ポケットモンスター ―頂への軌跡― 作:あああああ
ニビシティを離れたレンたちは、次の目的地であるハナダシティを目指して山道を進んでいた。
昨日までとは違い、旅をする人数は一人増えている。
レン、サトシ、カスミ。
そして、ニビジムのジムリーダーを父親へ任せ、自分の夢を追うため旅に加わったタケシ。
「なあ、タケシ。ハナダシティってまだ遠いのか?」
先頭を歩いていたサトシが振り返ると、肩に乗ったピカチュウも同じようにタケシを見た。
「この先のおつきみ山を越えれば、かなり近くなる。ただ、山の中には洞窟があるからな。暗い場所も多いし、あまり先走るなよ」
「分かった!」
元気よく返事をした直後、サトシは歩調を速めた。
「全然分かってないじゃない!」
カスミの声が山道に響く。
その少し後ろを歩きながら、レンは思わず笑った。
「タケシが増えても、サトシは変わらないね」
「見ていて退屈はしなさそうだ」
タケシも苦笑している。
レンのそばでは、ヒトカゲとリオルが並んで歩いていた。
ニビジムでの戦いを終えた二匹はポケモンセンターでしっかり休み、今朝の診察でも問題はなかった。それでもレンは、歩きながら二匹の様子をときどき確認している。
呼吸。
歩幅。
周囲への反応。
ヒトカゲなら尻尾の炎。
リオルなら足運び。
昨日勝てたからといって、すぐに激しい特訓を始めるつもりはなかった。
「今日は移動しながら周りを見る練習にしよう」
「カゲ?」
「リオ?」
二匹がレンを見る。
「道だけじゃなくて、足元、木の上、岩陰。野生のポケモンがいそうな場所も意識してみて」
「カゲ!」
「リオ!」
すぐに二匹の視線が変わった。
ヒトカゲは道の先だけでなく左右の岩場にも目を配り、リオルはときどき足を止めて小さな物音へ耳を澄ませる。
その様子を見ていたタケシが感心したように言った。
「移動中も訓練にするのか」
「森でもやってたんだ。実際の場所を歩かないと分からないことも多かったから」
「確かにな。足場が変われば同じ動きでも感覚は変わるし、野生のポケモンは練習相手みたいに待ってくれない」
レンは頷いた。
こういう話ができるだけでも、タケシが旅に加わった意味は大きい。
自分とは違う視点でポケモンを見る人間。
特にタケシは、ポケモンブリーダーを目指している。
食事や健康管理についても、これから聞いてみたいことはたくさんあった。
「見えたぞ!」
前方からサトシの声が飛んできた。
レンたちが顔を上げる。
その先には、大きな山がそびえていた。
「ここがおつきみ山だ」
タケシの言葉を聞き、レンは山を見上げる。
おつきみ山。
その名前と景色を前にすれば、前世の記憶が自然と蘇ってくる。
ピッピ。
月の石。
そして、ここで起こる出来事。
けれど、レンは何も言わなかった。
知っているからといって、まだ起きてもいないことを口にする必要はない。
それに――以前、まだ名乗ってもいなかったカスミの名前を知っているかのような言葉を口にしてしまったこともある。
これからは、もっと気をつけなければならない。
「レン?」
「ん?」
サトシがこちらを見ていた。
「何ぼーっとしてんだよ。行こうぜ!」
「今行くよ」
レンは考えを切り替えた。
前世で見た物語ではない。
今、自分が歩いている世界を見る。
「ヒトカゲ、リオル。洞窟に入ったら、さっきより周りをよく見よう」
「カゲ!」
「リオ!」
二匹とともに、レンはおつきみ山へ足を踏み入れた。
◇
洞窟へ入ってすぐ、レンは違和感を覚えた。
「……明るい」
本来なら薄暗いはずの洞窟内が、いくつもの人工照明によって照らされている。
「歩きやすくていいじゃん」
サトシは気にしていないようだったが、タケシはレンと同じように眉を寄せた。
「いや。洞窟に住むポケモンにとってはそうとは限らない」
「そういうこと」
レンは周囲を見渡す。
「暗い場所で暮らしてるポケモンからしたら、急にずっと明るくされたようなものだから」
カスミも照明を見上げた。
「誰がこんなことしたのかしら」
そのとき。
「助けてくれぇぇぇ!」
洞窟の奥から悲鳴が響いた。
「何だ!?」
サトシが真っ先に走り出す。
「待って、サトシ!」
レンたちも追う。
少し進んだところで、一人の青年が大量のズバットに囲まれていた。
「ズバッ!」
「ズバズバッ!」
「うわぁぁ! やめてくれぇ!」
「ピカチュウ、『でんきショック』!」
「待って!」
レンが止める。
「何でだよ!?」
「あの人まで近い!」
ズバットは青年の周囲を飛び回っている。
まとめて電撃を放てば巻き込む可能性があった。
レンはすぐにヒトカゲを見る。
「ヒトカゲ、上に向かって『えんまく』!」
「カゲ!」
ヒトカゲが息を吸い込み、青年の頭上へ向かって黒煙を吐き出した。
視界を遮られたズバットたちの動きが乱れる。
「ズバ!?」
「リオル、今!」
「リオ!」
リオルが一気に飛び出した。
『でんこうせっか』。
煙の下を駆け抜け、青年のもとへ到達すると、その服を引いて安全な方向へ誘導する。
「こ、こっちか!?」
「リオ!」
青年が走り出す。
サトシもすぐに動いた。
「ピカチュウ、今ならいける! 『でんきショック』!」
「ピカァ!」
青年から離れたズバットたちへ電撃が走る。
驚いたズバットたちは散り散りになり、洞窟の奥へ飛び去っていった。
「ふぅ……助かった」
青年が胸を撫で下ろす。
「大丈夫ですか?」
レンが尋ねると、青年は何度も頷いた。
「ああ。ありがとう。僕はリカオ。ニビシティ科学博物館の研究員なんだ」
「研究員?」
サトシが興味を示す。
リカオは眼鏡を直すと、急に目を輝かせた。
「僕は愛と勇気の研究員!」
「……愛と勇気?」
カスミが首を傾げる。
「そして今は、このおつきみ山と月の石について研究している!」
「月の石?」
サトシがさらに食いついた。
リカオによれば、月の石にはポケモンを強化する不思議な力があるという研究報告があり、それを求めて山へ入る人間が増えているらしい。
しかも、何者かが洞窟の中へ大量の照明を設置し、発掘まで行っている。
そのせいで、洞窟に住むポケモンたちの様子がおかしくなっていた。
ズバットだけではない。
暗い環境で暮らしていたポケモンたちが突然の光に晒され、生活そのものを乱されている。
「さっきのズバットも、それで……」
レンが呟く。
「そうなんだ」
リカオが悔しそうに頷いた。
「この山はポケモンたちの住処なんだ。それなのに、人間の都合で滅茶苦茶にされている」
レンは照明を見上げた。
強くなるための道具。
珍しいもの。
価値のあるもの。
人間からすれば欲しくなる理由はいくらでもある。
けれど、そのためにポケモンたちの生活を壊していい理由にはならない。
「犯人を探そう」
レンが言った。
サトシがすぐに頷く。
「もちろんだ!」
「ピカ!」
「私も賛成」
カスミも続く。
「放ってはおけないな」
タケシも同意した。
その足元で。
一つのモンスターボールが小さく揺れた。
「ん?」
サトシが見る。
「タケシ、それ何だ?」
「さっき捕まえたズバットだ」
「ええっ!?」
サトシの声が洞窟中に響いた。
「いつ捕まえたんだよ!?」
「お前たちがリカオさんを助けてる間に」
「全然気づかなかった!」
レンも思わず笑った。
タケシらしいと言えば、タケシらしい。
「これでタケシにも旅の仲間が増えたね」
「ああ。これからよろしくな、ズバット」
モンスターボールが小さく揺れた。
◇
リカオとともに洞窟の奥へ進んでいると、ヒトカゲが不意に足を止めた。
「カゲ」
ほぼ同時にリオルも岩陰を見る。
「リオ」
レンも立ち止まった。
「何かいる?」
二匹の視線の先。
岩陰から、小さなポケモンが顔を出した。
「ピッピ?」
サトシが目を輝かせる。
「かわいい!」
カスミも思わず声を上げた。
ピッピは腕の中に、小さな石を大切そうに抱えていた。
リカオが息を呑む。
「月の石だ……!」
サトシがモンスターボールへ手を伸ばした。
「よーし、ピッピを――」
「待ってくれ!」
リカオが慌てて止める。
「お願いだ。ピッピはこの山で静かに暮らしているんだ。このままそっとしておいてほしい」
サトシはモンスターボールとピッピを交互に見る。
「でも……」
ピッピは石を抱きしめたまま、不安そうにサトシを見ていた。
やがてサトシはボールから手を離す。
「分かったよ」
「ピカ」
レンは何も言わず、そのやり取りを見ていた。
以前のサトシなら、もっと勢いのまま動いていたかもしれない。
旅に出てから、少しずつ変わっている。
レンはしゃがみ、ピッピと距離を取ったまま声をかけた。
「その石、大事なんだね」
「ピ?」
ピッピがレンを見る。
レンは手を伸ばさない。
「取らないよ」
「ピッピ……」
少しだけ警戒が薄れる。
その瞬間だった。
「その月の石、いただくわ!」
聞き覚えのある声が響いた。
レンの眉が僅かに動く。
「やっぱり来たか……」
「何が?」
カスミが聞き返す。
「……こっちの話」
岩陰から現れたのは、ムサシとコジロウだった。
「世界の破壊を防ぐため!」
「世界の平和を守るため!」
二人の口上が洞窟へ響き渡る。
「またお前らか!」
サトシが叫ぶ。
「またとは何よ!」
「こっちだって会いたくて会ってるわけじゃない!」
「だったら帰ればいいだろ!」
「それとこれとは話が別よ!」
レンは言い合いを聞き流しながら周囲を確認した。
洞窟。
天井。
岩壁。
狭い通路。
ここで大技を無闇に撃てば、自分たちまで危険になる。
「ヒトカゲ、炎は必要なときだけ。リオルは前」
「カゲ!」
「リオ!」
二匹がすぐに役割を理解する。
「アーボ、いきなさい!」
「ドガース、出番だ!」
アーボとドガースが飛び出した。
「シャーボ!」
「ドガース!」
「ピカチュウ、オレたちも!」
「ピカ!」
サトシが前へ出る。
タケシもモンスターボールを構えた。
「俺もやるぞ!」
戦いが始まった。
アーボが地面を這って迫る。
「リオル!」
レンが呼ぶ。
それだけでリオルは構えた。
アーボが飛びかかる。
リオルは真正面から受けず、身体を半歩ずらした。
腕を添える。
勢いを逸らす。
受け流し。
「シャボ!?」
そのままリオルは身体を沈め、アーボの下へ足を入れる。
足払い。
アーボの身体が地面を転がった。
「アーボ!」
ムサシが叫ぶ。
その横ではドガースが煙を吐き出していた。
視界が一気に悪くなる。
「また煙か!」
サトシが顔を覆う。
レンは目を細めた。
見えない。
なら。
「リオル、俺を見なくていい! 音を聞いて!」
「リオ!」
煙の中でリオルが耳を澄ませる。
「ドガース、たいあたり!」
羽音ではない。
空気を切る音。
リオルが一歩動く。
ドガースがすぐ横を通過した。
「リオ!」
振り向きざま。
『メタルクロー』。
鋭い一撃がドガースを捉える。
「ドガァ!?」
「いい!」
レンが声を上げる。
一方、ヒトカゲはピッピの前を守っていた。
そこへアーボが回り込む。
「ヒトカゲ、左!」
「カゲ!」
振り向く。
アーボが迫る。
ヒトカゲは自分から踏み込み、『きりさく』を振るった。
アーボが慌てて身体を捻る。
爪は浅く掠めただけ。
しかし、それで十分だった。
ピッピから引き離せた。
「カゲ!」
ヒトカゲは追いすぎず、すぐにピッピの前へ戻る。
レンはそれを見て頷いた。
「それでいい。今は倒すことより守る方が優先」
「カゲ!」
そのとき、別の方向から水が走った。
「『みずでっぽう』!」
勢いのある水流がロケット団へ直撃する。
「な、何よ!?」
レンが振り返る。
カスミの前に、星形のポケモンが立っていた。
「ヒトデマン!」
「ヘアッ!」
「カスミ、そのポケモン!」
サトシが驚く。
「私だってトレーナーなんだから、ポケモンくらい持ってるわよ!」
レンはヒトデマンを見る。
もちろん知っている。
けれど。
今のレンにとっては、初めて見るカスミのポケモンだ。
「速い……」
水の勢いだけではない。
カスミの指示への反応も速い。
(カスミもちゃんと強い)
今まで旅の仲間として見ていた少女の、トレーナーとしての一面。
それもまた、実際に見なければ分からないものだった。
さらにタケシもイワークを繰り出し、ロケット団を追い詰めていく。
「くっ……今日はここまでよ!」
ムサシたちは一度退いた。
だが。
レンは走り去る背中を見ながら、警戒を解かなかった。
「まだ終わってないと思う」
「え?」
サトシが見る。
「月の石を諦めたようには見えなかった」
タケシも頷く。
「俺もそう思う」
ピッピが不安そうに月の石を抱きしめる。
レンはその姿を見る。
「先へ行こう」
「ピ?」
「君がその石をどこへ運んでるのか、見せてくれる?」
ピッピは少し迷ったあと。
「ピッピ!」
洞窟の奥へ走り始めた。
◇
その先にあったものを見て、サトシは言葉を失った。
「すっげえ……」
巨大な月の石。
その周囲には、何匹ものピッピが集まっていた。
小さな月の石を運び、巨大な石の周りへ集めている。
リカオは身体を震わせている。
「これだ……僕が探していた月の石……!」
ピッピたちは石の周囲で楽しそうに踊っていた。
レンは黙ってその光景を眺める。
ヒトカゲも。
リオルも。
初めて見るものから目を離さない。
「カゲ……」
「リオ……」
進化の石。
レンはその意味を知っている。
ゲームでなら、特定のポケモンを進化させるための道具。
しかし。
目の前にあるものは、アイテム欄の中に表示される一行の文字ではない。
ピッピたちにとって大切なもの。
彼らの暮らしと結びついているもの。
そのとき。
「今度こそいただくニャ!」
「ニャース!?」
巨大な月の石へ仕掛けがかかる。
ロケット団だった。
今度はニャースまで加わり、月の石そのものを運び出そうとしている。
「待て!」
サトシが追う。
レンも走り出した。
「ヒトカゲ、リオル!」
「カゲ!」
「リオ!」
ピッピたちも追いかける。
ロケット団は月の石を台車へ載せ、洞窟の外へ向かって逃げていく。
タケシのイワークが地中から追い、カスミのヒトデマンも加わる。
サトシはピジョンとバタフリーを出した。
「二匹とも、『ふきとばし』!」
翼が大きく羽ばたく。
ロケット団の進路が乱れる。
タケシのズバットも空へ飛び出した。
捕まえたばかりにもかかわらず、タケシの指示を聞きながら飛んでいる。
「ズバット、『ちょうおんぱ』!」
「ズバァ!」
音が広がる。
ロケット団が混乱する。
レンは走りながら全体を見る。
月の石。
ロケット団。
ピッピ。
仲間たち。
そして。
周囲の岩場。
「リオル、右から回り込んで!」
「リオ!」
『でんこうせっか』で一気に先回りする。
「ヒトカゲは台車の車輪!」
「カゲ!」
「『げんしのちから』!」
岩が浮き上がる。
直接ロケット団を狙わない。
台車の進行方向へ。
一つ。
二つ。
岩が落ちる。
「何よこれ!?」
ムサシが叫ぶ。
台車が大きく揺れた。
進路を変える。
その先にはリオル。
「今!」
「リオ!」
リオルが踏み込み、台車の側面へ『はっけい』を叩き込む。
衝撃。
台車が横へ傾く。
巨大な月の石が落ちる。
「危ない!」
レンが叫ぶ。
ピッピたちが駆け寄ろうとする。
「近づかないで!」
月の石が地面へ激突した。
轟音。
大きな石が砕ける。
無数の欠片が空へ舞い上がった。
「月の石が……!」
リカオが息を呑む。
ロケット団は、それでも諦めなかった。
「欠片だけでも持って帰るわよ!」
ムサシが叫ぶ。
アーボとドガースが前へ出る。
そのとき。
ピッピたちが並んだ。
「ピッピ?」
サトシが見る。
一匹のピッピが指を振る。
次のピッピも。
その隣も。
「何してるんだ?」
レンには分かった。
「……『ゆびをふる』」
「え?」
サトシが振り返る。
しまった。
レンは一瞬だけ言葉に詰まったが、すぐにピッピたちへ視線を戻した。
今はそれどころではない。
指を振り続けるピッピたち。
何が起こるか。
分からない。
『ゆびをふる』はそういう技だ。
レンはすぐに叫んだ。
「みんな、ピッピから離れて!」
「何で!?」
「何が出るか分からない!」
タケシが反応した。
「全員下がれ!」
ヒトカゲとリオルがレンのそばへ戻る。
サトシたちも距離を取る。
そして。
次の瞬間。
凄まじい爆発が起こった。
「うわぁぁぁ!」
「な、何なのよこれぇぇ!」
「今日もよく飛ぶニャァァ!」
ロケット団が空の彼方へ吹き飛んでいく。
レンは腕で顔を守りながら、爆風が収まるのを待った。
「……すごいな」
隣ではヒトカゲが目を輝かせている。
「カゲ!」
「真似しようとしても無理だからね」
「カゲ……」
「何でちょっと残念そうなの」
リオルが小さく笑った。
「リオ」
やがて。
砕けた月の石の欠片が、きらきらと空から降ってきた。
月明かりを受け。
幻想的な光が辺りを包む。
「綺麗……」
カスミが呟く。
欠片が。
何匹かのピッピへ触れた。
その瞬間。
身体が光に包まれる。
「ピッピ!?」
サトシが目を見開く。
光の中で。
身体の形が変わっていく。
やがて現れたのは。
「ピクシー!」
「進化した!」
サトシが声を上げる。
ピクシーたちは嬉しそうに仲間たちと踊り始めた。
レンはその光景を見つめていた。
少し前には。
サトシのキャタピーがトランセルになり。
トランセルがバタフリーへ進化した。
今度は。
月の石。
進化にも。
いろいろな形がある。
「カゲ……」
ヒトカゲがピクシーを見つめている。
その目は。
いつもより真剣だった。
「リオ……」
リオルも自分の手を見つめている。
レンは二匹を見る。
以前にも。
進化したいと思ったときには教えてほしいと伝えた。
だから。
今は同じことを何度も言う必要はない。
「すごかったね」
レンはそれだけ言った。
「カゲ」
「リオ」
二匹が頷く。
けれど。
ヒトカゲの尻尾の炎は。
いつもより少しだけ強く揺れていた。
レンはそれを見て。
何も言わずに笑った。
いつか。
そのときが来る。
でも。
決めるのは。
ヒトカゲ自身。
リオル自身だ。
◇
事件が終わると、リカオは一つの決断をした。
「僕はここに残るよ」
「え?」
サトシが驚く。
「研究は?」
「もちろん続けるさ」
リカオはピッピとピクシーたちを見る。
「でも、もっと近くで彼らを知りたい。月の石だけじゃなくて、ここで暮らすポケモンたちのことをね」
「そっか」
サトシは笑った。
「じゃあ元気でな!」
「君たちも!」
別れを告げ。
レンたちは再び歩き始めた。
やがて。
長かった洞窟を抜ける。
太陽の光が差し込み。
視界が一気に開けた。
「外だー!」
サトシが大きく伸びをする。
「ピカァ!」
ピカチュウも嬉しそうに鳴いた。
「おつきみ山を越えたから、次はいよいよハナダシティだな」
タケシが言う。
「ハナダシティ!」
サトシが拳を握る。
「ってことは、次のジム!」
その瞬間。
カスミの表情が僅かに変わった。
ほんの一瞬。
けれど。
レンは気づいた。
もちろん。
理由も知っている。
ハナダジム。
そして。
カスミ。
前世の記憶には、その関係まで残っている。
けれど。
レンは何も言わない。
カスミから聞いていないことを。
知っているように話す必要はない。
「レン!」
サトシが振り返った。
「次はオレが先にバッジ取るからな!」
「ニビでは俺が先だったもんね」
「今度こそオレが勝つ!」
「ピカ!」
レンは笑う。
「いいよ」
そして。
ヒトカゲを見る。
「俺たちも挑むからね」
「カゲ!」
即答だった。
リオルも拳を握る。
「リオ!」
「二匹ともやる気だな」
タケシが笑う。
「当然!」
「カゲ!」
なぜかヒトカゲがレンの代わりに返事をした。
「俺より先に答えたね」
「カゲ!」
レンは苦笑しながら、その頭を撫でる。
次のジム。
水を扱うポケモンが待っていることを。
レンは知っている。
ヒトカゲにとって。
簡単な相手ではない。
だからといって。
最初から戦えないと決めつける気もなかった。
ニビジムでもそうだった。
知識は。
役に立つ。
でも。
答えそのものではない。
相手がどう動くのか。
自分たちが何をできるのか。
実際に見て。
考えて。
戦う。
それが。
レンたちのやり方だ。
「行こう」
レンが歩き出す。
「カゲ!」
「リオ!」
ヒトカゲとリオルが並ぶ。
少し先では。
サトシとカスミがもう言い合いを始めていた。
「ハナダジムってどんなジムなんだろうな!」
「さ、さあ? 知らないんじゃない?」
「何でちょっと変なんだよ?」
「変じゃないわよ!」
「いや、絶対変だろ!」
「うるさい!」
「二人とも、先に行きすぎるな!」
タケシが追いかける。
レンはその後ろを歩きながら。
思わず笑った。
グレーバッジを手に入れ。
タケシが仲間に加わり。
おつきみ山では。
新しいポケモン。
新しい進化。
そして。
自分の知識だけでは測れないものを。
また一つ見た。
旅は。
まだ始まったばかり。
次に待つのは。
ハナダシティ。
そして。
レンにとって。
二度目の正式なジム戦。
世界最強への道は。
まだ遥か遠い。
だからこそ。
一つずつ。
自分たちの力で進んでいく。
レンはヒトカゲとリオルとともに。
次の街へ向かって歩き続けた。