ポケットモンスター ―頂への軌跡―   作:あああああ

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第26話 ポケモンリーグへのみち

ハナダシティを離れてから、しばらく。

 

レンたちは次の街を目指し、緩やかな丘陵地帯を歩いていた。

 

空はよく晴れ、風も穏やかだった。道の両側には背の低い草が広がり、ときおり野生のポケモンが茂みの奥を横切っていく。

 

レンの胸元にあるバッジケースには、二つのバッジが収まっている。

 

ニビジムで手にしたグレーバッジ。

 

そして、ハナダジムで手にしたブルーバッジ。

 

まだ二つ。

 

世界最強という目標を考えれば、本当に最初の一歩に過ぎない。

 

「なあ、タケシ」

 

前を歩いていたサトシが振り返った。

 

「ポケモンリーグに出るには、あと何個バッジがいるんだ?」

 

「基本的には八個だな」

 

「八個かぁ……」

 

サトシが指を折って数える。

 

「今二個だから……あと六個!」

 

「ピカ!」

 

肩のピカチュウが元気よく鳴く。

 

「レンも二個だから、今は同点だな!」

 

「バッジの数ならね」

 

レンが答える。

 

「何だよ、その言い方!」

 

「だってサトシ、ハナダでは最後まで決着ついてないでしょ」

 

「うっ」

 

サトシが言葉に詰まる。

 

カスミがすぐに反応した。

 

「そうよ。私に勝ったわけじゃないんだからね」

 

「分かってるよ! 次はちゃんと勝つって!」

 

「ならいいけど」

 

「絶対次はオレが先に勝つ!」

 

「はいはい」

 

「その余裕が腹立つ!」

 

二人のやり取りを聞きながら、レンは小さく笑った。

 

その隣ではヒトカゲとリオルが歩いている。

 

「カゲ!」

 

「リオ」

 

二匹ともハナダジムでの疲労はすでに抜けていた。

 

それでも、今日の移動中に激しい訓練をする予定はない。

 

旅そのものが経験になる。

 

足場の違い。

 

野生ポケモンの気配。

 

周囲の地形。

 

天候。

 

そして、初めて見るもの。

 

レンは旅に出てから、それを強く実感するようになっていた。

 

前世の知識だけでは分からないことが、あまりにも多い。

 

「カゲ?」

 

ヒトカゲが突然足を止めた。

 

「どうした?」

 

ヒトカゲは道の外へ顔を向けている。

 

リオルも少し遅れて反応した。

 

「リオ」

 

レンが視線を追う。

 

草原の向こう。

 

規則的な音が聞こえる。

 

「何かいる」

 

「野生のポケモンか!?」

 

サトシがすぐ食いついた。

 

「いや」

 

タケシも耳を澄ませる。

 

「もっと大きな音だな」

 

何かを引っ張る音。

 

地面を踏む音。

 

そして。

 

人間の声。

 

「もう一回だ!」

 

レンたちは顔を見合わせた。

 

「行ってみる?」

 

レンが尋ねる。

 

「もちろん!」

 

サトシが真っ先に走り出した。

 

「だから勝手に走らない!」

 

カスミが追う。

 

「いつものことになってきたな」

 

タケシが苦笑する。

 

レンもヒトカゲ、リオルとともに後を追った。

 

◇

 

草原を抜けた先にあったのは、大きなトレーニング場だった。

 

そこでは何匹ものポケモンが訓練している。

 

重りを引くポケモン。

 

走り込むポケモン。

 

障害物を越えるポケモン。

 

同じ動きを繰り返すポケモン。

 

そして。

 

その中央。

 

「サンド、もう一回!」

 

「サンド!」

 

一匹のサンドが走っていた。

 

身体には訓練用の器具。

 

決して軽くはなさそうだ。

 

それでも。

 

サンドの足取りは乱れない。

 

一定の間隔。

 

一定の速度。

 

同じ動きを何度も繰り返している。

 

「何だよ、これ……」

 

サトシが驚く。

 

カスミも眉を寄せた。

 

「ちょっと厳しすぎない?」

 

だが。

 

レンはすぐには答えなかった。

 

サンドを見る。

 

呼吸は。

 

まだ乱れていない。

 

足運び。

 

崩れていない。

 

表情。

 

嫌がっているようには見えない。

 

そして何より。

 

「もう一回いけるか?」

 

少年が聞く。

 

サンドは。

 

「サンド!」

 

自分から前へ出た。

 

レンの目が僅かに細くなる。

 

(無理やりじゃない)

 

少なくとも。

 

今見えている範囲では。

 

少年が一方的にやらせているわけではない。

 

「お前ら、何だ?」

 

少年がこちらに気づいた。

 

「オレ、マサラタウンのサトシ!」

 

サトシが胸を張る。

 

「こっちはピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

「俺はレン。同じくマサラタウン」

 

「カゲ!」

 

「リオ」

 

「カスミよ」

 

「タケシだ」

 

少年は全員を見渡す。

 

「俺はアキラ」

 

その隣へ。

 

サンドが立った。

 

「こいつは相棒のサンドだ」

 

「サンド!」

 

アキラ。

 

レンは名前を聞いた瞬間、前世の記憶と一致させた。

 

やはり。

 

この場所。

 

この少年。

 

そしてサンド。

 

ただし。

 

知っているからといって。

 

目の前のアキラまで知っているわけではない。

 

レンは余計なことを言わず。

 

実際のアキラとサンドを見る。

 

「なあ」

 

サトシが訓練場を見渡した。

 

「ずっとこんな特訓してるのか?」

 

「ああ」

 

アキラは当然のように答えた。

 

「強くなるためだからな」

 

「でも、ちょっとやりすぎじゃないの?」

 

カスミが言う。

 

「ポケモンがかわいそうよ」

 

アキラの表情が僅かに変わった。

 

「かわいそう?」

 

サンドを見る。

 

「そう見えるか?」

 

「だって――」

 

「サンド」

 

アキラが呼ぶ。

 

サンドがすぐに前へ出た。

 

「休むか?」

 

「サンド!」

 

首を横に振る。

 

「続けるか?」

 

「サンド!」

 

迷いなく頷く。

 

カスミが言葉を止めた。

 

レンはその様子を見ながら、父親の言葉を思い出していた。

 

強くしたいからといって、無茶をさせるのは育成ではない。

 

それは今も変わらない。

 

けれど。

 

どこからが無茶なのか。

 

それを外から一目見ただけで決めることもできない。

 

「レンはどう思う?」

 

カスミに聞かれる。

 

レンは少し考えてから答えた。

 

「俺なら同じやり方はしないと思う」

 

アキラがレンを見る。

 

「でも」

 

レンはサンドを見る。

 

「今のサンドは嫌がってない」

 

「カゲ」

 

「リオ」

 

ヒトカゲとリオルもサンドを見つめている。

 

「呼吸もまだ崩れてないし、足も動いてる。少なくとも、見ただけで『かわいそうだからやめろ』とは言えないかな」

 

アキラが少しだけ目を細めた。

 

「分かってるじゃないか」

 

「ただし」

 

レンは続ける。

 

「限界を超えても続けるなら止める」

 

「……当然だ」

 

アキラは即答した。

 

「壊したら強くならない」

 

その答えに。

 

レンは僅かに笑った。

 

考え方は違う。

 

でも。

 

全く理解できない相手ではない。

 

「それで」

 

タケシが尋ねる。

 

「何のためにここまで鍛えてるんだ?」

 

アキラは胸を張った。

 

「ポケモンリーグだ」

 

サトシの表情が変わる。

 

「ポケモンリーグ!?」

 

「ああ」

 

そして。

 

アキラは訓練場の一角を指差した。

 

そこには。

 

勝利数が記録されている。

 

九十八。

 

「俺とサンドは九十八連勝中だ」

 

「九十八!?」

 

サトシが目を見開く。

 

「百連勝したら、ここを出る」

 

アキラはサンドを見る。

 

「そのときから、本格的にポケモンリーグを目指す」

 

「サンド!」

 

サトシの目が燃えた。

 

レンには。

 

次に何を言うのか分かった。

 

前世の知識ではなく。

 

今まで一緒に旅をした経験で。

 

「だったら!」

 

やっぱり。

 

サトシがモンスターボールを構えた。

 

「オレと勝負しろ!」

 

「ピカ!」

 

アキラはサトシを見る。

 

そして。

 

笑った。

 

「いいぜ」

 

◇

 

サトシとアキラのバトル。

 

レンたちは少し離れた場所から見守っていた。

 

「行け、ピジョン!」

 

「ピジョン!」

 

サトシが選んだのはピジョン。

 

アキラは。

 

「サンド!」

 

「サンド!」

 

相棒をそのまま出した。

 

「サンドって地面を動くポケモンでしょ?」

 

カスミが言う。

 

「空を飛べるピジョンなら有利なんじゃない?」

 

「どうかな」

 

レンはサンドを見ていた。

 

姿勢。

 

低い。

 

無駄がない。

 

ピジョンを見上げているのに。

 

焦りがない。

 

「始め!」

 

「ピジョン、『でんこうせっか』!」

 

「ピジョン!」

 

ピジョンが急降下する。

 

速い。

 

だが。

 

「サンド、右」

 

アキラの指示は短かった。

 

「サンド」

 

一歩。

 

本当に。

 

一歩だけ。

 

サンドが動く。

 

ピジョンが横を通り過ぎた。

 

「え!?」

 

サトシが驚く。

 

「もう一回!」

 

ピジョンが旋回。

 

再び『でんこうせっか』。

 

「左」

 

「サンド」

 

また。

 

一歩。

 

かわす。

 

レンの目が鋭くなる。

 

(速いんじゃない)

 

サンド自身の速度だけなら。

 

ピジョンの方が上。

 

でも。

 

「反応が早い」

 

タケシが呟く。

 

レンは頷く。

 

「たぶん、何度も同じ動きを練習してる」

 

指示。

 

判断。

 

行動。

 

その間が。

 

極端に短い。

 

考えてから動くのではなく。

 

身体がすぐ反応できるところまで。

 

繰り返している。

 

「サンド、『ひっかく』!」

 

ピジョンが三度目の突進。

 

今度は避けない。

 

ギリギリまで引きつけ。

 

「サンド!」

 

身体を沈める。

 

すれ違いざま。

 

爪。

 

「ピジョン!」

 

ピジョンが体勢を崩した。

 

「まだだ!」

 

サトシが叫ぶ。

 

だが。

 

アキラはすでに次へ進んでいる。

 

「今だ!」

 

サンドが跳んだ。

 

ピジョンが完全に立て直す前。

 

一撃。

 

地面へ落ちる。

 

「ピジョン!」

 

「戻れ!」

 

サトシが慌ててボールへ戻した。

 

「くそ……」

 

サトシが歯を食いしばる。

 

アキラは。

 

「次は?」

 

挑発するように言った。

 

サトシの目が鋭くなる。

 

「ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウが前へ出る。

 

「電気技は地面タイプには効かないぞ」

 

アキラが言う。

 

「そんなの、やってみなきゃ分からない!」

 

「サトシ」

 

レンが思わず呼ぶ。

 

サトシがこちらを見る。

 

レンは答えを教えない。

 

ただ。

 

「相手を見て」

 

それだけ。

 

サトシは一瞬黙る。

 

そして。

 

サンドを見る。

 

「……分かった」

 

「ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

「電気だけがピカチュウじゃない!」

 

ピカチュウが走る。

 

「『でんこうせっか』!」

 

「ピカ!」

 

サンド。

 

かわす。

 

だが。

 

ピカチュウはそのまま通り過ぎない。

 

「追え!」

 

方向転換。

 

サンドへ迫る。

 

「サンド、迎え撃て!」

 

両者がぶつかる。

 

何度も。

 

何度も。

 

だが。

 

積み重ねた動きの精度で。

 

サンドが上回る。

 

「サンド!」

 

一撃。

 

ピカチュウが地面を転がった。

 

「ピカ!」

 

「ピカチュウ!」

 

立とうとする。

 

だが。

 

足に力が入らない。

 

「……戻れ」

 

サトシが拳を握る。

 

「よくやった」

 

「ピカ……」

 

ピカチュウがサトシのもとへ戻る。

 

勝負は。

 

アキラ。

 

「これで九十九連勝」

 

アキラが言う。

 

サトシは悔しそうに俯いた。

 

「くそ……」

 

レンはサトシのところへ行こうとした。

 

そのとき。

 

「おい」

 

アキラの声。

 

レンが振り返る。

 

「お前」

 

「俺?」

 

「バッジ持ってるな」

 

アキラの視線は。

 

レンのバッジケースへ向いていた。

 

「二個」

 

「ああ」

 

「そいつらで取ったのか?」

 

アキラはヒトカゲとリオルを見る。

 

「うん」

 

「カゲ!」

 

「リオ」

 

「なら」

 

アキラが笑った。

 

「俺の百勝目になれ」

 

一瞬。

 

静かになった。

 

「レン!」

 

サトシが顔を上げる。

 

ヒトカゲの尻尾の炎が大きく揺れた。

 

「カゲ!」

 

リオルも拳を握る。

 

「リオ!」

 

レンは。

 

二匹を見る。

 

どちらも戦いたがっている。

 

けれど。

 

「一匹だけ?」

 

「もちろんだ」

 

アキラはサンドを見る。

 

「一対一」

 

「分かった」

 

レンは頷いた。

 

そして。

 

「ヒトカゲ」

 

「カゲ!」

 

すぐに前へ出る。

 

リオルがヒトカゲを見る。

 

「リオ」

 

「カゲ!」

 

短い声。

 

互いに拳を合わせる。

 

行ってこい。

 

そんなやり取りに見えた。

 

「相手は九十九連勝」

 

レンはヒトカゲの隣へ立つ。

 

「強いよ」

 

「カゲ!」

 

だからいい。

 

そう言うように。

 

ヒトカゲは笑った。

 

「俺も同じ気持ち」

 

レンも笑う。

 

アキラとサンド。

 

レンとヒトカゲ。

 

二組が向かい合った。

 

◇

 

「始め!」

 

サンドが低く構える。

 

ヒトカゲも腰を落とす。

 

レンは。

 

すぐには指示を出さなかった。

 

サンドの動きを見る。

 

アキラも動かない。

 

互いに。

 

観察。

 

先に動いたのは。

 

ヒトカゲ。

 

「カゲ!」

 

自分から一歩出た。

 

レンは止めない。

 

「サンド、来るぞ」

 

「サンド!」

 

ヒトカゲが加速する。

 

「『きりさく』!」

 

爪。

 

「右」

 

サンドがかわす。

 

やはり。

 

最小限。

 

「サンド、『ひっかく』!」

 

反撃。

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが腕で受ける。

 

押される。

 

それでも。

 

倒れない。

 

「離れて!」

 

ヒトカゲが後方へ跳ぶ。

 

レンは目を細めた。

 

(やっぱり)

 

サンドは。

 

指示を聞いてからの反応が速い。

 

なら。

 

「ヒトカゲ、『ひのこ』!」

 

「カゲ!」

 

炎が飛ぶ。

 

「左!」

 

サンドがかわす。

 

「もう一回!」

 

二発目。

 

「右!」

 

かわす。

 

三発目。

 

「下がれ!」

 

かわす。

 

アキラが笑う。

 

「そんな攻撃、サンドには当たらない!」

 

「うん」

 

レンは答えた。

 

「分かった」

 

「何?」

 

「ヒトカゲ!」

 

「カゲ!」

 

四発目。

 

『ひのこ』。

 

「左!」

 

サンドが動く。

 

その瞬間。

 

「前!」

 

ヒトカゲが。

 

炎を追うように走っていた。

 

「何!?」

 

サンドが左へ避けた先。

 

そこへ。

 

ヒトカゲ。

 

「『きりさく』!」

 

「カゲ!」

 

爪が振るわれる。

 

「サンド!」

 

アキラの声。

 

サンドは咄嗟に腕を上げる。

 

直撃は防ぐ。

 

しかし。

 

押される。

 

初めて。

 

サンドの足が大きく動いた。

 

アキラの表情が変わる。

 

レンは笑う。

 

「反応が速いなら、反応する先を作ればいい」

 

「なるほどな」

 

アキラも笑った。

 

「面白い!」

 

サンドが前へ出る。

 

今度は。

 

速い。

 

「来る!」

 

ヒトカゲが構える。

 

「サンド!」

 

爪。

 

ヒトカゲがかわす。

 

二撃目。

 

受ける。

 

三撃目。

 

「カゲッ!」

 

肩へ当たる。

 

「ヒトカゲ!」

 

まだ。

 

止まらない。

 

サンドの連続攻撃。

 

鍛え上げられた。

 

一定の動き。

 

無駄がない。

 

「距離を取って!」

 

ヒトカゲが跳ぶ。

 

「逃がすな!」

 

サンドが追う。

 

レンの目が。

 

一瞬。

 

ヒトカゲと合った。

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが自分から息を吸う。

 

「いい!」

 

『えんまく』。

 

黒煙。

 

サンドの視界が消える。

 

「サンド、慌てるな!」

 

アキラは冷静だった。

 

「音を聞け!」

 

ニビジムで。

 

タケシも同じ対応をした。

 

レンは。

 

それを知っている。

 

ヒトカゲも。

 

知っている。

 

煙の中。

 

ヒトカゲは動かない。

 

「……」

 

サンドも耳を澄ませる。

 

音。

 

ない。

 

「サンド?」

 

一瞬。

 

集中が揺れた。

 

その瞬間。

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが地面を蹴る。

 

「後ろだ!」

 

アキラが叫ぶ。

 

サンドが振り向く。

 

だが。

 

ヒトカゲは。

 

正面。

 

煙の中で一度横へ回り。

 

わざと足音を立て。

 

もう一度位置を変えていた。

 

「『きりさく』!」

 

直撃。

 

「サンド!」

 

サンドが地面を転がる。

 

それでも。

 

立つ。

 

「サンド……!」

 

ヒトカゲも。

 

肩で息をしている。

 

「カゲ……!」

 

強い。

 

レンは。

 

心からそう思った。

 

「ヒトカゲ」

 

「カゲ」

 

「次で決めよう」

 

「カゲ!」

 

アキラも同じらしい。

 

「サンド!」

 

「サンド!」

 

互いに。

 

走る。

 

「『げんしのちから』!」

 

「カゲ!」

 

岩が浮かぶ。

 

「サンド、全部避けろ!」

 

一つ。

 

避ける。

 

二つ。

 

避ける。

 

三つ。

 

身体を沈める。

 

やはり。

 

速い。

 

けれど。

 

レンが狙っていたのは。

 

命中だけではない。

 

「ヒトカゲ!」

 

サンドの進路が。

 

岩によって狭まる。

 

ヒトカゲが走る。

 

アキラが気づく。

 

「サンド、右へ――」

 

右。

 

岩。

 

左。

 

岩。

 

後ろへ下がれば。

 

ヒトカゲから距離ができる。

 

前しかない。

 

「突っ切れ!」

 

「サンド!」

 

サンドが前へ出る。

 

ヒトカゲと。

 

真正面。

 

「『きりさく』!」

 

「サンド、『ひっかく』!」

 

爪と爪。

 

ぶつかる。

 

一度。

 

二度。

 

三度。

 

互いに。

 

退かない。

 

「カゲ!」

 

「サンド!」

 

最後。

 

ヒトカゲが。

 

サンドの爪を身体を捻ってかわした。

 

それは。

 

レンの指示ではなかった。

 

自分で見た。

 

自分で選んだ。

 

「今!」

 

「カゲ!」

 

爪。

 

サンドの身体を捉える。

 

大きく吹き飛ぶ。

 

「サンド!」

 

地面へ落ちる。

 

それでも。

 

立とうとする。

 

「サ……ンド……!」

 

膝。

 

落ちる。

 

そして。

 

倒れた。

 

静寂。

 

「……サンド、戦闘不能」

 

タケシが告げる。

 

「勝者、レンとヒトカゲ!」

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが拳を上げた。

 

「勝った!」

 

レンも駆け寄る。

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲがレンの胸へ飛び込む。

 

受け止める。

 

「すごかった!」

 

「カゲ!」

 

「最後、自分でかわしたね」

 

「カゲ!」

 

「ちゃんと見えてた」

 

サトシが走ってくる。

 

「レン! すっげえ!」

 

「ピカ!」

 

「オレが負けた相手に勝ちやがって!」

 

「そこは悔しがるところ?」

 

「悔しいけどすげえものはすげえ!」

 

サトシらしい。

 

レンは笑った。

 

その向こう。

 

アキラは。

 

倒れたサンドを抱き上げていた。

 

「サンド」

 

「サン……」

 

「よくやった」

 

怒っていない。

 

負けを責めてもいない。

 

ただ。

 

サンドを抱く。

 

「強かったぞ」

 

「サンド……」

 

サンドが。

 

少し嬉しそうに鳴いた。

 

レンはその姿を見る。

 

やっぱり。

 

思った通りだった。

 

厳しい。

 

でも。

 

信頼がないわけではない。

 

◇

 

その後。

 

事件は突然起こった。

 

アキラのサンドがいなくなった。

 

「サンド!」

 

アキラが訓練場を走り回る。

 

「どこだ!」

 

レンたちも探す。

 

「さっきまでいたんだろ?」

 

サトシが尋ねる。

 

「ああ!」

 

アキラの顔には。

 

今までの余裕がない。

 

「試合のあと休ませてた。それなのに……!」

 

レンは周囲を見る。

 

地面。

 

草。

 

そして。

 

「これ」

 

足跡。

 

人間。

 

さらに。

 

引きずったような跡。

 

「自分でいなくなったんじゃない」

 

アキラが振り返る。

 

「誰かが連れていった」

 

その瞬間。

 

遠くから。

 

「ほーっほっほっほ!」

 

聞き覚えのある笑い声。

 

全員の表情が変わった。

 

「またか!」

 

サトシが叫ぶ。

 

丘の上。

 

ロケット団。

 

そして。

 

網に入れられたサンド。

 

「サンド!」

 

「サンド!」

 

アキラが駆け出す。

 

「返せ!」

 

「嫌よ!」

 

ムサシが笑う。

 

「九十九連勝もしたサンドなら、きっと高く売れるわ!」

 

「正確には九十九連勝で止まったニャ」

 

「余計なこと言うな!」

 

「どっちでもいいだろ!」

 

コジロウが叫ぶ。

 

アキラは。

 

怒っていた。

 

「サンドは物じゃない!」

 

レンも走る。

 

ヒトカゲ。

 

リオル。

 

サトシたちも続く。

 

ロケット団がアーボとドガースを出す。

 

「邪魔するならまとめてやっつけるわ!」

 

「ヒトカゲ!」

 

「カゲ!」

 

「リオル!」

 

「リオ!」

 

二匹が前へ出る。

 

しかし。

 

レンはアキラを見る。

 

「アキラ!」

 

「何だ!」

 

「サンドに声を!」

 

アキラが網を見る。

 

サンドも。

 

こちらを見ている。

 

「サンド!」

 

アキラが叫ぶ。

 

「まだ動けるか!」

 

「サンド!」

 

即答。

 

疲れている。

 

さっきまで戦っていた。

 

それでも。

 

目は死んでいない。

 

「なら!」

 

アキラが拳を握る。

 

「いつも通りだ!」

 

「サンド!」

 

サンドが。

 

網の中で身体を丸めた。

 

回転。

 

何度も。

 

何度も。

 

同じ動きを繰り返す。

 

網が軋む。

 

「何!?」

 

ムサシが振り返る。

 

「サンド!」

 

ついに。

 

網が破れた。

 

サンドが飛び出す。

 

「今だ!」

 

レンが叫ぶ。

 

「ヒトカゲ、『えんまく』!」

 

黒煙。

 

「リオル、右!」

 

『でんこうせっか』。

 

リオルがアーボの横へ回る。

 

「『はっけい』!」

 

「リオ!」

 

アーボが吹き飛ぶ。

 

「ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

サトシも続く。

 

「『10まんボルト』!」

 

電撃。

 

「ピッカァァァ!」

 

ドガース。

 

アーボ。

 

そしてロケット団。

 

まとめて電撃に包まれる。

 

「こんなの――!」

 

「聞いてない――!」

 

「やな感じぃぃぃ!」

 

三人が空へ消えていった。

 

静かになった草原。

 

「サンド!」

 

アキラが駆け寄る。

 

サンドも走る。

 

「サンド!」

 

アキラの胸へ。

 

飛び込んだ。

 

「馬鹿」

 

アキラが抱きしめる。

 

「心配させるな」

 

「サンド……」

 

その声は。

 

さっきまでの厳しいトレーナーとは。

 

少し違った。

 

レンは。

 

黙って見ていた。

 

ヒトカゲとリオルも。

 

その隣にいる。

 

「カゲ」

 

「リオ」

 

「うん」

 

レンは小さく頷いた。

 

強さの形は。

 

一つではない。

 

◇

 

夕方。

 

レンたちは再び旅立つ準備をしていた。

 

アキラは。

 

ここに残る。

 

「百連勝、最初からやり直すのか?」

 

サトシが尋ねる。

 

「いや」

 

アキラは首を横に振った。

 

「連勝記録にはもうこだわらない」

 

「え?」

 

「負けたから分かった」

 

アキラはレンを見る。

 

「百回勝ったら強くなるんじゃない。強くなるために戦うんだ」

 

サンドも隣で頷く。

 

「サンド!」

 

「だから俺たちはもう少しここで鍛える。そのあとリーグを目指す」

 

「そっか」

 

サトシが笑った。

 

「リーグで会おうぜ!」

 

「ああ」

 

アキラは。

 

今度はレンを見る。

 

「お前も来るんだろ?」

 

「もちろん」

 

「リーグで終わるつもりか?」

 

レンは少し笑った。

 

「終わらないよ」

 

「なら、何を目指してる?」

 

レンは迷わなかった。

 

「世界で一番強いトレーナー」

 

風が吹く。

 

アキラは一瞬驚き。

 

そして。

 

笑った。

 

「でかいな」

 

「そのくらいがいいから」

 

「次は負けない」

 

「俺たちも」

 

レンとアキラが拳を合わせる。

 

ヒトカゲとサンドも向かい合った。

 

「カゲ!」

 

「サンド!」

 

二匹も。

 

拳を合わせる。

 

「またな!」

 

サトシが手を振る。

 

レンたちは。

 

アキラの訓練場を後にした。

 

◇

 

その夜。

 

野営地。

 

レンは焚き火のそばでノートを開いていた。

 

ヒトカゲは近くで休み。

 

リオルも隣に座っている。

 

今日。

 

見たもの。

 

サンドの反応。

 

同じ動作を何度も繰り返した結果。

 

指示から動作までの短さ。

 

身体に染み込んだ基礎。

 

レンは。

 

自分なら同じ訓練をそのまま取り入れることはない。

 

ヒトカゲにはヒトカゲ。

 

リオルにはリオル。

 

合うやり方がある。

 

でも。

 

だからといって。

 

アキラの方法から学ぶものがないわけではない。

 

レンはノートへ書く。

 

反復は、考えなくするためではない。

考える前に身体が動くところまで、基礎を染み込ませるために使える。

 

ペンを止める。

 

そして。

 

もう一行。

 

違う育て方を見る。否定する前に、そのポケモンを見る。

 

「カゲ?」

 

ヒトカゲが覗き込んできた。

 

「今日のサンド、強かったね」

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲはすぐに頷いた。

 

楽しかったらしい。

 

「また戦いたい?」

 

「カゲ!」

 

即答。

 

リオルも。

 

「リオ!」

 

「リオルも?」

 

「リオ!」

 

「じゃあ、次に会ったときはどっちが戦うか相談だね」

 

二匹が顔を見合わせる。

 

「カゲ」

 

「リオ」

 

どちらも譲る気はなさそうだった。

 

レンは笑う。

 

そのとき。

 

ヒトカゲが立ち上がった。

 

「カゲ!」

 

少し離れた場所へ行く。

 

構える。

 

何度も。

 

同じ踏み込み。

 

一歩。

 

『きりさく』の動き。

 

戻る。

 

もう一度。

 

同じ一歩。

 

同じ爪。

 

「……ヒトカゲ?」

 

レンは声をかけようとして。

 

止めた。

 

自分から。

 

今日見たサンドの訓練を取り入れようとしている。

 

完全に真似するのではない。

 

自分の動きで。

 

自分に必要だと思ったものを。

 

「カゲ!」

 

踏み込む。

 

爪。

 

戻る。

 

もう一度。

 

リオルも立ち上がった。

 

「リオ」

 

ヒトカゲの隣へ。

 

構える。

 

足運び。

 

受け流し。

 

踏み込み。

 

『はっけい』へ繋ぐ姿勢。

 

二匹とも。

 

自分で始めた。

 

レンはしばらく見守り。

 

やがて立ち上がる。

 

「じゃあ少しだけ」

 

二匹が見る。

 

「今日戦ったあとだから、やりすぎは禁止」

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

「動きを確認するだけ。十回ずつにしよう」

 

レンも二匹の前へ行く。

 

「ただ繰り返すんじゃなくて、一回ごとに足の位置を確認するよ」

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

一回。

 

二回。

 

三回。

 

夜の静かな草原で。

 

二匹は同じ動きを繰り返す。

 

けれど。

 

その一回一回を。

 

考えながら。

 

身体へ刻んでいく。

 

レンは。

 

その姿を見ながら思う。

 

旅に出なければ。

 

アキラには会えなかった。

 

サンドの戦いも。

 

その育て方も。

 

知ることはなかった。

 

前世の知識で。

 

アキラという存在を知っていたとしても。

 

実際に戦って。

 

初めて分かったことがある。

 

知っていることと。

 

経験することは。

 

やっぱり違う。

 

そして。

 

ヒトカゲの踏み込みが。

 

また一つ。

 

鋭くなる。

 

本人は。

 

まだ気づいていないかもしれない。

 

レンは気づいていた。

 

旅立った頃と比べ。

 

身体つきも。

 

炎の強さも。

 

戦い方も。

 

確実に変わっている。

 

進化を急がせるつもりはない。

 

そのときは。

 

ヒトカゲ自身が決める。

 

だから今は。

 

ただ。

 

積み重ねる。

 

「ラスト一回!」

 

「カゲ!」

 

「リオ!」

 

二匹が同時に踏み込んだ。

 

力強い音が。

 

夜の草原へ響く。

 

ポケモンリーグへの道。

 

そして。

 

そのさらに先。

 

世界の頂へ続く道はまだ始まったばかりだった。

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