』とでも言いたげにポカンと口を開け、焦りや呆れが入り混じったような表情でトレーナーを見るカレンチャンの姿だった。
それでも顔を上げたトレーナーは担当ウマ娘たちの様子に引きずられることなく、ただサトノダイヤモンドのことを真っ直ぐに見つめ続けている。
「……は、はい…………」
か細い声で何とかそう答えたサトノダイヤモンドが、一旦落ち着こうと紅茶を口にする。
やがて訪れる未来と、そこに至るまでの道筋。
サトノダイヤモンドは、親友と同じ世界で走ることができるだろうか。
そして、同世代のライバル達とはどんな戦いを繰り広げることになるのだろうか。
待ち受けるであろう困難に対する不安は、もちろんあるけれど。
それでもきっと、この人と一緒なら───
カップに注がれてから少し時間が経った紅茶は適温になっていて、口の中に華やかな味が一杯に広がって。
そして胸の奥にもっと熱いものが落ちることを、サトノダイヤモンドは確かに感じていた。
◇ ◇ ◇
「……長い一日だったな」
トレセン学園の学生寮、栗東寮の一室。
自分の部屋へと戻り、ベッドに仰向けで倒れ込んだサトノダイヤモンドがポツリと呟く。
ルームメイトであるキタサンブラックは、まだ部屋に帰ってきていない。
今日もどうやら、彼女の帰りは遅くなるみたいだ。
長い一日だった。
けれど、終わってみればあっという間だった気もする。
サトノダイヤモンドはそっと瞳を閉じ、先ほどまでの出来事を振り返る。
あの後にカレンチャンとマヤノトップガンも会話に参加したため、彼女たちがトレーナーと契約した理由を聞いてみた。
逆スカウトということで、一体どんなドラマがあったのだろうと思っていたけれど。
カレンチャンの答えは「編入した後にお姉ちゃんを見て、このヒトがいいなって思ったの」という、想像よりもずっとあっさりとしたもの。
それを語るカレンチャンはどこか神妙な面持ちで、実際にはもっと様々な思いがあったのであろうことをサトノダイヤモンドは察する。
けれど、この場でそれ以上踏み込むことはしなかった。
もしこの先、親しくなったら教えてもらえるだろうか。
一方でマヤノトップガンは、「キラキラするマヤを、トレーナーちゃんに一番近くで見てほしいって思ったんだ!」と、元気いっぱいにその経緯を答えてくれた。
以前の彼女はモチベーションの不足から、カリキュラムをサボって模擬レースの出場権を剥奪されるなど、学園側から行動を問題視されていた。
そんな中、彼女を心配したこのトレーナーに助けられる機会が多々あり、次第にそう思うようになったのだという。
トレーナーもマヤノトップガンとの契約を望んではいたものの、その当時は経験不足を理由に、複数のウマ娘を同時に担当することを遠慮していたらしい。
しかし、そんなの関係ないとばかりにマヤノトップガンが猛アタックを決行する。
あのマヤノトップガンがついにやる気になったということで、いつしかそれは学園の上層部すら巻き込む規模の騒動に発展。
結局その勢いのまま契約へと至った……というのが、マヤノトップガンが語った契約までの経緯だった。
それからのマヤノトップガンはモチベーションを失うことはなく、トゥインクル・シリーズで大きな成功を収めたのはサトノダイヤモンドも知る通りである。
そして競技での成績以上に、マヤノトップガンとトレーナーが仲良く笑い合っているのを見ると、彼女の行動は正解だったのだろうとサトノダイヤモンドは思う。
契約する経緯と理由は人それぞれでいいんだ、と勇気づけられた。
まだ時間があったので、マヤノトップガンがうずうずしながら抱えていたボードゲームも結局やることにした。
誰にでも楽しめるようにと選ばれたそのゲームは、どんでん返しの連続で盛り上がる。
そして最後に大逆転を決めて一位になったサトノダイヤモンドを、カレンチャンとマヤノトップガンが大喜びで祝福してくれた。
……代わりに一気に最下位へと叩き落とされたトレーナーは、割と本気で落ち込んでいるように見えて、その姿はやっぱりちょっと情けなく見えてしまったけれど。
「───よし、決めた」
サトノダイヤモンドが閉じていた瞳をしっかりと開き、ベッドから上半身を起こして呟く。
「クラちゃんと同じように、私も選抜レースに出よう。そしてサトノの力も使って、納得がいく形で担当のトレーナーさんを選ぶんだ」
サトノダイヤモンドは決意する。
学園の選抜レースに出場したうえで、サトノ家でのトレーナートライアルを行うことを。
そうと決めたサトノダイヤモンドの表情は、すっきりとしたもので。
そして彼女の目線は、トゥインクル・シリーズという戦いの場と、その先に待つ未来をはっきりと見据えていた。
◇ ◇ ◇
『───圧勝! これはまさに圧巻です! サトノの至宝、ここにあり! サトノダイヤモンド、堂々たる走りでゴールを駆け抜けました!』
今からほんの少しだけ未来の、あいにくの雨に見舞われた日。
今年度で二度目となる選抜レースが、重バ場となったコースで開催された。
アナウンサーによる場内実況およびネットでのアーカイブ配信が一部で試験的に行われている、学園主催の選抜レース。
その試みは学園生やトレーナーのみならず、一般のファンやメディアからも既に大きな反響を呼んでいた。
そして今回、ある一人のウマ娘が出走を表明したことでさらに話題沸騰していたが、そのレースの結果は期待をさらに上回るものとなった。
───サトノダイヤモンド、圧勝。
原石という領域を既に超えている素質を示した、まさしくダイヤモンド級の逸材。
彼女は過剰とさえ思われた前評判が誤りではなかったことを、そしてサトノ家のジンクスを打ち破れるだけの力があることを、自らの脚で証明してみせたのだ。
無論、そんな彼女のスカウトを希望する者は多く、その後サトノ家で行われたトレーナートライアルには三十名を超えるトレーナーたちが集結する。
そこでは一人ひとりとじっくり話したいというサトノダイヤモンドの希望から、当初の見積もりを超える日数をかけて面談が行われた。
そして、トレーナー全員との面談が終わった翌日。
サトノダイヤモンドが、あるトレーナーのもとを訪れて。
カレンチャンとマヤノトップガンが見守る中、その人物の手を取りながら、はっきりと告げた。
「あなたが採用です。これからよろしくお願いしますね? ───私の、トレーナーさんっ!」
???「へぇー、お姉ちゃんのスカウトってこんな感じなんだ……ふぅ~ん……」