ポケットモンスター ―頂への軌跡―   作:あああああ

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第25話 水上の攻防!レンVSハナダジム!

翌朝、ハナダシティのポケモンセンターを出たレンは、ヒトカゲとリオルを連れて真っ直ぐハナダジムへ向かっていた。

 

昨日とは違い、今日は観客として訪れるわけではない。

 

自分たちが戦う日だ。

 

「カゲ!」

 

レンの隣を歩くヒトカゲは朝から元気だった。足取りは軽く、尻尾の炎も力強く揺れている。

 

反対側を歩くリオルも静かではあるものの、その目はすでに戦いへ向いていた。

 

「リオ」

 

「二匹とも体調は問題なし。朝ご飯もちゃんと食べたし、昨日はしっかり休めた」

 

レンは確認するように言ってから笑う。

 

「準備はできてるね」

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

後ろから歩いてきたタケシが感心したように三者を見る。

 

「試合前なのに落ち着いてるな」

 

「緊張してないわけじゃないよ」

 

レンは答えた。

 

楽しみではある。

 

同時に、簡単な戦いではないことも分かっていた。

 

昨日見たヒトデマンとスターミーは、プールへ入った瞬間に動きが大きく変わった。

 

陸上ならヒトカゲとリオルの方が自由に動ける。

 

だが、水中へ逃げ込まれれば話は別だ。

 

「レン!」

 

少し先を歩いていたサトシが振り返った。

 

「今日は絶対勝てよ!」

 

「もちろんそのつもり」

 

「ピカピカ!」

 

ピカチュウも拳を上げる。

 

すると、その横を歩いていたカスミが呆れたように言った。

 

「そんな簡単に言わないでよ。うちのジムだって、ちゃんと本気でやるんだから」

 

「昨日はバッジをそのまま渡そうとしてただろ」

 

「それはお姉ちゃんたちでしょ!」

 

「同じハナダジムじゃん」

 

「一緒にしないで!」

 

朝から始まった二人の言い合いを聞きながら、レンは苦笑する。

 

昨日まではカスミがハナダジムの四姉妹の末っ子だということを、サトシもタケシも知らなかった。

 

レンだけは前世の知識で知っていたが、それも今となっては隠す必要のない事実になった。

 

もっとも、知っていたことそのものを話すつもりはない。

 

「ところでカスミ」

 

「何?」

 

レンが尋ねる。

 

「今日、誰が俺の相手をするの?」

 

「それは着いてからのお楽しみ」

 

「カゲ?」

 

ヒトカゲが首を傾げた。

 

カスミはそんなヒトカゲを見て少し笑う。

 

「昨日みたいに簡単にはいかないわよ」

 

ヒトカゲの表情が変わった。

 

「カゲ!」

 

むしろ嬉しそうだった。

 

「だから何で喜ぶのよ……」

 

「強い相手と戦うのが好きだからね」

 

「レンに似たんじゃない?」

 

「否定できないかな」

 

そんな話をしながら歩いているうちに、ハナダジムが見えてきた。

 

レンは入口の前で一度立ち止まる。

 

昨日の夜に立てた作戦はある。

 

しかし、それに固執するつもりはなかった。

 

実際に相手を見て、フィールドを見て、その場で変える。

 

それが自分たちの戦い方だ。

 

「行こう」

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

レンたちはハナダジムへ入った。

 

◇

 

昨日ロケット団によって荒らされたジムは、一晩でかなり修復されていた。

 

壊された壁には応急処置が施され、プールにも再び大量の水が張られている。

 

水面には複数の足場が浮かんでいた。

 

レンは試合場へ入った瞬間、まずその配置を確認した。

 

中央に大きめの足場。

 

左右に小さな足場。

 

奥にも二つ。

 

完全な陸地ではない。

 

それぞれの間には距離がある。

 

ヒトカゲなら跳べる。

 

リオルならもっと余裕を持って渡れるだろう。

 

だが、着地地点を読まれれば狙われやすい。

 

(昨日と少し配置が違う)

 

レンはそれだけで、昨日考えた動きを頭の中から一度外した。

 

使える部分だけ残す。

 

そこへサクラたち三姉妹が現れた。

 

「おはよう、レン君」

 

「おはようございます」

 

「本当に来たのね」

 

アヤメが笑う。

 

「もちろんです」

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲも胸を張った。

 

サクラはそんなヒトカゲを見たあと、レンへ尋ねる。

 

「昨日も確認したけど、本当にこの子も使うの?」

 

「使います」

 

迷わず答える。

 

炎タイプだから、水タイプ相手には出さない。

 

それも一つの考え方だろう。

 

しかしレンは、相性だけを理由にヒトカゲから戦う機会を奪うつもりはなかった。

 

もちろん、勝ち目もないのに無理をさせるという意味ではない。

 

「本人も戦いたがってますから」

 

「カゲ!」

 

「なるほどね」

 

サクラが頷いた。

 

そしてプールの反対側へ歩いていく。

 

「今日のハナダジム代表は私が務めるわ」

 

レンの目が僅かに細くなった。

 

サクラ。

 

昨日、サトシと直接戦ったカスミではない。

 

「お姉ちゃんが?」

 

カスミも少し驚いたようだった。

 

「当然でしょ。昨日はカスミに任せたけど、レン君は正式に万全のハナダジムと戦いたいって言ったんだから」

 

サクラの表情が変わる。

 

昨日、水中ショーで見せていた柔らかな雰囲気とは違う。

 

ジムリーダーとしての顔だった。

 

「こっちもちゃんと相手をしないと失礼よ」

 

レンは笑った。

 

「お願いします」

 

サトシとカスミ、タケシは観戦場所へ移動する。

 

ピカチュウも手すりから身を乗り出した。

 

「レンー! 負けんなよ!」

 

「ピカァ!」

 

「サトシ、うるさい!」

 

「応援してるだけだろ!」

 

タケシが二人を宥めながら、フィールドへ視線を向ける。

 

「レンは昨日のバトルを見ている。ヒトデマンとスターミーが水中でどう動くかも知っているはずだ」

 

「じゃあレンが有利じゃん!」

 

「でもサクラさんも、レンがヒトカゲとリオルを使うことを知っている」

 

サトシが黙った。

 

「そっか」

 

「お互い、ある程度の情報を持った状態で始まるってことだ」

 

フィールドでは、レンがヒトカゲとリオルへ目を向けていた。

 

「最初は――」

 

言い終える前に。

 

「リオ」

 

リオルが一歩前へ出た。

 

ヒトカゲが見る。

 

「カゲ?」

 

リオルはプールを見つめたまま拳を握る。

 

先に行く。

 

そう言っているようだった。

 

レンは少しだけ考える。

 

昨夜の段階では、どちらを先発にするか決めていなかった。

 

相手を見てから決めるつもりだった。

 

だが。

 

「分かった」

 

レンは頷いた。

 

「先発、任せるよ」

 

「リオ!」

 

ヒトカゲも不満そうにはしなかった。

 

むしろ。

 

「カゲ!」

 

頑張れ。

 

そんな声を送る。

 

リオルが最初の足場へ飛び乗った。

 

サクラもモンスターボールを構える。

 

「それじゃあ始めましょう。ヒトデマン!」

 

「ヘアッ!」

 

現れたヒトデマンが、水面に浮かぶ足場へ着地した。

 

昨日も見た相手。

 

しかし。

 

今日は自分が戦う。

 

レンの意識が一気に切り替わった。

 

「始め!」

 

◇

 

先に動いたのはヒトデマンだった。

 

「水の中へ!」

 

「ヘアッ!」

 

開始直後、ヒトデマンがプールへ飛び込む。

 

「やっぱり!」

 

サトシが声を上げた。

 

水中へ入ったヒトデマンは速い。

 

リオルは足場の上から水面を見つめる。

 

「追わなくていい」

 

レンの声は落ち着いていた。

 

「リオ」

 

リオルも動かない。

 

昨日。

 

バタフリーが苦戦した理由の一つ。

 

水中にいる相手を目で追い続け、攻撃の瞬間に対応が遅れた。

 

なら。

 

「見る場所を絞ろう」

 

リオルの耳が動く。

 

水面。

 

小さな波。

 

そして音。

 

右。

 

水面が僅かに盛り上がった。

 

「来る!」

 

「ヒトデマン、『みずでっぽう』!」

 

ヒトデマンが水中から飛び出す。

 

「ヘアッ!」

 

水流。

 

「左へ!」

 

リオルが隣の足場へ跳ぶ。

 

水鉄砲が元いた場所を濡らした。

 

「『でんこうせっか』!」

 

着地と同時に加速する。

 

「リオ!」

 

水面近くまで飛び出していたヒトデマンへ迫る。

 

だが。

 

「戻って!」

 

ヒトデマンが水へ落ちる。

 

リオルの拳が空を切った。

 

そのままでは。

 

リオル自身も水へ落ちる。

 

「足場!」

 

レンが叫ぶより早く。

 

リオルが身体を捻った。

 

近くの足場の縁へ片足をかけ、そのまま転がるように上へ戻る。

 

「リオ!」

 

「いい!」

 

レンが笑う。

 

今の動きは指示していない。

 

自分で戻った。

 

サクラもそれに気づいたらしい。

 

「やっぱり、自分でも考えるのね」

 

「それが俺たちの目標です」

 

「だったら――」

 

サクラが手を上げる。

 

「ヒトデマン、連続で行くわよ!」

 

水面が揺れた。

 

一度。

 

二度。

 

三度。

 

ヒトデマンが場所を変えながら水上へ顔を出し、『みずでっぽう』を放つ。

 

「リオ!」

 

リオルは足場を渡る。

 

一発目をかわす。

 

二発目。

 

身体を捻る。

 

三発目。

 

今度は足場へ水が直撃した。

 

濡れた。

 

リオルが着地する。

 

足が滑った。

 

「リオッ!」

 

「そこ!」

 

ヒトデマンが飛び出す。

 

レンの目が鋭くなる。

 

狙っていた。

 

足場を濡らし。

 

動きにくくした。

 

「受けて!」

 

リオルが構える。

 

「え!?」

 

サトシが声を上げた。

 

『みずでっぽう』が迫る。

 

リオルは正面から耐えようとはしなかった。

 

身体を斜めにする。

 

腕を添える。

 

シバから教わった受け流し。

 

水そのものを掴むことはできない。

 

それでも、真正面から受ける面積を減らしながら身体を回すことで、水流を横へ逃がす。

 

完全には防げない。

 

リオルの身体が押される。

 

それでも。

 

足場から落ちない。

 

「リオ!」

 

「そのまま!」

 

レンが叫ぶ。

 

ヒトデマンは攻撃のため水面から身体を出している。

 

リオルが踏み込む。

 

濡れた足場。

 

普通なら滑る。

 

だから。

 

大きく踏み込まない。

 

低く。

 

短く。

 

「『はっけい』!」

 

「リオッ!」

 

掌がヒトデマンを捉えた。

 

「ヘアッ!」

 

ヒトデマンが吹き飛ぶ。

 

だが、水へ落ちる寸前。

 

「ヒトデマン、回転!」

 

高速回転。

 

身体の向きを変え、そのまま水へ飛び込んだ。

 

レンは追撃を命じない。

 

「一回離れよう」

 

リオルも呼吸を整える。

 

水中のヒトデマン。

 

足場のリオル。

 

互いに一撃ずつ。

 

「面白い……」

 

レンの口元に笑みが浮かぶ。

 

強い。

 

ただタイプ相性を押しつけてくる相手ではない。

 

フィールドそのものを使ってくる。

 

なら。

 

こちらも使えばいい。

 

「リオル」

 

「リオ」

 

「次、足場を渡らなくていい」

 

リオルが振り返る。

 

サクラも僅かに眉を動かした。

 

「どういうこと?」

 

水面が揺れる。

 

ヒトデマンが来る。

 

「今!」

 

ヒトデマンが飛び出した。

 

「『みずでっぽう』!」

 

「『でんこうせっか』!」

 

リオルが走る。

 

しかし。

 

隣の足場ではない。

 

真正面。

 

プールへ向かって飛び出した。

 

「レン!?」

 

サトシが叫ぶ。

 

リオルの足元には水しかない。

 

その瞬間。

 

「ヒトデマン!」

 

サクラも意図に気づく。

 

リオルはヒトデマンの身体を踏み台にした。

 

「ヘアッ!?」

 

一瞬だけ。

 

ほんの一瞬だけ足を乗せ。

 

さらに跳ぶ。

 

空中。

 

ヒトデマンより上。

 

「『メタルクロー』!」

 

「リオォ!」

 

金属の光を纏った爪が振り下ろされた。

 

ヒトデマンが水面へ叩き落とされる。

 

大きな水しぶき。

 

リオル自身も落下する。

 

「リオル!」

 

リオルは水へ入る直前。

 

最も近い足場へ手を伸ばした。

 

縁を掴む。

 

「リオ……!」

 

自力で身体を引き上げる。

 

水面。

 

ヒトデマンが浮かんできた。

 

中央の宝石が激しく点滅している。

 

「ヒトデマン!」

 

サクラが呼ぶ。

 

「ヘ……ア……」

 

もう一度動こうとしたが。

 

身体から力が抜けた。

 

「ヒトデマン、戦闘不能!」

 

「よっしゃあ!」

 

サトシが叫んだ。

 

「すっげえぞ、リオル!」

 

「ピカピカ!」

 

リオルは息を整えながら立ち上がる。

 

レンは拳を握った。

 

「ナイス、リオル!」

 

「リオ!」

 

まず一勝。

 

だが。

 

終わりではない。

 

サクラはヒトデマンをボールへ戻した。

 

「ありがとう、ヒトデマン」

 

そして。

 

次のボールを手に取る。

 

「今のは驚いたわ。まさかヒトデマンを足場にするなんて」

 

「水の中じゃ追いつけないので」

 

「だから出てきた瞬間を使ったのね」

 

レンは頷く。

 

「でも」

 

サクラがボールを投げる。

 

「この子はヒトデマンより速いわよ!」

 

光が弾ける。

 

「スターミー!」

 

「スターミー!」

 

二匹目。

 

昨日、サトシとの戦いで決着まで至らなかったスターミー。

 

レンはリオルを見る。

 

まだ戦える。

 

だが。

 

水鉄砲を受け流した際に濡れている。

 

ヒトデマン戦で動き続けてもいる。

 

「リオル」

 

「リオ?」

 

「戻ろう」

 

リオルが少し驚く。

 

「まだ戦えるのは分かってる」

 

レンは笑った。

 

「でも、今日は二匹で勝つ」

 

一瞬の沈黙。

 

リオルはスターミーを見る。

 

次に。

 

後ろのヒトカゲを見る。

 

「カゲ!」

 

任せろ。

 

ヒトカゲが胸を叩いた。

 

「リオ」

 

リオルは頷き、レンのもとへ戻ってきた。

 

レンがその頭へ軽く手を置く。

 

「ありがとう。いい戦いだった」

 

「リオ!」

 

そして。

 

「ヒトカゲ」

 

「カゲ!」

 

呼ばれる前から前へ出ていた。

 

水上の足場へ跳ぶ。

 

炎タイプ。

 

対するのは水タイプ。

 

観戦していたアヤメが心配そうに言う。

 

「本当に出すんだ……」

 

ボタンも頷く。

 

「普通ならかなり不利よね」

 

カスミは何も言わない。

 

昨日。

 

レンがヒトカゲへ問いかけたときの反応を見ている。

 

ヒトカゲ自身が望んでいる。

 

「始め!」

 

◇

 

「スターミー、水へ!」

 

予想通り。

 

スターミーが飛び込んだ。

 

ヒトカゲは水面を見る。

 

「追わない」

 

「カゲ」

 

ヒトデマン戦と同じ。

 

だが。

 

相手も先ほどの戦いを見ている。

 

同じやり方が通用するとは思わない。

 

「スターミー、『みずでっぽう』!」

 

水中から。

 

水流だけが飛んできた。

 

「横!」

 

ヒトカゲが跳ぶ。

 

着地。

 

すぐに別方向から水鉄砲。

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが自分で前へ転がる。

 

水が背後を通過した。

 

「出てこない!」

 

サトシが気づいた。

 

「リオルのときみたいに攻撃のため水上へ出る必要がないんだ!」

 

「そういうこと」

 

タケシが頷く。

 

「スターミーは水中からでも狙える。しかもヒトカゲは水に落ちればかなり動きを制限される」

 

サトシの顔が強張る。

 

「じゃあどうするんだよ……」

 

レンは水面を見る。

 

速い。

 

姿が見えない。

 

こちらから直接攻撃できない。

 

なら。

 

見えるようにする。

 

「ヒトカゲ、『げんしのちから』!」

 

「カゲ!」

 

力が集まる。

 

複数の岩が浮かび上がった。

 

サクラが驚く。

 

「炎技じゃない?」

 

「行け!」

 

岩が水面へ落ちる。

 

一つ。

 

二つ。

 

三つ。

 

狙っているのはスターミーではない。

 

水面。

 

岩が落ちるたび。

 

波が広がる。

 

水中の流れが乱れる。

 

「スターミー、気をつけて!」

 

水面の下。

 

一瞬。

 

紫色の影が見えた。

 

「そこ!」

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが走る。

 

足場から足場へ。

 

「『ひのこ』!」

 

小さな炎が飛ぶ。

 

水面からスターミーが飛び出した。

 

炎を回避する。

 

「外れた!」

 

サトシが叫ぶ。

 

レンは笑った。

 

「それでいい」

 

「え?」

 

狙いは命中ではない。

 

水中から。

 

出した。

 

「ヒトカゲ!」

 

すでにヒトカゲは次の足場へ跳んでいた。

 

スターミーの着地点へ。

 

「『きりさく』!」

 

「カゲ!」

 

爪が振るわれる。

 

「スターミー、回って!」

 

高速回転。

 

爪と身体がぶつかる。

 

ヒトカゲが弾かれた。

 

「カゲッ!」

 

足場へ着地する。

 

スターミーも別の足場へ。

 

初めて。

 

同じ地上に立った。

 

「『かえんほうしゃ』!」

 

「カゲェェ!」

 

炎が一直線に走る。

 

「水へ!」

 

スターミーが飛び込む。

 

炎が水面へ当たり。

 

白い蒸気が立ち上った。

 

「スターミー、『みずでっぽう』!」

 

蒸気の向こうから水流。

 

「カゲッ!」

 

ヒトカゲが直撃を受ける。

 

身体が後方へ飛んだ。

 

「ヒトカゲ!」

 

レンの声。

 

ヒトカゲは足場の端へ爪を立てた。

 

止まる。

 

水へは落ちない。

 

「カゲ……!」

 

立ち上がる。

 

身体は濡れている。

 

尻尾の炎も揺れた。

 

だが。

 

消えない。

 

「無理しなくていい!」

 

レンはすぐに伝える。

 

ヒトカゲが振り返った。

 

「カゲ!」

 

まだやる。

 

迷いのない返事。

 

レンは一度だけ頷く。

 

「分かった」

 

なら。

 

続ける。

 

「ヒトカゲ、『えんまく』!」

 

「カゲ!」

 

黒煙が広がった。

 

足場だけではない。

 

水面まで覆っていく。

 

「視界を隠してもスターミーは水の中よ!」

 

サクラが言う。

 

その通り。

 

スターミーからヒトカゲが見えにくくなるだけではない。

 

こちらからも見えない。

 

だが。

 

「見えなくていい」

 

レンは答える。

 

サクラの表情が変わった。

 

黒煙。

 

その下。

 

水面。

 

煙が触れた場所では。

 

水の動きが見える。

 

波が煙を押す。

 

流れが変わる。

 

スターミーが高速で移動すれば。

 

煙の揺れも変わる。

 

「ヒトカゲ」

 

「カゲ」

 

レンは細かな場所を指示しない。

 

「一緒に見よう」

 

ヒトカゲが目を細めた。

 

右。

 

煙が揺れる。

 

違う。

 

波だけ。

 

左。

 

僅かに黒煙が割れた。

 

ヒトカゲの目が動く。

 

レンも同時に気づく。

 

だが。

 

指示するより先に。

 

ヒトカゲが走った。

 

「カゲ!」

 

「そう!」

 

レンも叫ぶ。

 

スターミーが水中から飛び出した。

 

「スターミー!?」

 

待ち構えていたヒトカゲが跳ぶ。

 

「カゲ!」

 

『きりさく』。

 

直撃。

 

「スターミー!」

 

スターミーが別の足場へ落ちる。

 

「今だ!」

 

レンが追撃を命じる。

 

「『ひのこ』!」

 

「カゲ!」

 

炎が飛ぶ。

 

スターミーは体勢を戻し。

 

水へ逃げようとする。

 

その前に。

 

「スターミー、『みずでっぽう』!」

 

振り向きざまの水流。

 

ヒトカゲは。

 

かわさなかった。

 

「カゲ!」

 

「ヒトカゲ!?」

 

水鉄砲が迫る。

 

その瞬間。

 

ヒトカゲが自分の足元へ向けて『えんまく』を吐いた。

 

視界が消える。

 

スターミーの水鉄砲が煙の中へ突っ込む。

 

しかし。

 

ヒトカゲはもうそこにいなかった。

 

横の足場へ跳んでいる。

 

レンの目が輝く。

 

「それだ!」

 

ニビジム。

 

イワークとの戦いでも見せた。

 

指示を待たず。

 

自分で判断した『えんまく』。

 

スターミーがヒトカゲを探す。

 

一瞬。

 

動きが止まる。

 

「ヒトカゲ、『げんしのちから』!」

 

「カゲ!」

 

岩が浮く。

 

サクラが叫ぶ。

 

「水へ逃げて!」

 

スターミーが跳ぼうとする。

 

だが。

 

岩はスターミーを狙っていなかった。

 

一つ目。

 

右側の水面。

 

二つ目。

 

左。

 

三つ目。

 

前方。

 

次々と岩が落ち、大きな水しぶきと波が生まれる。

 

スターミーが飛び込もうとしていた場所へ波が集中する。

 

一瞬。

 

躊躇した。

 

レンは見逃さない。

 

「今!」

 

ヒトカゲが走る。

 

「スターミー、迎え撃って!」

 

スターミーが振り向く。

 

『みずでっぽう』。

 

「前へ!」

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲは避けない。

 

真正面。

 

水流へ飛び込む。

 

「レン!?」

 

サトシが立ち上がる。

 

「『かえんほうしゃ』!」

 

「カゲェェェェ!」

 

炎と水が正面からぶつかった。

 

大量の蒸気。

 

白い霧が一気に広がる。

 

互いの姿が消えた。

 

「見えない!」

 

カスミが目を凝らす。

 

サクラもスターミーを探す。

 

「スターミー!」

 

返事。

 

位置が分かる。

 

だが。

 

それはレンにも。

 

ヒトカゲにも聞こえていた。

 

「行け!」

 

レンはそれだけを言った。

 

「カゲ!」

 

白い蒸気の中。

 

小さな影が走る。

 

「スターミー、水へ!」

 

スターミーが跳ぶ。

 

しかし。

 

遅い。

 

蒸気の中からヒトカゲが現れた。

 

濡れた身体。

 

それでも。

 

目は相手を捉えている。

 

「カゲェ!」

 

爪。

 

『きりさく』。

 

スターミーへ直撃する。

 

「スターミー!」

 

弾かれる。

 

まだ倒れない。

 

水面へ落ちようとする。

 

水へ入れば。

 

また動きを取り戻す。

 

ヒトカゲは空中。

 

レンを見る。

 

ほんの一瞬。

 

目が合った。

 

レンは分かった。

 

「任せる!」

 

ヒトカゲの目が鋭くなる。

 

「カゲ!」

 

空中で身体を捻る。

 

そして。

 

大きく息を吸った。

 

「カゲェェェェェェ!」

 

『かえんほうしゃ』。

 

至近距離。

 

炎がスターミーを包む。

 

その勢いで。

 

ヒトカゲ自身の身体も僅かに押し戻された。

 

ヒトカゲは近くの足場へ着地する。

 

スターミーは。

 

水へ落ちた。

 

「スターミー!」

 

サクラが呼ぶ。

 

水面に浮かんできたスターミーの中央の宝石が点滅する。

 

一度。

 

二度。

 

そして。

 

止まった。

 

静寂。

 

審判役を務めていたボタンが確認する。

 

「スターミー、戦闘不能!」

 

一拍遅れて。

 

「よっしゃあああ!」

 

サトシの歓声が響いた。

 

「ピッカァ!」

 

「ヒトカゲの勝ち! よって、勝者はマサラタウンのレン!」

 

「カゲ……」

 

ヒトカゲが息を吐く。

 

そして。

 

レンを見る。

 

「カゲ!」

 

「勝ったね!」

 

レンは駆け寄った。

 

ヒトカゲも足場を渡ってくる。

 

最後の足場から。

 

レンへ向かって跳ぶ。

 

「おっと!」

 

受け止める。

 

濡れている。

 

少し重い。

 

それでも。

 

抱きしめる。

 

「すごかった」

 

「カゲ!」

 

「最後の『えんまく』、俺は何も言ってないのに自分で使ったね」

 

「カゲ!」

 

「ちゃんと見えてた」

 

ヒトカゲが嬉しそうに鳴く。

 

そこへリオルも走ってきた。

 

「リオ!」

 

「カゲ!」

 

二匹が拳を合わせる。

 

レンはその姿を見て笑った。

 

一匹だけで勝ったわけではない。

 

リオルがヒトデマンを倒した。

 

ヒトカゲがスターミーを倒した。

 

そして。

 

それぞれが。

 

レンの指示だけではなく。

 

自分で見て。

 

考えて。

 

動いた。

 

昨日の夜。

 

水タイプにどう勝つかではなく。

 

自分たちの強みをどう通すか。

 

そう話した。

 

答えは。

 

これだった。

 

◇

 

「負けたわ」

 

サクラがスターミーを戻し、レンのもとへ歩いてくる。

 

「いいバトルだった」

 

「ありがとうございました」

 

レンが頭を下げる。

 

サクラは小さなケースを取り出した。

 

その中には。

 

青く輝くバッジ。

 

「ハナダジムに正式に勝利した証よ」

 

ブルーバッジ。

 

「受け取って」

 

レンは差し出されたバッジを見る。

 

ニビジムで手に入れたグレーバッジ。

 

そして。

 

二つ目。

 

「ありがとうございます」

 

しっかり受け取る。

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

二匹が覗き込む。

 

レンはしゃがみ。

 

二匹にも見えるように手を開いた。

 

「これが」

 

レンは笑った。

 

「みんなで取った二つ目のバッジだ」

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

サトシが走ってくる。

 

「レン!」

 

自分のブルーバッジを取り出した。

 

「見ろ! お揃いだ!」

 

「本当だね」

 

「でもオレの方が先だった!」

 

「俺は勝って取ったけどね」

 

「うっ」

 

サトシが固まった。

 

カスミが吹き出す。

 

「そこはレンの勝ちね」

 

「次は絶対オレも勝つ!」

 

「じゃあ次のジムで勝負だね」

 

「望むところだ!」

 

二人が笑う。

 

その横で。

 

タケシはヒトカゲを見ていた。

 

「レン」

 

「何?」

 

「最後の戦い。最初から全部考えてたのか?」

 

レンは少し考える。

 

「まさか」

 

即答した。

 

「最初は『げんしのちから』で水面を乱せるかもとは考えてた。『えんまく』も使えると思ってた。でも、スターミーが水中から『みずでっぽう』を撃てるところまでは決めてなかった」

 

「じゃあ途中から?」

 

「うん」

 

レンはヒトカゲを見る。

 

「それに、ヒトカゲが自分で『えんまく』を使ったからできた動きもあった」

 

「カゲ!」

 

「リオルがヒトデマンを踏み台にしたのも、最後に足場を掴んだのも、細かいところまでは指示してない」

 

リオルが頷く。

 

「リオ」

 

レンは二匹を見る。

 

「俺が全部決めるより、その方が強いと思う」

 

タケシはしばらく黙っていた。

 

やがて。

 

笑う。

 

「なるほどな」

 

「何?」

 

「ニビジムで戦ったときより、今の方がレンたちの戦い方が分かった気がする」

 

レンは少し驚いた。

 

「そう?」

 

「ああ。レンが指示を出すだけじゃない。ヒトカゲとリオルも自分で考えて、その判断をレンが次へ繋げてる」

 

それは。

 

レンが目指しているものだった。

 

まだ完成してはいない。

 

判断を間違えることもあるだろう。

 

自分が見落とすことも。

 

ヒトカゲやリオルが見落とすこともある。

 

だから。

 

互いに見る。

 

「俺一人じゃ見えないものがあるから」

 

レンは答えた。

 

「ヒトカゲとリオルが見てくれた方がいい」

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

サクラもその会話を聞いていた。

 

「変わったトレーナーね」

 

「そうですか?」

 

「普通は、自分の指示通りに動かせることを大事にする人も多いもの」

 

レンは少し考えてから答える。

 

「指示は必要だと思います」

 

実際。

 

今日も何度も指示した。

 

「でも、俺が間違うことだってあります。それに、ポケモンの方が近くで見えてるものもあるから」

 

サクラは頷いた。

 

「だから任せるのね」

 

「任せっぱなしにはしませんけどね」

 

トレーナーが考えることを放棄するのとは違う。

 

互いに考える。

 

互いに判断する。

 

そして。

 

一番いい答えを探す。

 

それが。

 

レンの目指す戦いだった。

 

◇

 

ハナダジムを出るころには、昼を過ぎていた。

 

サトシは歩きながら何度も自分のブルーバッジを眺めている。

 

その隣。

 

レンもケースを開いた。

 

グレーバッジ。

 

ブルーバッジ。

 

二つ。

 

「二個か」

 

まだ。

 

たった二個。

 

世界最強。

 

その目標から考えれば。

 

始まったばかりだ。

 

「カゲ?」

 

ヒトカゲが見上げる。

 

「何でもないよ」

 

レンはケースを閉じた。

 

「次も勝とう」

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

サトシが聞きつける。

 

「次はオレが先に勝つ!」

 

「まだ言ってるの?」

 

「大事だろ!」

 

「次のジムがどこかも知らないのに?」

 

「タケシ!」

 

サトシが振り返る。

 

「次どこ!?」

 

「自分でも少しは調べろ」

 

「えー!」

 

カスミが呆れる。

 

「本当にあんた、行き当たりばったりね」

 

「旅ってそういうもんだろ!」

 

「違うわよ!」

 

また始まった。

 

レンは笑いながら。

 

二匹を見る。

 

ヒトカゲは元気そうに歩いている。

 

しかし。

 

今日は水鉄砲を受けた。

 

あとで改めて身体を確認する。

 

リオルも。

 

ヒトデマン戦で動き続けた。

 

今日の訓練はこれで終わり。

 

ポケモンセンターで休ませる。

 

強くする。

 

でも。

 

壊さない。

 

それは旅に出る前から変わらない。

 

そして。

 

今日の戦いで。

 

もう一つ。

 

はっきりしたものがある。

 

ヒトカゲは。

 

確実に強くなっている。

 

身体能力だけではない。

 

自分で状況を見て。

 

技を選び。

 

動く力。

 

リオルも同じだ。

 

二匹とも。

 

旅立ったときより。

 

前へ進んでいる。

 

レンは知らず知らずのうちに笑っていた。

 

「何笑ってんだ?」

 

サトシが聞く。

 

「楽しいなって思って」

 

「何が?」

 

「旅」

 

サトシが一瞬きょとんとする。

 

そして。

 

すぐに笑った。

 

「当たり前だろ!」

 

「ピカ!」

 

レンも笑う。

 

前世で知っていた世界。

 

画面越しに見ていた場所。

 

知っていたポケモン。

 

知っていた出来事。

 

でも。

 

実際に歩けば。

 

知らなかったことばかりだ。

 

水の流れ。

 

足場の滑り方。

 

ポケモンが自分で考えた動き。

 

戦って初めて分かる相手の強さ。

 

その一つ一つが。

 

知識だけでは手に入らない。

 

レンはポケットの中のバッジケースへ軽く触れた。

 

二つ目。

 

まだ。

 

先は長い。

 

だからこそ。

 

もっと強くなれる。

 

「行こう、ヒトカゲ、リオル」

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

世界の頂点へ続く道をレンたちはまた一歩前へ進んだ。

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