ポケットモンスター ―頂への軌跡―   作:あああああ

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第2話 最強になるために

世界最強のポケモントレーナーになる。

 

三歳のレンが口にしたその言葉を、本気で受け取った大人はほとんどいなかった。

 

子供なら一度くらいは口にする、大きな夢。

 

両親でさえ、最初はそう思っていた。

 

しかし、それから一年、二年と経つにつれて、その認識は少しずつ変わっていった。

 

レンは、本気だった。

 

「父さん。これ、読んでもいい?」

 

五歳になったレンが抱えていたのは、子供向けの絵本ではない。

 

父親の本棚に置かれていた、ポケモンの栄養管理についてまとめられた専門書だった。

 

父は仕事用の資料から顔を上げ、息子が抱えている本を見る。

 

「……レン。それはまだ難しいぞ?」

 

「分からないところは父さんに聞く」

 

「そういう問題じゃないんだが……」

 

困ったように笑いながらも、父は本を取り上げなかった。

 

レンは嬉しそうにテーブルへ向かうと、分厚い本を開いた。

 

前世の知識がある。

 

だからといって、何でも知っているわけではない。

 

むしろこの世界で暮らし始めてから、知らないことの多さを痛感していた。

 

ゲームでは、ポケモンに食事を与えなくても旅は続けられた。

 

疲労が蓄積してフォームが崩れることもなければ、睡眠不足で集中力が落ちることもない。

 

けれど現実は違う。

 

ポケモンは生きている。

 

同じ種族でも身体の大きさが違う。

 

性格も違えば、食事量も違う。

 

筋肉のつき方も、得意な動きも、疲労の残り方も違う。

 

それを知ったとき、レンは思った。

 

――面白い。

 

前世の知識が役に立たないからではない。

 

逆だった。

 

前世の知識を土台にして、この世界で新しく学べることが山ほどある。

 

それが楽しくて仕方なかった。

 

「父さん」

 

「ん?」

 

「同じポケモンでも、食べる量って違うの?」

 

「もちろん。同じ種族でも体格や運動量で変わる。成長期かどうかでも違うぞ」

 

「じゃあ、いっぱい特訓した日は増やす?」

 

「単純に増やせばいいわけじゃない」

 

父は仕事の手を止め、レンの隣へ座った。

 

「大切なのは、そのポケモンが今どういう状態なのかを見ることだ。たくさん動いたからといって、消化しきれない量を食べさせたら逆効果になる」

 

「状態を見る……」

 

「ああ。食欲、動き、毛艶、体温、呼吸。それ以外にも見るところはいくらでもある」

 

レンは真剣に聞いていた。

 

父はそんな息子を横目で見て、苦笑する。

 

「五歳の子にする話じゃない気がするな」

 

「俺が聞いたんだからいいでしょ?」

 

「まあな」

 

父の手がレンの頭を撫でた。

 

「でも覚えておけ。強くしたいからって、無茶をさせるのは育成じゃない」

 

レンは一瞬だけ目を見開いた。

 

それから、しっかり頷いた。

 

「うん」

 

その言葉は、レンの中に深く残った。

 

強くする。

 

けれど壊さない。

 

鍛える。

 

けれど一方的に押しつけない。

 

ポケモン自身を見て、その個体に合った方法を考える。

 

レンの育成に対する考え方は、この頃から少しずつ形になり始めていた。

 

     ◇

 

一方で。

 

「レンーっ!」

 

静かに本を読む時間とは正反対の存在も、レンの日常にはいた。

 

「勝負しようぜ!」

 

家の前まで走ってきたサトシが、開口一番そう叫ぶ。

 

「何の?」

 

「ポケモンバトル!」

 

「俺たち、まだポケモン持ってないけど」

 

「……あ」

 

サトシが固まった。

 

レンはため息をつく。

 

「どうやって戦うんだよ」

 

「じゃあ……トレーナーの練習!」

 

「具体的には?」

 

「オレがポケモン役やる!」

 

「嫌だよ」

 

「なんでだよ!」

 

こんなやり取りも、すっかり日常になっていた。

 

二人は性格こそ違ったが、不思議と気が合った。

 

考えてから動くレン。

 

考えるより先に身体が動くサトシ。

 

ポケモンについて本を読むレン。

 

野生のポケモンを見つければ、とりあえず近づこうとするサトシ。

 

「待てサトシ」

 

「大丈夫だって!」

 

「その草むらにオニスズメいるぞ」

 

「え?」

 

直後。

 

「オニィィ!」

 

「うわああああっ!」

 

飛び出してきたオニスズメから二人で逃げることになったことも、一度や二度ではない。

 

ようやく安全な場所まで逃げ切り、サトシが息を切らす。

 

「はぁ……はぁ……レン、知ってたならもっと早く言えよ!」

 

「言ったよ!」

 

「もっと早く!」

 

「草むらに突っ込む前に周り見ろ!」

 

「でもポケモンいたら見たくなるだろ!」

 

「気持ちは分かるけど!」

 

言い返しながら、レンも笑っていた。

 

前世で画面越しに見ていたサトシは、本当にサトシだった。

 

無鉄砲で。

 

真っ直ぐで。

 

ポケモンが大好きで。

 

一緒にいると退屈しない。

 

そしてレンは、そんなサトシを見ながら密かに思っていた。

 

自分には前世の知識がある。

 

サトシにはない。

 

それでも油断するつもりはなかった。

 

この少年が将来、とてつもないトレーナーになることを知っているからだ。

 

なら、自分はそのさらに先へ行く。

 

世界最強を目指すのだから。

 

     ◇

 

レンが六歳になった頃。

 

その人物は、久しぶりにマサラタウンを訪れた。

 

大柄な身体。

 

鍛え抜かれた肉体。

 

その男が家へ入ってきた瞬間、レンは思わず背筋を伸ばした。

 

「久しぶりだな、レン」

 

「シバ伯父さん!」

 

カントー地方。

 

ポケモンリーグ四天王――シバ。

 

前世でも知っていた人物が、自分の伯父である。

 

転生したことを理解した直後は、その事実にかなり驚いた。

 

だが今では、普通に伯父として接することができるようになっていた。

 

「また大きくなったな」

 

「シバ兄さん、前に来たの一年近く前なんだから当然でしょ」

 

母が呆れたように言う。

 

「そうだったか?」

 

「そうよ」

 

「修行をしていると時間の感覚がな」

 

「昔から変わらないわね……」

 

兄妹のやり取りを聞きながら、レンはシバを見上げる。

 

四天王。

 

この世界でも最高峰に位置するトレーナーの一人。

 

聞きたいことはいくらでもあった。

 

「シバ伯父さん」

 

「なんだ?」

 

「強いポケモンって、何?」

 

シバが少し目を細めた。

 

「随分と大きな質問だな」

 

「種族とかじゃなくて」

 

レンは考えながら言葉を続ける。

 

「同じポケモンでも、強いのと弱いのがいるでしょ?」

 

「ああ」

 

「才能があるポケモンを捕まえた方が、強くなれる?」

 

シバはすぐには答えなかった。

 

レンをじっと見る。

 

やがて腕を組み、口を開いた。

 

「才能はある」

 

レンも黙って聞く。

 

「生まれつき身体が大きい者もいれば、小さい者もいる。技を覚えるのが早い者もいる。戦うことが好きな者、苦手な者。違いは確かに存在する」

 

「うん」

 

「だが――」

 

シバはレンの額を指先で軽く小突いた。

 

「それだけで強さが決まるなら、トレーナーなど必要ない」

 

レンの目が大きくなる。

 

「どれだけ優れた素質を持っていても、育て方を間違えれば伸びない。逆に最初は目立たなくても、トレーナーとの出会いで大きく化けるポケモンもいる」

 

「……育て方」

 

「それに、強さは一つではない」

 

シバは続ける。

 

「力が強い。速い。技が上手い。判断が早い。打たれ強い。諦めない。トレーナーを信じられる。どれも強さだ」

 

レンは無意識に拳を握っていた。

 

前世では数値で見ていたもの。

 

種族値。

 

個体値。

 

努力値。

 

けれど、この世界ではそれだけではない。

 

目の前にいるポケモンを見なければならない。

 

「じゃあ俺が、そのポケモンの一番強くなれる方法を見つければいいんだ」

 

シバの眉が僅かに動いた。

 

「ほう?」

 

「速いなら速さを伸ばす。力が強いなら力を伸ばす。でも苦手なところも、必要なら鍛える」

 

レンは考えながら、さらに言葉を重ねる。

 

「同じ種類だからって、同じ特訓じゃなくていい」

 

数秒の沈黙。

 

シバが笑った。

 

「六歳でそこまで考えるか」

 

大きな手がレンの頭に置かれる。

 

「面白いトレーナーになりそうだな、お前は」

 

「面白いじゃなくて、強いトレーナーになる」

 

「そうだったな」

 

シバの笑みが深くなる。

 

「世界最強だったか?」

 

「うん」

 

迷いはなかった。

 

シバはしばらく甥の目を見つめる。

 

そして。

 

「なら覚悟しておけ」

 

声が変わった。

 

四天王として数え切れない戦いを経験してきた男の声。

 

「頂点を目指す道は、楽ではないぞ」

 

レンも視線を逸らさなかった。

 

「分かってる」

 

「本当に分かっているか?」

 

「今は全部分かってないと思う」

 

その返答に、シバが少し驚く。

 

「でも、だから旅に出るんだろ?」

 

レンは笑った。

 

「知らないことを知って、強い人と戦って、負けたら何が足りなかったか考える。それをずっと続ける」

 

シバは何も言わなかった。

 

やがて、豪快に笑った。

 

「ハハハハ! いい!」

 

「兄さん、声が大きい」

 

「すまんすまん!」

 

母に怒られても、シバは上機嫌だった。

 

その夜。

 

大人たちが話している間も、レンは一冊のノートに今日教わったことを書き続けていた。

 

食事。

 

休養。

 

身体。

 

個性。

 

技。

 

そして心。

 

まだ、自分のポケモンはいない。

 

だから今は学ぶ。

 

いつか出会う相棒のために。

 

そのポケモンが持つ力を、誰よりも引き出せるトレーナーになるために。

 

そして――。

 

世界最強になるために。

 

この頃のレンはまだ知らなかった。

 

遠くない未来。

 

オーキド博士が開くサマーキャンプで、一人の少女と出会うことを。

 

そしてさらにその先。

 

一つのタマゴを腕に抱く日が訪れることを。

 

レンの旅立ちまでは、まだ四年。

 

けれど最強を目指すための修行は、すでに始まっていた。

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