ポケットモンスター ―頂への軌跡―   作:あああああ

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第13話 再戦、ヒトカゲ対リオル

約束の日。

 

朝食を終えてからというもの、ヒトカゲは妙に落ち着かなかった。

 

「カゲ」

 

窓を見る。

 

数秒後。

 

「カゲ……」

 

また見る。

 

庭へ出る。

 

戻ってくる。

 

そして再び窓を見る。

 

「まだ来ないよ」

 

「カゲ」

 

「さっきから五回くらい言ってるけど」

 

「カゲ!」

 

「早く来てほしいのは分かるって」

 

レンは苦笑しながら荷物をまとめていた。

 

今日は通常の練習をする予定はない。

 

シバが来れば、ヒトカゲとリオルは間違いなく再戦したがる。

 

なら、その前に余計な疲労を残す必要はなかった。

 

「軽く身体動かすくらいならいいよ」

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが庭へ飛び出していく。

 

「走り込みじゃないからな!」

 

「カゲー!」

 

本当に分かっているのか少し怪しい。

 

レンも後を追う。

 

庭へ出ると、ヒトカゲはすでに身体を伸ばしていた。

 

軽く走る。

 

止まる。

 

方向を変える。

 

跳ぶ。

 

いつもの動作を、負荷をかけすぎない程度に確認していく。

 

レンはその姿を見ながら考える。

 

以前リオルと戦ったとき。

 

ヒトカゲは勝った。

 

だが、差は小さかった。

 

リオルの身体能力。

 

反応。

 

近距離での動き。

 

何より、シバのもとで身につけた格闘の基礎。

 

どれも厄介だった。

 

あれから数か月。

 

ヒトカゲは強くなった。

 

新しい技も三つ増えた。

 

けれど、それを理由に勝てると思うほどレンは楽観していない。

 

リオルも同じ時間を過ごしている。

 

しかも、その側にいるのはカントー四天王のシバだ。

 

(どれくらい変わったかな)

 

楽しみだった。

 

前回より強くなった相手と戦える。

 

その事実だけで、胸が高鳴る。

 

どう戦う。

 

何を見せてくる。

 

こちらの何が通じる。

 

何が通じない。

 

考えるだけで、いくつもの戦術が浮かんでくる。

 

けれど――。

 

「決めすぎない」

 

レンは小さく呟いた。

 

「カゲ?」

 

「なんでもない」

 

事前に作戦を考えるのはいい。

 

相手の特徴を想定するのもいい。

 

だが、その想定に縛られてはいけない。

 

数か月前のリオルと、今日のリオルが同じ戦い方をする保証などない。

 

見る。

 

確かめる。

 

その場で変える。

 

それがレンの戦い方だ。

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが軽く跳んで着地する。

 

レンは頷いた。

 

「調子よさそうだね」

 

「カゲ!」

 

「じゃあ終わり」

 

「カゲ?」

 

「終わり」

 

「カゲー!」

 

「体力残すって言っただろ」

 

ヒトカゲは明らかに不満そうだった。

 

そのとき。

 

「リオ!」

 

庭の外から声がした。

 

ヒトカゲが固まる。

 

次の瞬間。

 

「カゲ!」

 

勢いよく振り返った。

 

そこに。

 

「リオ!」

 

青い身体。

 

黒い模様。

 

以前より引き締まった立ち姿。

 

リオルがいた。

 

その後ろにはシバ。

 

「久しぶりだな」

 

「シバおじさん!」

 

レンが駆け寄る。

 

だがヒトカゲは、それ以上に速かった。

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

二匹が向かい合う。

 

数秒。

 

じっと見る。

 

以前ならすぐに勝負を始めそうな空気だった。

 

しかし今回は。

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが拳を出した。

 

「リオ!」

 

リオルも出す。

 

こつん。

 

久しぶりの再会。

 

それを確かめるように拳を合わせた。

 

直後。

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

二匹が同時に庭の中央を指差す。

 

レンは笑った。

 

「やっぱりそうなるよね」

 

シバが腕を組む。

 

「来る途中からずっとこの調子だ」

 

「リオルも?」

 

「ああ」

 

リオルはすでに構えている。

 

ヒトカゲも同じ。

 

「でも、すぐにはやらない」

 

「カゲ!?」

 

「リオ!?」

 

二匹が同時にレンを見る。

 

「来たばっかりだろ」

 

レンはリオルを見る。

 

「移動してきたんだから、まず休憩」

 

「リオ……」

 

「ヒトカゲも」

 

「カゲ……」

 

「そんな同じ顔しなくても」

 

シバが小さく笑った。

 

         ◇

 

昼前。

 

十分に休み、リオルの状態もシバが確認したあと。

 

場所を移した。

 

以前も使った、マサラタウン近郊の開けた草地。

 

平坦な場所だけではなく、ところどころに岩があり、緩やかな傾斜もある。

 

庭より実戦に近い。

 

そして当然のように。

 

「レンー!」

 

サトシも来た。

 

「なんで知ってるの?」

 

「お前のお母さん!」

 

「また?」

 

「リオルとヒトカゲがバトルするんだろ! 絶対見る!」

 

「まあいいけど」

 

サトシがリオルを見る。

 

「久しぶり!」

 

「リオ」

 

「強くなったか?」

 

「リオ!」

 

「ヒトカゲもすっげえぞ! 『かえんほうしゃ』とか覚えたんだからな!」

 

「サトシ」

 

「ん?」

 

「試合前に技を全部教えないで」

 

「…………あ」

 

遅かった。

 

リオルがヒトカゲを見る。

 

「リオ……」

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲはなぜか得意げだ。

 

レンは額を押さえた。

 

「まあ、いいか」

 

隠し通せるものでもない。

 

技を知られたなら、知ったうえでどう対応してくるかを見るだけだ。

 

シバがレンを見る。

 

「始めるか」

 

「うん」

 

「前と同じでいいな」

 

「最後まで?」

 

「ああ」

 

今回は練習だけではない。

 

明確に勝敗を決める。

 

ただし危険だと判断すれば、シバかレンが止める。

 

「ヒトカゲ」

 

「カゲ!」

 

「準備は?」

 

「カゲ!」

 

「リオル」

 

「リオ!」

 

二匹が距離を取る。

 

レンはヒトカゲの後ろへ。

 

シバは審判役として横へ立つ。

 

ただしリオルには、戦闘中の細かな指示を出さない。

 

リオル自身の判断で戦わせる。

 

レンはそれを確認した。

 

(そこも前と同じ)

 

いや。

 

だからこそ厄介だ。

 

リオルは自分で考える。

 

しかも以前より経験を積んでいる。

 

「双方」

 

シバが二匹を見る。

 

「始めろ」

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

先に動いたのは――。

 

リオル。

 

速い。

 

「来る!」

 

レンが声を上げる。

 

リオルが地面を蹴る。

 

一直線。

 

ヒトカゲが構える。

 

「まだ!」

 

レンは動かさない。

 

距離が縮む。

 

リオルの右拳。

 

「左!」

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが避ける。

 

そのまま『ひっかく』――。

 

レンが指示しようとした瞬間。

 

リオルが身体を沈めた。

 

「リオ!」

 

足を軸に回転。

 

「カゲ!?」

 

ヒトカゲの足元を払う。

 

身体が浮く。

 

「受け身!」

 

「カゲッ!」

 

ヒトカゲが地面へ手をつき、転がる。

 

すぐ立つ。

 

だが。

 

「リオ!」

 

もう目の前。

 

速い。

 

「後ろじゃなく横!」

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが飛ぶ。

 

リオルの拳が空を切った。

 

レンの目が細くなる。

 

(変わった)

 

以前より明らかに攻撃の繋ぎが速い。

 

一発で終わらない。

 

最初から次の動作へ身体が繋がっている。

 

シバの動きをただ真似していた頃とは違う。

 

小さな身体。

 

低い重心。

 

素早い足運び。

 

リオル自身に合う形へ変わっている。

 

「すごい……」

 

サトシが呟いた。

 

レンは笑った。

 

「うん」

 

あのとき話した。

 

シバの真似だけではなく、リオル自身が一番強くなれる形を探す。

 

リオルは、それを続けていた。

 

「ヒトカゲ!」

 

「カゲ!」

 

レンの声でヒトカゲの目が鋭くなる。

 

嬉しい。

 

だからこそ。

 

勝ちたい。

 

「行くよ!」

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが走った。

 

正面。

 

リオルが構える。

 

「『ひっかく』!」

 

「カゲッ!」

 

右。

 

リオルが避ける。

 

「もう一回!」

 

左。

 

「リオ!」

 

リオルは後ろへ下がらない。

 

内側へ。

 

ヒトカゲの懐。

 

「カゲ!?」

 

拳が来る。

 

「『えんまく』!」

 

「カゲ!」

 

ボフッ!

 

至近距離。

 

黒煙が二匹を包んだ。

 

「リオ!?」

 

リオルの拳が止まる。

 

視界が消えた。

 

「動け!」

 

「カゲ!」

 

煙の中でヒトカゲが位置を変える。

 

右。

 

そこからさらに後ろへ。

 

リオルも耳を澄ませる。

 

「リオ……」

 

レンは声を出さない。

 

ヒトカゲ自身に任せる。

 

一秒。

 

二秒。

 

煙の左側。

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが飛び出した。

 

リオルが即座に振り返る。

 

だが――。

 

ヒトカゲは攻撃しない。

 

「リオ?」

 

一瞬。

 

意識がヒトカゲへ向いた。

 

その背後。

 

煙の中から岩石が飛び出す。

 

『げんしのちから』。

 

「リオ!?」

 

一つ。

 

リオルが避ける。

 

二つ目。

 

身体を捻る。

 

三つ目。

 

「リオッ!」

 

腕で受ける。

 

衝撃。

 

リオルが後退した。

 

「よし!」

 

サトシが叫ぶ。

 

レンは叫ばない。

 

まだ。

 

リオルの足は止まっていない。

 

「ヒトカゲ、近づくな!」

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが止まる。

 

直後。

 

「リオ!」

 

リオルが地面を蹴った。

 

先ほどより速い。

 

(やっぱり!)

 

攻撃を受けた直後を狙って接近するつもりだった。

 

「『ひのこ』!」

 

「カゲ!」

 

小さく速い炎。

 

リオルが横へ。

 

避ける。

 

二発目。

 

「カゲ!」

 

今度はリオルの進行方向へ。

 

「リオ!」

 

リオルが急停止。

 

その瞬間。

 

「前!」

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが距離を詰める。

 

リオルも迎え撃つ。

 

「『きりさく』!」

 

「カゲェッ!」

 

鋭い爪。

 

「リオ!」

 

リオルが腕を交差させる。

 

受ける。

 

完全には止められない。

 

身体が押される。

 

だが。

 

リオルの足が地面を掴んだ。

 

「リオッ!」

 

そのままヒトカゲの腕を横へ流す。

 

「カゲ!?」

 

体勢が開く。

 

リオルの拳。

 

腹部。

 

ドンッ!

 

「カゲッ!」

 

ヒトカゲが吹き飛ばされた。

 

「ヒトカゲ!」

 

地面を転がる。

 

「カゲ……!」

 

起き上がる。

 

腹を押さえる。

 

「大丈夫!?」

 

「カゲ!」

 

即答。

 

まだやる。

 

レンは呼吸を見る。

 

足。

 

目。

 

尻尾の炎。

 

続行可能。

 

「分かった」

 

レンが前を見る。

 

リオルも息が上がっている。

 

『げんしのちから』。

 

『きりさく』。

 

二つを受けた。

 

無傷ではない。

 

だが倒れない。

 

(強い)

 

本当に。

 

強くなっている。

 

         ◇

 

戦いは、一度も同じ形にならなかった。

 

ヒトカゲが距離を取れば、リオルは詰める。

 

リオルが接近すれば、ヒトカゲは『えんまく』で位置を変える。

 

「『ひのこ』!」

 

「カゲッ!」

 

「リオ!」

 

回避。

 

リオルが岩を踏み台にする。

 

跳ぶ。

 

「上!」

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが顔を上げる。

 

リオルが落ちてくる。

 

拳。

 

「『ひっかく』!」

 

「カゲ!」

 

爪と拳がぶつかる。

 

二匹が離れる。

 

着地。

 

同時に走る。

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

近距離。

 

ヒトカゲが腕を上げる。

 

リオルが『きりさく』を警戒して横へ。

 

しかし。

 

ヒトカゲは振らない。

 

「リオ?」

 

フェイント。

 

「カゲ!」

 

軽い『ひっかく』。

 

速い。

 

リオルの肩へ命中。

 

「リオッ!」

 

すぐ反撃。

 

ヒトカゲは後ろへ跳ぶ。

 

「いい!」

 

レンが叫ぶ。

 

『きりさく』を覚えたからこそ、『ひっかく』が生きる。

 

大きな一撃を警戒させて、小さく速い一撃を通す。

 

だが。

 

「リオ!」

 

リオルも止まらない。

 

着地したヒトカゲへ突進。

 

「『えんまく』!」

 

「カゲ!」

 

黒煙。

 

今度はリオルが止まった。

 

「リオ……」

 

飛び込まない。

 

(学んでる)

 

最初の『えんまく』を覚えている。

 

煙の中へ不用意に入れば、位置を見失う。

 

なら。

 

「リオ!」

 

リオルが地面を蹴る。

 

煙へ――ではない。

 

横。

 

大きく回り込む。

 

「そう来るか!」

 

煙そのものを迂回する。

 

ヒトカゲも気づく。

 

「カゲ!」

 

煙の中から飛び出す。

 

互いに姿を捉えた。

 

距離。

 

中距離。

 

レンの頭が回る。

 

(『ひのこ』なら当てやすい)

 

だがリオルは警戒している。

 

(『かえんほうしゃ』は――)

 

強い。

 

しかし動きながらの精度はまだ『ひのこ』より低い。

 

それでも。

 

リオルは『ひのこ』を何度も見た。

 

回避のタイミングを掴み始めている。

 

なら。

 

「ヒトカゲ」

 

「カゲ!」

 

目が合う。

 

「止まれ!」

 

ヒトカゲが急停止。

 

足を開く。

 

姿勢を安定させる。

 

リオルが接近する。

 

「リオ!」

 

レンは待つ。

 

もっと。

 

もう少し。

 

「今!」

 

息を吸う。

 

「『かえんほうしゃ』!」

 

「カゲェェェェッ!」

 

炎が爆発的に伸びた。

 

「リオ!?」

 

リオルの目が見開かれる。

 

『ひのこ』とは違う。

 

広い。

 

長い。

 

そして強い。

 

リオルが横へ跳ぶ。

 

だが完全には逃れられない。

 

炎が身体を捉える。

 

「リオォッ!」

 

吹き飛ばされた。

 

地面を転がる。

 

「リオル!」

 

サトシが叫ぶ。

 

炎が止まる。

 

ヒトカゲが息を吐く。

 

「カゲ……!」

 

レンはリオルを見る。

 

「……立つ」

 

シバの声。

 

「え?」

 

サトシが見る。

 

「リオ……!」

 

地面へ手をつく。

 

身体が震える。

 

それでも。

 

「リオ!」

 

立ち上がった。

 

「カゲ……!」

 

ヒトカゲが笑った。

 

嬉しそうに。

 

やっぱり。

 

そうでなくては。

 

そんな顔だった。

 

リオルも笑う。

 

「リオ!」

 

二匹とも、まだ終わらせるつもりはない。

 

         ◇

 

「すごい……」

 

サトシは瞬きも忘れたように戦場を見ていた。

 

以前の二匹とは違う。

 

ヒトカゲは技が増えた。

 

それだけではない。

 

技を使い分けている。

 

リオルも強くなった。

 

攻撃。

 

回避。

 

反撃。

 

その全てが繋がっている。

 

そしてレン。

 

サトシは幼なじみの横顔を見る。

 

いつものレンとは違う。

 

笑っている。

 

けれど目はずっと戦場を追っている。

 

ヒトカゲ。

 

リオル。

 

足場。

 

距離。

 

呼吸。

 

全部を見ている。

 

「……オレも」

 

サトシが小さく呟く。

 

いつか。

 

自分も。

 

自分のポケモンと。

 

あそこに立つ。

 

         ◇

 

レンは考えていた。

 

ヒトカゲの体力。

 

まだある。

 

だが『かえんほうしゃ』を何度も撃てるほど余裕はない。

 

『げんしのちから』も使った。

 

リオルも消耗している。

 

次で決めたい。

 

おそらく向こうも同じ。

 

「ヒトカゲ」

 

「カゲ」

 

「行くよ」

 

「カゲ!」

 

リオルも構える。

 

「リオ……!」

 

一瞬。

 

静かになる。

 

風が草を揺らした。

 

先に動いたのはヒトカゲ。

 

「カゲ!」

 

走る。

 

リオルも。

 

「リオ!」

 

正面衝突。

 

「『きりさく』!」

 

「カゲェッ!」

 

ヒトカゲの爪。

 

リオルが身体を沈める。

 

避ける。

 

懐。

 

拳。

 

だが。

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲは無理に振り切らない。

 

『きりさく』の勢いを殺し、身体を回す。

 

これまで練習してきた動き。

 

リオルの拳が僅かに外れる。

 

二匹がすれ違う。

 

「振り返って『ひのこ』!」

 

「カゲ!」

 

小さな炎。

 

「リオ!」

 

リオルが横へ避ける。

 

そこ。

 

「もう一発!」

 

「カゲ!」

 

二発目。

 

リオルがさらに横へ。

 

レンは見る。

 

避ける方向。

 

さっきから同じではない。

 

右。

 

左。

 

右。

 

ランダムに見える。

 

けれど。

 

(違う)

 

右へ避けるときだけ、僅かに踏み込みが浅い。

 

『げんしのちから』を腕で受けた。

 

『きりさく』も受けた。

 

さらに『かえんほうしゃ』。

 

(右側を庇ってる)

 

ほんの僅か。

 

シバなら気づいているだろう。

 

リオル自身も気づいている。

 

だから隠そうとしている。

 

「ヒトカゲ!」

 

「カゲ!」

 

三発目。

 

『ひのこ』。

 

今度はリオルの左へ。

 

「リオ!」

 

リオルは右へ避けた。

 

やはり。

 

僅かに遅い。

 

「行け!」

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが一気に距離を詰める。

 

「リオ!」

 

リオルも気づいた。

 

迎え撃つ。

 

拳。

 

「右じゃない!」

 

レンの声。

 

ヒトカゲは右腕を上げていた。

 

『きりさく』。

 

そう見せた。

 

だが。

 

攻撃しない。

 

一歩。

 

さらに懐。

 

「リオ!?」

 

「左!」

 

「カゲッ!」

 

左腕。

 

『ひっかく』。

 

速い。

 

リオルの身体へ命中。

 

「リオッ!」

 

体勢が崩れる。

 

「離れろ!」

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが後ろへ跳ぶ。

 

リオルが追おうとする。

 

その瞬間。

 

レンとヒトカゲの目が合った。

 

指示は――。

 

出さない。

 

ヒトカゲが自分で選んだ。

 

「カゲ!」

 

『えんまく』。

 

リオルの正面に黒煙。

 

「リオ!?」

 

今までなら煙に隠れて位置を変えた。

 

だからリオルは止まり、左右を見る。

 

どちらから出る。

 

右か。

 

左か。

 

上か。

 

だが。

 

ヒトカゲは動いていない。

 

煙の向こう。

 

真正面。

 

足を開く。

 

息を吸う。

 

レンは理解した。

 

「行け!」

 

「カゲェェェェッ!」

 

『かえんほうしゃ』。

 

炎が黒煙を突き破った。

 

「リオ――!」

 

煙の向こうから突然現れた炎。

 

回避が遅れる。

 

直撃。

 

「リオォォッ!」

 

リオルが吹き飛ばされた。

 

地面へ落ちる。

 

転がる。

 

止まった。

 

「リオル!」

 

サトシが叫ぶ。

 

ヒトカゲも肩で息をしながら見つめる。

 

「カゲ……」

 

リオルの指が動く。

 

地面へ手をつく。

 

「リオ……!」

 

身体を起こす。

 

「リオ……!」

 

立とうとする。

 

だが。

 

足に力が入らない。

 

膝が落ちた。

 

それでももう一度――。

 

「そこまで」

 

シバの声が響いた。

 

リオルが止まる。

 

「勝負あり」

 

シバはヒトカゲを見る。

 

「ヒトカゲの勝ちだ」

 

数秒。

 

静寂。

 

「カゲ……」

 

ヒトカゲがレンを見る。

 

レンもヒトカゲを見る。

 

「勝った」

 

「カゲ……!」

 

「勝ったぞ、ヒトカゲ!」

 

「カゲェェ!」

 

ヒトカゲが走る。

 

レンも前へ。

 

ぱちん!

 

強いハイタッチ。

 

「やった!」

 

「カゲ!」

 

サトシも駆け寄る。

 

「すっげええええ!」

 

「うわっ!」

 

「ヒトカゲ! 最後の何だよ! 『えんまく』の中から『かえんほうしゃ』って!」

 

「カゲ!」

 

「自分で考えたんだよ」

 

レンが笑う。

 

「え!?」

 

サトシが止まる。

 

「最後、俺は『えんまく』を指示してない」

 

「マジで!?」

 

「うん」

 

レンはヒトカゲを見る。

 

「こいつが自分で選んだ」

 

「カゲ!」

 

レンは何より、それが嬉しかった。

 

勝ったことも嬉しい。

 

新しい技が通用したことも嬉しい。

 

だが。

 

自分で考えろ。

 

自分で分かることは、自分で動いていい。

 

ずっと教えてきた。

 

その積み重ねが。

 

勝負を決める場面で形になった。

 

「最高だった」

 

「カゲ……!」

 

ヒトカゲが照れたように笑う。

 

         ◇

 

だが、喜ぶのはそこまで。

 

レンはすぐにリオルのもとへ向かった。

 

「リオル」

 

「リオ……」

 

悔しそうだった。

 

立てないほどではない。

 

すでに座れる程度には回復している。

 

だが負けた。

 

それが何より悔しいのだろう。

 

ヒトカゲも近づく。

 

「カゲ」

 

「リオ……」

 

二匹が見つめ合う。

 

そして。

 

ヒトカゲが拳を出した。

 

「カゲ」

 

リオルはそれを見る。

 

少しだけ間を置き。

 

「リオ」

 

自分の拳を合わせた。

 

こつん。

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

次は負けない。

 

また勝つ。

 

言葉がなくても、それくらいは分かる。

 

レンは笑った。

 

「強くなったね、リオル」

 

「リオ?」

 

「前と全然違った」

 

リオルがレンを見る。

 

「最初に会ったときより、ずっとリオルらしい動きになってた」

 

「リオ……」

 

「俺、何回も読み外したよ」

 

レンは素直に認める。

 

「足払いも、攻撃を受け流されたのも予想できなかった」

 

リオルの耳が動く。

 

「次に戦ったら、また分からないと思う」

 

「リオ」

 

「だから――」

 

レンは笑った。

 

「また戦おう」

 

「リオ!」

 

力強い返事だった。

 

         ◇

 

夕方。

 

身体を休めた二匹は、庭で並んで座っていた。

 

ヒトカゲ。

 

リオル。

 

互いに疲れている。

 

なのに。

 

「カゲ」

 

「リオ」

 

時々顔を見合わせる。

 

「カゲ」

 

「リオ!」

 

何を話しているのかレンには分からない。

 

ただ楽しそうだった。

 

レンは縁側から二匹を見る。

 

隣にはシバ。

 

「強くなったな」

 

突然言われた。

 

「ヒトカゲ?」

 

「お前もだ」

 

レンがシバを見る。

 

「俺?」

 

「ああ」

 

シバは庭を見る。

 

「以前より指示が少なくなった」

 

レンは少し驚いた。

 

「よく見てるね」

 

「当然だ」

 

「……うん」

 

レンも二匹へ視線を戻す。

 

「全部言わない方がいいと思ってる」

 

「なぜだ」

 

「俺が見えてないものを、ヒトカゲが見てることもあるから」

 

最後の『えんまく』。

 

レンが指示するより先に、ヒトカゲが選んだ。

 

もしあそこでレンが別の技を叫んでいたら。

 

あの勝ち方にはならなかった。

 

「でも全部任せるわけでもない」

 

レンは続ける。

 

「外から見てる俺にしか分からないこともある」

 

リオルの右側の動き。

 

ヒトカゲは戦いながらでは気づけなかったかもしれない。

 

だからレンが伝えた。

 

「二人で見るんだ」

 

「ほう」

 

「俺が足りないところはヒトカゲが見る。ヒトカゲが見えないところは俺が見る」

 

レンは笑う。

 

「その方が強いから」

 

シバはしばらく何も言わなかった。

 

やがて。

 

「忘れるな」

 

「何を?」

 

「今言ったことだ」

 

レンは一瞬だけ目を丸くし。

 

「うん」

 

頷いた。

 

         ◇

 

その夜。

 

シバたちはレンの家に泊まることになった。

 

夕食後。

 

レンは自室で今日の記録を書いていた。

 

ヒトカゲはすでに寝床。

 

さすがに疲れたらしい。

 

そして。

 

「リオ……」

 

なぜかリオルまでいる。

 

「シバおじさんの部屋に行かなくていいの?」

 

「リオ」

 

「ここで寝る?」

 

「リオ」

 

即答だった。

 

レンは少し笑った。

 

「いいけど」

 

予備の毛布を床へ敷く。

 

リオルがそこへ座った。

 

ヒトカゲが顔を上げる。

 

「カゲ?」

 

「リオ」

 

「カゲ」

 

どうやら異論はないらしい。

 

レンは机へ戻る。

 

今日のバトル。

 

序盤。

 

リオルの連続攻撃に対応が遅れた。

 

中盤。

 

『えんまく』と『げんしのちから』の組み合わせ成功。

 

『きりさく』を受け流された。

 

『ひっかく』のフェイントが有効。

 

『かえんほうしゃ』は二度命中。

 

終盤。

 

リオルの右側の動きの低下を発見。

 

最後はヒトカゲ自身の判断による『えんまく』から『かえんほうしゃ』。

 

レンは最後に一文を加えた。

 

指示を増やすことが、必ずしも良い指揮ではない。

 

ペンを止める。

 

「……もっと上手くなれる」

 

自分も。

 

ヒトカゲも。

 

そして。

 

「リオ?」

 

視線を感じた。

 

振り返る。

 

リオルがこちらを見ている。

 

「どうした?」

 

「リオ」

 

リオルが立ち上がる。

 

レンの机の横へ来た。

 

ノートを見る。

 

もちろん文字の内容まで分かっているわけではないだろう。

 

それでも興味深そうに眺めている。

 

「今日のバトル書いてるんだ」

 

「リオ?」

 

「よかったところと、駄目だったところ」

 

レンはページを指差す。

 

「ヒトカゲのことだけじゃないよ」

 

「リオ?」

 

「俺の失敗も」

 

リオルがレンを見る。

 

「俺も強くならないと」

 

レンは笑った。

 

「ポケモンだけに頑張らせるの、嫌だから」

 

「リオ……」

 

リオルはしばらくレンを見ていた。

 

やがて。

 

「リオ」

 

小さく鳴いて毛布へ戻った。

 

横になる。

 

ヒトカゲの隣。

 

「カゲ」

 

「リオ」

 

しばらくして。

 

二匹の寝息が聞こえ始めた。

 

レンはノートを閉じた。

 

灯りを消す。

 

「おやすみ」

 

「……カゲ」

 

「……リオ」

 

暗闇の中から二つの返事。

 

レンはベッドへ入った。

 

         ◇

 

深夜。

 

リオルが目を開けた。

 

隣ではヒトカゲが眠っている。

 

少し離れたベッドではレン。

 

静かな部屋。

 

リオルは自分の拳を見る。

 

今日。

 

負けた。

 

悔しい。

 

次は勝ちたい。

 

もっと強くなりたい。

 

それは変わらない。

 

シバのもとで鍛えることも好きだった。

 

シバは強い。

 

学べることはいくらでもある。

 

けれど。

 

今日の戦い。

 

ヒトカゲ。

 

レン。

 

二人が互いを見て。

 

互いに考え。

 

一緒に戦っていた。

 

最後の瞬間。

 

レンが命令したからヒトカゲが動いたのではない。

 

ヒトカゲ自身が考え。

 

レンがそれを理解し。

 

二人で一つの攻撃へ繋げた。

 

「リオ……」

 

以前。

 

レンは言った。

 

自分が一番強くなれる形を探そう。

 

あの言葉は今も覚えている。

 

リオルはレンを見る。

 

しばらく。

 

ただ静かに。

 

やがて目を閉じた。

 

まだ答えを出すときではない。

 

シバと共に鍛える時間も必要だ。

 

もっと強くなりたい。

 

もっと学びたい。

 

それでも。

 

以前にはなかった思いが、リオルの中に確かに生まれ始めていた。

 

――この人間と一緒なら。

 

自分は、どこまで強くなれるのだろう。

 

その疑問は。

 

いつしか、期待へ変わり始めていた。

 

レンの旅立ちまで、残された時間は少ない。

 

ヒトカゲはすでに、レンの隣にいる。

 

そしてもう一匹。

 

青い小さな格闘ポケモンもまた。

 

自分がこれから誰と歩いていくのか、その答えへ少しずつ近づき始めていた。

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