ポケットモンスター ―頂への軌跡―   作:あああああ

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第18話 あらしの中の絆

マサラタウンが少しずつ遠ざかっていく。

 

何度も歩いたことのある道だった。

 

それなのに、今日からは何もかもが違って見える。

 

レンの右にはヒトカゲ。

 

左にはリオル。

 

二匹ともモンスターボールへ入らず、当然のようにレンと並んで歩いていた。

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

少し前へ出たヒトカゲをリオルが追い、それに気づいたヒトカゲがさらに歩調を速める。

 

「競争するなら走り出さないでよ」

 

「カゲ」

 

「リオ」

 

二匹が揃って速度を戻す。

 

レンは苦笑した。

 

昨日まで、リオルはシバとともに旅をしていた。

 

何度も一緒に訓練し、ヒトカゲとも二度戦っているため、その身体能力や戦い方について全く知らないわけではない。

 

けれど、今日から事情は変わった。

 

リオルは正式にレンのポケモンになった。

 

ならば。

 

「少し止まろうか」

 

「カゲ?」

 

「リオ?」

 

「えっ、もう休憩?」

 

後ろからサトシの声がする。

 

そのさらに後ろでは、ピカチュウがサトシから距離を取って歩いていた。

 

「休憩というより、確認したいことがあるんだ」

 

レンは道沿いに見つけた開けた場所へ移動する。

 

荷物を下ろすと、リオルの前へしゃがんだ。

 

「リオル。今使える技を、一度全部確認させてくれる?」

 

「リオ?」

 

「ヒトカゲのときもやったんだ」

 

使える技も分からない。

 

どの程度身体を動かせるかも分からない。

 

そんな状態で実戦へ出すことを、レンはしたくなかった。

 

リオルはすでに十分な訓練経験を持っている。

 

だからこそ、今度はトレーナーになった自分が把握しておく必要がある。

 

「リオ!」

 

リオルは力強く頷いた。

 

◇

 

最初に見せたのは『でんこうせっか』だった。

 

「リオ!」

 

踏み込んだ瞬間、一気に加速する。

 

「速っ!」

 

サトシが声を上げた。

 

リオルは数メートル先の木へ迫ると、衝突寸前で身体を傾け、その横を鋭く抜けていった。

 

レンはその動きをじっと見る。

 

「接近だけじゃないな……」

 

短距離での加速。

 

追撃。

 

離脱。

 

相手の横への回り込み。

 

使い道は多い。

 

続いて。

 

「リオ!」

 

リオルの爪が金属のような光を帯びた。

 

『メタルクロー』。

 

練習用に選んだ枯れ木へ振り抜くと、硬い表面へ鋭い傷が刻まれた。

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが目を輝かせる。

 

自分の『ひっかく』や『きりさく』と比べているらしい。

 

「今は勝負しないよ」

 

「カ、カゲ」

 

「リオ」

 

リオルが少し笑った。

 

「リオルもだからね」

 

「リオ?」

 

サトシが吹き出した。

 

「二匹ともバトル好きすぎるだろ!」

 

少し離れた岩の上では、ピカチュウが退屈そうに尻尾を揺らしている。

 

「ピカ」

 

サトシが振り返る。

 

「ピカチュウも一緒に見ようぜ!」

 

「ピカ」

 

ぷい、と顔を逸らされた。

 

「なんでだよ!」

 

レンは苦笑しながら確認を続けた。

 

『カウンター』。

 

『はっけい』。

 

そして最後は。

 

「リオ……!」

 

リオルの雰囲気が変わった。

 

全身に力を巡らせるように気迫を高めていく。

 

「『つるぎのまい』だね」

 

「リオ!」

 

使用後、もう一度『メタルクロー』を試してもらう。

 

先ほどより明らかに強い一撃が枯れ木へ食い込んだ。

 

ただし。

 

「強いけど、使うタイミングは考えないとね」

 

「リオ?」

 

「相手は『つるぎのまい』が終わるまで待ってくれないから」

 

「リオ」

 

リオルが頷く。

 

これで確認できた技は五つ。

 

『でんこうせっか』。

 

『メタルクロー』。

 

『カウンター』。

 

『はっけい』。

 

『つるぎのまい』。

 

しかし。

 

レンにとって重要なのは、それだけではなかった。

 

「今度は技なしで、ヒトカゲと少し動いてみて」

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

二匹が向き合う。

 

軽い攻防。

 

ヒトカゲが腕を伸ばせば、リオルは真正面から受けずに身体をずらし、腕を添えて攻撃の方向を逸らす。

 

受け流し。

 

そこから拳を打ち込むと見せかけて。

 

「カゲ!?」

 

フェイント。

 

ヒトカゲの意識が上へ向いた瞬間、リオルは低く身体を沈めて足を払う。

 

ヒトカゲもこれまで鍛えてきたバランス感覚で倒れず、片手を地面について距離を取った。

 

「そこまで」

 

レンが止める。

 

二匹はすぐに構えを解いた。

 

レンは確信する。

 

リオルの強さは、技だけではない。

 

足払い。

 

受け流し。

 

フェイント。

 

体捌き。

 

そして、一つの攻撃が外れても次へ繋げる連続攻撃。

 

どれもポケモンの技として名前がついているわけではない。

 

シバと鍛える中で身につけた、純粋な格闘技術だ。

 

「リオル」

 

「リオ?」

 

「その動き、大事にしよう」

 

「リオ?」

 

「これから技が増えても、技だけで戦う必要はないから」

 

リオルがレンを見る。

 

「足払いも、受け流しも、フェイントも全部リオルの強さだよ。それと技を組み合わせて、一番強い戦い方を探そう」

 

「リオ……!」

 

やがて。

 

力強く頷いた。

 

「リオ!」

 

レンも笑った。

 

まだ完成させる必要はない。

 

今日から。

 

一緒に探せばいい。

 

◇

 

再び歩き始めてからしばらくすると、サトシが突然声を上げた。

 

「ポッポだ!」

 

草むらの近くで、一羽のポッポが地面をつついている。

 

「よーし……!」

 

サトシはポケモン図鑑を向け、情報を確認すると目を輝かせた。

 

「最初のポケモン、ゲットだぜ!」

 

「ピカチュウ!」

 

「ピカ?」

 

「頼む! あのポッポと戦ってくれ!」

 

ピカチュウはサトシを見た。

 

次にポッポを見る。

 

そして。

 

「ピカ」

 

近くの木へ登った。

 

「なんでだよ!」

 

「まだサトシをトレーナーとして認めてないんじゃない?」

 

「でもポケモンを捕まえるにはバトルしなきゃいけないだろ!」

 

「だからって無理やり戦わせるの?」

 

「うっ……」

 

サトシが詰まる。

 

だが、諦めない。

 

「だったらオレ一人でやる!」

 

「嫌な予感しかしないんだけど」

 

サトシはモンスターボールを投げた。

 

命中。

 

ポッポがボールへ入る。

 

「やった!」

 

ボールが揺れる。

 

だが。

 

すぐにポッポが飛び出した。

 

「ええっ!?」

 

その後もサトシは諦めず、どうにか自分だけでポッポを捕まえようとする。

 

結果。

 

「ポッポ!」

 

「うわああっ!」

 

『かぜおこし』。

 

さらに砂まで浴びせられ、サトシは地面へ転がった。

 

木の上から。

 

「ピカピカ!」

 

ピカチュウが笑っている。

 

「笑うな!」

 

「カゲカゲ!」

 

「リオ!」

 

「お前らも笑うな!」

 

レンまで笑いそうになった、そのとき。

 

がさがさ。

 

「ん?」

 

サトシの荷物の方から音がする。

 

一匹のコラッタが、食料を漁っていた。

 

「あっ! オレの食料!」

 

「コラッ!」

 

サトシが近づくと、コラッタは素早く逃げていく。

 

図鑑から説明が流れる。

 

それを聞いたサトシの顔が引きつった。

 

「誰が間抜けな旅人だ!」

 

「図鑑に怒ってどうするの」

 

「ピカピカ!」

 

またピカチュウが笑う。

 

「くっそー……!」

 

苛立ったサトシは、近くにいたポッポたちへ小石を投げる。

 

ポッポたちはすぐに飛び去った。

 

そして。

 

少し離れた場所に、一羽だけ残っている影を見つける。

 

「今度こそ!」

 

「サトシ、ちょっと待って」

 

レンは目を細めた。

 

ポッポとは少し違う。

 

だが。

 

サトシはもう石を投げていた。

 

こつん。

 

命中。

 

「オニ……」

 

鳥ポケモンがゆっくり振り返る。

 

「……あれ?」

 

サトシが図鑑を向ける。

 

表示されたのは。

 

オニスズメ。

 

ポッポより気性が荒く、人間やポケモンへ攻撃を仕掛けることも珍しくない。

 

「サトシ」

 

「……はい」

 

「逃げた方がいいかも」

 

「オニィィィ!」

 

遅かった。

 

オニスズメが飛び上がる。

 

最初はサトシへ向かった。

 

ところが。

 

木の上。

 

笑っていたピカチュウを見つける。

 

「ピカ?」

 

標的が変わった。

 

「ピカチュウ!」

 

オニスズメが襲いかかる。

 

ピカチュウが木から落ちそうになる。

 

「ピカ!」

 

怒ったピカチュウの頬が光った。

 

電撃。

 

オニスズメが地面へ落ちる。

 

「やった!」

 

だが。

 

レンの表情は変わった。

 

「サトシ、まずい」

 

倒れたオニスズメが顔を上げる。

 

そして。

 

大きく鳴いた。

 

「オニィィィィ――!」

 

遠くから。

 

返事。

 

一つではない。

 

木々の向こうから、無数の羽音が聞こえてくる。

 

「……嘘だろ」

 

空が黒くなる。

 

オニスズメの群れ。

 

「逃げるよ!」

 

レンの声と同時に、全員が走り出した。

 

◇

 

「ヒトカゲ、『えんまく』!」

 

「カゲ!」

 

黒煙が広がり、追ってくる群れの視界を奪う。

 

「リオル、前! 道を確認!」

 

「リオ!」

 

『でんこうせっか』でリオルが先行する。

 

レンたちはその後を追った。

 

原作では。

 

サトシとピカチュウだけだった。

 

けれど。

 

今はレンがいる。

 

ヒトカゲも。

 

リオルも。

 

だからといって。

 

何もかも簡単になるわけではなかった。

 

「オニィィ!」

 

「もう回り込んだ!」

 

空を飛ぶ相手。

 

しかも数が多い。

 

『えんまく』を避け、横から何羽も入ってくる。

 

「ヒトカゲ、無理に倒そうとしなくていい! 近づけさせない!」

 

「カゲ!」

 

『ひのこ』。

 

炎で進路を制限する。

 

一羽が低空からリオルへ突っ込んだ。

 

「リオ!」

 

リオルは身体を僅かにずらす。

 

嘴を紙一重で外し、その翼へ腕を添えて勢いを流す。

 

受け流し。

 

オニスズメは地面へ落ちることなく、そのまま飛び去る。

 

「追わなくていい!」

 

「リオ!」

 

目的は勝つことではない。

 

逃げ切ること。

 

しかし。

 

「ピカ!」

 

前を走っていたピカチュウへ、複数のオニスズメが集中した。

 

「ピカチュウ!」

 

サトシが追う。

 

「ピカッ!」

 

一撃。

 

さらに一撃。

 

「やめろ!」

 

サトシが自分の身体を使って追い払おうとする。

 

レンたちも追いつく。

 

「ヒトカゲ!」

 

『ひのこ』でオニスズメを散らす。

 

だが。

 

すでにピカチュウは傷だらけだった。

 

「ピカ……」

 

立とうとする。

 

足が震える。

 

「ピカチュウ!」

 

サトシが抱き上げた。

 

今までなら嫌がったはずなのに。

 

ピカチュウは抵抗しない。

 

「逃げるぞ!」

 

サトシはピカチュウを抱き、そのまま走った。

 

◇

 

やがて。

 

目の前に川が現れた。

 

流れは速い。

 

後ろからはオニスズメの群れ。

 

「レン!」

 

サトシが振り返る。

 

レンも川を見る。

 

渡れる場所を探す時間はない。

 

「飛び込む!」

 

サトシが叫んだ。

 

「待って、流れが――!」

 

サトシはピカチュウをしっかり抱く。

 

そして。

 

川へ飛び込んだ。

 

「サトシ!」

 

水飛沫。

 

そのまま流れに飲まれていく。

 

レンは歯を食いしばる。

 

ヒトカゲを見る。

 

炎を尻尾に宿すヒトカゲを、この流れへ無理に飛び込ませるわけにはいかない。

 

「ヒトカゲ、ボールへ!」

 

「カゲ!」

 

赤い光がヒトカゲを包む。

 

「リオルも!」

 

「リオ!」

 

リオルも戻す。

 

二つのボールを確実に鞄へ固定する。

 

そして。

 

「サトシ!」

 

レンも川へ飛び込んだ。

 

冷たい水。

 

強い流れ。

 

「っ……!」

 

サトシの姿を見失わないよう、必死に泳ぐ。

 

前方。

 

サトシは片腕でピカチュウを抱えながら流されている。

 

水面が大きく揺れた。

 

巨大な影。

 

「サトシ、下!」

 

「え!?」

 

水中から。

 

巨大な口。

 

ギャラドス。

 

「うわあああああ!」

 

サトシが必死に身体をずらす。

 

牙が水面を裂く。

 

間一髪。

 

流れが二人をその場から押し流していった。

 

◇

 

しばらくして。

 

流れが緩やかになる。

 

その下流。

 

一人の少女が釣り竿を握っていた。

 

「来た!」

 

浮きが沈む。

 

少女は勢いよく竿を引いた。

 

「大物!」

 

水面から飛び出したのは。

 

「うわあああ!」

 

サトシだった。

 

「きゃあああ!?」

 

続いて。

 

少し離れたところからレンも岸へ這い上がる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

少女は目を丸くしている。

 

橙色の髪。

 

釣り竿。

 

近くには自転車。

 

レンはすぐに分かった。

 

カスミ。

 

けれど。

 

名前を知っているはずはない。

 

だから。

 

何も言わない。

 

「何なのよ、あんたたち!」

 

少女が叫ぶ。

 

しかし。

 

すぐにサトシの腕の中を見る。

 

「……そのピカチュウ!」

 

表情が変わった。

 

「ひどい怪我じゃない!」

 

「ピカ……」

 

「何したのよ!」

 

「オニスズメに襲われて――」

 

「こんなになるまで戦わせたの!?」

 

「違う!」

 

サトシが言い返そうとする。

 

レンが間へ入った。

 

「説明は後でできる」

 

少女がレンを見る。

 

「何よ!」

 

「今は治療が先」

 

一瞬。

 

少女が黙る。

 

レンは続ける。

 

「近くにポケモンセンターは?」

 

その言葉で、少女も目的を切り替えた。

 

「あっちよ! トキワシティにあるわ!」

 

「トキワシティ……!」

 

サトシが立ち上がる。

 

そのとき。

 

「オニィィィ!」

 

全員が空を見る。

 

群れ。

 

まだ追ってきている。

 

「嘘だろ……!」

 

サトシが周囲を見る。

 

そして。

 

自転車を見つけた。

 

「借りる!」

 

「え?」

 

サトシはピカチュウを前籠へ乗せ、自転車へ飛び乗った。

 

「ちょっと! それ私の自転車!」

 

「絶対返すから!」

 

「待ちなさい!」

 

サトシは走り出した。

 

「サトシ!」

 

レンも追う。

 

「勝手に持っていくなぁぁぁ!」

 

背後から少女の怒声が響いた。

 

◇

 

空が急速に暗くなる。

 

ぽつり。

 

雨。

 

次の瞬間。

 

雷鳴。

 

激しい雨が降り始めた。

 

サトシは必死にペダルを漕ぐ。

 

前籠には傷ついたピカチュウ。

 

「もう少しだ! 頑張れ、ピカチュウ!」

 

「ピカ……」

 

レンも後ろから走る。

 

ヒトカゲとリオルはボールへ入れたままだ。

 

二匹を出せば戦える。

 

だが。

 

この雨。

 

ヒトカゲの尻尾。

 

疲労。

 

大量の飛行ポケモン。

 

そして何より、今はピカチュウを一刻も早く治療することが最優先だった。

 

「オニィィ!」

 

群れが追いつく。

 

「サトシ、後ろ!」

 

「分かってる!」

 

オニスズメが自転車へ襲いかかる。

 

「うわっ!」

 

ハンドルが揺れる。

 

雨でぬかるんだ地面。

 

さらに一撃。

 

タイヤが滑った。

 

「サトシ!」

 

自転車が道から外れる。

 

サトシの身体が投げ出された。

 

ピカチュウも籠から飛び出す。

 

「ピカ……!」

 

自転車が地面を滑り、泥の中で止まった。

 

レンが駆け寄ろうとする。

 

「サトシ!」

 

サトシが顔を上げた。

 

少し離れたところ。

 

ピカチュウが倒れている。

 

「ピカチュウ……」

 

サトシは這うように近づいた。

 

オニスズメの群れは。

 

まだ迫ってくる。

 

サトシはモンスターボールを取り出した。

 

「ピカチュウ」

 

「ピカ……?」

 

「この中に入れ」

 

ピカチュウの目が僅かに開く。

 

「嫌いなのは分かってる」

 

サトシの手も震えていた。

 

「でも……ここなら安全だから」

 

「ピカ……」

 

「オレのことなんかどうでもいい」

 

サトシは立ち上がる。

 

ピカチュウを背中へ庇う。

 

レンは足を止めた。

 

違う。

 

助けないわけではない。

 

いつでも飛び込める。

 

ボールへ手を伸ばしている。

 

それでも。

 

今。

 

サトシは自分で立っている。

 

「オレはマサラタウンのサトシ!」

 

オニスズメの群れを真正面から見据える。

 

「世界一のポケモンマスターになる男だ!」

 

雷鳴。

 

「こんなところで――」

 

サトシは両腕を広げた。

 

「お前たちなんかに負けてたまるか!」

 

群れが一斉に降下する。

 

「サトシ!」

 

レンがボールを掴む。

 

その瞬間。

 

「ピカ……」

 

ピカチュウが。

 

動いた。

 

サトシを見る。

 

自分を守ろうとしている少年。

 

出会ったばかり。

 

気に入らなかった。

 

命令されるのも嫌だった。

 

ボールに入るのも嫌だった。

 

けれど。

 

この少年は。

 

傷だらけになりながら。

 

自分を抱えて走った。

 

川へ飛び込んだ。

 

自転車を借りて。

 

嵐の中を走って。

 

そして今。

 

自分だけをボールへ入れて助けようとしている。

 

「ピカ……!」

 

立つ。

 

「ピカチュウ?」

 

サトシが振り返る。

 

ピカチュウが跳んだ。

 

サトシの肩へ。

 

そして。

 

さらに高く。

 

「ピカァァァァァァ――!」

 

空が光った。

 

雷が落ちる。

 

その力を受けるように。

 

ピカチュウの身体が眩い電気を纏う。

 

「チュウウウウウウウウッ!!」

 

世界が白く染まった。

 

オニスズメの群れ。

 

サトシ。

 

倒れた自転車。

 

その全てを包み込むほどの大放電。

 

「っ!」

 

レンは腕で顔を覆う。

 

轟音が響いた。

 

やがて。

 

静寂。

 

雨音だけが残る。

 

◇

 

どれほど時間が経ったのか。

 

雨が止んでいた。

 

雲の切れ間から陽光が差し込む。

 

レンはゆっくり目を開く。

 

「……サトシ」

 

少し先。

 

サトシが倒れている。

 

その近くにはピカチュウ。

 

そして。

 

黒焦げになった自転車。

 

「……あれ、どう説明するんだろう」

 

思わず呟いた。

 

だが。

 

今はそれどころではない。

 

「サトシ!」

 

駆け寄る。

 

「起きて!」

 

「……レン?」

 

サトシが目を開いた。

 

「ピカチュウ!」

 

すぐにピカチュウを見る。

 

「ピカ……」

 

弱々しい。

 

それでも。

 

生きている。

 

サトシが抱き上げる。

 

「ありがとな、ピカチュウ」

 

「ピカ……」

 

今度は。

 

嫌がらなかった。

 

サトシの腕の中へ身体を預ける。

 

レンはその姿を見て。

 

小さく息を吐いた。

 

前世で知っていた出来事。

 

けれど。

 

目の前で見れば。

 

それは「知っている話」などではなかった。

 

サトシが選び。

 

ピカチュウが選んだ。

 

二人だけの出来事だ。

 

そのとき。

 

「カゲ?」

 

モンスターボールの中にいるヒトカゲが気になり、レンは周囲の安全を確認してから二匹を出した。

 

「出ておいで」

 

光が広がる。

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

二匹ともすぐにレンへ近づく。

 

「大丈夫。終わったよ」

 

レンは二匹の身体を確認する。

 

大きな問題はない。

 

それでも。

 

「今日はもう戦闘なし」

 

「カゲ」

 

「リオ」

 

二匹とも素直に頷いた。

 

そのとき。

 

「カゲ?」

 

ヒトカゲが空を見た。

 

「どうした?」

 

「カゲ!」

 

指差す。

 

雨上がりの空。

 

虹。

 

そして。

 

その向こう。

 

一匹のポケモンが飛んでいた。

 

黄金色にも見える光を纏い。

 

大きな翼を広げ。

 

悠然と。

 

虹の彼方へ向かって飛んでいく。

 

「……なんだ、あれ」

 

サトシが呟く。

 

ポケモン図鑑を向ける。

 

しかし。

 

図鑑にも十分な情報はない。

 

この世界には、まだ知られていないポケモンがいる。

 

そんな趣旨の案内が返ってくる。

 

レンは何も言わなかった。

 

知っている。

 

――ホウオウ。

 

けれど。

 

前世で名前を知っていることと。

 

今。

 

自分自身の目で見ることは。

 

まるで違った。

 

「カゲ……」

 

「リオ……」

 

ヒトカゲとリオルも見上げている。

 

レンは拳を握った。

 

遠い。

 

今の自分たちでは。

 

あまりにも。

 

それでも。

 

「ヒトカゲ。リオル」

 

「カゲ?」

 

「リオ?」

 

「あれ、覚えておこう」

 

二匹がレンを見る。

 

「今の俺たちじゃ、あんなポケモンを前にしたら何もできないと思う」

 

ヒトカゲが真剣な顔になる。

 

リオルも空を見る。

 

「だから強くなろう」

 

レンは笑った。

 

「いつか、あんな存在を前にしても――正面から向き合えるくらいに」

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

力強い声。

 

サトシも空を見上げていた。

 

「オレも」

 

腕の中のピカチュウを見る。

 

「いつか、あいつにもう一回会いたい」

 

「ピカ……」

 

「そのときは、一緒に会おうな」

 

「ピカ」

 

小さな返事。

 

けれど。

 

今度は確かに。

 

サトシへ向けられた返事だった。

 

サトシの顔が明るくなる。

 

レンも笑う。

 

「そのためにも、まずポケモンセンター」

 

「あっ!」

 

サトシが立ち上がる。

 

「そうだ! トキワシティ!」

 

「走らない。ピカチュウもサトシも怪我してる」

 

「でも急がないと!」

 

「急ぐのと無茶するのは別!」

 

「分かったよ!」

 

そして。

 

サトシの視線が。

 

黒焦げになった物体へ向いた。

 

「…………」

 

レンも見る。

 

元・自転車。

 

「…………」

 

サトシの顔から血の気が引いていく。

 

「レン」

 

「何?」

 

「あの子……怒るかな」

 

「怒ると思う」

 

「やっぱり?」

 

「かなり」

 

「どうしよう……」

 

「返すって言ったんでしょ?」

 

「言った」

 

「じゃあ責任取らないと」

 

「……はい」

 

サトシは項垂れた。

 

「カゲ」

 

「リオ」

 

ヒトカゲとリオルが揃って頷く。

 

「お前らまで!」

 

レンは笑いながら前を見る。

 

遠く。

 

トキワシティが見える。

 

旅立って。

 

まだ一日目。

 

それなのに。

 

もう多くのことが起きた。

 

リオルのことを知った。

 

野生のポケモンの危険を知った。

 

サトシとピカチュウの関係が変わった。

 

カスミという少女とも出会った。

 

そして。

 

遥か空には。

 

今の自分たちでは届かない存在がいた。

 

世界は広い。

 

前世で知っていた以上に。

 

きっと。

 

自分の知らないものが。

 

いくらでも待っている。

 

「行こう」

 

レンが言う。

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

「おう!」

 

「ピカ……!」

 

ヒトカゲとリオルがレンの隣へ並ぶ。

 

サトシはピカチュウを大切に抱える。

 

そして四人は。

 

次の目的地――トキワシティへ向かって歩き始めた。

 

レンたちの旅は、始まったばかりだった。

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