ポケットモンスター ―頂への軌跡― 作:あああああ
マサラタウンが少しずつ遠ざかっていく。
何度も歩いたことのある道だった。
それなのに、今日からは何もかもが違って見える。
レンの右にはヒトカゲ。
左にはリオル。
二匹ともモンスターボールへ入らず、当然のようにレンと並んで歩いていた。
「カゲ!」
「リオ!」
少し前へ出たヒトカゲをリオルが追い、それに気づいたヒトカゲがさらに歩調を速める。
「競争するなら走り出さないでよ」
「カゲ」
「リオ」
二匹が揃って速度を戻す。
レンは苦笑した。
昨日まで、リオルはシバとともに旅をしていた。
何度も一緒に訓練し、ヒトカゲとも二度戦っているため、その身体能力や戦い方について全く知らないわけではない。
けれど、今日から事情は変わった。
リオルは正式にレンのポケモンになった。
ならば。
「少し止まろうか」
「カゲ?」
「リオ?」
「えっ、もう休憩?」
後ろからサトシの声がする。
そのさらに後ろでは、ピカチュウがサトシから距離を取って歩いていた。
「休憩というより、確認したいことがあるんだ」
レンは道沿いに見つけた開けた場所へ移動する。
荷物を下ろすと、リオルの前へしゃがんだ。
「リオル。今使える技を、一度全部確認させてくれる?」
「リオ?」
「ヒトカゲのときもやったんだ」
使える技も分からない。
どの程度身体を動かせるかも分からない。
そんな状態で実戦へ出すことを、レンはしたくなかった。
リオルはすでに十分な訓練経験を持っている。
だからこそ、今度はトレーナーになった自分が把握しておく必要がある。
「リオ!」
リオルは力強く頷いた。
◇
最初に見せたのは『でんこうせっか』だった。
「リオ!」
踏み込んだ瞬間、一気に加速する。
「速っ!」
サトシが声を上げた。
リオルは数メートル先の木へ迫ると、衝突寸前で身体を傾け、その横を鋭く抜けていった。
レンはその動きをじっと見る。
「接近だけじゃないな……」
短距離での加速。
追撃。
離脱。
相手の横への回り込み。
使い道は多い。
続いて。
「リオ!」
リオルの爪が金属のような光を帯びた。
『メタルクロー』。
練習用に選んだ枯れ木へ振り抜くと、硬い表面へ鋭い傷が刻まれた。
「カゲ!」
ヒトカゲが目を輝かせる。
自分の『ひっかく』や『きりさく』と比べているらしい。
「今は勝負しないよ」
「カ、カゲ」
「リオ」
リオルが少し笑った。
「リオルもだからね」
「リオ?」
サトシが吹き出した。
「二匹ともバトル好きすぎるだろ!」
少し離れた岩の上では、ピカチュウが退屈そうに尻尾を揺らしている。
「ピカ」
サトシが振り返る。
「ピカチュウも一緒に見ようぜ!」
「ピカ」
ぷい、と顔を逸らされた。
「なんでだよ!」
レンは苦笑しながら確認を続けた。
『カウンター』。
『はっけい』。
そして最後は。
「リオ……!」
リオルの雰囲気が変わった。
全身に力を巡らせるように気迫を高めていく。
「『つるぎのまい』だね」
「リオ!」
使用後、もう一度『メタルクロー』を試してもらう。
先ほどより明らかに強い一撃が枯れ木へ食い込んだ。
ただし。
「強いけど、使うタイミングは考えないとね」
「リオ?」
「相手は『つるぎのまい』が終わるまで待ってくれないから」
「リオ」
リオルが頷く。
これで確認できた技は五つ。
『でんこうせっか』。
『メタルクロー』。
『カウンター』。
『はっけい』。
『つるぎのまい』。
しかし。
レンにとって重要なのは、それだけではなかった。
「今度は技なしで、ヒトカゲと少し動いてみて」
「カゲ!」
「リオ!」
二匹が向き合う。
軽い攻防。
ヒトカゲが腕を伸ばせば、リオルは真正面から受けずに身体をずらし、腕を添えて攻撃の方向を逸らす。
受け流し。
そこから拳を打ち込むと見せかけて。
「カゲ!?」
フェイント。
ヒトカゲの意識が上へ向いた瞬間、リオルは低く身体を沈めて足を払う。
ヒトカゲもこれまで鍛えてきたバランス感覚で倒れず、片手を地面について距離を取った。
「そこまで」
レンが止める。
二匹はすぐに構えを解いた。
レンは確信する。
リオルの強さは、技だけではない。
足払い。
受け流し。
フェイント。
体捌き。
そして、一つの攻撃が外れても次へ繋げる連続攻撃。
どれもポケモンの技として名前がついているわけではない。
シバと鍛える中で身につけた、純粋な格闘技術だ。
「リオル」
「リオ?」
「その動き、大事にしよう」
「リオ?」
「これから技が増えても、技だけで戦う必要はないから」
リオルがレンを見る。
「足払いも、受け流しも、フェイントも全部リオルの強さだよ。それと技を組み合わせて、一番強い戦い方を探そう」
「リオ……!」
やがて。
力強く頷いた。
「リオ!」
レンも笑った。
まだ完成させる必要はない。
今日から。
一緒に探せばいい。
◇
再び歩き始めてからしばらくすると、サトシが突然声を上げた。
「ポッポだ!」
草むらの近くで、一羽のポッポが地面をつついている。
「よーし……!」
サトシはポケモン図鑑を向け、情報を確認すると目を輝かせた。
「最初のポケモン、ゲットだぜ!」
「ピカチュウ!」
「ピカ?」
「頼む! あのポッポと戦ってくれ!」
ピカチュウはサトシを見た。
次にポッポを見る。
そして。
「ピカ」
近くの木へ登った。
「なんでだよ!」
「まだサトシをトレーナーとして認めてないんじゃない?」
「でもポケモンを捕まえるにはバトルしなきゃいけないだろ!」
「だからって無理やり戦わせるの?」
「うっ……」
サトシが詰まる。
だが、諦めない。
「だったらオレ一人でやる!」
「嫌な予感しかしないんだけど」
サトシはモンスターボールを投げた。
命中。
ポッポがボールへ入る。
「やった!」
ボールが揺れる。
だが。
すぐにポッポが飛び出した。
「ええっ!?」
その後もサトシは諦めず、どうにか自分だけでポッポを捕まえようとする。
結果。
「ポッポ!」
「うわああっ!」
『かぜおこし』。
さらに砂まで浴びせられ、サトシは地面へ転がった。
木の上から。
「ピカピカ!」
ピカチュウが笑っている。
「笑うな!」
「カゲカゲ!」
「リオ!」
「お前らも笑うな!」
レンまで笑いそうになった、そのとき。
がさがさ。
「ん?」
サトシの荷物の方から音がする。
一匹のコラッタが、食料を漁っていた。
「あっ! オレの食料!」
「コラッ!」
サトシが近づくと、コラッタは素早く逃げていく。
図鑑から説明が流れる。
それを聞いたサトシの顔が引きつった。
「誰が間抜けな旅人だ!」
「図鑑に怒ってどうするの」
「ピカピカ!」
またピカチュウが笑う。
「くっそー……!」
苛立ったサトシは、近くにいたポッポたちへ小石を投げる。
ポッポたちはすぐに飛び去った。
そして。
少し離れた場所に、一羽だけ残っている影を見つける。
「今度こそ!」
「サトシ、ちょっと待って」
レンは目を細めた。
ポッポとは少し違う。
だが。
サトシはもう石を投げていた。
こつん。
命中。
「オニ……」
鳥ポケモンがゆっくり振り返る。
「……あれ?」
サトシが図鑑を向ける。
表示されたのは。
オニスズメ。
ポッポより気性が荒く、人間やポケモンへ攻撃を仕掛けることも珍しくない。
「サトシ」
「……はい」
「逃げた方がいいかも」
「オニィィィ!」
遅かった。
オニスズメが飛び上がる。
最初はサトシへ向かった。
ところが。
木の上。
笑っていたピカチュウを見つける。
「ピカ?」
標的が変わった。
「ピカチュウ!」
オニスズメが襲いかかる。
ピカチュウが木から落ちそうになる。
「ピカ!」
怒ったピカチュウの頬が光った。
電撃。
オニスズメが地面へ落ちる。
「やった!」
だが。
レンの表情は変わった。
「サトシ、まずい」
倒れたオニスズメが顔を上げる。
そして。
大きく鳴いた。
「オニィィィィ――!」
遠くから。
返事。
一つではない。
木々の向こうから、無数の羽音が聞こえてくる。
「……嘘だろ」
空が黒くなる。
オニスズメの群れ。
「逃げるよ!」
レンの声と同時に、全員が走り出した。
◇
「ヒトカゲ、『えんまく』!」
「カゲ!」
黒煙が広がり、追ってくる群れの視界を奪う。
「リオル、前! 道を確認!」
「リオ!」
『でんこうせっか』でリオルが先行する。
レンたちはその後を追った。
原作では。
サトシとピカチュウだけだった。
けれど。
今はレンがいる。
ヒトカゲも。
リオルも。
だからといって。
何もかも簡単になるわけではなかった。
「オニィィ!」
「もう回り込んだ!」
空を飛ぶ相手。
しかも数が多い。
『えんまく』を避け、横から何羽も入ってくる。
「ヒトカゲ、無理に倒そうとしなくていい! 近づけさせない!」
「カゲ!」
『ひのこ』。
炎で進路を制限する。
一羽が低空からリオルへ突っ込んだ。
「リオ!」
リオルは身体を僅かにずらす。
嘴を紙一重で外し、その翼へ腕を添えて勢いを流す。
受け流し。
オニスズメは地面へ落ちることなく、そのまま飛び去る。
「追わなくていい!」
「リオ!」
目的は勝つことではない。
逃げ切ること。
しかし。
「ピカ!」
前を走っていたピカチュウへ、複数のオニスズメが集中した。
「ピカチュウ!」
サトシが追う。
「ピカッ!」
一撃。
さらに一撃。
「やめろ!」
サトシが自分の身体を使って追い払おうとする。
レンたちも追いつく。
「ヒトカゲ!」
『ひのこ』でオニスズメを散らす。
だが。
すでにピカチュウは傷だらけだった。
「ピカ……」
立とうとする。
足が震える。
「ピカチュウ!」
サトシが抱き上げた。
今までなら嫌がったはずなのに。
ピカチュウは抵抗しない。
「逃げるぞ!」
サトシはピカチュウを抱き、そのまま走った。
◇
やがて。
目の前に川が現れた。
流れは速い。
後ろからはオニスズメの群れ。
「レン!」
サトシが振り返る。
レンも川を見る。
渡れる場所を探す時間はない。
「飛び込む!」
サトシが叫んだ。
「待って、流れが――!」
サトシはピカチュウをしっかり抱く。
そして。
川へ飛び込んだ。
「サトシ!」
水飛沫。
そのまま流れに飲まれていく。
レンは歯を食いしばる。
ヒトカゲを見る。
炎を尻尾に宿すヒトカゲを、この流れへ無理に飛び込ませるわけにはいかない。
「ヒトカゲ、ボールへ!」
「カゲ!」
赤い光がヒトカゲを包む。
「リオルも!」
「リオ!」
リオルも戻す。
二つのボールを確実に鞄へ固定する。
そして。
「サトシ!」
レンも川へ飛び込んだ。
冷たい水。
強い流れ。
「っ……!」
サトシの姿を見失わないよう、必死に泳ぐ。
前方。
サトシは片腕でピカチュウを抱えながら流されている。
水面が大きく揺れた。
巨大な影。
「サトシ、下!」
「え!?」
水中から。
巨大な口。
ギャラドス。
「うわあああああ!」
サトシが必死に身体をずらす。
牙が水面を裂く。
間一髪。
流れが二人をその場から押し流していった。
◇
しばらくして。
流れが緩やかになる。
その下流。
一人の少女が釣り竿を握っていた。
「来た!」
浮きが沈む。
少女は勢いよく竿を引いた。
「大物!」
水面から飛び出したのは。
「うわあああ!」
サトシだった。
「きゃあああ!?」
続いて。
少し離れたところからレンも岸へ這い上がる。
「はぁ……はぁ……」
少女は目を丸くしている。
橙色の髪。
釣り竿。
近くには自転車。
レンはすぐに分かった。
カスミ。
けれど。
名前を知っているはずはない。
だから。
何も言わない。
「何なのよ、あんたたち!」
少女が叫ぶ。
しかし。
すぐにサトシの腕の中を見る。
「……そのピカチュウ!」
表情が変わった。
「ひどい怪我じゃない!」
「ピカ……」
「何したのよ!」
「オニスズメに襲われて――」
「こんなになるまで戦わせたの!?」
「違う!」
サトシが言い返そうとする。
レンが間へ入った。
「説明は後でできる」
少女がレンを見る。
「何よ!」
「今は治療が先」
一瞬。
少女が黙る。
レンは続ける。
「近くにポケモンセンターは?」
その言葉で、少女も目的を切り替えた。
「あっちよ! トキワシティにあるわ!」
「トキワシティ……!」
サトシが立ち上がる。
そのとき。
「オニィィィ!」
全員が空を見る。
群れ。
まだ追ってきている。
「嘘だろ……!」
サトシが周囲を見る。
そして。
自転車を見つけた。
「借りる!」
「え?」
サトシはピカチュウを前籠へ乗せ、自転車へ飛び乗った。
「ちょっと! それ私の自転車!」
「絶対返すから!」
「待ちなさい!」
サトシは走り出した。
「サトシ!」
レンも追う。
「勝手に持っていくなぁぁぁ!」
背後から少女の怒声が響いた。
◇
空が急速に暗くなる。
ぽつり。
雨。
次の瞬間。
雷鳴。
激しい雨が降り始めた。
サトシは必死にペダルを漕ぐ。
前籠には傷ついたピカチュウ。
「もう少しだ! 頑張れ、ピカチュウ!」
「ピカ……」
レンも後ろから走る。
ヒトカゲとリオルはボールへ入れたままだ。
二匹を出せば戦える。
だが。
この雨。
ヒトカゲの尻尾。
疲労。
大量の飛行ポケモン。
そして何より、今はピカチュウを一刻も早く治療することが最優先だった。
「オニィィ!」
群れが追いつく。
「サトシ、後ろ!」
「分かってる!」
オニスズメが自転車へ襲いかかる。
「うわっ!」
ハンドルが揺れる。
雨でぬかるんだ地面。
さらに一撃。
タイヤが滑った。
「サトシ!」
自転車が道から外れる。
サトシの身体が投げ出された。
ピカチュウも籠から飛び出す。
「ピカ……!」
自転車が地面を滑り、泥の中で止まった。
レンが駆け寄ろうとする。
「サトシ!」
サトシが顔を上げた。
少し離れたところ。
ピカチュウが倒れている。
「ピカチュウ……」
サトシは這うように近づいた。
オニスズメの群れは。
まだ迫ってくる。
サトシはモンスターボールを取り出した。
「ピカチュウ」
「ピカ……?」
「この中に入れ」
ピカチュウの目が僅かに開く。
「嫌いなのは分かってる」
サトシの手も震えていた。
「でも……ここなら安全だから」
「ピカ……」
「オレのことなんかどうでもいい」
サトシは立ち上がる。
ピカチュウを背中へ庇う。
レンは足を止めた。
違う。
助けないわけではない。
いつでも飛び込める。
ボールへ手を伸ばしている。
それでも。
今。
サトシは自分で立っている。
「オレはマサラタウンのサトシ!」
オニスズメの群れを真正面から見据える。
「世界一のポケモンマスターになる男だ!」
雷鳴。
「こんなところで――」
サトシは両腕を広げた。
「お前たちなんかに負けてたまるか!」
群れが一斉に降下する。
「サトシ!」
レンがボールを掴む。
その瞬間。
「ピカ……」
ピカチュウが。
動いた。
サトシを見る。
自分を守ろうとしている少年。
出会ったばかり。
気に入らなかった。
命令されるのも嫌だった。
ボールに入るのも嫌だった。
けれど。
この少年は。
傷だらけになりながら。
自分を抱えて走った。
川へ飛び込んだ。
自転車を借りて。
嵐の中を走って。
そして今。
自分だけをボールへ入れて助けようとしている。
「ピカ……!」
立つ。
「ピカチュウ?」
サトシが振り返る。
ピカチュウが跳んだ。
サトシの肩へ。
そして。
さらに高く。
「ピカァァァァァァ――!」
空が光った。
雷が落ちる。
その力を受けるように。
ピカチュウの身体が眩い電気を纏う。
「チュウウウウウウウウッ!!」
世界が白く染まった。
オニスズメの群れ。
サトシ。
倒れた自転車。
その全てを包み込むほどの大放電。
「っ!」
レンは腕で顔を覆う。
轟音が響いた。
やがて。
静寂。
雨音だけが残る。
◇
どれほど時間が経ったのか。
雨が止んでいた。
雲の切れ間から陽光が差し込む。
レンはゆっくり目を開く。
「……サトシ」
少し先。
サトシが倒れている。
その近くにはピカチュウ。
そして。
黒焦げになった自転車。
「……あれ、どう説明するんだろう」
思わず呟いた。
だが。
今はそれどころではない。
「サトシ!」
駆け寄る。
「起きて!」
「……レン?」
サトシが目を開いた。
「ピカチュウ!」
すぐにピカチュウを見る。
「ピカ……」
弱々しい。
それでも。
生きている。
サトシが抱き上げる。
「ありがとな、ピカチュウ」
「ピカ……」
今度は。
嫌がらなかった。
サトシの腕の中へ身体を預ける。
レンはその姿を見て。
小さく息を吐いた。
前世で知っていた出来事。
けれど。
目の前で見れば。
それは「知っている話」などではなかった。
サトシが選び。
ピカチュウが選んだ。
二人だけの出来事だ。
そのとき。
「カゲ?」
モンスターボールの中にいるヒトカゲが気になり、レンは周囲の安全を確認してから二匹を出した。
「出ておいで」
光が広がる。
「カゲ!」
「リオ!」
二匹ともすぐにレンへ近づく。
「大丈夫。終わったよ」
レンは二匹の身体を確認する。
大きな問題はない。
それでも。
「今日はもう戦闘なし」
「カゲ」
「リオ」
二匹とも素直に頷いた。
そのとき。
「カゲ?」
ヒトカゲが空を見た。
「どうした?」
「カゲ!」
指差す。
雨上がりの空。
虹。
そして。
その向こう。
一匹のポケモンが飛んでいた。
黄金色にも見える光を纏い。
大きな翼を広げ。
悠然と。
虹の彼方へ向かって飛んでいく。
「……なんだ、あれ」
サトシが呟く。
ポケモン図鑑を向ける。
しかし。
図鑑にも十分な情報はない。
この世界には、まだ知られていないポケモンがいる。
そんな趣旨の案内が返ってくる。
レンは何も言わなかった。
知っている。
――ホウオウ。
けれど。
前世で名前を知っていることと。
今。
自分自身の目で見ることは。
まるで違った。
「カゲ……」
「リオ……」
ヒトカゲとリオルも見上げている。
レンは拳を握った。
遠い。
今の自分たちでは。
あまりにも。
それでも。
「ヒトカゲ。リオル」
「カゲ?」
「リオ?」
「あれ、覚えておこう」
二匹がレンを見る。
「今の俺たちじゃ、あんなポケモンを前にしたら何もできないと思う」
ヒトカゲが真剣な顔になる。
リオルも空を見る。
「だから強くなろう」
レンは笑った。
「いつか、あんな存在を前にしても――正面から向き合えるくらいに」
「カゲ!」
「リオ!」
力強い声。
サトシも空を見上げていた。
「オレも」
腕の中のピカチュウを見る。
「いつか、あいつにもう一回会いたい」
「ピカ……」
「そのときは、一緒に会おうな」
「ピカ」
小さな返事。
けれど。
今度は確かに。
サトシへ向けられた返事だった。
サトシの顔が明るくなる。
レンも笑う。
「そのためにも、まずポケモンセンター」
「あっ!」
サトシが立ち上がる。
「そうだ! トキワシティ!」
「走らない。ピカチュウもサトシも怪我してる」
「でも急がないと!」
「急ぐのと無茶するのは別!」
「分かったよ!」
そして。
サトシの視線が。
黒焦げになった物体へ向いた。
「…………」
レンも見る。
元・自転車。
「…………」
サトシの顔から血の気が引いていく。
「レン」
「何?」
「あの子……怒るかな」
「怒ると思う」
「やっぱり?」
「かなり」
「どうしよう……」
「返すって言ったんでしょ?」
「言った」
「じゃあ責任取らないと」
「……はい」
サトシは項垂れた。
「カゲ」
「リオ」
ヒトカゲとリオルが揃って頷く。
「お前らまで!」
レンは笑いながら前を見る。
遠く。
トキワシティが見える。
旅立って。
まだ一日目。
それなのに。
もう多くのことが起きた。
リオルのことを知った。
野生のポケモンの危険を知った。
サトシとピカチュウの関係が変わった。
カスミという少女とも出会った。
そして。
遥か空には。
今の自分たちでは届かない存在がいた。
世界は広い。
前世で知っていた以上に。
きっと。
自分の知らないものが。
いくらでも待っている。
「行こう」
レンが言う。
「カゲ!」
「リオ!」
「おう!」
「ピカ……!」
ヒトカゲとリオルがレンの隣へ並ぶ。
サトシはピカチュウを大切に抱える。
そして四人は。
次の目的地――トキワシティへ向かって歩き始めた。
レンたちの旅は、始まったばかりだった。