ポケットモンスター ―頂への軌跡― 作:あああああ
ハナダシティを離れてから、しばらく。
レンたちは次の街を目指し、緩やかな丘陵地帯を歩いていた。
空はよく晴れ、風も穏やかだった。道の両側には背の低い草が広がり、ときおり野生のポケモンが茂みの奥を横切っていく。
レンの胸元にあるバッジケースには、二つのバッジが収まっている。
ニビジムで手にしたグレーバッジ。
そして、ハナダジムで手にしたブルーバッジ。
まだ二つ。
世界最強という目標を考えれば、本当に最初の一歩に過ぎない。
「なあ、タケシ」
前を歩いていたサトシが振り返った。
「ポケモンリーグに出るには、あと何個バッジがいるんだ?」
「基本的には八個だな」
「八個かぁ……」
サトシが指を折って数える。
「今二個だから……あと六個!」
「ピカ!」
肩のピカチュウが元気よく鳴く。
「レンも二個だから、今は同点だな!」
「バッジの数ならね」
レンが答える。
「何だよ、その言い方!」
「だってサトシ、ハナダでは最後まで決着ついてないでしょ」
「うっ」
サトシが言葉に詰まる。
カスミがすぐに反応した。
「そうよ。私に勝ったわけじゃないんだからね」
「分かってるよ! 次はちゃんと勝つって!」
「ならいいけど」
「絶対次はオレが先に勝つ!」
「はいはい」
「その余裕が腹立つ!」
二人のやり取りを聞きながら、レンは小さく笑った。
その隣ではヒトカゲとリオルが歩いている。
「カゲ!」
「リオ」
二匹ともハナダジムでの疲労はすでに抜けていた。
それでも、今日の移動中に激しい訓練をする予定はない。
旅そのものが経験になる。
足場の違い。
野生ポケモンの気配。
周囲の地形。
天候。
そして、初めて見るもの。
レンは旅に出てから、それを強く実感するようになっていた。
前世の知識だけでは分からないことが、あまりにも多い。
「カゲ?」
ヒトカゲが突然足を止めた。
「どうした?」
ヒトカゲは道の外へ顔を向けている。
リオルも少し遅れて反応した。
「リオ」
レンが視線を追う。
草原の向こう。
規則的な音が聞こえる。
「何かいる」
「野生のポケモンか!?」
サトシがすぐ食いついた。
「いや」
タケシも耳を澄ませる。
「もっと大きな音だな」
何かを引っ張る音。
地面を踏む音。
そして。
人間の声。
「もう一回だ!」
レンたちは顔を見合わせた。
「行ってみる?」
レンが尋ねる。
「もちろん!」
サトシが真っ先に走り出した。
「だから勝手に走らない!」
カスミが追う。
「いつものことになってきたな」
タケシが苦笑する。
レンもヒトカゲ、リオルとともに後を追った。
◇
草原を抜けた先にあったのは、大きなトレーニング場だった。
そこでは何匹ものポケモンが訓練している。
重りを引くポケモン。
走り込むポケモン。
障害物を越えるポケモン。
同じ動きを繰り返すポケモン。
そして。
その中央。
「サンド、もう一回!」
「サンド!」
一匹のサンドが走っていた。
身体には訓練用の器具。
決して軽くはなさそうだ。
それでも。
サンドの足取りは乱れない。
一定の間隔。
一定の速度。
同じ動きを何度も繰り返している。
「何だよ、これ……」
サトシが驚く。
カスミも眉を寄せた。
「ちょっと厳しすぎない?」
だが。
レンはすぐには答えなかった。
サンドを見る。
呼吸は。
まだ乱れていない。
足運び。
崩れていない。
表情。
嫌がっているようには見えない。
そして何より。
「もう一回いけるか?」
少年が聞く。
サンドは。
「サンド!」
自分から前へ出た。
レンの目が僅かに細くなる。
(無理やりじゃない)
少なくとも。
今見えている範囲では。
少年が一方的にやらせているわけではない。
「お前ら、何だ?」
少年がこちらに気づいた。
「オレ、マサラタウンのサトシ!」
サトシが胸を張る。
「こっちはピカチュウ!」
「ピカ!」
「俺はレン。同じくマサラタウン」
「カゲ!」
「リオ」
「カスミよ」
「タケシだ」
少年は全員を見渡す。
「俺はアキラ」
その隣へ。
サンドが立った。
「こいつは相棒のサンドだ」
「サンド!」
アキラ。
レンは名前を聞いた瞬間、前世の記憶と一致させた。
やはり。
この場所。
この少年。
そしてサンド。
ただし。
知っているからといって。
目の前のアキラまで知っているわけではない。
レンは余計なことを言わず。
実際のアキラとサンドを見る。
「なあ」
サトシが訓練場を見渡した。
「ずっとこんな特訓してるのか?」
「ああ」
アキラは当然のように答えた。
「強くなるためだからな」
「でも、ちょっとやりすぎじゃないの?」
カスミが言う。
「ポケモンがかわいそうよ」
アキラの表情が僅かに変わった。
「かわいそう?」
サンドを見る。
「そう見えるか?」
「だって――」
「サンド」
アキラが呼ぶ。
サンドがすぐに前へ出た。
「休むか?」
「サンド!」
首を横に振る。
「続けるか?」
「サンド!」
迷いなく頷く。
カスミが言葉を止めた。
レンはその様子を見ながら、父親の言葉を思い出していた。
強くしたいからといって、無茶をさせるのは育成ではない。
それは今も変わらない。
けれど。
どこからが無茶なのか。
それを外から一目見ただけで決めることもできない。
「レンはどう思う?」
カスミに聞かれる。
レンは少し考えてから答えた。
「俺なら同じやり方はしないと思う」
アキラがレンを見る。
「でも」
レンはサンドを見る。
「今のサンドは嫌がってない」
「カゲ」
「リオ」
ヒトカゲとリオルもサンドを見つめている。
「呼吸もまだ崩れてないし、足も動いてる。少なくとも、見ただけで『かわいそうだからやめろ』とは言えないかな」
アキラが少しだけ目を細めた。
「分かってるじゃないか」
「ただし」
レンは続ける。
「限界を超えても続けるなら止める」
「……当然だ」
アキラは即答した。
「壊したら強くならない」
その答えに。
レンは僅かに笑った。
考え方は違う。
でも。
全く理解できない相手ではない。
「それで」
タケシが尋ねる。
「何のためにここまで鍛えてるんだ?」
アキラは胸を張った。
「ポケモンリーグだ」
サトシの表情が変わる。
「ポケモンリーグ!?」
「ああ」
そして。
アキラは訓練場の一角を指差した。
そこには。
勝利数が記録されている。
九十八。
「俺とサンドは九十八連勝中だ」
「九十八!?」
サトシが目を見開く。
「百連勝したら、ここを出る」
アキラはサンドを見る。
「そのときから、本格的にポケモンリーグを目指す」
「サンド!」
サトシの目が燃えた。
レンには。
次に何を言うのか分かった。
前世の知識ではなく。
今まで一緒に旅をした経験で。
「だったら!」
やっぱり。
サトシがモンスターボールを構えた。
「オレと勝負しろ!」
「ピカ!」
アキラはサトシを見る。
そして。
笑った。
「いいぜ」
◇
サトシとアキラのバトル。
レンたちは少し離れた場所から見守っていた。
「行け、ピジョン!」
「ピジョン!」
サトシが選んだのはピジョン。
アキラは。
「サンド!」
「サンド!」
相棒をそのまま出した。
「サンドって地面を動くポケモンでしょ?」
カスミが言う。
「空を飛べるピジョンなら有利なんじゃない?」
「どうかな」
レンはサンドを見ていた。
姿勢。
低い。
無駄がない。
ピジョンを見上げているのに。
焦りがない。
「始め!」
「ピジョン、『でんこうせっか』!」
「ピジョン!」
ピジョンが急降下する。
速い。
だが。
「サンド、右」
アキラの指示は短かった。
「サンド」
一歩。
本当に。
一歩だけ。
サンドが動く。
ピジョンが横を通り過ぎた。
「え!?」
サトシが驚く。
「もう一回!」
ピジョンが旋回。
再び『でんこうせっか』。
「左」
「サンド」
また。
一歩。
かわす。
レンの目が鋭くなる。
(速いんじゃない)
サンド自身の速度だけなら。
ピジョンの方が上。
でも。
「反応が早い」
タケシが呟く。
レンは頷く。
「たぶん、何度も同じ動きを練習してる」
指示。
判断。
行動。
その間が。
極端に短い。
考えてから動くのではなく。
身体がすぐ反応できるところまで。
繰り返している。
「サンド、『ひっかく』!」
ピジョンが三度目の突進。
今度は避けない。
ギリギリまで引きつけ。
「サンド!」
身体を沈める。
すれ違いざま。
爪。
「ピジョン!」
ピジョンが体勢を崩した。
「まだだ!」
サトシが叫ぶ。
だが。
アキラはすでに次へ進んでいる。
「今だ!」
サンドが跳んだ。
ピジョンが完全に立て直す前。
一撃。
地面へ落ちる。
「ピジョン!」
「戻れ!」
サトシが慌ててボールへ戻した。
「くそ……」
サトシが歯を食いしばる。
アキラは。
「次は?」
挑発するように言った。
サトシの目が鋭くなる。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
ピカチュウが前へ出る。
「電気技は地面タイプには効かないぞ」
アキラが言う。
「そんなの、やってみなきゃ分からない!」
「サトシ」
レンが思わず呼ぶ。
サトシがこちらを見る。
レンは答えを教えない。
ただ。
「相手を見て」
それだけ。
サトシは一瞬黙る。
そして。
サンドを見る。
「……分かった」
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
「電気だけがピカチュウじゃない!」
ピカチュウが走る。
「『でんこうせっか』!」
「ピカ!」
サンド。
かわす。
だが。
ピカチュウはそのまま通り過ぎない。
「追え!」
方向転換。
サンドへ迫る。
「サンド、迎え撃て!」
両者がぶつかる。
何度も。
何度も。
だが。
積み重ねた動きの精度で。
サンドが上回る。
「サンド!」
一撃。
ピカチュウが地面を転がった。
「ピカ!」
「ピカチュウ!」
立とうとする。
だが。
足に力が入らない。
「……戻れ」
サトシが拳を握る。
「よくやった」
「ピカ……」
ピカチュウがサトシのもとへ戻る。
勝負は。
アキラ。
「これで九十九連勝」
アキラが言う。
サトシは悔しそうに俯いた。
「くそ……」
レンはサトシのところへ行こうとした。
そのとき。
「おい」
アキラの声。
レンが振り返る。
「お前」
「俺?」
「バッジ持ってるな」
アキラの視線は。
レンのバッジケースへ向いていた。
「二個」
「ああ」
「そいつらで取ったのか?」
アキラはヒトカゲとリオルを見る。
「うん」
「カゲ!」
「リオ」
「なら」
アキラが笑った。
「俺の百勝目になれ」
一瞬。
静かになった。
「レン!」
サトシが顔を上げる。
ヒトカゲの尻尾の炎が大きく揺れた。
「カゲ!」
リオルも拳を握る。
「リオ!」
レンは。
二匹を見る。
どちらも戦いたがっている。
けれど。
「一匹だけ?」
「もちろんだ」
アキラはサンドを見る。
「一対一」
「分かった」
レンは頷いた。
そして。
「ヒトカゲ」
「カゲ!」
すぐに前へ出る。
リオルがヒトカゲを見る。
「リオ」
「カゲ!」
短い声。
互いに拳を合わせる。
行ってこい。
そんなやり取りに見えた。
「相手は九十九連勝」
レンはヒトカゲの隣へ立つ。
「強いよ」
「カゲ!」
だからいい。
そう言うように。
ヒトカゲは笑った。
「俺も同じ気持ち」
レンも笑う。
アキラとサンド。
レンとヒトカゲ。
二組が向かい合った。
◇
「始め!」
サンドが低く構える。
ヒトカゲも腰を落とす。
レンは。
すぐには指示を出さなかった。
サンドの動きを見る。
アキラも動かない。
互いに。
観察。
先に動いたのは。
ヒトカゲ。
「カゲ!」
自分から一歩出た。
レンは止めない。
「サンド、来るぞ」
「サンド!」
ヒトカゲが加速する。
「『きりさく』!」
爪。
「右」
サンドがかわす。
やはり。
最小限。
「サンド、『ひっかく』!」
反撃。
「カゲ!」
ヒトカゲが腕で受ける。
押される。
それでも。
倒れない。
「離れて!」
ヒトカゲが後方へ跳ぶ。
レンは目を細めた。
(やっぱり)
サンドは。
指示を聞いてからの反応が速い。
なら。
「ヒトカゲ、『ひのこ』!」
「カゲ!」
炎が飛ぶ。
「左!」
サンドがかわす。
「もう一回!」
二発目。
「右!」
かわす。
三発目。
「下がれ!」
かわす。
アキラが笑う。
「そんな攻撃、サンドには当たらない!」
「うん」
レンは答えた。
「分かった」
「何?」
「ヒトカゲ!」
「カゲ!」
四発目。
『ひのこ』。
「左!」
サンドが動く。
その瞬間。
「前!」
ヒトカゲが。
炎を追うように走っていた。
「何!?」
サンドが左へ避けた先。
そこへ。
ヒトカゲ。
「『きりさく』!」
「カゲ!」
爪が振るわれる。
「サンド!」
アキラの声。
サンドは咄嗟に腕を上げる。
直撃は防ぐ。
しかし。
押される。
初めて。
サンドの足が大きく動いた。
アキラの表情が変わる。
レンは笑う。
「反応が速いなら、反応する先を作ればいい」
「なるほどな」
アキラも笑った。
「面白い!」
サンドが前へ出る。
今度は。
速い。
「来る!」
ヒトカゲが構える。
「サンド!」
爪。
ヒトカゲがかわす。
二撃目。
受ける。
三撃目。
「カゲッ!」
肩へ当たる。
「ヒトカゲ!」
まだ。
止まらない。
サンドの連続攻撃。
鍛え上げられた。
一定の動き。
無駄がない。
「距離を取って!」
ヒトカゲが跳ぶ。
「逃がすな!」
サンドが追う。
レンの目が。
一瞬。
ヒトカゲと合った。
「カゲ!」
ヒトカゲが自分から息を吸う。
「いい!」
『えんまく』。
黒煙。
サンドの視界が消える。
「サンド、慌てるな!」
アキラは冷静だった。
「音を聞け!」
ニビジムで。
タケシも同じ対応をした。
レンは。
それを知っている。
ヒトカゲも。
知っている。
煙の中。
ヒトカゲは動かない。
「……」
サンドも耳を澄ませる。
音。
ない。
「サンド?」
一瞬。
集中が揺れた。
その瞬間。
「カゲ!」
ヒトカゲが地面を蹴る。
「後ろだ!」
アキラが叫ぶ。
サンドが振り向く。
だが。
ヒトカゲは。
正面。
煙の中で一度横へ回り。
わざと足音を立て。
もう一度位置を変えていた。
「『きりさく』!」
直撃。
「サンド!」
サンドが地面を転がる。
それでも。
立つ。
「サンド……!」
ヒトカゲも。
肩で息をしている。
「カゲ……!」
強い。
レンは。
心からそう思った。
「ヒトカゲ」
「カゲ」
「次で決めよう」
「カゲ!」
アキラも同じらしい。
「サンド!」
「サンド!」
互いに。
走る。
「『げんしのちから』!」
「カゲ!」
岩が浮かぶ。
「サンド、全部避けろ!」
一つ。
避ける。
二つ。
避ける。
三つ。
身体を沈める。
やはり。
速い。
けれど。
レンが狙っていたのは。
命中だけではない。
「ヒトカゲ!」
サンドの進路が。
岩によって狭まる。
ヒトカゲが走る。
アキラが気づく。
「サンド、右へ――」
右。
岩。
左。
岩。
後ろへ下がれば。
ヒトカゲから距離ができる。
前しかない。
「突っ切れ!」
「サンド!」
サンドが前へ出る。
ヒトカゲと。
真正面。
「『きりさく』!」
「サンド、『ひっかく』!」
爪と爪。
ぶつかる。
一度。
二度。
三度。
互いに。
退かない。
「カゲ!」
「サンド!」
最後。
ヒトカゲが。
サンドの爪を身体を捻ってかわした。
それは。
レンの指示ではなかった。
自分で見た。
自分で選んだ。
「今!」
「カゲ!」
爪。
サンドの身体を捉える。
大きく吹き飛ぶ。
「サンド!」
地面へ落ちる。
それでも。
立とうとする。
「サ……ンド……!」
膝。
落ちる。
そして。
倒れた。
静寂。
「……サンド、戦闘不能」
タケシが告げる。
「勝者、レンとヒトカゲ!」
「カゲ!」
ヒトカゲが拳を上げた。
「勝った!」
レンも駆け寄る。
「カゲ!」
ヒトカゲがレンの胸へ飛び込む。
受け止める。
「すごかった!」
「カゲ!」
「最後、自分でかわしたね」
「カゲ!」
「ちゃんと見えてた」
サトシが走ってくる。
「レン! すっげえ!」
「ピカ!」
「オレが負けた相手に勝ちやがって!」
「そこは悔しがるところ?」
「悔しいけどすげえものはすげえ!」
サトシらしい。
レンは笑った。
その向こう。
アキラは。
倒れたサンドを抱き上げていた。
「サンド」
「サン……」
「よくやった」
怒っていない。
負けを責めてもいない。
ただ。
サンドを抱く。
「強かったぞ」
「サンド……」
サンドが。
少し嬉しそうに鳴いた。
レンはその姿を見る。
やっぱり。
思った通りだった。
厳しい。
でも。
信頼がないわけではない。
◇
その後。
事件は突然起こった。
アキラのサンドがいなくなった。
「サンド!」
アキラが訓練場を走り回る。
「どこだ!」
レンたちも探す。
「さっきまでいたんだろ?」
サトシが尋ねる。
「ああ!」
アキラの顔には。
今までの余裕がない。
「試合のあと休ませてた。それなのに……!」
レンは周囲を見る。
地面。
草。
そして。
「これ」
足跡。
人間。
さらに。
引きずったような跡。
「自分でいなくなったんじゃない」
アキラが振り返る。
「誰かが連れていった」
その瞬間。
遠くから。
「ほーっほっほっほ!」
聞き覚えのある笑い声。
全員の表情が変わった。
「またか!」
サトシが叫ぶ。
丘の上。
ロケット団。
そして。
網に入れられたサンド。
「サンド!」
「サンド!」
アキラが駆け出す。
「返せ!」
「嫌よ!」
ムサシが笑う。
「九十九連勝もしたサンドなら、きっと高く売れるわ!」
「正確には九十九連勝で止まったニャ」
「余計なこと言うな!」
「どっちでもいいだろ!」
コジロウが叫ぶ。
アキラは。
怒っていた。
「サンドは物じゃない!」
レンも走る。
ヒトカゲ。
リオル。
サトシたちも続く。
ロケット団がアーボとドガースを出す。
「邪魔するならまとめてやっつけるわ!」
「ヒトカゲ!」
「カゲ!」
「リオル!」
「リオ!」
二匹が前へ出る。
しかし。
レンはアキラを見る。
「アキラ!」
「何だ!」
「サンドに声を!」
アキラが網を見る。
サンドも。
こちらを見ている。
「サンド!」
アキラが叫ぶ。
「まだ動けるか!」
「サンド!」
即答。
疲れている。
さっきまで戦っていた。
それでも。
目は死んでいない。
「なら!」
アキラが拳を握る。
「いつも通りだ!」
「サンド!」
サンドが。
網の中で身体を丸めた。
回転。
何度も。
何度も。
同じ動きを繰り返す。
網が軋む。
「何!?」
ムサシが振り返る。
「サンド!」
ついに。
網が破れた。
サンドが飛び出す。
「今だ!」
レンが叫ぶ。
「ヒトカゲ、『えんまく』!」
黒煙。
「リオル、右!」
『でんこうせっか』。
リオルがアーボの横へ回る。
「『はっけい』!」
「リオ!」
アーボが吹き飛ぶ。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
サトシも続く。
「『10まんボルト』!」
電撃。
「ピッカァァァ!」
ドガース。
アーボ。
そしてロケット団。
まとめて電撃に包まれる。
「こんなの――!」
「聞いてない――!」
「やな感じぃぃぃ!」
三人が空へ消えていった。
静かになった草原。
「サンド!」
アキラが駆け寄る。
サンドも走る。
「サンド!」
アキラの胸へ。
飛び込んだ。
「馬鹿」
アキラが抱きしめる。
「心配させるな」
「サンド……」
その声は。
さっきまでの厳しいトレーナーとは。
少し違った。
レンは。
黙って見ていた。
ヒトカゲとリオルも。
その隣にいる。
「カゲ」
「リオ」
「うん」
レンは小さく頷いた。
強さの形は。
一つではない。
◇
夕方。
レンたちは再び旅立つ準備をしていた。
アキラは。
ここに残る。
「百連勝、最初からやり直すのか?」
サトシが尋ねる。
「いや」
アキラは首を横に振った。
「連勝記録にはもうこだわらない」
「え?」
「負けたから分かった」
アキラはレンを見る。
「百回勝ったら強くなるんじゃない。強くなるために戦うんだ」
サンドも隣で頷く。
「サンド!」
「だから俺たちはもう少しここで鍛える。そのあとリーグを目指す」
「そっか」
サトシが笑った。
「リーグで会おうぜ!」
「ああ」
アキラは。
今度はレンを見る。
「お前も来るんだろ?」
「もちろん」
「リーグで終わるつもりか?」
レンは少し笑った。
「終わらないよ」
「なら、何を目指してる?」
レンは迷わなかった。
「世界で一番強いトレーナー」
風が吹く。
アキラは一瞬驚き。
そして。
笑った。
「でかいな」
「そのくらいがいいから」
「次は負けない」
「俺たちも」
レンとアキラが拳を合わせる。
ヒトカゲとサンドも向かい合った。
「カゲ!」
「サンド!」
二匹も。
拳を合わせる。
「またな!」
サトシが手を振る。
レンたちは。
アキラの訓練場を後にした。
◇
その夜。
野営地。
レンは焚き火のそばでノートを開いていた。
ヒトカゲは近くで休み。
リオルも隣に座っている。
今日。
見たもの。
サンドの反応。
同じ動作を何度も繰り返した結果。
指示から動作までの短さ。
身体に染み込んだ基礎。
レンは。
自分なら同じ訓練をそのまま取り入れることはない。
ヒトカゲにはヒトカゲ。
リオルにはリオル。
合うやり方がある。
でも。
だからといって。
アキラの方法から学ぶものがないわけではない。
レンはノートへ書く。
反復は、考えなくするためではない。
考える前に身体が動くところまで、基礎を染み込ませるために使える。
ペンを止める。
そして。
もう一行。
違う育て方を見る。否定する前に、そのポケモンを見る。
「カゲ?」
ヒトカゲが覗き込んできた。
「今日のサンド、強かったね」
「カゲ!」
ヒトカゲはすぐに頷いた。
楽しかったらしい。
「また戦いたい?」
「カゲ!」
即答。
リオルも。
「リオ!」
「リオルも?」
「リオ!」
「じゃあ、次に会ったときはどっちが戦うか相談だね」
二匹が顔を見合わせる。
「カゲ」
「リオ」
どちらも譲る気はなさそうだった。
レンは笑う。
そのとき。
ヒトカゲが立ち上がった。
「カゲ!」
少し離れた場所へ行く。
構える。
何度も。
同じ踏み込み。
一歩。
『きりさく』の動き。
戻る。
もう一度。
同じ一歩。
同じ爪。
「……ヒトカゲ?」
レンは声をかけようとして。
止めた。
自分から。
今日見たサンドの訓練を取り入れようとしている。
完全に真似するのではない。
自分の動きで。
自分に必要だと思ったものを。
「カゲ!」
踏み込む。
爪。
戻る。
もう一度。
リオルも立ち上がった。
「リオ」
ヒトカゲの隣へ。
構える。
足運び。
受け流し。
踏み込み。
『はっけい』へ繋ぐ姿勢。
二匹とも。
自分で始めた。
レンはしばらく見守り。
やがて立ち上がる。
「じゃあ少しだけ」
二匹が見る。
「今日戦ったあとだから、やりすぎは禁止」
「カゲ!」
「リオ!」
「動きを確認するだけ。十回ずつにしよう」
レンも二匹の前へ行く。
「ただ繰り返すんじゃなくて、一回ごとに足の位置を確認するよ」
「カゲ!」
「リオ!」
一回。
二回。
三回。
夜の静かな草原で。
二匹は同じ動きを繰り返す。
けれど。
その一回一回を。
考えながら。
身体へ刻んでいく。
レンは。
その姿を見ながら思う。
旅に出なければ。
アキラには会えなかった。
サンドの戦いも。
その育て方も。
知ることはなかった。
前世の知識で。
アキラという存在を知っていたとしても。
実際に戦って。
初めて分かったことがある。
知っていることと。
経験することは。
やっぱり違う。
そして。
ヒトカゲの踏み込みが。
また一つ。
鋭くなる。
本人は。
まだ気づいていないかもしれない。
レンは気づいていた。
旅立った頃と比べ。
身体つきも。
炎の強さも。
戦い方も。
確実に変わっている。
進化を急がせるつもりはない。
そのときは。
ヒトカゲ自身が決める。
だから今は。
ただ。
積み重ねる。
「ラスト一回!」
「カゲ!」
「リオ!」
二匹が同時に踏み込んだ。
力強い音が。
夜の草原へ響く。
ポケモンリーグへの道。
そして。
そのさらに先。
世界の頂へ続く道はまだ始まったばかりだった。