ポケットモンスター ―頂への軌跡― 作:あああああ
「我が名はサムライ! マサラタウンから来るトレーナーを待っていた!」
木々に囲まれたトキワの森で、甲冑姿の少年――サムライが堂々と名乗った。
その視線を真正面から受けたサトシは、すぐに笑みを浮かべる。
「ポケモンバトルなら受けて立つ!」
「ピカ!」
肩の上のピカチュウも声を上げた。
その隣で、レンもサムライを静かに観察していた。
旅に出てから初めて出会った、自分たちと同年代のトレーナー。それも向こうから勝負を挑んでくるほど、バトルに自信を持っている相手だ。
レンの足元では、ヒトカゲがすでにやる気を隠そうともしていない。
「カゲ!」
リオルも一歩前へ出ると、腰を落としてサムライの手持ちを警戒した。
「リオ」
「二匹とも待って。まずはサトシからだって」
レンがそう言うと、ヒトカゲは少し不満そうに尻尾を振った。
サムライはそれを見て目を細める。
「ずいぶん戦いたがりのポケモンを連れているようだな」
「二匹ともバトルが好きだからね」
「ならばサトシの次はお前だ」
「うん。そのつもり」
サムライは頷き、モンスターボールを構えた。
「まずはお前からだ、サトシ! いけ、カイロス!」
光が弾け、大きな二本の角を持つポケモンが姿を現す。
「カイロス!」
サトシはすぐポケモン図鑑を取り出した。
図鑑から説明が流れると、サトシはカイロスの大きな角を見つめる。
「すげえ……!」
「見惚れている暇はないぞ!」
「分かってる! だったらこっちは――ピジョン、君に決めた!」
昨日捕まえたばかりのピジョンが空へ飛び出した。
「ピジョ!」
「いくぞ、ピジョン!」
サトシが腕を振る。
「上から攻めろ!」
ピジョンが一気に高度を上げた。
レンは口を挟まず、サトシとサムライの両方を見る。
サトシは昨日の捕獲戦で、ピジョン自身の速さを知った。その強みを使おうとしている。
考え方は悪くない。
ただ――。
(サムライは慌ててない)
ピジョンが旋回し、急降下した。
「そのままいけ!」
「ピジョ!」
「カイロス、引きつけろ!」
サムライの指示を受けても、カイロスはすぐには動かなかった。
ピジョンが迫る。
ぎりぎりまで。
そして。
「今だ!」
「カイ!」
カイロスが身体を捻った。
ピジョンの攻撃が僅かに逸れる。
「捕まえろ!」
太い腕が伸び、ピジョンを捕らえた。
「ピジョ!?」
「しまった!」
サトシが叫ぶ。
カイロスはそのままピジョンを地面へ叩きつけた。
「ピジョン!」
サトシが駆け寄ろうとする。
ピジョンは立とうとしたものの、足元がふらついた。
「サトシ」
レンが呼ぶ。
それだけで。
サトシは気づいた。
「……戻れ、ピジョン!」
赤い光がピジョンを包む。
「よく頑張った。休んでてくれ」
サトシはモンスターボールを握り締める。
悔しいはずだ。
それでも。
無理はさせなかった。
レンは小さく笑う。
旅立ったばかりの頃より、確実に変わっている。
「まだ終わってないぞ!」
サトシは次のボールを取った。
「トランセル、君に決めた!」
光の中から、前日のロケット団戦を経て進化したトランセルが姿を現す。
「トランセル!」
「トランセルで戦うの?」
カスミが驚く。
「こいつは昨日すごかったんだ!」
「昨日はキャタピーだったでしょ!」
「だから進化してもっと強くなってる!」
「そういう単純な話じゃないわよ!」
二人が言い合う中。
レンはトランセルを見る。
キャタピーの頃とは身体の構造がまるで違う。
今までと同じ戦い方はできない。
その違いにサトシが気づけるか。
「カイロス、挟め!」
「カイ!」
カイロスが大きな角を開き、トランセルへ迫った。
「トランセル、避けろ!」
「……」
トランセルは動かない。
「え?」
サトシが固まる。
「避けろって!」
それでも動かない。
レンは黙っていた。
答えを教えるのは簡単だ。
でも。
サトシ自身が見るべきだ。
「なんで……」
サトシがトランセルを見る。
その身体。
キャタピーだった頃とは違う。
そして。
気づいた。
「そうか!」
カイロスが迫る。
「だったらトランセル、『かたくなる』!」
「トランセル!」
身体が硬化する。
直後。
カイロスの角がトランセルを挟み込んだ。
「カイィィ!」
「耐えろ!」
「トラン……セル!」
カイロスがさらに力を込める。
しかし。
トランセルは耐え続ける。
やがて。
「カイ……!」
カイロスの方が苦しそうに動きを止めた。
サムライが眉を寄せる。
「戻れ、カイロス!」
「やった!」
サトシが拳を握る。
「すごいぞ、トランセル!」
「トランセル!」
「まだ終わりではない!」
サムライが次のボールを投げた。
光の中から現れた姿を見て。
サトシが固まった。
「……トランセル?」
「トランセル!」
相手もトランセルだった。
「我がトランセル! 『かたくなる』!」
「トランセル!」
「だったらこっちも『かたくなる』!」
「トランセル!」
二匹の身体が硬くなる。
数秒。
何も起こらない。
「もう一度『かたくなる』!」
「こちらもだ!」
さらに硬くなる。
また。
何も起こらない。
カスミが眉を寄せた。
「……ねえ」
「うん」
レンが答える。
「これ、いつ終わるの?」
「俺にも分からない」
ピカチュウは地面へ座り込んでいる。
「ピカァ……」
ヒトカゲも首を傾げた。
「カゲ……?」
リオルだけは妙に真剣だった。
「リオ……」
左右から二匹を観察し、見る角度まで変えている。
「リオル」
「リオ?」
「たぶん、そこまで分析しなくていいよ」
「リオ……?」
その間にも。
「『かたくなる』!」
「『かたくなる』!」
サトシとサムライだけは本気だった。
そのとき。
リオルの耳が動いた。
「リオ」
先ほどまでとは声が違う。
レンの表情が瞬時に変わった。
「どうした?」
リオルが森の奥を見る。
ヒトカゲも遅れて顔を向けた。
「カゲ……」
レンは息を止める。
聞こえる。
低い羽音。
一つではない。
重なっている。
しかも。
近づいてくる。
「二人とも、バトル中止!」
「え?」
サトシが振り返る。
サムライも遅れて異変に気づいた。
顔色が変わる。
「まずい! スピアーだ!」
直後。
木々の向こうから黄色と黒の影が飛び出した。
一匹。
二匹。
三匹。
その後ろにも。
さらに。
さらに。
「多すぎるだろ……!」
レンは一瞬で周囲を見た。
右。
茂みが深い。
左。
木々の間隔が狭い。
後方。
さっき通ってきた道。
比較的開けている。
上。
スピアー。
そして。
地面。
乾いた落ち葉。
(炎は最低限)
判断を終える。
「ヒトカゲ!」
「カゲ!」
「『えんまく』! 上じゃなくて、俺たちとスピアーの間!」
「カゲ!」
黒い煙が広がった。
群れの先頭が視界を失い、動きが乱れる。
「リオル、右側! 煙を抜けた奴だけ止めて! 倒さなくていい、進路を変える!」
「リオ!」
リオルが走る。
煙の端から抜けてきたスピアーへ『でんこうせっか』で接近。
正面衝突はしない。
身体を沈め。
突き出された針を紙一重でかわし。
側面へ。
肩を当てる。
「リオ!」
スピアーの軌道が逸れた。
次。
もう一匹。
リオルは踏み込む。
今度は腕を使い、突進の勢いを受け流す。
「スピィ!?」
そのまま横へ流す。
「サトシ、トランセルを戻して!」
「分かった!」
サトシがボールを構える。
しかし。
煙の上から。
一匹のスピアーが飛び越えた。
レンが気づく。
「上!」
サトシが顔を上げる。
遅い。
スピアーが急降下した。
「トランセル!」
サトシが反射的に身体を引く。
スピアーがトランセルを掴んだ。
「トランセル!」
「待て!」
サトシが追おうとする。
レンも踏み出しかけた。
しかし。
見える。
左から三匹。
右から二匹。
煙の奥にはさらに群れ。
後ろにはカスミ。
サムライ。
サトシ。
ピカチュウ。
ヒトカゲ。
リオル。
一瞬。
迷った。
トランセルを追うか。
ここを守るか。
「……っ!」
拳を握る。
「追わない!」
サトシが振り返る。
「何言ってんだよ! トランセルが!」
「分かってる!」
レンが叫んだ。
その間にもスピアーが煙を抜ける。
「ヒトカゲ、左! 『ひのこ』は地面に落とさない!」
「カゲ!」
小さな炎が空中を走り、スピアーの目前を横切る。
群れが反射的に進路を変える。
「リオル、戻って!」
「リオ!」
リオルがレンたちの前へ戻る。
「みんな、後ろの道へ! 走って!」
「でも!」
「今トランセルを追ったら、全員囲まれる!」
サトシが歯を食いしばる。
レンも。
同じだった。
助けたい。
今すぐ。
追いたい。
でも。
そのために。
ここにいる全員を危険へ晒すのか。
それは違う。
父の言葉が頭を過ぎる。
強くしたいからって、無茶をさせるのは育成じゃない。
それは。
戦いでも同じだ。
勝ちたい。
助けたい。
だからといって。
全部を無視して突っ込むことが正しいわけではない。
「サトシ!」
レンは幼なじみを見る。
「絶対戻る! 絶対助ける! でも今は、みんなをここから出す!」
サトシは。
空を見る。
遠ざかるトランセル。
そして。
迫るスピアー。
「……くそっ!」
拳を握り。
「分かった!」
全員が走り出した。
「ヒトカゲ、最後尾!」
「カゲ!」
「リオルは俺と一緒に抜けた奴を見る!」
「リオ!」
レンは最後まで後ろを見ていた。
スピアーが近づけば。
ヒトカゲが煙で視界を切る。
抜ければ。
リオルが逸らす。
それでも足りなければ。
「ヒトカゲ、右上だけ『ひのこ』!」
「カゲ!」
最小限の炎。
倒すためではない。
近づかせないため。
森を燃やさない。
仲間を傷つけさせない。
戦う場所。
敵の数。
周囲の状況。
全部を見る。
全部考える。
一つでも間違えれば。
誰かが傷つく。
(これが……旅の戦いか)
練習場とは違う。
一対一のバトルとも違う。
勝てば終わりではない。
倒せばいいわけでもない。
守るものがある。
レンは走りながら。
その重さを初めて知った。
◇
サムライの小屋へ辿り着き、全員が中へ入る。
扉を閉める。
しばらくして。
外の羽音が遠ざかっていった。
静かになった。
「……」
レンは壁へ背を預けた。
呼吸を整える。
「カゲ……」
ヒトカゲも息が上がっている。
「リオ……」
リオルも同じ。
「二匹とも」
レンはしゃがみ込む。
まずヒトカゲ。
火傷なし。
大きな傷なし。
次にリオル。
擦り傷。
軽い。
動きに問題はない。
「……よかった」
そこで。
ようやく。
息を吐いた。
全員いる。
いや。
違う。
一匹。
いない。
サトシは床へ座り込んでいた。
「……トランセル」
拳が震えている。
「オレ……置いてきた」
サムライが腕を組む。
「お前は未熟だ」
サトシが顔を上げた。
「なんだと?」
「自分のポケモンを守れなかった」
「オレだって助けようとした!」
「ならばなぜ――」
「サムライ」
レンが遮った。
声は静かだった。
サムライがこちらを見る。
「それ以上は違う」
「何?」
「撤退を決めたのは俺だ」
サトシが目を見開く。
「レン……」
「サトシは追おうとした。それを止めたのは俺だよ」
レンは自分の手を見る。
正しい判断だったと思う。
あそこで追えば。
誰かが傷ついた可能性は高い。
それでも。
結果として。
トランセルを連れて帰れなかった。
「だから俺にも責任はある」
「でも!」
サトシが立ち上がる。
「トランセルはオレのポケモンだ!」
「うん」
レンはサトシを見る。
「だから明日、サトシが迎えに行く」
「……!」
「俺も行く」
ヒトカゲとリオルを見る。
「今日できなかったことを、次はできるようにする」
「カゲ!」
「リオ!」
二匹も応える。
レンは続ける。
「次は群れがどこから来ても、サトシがトランセルのところまで行ける道を作る」
サトシはしばらくレンを見つめていた。
やがて。
「……ああ!」
強く頷く。
「絶対助ける!」
「ピカ!」
サムライは二人を見たあと。
静かに口を開いた。
「これまでにも、マサラタウンから来たトレーナーとは戦った」
「え?」
「その中には、シゲルという少年もいた」
「シゲル!?」
サトシが反応する。
「奴は強かった。私は敗れた。他のマサラタウンのトレーナーも手強かった」
サトシの拳に力が入る。
「だから私は、次に来るマサラタウンのトレーナーを待っていた」
サムライはサトシを見る。
「お前はまだ未熟だ」
「……分かってる」
サトシは今度は反論しなかった。
「だから強くなる」
その言葉を聞き。
レンは少し笑った。
「俺も」
サムライの視線がレンへ移る。
「お前が?」
「今日、全員を逃がすことはできた。でも、トランセルまでは守れなかった」
「それでもあの数のスピアーを相手に――」
「それで満足したら、次も同じことになる」
サムライが黙る。
レンはヒトカゲとリオルを見る。
「もっと上手くできる」
二匹もレンを見る。
「次はもっと見る。もっと早く判断する。二匹にも、もっと任せる」
「カゲ」
「リオ」
今日の失敗を。
失敗のままにはしない。
それも。
強くなるということだ。
◇
翌朝。
まだ森に薄い霧が残る時間。
サトシは小屋を出た。
「行こう、ピカチュウ」
「ピカ」
「サトシ」
呼び止めたレンも、すでに準備を終えていた。
ヒトカゲとリオルが隣にいる。
カスミ。
サムライも。
「みんな……」
「一人で行くつもりだった?」
レンが聞く。
「……最初は」
「トランセルと話すところまでは邪魔しない」
レンは森を見る。
「でも、スピアーがまた来たら話は別」
サトシは少し考え。
頷いた。
「分かった」
一行は昨日の場所へ戻った。
レンは歩きながら。
昨日とは違う見方をしていた。
木の間隔。
開けた場所。
風。
逃げ道。
スピアーが飛びやすい高さ。
ヒトカゲが安全に炎を使える方向。
リオルが走れる地面。
「レン?」
カスミが気づく。
「何してるの?」
「昨日と同じにならないように見てる」
「……もう次のこと考えてるのね」
「同じ失敗はしたくないから」
やがて。
大量のコクーンが集まる場所へ辿り着いた。
「いた!」
サトシが声を抑える。
そこに。
トランセルがいた。
「トランセル!」
サトシが駆け寄る。
レンは追わない。
少し離れた場所で止まる。
ヒトカゲとリオルも。
「ここからはサトシの番だよ」
「カゲ」
「リオ」
サトシがトランセルの前へ膝をつく。
「ごめん」
最初に出た言葉は。
言い訳ではなかった。
「昨日、お前を置いて逃げた」
トランセルは黙っている。
「スピアーがいっぱいいたとか、レンが逃げろって言ったとか……そういうのは関係ない」
レンが僅かに目を細める。
「オレがお前を戻せなかった」
「トラン……」
「ごめん」
サトシが頭を下げる。
「もう置いていかない」
沈黙。
やがて。
トランセルが僅かに身体を傾けた。
サトシへ。
「トランセル……!」
サトシの顔が明るくなる。
その瞬間。
「なんだかんだと聞かれたら!」
「……来た」
レンが呟く。
「答えてあげるが世の情け!」
「なんでこのタイミングなのよ!」
カスミが頭を抱えた。
ムサシ。
コジロウ。
ニャース。
昨日に続き。
またロケット団。
「お前たち!」
サトシが振り返る。
「おっと、ジャリボーイ!」
「今日こそピカチュウをいただくわ!」
「静かに!」
レンが叫ぶ。
ロケット団が止まる。
「何よ?」
「周りを見て!」
ムサシたちが周囲を見る。
大量のコクーン。
「……あら?」
カタッ。
一匹が動く。
レンの顔が引きつる。
「遅かった……」
光。
一匹。
二匹。
十匹。
さらに。
次々に。
コクーンがスピアーへ進化する。
「ニャァァァァ!?」
羽音が森を満たした。
「レン!」
サトシが叫ぶ。
「予定通り!」
レンは即座に動いた。
「ヒトカゲ、『えんまく』! 昨日より広く! でもサトシの周りは開けて!」
「カゲ!」
黒い煙が広がる。
ただ撒くのではない。
サトシとトランセルのいる場所を避け。
その周囲へ壁のように。
スピアーの視界を遮る。
「リオル!」
「リオ!」
「煙を抜けた奴を任せる! サトシには近づけない!」
「リオ!」
リオルが駆けた。
一匹目。
『でんこうせっか』。
正面へ。
直前で身体をずらす。
針をかわす。
足を払う。
「スピッ!?」
スピアーの姿勢が崩れる。
次。
リオルは止まらない。
二匹目の突進を腕で受け流し。
身体を回転。
勢いを横へ逃がす。
「リオ!」
三匹目。
フェイント。
相手が反応した瞬間。
逆側へ。
「『はっけい』!」
「リオッ!」
掌がスピアーの身体を捉える。
「スピィ!」
吹き飛ぶ。
「そのまま前に出すぎない!」
「リオ!」
昨日とは違う。
リオル自身も。
分かっている。
倒すことが目的ではない。
守る。
通さない。
レンはヒトカゲを見る。
「左から三匹!」
「カゲ!」
ヒトカゲはレンの指示を待ち切らなかった。
自分で一歩移動。
スピアーの進路。
地面。
木。
一瞬見る。
そして。
「カゲ!」
『ひのこ』。
炎はスピアーの正面だけを横切る。
地面へ落ちない。
「……いい!」
レンが笑う。
「それでいい!」
ヒトカゲも。
考えた。
昨日の経験を。
もう使っている。
「カゲ!」
別方向。
今度は。
レンが指示を出す前に。
『えんまく』。
スピアーの視界を切る。
「ヒトカゲ、右は任せる!」
「カゲ!」
細かい指示を減らす。
任せる。
レンは。
全体を見る。
リオル。
右。
ヒトカゲ。
左。
サトシ。
中央。
カスミとサムライ。
後方。
ロケット団。
「逃げ回らないでこっちに来て!」
「なんであんたに命令されなきゃいけないのよ!」
「じゃあそこでスピアーに追われてて!」
「行くわよコジロウ!」
「はい!」
「切り替え早いニャ!」
ロケット団まで後方へ移動する。
昨日。
できなかった。
全体を。
今日は。
見ている。
「サトシ!」
「おう!」
サトシはトランセルを抱える。
「今度は絶対離さない!」
「トランセル!」
一匹のスピアーが煙の上を越えた。
レンが見る。
遠い。
リオルも間に合わない。
「ヒトカゲ!」
ヒトカゲが振り返る。
だが。
それより先に。
トランセルが動いた。
「トランセル!」
サトシの腕から飛び出す。
「え!?」
スピアーの針。
トランセルの殻。
激突。
「トランセル!」
サトシが駆け寄る。
殻に亀裂。
「大丈夫か!?」
亀裂から。
光が漏れる。
レンの動きが止まった。
ほんの一瞬だけ。
昨夜。
月明かりの中。
空を見上げていた。
キャタピー。
(……そうか)
光が強くなる。
殻が開く。
翼が広がる。
白い翼。
青紫色の身体。
そして。
自分の力で。
空へ。
「フリィィィ!」
サトシが見上げる。
「バタフリー……!」
「ピカ!」
カスミも思わず声を漏らす。
「……綺麗」
レンも笑った。
「やっと飛べたね」
バタフリーがレンを見る。
「フリー!」
でも。
まだ終わっていない。
羽音。
レンがすぐに表情を戻す。
「サトシ!」
「分かってる!」
スピアーの群れ。
ヒトカゲとリオルが抑えている。
しかし。
数が多すぎる。
いつまでも続けられない。
「レン!」
サトシが叫ぶ。
「バタフリーなら何かできないか!?」
レンはバタフリーを見る。
羽。
そして。
思い出す。
「サトシ! 図鑑!」
「え?」
「バタフリーが今使える技を確認して!」
サトシがすぐ図鑑を向ける。
表示される情報。
「『ねむりごな』……!」
サトシが顔を上げる。
バタフリーを見る。
「いけるか?」
「フリー!」
「よし!」
レンも即座に切り替える。
「ヒトカゲ、リオル!」
「カゲ!」
「リオ!」
「戻って!」
二匹がレンのところへ退く。
「カスミ、サムライ! 口と鼻を押さえて!」
「分かった!」
レンがサトシを見る。
「今!」
「バタフリー!」
サトシが腕を振る。
「『ねむりごな』!」
「フリィィ!」
バタフリーが大きく羽ばたいた。
粉が広がる。
レンたちが作った空間へ。
集まってきていたスピアーたちを。
一気に包み込む。
一匹。
二匹。
次々に。
飛ぶ力を失い。
地面へ降りる。
眠る。
「やった……!」
サトシが声を上げる。
「フリー!」
そして。
「むにゃ……」
「眠い……」
「ニャァ……」
後ろではロケット団まで眠っていた。
カスミが呆れる。
「なんであいつら毎回こうなのよ」
レンは息を吐いた。
「まあ……静かになったからいいんじゃない?」
森に。
ようやく。
静けさが戻った。
レンはヒトカゲとリオルを見る。
二匹とも。
無事。
サトシ。
ピカチュウ。
バタフリー。
カスミ。
サムライ。
全員。
いる。
今度は。
守れた。
レンは拳を握る。
昨日とは違う。
完璧ではない。
でも。
一つ。
前へ進めた。
「レン」
サトシが呼ぶ。
「何?」
「ありがとう」
「……うん」
「でも」
サトシが笑う。
「最後に決めたのはオレとバタフリーだけどな!」
レンが一瞬黙る。
そして。
笑った。
「言うようになったね」
「へへっ!」
「じゃあ次は勝負して確かめる?」
「望むところだ!」
「ピカ!」
「フリー!」
カスミが頭を抱えた。
「今スピアーの群れから逃げ切ったばっかりでしょうが!」
◇
騒動が収まったあと。
サムライはレンの前へ立った。
「お前」
「何?」
「あの数のスピアーを相手に、ほとんど攻撃で倒さなかったな」
レンは少し考える。
「倒す必要がなかったから」
「何?」
「俺たちはスピアーを倒しに来たわけじゃない。トランセルを助けて、みんなで帰るのが目的だった」
ヒトカゲとリオルを見る。
「それに森の中でヒトカゲの炎を全力で使えば、火事になるかもしれない。リオルも一匹ずつ倒してたら数で押される。だったら、近づかせない方がいい」
サムライは黙った。
「昨日はそれが途中までしかできなかった」
レンは続ける。
「だから今日はやり方を変えた。それだけだよ」
サムライはヒトカゲを見る。
次にリオル。
そして。
レン。
「……お前は強いな」
レンは首を横へ振った。
「まだまだ」
「謙遜か?」
「違うよ」
レンは真っ直ぐ答える。
「昨日、守れなかったものがあった。それなのに強いって思ったら、そこで終わるから」
サムライが目を見開いた。
やがて。
口元を僅かに上げる。
「ならば、なおさらお前とは戦ってみたい」
「俺も」
ヒトカゲが前へ出る。
「カゲ!」
リオルも拳を握る。
「リオ!」
サムライは笑った。
「次に会ったときは必ずだ」
「約束ね」
「ああ」
一方。
サトシはバタフリーの前へしゃがんでいた。
「すごかったぞ、バタフリー!」
「フリー!」
ピカチュウも嬉しそうに声を上げる。
「ピカピカ!」
カスミは少し離れた場所から見ていた。
バタフリーが気づく。
「フリー?」
カスミの身体が僅かに強張る。
それでも。
逃げなかった。
「……その」
バタフリーが待つ。
「進化、おめでとう」
「フリー!」
嬉しそうにバタフリーが近づく。
「ちょ、ちょっと! 近い! 近いってば!」
「フリー?」
「まだ虫ポケモンが平気になったわけじゃないから!」
サトシが笑う。
「昨日より全然マシじゃん!」
「うるさい!」
いつもの言い争い。
レンはそれを聞きながら。
ヒトカゲとリオルを見る。
2匹も空を飛ぶバタフリーを見上げていた。
「進化、か」
レンが呟く。
「カゲ?」
「リオ?」
「ヒトカゲ、リオル進化したいと思ったときは、ちゃんと教えて」
ヒトカゲとリオルは顔を見合わせる。
今すぐ答えは出ない。
それでいい。
「そのときは、一緒にもっと強くなろう」
「カゲ!」
「リオ!」
力強い返事だった。
◇
サムライに道を教えてもらい。
三人は再び森を進んだ。
昨日までより。
木々の隙間から入る光が強い。
出口が近い。
やがて。
視界が開けた。
「見えた!」
サトシが走り出す。
「急に走らない!」
レンが声を飛ばす。
「今度は大丈夫だって!」
「それ何回目よ!」
カスミが追う。
「ピカピカ!」
ピカチュウも楽しそうに声を上げた。
森を抜ける。
その先。
遠くに。
街が見えた。
ニビシティ。
サトシが目を輝かせる。
「レン! あそこにジムがあるんだよな!?」
「あるよ」
「よーし!」
拳を突き上げる。
「絶対勝って、最初のバッジをゲットするぞ!」
「ピカ!」
レンも。
ニビシティを見つめた。
ジム。
正式なポケモンバトル。
旅に出る前。
ヒトカゲと積み上げてきたもの。
シバと出会い。
リオルと競い。
考え。
試し。
失敗して。
また考えた。
旅へ出てからも。
昨日できなかったことを。
今日。
少しだけできるようになった。
でも。
世界最強を目指すなら。
こんなところで満足してはいられない。
「ヒトカゲ」
「カゲ!」
「リオル」
「リオ!」
二匹がレンの隣へ並ぶ。
「いよいよだね」
最初のジム。
最初のバッジ。
自分が正式なトレーナーとして。
どこまで通用するのか。
試す最初の舞台。
「レン!」
サトシが振り返った。
「どっちが先にバッジを取れるか勝負だ!」
レンは笑った。
「いいよ」
「絶対オレが先だからな!」
「だったら、まずジムまで迷わず行かないとね」
「迷わねえよ!」
そう言った直後。
サトシが別の道へ進もうとする。
カスミが即座に襟を掴んだ。
「街はこっち!」
「分かってたって!」
「嘘つき!」
「ピカァ……」
レンは思わず笑った。
そして。
もう一度。
ニビシティを見る。
世界の頂点は。
まだ。
遥か遠い。
だからこそ。
まずは。
目の前の一勝から。
レンはヒトカゲとリオルを連れ。
新しい街へ向かって歩き出した。