ポケットモンスター ―頂への軌跡― 作:あああああ
翌朝、ハナダシティのポケモンセンターを出たレンは、ヒトカゲとリオルを連れて真っ直ぐハナダジムへ向かっていた。
昨日とは違い、今日は観客として訪れるわけではない。
自分たちが戦う日だ。
「カゲ!」
レンの隣を歩くヒトカゲは朝から元気だった。足取りは軽く、尻尾の炎も力強く揺れている。
反対側を歩くリオルも静かではあるものの、その目はすでに戦いへ向いていた。
「リオ」
「二匹とも体調は問題なし。朝ご飯もちゃんと食べたし、昨日はしっかり休めた」
レンは確認するように言ってから笑う。
「準備はできてるね」
「カゲ!」
「リオ!」
後ろから歩いてきたタケシが感心したように三者を見る。
「試合前なのに落ち着いてるな」
「緊張してないわけじゃないよ」
レンは答えた。
楽しみではある。
同時に、簡単な戦いではないことも分かっていた。
昨日見たヒトデマンとスターミーは、プールへ入った瞬間に動きが大きく変わった。
陸上ならヒトカゲとリオルの方が自由に動ける。
だが、水中へ逃げ込まれれば話は別だ。
「レン!」
少し先を歩いていたサトシが振り返った。
「今日は絶対勝てよ!」
「もちろんそのつもり」
「ピカピカ!」
ピカチュウも拳を上げる。
すると、その横を歩いていたカスミが呆れたように言った。
「そんな簡単に言わないでよ。うちのジムだって、ちゃんと本気でやるんだから」
「昨日はバッジをそのまま渡そうとしてただろ」
「それはお姉ちゃんたちでしょ!」
「同じハナダジムじゃん」
「一緒にしないで!」
朝から始まった二人の言い合いを聞きながら、レンは苦笑する。
昨日まではカスミがハナダジムの四姉妹の末っ子だということを、サトシもタケシも知らなかった。
レンだけは前世の知識で知っていたが、それも今となっては隠す必要のない事実になった。
もっとも、知っていたことそのものを話すつもりはない。
「ところでカスミ」
「何?」
レンが尋ねる。
「今日、誰が俺の相手をするの?」
「それは着いてからのお楽しみ」
「カゲ?」
ヒトカゲが首を傾げた。
カスミはそんなヒトカゲを見て少し笑う。
「昨日みたいに簡単にはいかないわよ」
ヒトカゲの表情が変わった。
「カゲ!」
むしろ嬉しそうだった。
「だから何で喜ぶのよ……」
「強い相手と戦うのが好きだからね」
「レンに似たんじゃない?」
「否定できないかな」
そんな話をしながら歩いているうちに、ハナダジムが見えてきた。
レンは入口の前で一度立ち止まる。
昨日の夜に立てた作戦はある。
しかし、それに固執するつもりはなかった。
実際に相手を見て、フィールドを見て、その場で変える。
それが自分たちの戦い方だ。
「行こう」
「カゲ!」
「リオ!」
レンたちはハナダジムへ入った。
◇
昨日ロケット団によって荒らされたジムは、一晩でかなり修復されていた。
壊された壁には応急処置が施され、プールにも再び大量の水が張られている。
水面には複数の足場が浮かんでいた。
レンは試合場へ入った瞬間、まずその配置を確認した。
中央に大きめの足場。
左右に小さな足場。
奥にも二つ。
完全な陸地ではない。
それぞれの間には距離がある。
ヒトカゲなら跳べる。
リオルならもっと余裕を持って渡れるだろう。
だが、着地地点を読まれれば狙われやすい。
(昨日と少し配置が違う)
レンはそれだけで、昨日考えた動きを頭の中から一度外した。
使える部分だけ残す。
そこへサクラたち三姉妹が現れた。
「おはよう、レン君」
「おはようございます」
「本当に来たのね」
アヤメが笑う。
「もちろんです」
「カゲ!」
ヒトカゲも胸を張った。
サクラはそんなヒトカゲを見たあと、レンへ尋ねる。
「昨日も確認したけど、本当にこの子も使うの?」
「使います」
迷わず答える。
炎タイプだから、水タイプ相手には出さない。
それも一つの考え方だろう。
しかしレンは、相性だけを理由にヒトカゲから戦う機会を奪うつもりはなかった。
もちろん、勝ち目もないのに無理をさせるという意味ではない。
「本人も戦いたがってますから」
「カゲ!」
「なるほどね」
サクラが頷いた。
そしてプールの反対側へ歩いていく。
「今日のハナダジム代表は私が務めるわ」
レンの目が僅かに細くなった。
サクラ。
昨日、サトシと直接戦ったカスミではない。
「お姉ちゃんが?」
カスミも少し驚いたようだった。
「当然でしょ。昨日はカスミに任せたけど、レン君は正式に万全のハナダジムと戦いたいって言ったんだから」
サクラの表情が変わる。
昨日、水中ショーで見せていた柔らかな雰囲気とは違う。
ジムリーダーとしての顔だった。
「こっちもちゃんと相手をしないと失礼よ」
レンは笑った。
「お願いします」
サトシとカスミ、タケシは観戦場所へ移動する。
ピカチュウも手すりから身を乗り出した。
「レンー! 負けんなよ!」
「ピカァ!」
「サトシ、うるさい!」
「応援してるだけだろ!」
タケシが二人を宥めながら、フィールドへ視線を向ける。
「レンは昨日のバトルを見ている。ヒトデマンとスターミーが水中でどう動くかも知っているはずだ」
「じゃあレンが有利じゃん!」
「でもサクラさんも、レンがヒトカゲとリオルを使うことを知っている」
サトシが黙った。
「そっか」
「お互い、ある程度の情報を持った状態で始まるってことだ」
フィールドでは、レンがヒトカゲとリオルへ目を向けていた。
「最初は――」
言い終える前に。
「リオ」
リオルが一歩前へ出た。
ヒトカゲが見る。
「カゲ?」
リオルはプールを見つめたまま拳を握る。
先に行く。
そう言っているようだった。
レンは少しだけ考える。
昨夜の段階では、どちらを先発にするか決めていなかった。
相手を見てから決めるつもりだった。
だが。
「分かった」
レンは頷いた。
「先発、任せるよ」
「リオ!」
ヒトカゲも不満そうにはしなかった。
むしろ。
「カゲ!」
頑張れ。
そんな声を送る。
リオルが最初の足場へ飛び乗った。
サクラもモンスターボールを構える。
「それじゃあ始めましょう。ヒトデマン!」
「ヘアッ!」
現れたヒトデマンが、水面に浮かぶ足場へ着地した。
昨日も見た相手。
しかし。
今日は自分が戦う。
レンの意識が一気に切り替わった。
「始め!」
◇
先に動いたのはヒトデマンだった。
「水の中へ!」
「ヘアッ!」
開始直後、ヒトデマンがプールへ飛び込む。
「やっぱり!」
サトシが声を上げた。
水中へ入ったヒトデマンは速い。
リオルは足場の上から水面を見つめる。
「追わなくていい」
レンの声は落ち着いていた。
「リオ」
リオルも動かない。
昨日。
バタフリーが苦戦した理由の一つ。
水中にいる相手を目で追い続け、攻撃の瞬間に対応が遅れた。
なら。
「見る場所を絞ろう」
リオルの耳が動く。
水面。
小さな波。
そして音。
右。
水面が僅かに盛り上がった。
「来る!」
「ヒトデマン、『みずでっぽう』!」
ヒトデマンが水中から飛び出す。
「ヘアッ!」
水流。
「左へ!」
リオルが隣の足場へ跳ぶ。
水鉄砲が元いた場所を濡らした。
「『でんこうせっか』!」
着地と同時に加速する。
「リオ!」
水面近くまで飛び出していたヒトデマンへ迫る。
だが。
「戻って!」
ヒトデマンが水へ落ちる。
リオルの拳が空を切った。
そのままでは。
リオル自身も水へ落ちる。
「足場!」
レンが叫ぶより早く。
リオルが身体を捻った。
近くの足場の縁へ片足をかけ、そのまま転がるように上へ戻る。
「リオ!」
「いい!」
レンが笑う。
今の動きは指示していない。
自分で戻った。
サクラもそれに気づいたらしい。
「やっぱり、自分でも考えるのね」
「それが俺たちの目標です」
「だったら――」
サクラが手を上げる。
「ヒトデマン、連続で行くわよ!」
水面が揺れた。
一度。
二度。
三度。
ヒトデマンが場所を変えながら水上へ顔を出し、『みずでっぽう』を放つ。
「リオ!」
リオルは足場を渡る。
一発目をかわす。
二発目。
身体を捻る。
三発目。
今度は足場へ水が直撃した。
濡れた。
リオルが着地する。
足が滑った。
「リオッ!」
「そこ!」
ヒトデマンが飛び出す。
レンの目が鋭くなる。
狙っていた。
足場を濡らし。
動きにくくした。
「受けて!」
リオルが構える。
「え!?」
サトシが声を上げた。
『みずでっぽう』が迫る。
リオルは正面から耐えようとはしなかった。
身体を斜めにする。
腕を添える。
シバから教わった受け流し。
水そのものを掴むことはできない。
それでも、真正面から受ける面積を減らしながら身体を回すことで、水流を横へ逃がす。
完全には防げない。
リオルの身体が押される。
それでも。
足場から落ちない。
「リオ!」
「そのまま!」
レンが叫ぶ。
ヒトデマンは攻撃のため水面から身体を出している。
リオルが踏み込む。
濡れた足場。
普通なら滑る。
だから。
大きく踏み込まない。
低く。
短く。
「『はっけい』!」
「リオッ!」
掌がヒトデマンを捉えた。
「ヘアッ!」
ヒトデマンが吹き飛ぶ。
だが、水へ落ちる寸前。
「ヒトデマン、回転!」
高速回転。
身体の向きを変え、そのまま水へ飛び込んだ。
レンは追撃を命じない。
「一回離れよう」
リオルも呼吸を整える。
水中のヒトデマン。
足場のリオル。
互いに一撃ずつ。
「面白い……」
レンの口元に笑みが浮かぶ。
強い。
ただタイプ相性を押しつけてくる相手ではない。
フィールドそのものを使ってくる。
なら。
こちらも使えばいい。
「リオル」
「リオ」
「次、足場を渡らなくていい」
リオルが振り返る。
サクラも僅かに眉を動かした。
「どういうこと?」
水面が揺れる。
ヒトデマンが来る。
「今!」
ヒトデマンが飛び出した。
「『みずでっぽう』!」
「『でんこうせっか』!」
リオルが走る。
しかし。
隣の足場ではない。
真正面。
プールへ向かって飛び出した。
「レン!?」
サトシが叫ぶ。
リオルの足元には水しかない。
その瞬間。
「ヒトデマン!」
サクラも意図に気づく。
リオルはヒトデマンの身体を踏み台にした。
「ヘアッ!?」
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ足を乗せ。
さらに跳ぶ。
空中。
ヒトデマンより上。
「『メタルクロー』!」
「リオォ!」
金属の光を纏った爪が振り下ろされた。
ヒトデマンが水面へ叩き落とされる。
大きな水しぶき。
リオル自身も落下する。
「リオル!」
リオルは水へ入る直前。
最も近い足場へ手を伸ばした。
縁を掴む。
「リオ……!」
自力で身体を引き上げる。
水面。
ヒトデマンが浮かんできた。
中央の宝石が激しく点滅している。
「ヒトデマン!」
サクラが呼ぶ。
「ヘ……ア……」
もう一度動こうとしたが。
身体から力が抜けた。
「ヒトデマン、戦闘不能!」
「よっしゃあ!」
サトシが叫んだ。
「すっげえぞ、リオル!」
「ピカピカ!」
リオルは息を整えながら立ち上がる。
レンは拳を握った。
「ナイス、リオル!」
「リオ!」
まず一勝。
だが。
終わりではない。
サクラはヒトデマンをボールへ戻した。
「ありがとう、ヒトデマン」
そして。
次のボールを手に取る。
「今のは驚いたわ。まさかヒトデマンを足場にするなんて」
「水の中じゃ追いつけないので」
「だから出てきた瞬間を使ったのね」
レンは頷く。
「でも」
サクラがボールを投げる。
「この子はヒトデマンより速いわよ!」
光が弾ける。
「スターミー!」
「スターミー!」
二匹目。
昨日、サトシとの戦いで決着まで至らなかったスターミー。
レンはリオルを見る。
まだ戦える。
だが。
水鉄砲を受け流した際に濡れている。
ヒトデマン戦で動き続けてもいる。
「リオル」
「リオ?」
「戻ろう」
リオルが少し驚く。
「まだ戦えるのは分かってる」
レンは笑った。
「でも、今日は二匹で勝つ」
一瞬の沈黙。
リオルはスターミーを見る。
次に。
後ろのヒトカゲを見る。
「カゲ!」
任せろ。
ヒトカゲが胸を叩いた。
「リオ」
リオルは頷き、レンのもとへ戻ってきた。
レンがその頭へ軽く手を置く。
「ありがとう。いい戦いだった」
「リオ!」
そして。
「ヒトカゲ」
「カゲ!」
呼ばれる前から前へ出ていた。
水上の足場へ跳ぶ。
炎タイプ。
対するのは水タイプ。
観戦していたアヤメが心配そうに言う。
「本当に出すんだ……」
ボタンも頷く。
「普通ならかなり不利よね」
カスミは何も言わない。
昨日。
レンがヒトカゲへ問いかけたときの反応を見ている。
ヒトカゲ自身が望んでいる。
「始め!」
◇
「スターミー、水へ!」
予想通り。
スターミーが飛び込んだ。
ヒトカゲは水面を見る。
「追わない」
「カゲ」
ヒトデマン戦と同じ。
だが。
相手も先ほどの戦いを見ている。
同じやり方が通用するとは思わない。
「スターミー、『みずでっぽう』!」
水中から。
水流だけが飛んできた。
「横!」
ヒトカゲが跳ぶ。
着地。
すぐに別方向から水鉄砲。
「カゲ!」
ヒトカゲが自分で前へ転がる。
水が背後を通過した。
「出てこない!」
サトシが気づいた。
「リオルのときみたいに攻撃のため水上へ出る必要がないんだ!」
「そういうこと」
タケシが頷く。
「スターミーは水中からでも狙える。しかもヒトカゲは水に落ちればかなり動きを制限される」
サトシの顔が強張る。
「じゃあどうするんだよ……」
レンは水面を見る。
速い。
姿が見えない。
こちらから直接攻撃できない。
なら。
見えるようにする。
「ヒトカゲ、『げんしのちから』!」
「カゲ!」
力が集まる。
複数の岩が浮かび上がった。
サクラが驚く。
「炎技じゃない?」
「行け!」
岩が水面へ落ちる。
一つ。
二つ。
三つ。
狙っているのはスターミーではない。
水面。
岩が落ちるたび。
波が広がる。
水中の流れが乱れる。
「スターミー、気をつけて!」
水面の下。
一瞬。
紫色の影が見えた。
「そこ!」
「カゲ!」
ヒトカゲが走る。
足場から足場へ。
「『ひのこ』!」
小さな炎が飛ぶ。
水面からスターミーが飛び出した。
炎を回避する。
「外れた!」
サトシが叫ぶ。
レンは笑った。
「それでいい」
「え?」
狙いは命中ではない。
水中から。
出した。
「ヒトカゲ!」
すでにヒトカゲは次の足場へ跳んでいた。
スターミーの着地点へ。
「『きりさく』!」
「カゲ!」
爪が振るわれる。
「スターミー、回って!」
高速回転。
爪と身体がぶつかる。
ヒトカゲが弾かれた。
「カゲッ!」
足場へ着地する。
スターミーも別の足場へ。
初めて。
同じ地上に立った。
「『かえんほうしゃ』!」
「カゲェェ!」
炎が一直線に走る。
「水へ!」
スターミーが飛び込む。
炎が水面へ当たり。
白い蒸気が立ち上った。
「スターミー、『みずでっぽう』!」
蒸気の向こうから水流。
「カゲッ!」
ヒトカゲが直撃を受ける。
身体が後方へ飛んだ。
「ヒトカゲ!」
レンの声。
ヒトカゲは足場の端へ爪を立てた。
止まる。
水へは落ちない。
「カゲ……!」
立ち上がる。
身体は濡れている。
尻尾の炎も揺れた。
だが。
消えない。
「無理しなくていい!」
レンはすぐに伝える。
ヒトカゲが振り返った。
「カゲ!」
まだやる。
迷いのない返事。
レンは一度だけ頷く。
「分かった」
なら。
続ける。
「ヒトカゲ、『えんまく』!」
「カゲ!」
黒煙が広がった。
足場だけではない。
水面まで覆っていく。
「視界を隠してもスターミーは水の中よ!」
サクラが言う。
その通り。
スターミーからヒトカゲが見えにくくなるだけではない。
こちらからも見えない。
だが。
「見えなくていい」
レンは答える。
サクラの表情が変わった。
黒煙。
その下。
水面。
煙が触れた場所では。
水の動きが見える。
波が煙を押す。
流れが変わる。
スターミーが高速で移動すれば。
煙の揺れも変わる。
「ヒトカゲ」
「カゲ」
レンは細かな場所を指示しない。
「一緒に見よう」
ヒトカゲが目を細めた。
右。
煙が揺れる。
違う。
波だけ。
左。
僅かに黒煙が割れた。
ヒトカゲの目が動く。
レンも同時に気づく。
だが。
指示するより先に。
ヒトカゲが走った。
「カゲ!」
「そう!」
レンも叫ぶ。
スターミーが水中から飛び出した。
「スターミー!?」
待ち構えていたヒトカゲが跳ぶ。
「カゲ!」
『きりさく』。
直撃。
「スターミー!」
スターミーが別の足場へ落ちる。
「今だ!」
レンが追撃を命じる。
「『ひのこ』!」
「カゲ!」
炎が飛ぶ。
スターミーは体勢を戻し。
水へ逃げようとする。
その前に。
「スターミー、『みずでっぽう』!」
振り向きざまの水流。
ヒトカゲは。
かわさなかった。
「カゲ!」
「ヒトカゲ!?」
水鉄砲が迫る。
その瞬間。
ヒトカゲが自分の足元へ向けて『えんまく』を吐いた。
視界が消える。
スターミーの水鉄砲が煙の中へ突っ込む。
しかし。
ヒトカゲはもうそこにいなかった。
横の足場へ跳んでいる。
レンの目が輝く。
「それだ!」
ニビジム。
イワークとの戦いでも見せた。
指示を待たず。
自分で判断した『えんまく』。
スターミーがヒトカゲを探す。
一瞬。
動きが止まる。
「ヒトカゲ、『げんしのちから』!」
「カゲ!」
岩が浮く。
サクラが叫ぶ。
「水へ逃げて!」
スターミーが跳ぼうとする。
だが。
岩はスターミーを狙っていなかった。
一つ目。
右側の水面。
二つ目。
左。
三つ目。
前方。
次々と岩が落ち、大きな水しぶきと波が生まれる。
スターミーが飛び込もうとしていた場所へ波が集中する。
一瞬。
躊躇した。
レンは見逃さない。
「今!」
ヒトカゲが走る。
「スターミー、迎え撃って!」
スターミーが振り向く。
『みずでっぽう』。
「前へ!」
「カゲ!」
ヒトカゲは避けない。
真正面。
水流へ飛び込む。
「レン!?」
サトシが立ち上がる。
「『かえんほうしゃ』!」
「カゲェェェェ!」
炎と水が正面からぶつかった。
大量の蒸気。
白い霧が一気に広がる。
互いの姿が消えた。
「見えない!」
カスミが目を凝らす。
サクラもスターミーを探す。
「スターミー!」
返事。
位置が分かる。
だが。
それはレンにも。
ヒトカゲにも聞こえていた。
「行け!」
レンはそれだけを言った。
「カゲ!」
白い蒸気の中。
小さな影が走る。
「スターミー、水へ!」
スターミーが跳ぶ。
しかし。
遅い。
蒸気の中からヒトカゲが現れた。
濡れた身体。
それでも。
目は相手を捉えている。
「カゲェ!」
爪。
『きりさく』。
スターミーへ直撃する。
「スターミー!」
弾かれる。
まだ倒れない。
水面へ落ちようとする。
水へ入れば。
また動きを取り戻す。
ヒトカゲは空中。
レンを見る。
ほんの一瞬。
目が合った。
レンは分かった。
「任せる!」
ヒトカゲの目が鋭くなる。
「カゲ!」
空中で身体を捻る。
そして。
大きく息を吸った。
「カゲェェェェェェ!」
『かえんほうしゃ』。
至近距離。
炎がスターミーを包む。
その勢いで。
ヒトカゲ自身の身体も僅かに押し戻された。
ヒトカゲは近くの足場へ着地する。
スターミーは。
水へ落ちた。
「スターミー!」
サクラが呼ぶ。
水面に浮かんできたスターミーの中央の宝石が点滅する。
一度。
二度。
そして。
止まった。
静寂。
審判役を務めていたボタンが確認する。
「スターミー、戦闘不能!」
一拍遅れて。
「よっしゃあああ!」
サトシの歓声が響いた。
「ピッカァ!」
「ヒトカゲの勝ち! よって、勝者はマサラタウンのレン!」
「カゲ……」
ヒトカゲが息を吐く。
そして。
レンを見る。
「カゲ!」
「勝ったね!」
レンは駆け寄った。
ヒトカゲも足場を渡ってくる。
最後の足場から。
レンへ向かって跳ぶ。
「おっと!」
受け止める。
濡れている。
少し重い。
それでも。
抱きしめる。
「すごかった」
「カゲ!」
「最後の『えんまく』、俺は何も言ってないのに自分で使ったね」
「カゲ!」
「ちゃんと見えてた」
ヒトカゲが嬉しそうに鳴く。
そこへリオルも走ってきた。
「リオ!」
「カゲ!」
二匹が拳を合わせる。
レンはその姿を見て笑った。
一匹だけで勝ったわけではない。
リオルがヒトデマンを倒した。
ヒトカゲがスターミーを倒した。
そして。
それぞれが。
レンの指示だけではなく。
自分で見て。
考えて。
動いた。
昨日の夜。
水タイプにどう勝つかではなく。
自分たちの強みをどう通すか。
そう話した。
答えは。
これだった。
◇
「負けたわ」
サクラがスターミーを戻し、レンのもとへ歩いてくる。
「いいバトルだった」
「ありがとうございました」
レンが頭を下げる。
サクラは小さなケースを取り出した。
その中には。
青く輝くバッジ。
「ハナダジムに正式に勝利した証よ」
ブルーバッジ。
「受け取って」
レンは差し出されたバッジを見る。
ニビジムで手に入れたグレーバッジ。
そして。
二つ目。
「ありがとうございます」
しっかり受け取る。
「カゲ!」
「リオ!」
二匹が覗き込む。
レンはしゃがみ。
二匹にも見えるように手を開いた。
「これが」
レンは笑った。
「みんなで取った二つ目のバッジだ」
「カゲ!」
「リオ!」
サトシが走ってくる。
「レン!」
自分のブルーバッジを取り出した。
「見ろ! お揃いだ!」
「本当だね」
「でもオレの方が先だった!」
「俺は勝って取ったけどね」
「うっ」
サトシが固まった。
カスミが吹き出す。
「そこはレンの勝ちね」
「次は絶対オレも勝つ!」
「じゃあ次のジムで勝負だね」
「望むところだ!」
二人が笑う。
その横で。
タケシはヒトカゲを見ていた。
「レン」
「何?」
「最後の戦い。最初から全部考えてたのか?」
レンは少し考える。
「まさか」
即答した。
「最初は『げんしのちから』で水面を乱せるかもとは考えてた。『えんまく』も使えると思ってた。でも、スターミーが水中から『みずでっぽう』を撃てるところまでは決めてなかった」
「じゃあ途中から?」
「うん」
レンはヒトカゲを見る。
「それに、ヒトカゲが自分で『えんまく』を使ったからできた動きもあった」
「カゲ!」
「リオルがヒトデマンを踏み台にしたのも、最後に足場を掴んだのも、細かいところまでは指示してない」
リオルが頷く。
「リオ」
レンは二匹を見る。
「俺が全部決めるより、その方が強いと思う」
タケシはしばらく黙っていた。
やがて。
笑う。
「なるほどな」
「何?」
「ニビジムで戦ったときより、今の方がレンたちの戦い方が分かった気がする」
レンは少し驚いた。
「そう?」
「ああ。レンが指示を出すだけじゃない。ヒトカゲとリオルも自分で考えて、その判断をレンが次へ繋げてる」
それは。
レンが目指しているものだった。
まだ完成してはいない。
判断を間違えることもあるだろう。
自分が見落とすことも。
ヒトカゲやリオルが見落とすこともある。
だから。
互いに見る。
「俺一人じゃ見えないものがあるから」
レンは答えた。
「ヒトカゲとリオルが見てくれた方がいい」
「カゲ!」
「リオ!」
サクラもその会話を聞いていた。
「変わったトレーナーね」
「そうですか?」
「普通は、自分の指示通りに動かせることを大事にする人も多いもの」
レンは少し考えてから答える。
「指示は必要だと思います」
実際。
今日も何度も指示した。
「でも、俺が間違うことだってあります。それに、ポケモンの方が近くで見えてるものもあるから」
サクラは頷いた。
「だから任せるのね」
「任せっぱなしにはしませんけどね」
トレーナーが考えることを放棄するのとは違う。
互いに考える。
互いに判断する。
そして。
一番いい答えを探す。
それが。
レンの目指す戦いだった。
◇
ハナダジムを出るころには、昼を過ぎていた。
サトシは歩きながら何度も自分のブルーバッジを眺めている。
その隣。
レンもケースを開いた。
グレーバッジ。
ブルーバッジ。
二つ。
「二個か」
まだ。
たった二個。
世界最強。
その目標から考えれば。
始まったばかりだ。
「カゲ?」
ヒトカゲが見上げる。
「何でもないよ」
レンはケースを閉じた。
「次も勝とう」
「カゲ!」
「リオ!」
サトシが聞きつける。
「次はオレが先に勝つ!」
「まだ言ってるの?」
「大事だろ!」
「次のジムがどこかも知らないのに?」
「タケシ!」
サトシが振り返る。
「次どこ!?」
「自分でも少しは調べろ」
「えー!」
カスミが呆れる。
「本当にあんた、行き当たりばったりね」
「旅ってそういうもんだろ!」
「違うわよ!」
また始まった。
レンは笑いながら。
二匹を見る。
ヒトカゲは元気そうに歩いている。
しかし。
今日は水鉄砲を受けた。
あとで改めて身体を確認する。
リオルも。
ヒトデマン戦で動き続けた。
今日の訓練はこれで終わり。
ポケモンセンターで休ませる。
強くする。
でも。
壊さない。
それは旅に出る前から変わらない。
そして。
今日の戦いで。
もう一つ。
はっきりしたものがある。
ヒトカゲは。
確実に強くなっている。
身体能力だけではない。
自分で状況を見て。
技を選び。
動く力。
リオルも同じだ。
二匹とも。
旅立ったときより。
前へ進んでいる。
レンは知らず知らずのうちに笑っていた。
「何笑ってんだ?」
サトシが聞く。
「楽しいなって思って」
「何が?」
「旅」
サトシが一瞬きょとんとする。
そして。
すぐに笑った。
「当たり前だろ!」
「ピカ!」
レンも笑う。
前世で知っていた世界。
画面越しに見ていた場所。
知っていたポケモン。
知っていた出来事。
でも。
実際に歩けば。
知らなかったことばかりだ。
水の流れ。
足場の滑り方。
ポケモンが自分で考えた動き。
戦って初めて分かる相手の強さ。
その一つ一つが。
知識だけでは手に入らない。
レンはポケットの中のバッジケースへ軽く触れた。
二つ目。
まだ。
先は長い。
だからこそ。
もっと強くなれる。
「行こう、ヒトカゲ、リオル」
「カゲ!」
「リオ!」
世界の頂点へ続く道をレンたちはまた一歩前へ進んだ。