ポケットモンスター ―頂への軌跡― 作:あああああ
トキワの森を抜けた先に広がっていたのは、マサラタウンともトキワシティとも違う、灰色の岩肌が目立つ街だった。
ニビシティ。
長い森歩きを終えたサトシは、街へ入った途端に大きく背伸びをした。
「やっと着いたぁ!」
「ピカァ!」
肩の上のピカチュウも同じように身体を伸ばす。
カスミも森を抜けられたことに安堵したのか、小さく息を吐いた。
「まずはポケモンセンターね。昨日あれだけスピアー相手に動いたんだから」
「その前にジム行こうぜ!」
「駄目」
サトシの提案をレンが即座に却下すると、サトシが不満そうに振り返った。
「なんでだよ!」
「昨日ピジョンはカイロスと戦ったし、バタフリーは進化した直後に『ねむりごな』まで使っただろ。ヒトカゲとリオルもスピアーを相手にかなり動いた。ジム戦に挑むなら、ちゃんと状態を確認してから」
「みんな元気そうじゃん」
「元気そうに見えることと、万全なのは別」
「うっ……」
言い返せなくなったサトシを見て、カスミが笑う。
「こういうときはレンの方が正しいわね」
「分かったよ! でも診てもらって大丈夫だったら、すぐジムだからな!」
「それなら俺も賛成」
「よし!」
話がまとまったところで、道端から声が飛んできた。
「お前さんたち、旅のトレーナーか?」
三人が振り返る。
そこには石を並べて座っている一人の男がいた。
「そうだけど」
サトシが胸を張る。
「ニビジムに挑戦しに来た!」
男はサトシを見ると、次にレンへ視線を移した。
「そっちもか?」
「はい」
「なるほどな。俺はムノー。この街で石を売ってる」
サトシが並べられた石を見る。
「石?」
一つ手に取ろうとして。
「ただの――」
「サトシ」
レンが止めた。
「何だよ?」
「人が売ってるものを目の前で『ただの石』とか言わない」
「まだ何も言ってないだろ!」
「顔に出てた」
カスミが吹き出す。
ムノーも怒るどころか笑っていた。
「ジムへ行くなら、その前にポケモンセンターへ寄っておけ。ニビジムのタケシは、旅立ったばかりのトレーナーが簡単に勝てる相手じゃないぞ」
サトシがむっとする。
「やってみなきゃ分からないだろ!」
「その意気だけで勝てれば苦労はしないさ」
「絶対勝ってやる!」
先へ歩き出したサトシを見送りながら、レンはムノーへ軽く頭を下げた。
「教えてくれてありがとうございます」
「お前はずいぶん落ち着いてるな」
「そうですか?」
「隣の奴と比べればな」
前方から声が飛んできた。
「聞こえてるぞー!」
◇
ポケモンセンターで診察を受けた結果、全員に大きな問題はなかった。
昨日のスピアー騒動で動き続けたヒトカゲとリオルも、十分に休んだことで状態は戻っている。
「二匹とも問題ありませんよ」
ジョーイの言葉に、レンは頷いた。
「ありがとうございます」
「カゲ!」
「リオ!」
ヒトカゲとリオルも元気よく返事をする。
サトシのポケモンたちも治療を終え、昨日カイロスの攻撃を受けたピジョンも回復していた。
「よーし!」
サトシが拳を突き上げる。
「これでジムに行ける!」
その途中、壁に貼られたポケモンリーグの案内へサトシが気づいた。
カスミから、各地のジムで実力を認められてジムバッジを集めることがポケモンリーグへの道につながると聞き、サトシの目が一層輝く。
「だったら絶対取らないとな!」
「最初からそのためにジムへ行くんじゃなかったの?」
「もちろん知ってた!」
「今知った顔してたじゃない」
二人が言い合う。
レンはその横で、自分の手を見る。
ジムバッジについては知っている。
何度も見たこともある。
けれど。
自分自身が挑戦者として手にする機会は、これが初めてだ。
「レン!」
サトシが呼ぶ。
「どっちが先にバッジを取るか勝負だからな!」
「いいよ」
レンは笑った。
「受けて立つ」
◇
ニビジムへ入ると、内部は薄暗かった。
奥へ進むにつれて岩場を模したバトルフィールドが見えてくる。
「誰かいませんかー!」
サトシの声が響いた。
やがて照明が点灯する。
その向こう側に、一人の少年が立っていた。
細い目。
落ち着いた表情。
年齢以上に大人びた雰囲気。
「挑戦者か」
少年が前へ出る。
「俺はニビジムのジムリーダー、タケシだ」
「オレはマサラタウンのサトシ!」
サトシが一歩前へ出た。
「ジム戦を申し込む!」
「マサラタウンか」
タケシはサトシの肩にいるピカチュウを見る。
「旅立ったばかりのようだな」
「だからって負けないぞ!」
「その自信が実力に伴っているか、確かめさせてもらおう」
タケシはフィールドへ入った。
「使用ポケモンは二匹。どちらかのポケモンが二匹とも戦えなくなった時点で決着だ」
「分かった!」
サトシが反対側へ立つ。
レンとカスミは観戦側へ回った。
ヒトカゲとリオルもレンの隣に並ぶ。
「ちゃんと見よう」
レンが二匹へ声をかける。
「俺たちもこのあと戦うから」
「カゲ!」
「リオ!」
タケシがモンスターボールを構えた。
「いけ、イワーク!」
光が弾ける。
巨大な岩の身体がフィールドを埋めるように姿を現した。
「イワァァーク!」
「で、でかっ……!」
サトシが思わず見上げる。
ピカチュウも一歩下がった。
「ピカ……」
対照的に。
「カゲ……!」
ヒトカゲの目が輝いた。
レンが横を見る。
「戦いたい?」
「カゲ!」
「あとでね」
ヒトカゲの尻尾の炎が大きく揺れる。
サトシは気を取り直した。
「ピカチュウ、いくぞ!」
「ピカ!」
ピカチュウがフィールドへ飛び出す。
「『でんきショック』!」
「ピカァ!」
電撃がイワークを包んだ。
だが。
イワークはほとんど動かない。
「効いてない!?」
サトシが驚く。
「イワーク、『しめつける』!」
「イワ!」
巨大な身体が動いた。
「ピカチュウ、避けろ!」
ピカチュウが走る。
速さなら圧倒的にピカチュウが上。
それでも。
レンは違和感に気づいた。
イワークは無闇に追い回していない。
身体を少しずつ動かし。
ピカチュウの進める方向を狭めている。
(追いかけてるんじゃない)
逃げ道を。
作らせている。
その先に。
「サトシ、後ろ!」
レンが叫ぶ。
「え?」
ピカチュウの背後には岩壁。
「ピカ!?」
「今だ!」
イワークの身体が巻きついた。
「ピカチュウ!」
「ピカァ……!」
締め上げられる。
サトシが叫ぶ。
「抜けろ!」
ピカチュウは必死に身体を動かす。
しかし抜けられない。
「『でんきショック』!」
再び電撃。
それでもイワークは離さない。
「ピ、カ……」
苦しそうな声。
サトシの表情が変わった。
「……やめろ!」
タケシを見る。
「オレの負けだ!」
イワークの力が緩んだ。
ピカチュウが解放される。
サトシはすぐに駆け寄った。
「ピカチュウ!」
「ピカ……」
「ごめんな」
サトシが抱き上げる。
タケシは静かに言った。
「ポケモンの状態を見て降参できたことは悪くない」
「……」
「だが、それだけではバッジは渡せない」
サトシは悔しそうに俯いた。
レンは。
イワークではなく。
タケシを見ていた。
ただ強いポケモンを使っているだけじゃない。
ピカチュウの速さを見たうえで。
逃げ道を潰した。
(強い)
そして。
だからこそ。
戦ってみたい。
レンは立ち上がった。
「ヒトカゲ、リオル」
「カゲ!」
「リオ!」
二匹が同時に立つ。
サトシが振り返った。
「レン……」
レンはサトシの横を通る。
「ピカチュウを休ませてあげて」
「ああ」
そして。
フィールドへ。
「タケシさん」
タケシがこちらを見る。
「次は俺が挑戦します」
「お前もマサラタウンから来たトレーナーか?」
「はい。レンです」
ヒトカゲとリオルが左右へ並ぶ。
タケシは二匹を見る。
「さっきの戦いを見ても挑むか?」
「見たからこそ」
レンは答えた。
「戦いたいです」
僅かな沈黙。
タケシが笑う。
「いいだろう」
イワークを戻す。
「ニビジムリーダー、タケシ。正式に挑戦を受ける!」
初めての。
ジム戦。
レンは一度だけ息を吐いた。
緊張はする。
でも。
それ以上に。
楽しみだった。
旅立つ前から積み上げてきたもの。
自分たちがどこまで通用するのか。
それを。
確かめられる。
「いけ、イシツブテ!」
「ラッシャイ!」
イシツブテが現れた。
レンはその姿を観察する。
身体。
腕。
浮いている高さ。
構え。
知識だけではなく。
目の前にいる個体を見る。
「リオル」
「リオ!」
リオルが前へ出た。
「始めるぞ! イシツブテ、突っ込め!」
「ラッシャイ!」
イシツブテが一直線に飛んでくる。
見た目以上に速い。
「正面で受けない!」
「リオ!」
腕が振られる。
リオルは身体を沈めた。
拳が頭上を通る。
そのまま懐へ潜り込む。
「『メタルクロー』!」
「リオッ!」
輝く爪。
「腕で受けろ!」
イシツブテが両腕を交差する。
激突。
鈍い音。
「ラッシャイ!」
押し返されたリオルが着地する。
「リオ」
「硬いね」
レンは焦らない。
今ので分かった。
硬いところへ。
真正面から攻撃し続ける必要はない。
「リオル」
「リオ」
「動かしてから崩そう」
リオルが頷く。
タケシが腕を振る。
「イシツブテ、もう一度!」
「ラッシャイ!」
再び突進。
リオルが右へ踏み込む。
イシツブテが追う。
次の瞬間。
リオルは止まった。
逆へ。
フェイント。
「何?」
タケシが反応する。
イシツブテが身体を向け直す。
防御に使っていた腕が開いた。
レンが口を開く。
だが。
それより僅かに早く。
リオルが踏み込んでいた。
「リオ!」
(見えたね)
「『はっけい』!」
「リオッ!」
掌がイシツブテの身体へ叩き込まれる。
「ラッシャイ!?」
吹き飛ぶ。
それでもイシツブテは空中で姿勢を戻した。
「反撃だ!」
「ラッ!」
腕が振られる。
リオルは避けない。
真正面から受けることもしない。
半身。
腕を添える。
身体を回す。
シバから学んだ。
受け流し。
イシツブテの勢いが横へ逸れる。
「ラッ!?」
「そのまま!」
リオルが回り込む。
「『メタルクロー』!」
「リオォ!」
今度は防御が間に合わない。
爪が直撃した。
イシツブテが地面へ落ちる。
一度。
起き上がろうとする。
だが。
力が抜けた。
タケシが確認する。
「イシツブテ、戦闘不能」
「よし!」
サトシが声を上げた。
「やったぞ、リオル!」
「ピカ!」
「リオ!」
リオルがレンを見る。
レンは拳を差し出す。
「ナイス」
「リオ!」
小さな拳が触れる。
タケシはイシツブテを戻しながら、レンとリオルを見ていた。
「よく鍛えられているな」
「ありがとうございます」
「それだけじゃない」
タケシの視線がリオルへ向く。
「最後の受け流し。お前は指示していなかった」
「はい」
「自分で判断したのか」
「それが俺たちの戦い方なので」
レンはリオルを見る。
「俺が全部を見ることはできない。だからリオル自身にも見て、考えてもらう」
「リオ」
タケシの表情が僅かに変わった。
「面白いな」
次のモンスターボールを構える。
「なら、こいつをどう攻略する!」
光が弾ける。
「イワーク!」
「イワァァァーク!」
巨大な身体が再び現れた。
リオルが見上げる。
「リオ……!」
それでも。
下がらない。
「リオル」
レンが呼ぶ。
「交代しよう」
「リオ?」
「まだ戦えるのは分かってる」
レンは笑う。
「でも次はヒトカゲの番」
リオルは少し残念そうにしたが。
やがて。
ヒトカゲを見る。
「リオ」
拳を差し出す。
「カゲ!」
ヒトカゲが拳を合わせた。
そして。
フィールドへ。
「カゲ!」
イワークを見上げる。
ヒトカゲは。
笑っていた。
「やっぱり嬉しそう」
「カゲ!」
タケシが驚く。
「イワークを見ても怯まないか」
「強い相手と戦うのが好きなんです」
「なら望み通りだ!」
タケシが先に動いた。
「イワーク、いけ!」
「イワ!」
巨大な頭が迫る。
「ヒトカゲ!」
「カゲ!」
レンが方向を言うより先に。
ヒトカゲが右へ飛んだ。
イワークの頭が岩場へ激突する。
「そのまま『ひのこ』!」
「カゲ!」
小さな炎が飛ぶ。
イワークの顔へ当たる。
「イワ!」
大きなダメージにはならない。
でも。
レンは威力だけを見ていなかった。
イワークが顔を逸らした。
一瞬。
視線が切れる。
「近づく!」
「カゲ!」
ヒトカゲが走る。
「イワーク、『しめつける』!」
長い身体がうねった。
さっき。
ピカチュウを捕まえた技。
「前だけ見ない!」
「カゲ!」
ヒトカゲは周囲を見る。
右。
イワークの身体。
左。
岩。
後ろ。
まだ空いている。
下がる。
イワークが追う。
ヒトカゲは突然切り返した。
「イワ!?」
巨体の方向転換が僅かに遅れる。
「『きりさく』!」
「カゲ!」
爪がイワークの岩肌を切りつける。
「イワァ!」
「効いてる!」
サトシが声を上げる。
だが。
浅い。
タケシもすぐ反応した。
「頭を振れ!」
イワークが身体を大きく振る。
ヒトカゲが跳ぶ。
「カゲッ!」
完全には避けられず。
弾き飛ばされた。
地面を転がる。
「ヒトカゲ!」
「カゲ……!」
すぐに起き上がる。
レンは呼吸と立ち方を見る。
問題ない。
「続けられる?」
「カゲ!」
迷いのない返事。
「分かった」
レンも構え直す。
「行こう」
ヒトカゲが走る。
今度は。
レンから先に仕掛ける。
「『げんしのちから』!」
「カゲ!」
ヒトカゲの力に呼応するように岩石が浮き上がる。
「何!?」
タケシが目を見開く。
「いけ!」
岩がイワークへ殺到した。
「イワーク、弾け!」
「イワ!」
巨大な尾。
一つ。
二つ。
岩を叩き落とす。
だが。
全部ではない。
横から別の岩が飛ぶ。
イワークが身体を捻る。
「ヒトカゲ、今!」
「カゲ!」
レンが指示したのは技ではなかった。
ヒトカゲも理解する。
『げんしのちから』へ意識を向けさせた間に。
接近。
「イワーク、後ろだ!」
タケシも気づく。
イワークが振り返る。
「『えんまく』!」
「カゲ!」
黒煙。
顔の周囲を覆う。
「イワ!?」
「イワーク、慌てるな!」
タケシは冷静だった。
「音を聞け!」
(やっぱり簡単には崩れない)
レンは。
笑っていた。
タケシも。
対応してくる。
だから。
次を考える。
煙の中。
ヒトカゲが走る。
イワークの頭が音を追う。
右。
ヒトカゲが右へ。
イワークも右。
だが。
次の瞬間。
足音が消えた。
「……?」
タケシの表情が変わる。
ヒトカゲは。
岩の上にいた。
止まっている。
レンは何も指示していない。
ヒトカゲ自身の判断。
煙が薄れる。
イワークが正面を見る。
そこには。
いない。
「上だ!」
気づいたときには。
ヒトカゲが跳んでいた。
「『きりさく』!」
「カゲェ!」
爪が頭部を捉える。
「イワァ!」
イワークが大きく揺れる。
「振り落とせ!」
巨体が激しく動く。
ヒトカゲが飛び降りる。
着地。
「まだだ!」
タケシが叫ぶ。
イワークが迫る。
「『しめつける』!」
今度は。
左右だけではない。
長い身体を使い。
逃げ場そのものを囲っていく。
レンは一瞬で見る。
前。
塞がる。
右。
狭い。
左。
間に合わない。
後ろ。
岩壁。
サトシのピカチュウと。
同じ形。
(なら)
レンが叫ぶ。
「ヒトカゲ、上!」
「カゲ!」
岩壁へ走る。
一歩。
二歩。
跳ぶ。
岩の突起へ。
さらに。
「カゲ!」
上へ。
イワークが追う。
「逃がすな!」
巨大な頭が持ち上がる。
ヒトカゲが跳んだ。
空中。
イワークが口を開く。
「捕まえろ!」
「イワァ!」
「ヒトカゲ!」
レンが叫ぶ。
でも。
技名は言わない。
ヒトカゲがレンを見る。
一瞬。
目が合う。
そして。
「カゲ!」
自分で選んだ。
『えんまく』。
黒煙が空中からイワークの顔へ広がる。
「イワ!?」
狙いがずれた。
ヒトカゲがイワークの頭へ着地する。
「いい!」
レンが拳を握る。
「任せる!」
「カゲ!」
ヒトカゲが爪を構える。
『きりさく』。
一撃。
「イワァ!」
イワークの頭が沈む。
それでも。
まだ倒れない。
「すげえ……」
サトシが呟く。
カスミも息を呑んでいる。
タケシが叫ぶ。
「イワーク、身体を振れ!」
「イワ!」
ヒトカゲが振り落とされる前に跳ぶ。
着地。
レンはイワークを見る。
かなりダメージは入っている。
でも。
ヒトカゲも何度か攻撃を受けた。
ここから。
長引かせない。
「ヒトカゲ!」
「カゲ!」
「『げんしのちから』!」
再び岩が浮き上がる。
今度は。
イワークそのものへ集中させない。
右。
左。
前。
動ける場所へ。
岩を飛ばす。
「イワ!?」
イワークが避ける。
一歩。
レンが見ている。
次。
また岩。
イワークが身体を捻る。
その先。
ヒトカゲも。
気づいた。
(そこ)
レンとヒトカゲの判断が重なる。
イワークの巨体が。
大きく傾いた。
「行け!」
「カゲェ!」
ヒトカゲが駆ける。
「イワーク、立て直せ!」
「イワ!」
間に合わない。
ヒトカゲが。
懐へ。
距離は。
ほとんどない。
「『かえんほうしゃ』!」
「カゲェェェ!」
炎が。
至近距離からイワークを包んだ。
「イワァァァ!」
巨体が揺れる。
一度。
踏ん張る。
ヒトカゲはすぐに距離を取る。
レンも。
次の指示を出せるよう構える。
「……」
タケシもイワークを見る。
イワークは。
もう一度身体を起こそうとして。
止まった。
そして。
ゆっくり。
地面へ倒れる。
轟音が。
ジムへ響いた。
静かになる。
タケシがイワークを確認する。
「……イワーク、戦闘不能」
レンの拳に。
力が入る。
「勝者――挑戦者、レン!」
「……よし!」
「カゲェ!」
ヒトカゲが両腕を上げる。
「リオ!」
リオルがフィールドへ飛び出した。
ヒトカゲと拳を合わせる。
「やったぞ、レン!」
サトシが大声を上げた。
「ピカピカ!」
「本当に勝っちゃった……!」
カスミも驚きながら笑っている。
レンは。
ヒトカゲとリオルのところへ歩いた。
「二匹とも」
「カゲ!」
「リオ!」
しゃがみ。
二匹と目線を合わせる。
「勝ったね」
ヒトカゲが胸を張る。
リオルも嬉しそうに拳を握る。
タケシが近づいてきた。
手には。
灰色のバッジ。
「レン」
レンが立つ。
「はい」
「ニビジムのジムリーダーとして、お前たちの実力を認める」
差し出される。
「グレーバッジだ」
レンは。
その小さなバッジを見る。
知っていたもの。
前世でも。
この世界でも。
存在は。
ずっと知っていた。
でも。
見るのと。
自分で勝ち取るのは。
全然違う。
レンは両手で受け取った。
「ありがとうございます」
「カゲ!」
「リオ!」
二匹が左右から覗き込む。
レンはバッジを二匹へ見せる。
「俺だけのじゃないよ」
ヒトカゲを見る。
リオルを見る。
「三人で取った最初のバッジだ」
「カゲ!」
「リオ!」
サトシは。
その光景を見ていた。
自分は。
負けた。
レンは。
同じタケシを相手に。
勝った。
悔しくないはずがない。
「ピカ?」
ピカチュウが見上げる。
サトシは。
拳を握った。
「レン!」
「ん?」
「オレ、もう一回タケシに挑む!」
レンは少し笑った。
「うん」
「今度は絶対勝つ!」
「そう言うと思った」
◇
ジムを出たあと。
サトシは再びムノーと出会った。
敗れたことを知ったムノーは、ピカチュウを強くする方法があるとサトシを誘う。
レンも最初は一緒に行こうとした。
しかし。
「レン」
サトシが止めた。
「これはオレがやる」
レンは。
サトシを見る。
「一人で?」
「ピカチュウと一緒だ」
「ピカ!」
少し。
考える。
そして。
レンは頷いた。
「分かった」
「いいのか?」
「俺が一緒に考えたら、俺の答えになっちゃうかもしれないから」
レンは笑う。
「負けたのはサトシだろ?」
「うっ……」
「だったら、次にどうするか決めるのもサトシ」
サトシは。
少しだけ笑った。
「おう!」
ムノーと一緒に歩いていく。
カスミがレンを見る。
「意外ね。絶対ついていくと思った」
「俺にもやることあるから」
「何?」
レンはヒトカゲとリオルを見る。
「まず二匹の状態を確認する」
「カゲ!」
「リオ!」
「そのあとは?」
「休む」
「カゲ!?」
ヒトカゲが驚く。
リオルまで目を丸くする。
「リオ?」
「なんで二匹ともそんな顔するの」
レンは苦笑した。
「ジム戦したばっかりだよ」
ヒトカゲはまだ動きたそうにしている。
「今日は勝った戦いをちゃんと振り返る。それも訓練だから」
「カゲ……」
「リオ……」
二匹は少し不満そうだったが。
最後には。
「カゲ」
「リオ」
頷いた。
◇
その夜。
ポケモンセンター。
ヒトカゲとリオルはすでに眠っていた。
レンはベッド脇の机で。
一人。
ノートを開いている。
その横には。
グレーバッジ。
一個目。
嬉しい。
当然だった。
でも。
レンが書いているのは。
勝った。
という一言ではない。
リオル。
イシツブテの硬さを確認してから、真正面の打ち合いを避けた。
受け流し。
フェイント。
『はっけい』。
『メタルクロー』。
良かった。
ただし。
最初の攻撃は防がれた。
もっと早く。
相手の守り方まで見られる。
ヒトカゲ。
『ひのこ』。
『えんまく』。
『きりさく』。
『げんしのちから』。
『かえんほうしゃ』。
覚えている技を。
一つの切り札としてではなく。
必要な場面で。
繋げて使った。
それ以上に。
レンが指示していない場面で。
ヒトカゲ自身が『えんまく』を選んだ。
そこが。
一番嬉しかった。
レンはノートへ書く。
――俺が全部を決める必要はない。
続ける。
――二人で見る。三人なら、もっと見える。
旅立つ前。
シバに教わったこと。
自分たちで決めたこと。
それが。
初めてのジム戦でも。
通用した。
でも。
完成ではない。
イワークの攻撃を一度受けた。
『しめつける』にも追い込まれた。
少し判断が遅ければ。
負けていた可能性もある。
「……まだまだだね」
小さく呟く。
グレーバッジを見る。
一個目。
あと何個。
ではない。
世界最強まで。
あとどれだけ。
そっちの方が。
ずっと遠い。
でも。
だからこそ。
目指す価値がある。
レンはノートを閉じた。
「おやすみ、ヒトカゲ。リオル」
「カゲ……」
「リオ……」
眠ったまま。
小さな返事が返ってきた。
◇
翌日。
ニビジム。
サトシが。
再びタケシの前へ立っていた。
「もう一度、勝負だ!」
「ピカ!」
ピカチュウの頬から。
昨日よりも強い電気が弾ける。
タケシが目を細める。
「一日でどこまで変わったか、見せてもらおう」
レン。
カスミ。
ヒトカゲ。
リオル。
全員が観客側にいる。
「サトシ」
レンが声をかける。
サトシが振り返る。
「何だ?」
「昨日と同じ相手でも、昨日と同じ戦いにはならないよ」
「分かってる!」
サトシは笑った。
「今度はオレたちが勝つ!」
再戦が始まった。
タケシのイシツブテ。
サトシはまずピジョンを出す。
だが。
イシツブテの硬い身体を崩せない。
無理をさせず。
交代。
「ピカチュウ、君に決めた!」
「ピカ!」
強化された電撃。
「『10まんボルト』!」
「ピッカァァァァ!」
ジムを照らすほどの電撃がイシツブテを包む。
「ラッシャイ!?」
イシツブテが倒れる。
「やった!」
サトシが拳を握る。
タケシも。
驚いている。
「昨日とは別物だな」
「オレとピカチュウは、もう昨日のオレたちじゃない!」
「ピカ!」
そして。
「ならば!」
タケシが最後のボールを投げる。
「イワーク!」
「イワァァァ!」
巨大なイワーク。
昨日。
レンとヒトカゲが倒した相手。
サトシは見上げる。
でも。
今度は。
最初から怯まない。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
戦いが始まる。
電撃。
回避。
イワークの巨体。
サトシも。
昨日より考えている。
ただ攻撃するだけではない。
ピカチュウの速さを使い。
動き続ける。
それでも。
タケシは強い。
「イワーク、『しめつける』!」
「ピカ!?」
捕まった。
「ピカチュウ!」
サトシが叫ぶ。
昨日と同じ。
でも。
ピカチュウの目は。
まだ死んでいない。
「ピカ!」
「いけるか!?」
「ピカ!」
「よし!」
サトシが拳を握る。
「『10まんボルト』!」
「ピッカァァァァァ!」
強烈な電撃。
イワークが苦しむ。
「イワァァァ!」
電気が。
フィールドだけでなく。
周囲の設備へ走った。
火花。
「まずい」
レンが上を見る。
焦げた匂い。
次の瞬間。
天井のスプリンクラーが作動した。
大量の水が降り注ぐ。
「うわっ!」
サトシたちが濡れる。
当然。
イワークも。
「イワ……!」
水を浴び。
イワークが苦しそうに動く。
カスミが叫ぶ。
「サトシ、今よ!」
「ピカチュウ!」
サトシが腕を上げる。
ピカチュウが電気を溜める。
そのとき。
「やめて!」
タケシの弟や妹たちが飛び出した。
イワークの前へ。
「お兄ちゃんのポケモンをいじめないで!」
「どいてくれ!」
サトシが叫ぶ。
「これはポケモンバトルなんだ!」
「嫌だ!」
「やめろ!」
タケシが声を上げた。
「お前たちは下がっていろ!」
サトシは。
イワークを見る。
水に濡れた身体。
苦しそうな姿。
そして。
ピカチュウ。
昨日。
イワークに締め上げられ。
苦しんだ。
あのとき。
自分は。
戦いを止めた。
今なら。
攻撃すれば。
勝てるかもしれない。
でも。
サトシの腕が。
下がった。
「……やめる」
「サトシ?」
カスミが驚く。
「オレの負けでいい」
「何言ってるの!? 今なら――」
「これは違う」
サトシは首を横へ振る。
「スプリンクラーが勝手に動いたんだ」
ピカチュウを見る。
「こんなので勝っても、オレとピカチュウがタケシを倒したことにはならない」
「ピカ」
ピカチュウも。
電気を収める。
タケシは。
黙ってサトシを見ていた。
レンも。
何も言わなかった。
サトシが。
自分で決めた。
なら。
それでいい。
◇
ジムを出たサトシは。
昨日と同じように悔しそうだった。
でも。
顔は。
昨日とは違う。
「次こそは絶対……」
「サトシ!」
後ろから声が飛ぶ。
タケシだった。
「タケシ?」
タケシはサトシの前へ来ると。
手を差し出した。
その上に。
グレーバッジ。
「受け取れ」
「え?」
サトシが戸惑う。
「でもオレ、勝ってないぞ」
「分かっている」
「じゃあ、なんで?」
「お前は勝つことより、ポケモンを思うことを選んだ」
タケシは。
ピカチュウを見る。
「ジムリーダーとして、俺はその心を認めたい」
サトシは。
しばらくバッジを見る。
「……いいのか?」
「ああ」
サトシは。
受け取った。
「ありがとう!」
「ピカ!」
レンは。
自分のグレーバッジを取り出す。
同じバッジ。
でも。
手にした理由は違う。
レンは。
勝って取った。
サトシは。
別のものを認められて取った。
どちらが正しい。
ではない。
「レン!」
サトシが嬉しそうに走ってくる。
「見ろ!」
「見えてるよ」
レンも自分のバッジを見せる。
「同じだね」
「次はオレもちゃんと勝って取る!」
「うん」
レンは笑った。
「でも俺も負けるつもりないから」
「望むところだ!」
「ピカ!」
二人の声が。
ニビシティへ響いた。
◇
そのあと。
ムノーの正体が明らかになった。
「……親父?」
タケシが固まる。
「えええええ!?」
サトシが叫ぶ。
カスミも目を丸くした。
レンは。
知っていた。
前世の記憶で。
でも。
何も言わない。
以前。
カスミの名前を。
知っているはずがないのに呼んでしまった。
あの失敗は。
忘れていない。
知っていることと。
今。
自分が知っていていいことは。
別。
だから。
ただ。
成り行きを見守った。
ムノーは。
タケシの父親だった。
かつて。
ポケモントレーナーとして旅へ出た。
しかし。
夢を叶えられず。
家へ戻ることもできず。
遠くから。
家族を見守っていた。
そして。
タケシには。
自分の夢があった。
「俺は……」
タケシが弟や妹たちを見る。
「本当は、世界一のポケモンブリーダーになりたい」
レンは。
その言葉を聞いた。
タケシは強い。
ジムリーダーとしても。
十分に。
でも。
その人が目指している頂は。
ポケモンバトルではない。
「だったら」
レンが口を開いた。
「行った方がいいと思います」
タケシがこちらを見る。
「レン?」
「家族が心配なのは分かるけど」
レンはムノーを見る。
「今度は任せられるんですよね?」
ムノーは。
少しだけ目を伏せ。
やがて。
力強く頷いた。
「ああ」
タケシは。
長い間。
父を見る。
そして。
弟や妹たちを見る。
最後に。
「親父」
「なんだ」
「みんなのこと、頼んだぞ」
そこから。
タケシによる。
長い。
本当に長い。
家族についての説明が始まった。
誰が何を好きなのか。
誰が朝起きるのが苦手なのか。
食事。
洗濯。
掃除。
体調。
細かな注意。
「……タケシって大変だったんだな」
サトシが小声で呟く。
「これは大変ね……」
カスミも頷く。
レンも。
何も言えなかった。
ただ。
説明を続けるタケシの顔が。
少しずつ。
ジムリーダーの顔から。
夢を持つ一人の少年の顔へ変わっていくのを。
見ていた。
◇
夕方。
ニビシティを出る道。
歩く人数は。
一人増えていた。
レン。
サトシ。
カスミ。
そして。
タケシ。
「これからよろしくな」
タケシが言う。
「よろしく!」
サトシが答える。
「よろしくね」
カスミも続く。
レンも笑った。
「よろしく、タケシ」
「カゲ!」
「リオ!」
「ピカ!」
空では。
「フリー!」
バタフリーが飛んでいる。
新しい旅が。
始まった。
少し歩いたところで。
タケシがレンの隣へ来た。
「レン」
「何?」
「お前のヒトカゲ、タマゴから育てたのか?」
「うん」
「やっぱりな」
タケシがヒトカゲの歩き方を見る。
「身体の使い方が、旅立ったばかりのトレーナーのポケモンじゃなかった」
レンは少し嬉しくなる。
自分ではなく。
ヒトカゲが。
積み重ねてきたものを評価されたことが。
「ずっと一緒に練習してきたから」
「リオルも?」
「リオルが正式に仲間になったのは旅立つ日。でも、それより前から何度か一緒に訓練してた」
「なるほど」
タケシはしばらく考える。
「それにしても、面白い戦い方をするな」
「俺が?」
「ああ。細かく指示する場面と、ポケモンへ任せる場面がはっきりしてる」
レンが少し驚く。
初めて戦っただけで。
そこまで見ていた。
「全部俺の言う通りに動くだけじゃ、強くなれないと思ってるから」
「どういう意味だ?」
レンは。
前を歩くヒトカゲを見る。
隣のリオルを見る。
「俺が見えてないものを、この二匹が見てることもある」
今日も。
そうだった。
「だから俺が考えて、二匹も考える。俺が足りないところは二匹が見る。二匹が見えないところは俺が見る」
タケシが。
しばらく黙る。
そして。
笑った。
「なるほどな」
「変?」
「いや」
首を横へ振る。
「面白い」
それから。
ヒトカゲを見る。
「それに、お前のヒトカゲは技の使い方も多いな」
「覚えた技は、使えるなら全部使いたいから」
「一つの技に頼らないわけか」
「うん。『ひのこ』が必要なときもあれば、『かえんほうしゃ』が必要なときもある。『えんまく』や『げんしのちから』の方がいい場面もある」
ヒトカゲが振り返る。
「カゲ!」
レンが笑う。
「もちろん『きりさく』で直接行きたいときもね」
「カゲ!」
タケシも笑った。
「旅の間に、いろいろ話せそうだ」
「俺も聞きたいこといっぱいあるよ」
「何を?」
「ポケモンの食事とか、身体の状態を見る方法とか。父さんからも教えてもらってるけど、ブリーダーを目指してるタケシの考え方も知りたい」
「それなら任せろ」
仲間が。
増えた。
ただ。
人数が増えただけではない。
自分の知らないものを持つ人。
自分とは違う方向から。
ポケモンを見ている人。
それはきっと。
レン自身にも。
ヒトカゲにも。
リオルにも。
新しいものを与えてくれる。
前では。
サトシがグレーバッジを眺めていた。
「へへへ……一個目!」
「歩きながら出してたら落とすわよ」
「落とさないって!」
「ピカァ」
レンも。
ケースを開く。
グレーバッジ。
一個目。
サトシとは。
手にした過程が違う。
それでも。
二人とも。
ここから。
次へ進む。
レンはバッジを見つめたあと。
ケースを閉じた。
世界の頂点までは。
まだ。
遥かに遠い。
でも。
その遠さが。
今は。
楽しみだった。
「行こう」
レンの声に。
ヒトカゲとリオルが振り返る。
「カゲ!」
「リオ!」
今日より。
明日。
明日より。
その先へ。
最初のバッジを胸に。
レンは仲間たちと共に次の道へ歩き出した。