ウマ四駆 ─DIAMOND GAZER─   作:ヘリの準備

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 本作のメイクデビューは現実の新馬戦と同じく、6月から翌年の2月まで順次開催される設定を採用しています。


第9話 メイクデビュー

「───およそ35パーセント。過去のメイクデビューにおける、一番人気となったウマ娘の勝率だ」

 

 レース場のパドックと本バ場を繋ぐ、長く薄暗い地下バ道の中間点。

 屋外の喧騒が届かないその場所で、東条がバニシングゲイザーに問いかける。

 

「ゲイザー、お前はこの勝率をどう思う?」

 

 レース前に実施される、出走するウマ娘たちに対するファン投票。

 応援投票という名目で行われるそれの順位は、必ずしも各ウマ娘の実力のみで決まるわけではない。

 しかし、「誰が勝つと思われているのか」が色濃く表れるものであるのもまた事実。

 麗らかな春を司るウマ娘のような例外もたまに起きるが、基本的には勝算を最も高く見積もられたウマ娘が一番人気になると考えていいだろう。

 

 この東京レース場で次に行われるのは、URAの公式戦でデビュー戦となるウマ娘のみが出走を許されるレース、メイクデビュー。

 そして東条が示したのは、メイクデビューで一番人気となったウマ娘は勝率が四割にも満たないというデータだ。

 

「客観的に見るのであれば、特定のウマ娘がレースで勝つ確率としては高い数値なのでしょう。でも、いざ自分がこの立場になってその勝率に向き合ってみると……やはり低く感じてしまいますね」

 

 バニシングゲイザーの返答を、東条が「その通りだ」と頷いて肯定する。

 

「メイクデビューはその性質上、一番人気のウマ娘がそのまま勝ち切りやすい傾向にある。それでもなおこの勝率に留まる、というのがレースにおける事前予想と、そしてレースそのものの難しさを示している」

 

 ファン投票の結果は早いタイミングで周知され、出走するウマ娘たち自身もパドックに立つ前にそれを知ることができる。

 自分の順位をどう受け取るかはウマ娘次第。

 だが大小の差はあれど、各々のメンタルに影響を与えるものであることは確かだ。

 

 そして今回のメイクデビューにおける、ファン投票の結果は───バニシングゲイザーの、圧倒的な一番人気だった。

 まだ一度も公式戦を走ったことがないウマ娘たちの中にあって、投票がこれほど偏った理由。

 それは、「チームリギル所属」という看板の重さに他ならない。

 

「名だたるウマ娘であっても、メイクデビューで勝てなかったという者は数多い。そして、お前のキャリアはまだ始まったばかりだ。だから気負わず、伸び伸びと走るように……と、そう担当ウマ娘に言うトレーナーが多いことだろう。だが───」

 

 東条がバニシングゲイザーの姿を改めて視界に収め、確認の言葉へと繋げる。

 確認するまでもない、という口調で。

 

「───ゲイザー、お前が求めているものはこんな気休めのセリフではないな?」

 

「ええ、無論です」

 

 そう返すバニシングゲイザーの表情は、リギルへの加入を勝ち取って東条と握手した時を思い出させる、強気なものだった。

 

 少しばかりぎこちないその表情は、デビュー戦に対する緊張を完全には隠せていない。

 けれど緊張も、戦いに勝つことの難しさも、そして一番人気に推されたファンからの期待も。

 その全てを背負って立つという覚悟を携えたバニシングゲイザーの強さは、心身ともにあの時を確かに上回っていた。

 

「ならばゲイザー、はっきりと言おう」

 

 バニシングゲイザーがこの状況で気休めの言葉を望むウマ娘でないことを、これまでの指導を通じて東条は知っている。 

 だから東条はリギルのトレーナーとして、そして自身の思いを伝えるものとして、最もふさわしい言葉を選ぶことにした。

 

「このメイクデビュー、間違いなくお前が一番の強者だ。そして、自分こそが強者であると自覚することを決してためらうな。これまでの修練で、お前がリギルの一員としてふさわしい実力をつけたことを、この私が保証する。ゆえにお前はこのレース───我らリギルのウマ娘として、堂々たる勝利でデビューを飾ってこい!」

 

「───はい!」

 

 担当ウマ娘に対してのみ見せる、荒々しき口ぶり。

 強い気持ちを込めた激励の言葉で、東条がバニシングゲイザーをパドックへと送り出す。

 地下バ道の先にある光に満ちた世界、たくさんの歓声が飛び交う場所へと。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

『───次に姿を見せたのは3枠3番。一番人気、バニシングゲイザー。チームリギル所属、そのチーフである東条トレーナーが直々に担当しているウマ娘です!』

 

 場内実況が響き渡る、多くの観客で賑わう東京レース場。

 一日に多くのレースが行われるこの場所に午前中から訪れている者たちにとって、次世代を担うウマ娘たちの晴れ舞台であるメイクデビューは、大きなお楽しみのひとつだ。

 

「おっ、ゲイザーが出てきたな! 堂々としてて、なかなかサマになってるじゃあないか! ゲイザー! 頑張れよー!」

 

「……確かに悪くはない面構えだが、肝心なのはこの後だ。いずれダービーをも制してみせるというヤツなりの覚悟、このターフで示してもらおうか」

 

 パドックに作られたランウェイに立ち、右手を上げアピールをするバニシングゲイザー。

 彼女が歓声を受けるその姿を、思い思いに見つめる者たちがいる。

 

 ───声を大きく上げて応援を送るのは『女傑』ヒシアマゾン。

 その隣で腕を組み、パドックを静かに俯瞰しているのは『影をも恐れぬ怪物』ナリタブライアン。

 他にも豪華な顔ぶれが並んでいるこの集団こそ、チームリギルのウマ娘たちである。

 

 府中市内にある東京レース場は、中央トレセン学園から極めて近い場所にある。

 ヒトでも文字通りに駆けつけることが可能な、ウマ娘にとってはあっという間の距離だ。

 そのためここで行われるレースには、応援や見学のため、観客として訪れるトレセン学園生の姿もよく見られる。

 リギルのメンバー達も、タイトなスケジュールゆえに全員集合とはならなかったが、新入りの勇姿を見届けようとその多くがこの場へと集まっていた。

 

『昨年までアメリカのジュニアクラブに所属していたウマ娘が今年、この東京で早くもデビューとなりました。リギルが自信を持って送り出す彼女への注目度が、一番人気という形となって現れたこのレース。その期待にどのような走りで応えてくれるのか、期待が高まります!』

 

「ん〜、あまり意識してなかったデスけど、言われてみればバニちゃんって少し前までは小学校(エレメンタリースクール)にいたんデスよね……よし! 今度、バニちゃんに小さかった頃の写真を見せてもらいましょう!」

 

「……エル、今の実況を聞いて思い付く事がそれなんですか?」

 

 冷静にツッコミを入れる『不死鳥』グラスワンダーと、それに勢いよく「もちろん大事なことデース!」とパワフルに返す『怪鳥』エルコンドルパサー。

 この大和撫子然としたウマ娘と、エネルギッシュに振(・)る(・)舞(・)う(・)ウマ娘は、二人ともアメリカ出身。

 彼女たちは忙しい身でありながら率先して併走相手を引き受けたり、リギルの先輩として相談に乗るなど、新入りであるバニシングゲイザーのことを何かと気にかけていた。

 

「一年ほど前まで、彼女は今よりもずっと小さかったと聞いています。そこからあれだけの肉体と精神を手に入れるに至った環境は、私も気になるところです」

 

 そしてエルコンドルパサーの提案に乗っかったのは、史上初めてトリプルティアラを無敗で戴冠したウマ娘、デアリングタクト。

 優等生で礼儀正しい彼女が率先して行い、後輩にも推奨しているトレーニング方法があり、それがなんと山籠もりである。

 それもサバイバルとして本格的(ガチ)すぎる内容で、根っからの都会派であるバニシングゲイザーは戦慄したものだ。

 そんなデアリングタクトの山籠もりを東条が禁止しようとしたところ、著しく調子を落としてしまった過去がある。

 それが一つのきっかけとなり東条が指導方針を変えることになったため、そういった意味でも歴史の転換点となった存在といえるだろうか。

 

「───『風』の氣が少し変わり始めてる。心を乱しやすい、射るように直線的な風だけど……うん、化殺(かさつ)*1で弱められる範囲かな。それに、バニちゃんなら大丈夫だよね!」

 

「…………あなたの予感は、良く当たります。…………だから、『大丈夫』というのもきっと、その通りになってくれるはず」

 

 リギルのサブトレーナーである桐生院が指導を担当している、コパノリッキーと『ささめく福音』ハッピーミークもこの場にいる。

 戦いの舞台を一切選ばないほどに広い、稀有なバ場適性と距離適性を持つハッピーミーク。

 彼女との共同トレーニングで力を伸ばしたのはコパノリッキーだけでなく、バニシングゲイザーも同じだ。

 先日に行われたダートのメイクデビューでは、コパノリッキーが衝撃的な大差で勝利している。

 これによってチームリギルへの注目がさらに高まっており、それが今回バニシングゲイザーが圧倒的な一番人気となった一因でもある。

 

「───さあ、私たちに見せてくれゲイザー。君が征(ゆ)かんとする、その道を」

 

 そして、横一列になったリギルのウマ娘たちの中心に立つ者───『皇帝』シンボリルドルフもまた、レースが始まるのを待っている。

 絶対など存在しないレースにおいて、彼女にだけは「絶対」があると謳われた存在。

 これから行われる戦いにも、絶対などない。

 だからこそ彼女はその行く末を、この場で見届けようとしているのだ。

 

 ───熱気に包まれた東京レース場で。

 もう間もなく、メイクデビューが始まろうとしていた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

ジュニア級

メイクデビュー

東京 芝 1600m

 

 

 

『ファンファーレを終え、ゲートインに移っているのは東京5R(レース)、メイクデビュー東京。やや風が強くなりつつありますが、それでも空は晴れ渡っております。この東京レース場で、11人のウマ娘たちがデビューの時を迎えます!』

 

 今回のメイクデビューは11人立てで、コースは左回りの芝1600メートル。

 昨日までの雨が影響し、やや水を含んだバ場の状態は「稍重」と発表されている。

 

 1600メートルというのはリギルの選抜テストと同じ距離だが、あの戦いとは特に大きく異なる点が二つある。

 東京レース場のコースはトゥインクル・シリーズでもトップクラスの直線の長さを誇り、第2コーナーの終わりから始まる今回のレースでは、スタート直後から長いストレートが続くこと。

 そして第3コーナーの手前と、第4コーナー後のホームストレッチに、それぞれ上り坂が存在することである。

 

 特に第4コーナー後の上り坂は、その高低差が2メートルに達する。

 勾配率こそ抑え目ではあるものの、距離が200メートルにも及ぶもので、レース終盤で極限状態のウマ娘たちから容赦なく体力を奪い去る。

 そしてようやく坂を越えてもなお、ゴールまでおよそ300メートルもストレートが続くのだ。

 このホームストレッチでの争いが最大の見せ場であり、まさにスピードとパワーの両方が要求される、ハードなコースといえるだろう。

 

『───おっと8番リバイバルリリック、なかなかゲートに入ることができません。これは大丈夫でしょうか?』

 

 3枠3番という内枠の奇数番がウマ番となり、一足早くゲートに入っていたバニシングゲイザー。

 いよいよ発走時間が近づく中、一人のウマ娘がゲートインできず、スタートが予定よりもやや遅れそうな空気になってきていた。

 

 スタートダッシュが遅れたり、あるいはゲートに入ること自体を嫌がる、いわゆるゲート難を抱えるウマ娘は少なくない。

 これは過去のトラウマや、狭い場所を苦手とするウマ娘としての本能が原因とされる。

 レースの進行に支障は出てしまうが、決して本人に悪気があるわけではない。

 実際、ゲートインに手こずっているウマ娘自身は申し訳なさそうにしている。

 それを見た観客たちも、歓声と「頑張れ」という思いを飲み込んで、彼女が落ち着けるよう静かに見守っている。

 

 そんなちょっとしたアクシデントの中で、バニシングゲイザーはゲート内で集中を全く切らさず、ただスタートの瞬間を待ち続けている。

 バニシングゲイザーは、ゲートを極めて得意とするウマ娘だ。

 狭い空間にいるとむしろ落ち着くし、バ群の僅かなスペースから抜け出すのもお手のもの。

 美浦寮の部屋を「広すぎる」と感じることすらあり、ウマ娘としての本能に反するようなこの性質が、結果的に高いゲート適性に繋がっている。

 なぜこうなったのかバニシングゲイザー自身にも思い当たる節はないが、彼女の「魂」に刻み付けられた、生まれついての性質とでも言うべきものなのかもしれない。

 

『さあ、ついに全員がゲートに収まりました! 最後の確認を終えた係員が、ゲートから離れていき───』

 

 出走時間を一分ほどオーバーしたところで、ようやくゲートインが終了する。

 こうなった後にバニシングゲイザーが意識するのは、次の瞬間には開け放たれるであろう、目の前のゲートのみ。

 軸足を起点として全身にぐっと力を込め、そして───

 

『───今、スタートしました!』

 

 反応速度の限界に近い、最高のタイミングで。

 開け放たれたゲートから、バニシングゲイザーが飛び出す。

 

 初の公式戦、メイクデビュー。

 この先も続いていく、トゥインクル・シリーズの長い道のり。

 その第一歩を今、踏み出した。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

『まず先頭に立ったのは2番エレクトリファイド、そのすぐ後ろを7番フォシューズが追走する! そこから5番タクティカルワンと3番バニシングゲイザー、1番ミニオーキッドと続きます!』

 

 集中を欠いた者が多かったのか、スタートのタイミングがバラけたメイクデビュー。

 その中でバニシングゲイザーが好スタートを切り、冷静に4番手につける。

 

 今回のバニシングゲイザーは高速重視の装身具(セッティング)。

 その中核を担うのが髪に結ばれた青色のリボンで、これには地面を鋭いピッチで叩く脚の回転率をさらに高める効果がある。

 空よりも鮮やかな青が風を切ってたなびく度に、速度に乗った彼女の走りがさらなる領域にまで伸びていく。

 

 そして装身具(セッティング)に合わせて選択した脚質は、王道の脚質とも言われる先行だ。

 あらゆる脚質には長所と短所があり、最強の脚質などありはしない。

 その中で先行こそが「王道」であるとされる理由は、安定性の高さにある。

 隊列の後方を走る差しや追い込みは、どの程度有効に機能するかが他のウマ娘の動向に左右されやすい。

 その逆に最前方を走る逃げの脚質は、最善なペースを測るのが極めて難しく、スタミナ切れに陥ってしまう可能性と常に隣り合わせである。

 これらと比較すると、先行は力を貯めながら抜け出すタイミングを計りやすく、進路を阻まれ何もできなくなってしまう展開も比較的少ない。

 それもあってか、比率としては先行を選択するウマ娘が最も多い。

 

 しかし利点の裏を返せば、先行はレース展開による上振れがあまり期待できないということ。

 それは実力がそのまま結果に直結しやすいことを意味し、好走はしたが勝ちきれなかった、というレースが続いてしまう先行バも少なくない。

 だからこそ先行は、王者が選ぶにふさわしい「王道」に位置するのだ。

 

『間もなく坂を越えて第3コーナーへと差し掛かっていきます。先頭をキープする2番エレクトリファイド、続いて7番フォシューズ。先行の位置では3番バニシングゲイザー、5番タクティカルワンが先頭を睨む好位置につけています!』

 

 先行を選択するにあたってバニシングゲイザーは、スピード一辺倒でなくパワーにも気を配っている。

 その原動力が右手首につけた、二重巻きになっている緑と黄色のブレスレットだ。 

 この部分の装身具(セッティング)はスピードとパワーの均衡を調節するもので、今回用いた二つのブレスレットは、中庸でバランス重視の組み合わせ。

 軽快な足運びは損なうことなく、一歩ごとに地面を力強く捉えるパワーをもたらし、安定した走りを支えてくれている。

 人数が多くなるであろう先行勢の中で位置取りを争い、抜け出す好機を逃さないためにも、パワーは欠かせない。

 稍重の馬場や東京レース場の上り坂を攻略するうえでも、この選択は有効なものだった。

 

 順位を一つ上げたバニシングゲイザーは、逃げウマ娘たちを捉えるタイミングを好位から計っている。

 かつて臆病さを抱えていた彼女の走りは、まるで幼い狼のようだった。

 そして今、このレースを堂々と駆けるその姿は、獲物を狙う一頭の狩人を思わせる。

 

『さあ先頭で第4コーナーを回ってきました2番エレクトリファイド! ここからは長いストレートだ! 7番フォシューズはちょっとペースを落としたか? そのすぐ後ろに3番バニシングゲイザーが迫ってきた! 外から6番ハートリーレターも上がってきたぞ!』

 

 メイクデビューで着用する、白地に黒文字のゼッケンもまた、バニシングゲイザーの精神に影響をもたらしている。

 自身の名が記された3番のゼッケンを着けた彼女の内にあるのは、ライバルを恐れず競り合いへ飛び込める熱い闘志と、刻々と移り変わる状況へ即座に対応する柔軟さ。

 その二つを兼ね備えた今の彼女は、先行という脚質に求められる資質を満たしており、まるで生来の先行ウマ娘であるかのようにレースを進められていた。

 

(──────ここだっ!)

 

 長いホームストレッチで待ち受ける上り坂で、先頭で懸命に粘っていたウマ娘の足取りが、ついに鈍り始める。

 その変化を、バニシングゲイザーは見逃さなかった。

 今こそ機は熟したとばかりに、ここまで蓄えていた力を解き放ち、地面を強く蹴って一気に前へと飛び出していく。

 

『先頭が最後の坂を越えました! 残すは300メートルのストレートだ! 2番エレクトリファイドはここで一杯か! 代わって先頭に立ったのは3番バニシングゲイザーだ! 6番ハートリーレターと1番ミニオーキッド、大外から10番グリンタンニも猛追してきている! 果たして追い付けるか!』

 

 ターフを駆ける11人の中で最速の領域に達する、バニシングゲイザーの末脚。

 上り坂を越えてもその脚色は衰えず、なお十分に残された力を解き放つように、そのまま一気にラストスパートへ突入する。

 

『さあ3番バニシングゲイザーが大きく抜け出した! 2バ身、3バ身と離していく! 強い強い! まさに圧倒的だ! 6番ハートリーレターも追いすがるが届かない! これは決まったか! バニシングゲイザーだ!』

 

 バニシングゲイザーの眼前に広がる、他に誰一人いない景色。

 ライバルたちの気配が後方に遠ざかっていくことを、全身の感覚が伝えてくる。

 先頭で強く受けることになった風の抵抗さえも、今の彼女には心地よく感じられた。

 

 もはやこのレースを見守る誰もが、そしてバニシングゲイザー自身も、その勝利を確信している。

 たとえここからゴールまで全力疾走しなくとも、結果が覆ることはないだろう。

 それでも彼女は、決して末脚を緩めようとはしなかった。

 この瞬間を記憶に刻みつけるかのように、精一杯の力を一歩一歩へ注ぎ込んでいく。

 そしてこれまでで最も力強い、最後の一歩を踏み出し───

 

 

 誰よりも早く、そして誰よりも速く。

 バニシングゲイザーが、トップスピードでゴールを駆け抜けた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

『───バニシングゲイザー、1着でゴールイン! 2着は6番ハートリーレター、そして僅差で3着に入ったのは1番ミニオーキッドです! バニシングゲイザーがリギルの名にふさわしい貫禄の強さで、トゥインクル・シリーズの初戦を勝利で飾りました!』

 

 着順掲示板の最上部に表示された、自身のウマ番。

 それを確かめたバニシングゲイザーは、胸に込み上げる喜びを噛みしめながら、軽やかにスタンドの正面へと向かった。

 そして観客から勝者へと向けられる拍手と声援に、両手を大きく振って応える。

 この高揚を一身に浴びられる時間は、先頭でゴールを駆け抜けた者だけに与えられる、何ものにも代えがたい特権だった。

 

(───やっぱり遠いところにいるな、あの人たちは)

 

 バニシングゲイザーが視線を向けたのは、スタンド上方に並ぶリギルのメンバーたちだった。

 地下バ道にいた東条も、レースを見届けるために彼女たちのもとへと移っている。

 

 自分のことのように満面の笑みを浮かべ、惜しみない拍手を送る者。

 この勝利は当然だと言わんばかりに、腕を組んで堂々と構えている者。

 そして感情を大きく出さず、柔らかな眼差しでこちらを見守っている者───

 表し方はそれぞれ違っていても、全員がバニシングゲイザーの初勝利を祝福してくれている。

 

 ───彼女たちが君臨する頂は、本バ場とスタンド上方を隔てる高低差など比べものにならないほど高く、そして遠い。

 

(私も絶対、そこにたどり着いてみせる)

 

 それでも今は、この覚悟だけでもあの場所へ届くようにと。

 バニシングゲイザーは、固く握った拳を高々と突き上げた。

*1:
環境の変化によって起きる悪い影響が、風水的な要素で抑え込まれること。なお現実の日本における競馬場は、その多くが吉相の土地に作られており、風水的なバランスに優れた構造になっている。




>青いリボン
 青色のエンドベル、レブチューンモーター。
 優れた回転数を活かした伸びのある走りが特徴で、ストレート重視の高速コースで真価を発揮する。
 屋内という限られたスペースではコーナー重視のコースが多数派だが、ウマ娘のレースのようなストレート構造なら確実に有力な選択肢になるだろう。

>緑と黄色のブレスレット
 緑のカウンターと黄色のスパーの組み合わせは、3.7:1のハイスピードEXギヤ。
 ギヤ比としては最高速重視と加速重視の中間にあたり、走りのバランスが良い。
 TZ系シャーシの登場当時には存在しなかったが、後年になって対応するギヤが登場した。

>3番のゼッケン
 3号機といえば、高速型セッティングの先輩機。
 高速機としてのイメージは1号機のほうが強いものの、チームの紅一点であるレーサーが駆るそのマシンもまた、ファイナルまでチームに貢献し続けた。

 レースで登場するウマ娘の名前と脚質は、アプリ版のNPC(いわゆるモブウマ娘)から拝借しました。
 次回は少し時間が飛んで、初のG1レースのお話です。
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