ポケットモンスター ―頂への軌跡― 作:あああああ
おつきみ山を越えた翌日。
山道を下り続けていたレンたちの視界に、ようやく大きな街並みが見えてきた。
「見えたぞ。あれがハナダシティだ」
タケシが指差した先には、ニビシティとはまた違った明るい街が広がっている。
「よーし!」
サトシが勢いよく拳を突き上げた。
「待ってろよ、ハナダジム! 今度こそバトルに勝ってバッジを手に入れるぞ!」
「ピッカ!」
肩の上のピカチュウも元気よく前脚を上げる。
その様子を見ながら、レンは小さく笑った。
ニビジムでサトシが手にしたグレーバッジは、単純にジムリーダーを倒して得たものではなかった。
だからこそサトシは、次こそ自分とポケモンの力で勝ってバッジを手に入れたいと思っている。
その気持ちは、レンにもよく分かった。
「カゲ!」
隣を歩いていたヒトカゲも、サトシの声に反応するように拳を握る。
「リオ!」
リオルも負けじと声を上げた。
「二匹とも、まだジムに着いてもいないよ」
そう言いながらも、レン自身も楽しみだった。
ニビジムでは、イシツブテとイワーク。
次のハナダジムでは――。
そこまで考えたところで、レンは意識して思考を止める。
知っている。
前世の記憶がある以上、この先で何が待っているのかも、ハナダジムがどのタイプを得意としているのかも知っている。
そして。
「……」
レンは少し前を歩くカスミの背中を見る。
ハナダシティが近づくにつれて、明らかに様子がおかしい。
いつもならサトシが「ジムだ」と騒げば何かしら言い返すのに、今日は妙に静かだった。
「なあ、カスミ」
「な、何よ」
サトシが不思議そうに見る。
「お前、ハナダジム行くだろ?」
「行かない」
即答だった。
「え?」
「私は行かないって言ったの!」
カスミは足を速める。
サトシは目を瞬かせた。
「何でだよ?」
「用事があるの!」
「どんな?」
「色々よ!」
「だから色々って何だよ?」
「しつこい!」
カスミの怒鳴り声が響いた。
「何だよ……」
サトシが不満そうに口を尖らせる。
タケシも首を傾げていた。
「ハナダシティに知り合いでもいるのか?」
「さあ」
レンは知らないふりをして答える。
実際には理由を知っている。
けれど、それはカスミ自身から聞いたことではない。
以前のような失敗はしない。
レンはカスミを追及しなかった。
やがて街へ入り、まずポケモンセンターで簡単な健康確認を済ませる。
ヒトカゲもリオルも問題なし。
ピカチュウたちも旅の疲労こそあるものの、バトルを避けなければならない状態ではなかった。
そしてセンターを出ると。
「じゃあ私はちょっと用事があるから!」
カスミが突然言った。
「ジムには?」
「行かない!」
「だから何で――」
「行かないったら行かないの!」
カスミはそのまま街の中へ走っていった。
残されたサトシは、しばらくその背中を見送っていた。
「……変なの」
「人には色々あるんだろ」
タケシが言う。
レンも頷く。
「本人が言いたくないなら、無理に聞かなくていいんじゃない?」
「まあ、そうだけどさ」
サトシはまだ納得していないようだったが、すぐに気持ちを切り替えた。
「よし! だったらオレたちはジムだ!」
「ピカ!」
レンもヒトカゲとリオルを見る。
「行こうか」
「カゲ!」
「リオ!」
二つ目のジム。
レンたちはハナダジムへ向かった。
◇
「……ここ?」
建物を見上げ、サトシが呟いた。
「ジム……だよな?」
レンも入口を見る。
間違いなくハナダジム。
だが。
中から聞こえてくるのは、バトルの音ではなかった。
歓声。
音楽。
そして水音。
「入ってみれば分かるだろ」
タケシに促され、三人は中へ入る。
その直後。
「おおーっ!」
サトシが声を上げた。
大きなプール。
客席。
華やかな照明。
そして水中で繰り広げられるショー。
泳ぐ三人の女性に観客から大きな歓声が送られていた。
「すっげえ!」
「ピカァ!」
サトシとピカチュウは完全に見入っている。
タケシは――。
「美しい……!」
別の意味で見入っていた。
レンはそんな二人を横目に、プールと周囲の設備を見る。
(実際に見ると、かなり本格的だな)
アニメで見て知っている場所。
けれど、実際にその場へ立ってみれば、感じ方はまるで違う。
水の匂い。
観客の声。
反響する音。
プールの広さ。
これがバトルフィールドとして使われるなら、陸上とは動き方そのものが変わる。
レンの視線が自然と鋭くなる。
ヒトカゲも同じだった。
「カゲ……」
プールをじっと見ている。
「気になる?」
「カゲ!」
「俺も」
水場。
足場。
相手の移動範囲。
自分たちがどこまで動けるのか。
まだ対戦相手すら見ていないのに、考えたいことはいくらでも出てくる。
やがてショーが終わり、観客が帰り始めた。
サトシはスタッフに声をかけ、ジム戦を申し込む。
すると、先ほどまでショーをしていた三人の女性が姿を現した。
サクラ。
アヤメ。
ボタン。
ハナダジムを預かる三姉妹だった。
「あなたたち、挑戦者?」
サクラが尋ねる。
「そうです!」
サトシが胸を張る。
「マサラタウンのサトシ! ハナダジムに挑戦しに来ました!」
続いてレンも一歩前へ出る。
「同じくマサラタウンのレンです。俺も正式に挑戦します」
「二人も?」
三姉妹が顔を見合わせた。
レンはその反応を見逃さない。
困っている。
歓迎されていないというより。
何か事情がある。
やがてサクラが申し訳なさそうに言った。
「実はね、最近ジム戦が続いちゃって、こっちのポケモンたちもかなり疲れてるのよ」
「え?」
「それにショーもあるし」
アヤメが続ける。
ボタンが小さな箱を持ってきた。
「だから、はい」
その中には。
青いバッジ。
「ブルーバッジよ」
サトシが固まった。
「……え?」
「持っていっていいわよ」
「いやいやいや!」
サトシが激しく首を振った。
「何で!?」
「何でって、ジム戦できないから」
「そうじゃなくて!」
サトシはブルーバッジを指差す。
「オレ、まだ戦ってないじゃん!」
「だからあげるって言ってるの」
「いらない!」
その声に。
三姉妹だけでなく、レンも僅かに目を見開いた。
サトシは拳を握る。
「オレはバトルして、勝って、バッジを取りに来たんだ!」
「ピカ!」
ピカチュウも強く頷いた。
「ニビでは……最後までちゃんと勝って取れなかった。だから次は絶対、自分たちで勝って取るって決めたんだ!」
レンは黙ってサトシを見る。
ニビでの言葉を。
ちゃんと覚えていた。
「だから、戦ってください!」
サクラたちは困ったように顔を見合わせる。
「でも……」
そのとき。
「だったら私が相手するわ!」
聞き慣れた声が響いた。
サトシが振り返る。
「え?」
レンもそちらを見る。
入口に立っていたのは。
「カスミ!?」
「ピカ!?」
カスミだった。
だが、いつもの旅装とは少し違う。
堂々とプールサイドへ歩いてくる。
三姉妹は笑顔になった。
「あら、カスミじゃない」
「帰ってきたのね」
「相変わらず元気そう」
サトシの顔が固まる。
「……え?」
三姉妹を見る。
カスミを見る。
もう一度三姉妹を見る。
「知り合い?」
「知り合いも何も」
カスミが腕を組んだ。
「ここ、私の家よ」
沈黙。
「ええええええええっ!?」
サトシの絶叫がジム中へ響いた。
「お前、ハナダジムの人だったのか!?」
「悪い!?」
「聞いてないぞ!」
「聞かれてないもの!」
「ハナダシティに来てからずっと変だったじゃん!」
「うるさいわね!」
二人の言い合いが始まる。
レンはそれを見ながら、あくまで初めて知ったように目を丸くしていた。
「カスミが……ハナダジムの?」
「そうよ」
カスミはレンを見る。
「言ってなかったけどね」
「なるほど。それでジムに来たくなかったんだ」
「……まあね」
ほんの少しだけ。
カスミの声が小さくなった。
レンはそれ以上聞かなかった。
「それで」
カスミはサトシへ向き直る。
「戦ってバッジが欲しいんでしょ?」
「ああ!」
「だったら私が相手よ!」
サトシが笑う。
「望むところだ!」
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
カスミはプールサイドへ移動する。
「ただし、手加減なんてしないから!」
「こっちだって!」
レンとタケシは観戦位置へ移動した。
ヒトカゲとリオルもレンのそばへ並ぶ。
レンは腕を組み。
水上のフィールドを見る。
そして。
カスミを見る。
おつきみ山で見せたヒトデマン。
あの動き。
今度はジム戦で見ることになる。
「カゲ」
ヒトカゲがレンを見上げる。
「うん。よく見ておこう」
「リオ」
「次は俺たちだからね」
二匹の目が鋭くなった。
◇
「行くわよ、ヒトデマン!」
「ヘアッ!」
カスミが最初に繰り出したのはヒトデマン。
サトシはモンスターボールを構える。
「いけ、バタフリー!」
「フリー!」
バタフリーが水上へ飛び出した。
「水に入らなくても戦えるバタフリーを選んだか」
タケシが言う。
レンも頷く。
「悪くないと思う」
水上を飛べる。
ヒトデマンの得意な水中へ直接入る必要がない。
サトシも少しずつ考えて選ぶようになっている。
「バタフリー、『ねむりごな』!」
「フリー!」
粉が水上へ広がる。
しかし。
「ヒトデマン、水の中へ!」
「ヘアッ!」
ヒトデマンが飛び込み、粉をかわす。
「やっぱり」
レンが呟く。
空から攻撃できることは強み。
だが。
相手には水中という逃げ場がある。
「どこだ!?」
サトシが水面を見る。
次の瞬間。
ヒトデマンがバタフリーの真下から飛び出した。
「『みずでっぽう』!」
「ヘアッ!」
水流が直撃する。
「バタフリー!」
バタフリーが大きく弾かれた。
それでも空中で体勢を戻す。
「まだだ! 『ねんりき』!」
「フリー!」
ヒトデマンの身体が念力に包まれる。
「ヘアッ!?」
動きが止まった。
「よし!」
サトシが拳を握る。
レンの目も僅かに細くなる。
相手が水へ戻る前に。
動きを止めた。
「バタフリー、そのまま――」
しかし。
「ヒトデマン!」
カスミが声を上げる。
「回って!」
ヒトデマンが身体を高速回転させる。
「ヘアァッ!」
完全ではない。
だが少しずつ拘束がずれる。
そのまま水へ落ちた。
水しぶき。
念力が外れる。
「くそっ!」
「水の中ならヒトデマンの方が速いわ!」
カスミの言葉通りだった。
ヒトデマンは水中を自在に動き回る。
バタフリーが狙いを定めようとしても、簡単には捉えられない。
「バタフリー、下ばっかり見るな!」
サトシが叫んだ。
レンが反応する。
「……気づいた」
「何にだ?」
タケシが尋ねる。
「ヒトデマンが攻撃するときは、水から出ないといけない」
タケシも理解した。
「水中にいる間は追わず、出てくる瞬間を狙うのか」
サトシがそこまで言葉にして考えたかは分からない。
だが。
やろうとしていることは同じだった。
「来るぞ!」
水面が揺れる。
ヒトデマンが飛び出した。
「今だ! 『ねんりき』!」
「フリー!」
今度は真正面。
ヒトデマンが空中で止まる。
「そのまま投げろ!」
バタフリーが念力でヒトデマンをプールサイドへ投げ飛ばした。
「ヒトデマン!」
硬い床へ落ちる。
中央の宝石が点滅した。
「戻って、ヒトデマン!」
カスミがボールへ戻す。
「やった!」
サトシが喜ぶ。
「ピカピカ!」
レンも笑った。
「いい判断だったよ、サトシ」
「だろ!」
カスミがむっとする。
「まだ終わってないわよ!」
次のモンスターボール。
「スターミー、お願い!」
「スターミー!」
紫色の身体を持つスターミーがフィールドへ出る。
レンは目を細めた。
ヒトデマンとは違う。
さらに速い。
「バタフリー、そのまま――」
サトシが指示を出そうとしたところで。
レンはバタフリーの羽を見る。
先ほどの水鉄砲。
飛行に大きな問題はない。
それでも。
少しだけ動きが鈍い。
サトシも気づいたらしい。
「……いや」
一度止まる。
「バタフリー、戻れ!」
「フリー!」
ボールへ戻した。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
ピカチュウが前へ出ようとする。
しかし。
プールを見た瞬間。
「ピカ……」
一歩止まった。
「どうした?」
「ピカピカ」
ピカチュウは水面を見たあと。
首を横に振る。
「戦いたくないのか?」
「ピカ」
サトシは少し困った顔をした。
だが。
すぐに頷く。
「分かった」
無理には出さない。
「じゃあ――」
サトシが次のボールへ手を伸ばそうとした。
その瞬間だった。
轟音。
ジムの壁が破壊された。
「な、何!?」
カスミが振り返る。
大きな機械が姿を現す。
そして。
聞き慣れた声。
「ふっふっふっふ!」
「やっぱりここにもいたか」
レンが思わず呟いた。
「何で分かるのよ!?」
カスミが振り返る。
「ここまで毎回出てきたら予想できるよ!」
「それもそうね!」
機械の上に立っているのは。
ムサシ。
コジロウ。
ニャース。
「ロケット団!」
サトシが叫ぶ。
「今度は何するつもりだ!」
「決まってるでしょ!」
「水ポケモンを根こそぎいただくのさ!」
巨大なホースがプールへ向けられる。
機械が作動した。
凄まじい勢いで水が吸い込まれていく。
「スターミー!」
「危ない!」
カスミがボールへ戻す。
プールにいたポケモンたちも流され始める。
レンの表情が変わった。
「リオル!」
「リオ!」
すぐに飛び出す。
「機械を止める!」
「リオ!」
「ヒトカゲはこっち!」
「カゲ!」
レンは機械を見る。
水。
電気設備。
大量のポケモン。
炎を直接撃ち込むのは危険。
「ヒトカゲ、『えんまく』!」
「カゲ!」
黒煙がロケット団の視界を覆う。
「何も見えないじゃない!」
「ニャース、何とかするニャ!」
「リオル、右から!」
「リオ!」
煙の外側を回り込む。
機械の側面。
「『メタルクロー』!」
「リオ!」
金属の爪が機械へ叩き込まれた。
火花が散る。
「うわっ!」
コジロウが飛び退く。
「ピカチュウ、オレたちも!」
サトシが叫ぶ。
「ピカ!」
「『10まんボルト』!」
「ピッカァァァ――チュウ!」
強烈な電撃。
レンは同時に叫ぶ。
「ヒトカゲ、ホースの接続部分へ『げんしのちから』!」
「カゲ!」
岩が浮かび上がり。
ホースの付け根へ叩き込まれる。
接続部が大きく歪んだ。
吸引が弱まる。
「今よ、ヒトデマン!」
カスミも加わる。
「『みずでっぽう』!」
「ヘアッ!」
水流がロケット団へ直撃。
「イワーク!」
タケシもモンスターボールを投げる。
「落ちてくる機械を支えろ!」
「ゴォォォ!」
傾いた装置をイワークが身体で受け止める。
レンは全体を見る。
機械は止まった。
ポケモンたちも吸われていない。
なら。
「リオル、戻って!」
「リオ!」
リオルが飛び退く。
「サトシ!」
「分かってる!」
サトシも笑った。
「ピカチュウ、もう一発だ!」
「ピカ!」
ロケット団の顔が引きつる。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
「話し合いというものを――」
「『10まんボルト』!」
「ピッカァァァァ!」
爆発。
「やな感じぃぃぃぃ!」
ロケット団は機械ごと空の彼方へ飛んでいった。
「……屋内なのに飛んでいったね」
レンが呟く。
タケシが壊れた壁を見る。
「まあ、壁はもうなかったからな」
「なるほど」
「納得するとこ!?」
カスミの声が響いた。
◇
騒動が収まり。
プールも設備も、完全ではないものの何とか無事だった。
「ありがとう」
サクラがサトシたちを見る。
「あなたたちがいなかったら大変なことになってたわ」
「いや、それより!」
サトシはカスミを見る。
「バトルの続きだ!」
「え?」
カスミが目を瞬かせる。
「まだ決着ついてないだろ!」
その言葉に。
レンは少し笑った。
サトシは本当に変わってきている。
以前なら。
バッジが手に入るなら、そのまま喜んでいたかもしれない。
でも今は。
勝つことに意味を求めている。
サクラたちは顔を見合わせた。
「でも、今日はもう無理よ」
「プールもこんな状態だし」
「ポケモンたちも休ませないと」
「……そっか」
サトシが悔しそうに拳を握る。
そこへ。
サクラがブルーバッジを差し出した。
「だから、これ」
サトシはバッジを見る。
しかし。
手を伸ばさない。
「……でも」
ニビで。
次こそは勝って取ると決めた。
その気持ちがあるからこそ。
簡単には受け取れない。
「サトシ」
カスミが呼ぶ。
「受け取りなさいよ」
「でもオレ、お前に勝ってない」
「そうね」
「だったら――」
「でも」
カスミは腰に手を当てた。
「今日のあんたなら、受け取っていいと思う」
サトシが顔を上げる。
「バトルだって途中までちゃんと戦った。それに、ジムのポケモンたちも守った」
「カスミ……」
「ただし!」
カスミが指を突きつける。
「私に勝ったなんて言ったら承知しないからね!」
「言わねえよ!」
「本当でしょうね!?」
「言わないって!」
サトシはしばらくブルーバッジを見る。
そして。
ゆっくり受け取った。
「……ありがとう」
「ピカ」
ピカチュウもバッジを覗き込む。
「でも」
サトシはブルーバッジを握る。
「次こそは、本当に最後まで勝って取る」
その言葉に。
レンは頷いた。
「次はそうしよう」
「おう!」
サトシが笑う。
「レンより先に取ったぞ!」
「それはそうだね」
「今度はオレが先!」
「まだ俺が取れないって決まったわけじゃないよ」
「え?」
レンはサクラたちへ向き直った。
「俺のジム戦をお願いします」
三姉妹が固まった。
「……今?」
「さすがに今すぐとは言いません」
レンは壊れた設備を見る。
プールも完全ではない。
何より。
戦ったポケモンたちを休ませる必要がある。
「ポケモンたちが回復してからで大丈夫です」
サクラが申し訳なさそうに言う。
「でも、あなたにもバッジなら渡せるわよ?」
レンは首を横に振った。
「俺は戦います」
即答だった。
「カゲ!」
ヒトカゲも胸を張る。
「リオ!」
リオルも前へ出た。
「せっかくジムに来たんです。万全のハナダジムと戦いたいです」
「でも」
アヤメがヒトカゲを見る。
「あなたのヒトカゲ、炎タイプでしょ?」
「はい」
「うちのポケモンは水タイプよ?」
「知ってます」
「不利なのに?」
レンはヒトカゲを見る。
「どうする?」
「カゲ!」
迷いはなかった。
戦う。
その意思がはっきり伝わってくる。
リオルも横で拳を握った。
「リオ!」
レンは笑う。
「だそうです」
サクラは少し驚いたあと。
笑った。
「分かったわ」
「お姉ちゃん?」
「ここまで言われて断ったら、ジムリーダーとして格好悪いでしょ」
サクラはレンを見る。
「明日」
レンの表情が引き締まる。
「ポケモンたちを休ませて、設備も直すわ」
そして。
「明日、あなたの正式なジム戦をしましょう」
「お願いします」
レンが頭を下げる。
「やったな、レン!」
サトシが肩を叩く。
「まだ何もやってないよ」
「でも絶対勝てよ!」
「もちろん」
レンはヒトカゲとリオルを見る。
二匹とも。
もうプールを見ていた。
◇
その夜。
ポケモンセンター。
サトシたちはすでに休んでいた。
レンは宿泊スペースの一角で、ノートを開いている。
目の前には。
ヒトカゲ。
リオル。
そして。
今日のハナダジムで見たものを書いたページ。
水上フィールド。
ヒトデマン。
スターミー。
水中への退避。
陸上とは違う移動。
「まず」
レンは二匹を見る。
「相手が水タイプだからって、それだけで考えない」
「カゲ?」
「リオ?」
「俺たちが戦うのは『水タイプ』じゃない。明日、目の前に出てくる相手だよ」
レンはノートへ一本の線を引いた。
「タイプの有利不利は大事。でも、それだけで勝敗が決まるなら、バトルする意味がない」
ヒトカゲが頷く。
「カゲ」
「ヒトカゲ」
レンは相棒を見る。
「たぶん、かなり戦いにくい」
「カゲ」
「水の中へ逃げられたら、『きりさく』も届かない。『ひのこ』や『かえんほうしゃ』も、いつもと同じようには通せないかもしれない」
「カゲ……」
ヒトカゲは考える。
その目が。
ノートではなく。
昼間に見たプールを思い出すように細くなる。
「でも」
レンは続ける。
「『えんまく』がある」
ヒトカゲが顔を上げる。
「『げんしのちから』もある」
「カゲ」
「それに」
レンは笑う。
「足もある。爪もある。頭もある」
「カゲ!」
ヒトカゲの尻尾の炎が強くなる。
「使えるものは全部使おう」
次に。
リオルを見る。
「リオル」
「リオ」
「今日のヒトデマン、どうだった?」
リオルは少し考え。
腕を動かす。
速い。
そんな意味だろう。
「俺もそう思う」
水中では。
リオルより速い可能性が高い。
なら。
追う必要はない。
「相手がこっちに来る瞬間を使う」
「リオ」
リオルが頷く。
受け流し。
足払い。
フェイント。
そして技。
シバから学んだものと。
レンと旅を始めてから身につけているもの。
それらは。
地上だけでしか使えないものではない。
「明日、フィールドを見てから最後に決める」
レンはノートを閉じる。
「でも一つだけ」
二匹が見る。
「水タイプにどう勝つかじゃない」
レンは二匹へ手を伸ばす。
ヒトカゲが右手。
リオルが左手へ触れる。
「俺たちの強みを、どう通すかを考えよう」
「カゲ!」
「リオ!」
静かなポケモンセンターに。
二匹の声が響いた。
レンは笑う。
ニビジムとは違う。
今度は。
最初から自分たちにとって戦いにくい相手だと分かっている。
だから。
面白い。
知っている技。
鍛えてきた身体。
積み重ねた経験。
ヒトカゲ自身の判断。
リオル自身の判断。
そして。
自分の判断。
その全部を。
どう繋げるか。
翌日。
ハナダジム。
レンにとって二度目となる正式なジム戦が始まる。
相手は。
水を自在に使うポケモンたち。
レンはベッドへ向かう前に。
ノートの最後へ一行だけ書き加えた。
――不利だからこそ、見えるものがある。
そして翌朝。
レンとヒトカゲ、リオルは。
ブルーバッジを自分たちの力で掴み取るため。
再びハナダジムへ向かうのだった。