ポケットモンスター ―頂への軌跡―   作:あああああ

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第21話 サムライしょうねんのちょうせん!

「我が名はサムライ! マサラタウンから来るトレーナーを待っていた!」

 

木々に囲まれたトキワの森で、甲冑姿の少年――サムライが堂々と名乗った。

 

その視線を真正面から受けたサトシは、すぐに笑みを浮かべる。

 

「ポケモンバトルなら受けて立つ!」

 

「ピカ!」

 

肩の上のピカチュウも声を上げた。

 

その隣で、レンもサムライを静かに観察していた。

 

旅に出てから初めて出会った、自分たちと同年代のトレーナー。それも向こうから勝負を挑んでくるほど、バトルに自信を持っている相手だ。

 

レンの足元では、ヒトカゲがすでにやる気を隠そうともしていない。

 

「カゲ!」

 

リオルも一歩前へ出ると、腰を落としてサムライの手持ちを警戒した。

 

「リオ」

 

「二匹とも待って。まずはサトシからだって」

 

レンがそう言うと、ヒトカゲは少し不満そうに尻尾を振った。

 

サムライはそれを見て目を細める。

 

「ずいぶん戦いたがりのポケモンを連れているようだな」

 

「二匹ともバトルが好きだからね」

 

「ならばサトシの次はお前だ」

 

「うん。そのつもり」

 

サムライは頷き、モンスターボールを構えた。

 

「まずはお前からだ、サトシ! いけ、カイロス!」

 

光が弾け、大きな二本の角を持つポケモンが姿を現す。

 

「カイロス!」

 

サトシはすぐポケモン図鑑を取り出した。

 

図鑑から説明が流れると、サトシはカイロスの大きな角を見つめる。

 

「すげえ……!」

 

「見惚れている暇はないぞ!」

 

「分かってる! だったらこっちは――ピジョン、君に決めた!」

 

昨日捕まえたばかりのピジョンが空へ飛び出した。

 

「ピジョ!」

 

「いくぞ、ピジョン!」

 

サトシが腕を振る。

 

「上から攻めろ!」

 

ピジョンが一気に高度を上げた。

 

レンは口を挟まず、サトシとサムライの両方を見る。

 

サトシは昨日の捕獲戦で、ピジョン自身の速さを知った。その強みを使おうとしている。

 

考え方は悪くない。

 

ただ――。

 

(サムライは慌ててない)

 

ピジョンが旋回し、急降下した。

 

「そのままいけ!」

 

「ピジョ!」

 

「カイロス、引きつけろ!」

 

サムライの指示を受けても、カイロスはすぐには動かなかった。

 

ピジョンが迫る。

 

ぎりぎりまで。

 

そして。

 

「今だ!」

 

「カイ!」

 

カイロスが身体を捻った。

 

ピジョンの攻撃が僅かに逸れる。

 

「捕まえろ!」

 

太い腕が伸び、ピジョンを捕らえた。

 

「ピジョ!?」

 

「しまった!」

 

サトシが叫ぶ。

 

カイロスはそのままピジョンを地面へ叩きつけた。

 

「ピジョン!」

 

サトシが駆け寄ろうとする。

 

ピジョンは立とうとしたものの、足元がふらついた。

 

「サトシ」

 

レンが呼ぶ。

 

それだけで。

 

サトシは気づいた。

 

「……戻れ、ピジョン!」

 

赤い光がピジョンを包む。

 

「よく頑張った。休んでてくれ」

 

サトシはモンスターボールを握り締める。

 

悔しいはずだ。

 

それでも。

 

無理はさせなかった。

 

レンは小さく笑う。

 

旅立ったばかりの頃より、確実に変わっている。

 

「まだ終わってないぞ!」

 

サトシは次のボールを取った。

 

「トランセル、君に決めた!」

 

光の中から、前日のロケット団戦を経て進化したトランセルが姿を現す。

 

「トランセル!」

 

「トランセルで戦うの?」

 

カスミが驚く。

 

「こいつは昨日すごかったんだ!」

 

「昨日はキャタピーだったでしょ!」

 

「だから進化してもっと強くなってる!」

 

「そういう単純な話じゃないわよ!」

 

二人が言い合う中。

 

レンはトランセルを見る。

 

キャタピーの頃とは身体の構造がまるで違う。

 

今までと同じ戦い方はできない。

 

その違いにサトシが気づけるか。

 

「カイロス、挟め!」

 

「カイ!」

 

カイロスが大きな角を開き、トランセルへ迫った。

 

「トランセル、避けろ!」

 

「……」

 

トランセルは動かない。

 

「え?」

 

サトシが固まる。

 

「避けろって!」

 

それでも動かない。

 

レンは黙っていた。

 

答えを教えるのは簡単だ。

 

でも。

 

サトシ自身が見るべきだ。

 

「なんで……」

 

サトシがトランセルを見る。

 

その身体。

 

キャタピーだった頃とは違う。

 

そして。

 

気づいた。

 

「そうか!」

 

カイロスが迫る。

 

「だったらトランセル、『かたくなる』!」

 

「トランセル!」

 

身体が硬化する。

 

直後。

 

カイロスの角がトランセルを挟み込んだ。

 

「カイィィ!」

 

「耐えろ!」

 

「トラン……セル!」

 

カイロスがさらに力を込める。

 

しかし。

 

トランセルは耐え続ける。

 

やがて。

 

「カイ……!」

 

カイロスの方が苦しそうに動きを止めた。

 

サムライが眉を寄せる。

 

「戻れ、カイロス!」

 

「やった!」

 

サトシが拳を握る。

 

「すごいぞ、トランセル!」

 

「トランセル!」

 

「まだ終わりではない!」

 

サムライが次のボールを投げた。

 

光の中から現れた姿を見て。

 

サトシが固まった。

 

「……トランセル?」

 

「トランセル!」

 

相手もトランセルだった。

 

「我がトランセル! 『かたくなる』!」

 

「トランセル!」

 

「だったらこっちも『かたくなる』!」

 

「トランセル!」

 

二匹の身体が硬くなる。

 

数秒。

 

何も起こらない。

 

「もう一度『かたくなる』!」

 

「こちらもだ!」

 

さらに硬くなる。

 

また。

 

何も起こらない。

 

カスミが眉を寄せた。

 

「……ねえ」

 

「うん」

 

レンが答える。

 

「これ、いつ終わるの?」

 

「俺にも分からない」

 

ピカチュウは地面へ座り込んでいる。

 

「ピカァ……」

 

ヒトカゲも首を傾げた。

 

「カゲ……?」

 

リオルだけは妙に真剣だった。

 

「リオ……」

 

左右から二匹を観察し、見る角度まで変えている。

 

「リオル」

 

「リオ?」

 

「たぶん、そこまで分析しなくていいよ」

 

「リオ……?」

 

その間にも。

 

「『かたくなる』!」

 

「『かたくなる』!」

 

サトシとサムライだけは本気だった。

 

そのとき。

 

リオルの耳が動いた。

 

「リオ」

 

先ほどまでとは声が違う。

 

レンの表情が瞬時に変わった。

 

「どうした?」

 

リオルが森の奥を見る。

 

ヒトカゲも遅れて顔を向けた。

 

「カゲ……」

 

レンは息を止める。

 

聞こえる。

 

低い羽音。

 

一つではない。

 

重なっている。

 

しかも。

 

近づいてくる。

 

「二人とも、バトル中止!」

 

「え?」

 

サトシが振り返る。

 

サムライも遅れて異変に気づいた。

 

顔色が変わる。

 

「まずい! スピアーだ!」

 

直後。

 

木々の向こうから黄色と黒の影が飛び出した。

 

一匹。

 

二匹。

 

三匹。

 

その後ろにも。

 

さらに。

 

さらに。

 

「多すぎるだろ……!」

 

レンは一瞬で周囲を見た。

 

右。

 

茂みが深い。

 

左。

 

木々の間隔が狭い。

 

後方。

 

さっき通ってきた道。

 

比較的開けている。

 

上。

 

スピアー。

 

そして。

 

地面。

 

乾いた落ち葉。

 

(炎は最低限)

 

判断を終える。

 

「ヒトカゲ!」

 

「カゲ!」

 

「『えんまく』! 上じゃなくて、俺たちとスピアーの間!」

 

「カゲ!」

 

黒い煙が広がった。

 

群れの先頭が視界を失い、動きが乱れる。

 

「リオル、右側! 煙を抜けた奴だけ止めて! 倒さなくていい、進路を変える!」

 

「リオ!」

 

リオルが走る。

 

煙の端から抜けてきたスピアーへ『でんこうせっか』で接近。

 

正面衝突はしない。

 

身体を沈め。

 

突き出された針を紙一重でかわし。

 

側面へ。

 

肩を当てる。

 

「リオ!」

 

スピアーの軌道が逸れた。

 

次。

 

もう一匹。

 

リオルは踏み込む。

 

今度は腕を使い、突進の勢いを受け流す。

 

「スピィ!?」

 

そのまま横へ流す。

 

「サトシ、トランセルを戻して!」

 

「分かった!」

 

サトシがボールを構える。

 

しかし。

 

煙の上から。

 

一匹のスピアーが飛び越えた。

 

レンが気づく。

 

「上!」

 

サトシが顔を上げる。

 

遅い。

 

スピアーが急降下した。

 

「トランセル!」

 

サトシが反射的に身体を引く。

 

スピアーがトランセルを掴んだ。

 

「トランセル!」

 

「待て!」

 

サトシが追おうとする。

 

レンも踏み出しかけた。

 

しかし。

 

見える。

 

左から三匹。

 

右から二匹。

 

煙の奥にはさらに群れ。

 

後ろにはカスミ。

 

サムライ。

 

サトシ。

 

ピカチュウ。

 

ヒトカゲ。

 

リオル。

 

一瞬。

 

迷った。

 

トランセルを追うか。

 

ここを守るか。

 

「……っ!」

 

拳を握る。

 

「追わない!」

 

サトシが振り返る。

 

「何言ってんだよ! トランセルが!」

 

「分かってる!」

 

レンが叫んだ。

 

その間にもスピアーが煙を抜ける。

 

「ヒトカゲ、左! 『ひのこ』は地面に落とさない!」

 

「カゲ!」

 

小さな炎が空中を走り、スピアーの目前を横切る。

 

群れが反射的に進路を変える。

 

「リオル、戻って!」

 

「リオ!」

 

リオルがレンたちの前へ戻る。

 

「みんな、後ろの道へ! 走って!」

 

「でも!」

 

「今トランセルを追ったら、全員囲まれる!」

 

サトシが歯を食いしばる。

 

レンも。

 

同じだった。

 

助けたい。

 

今すぐ。

 

追いたい。

 

でも。

 

そのために。

 

ここにいる全員を危険へ晒すのか。

 

それは違う。

 

父の言葉が頭を過ぎる。

 

強くしたいからって、無茶をさせるのは育成じゃない。

 

それは。

 

戦いでも同じだ。

 

勝ちたい。

 

助けたい。

 

だからといって。

 

全部を無視して突っ込むことが正しいわけではない。

 

「サトシ!」

 

レンは幼なじみを見る。

 

「絶対戻る! 絶対助ける! でも今は、みんなをここから出す!」

 

サトシは。

 

空を見る。

 

遠ざかるトランセル。

 

そして。

 

迫るスピアー。

 

「……くそっ!」

 

拳を握り。

 

「分かった!」

 

全員が走り出した。

 

「ヒトカゲ、最後尾!」

 

「カゲ!」

 

「リオルは俺と一緒に抜けた奴を見る!」

 

「リオ!」

 

レンは最後まで後ろを見ていた。

 

スピアーが近づけば。

 

ヒトカゲが煙で視界を切る。

 

抜ければ。

 

リオルが逸らす。

 

それでも足りなければ。

 

「ヒトカゲ、右上だけ『ひのこ』!」

 

「カゲ!」

 

最小限の炎。

 

倒すためではない。

 

近づかせないため。

 

森を燃やさない。

 

仲間を傷つけさせない。

 

戦う場所。

 

敵の数。

 

周囲の状況。

 

全部を見る。

 

全部考える。

 

一つでも間違えれば。

 

誰かが傷つく。

 

(これが……旅の戦いか)

 

練習場とは違う。

 

一対一のバトルとも違う。

 

勝てば終わりではない。

 

倒せばいいわけでもない。

 

守るものがある。

 

レンは走りながら。

 

その重さを初めて知った。

 

◇

 

サムライの小屋へ辿り着き、全員が中へ入る。

 

扉を閉める。

 

しばらくして。

 

外の羽音が遠ざかっていった。

 

静かになった。

 

「……」

 

レンは壁へ背を預けた。

 

呼吸を整える。

 

「カゲ……」

 

ヒトカゲも息が上がっている。

 

「リオ……」

 

リオルも同じ。

 

「二匹とも」

 

レンはしゃがみ込む。

 

まずヒトカゲ。

 

火傷なし。

 

大きな傷なし。

 

次にリオル。

 

擦り傷。

 

軽い。

 

動きに問題はない。

 

「……よかった」

 

そこで。

 

ようやく。

 

息を吐いた。

 

全員いる。

 

いや。

 

違う。

 

一匹。

 

いない。

 

サトシは床へ座り込んでいた。

 

「……トランセル」

 

拳が震えている。

 

「オレ……置いてきた」

 

サムライが腕を組む。

 

「お前は未熟だ」

 

サトシが顔を上げた。

 

「なんだと?」

 

「自分のポケモンを守れなかった」

 

「オレだって助けようとした!」

 

「ならばなぜ――」

 

「サムライ」

 

レンが遮った。

 

声は静かだった。

 

サムライがこちらを見る。

 

「それ以上は違う」

 

「何?」

 

「撤退を決めたのは俺だ」

 

サトシが目を見開く。

 

「レン……」

 

「サトシは追おうとした。それを止めたのは俺だよ」

 

レンは自分の手を見る。

 

正しい判断だったと思う。

 

あそこで追えば。

 

誰かが傷ついた可能性は高い。

 

それでも。

 

結果として。

 

トランセルを連れて帰れなかった。

 

「だから俺にも責任はある」

 

「でも!」

 

サトシが立ち上がる。

 

「トランセルはオレのポケモンだ!」

 

「うん」

 

レンはサトシを見る。

 

「だから明日、サトシが迎えに行く」

 

「……!」

 

「俺も行く」

 

ヒトカゲとリオルを見る。

 

「今日できなかったことを、次はできるようにする」

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

二匹も応える。

 

レンは続ける。

 

「次は群れがどこから来ても、サトシがトランセルのところまで行ける道を作る」

 

サトシはしばらくレンを見つめていた。

 

やがて。

 

「……ああ!」

 

強く頷く。

 

「絶対助ける!」

 

「ピカ!」

 

サムライは二人を見たあと。

 

静かに口を開いた。

 

「これまでにも、マサラタウンから来たトレーナーとは戦った」

 

「え?」

 

「その中には、シゲルという少年もいた」

 

「シゲル!?」

 

サトシが反応する。

 

「奴は強かった。私は敗れた。他のマサラタウンのトレーナーも手強かった」

 

サトシの拳に力が入る。

 

「だから私は、次に来るマサラタウンのトレーナーを待っていた」

 

サムライはサトシを見る。

 

「お前はまだ未熟だ」

 

「……分かってる」

 

サトシは今度は反論しなかった。

 

「だから強くなる」

 

その言葉を聞き。

 

レンは少し笑った。

 

「俺も」

 

サムライの視線がレンへ移る。

 

「お前が?」

 

「今日、全員を逃がすことはできた。でも、トランセルまでは守れなかった」

 

「それでもあの数のスピアーを相手に――」

 

「それで満足したら、次も同じことになる」

 

サムライが黙る。

 

レンはヒトカゲとリオルを見る。

 

「もっと上手くできる」

 

二匹もレンを見る。

 

「次はもっと見る。もっと早く判断する。二匹にも、もっと任せる」

 

「カゲ」

 

「リオ」

 

今日の失敗を。

 

失敗のままにはしない。

 

それも。

 

強くなるということだ。

 

◇

 

翌朝。

 

まだ森に薄い霧が残る時間。

 

サトシは小屋を出た。

 

「行こう、ピカチュウ」

 

「ピカ」

 

「サトシ」

 

呼び止めたレンも、すでに準備を終えていた。

 

ヒトカゲとリオルが隣にいる。

 

カスミ。

 

サムライも。

 

「みんな……」

 

「一人で行くつもりだった?」

 

レンが聞く。

 

「……最初は」

 

「トランセルと話すところまでは邪魔しない」

 

レンは森を見る。

 

「でも、スピアーがまた来たら話は別」

 

サトシは少し考え。

 

頷いた。

 

「分かった」

 

一行は昨日の場所へ戻った。

 

レンは歩きながら。

 

昨日とは違う見方をしていた。

 

木の間隔。

 

開けた場所。

 

風。

 

逃げ道。

 

スピアーが飛びやすい高さ。

 

ヒトカゲが安全に炎を使える方向。

 

リオルが走れる地面。

 

「レン?」

 

カスミが気づく。

 

「何してるの?」

 

「昨日と同じにならないように見てる」

 

「……もう次のこと考えてるのね」

 

「同じ失敗はしたくないから」

 

やがて。

 

大量のコクーンが集まる場所へ辿り着いた。

 

「いた!」

 

サトシが声を抑える。

 

そこに。

 

トランセルがいた。

 

「トランセル!」

 

サトシが駆け寄る。

 

レンは追わない。

 

少し離れた場所で止まる。

 

ヒトカゲとリオルも。

 

「ここからはサトシの番だよ」

 

「カゲ」

 

「リオ」

 

サトシがトランセルの前へ膝をつく。

 

「ごめん」

 

最初に出た言葉は。

 

言い訳ではなかった。

 

「昨日、お前を置いて逃げた」

 

トランセルは黙っている。

 

「スピアーがいっぱいいたとか、レンが逃げろって言ったとか……そういうのは関係ない」

 

レンが僅かに目を細める。

 

「オレがお前を戻せなかった」

 

「トラン……」

 

「ごめん」

 

サトシが頭を下げる。

 

「もう置いていかない」

 

沈黙。

 

やがて。

 

トランセルが僅かに身体を傾けた。

 

サトシへ。

 

「トランセル……!」

 

サトシの顔が明るくなる。

 

その瞬間。

 

「なんだかんだと聞かれたら!」

 

「……来た」

 

レンが呟く。

 

「答えてあげるが世の情け!」

 

「なんでこのタイミングなのよ!」

 

カスミが頭を抱えた。

 

ムサシ。

 

コジロウ。

 

ニャース。

 

昨日に続き。

 

またロケット団。

 

「お前たち!」

 

サトシが振り返る。

 

「おっと、ジャリボーイ!」

 

「今日こそピカチュウをいただくわ!」

 

「静かに!」

 

レンが叫ぶ。

 

ロケット団が止まる。

 

「何よ?」

 

「周りを見て!」

 

ムサシたちが周囲を見る。

 

大量のコクーン。

 

「……あら?」

 

カタッ。

 

一匹が動く。

 

レンの顔が引きつる。

 

「遅かった……」

 

光。

 

一匹。

 

二匹。

 

十匹。

 

さらに。

 

次々に。

 

コクーンがスピアーへ進化する。

 

「ニャァァァァ!?」

 

羽音が森を満たした。

 

「レン!」

 

サトシが叫ぶ。

 

「予定通り!」

 

レンは即座に動いた。

 

「ヒトカゲ、『えんまく』! 昨日より広く! でもサトシの周りは開けて!」

 

「カゲ!」

 

黒い煙が広がる。

 

ただ撒くのではない。

 

サトシとトランセルのいる場所を避け。

 

その周囲へ壁のように。

 

スピアーの視界を遮る。

 

「リオル!」

 

「リオ!」

 

「煙を抜けた奴を任せる! サトシには近づけない!」

 

「リオ!」

 

リオルが駆けた。

 

一匹目。

 

『でんこうせっか』。

 

正面へ。

 

直前で身体をずらす。

 

針をかわす。

 

足を払う。

 

「スピッ!?」

 

スピアーの姿勢が崩れる。

 

次。

 

リオルは止まらない。

 

二匹目の突進を腕で受け流し。

 

身体を回転。

 

勢いを横へ逃がす。

 

「リオ!」

 

三匹目。

 

フェイント。

 

相手が反応した瞬間。

 

逆側へ。

 

「『はっけい』!」

 

「リオッ!」

 

掌がスピアーの身体を捉える。

 

「スピィ!」

 

吹き飛ぶ。

 

「そのまま前に出すぎない!」

 

「リオ!」

 

昨日とは違う。

 

リオル自身も。

 

分かっている。

 

倒すことが目的ではない。

 

守る。

 

通さない。

 

レンはヒトカゲを見る。

 

「左から三匹!」

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲはレンの指示を待ち切らなかった。

 

自分で一歩移動。

 

スピアーの進路。

 

地面。

 

木。

 

一瞬見る。

 

そして。

 

「カゲ!」

 

『ひのこ』。

 

炎はスピアーの正面だけを横切る。

 

地面へ落ちない。

 

「……いい!」

 

レンが笑う。

 

「それでいい!」

 

ヒトカゲも。

 

考えた。

 

昨日の経験を。

 

もう使っている。

 

「カゲ!」

 

別方向。

 

今度は。

 

レンが指示を出す前に。

 

『えんまく』。

 

スピアーの視界を切る。

 

「ヒトカゲ、右は任せる!」

 

「カゲ!」

 

細かい指示を減らす。

 

任せる。

 

レンは。

 

全体を見る。

 

リオル。

 

右。

 

ヒトカゲ。

 

左。

 

サトシ。

 

中央。

 

カスミとサムライ。

 

後方。

 

ロケット団。

 

「逃げ回らないでこっちに来て!」

 

「なんであんたに命令されなきゃいけないのよ!」

 

「じゃあそこでスピアーに追われてて!」

 

「行くわよコジロウ!」

 

「はい!」

 

「切り替え早いニャ!」

 

ロケット団まで後方へ移動する。

 

昨日。

 

できなかった。

 

全体を。

 

今日は。

 

見ている。

 

「サトシ!」

 

「おう!」

 

サトシはトランセルを抱える。

 

「今度は絶対離さない!」

 

「トランセル!」

 

一匹のスピアーが煙の上を越えた。

 

レンが見る。

 

遠い。

 

リオルも間に合わない。

 

「ヒトカゲ!」

 

ヒトカゲが振り返る。

 

だが。

 

それより先に。

 

トランセルが動いた。

 

「トランセル!」

 

サトシの腕から飛び出す。

 

「え!?」

 

スピアーの針。

 

トランセルの殻。

 

激突。

 

「トランセル!」

 

サトシが駆け寄る。

 

殻に亀裂。

 

「大丈夫か!?」

 

亀裂から。

 

光が漏れる。

 

レンの動きが止まった。

 

ほんの一瞬だけ。

 

昨夜。

 

月明かりの中。

 

空を見上げていた。

 

キャタピー。

 

(……そうか)

 

光が強くなる。

 

殻が開く。

 

翼が広がる。

 

白い翼。

 

青紫色の身体。

 

そして。

 

自分の力で。

 

空へ。

 

「フリィィィ!」

 

サトシが見上げる。

 

「バタフリー……!」

 

「ピカ!」

 

カスミも思わず声を漏らす。

 

「……綺麗」

 

レンも笑った。

 

「やっと飛べたね」

 

バタフリーがレンを見る。

 

「フリー!」

 

でも。

 

まだ終わっていない。

 

羽音。

 

レンがすぐに表情を戻す。

 

「サトシ!」

 

「分かってる!」

 

スピアーの群れ。

 

ヒトカゲとリオルが抑えている。

 

しかし。

 

数が多すぎる。

 

いつまでも続けられない。

 

「レン!」

 

サトシが叫ぶ。

 

「バタフリーなら何かできないか!?」

 

レンはバタフリーを見る。

 

羽。

 

そして。

 

思い出す。

 

「サトシ! 図鑑!」

 

「え?」

 

「バタフリーが今使える技を確認して!」

 

サトシがすぐ図鑑を向ける。

 

表示される情報。

 

「『ねむりごな』……!」

 

サトシが顔を上げる。

 

バタフリーを見る。

 

「いけるか?」

 

「フリー!」

 

「よし!」

 

レンも即座に切り替える。

 

「ヒトカゲ、リオル!」

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

「戻って!」

 

二匹がレンのところへ退く。

 

「カスミ、サムライ! 口と鼻を押さえて!」

 

「分かった!」

 

レンがサトシを見る。

 

「今!」

 

「バタフリー!」

 

サトシが腕を振る。

 

「『ねむりごな』!」

 

「フリィィ!」

 

バタフリーが大きく羽ばたいた。

 

粉が広がる。

 

レンたちが作った空間へ。

 

集まってきていたスピアーたちを。

 

一気に包み込む。

 

一匹。

 

二匹。

 

次々に。

 

飛ぶ力を失い。

 

地面へ降りる。

 

眠る。

 

「やった……!」

 

サトシが声を上げる。

 

「フリー!」

 

そして。

 

「むにゃ……」

 

「眠い……」

 

「ニャァ……」

 

後ろではロケット団まで眠っていた。

 

カスミが呆れる。

 

「なんであいつら毎回こうなのよ」

 

レンは息を吐いた。

 

「まあ……静かになったからいいんじゃない?」

 

森に。

 

ようやく。

 

静けさが戻った。

 

レンはヒトカゲとリオルを見る。

 

二匹とも。

 

無事。

 

サトシ。

 

ピカチュウ。

 

バタフリー。

 

カスミ。

 

サムライ。

 

全員。

 

いる。

 

今度は。

 

守れた。

 

レンは拳を握る。

 

昨日とは違う。

 

完璧ではない。

 

でも。

 

一つ。

 

前へ進めた。

 

「レン」

 

サトシが呼ぶ。

 

「何?」

 

「ありがとう」

 

「……うん」

 

「でも」

 

サトシが笑う。

 

「最後に決めたのはオレとバタフリーだけどな!」

 

レンが一瞬黙る。

 

そして。

 

笑った。

 

「言うようになったね」

 

「へへっ!」

 

「じゃあ次は勝負して確かめる?」

 

「望むところだ!」

 

「ピカ!」

 

「フリー!」

 

カスミが頭を抱えた。

 

「今スピアーの群れから逃げ切ったばっかりでしょうが!」

 

◇

 

騒動が収まったあと。

 

サムライはレンの前へ立った。

 

「お前」

 

「何?」

 

「あの数のスピアーを相手に、ほとんど攻撃で倒さなかったな」

 

レンは少し考える。

 

「倒す必要がなかったから」

 

「何?」

 

「俺たちはスピアーを倒しに来たわけじゃない。トランセルを助けて、みんなで帰るのが目的だった」

 

ヒトカゲとリオルを見る。

 

「それに森の中でヒトカゲの炎を全力で使えば、火事になるかもしれない。リオルも一匹ずつ倒してたら数で押される。だったら、近づかせない方がいい」

 

サムライは黙った。

 

「昨日はそれが途中までしかできなかった」

 

レンは続ける。

 

「だから今日はやり方を変えた。それだけだよ」

 

サムライはヒトカゲを見る。

 

次にリオル。

 

そして。

 

レン。

 

「……お前は強いな」

 

レンは首を横へ振った。

 

「まだまだ」

 

「謙遜か?」

 

「違うよ」

 

レンは真っ直ぐ答える。

 

「昨日、守れなかったものがあった。それなのに強いって思ったら、そこで終わるから」

 

サムライが目を見開いた。

 

やがて。

 

口元を僅かに上げる。

 

「ならば、なおさらお前とは戦ってみたい」

 

「俺も」

 

ヒトカゲが前へ出る。

 

「カゲ!」

 

リオルも拳を握る。

 

「リオ!」

 

サムライは笑った。

 

「次に会ったときは必ずだ」

 

「約束ね」

 

「ああ」

 

一方。

 

サトシはバタフリーの前へしゃがんでいた。

 

「すごかったぞ、バタフリー!」

 

「フリー!」

 

ピカチュウも嬉しそうに声を上げる。

 

「ピカピカ!」

 

カスミは少し離れた場所から見ていた。

 

バタフリーが気づく。

 

「フリー?」

 

カスミの身体が僅かに強張る。

 

それでも。

 

逃げなかった。

 

「……その」

 

バタフリーが待つ。

 

「進化、おめでとう」

 

「フリー!」

 

嬉しそうにバタフリーが近づく。

 

「ちょ、ちょっと! 近い! 近いってば!」

 

「フリー?」

 

「まだ虫ポケモンが平気になったわけじゃないから!」

 

サトシが笑う。

 

「昨日より全然マシじゃん!」

 

「うるさい!」

 

いつもの言い争い。

 

レンはそれを聞きながら。

 

ヒトカゲとリオルを見る。

 

2匹も空を飛ぶバタフリーを見上げていた。

 

「進化、か」

 

レンが呟く。

 

「カゲ?」

 

「リオ?」

 

「ヒトカゲ、リオル進化したいと思ったときは、ちゃんと教えて」

 

ヒトカゲとリオルは顔を見合わせる。

 

今すぐ答えは出ない。

 

それでいい。

 

「そのときは、一緒にもっと強くなろう」

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

力強い返事だった。

 

◇

 

サムライに道を教えてもらい。

 

三人は再び森を進んだ。

 

昨日までより。

 

木々の隙間から入る光が強い。

 

出口が近い。

 

やがて。

 

視界が開けた。

 

「見えた!」

 

サトシが走り出す。

 

「急に走らない!」

 

レンが声を飛ばす。

 

「今度は大丈夫だって!」

 

「それ何回目よ!」

 

カスミが追う。

 

「ピカピカ!」

 

ピカチュウも楽しそうに声を上げた。

 

森を抜ける。

 

その先。

 

遠くに。

 

街が見えた。

 

ニビシティ。

 

サトシが目を輝かせる。

 

「レン! あそこにジムがあるんだよな!?」

 

「あるよ」

 

「よーし!」

 

拳を突き上げる。

 

「絶対勝って、最初のバッジをゲットするぞ!」

 

「ピカ!」

 

レンも。

 

ニビシティを見つめた。

 

ジム。

 

正式なポケモンバトル。

 

旅に出る前。

 

ヒトカゲと積み上げてきたもの。

 

シバと出会い。

 

リオルと競い。

 

考え。

 

試し。

 

失敗して。

 

また考えた。

 

旅へ出てからも。

 

昨日できなかったことを。

 

今日。

 

少しだけできるようになった。

 

でも。

 

世界最強を目指すなら。

 

こんなところで満足してはいられない。

 

「ヒトカゲ」

 

「カゲ!」

 

「リオル」

 

「リオ!」

 

二匹がレンの隣へ並ぶ。

 

「いよいよだね」

 

最初のジム。

 

最初のバッジ。

 

自分が正式なトレーナーとして。

 

どこまで通用するのか。

 

試す最初の舞台。

 

「レン!」

 

サトシが振り返った。

 

「どっちが先にバッジを取れるか勝負だ!」

 

レンは笑った。

 

「いいよ」

 

「絶対オレが先だからな!」

 

「だったら、まずジムまで迷わず行かないとね」

 

「迷わねえよ!」

 

そう言った直後。

 

サトシが別の道へ進もうとする。

 

カスミが即座に襟を掴んだ。

 

「街はこっち!」

 

「分かってたって!」

 

「嘘つき!」

 

「ピカァ……」

 

レンは思わず笑った。

 

そして。

 

もう一度。

 

ニビシティを見る。

 

世界の頂点は。

 

まだ。

 

遥か遠い。

 

だからこそ。

 

まずは。

 

目の前の一勝から。

 

レンはヒトカゲとリオルを連れ。

 

新しい街へ向かって歩き出した。

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